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おやじのひとり言

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2010年8月31日(火)

蝉時雨は聞えなくなりましたが、猛暑は相変わらずです。
それでも今朝は幾分涼しく、
出勤のためにバス停に向かうとき、すがすがしい天山が見えました。
秋の気配をわずかに感じました。

25日の水曜日、
佐賀市役所はノー残業デーでした。
早めに役所を出て白山商店街に足を向けました。

白山商店街では、
まちづくり推進機構のユマニテさがの人たちが
ビールを飲んで語ろうというビールパーティーを開いておられます。

アーケード街にテーブルを置いてのお祭りムードで
1000円券でビールや枝豆などのツマミ3点を飲み食いできます。
ビール片手に知り合いと話していると、
知り合いの友人が寄ってこられます。
東京など遠く離れて住んでおられる人、
異業種の人などとの交流の輪が広がり、
楽しくビールを飲むことが出来ました。

土曜日にコンサートの帰りにむつごろう広場を通りかかると
屋台村が出来ていました。
こちらはビールもツマミも300円でした。
さまざまな人たちが楽しそうに話しておられて、
ほほ笑ましい光景に見えました。

白山商店街のビールパーティーもむつごろう広場の屋台村も
そのあと、別の店に流れる人が多く、
中心市街地の賑わいに貢献しているようです。
多くの人たちが工夫をしながら、街づくりに力を寄せておられます。

土曜日は朝から忙しい1日でした。
早朝は、兵庫と巨勢校区の消防団の夏季訓練に出ました。
巨瀬小学校のグランドに集まった消防団員は
整列の基礎訓練からはじめましたが、
訓練を終るころには統一の取れた集団になっていました。

地元の自治会長や各団体の役員のほか、
原口総務大臣も見守る訓練になり、
消防団員は猛暑の中でも気合いを入れて訓練をしていました。

 

午後は、私の住む本庄校区の
市民体育大会での活躍をねぎらう集まりなど
2つの集まりに出ました。

夜はテノール歌手の勝田友彰さんの
チャリティーコンサートに、カミさんと一緒に行きました。
勝田さんは毎年、視覚障がいのある音楽家と
ジョイントコンサートを開いておられます。

視覚障がいのある方は
誘導員に案内されて舞台に上がりますが、
演奏が始まると、障がいがあることを微塵も感じさせません。
コンサートを聞く人、障がいのある人に
生きる力を与えてくれる感動のコンサートでした。

コンサートの帰りは、
先に書きましたムツゴロウ広場の屋台村で
カミさんと一緒にビールを飲みました。
早朝から夜まで充実した1日でした。

日曜日は、嘉瀬川で行われて遣唐使船レースに参加しました。
お祝いの挨拶をしたりスタートの合図のドラを叩いたりしましたが、
市役所から2チームが参加していましたので
久保田支所の遣唐使船に乗り込みました。

私は鉦を叩いて櫂を漕ぐ拍子をとりました。
4チームが出た予選で3位に終り、決勝には進めませんでしたが
支所の職員と一緒にいい汗を流させていただきました。

 

 

きのうの月曜日(30日)、
早朝から有明海クリーン作戦の激励に行きました。
海苔養殖をしている有明海沿岸で一斉に行われる清掃活動です。

佐賀市の有明海沿岸は延長30キロもあります。
海苔養殖をしている漁家は一家総出、
その他のボランティアも合わせて1300人が沿岸のゴミを集めました。

私が現場を見て回っていると
地元の人が「ここを見てください」とヨシの茂っている場所に案内されました。
ヨシ原の中に木クズなどのたくさんのゴミが溜まっていました。
7月中旬の大雨で流れ着いたゴミは3000立方メートルも処理しましたが
そのとき、残されたままになったようです。

現場は人が入るとズブズブと足を取られ機械も入れられないところです。
人海戦術も機械力にも頼れません。
大汐のとき、船を入れられるか検討します。
海苔養殖のシーズンまでになんとかしなくてはなりません。
現場に足運ぶことが大切なことをあらためて知りました。

養殖海苔は味が良くても、
小さなゴミが入るだけで品質が落ちます。
海苔養殖をしている人たちは、日々ゴミと闘い、
それが有明海を守っていることも感じました。

 

あすから9月です。
2日に9月定例市議会が開会します。
21年度の決算と、補正予算案などを審議しますが、
議案の中に、合併した川副、東与賀、久保田の水道料金が
旧佐賀市より高いので下げる議案があります。

基本料金の差額の半分を引き下げ、
それぞれの水道企業が収入が減る分を
佐賀市の一般会計で補填することにしています。

9月も暑いという予報が出ています。
この夏、佐賀市で救急車で運ばれた熱中症患者は80人を越えました。
もう秋だと思わずに、充分気をつけてください。

2010年8月23日(月)

早朝、庭で気功をしていると、足元に2匹のクマゼミの骸がありました。
アリに食べられるのも可哀想なのでシャベルで穴を掘って土に返してやりました。
地上での短い暮らしの間に充分鳴いたことでしょう。

出勤のために、バス停まで歩いていると
つい先日までは、ワシャワシャというクマゼミの声がうるさいほどでしたが、
今は、こんもりした森の周辺だけから聞えてきます。
バス停までの途中にある公園や、佐賀女子短大のグランドの草むらからは
コロコロというコオロギの声が聞えてきます。
猛暑の中でも、秋の気配を感じます。

私の住む、本庄、西寺小路の子どもたちのラジオ体操は21日で終りました。
最終日にラジオ体操を終えたあと
会場を提供してくれた本庄神社にお礼をしようと、境内の草取りをしました。
子どもと大人70人で草を取ると、またたく間にきれいになりました。
1人の力は小さくても、みんなでやれば、大きな力になります。
大人と子どもがふれあいながら、感謝の汗を流すことが出来ました。

21日の土曜日、
社会福祉法人の佐賀整肢学園の創立50周年記念式が
佐賀市のマリトピアでありました。

50年前、私は高校3年生でした。
当時小児マヒが流行り、肢体が不自由な子どもが多く出ましたが、
行政は適切な手を打ちませんでした。
やむなく、民間の人たちが立ちあがって
リハビリや自立を促す施設を作りました。

私は記念式で、
「おめでとうございます」と合わせて
「ありがとうございます」を強調した挨拶をしました。
行政の力不足を補って、
障がいのある子に勇気と自立への希望を与えてくださった方たちに、
お礼を述べさせていただきました。

理事長は、
当時の佐賀新聞では「風呂、廊下の手すりなど、特別に配慮した施設だと
報じられていました。今はそれが一般的になりました」と話しておられました。
施設の創立に苦労された先達、
これまで施設の運営に当たってこられた人々に感謝します。

同じ土曜日、川副で市長と語る会が開かれました。
ちょうど甲子園の決勝戦が行われる時間で、
佐賀学園が決勝戦に出るのではないかと期待する一方
出席者が減るだろうと予想していました。

佐賀学園は決勝に進出できませんでしたが、
同じ九州沖縄勢の興南高校が出場して優勝しました。
出席してくださったのは30人弱、予想どおり少な目でした。

その席で、東与賀の干潟よか公園のプールにゲンゴロウがいて、
子どもたちが気持ち悪がっているという話が出ましたので、
語る会が終ったあと、現場に行きました。

管理人が、網で獲ろうとしてもゲンゴロウは素早く逃げて捕まらないそうです。
プールで発生したのではなく、
周辺から入って来るようですが、プールを閉鎖することもできません。
原因を調べて、対策をとりますが、
当面、害のある虫ではないことを知らせる、看板なり、張り紙などを出すよう、
担当に指示しました。

消防団は、今、土日の早朝、夏期訓練をしています。
私は、きのう22日の日曜日、久保田と東与賀の訓練に参加しました。
涼しい朝の内の訓練で、午前7時にはじまりましたが、終るのは11時です。
グランドに居るだけでも、背中、お腹、太もも辺りから、汗がしたたり落ちます。
ましてグランドを走って訓練する団員はどんなに暑いことでしょう。

 

今は、災害がいつ発生してもおかしくない気候になりました。
消防団員の汗がそのときへの備えになります。
夏期訓練は次の週末も各地で行われます。
地域の為に、暑さ対策をしながら、訓練をしてください。
台風のシーズンがやってきます。
一般住民の皆さまも、非常持ち出しの品物をチェックするなど
備えをお願いします。

 

嬉しい話です。
夏休み期間を利用して、日新小学校の敷地内にある
築地反射炉跡の発掘調査をしていますが、
反射炉から出た鉄くずを埋めた土坑が見つかりました。
世界遺産を目指す、九州山口近代化遺産群に
築地反射炉を加えることを目指していますので朗報になります。

今週は、中部広域連合議会が24日からはじまるほか、
週末は、消防団の夏期訓練、
嘉瀬川での遣唐使船レースなどがあります。

きょうは暑さが弱くなる処暑ですが、
残暑とも云えない猛暑が続きそうです。
あと少し、無理しないで夏を乗り切ってください。

2010年8月17日(火)

盆をすぎる頃聞えてくるツクツクボウシの鳴き声は
子どもの頃は、夏休みが残り少なくなり宿題に追われるので、
淋しい声に聞えましたが、
今は猛暑が峠を越える合図のようで待ち遠しい声です。

友人がきのう、神野の神社の境内で
ツクツクボウシが鳴くのを聞いたというので、
今朝出勤途中、耳を傾けましたが
聞えるのは、クマゼミの声ばかりでした。

そのクマゼミの声も少し小さくなってきました。
夜、犬を散歩させていると、
道端の草むらから秋の虫の声が聞えてくるようになりました。
猛暑もあと少しです。頑張りましょう。

数日前、蝉時雨のする大きな桜の木のそばに
5〜6羽のカラスが集まっていました。
何をしているのか見ていると、
木から離れて飛び立ったクマゼミをカラスが追いました。
セミは上下左右にジグザグに飛んで、木の中に逃げ込みました。
セミにとって、カラスは天敵のようです。
カラスの強力な天敵はいないようで最近のカラスは傍若無人です。
何とかしたいですね。

お盆の13日と14日は完全に休めました。
熊本の温泉に浸かって魚釣りでもしようと出かけました。
幸い台風は去ったのですが、
遊漁船が出なかったので釣りはあきらめました。

牛深まで足を伸ばすと、漁港の傍で家族連れが
小魚を釣っていました。
小さな子が小アジを釣る様子をみながら、
孫が近くに居ればと、うらやましかったです。
妻とゆっくり休めたのですから、贅沢は言えませんが。

 

15日は嘉瀬川の精霊流しに行きました。
精霊舟180雙の他、お供えものを包んだコモも流され
初盆を迎えた200人を越えるみ霊が送られました。

精霊流しは、今佐賀市で行われているのは嘉瀬川だけです。
会場の準備、駐車場の整理、精霊舟の回収など
150人の人手がいるそうです。
お盆の伝統文化を守るために、大勢の人が汗を流されました。

会場でNHKの記者の方に
「しょうろうながし」でしょうか、「しょうりょうながし」でしょうか、と聞かれました。
佐賀では「しょうろうながし」と言いますと答えると、
「しょうろうながし」と放送していました。
放送記者は原稿に仮名をふらなければならないのだとあらためて知りました。
以前、他のNHKの記者は
正しくは「しょうりょうながし」と言っておられました。

 

少し明るい話しです。
あるテレビ局が、徐福のドラマを計画しておられ担当の方が来られました。
中国、韓国、日本を結ぶドラマのようで
実現すれば、佐賀を発信できるでしょう。
徐福伝説は他の地にもありますが、ぜひ佐賀を取り入れて欲しいものです。

今年は、終戦65周年なので、
新聞、テレビは戦争を扱った特集が多かったようです。
戦争は兵士から一般市民まで多くの命が奪われます。
暴力、戦力で殺しあうのではなく、
議論をする世界であって欲しいものです。

首長の中には、
相容れない意見を押し殺す人も出てきました。
自分の意見を主張するのは大切ですが、
反対意見に耳を傾ける市長でありたいと思っています。

今週は、ぶんぶんテレビの収録、佐賀新聞での対談、
市長と語る会などが相次ぎます。
佐賀市の発展に向けて意見を述べ、
多くの市民の方の意見を聞いて、市政に反映させます。

残暑はまだまだ厳しそうです。
休養と水分の補給は十分にとってください。

2010年8月9日(月)

「暑いですね」というのが毎日の挨拶になりましたが、
今朝は東の風が吹いて朝の内は幾分涼しくなりました。

今週はお盆ということもあって
子どもたちの朝のラジオ体操は休みですが、
気功を終えてラジオ体操に行くと子どもや保護者の姿もありました。
ラジオ体操をしないと1日が始まらないという、
習慣になってくれればいいですね。

きょうは、長崎原爆の日です。
佐賀市は今月5日からきのうまで図書館で平和展を開きました。
戦後65年たって、平和展はやめてもいいという声もありますが、
何年たとうとも、戦争の悲惨さを伝える平和展は続けなくてはなりません。

平和は人から貰うものではありません。
戦争の悲惨な写真を見て、自らの手で平和を守るという気持ちを
1年に1回でも固めることが大切です。

先週は早稲田大学との関わりの多い週でした。
6日の金曜日は、早稲田地域創成講座のひとつとして
市民公開フォーラムが開かれました。
メートプラザで開く予定でしたが、猛暑で冷房施設がダウン、
急きょ、お隣のほほえみ館に会場を移して開きました。

早稲田大学の北川教授、
公共経営研究科長の縣教授などと
「地域主権と行政の関わり」を主題にトークセッションがありました。

私も発言させていただきましたが、
何でも行政が主導するのではなく、
住民のみなさんと一緒に行える事業を選択して
地域の人たちと行政の共働が大切という意見が多く出されました。

また、3日から5日にかけては、早稲田大学の学生が、
佐賀市南部の観光と佐賀空港の活用について現地調査などを行いました。
佐賀市の活性化に向けて、
若い人たちがどんな提言をしてくれるか楽しみです。

週末の7日の土曜日は日新校区まつりに出かけました。
夕方5時からで、暑さを覚悟しましたが、ちょうど夕立があり、
気温が幾分下がり会場のグランドも湿らせてくれました。

日新校区まつりがはじまって28年になります。
最初の年は、カノン砲の火薬が多すぎて学校の窓ガラスが割れたそうです。
今は火薬の量も適量で、ドカンという音でまつりがはじまります。

地区ごとの、かき氷、おでん、たこ焼き、焼きそばなどの露店が出て、
ビールやラムネの早飲み競争などで盛り上がっていました。
よく見ると、中学生が裏方を手伝っていました。
まつりは、大人と子どもの触れ合いの場にもなっていました。

 

きのうの日曜日(8日)は
一日休ませてもらいました。
暑さを嘆くより、積極的に暑さを利用しようと、サウナを体験しました。
サウナ風呂に入ったのではありません。
近くの道端の草刈をしてサウナに入ったような汗を流したのです。

妻は「熱中症になるのでやめなさい」と止めましたが、振り切って出かけました。
予定の1時間が2時間になり、
心配した妻は、2回ほど飲み物を運んでくれました。
私の真似をしないでください。

草むらの中に、空き缶や空き瓶が捨てられていました。
草刈り機が空き瓶に当たると粉々に飛び散るので危険です。
最近、道端のゴミを拾ってくださる人もいますが、
一方で捨てる人がいるのは残念でなりません。

 

今週は、きょう(9日)熊本の農政局に土地改良でお願いに行くほか、
盆前には、来年度の事業を選抜する経営戦略会議を開きます。
来年度は子育て、人づくりに力を入れようと思っています。

先日、また前歯を折ってしまいました。
トリの骨に付いている肉を犬のマックスのために取ってやろうと
骨をかじっていると、パクンという音を出して折れました。
歯医者さんに治していただきましたが、
大好きなトウモロコシが食べられるか心配です。

お盆の15日夜は、公式行事が入っていますが、
13、14日は休みなので、小さな旅に行こうと思っていました。
しかし台風が近づいています。
皆さんも暑さと台風に気をつけてお盆を過ごしてください。

2010年8月3日(火)

蝉が我が世の夏とばかりに腹いっぱい鳴いています。
風の強さによって体感温度が変わりますが、
蝉の鳴き声も体感温度を上げるようで暑さをいっそう感じます。

一方で、庭や道路で蝉の骸を見かけるようになりました。
蝉は地中で7年間暮らして、地上に出ると数日の命と聞いています。
精一杯鳴いて、満足して成仏してください。

先週の前半は国への要望活動のために上京しましたが、
東京も佐賀以上の暑さでした。

以前の要望活動は国の省庁に出向くのがほとんどでしたが、
今は国会に入ることが多くなりました。
要望は民主党の幹事長を通すことになり、
副幹事長と面談することがほとんどです。

今回、佐賀県や有明海の漁協の人たちなどと
農水副大臣と会って、有明海再生の要望を行いましたが
諌早干拓の開門調査では、国の姿勢が後退したように感じます。

前の赤松農水大臣のときは、
調査検討委員会の結論に添っての
開門調査実施の方向に動いていましたが、
大臣が長崎県出身に代わり、慎重姿勢に転じました。
大臣の交代は口蹄疫の初期処理の対応を巡ってです。
有明海も口蹄疫の影響を受けています。

先週の後半は、
栄の国まつりの賑やかで汗まみれになる場に身をおきました。

31日の夕方から市民会館で開かれた前夜祭で
私も名士劇の劇団員として清水次郎長を演じました。
練習で10数人のメンバーが揃ったのは、前日だけでしたが、
当日は皆さんセリフも覚えてきて何とか演じることが出来ました。

初めてかぶったカツラは、
他のグループの劇でも使われたために汗臭く、
さらに私の頭の毛の薄い部分から汗が噴き出したので、
カツラはさらに汗臭くなったはずです。
片付ける人は苦労されたことでしょう。
裏方の人たちの努力に感謝します。

前夜祭では、踊り、太鼓、子どもたちの論語の朗読、
佐賀仁〇加などがあり、
私たちの芝居はともかく、笑いを呼ぶ出し物が多く、
不景気な時代だけに、
時には市民が大笑いするのもいいものだと思いました。

 

 

31日夜の花火大会、
翌日、1日の午前中の御輿パレード、
夕方からの総おどりは、人、人、人と
どこから、こんなに多くの人が出て来るのだろうと思うほどでした。
地域の人たちが一体になる総踊りの輪に私も入って踊り、
週末は楽しい汗を流させていただきました。

 

この日、ご近所で不幸があり、通夜に出ました。
踊りでかいた汗は、シャワーを浴びて、扇風機にかかっても引かず、
通夜に出るワイシャツを着るまでに30分もかかりました。

栄の国まつりの賑わいから、
悲しみに沈む通夜の席に移って、
どんなときにも、打ちひしがれる人がいることを
心にとめようと思いました。

1日の日曜日の朝、各地でラジオ体操会がありました。
私は、城西中学校校区のラジオ体操会に参加しました。
中学生や地元の大人から子どもまで
700人くらいが集まられたでしょうか、
運動場の8割が埋まり、心地よい汗を流しました。

ラジオ体操会は、
「朝ラジ、まなざし、朝ごはん」運動のひとつです。
地域の人が、自分の子だけでなく、
地域の子どもを見守る機運を高めることと思います。

今週は、早稲田大学の
「大隈地域創成講座」が佐賀市の大隈記念館を中心に開かれます。
人材の育成と地域活性化を目指す講座です。

もうすぐお盆です。
里帰りの子どもたちやお客さんを迎える方も多いと思いますが、
暑い日が続きます。
熱中症などにならないよう、十分お気をつけください。

2010年7月26日(月)

今年は豪雨のあとに猛暑、
ゲリラ的な豪雨、猛暑と言われますが、
温暖化に怒った地球正規軍が
全世界で総攻撃をかけてきているような気がします。

きのう(25日)は日曜日だったので、
犬のマックスと散歩したあと午前8時から気功をしました。
気功はゆっくりした中国の胡弓などの音楽をかけながらします。
いつもは早朝静かなときにするので、
近所や家族に迷惑をかけないように音楽のボリュームをしぼりますが、
きのうは時間が遅かったので、
セミのワシャワシャという鳴声に音楽はかき消されてしまいました。

 

そんな炎天下でも高校野球の選手は
力いっぱい白球を追い、きょう(26日)は甲子園をかけた決勝戦です。
どちらが勝っても佐賀市にある学校です。
選手も応援する人も水分と塩分をとって、
熱中症にならないよう気をつけてください。

梅雨末期の大雨で、有明海にたくさんのゴミが流れ出ています。
21日には諸富の寺井津、
23日は川副の戸ケ里漁港で、
地元の人が家族総出で、ゴミを撤去する掃除をされましたので、
私も早朝、激励するために、現場を訪ねました。

倒木やヨシが漁港を埋めて、船の出入りができないほどで、
寺井津では150人、戸ケ里では300人くらいの方が
懸命にゴミを片付けておられる姿を見て、
宝の海の有明海に希望を持っておられるから
頑張れるのだと思いました。

ゴミのほとんどは、上流から流れてきたものです。
今大潮です。上流の河川に放置されたゴミは、
潮に乗って下流に流れてきます。
上流の方は河川敷のゴミが流れ下らないよう早めに片付けてください。

22日に佐賀市で
「有明海の再生を願う佐賀県民大会」が開かれましたので、
筑後川河口に流れ着くゴミの処理で苦闘しておられる
漁業関係者の姿を紹介させていただきました。

23日は戸ヶ里の方を激励したあと
東京佐賀県人会に出席するために上京しました。
県人会が始まるまで時間があったので、
話題のスカイツリーのある押上地区の
新しい観光資源を生かした街づくりを見ようと足を伸ばしました。

京急線押上駅に降りると目の前にタワーがありました。
高さ634メートルの内、約400メートルまで伸びていましたが、
高いと感じないほどの巨大な構造物でした。

昔ながらの町家に住む人が案内所を設置して
訪れた人を案内しておられました。
案内所に唐津焼の湯飲みがあったので、話題が盛り上がりました。
タワーが完成したあと、この街がどのように変身しているか見たいものです。

   

県人会の会場が品川でしたので、北品川商店街も見ました。
勢いのある商店街ではありませんでしたが、
八百屋や魚屋さんなどが、そこに住む人たちが食材を買うのに困らないように
頑張っておられました。

さて、目的の県人会は400人ほどの方が集まられました。
はじめて出席した私は、佐賀市出身の方などに
佐賀市の今を説明しましたが、
佐賀の変わりようをよく知っておられる方と、
昔の姿が焼き付いておられる方と、さまざまでした。
しかしみなさん、故郷を思う心は同じようでした。
ふるさと納税をしたいと、有り難い話をしてくださる方もおられました。

翌朝、品川のホテルの庭で、トンボとクロアゲハを見ました。
東京のど真ん中にも
トンボやチョウが生息できる環境があるのだと思うと嬉しくなりました。

今週は、きょうから2泊3日で東京に行きます。
来年度の国の予算編成を前に、
国土交通省、農林水産省、民主党、
それに、佐賀県選出の国会議員などにお会いして
道路や河川、農地の整備、有明海再生などへの
地元の希望を伝えて、協力をお願いします。

国への要望は、役所の夏恒例の行事ですが、
佐賀市民あげての夏恒例の行事、栄の国まつりが週末にあります。
31日が前夜祭、1日が本番です。
例年、どこから集まってくるのかと思う程の人出になりますが、
猛暑の中での祭りです。
熱中症に気をつけてください。

2010年7月20日(火)

今朝、バス停へ向かうとき、
佐賀大学方面から蝉の声が聞こえます。
今日も暑くなりそうです。
1週間前には大雨で被害を与えた天候、
ただ一言の侘びもなく、
先週末は何知らぬ顔で「梅雨明け」と「酷暑」を送ってきました。
今回の大雨、山ろく部での記録的な大雨で、
床下浸水や家屋の倒壊等の被害が出ています。
昨年以上の地すべりなど、農地災害が発生しました。
中には1箇所で60アールほど地すべりしたところもあります。
農家の方の悲痛な思いが
伝わってきました。
また公共工事現場に隣接したところで
家屋を押しつぶす被害も出ています。
人災ではないかと
思えるような災害現場もあり、
公共事業の施工に当たってはより慎重さが求められることを実感しました。

 

南部の漁港関係では筑後川を下る大量のごみが流れ着きました。
特にひどいのが諸富の寺井津漁港と川副の戸ケ里漁港です。
うんざりするほどの漂流ごみが流れ着きました。
これらの復旧作業に、地元の皆様はいち早く立ち上がられました。

平野部では数件の道路冠水ほか床下浸水被害でとどまりました。
中心部の被害がこの程度に抑えられたのは、雨の降り方にもよりますが、
佐賀市街の排水の基幹をなす佐賀江川の排水調整にご協力いただいた
国や県の関係当局、下流地区の土地改良等関係者のみなさまを抜きにしては考えられません。感謝を申し上げます。
災害復旧に当たっては、職員、受け入れ施設等、全力で当たります。
ここで合併の効果が出せればと考えています。
被災者の皆様には、心からお見舞い申し上げます。

17日土曜日は
嘉瀬川右岸で石井樋の対岸にある
多目的広場に整備された「はなはな散歩道」の開通式に
参加しました。
「はなはな散歩道」とは・・・?
石井樋一帯に咲く花に加えて
「象の鼻」「天狗の鼻」からネーミングされたものと説明があり納得です。
しかし、この散歩道一帯も先の大雨で泥をかぶってしまいました。
被害甚大です。

 

18日の日曜日は北川副町区の夏祭りでした。
多くの人で賑わっていました。
子供と大人が一緒になった金管バンドの演奏を聞いていると
日ごろの地域の絆の強さを感じました。

 

今年の「栄えの国まつり」の前夜祭が7月31日(土)にあります。
前夜祭では名士劇「清水次郎長」もあります。
12日は夕方その稽古でした。
太刀さばきの稽古もありました。
あまり熱を入れすぎたのか
翌日、左手に痛みを覚え治療する破目になりました。
最近歯に来た「現象」と同じ「老化現象」と指摘する声も聞こえそうです。

今週は老人会への出前講座、本庄町での市長と語る会、
東京佐賀県人会などに出かけます。

夏本番です。
皆様くれぐれも熱中症など暑さ対策をお忘れなく。

2010年7月12日(月)

きのう投開票が行われた参議院選挙の
佐賀選挙区は、投票が終った午後8時の数秒後に
NHKが当選確実を報じました。

選挙に関わった人たちは、それぞれ思いがありますが、
開票にあたる職員が気の毒にもなりました。

開票を担当するときは、
これからの国の行方を左右する選挙の開票に携わるという
使命感を持って開票所に入り、
投票箱を開けるときは、ジンとした思いが体を走ります。

しかし今回は、投票箱が開票所に届く前に選挙結果が分かり、
当選した陣営は万才をしています。
あとは確認のための開票になります。
時代の変化に対応した行政が求められているのでしょう。

今朝早く庭で気功をしていると、急に激しい雨になりました。
今は大汐で、今朝は満潮が9時ごろでした。
最悪の時期で、この雨が2時間も続くと大変だと思いましたが
幸い激しい雨は45分間くらいで、
ラジオ体操を終えるころには小雨になりました。
梅雨末期の大雨の時期で、気を抜けません。

先週は2度、
博多駅近くの国土交通省九州地方整備局を訪ねました。

6日の火曜日は、九州の市町村で作っている
九州国道協会の会長として
有明沿岸道路など、九州の国道整備を要望しました。

8日の木曜日は、
佐賀地区の道路や河川の整備を要望する
佐賀地区合同期成会の代表として訪ねました。

2度ほど、国の地方機関に要望活動をして思ったのは、
政権交代で国の官僚が指示待ち人間になったことです。
政権政党は官僚支配からの脱出を声高に述べています。
このため官僚は自分たちで判断できず指示を待たざるを得なくなっています。

政治家が全てを習熟しているわけではありません。
優秀な官僚の自主的な発想を押しつぶすのではなく、
政党は官僚の力を使いながら、
根幹をなす部分を判断すればいいと思うのですが。

9日の金曜日の午前
北川副で市長と語る会が開かれました。
自治会長をはじめ、100人もの方が出席してくださいました。
ありがとうございました

金曜の午後から大阪に行きました。
佐賀出身の財界の人たちが情報交換の会を開くと聞いたので
同席させていただき、佐賀を売り込みました。

佐賀の今をお話ししたあと、
久保泉の第2工業団地の分譲が間もなくはじまることや
大和の工業団地計画をお話しして、
事業を拡張されるときは、ふるさと佐賀をお忘れなくと、お願いしました。

出席された9社の方は私と同年齢の方が多く、話し易いなごやかな会でした。
この内数社は、佐賀の高校卒業生を毎年採用してくださっていて、
社内に、佐賀弁が飛び交っている会社もあります。
佐賀の卒業生は、口下手ですが、辛抱強いということです。
これからの採用もお願いしてきました。

大阪で泊まった翌日の土曜の朝、
いつものように、午前5時半に目覚めました
ホテル近くの堂島川まで散歩すると、向うに森が見えました。
長年のカンで、森まで歩くと予想どうり公園でした。

公園で気功をしていると、ラジカセが置いてあるのが目につきました。
またカンが働き、ここでラジオ体操が行われると思い、
しばらく待つと、300人くらいが集まってラジオ体操がはじまり、
一緒にラジオ体操をしました。

そのあと、朝食も食べずに、
高槻市の駅前と近江八幡市に行きました。
知人から、街づくりの参考になると教えられたからです。

この内、近江八幡市は、
伝統的な古い町家を保存して活用しています。
障がいのある人の絵や焼物などを展示した町家は
江戸時代の建物を改修したそうです。

こうした古い街を保存、利用する為には、
街並み全体に規制をかけなくてはならず、
住んでいる人の理解が必要ですが、
佐賀も伝統のある町家は多く残されています。
これからの街つくりの参考になりそうです。

先週、久しぶりに映画を見ました。
「悪人」の試写会です。
罪を犯した人だけでなく、法では処罰されない悪人もいるという映画でした。
佐賀でもロケされたので、なつかしい風景も出てきます。

日曜日から佐賀市民体育大会がはじまりました。
491チーム6000人が競技します。
暑さ対策を十分して、競技してください。

 

2010年7月5日(月)

ガクアジサイの花のみずみずしさも峠を越えました。
先週、富士町でセミの声を聞きました。
珍しい声でしたので、他の虫かも知れませんが、
私にはセミの鳴き声に聞こえました。
梅雨から夏へと季節が移ってゆきます。

梅雨は間もなく終りますが、怖いのが梅雨末期の大雨です。
佐賀市は、去年、一昨年、集中豪雨にみまわれ
佐賀駅周辺が冠水する被害を受けました。

先月末には、佐賀市浸水対策検討委員会を開き、
大雨を乗り切る態勢を取っています。

今年は佐賀市の中心を通って有明海に注ぐ佐賀江川を
最大限利用することにしています。
蒲田津の水門を有明海の満潮3時間前に閉じて
佐賀江川に水を貯める調整池の機能を持たせます。

合併によって、上流と下流の意思疎通が
より取れるようになりましたので、
国、県、土地改良区、などの関係機関と連絡を取り合って、
八田江、新川、蒲田津の水門とポンプの操作を
効果的に行うことにしています。

佐賀駅周辺には、小型ポンプを設置しましたが、
多布施川や佐賀城の濠を調整池として利用しながら、
駅周辺の浸水を防ぎたいと思っています。

サッカーのワールドカップ、日本対パラグアイ戦は、
中心市街地の活性化に取り組んでいる街づくり実行委員会が
656(むつごろう)広場に設置した大型スクリーンで観戦しました。

若い人など500人位が集まって応援が盛り上がっていました。
深夜ですから、近所の方には迷惑だったかも知れませんが、
中心市街ですので、ときには、コオロギの鳴き声より、
スポーツを応援する若者の歓声のほうがいいでしょう。

 

うれしい話です。
秋からのインフルエンザに備えて
40万枚のマスクの寄附を受けました。

寄附して下さったのは、小城市にある株式会社ティオテクノさんです。
森社長が、私の住んでいる佐賀市本庄の出身で
会社が抗菌製品を生産しておられることから、
抗菌作用のあるマスクを寄附してくださいました。

学校や幼稚園、保育園に送りますが、
去年のような、マスク不足に苦しまなくてすみます。
使わないですめば、それが一番ですが。

2日の金曜日の夜、
こどもへの「まなざし運動」の一環でもある街頭活動に参加しました。
佐賀市内の全校区で街頭活動が行われ、
私は西与賀校区の、青少年育生協議会などの人たちと一緒に、
自転車の無灯火運転をやめるように呼びかけました。

主に、中学・高校生に呼びかけることにしていましたが、
佐賀大学近くだったので、大学生の無灯火が目立ちました。
「ご苦労さま」と声をかけてくださる人もいましたが、
無灯火を注意しても無視して走り去るオバチャンやオジチャンもいました。
ルールを守らない大人への厳しい「まなざし」も必要なようです。

きのう7月4日は、私の68歳の誕生日でした。
前日の3日の土曜日、両親などの先祖と、恩師の墓参りをして、
ここまで守り育ててくださったことに御礼を述べました。
心がすっきりしました。

誕生日に娘からシャツをプレゼントされました。
妻は赤飯を炊いて祝ってくれました。

 

湿気が多く、カビの生えやすい季節です。
どうぞ健康に気をつけて、梅雨を乗り切ってください。

2010年6月28日(月)

きょう(28日)もまた、蒸し暑くなりました。
間もなく7月に入ります。
梅雨も中ごろ、大雨に注意が必要です。

きのうの夕方、東京から帰りました。
佐賀空港でバスに乗ったときは、さほどでもなかったのですが、
佐賀市街に近づくと猛烈な雨になり、
佐賀大学付近は道路が一部冠水していました。

大雨警報も出て、
去年水に浸かった佐賀駅周辺が気になりましたが、
間もなく大雨は小ぶりになり大事にいたりませんでした。
これから梅雨末期にかけて気が抜けません。
可能な限りの態勢をとりますが、
集中豪雨がないことを願っています。

週末を利用して東京に行ったのは、
佐賀海苔の中元セールの宣伝活動です。
漁業者や漁業団体のリーダーの方たちと
高島屋と三越を訪ねて
中元セールで佐賀海苔をたくさん売っていただくようお願いしました。

山本海苔店さんが協力してくださり、
中元売り場の入口付近の最もいい場所で
宣伝活動をすることができました。
佐賀では想像もできない大勢のお客さんに
「佐賀海苔有明海一番」の小袋を渡して
有明海で育てた佐賀海苔を味わってくださいと声をかけました。

お客さんの多くは、その小袋ひとつが
250円もする絶品の評価を受けている海苔とは知らずに、
「なんだ海苔か」という表情をしていましたが、
食べてみた人は、おいしさに驚いていました。

海苔の販売会社の幹部の方と話しましたが、
その方は、佐賀で海苔を作る人たちが
有明海の状況に合わせて、
海苔ヒビを高く吊ったり低くしたりしている現場や加工場を見て
生産者や時期を選んで入札に参加していると話しておられました。

海苔生産者の努力とともに、
海苔を見る目や舌の肥えた販売会社の人たちの努力もあって
いい海苔が市場に出ているのです。

販売会社の方に販路の拡張をお願いしましたが、
外国の料理に海苔を使えないか、調べておられるようです。

こぼれ話しです。
きのうの日曜日、私が大きな声で「佐賀の海苔です」と
お客さんに声を掛けていると、
目の前をチョロチョロ動き回っている子が目に入りました。
どこかで見た子だと思ったら、孫でした。

私が東京日本橋の三越に居ると聞いた横浜の娘が
夫と2人の孫を連れて会いにきてくれたのです。
東京に出張することは多くても、孫に会うことはほとんどありません。
私は佐賀海苔の宣伝に追われていたので、
一緒に食事をすることもできませんでしたが、驚き、嬉しかったひと時でした。

 

東京に出発する前の土曜日の朝、
売茶翁を顕彰し、佐賀の伝統的な特産品の情報発信する
地場産品交流館「肥前通仙亭」が開館しました。

開館式がはじまるころ、猛烈な雨が降り、
テントを張った屋外で式をしましたので、足元は水浸しになりました。
式には、売茶翁を祀り、顕彰している
宇治市の黄檗宗総本山の萬福寺の宗務総長も出席してくださいましたが、
足袋や草履は田植のあとのように濡れてしまいました。

蓮池生まれの売茶翁は、煎茶の中興の祖をいわれ
京の大通に、今でいう喫茶店のような店を出して煎茶をふるまいました。
その店を「通仙亭」と呼びました。
このたび開館した「通仙亭」は、佐賀の伝統的な産品の、
お菓子、茶道具、鍋島段通、名尾和紙、諸富家具、肥前ビードロなどを展示しています。
佐賀市松原の旧古賀銀行と旧福田家の間にあります。

世界遺産の候補地の
三重津海軍所跡の発掘調査がすすんでいます。
ドックの木組みの遺構が出ていますが、
造船所であったことを証明する新たな遺構の発掘と
文献調査をすすめています。

九州山口近代化遺産群の中心が三重津海軍所跡ですので
責任の重さも感じています。
近くを有明沿岸道路も通ることになっています。
遺産と道路を両立させるための課題もあります。

議会中だったので開けなかった会議が今週続きます。
大阪で開かれる佐賀県出身者の会合に出席して
元気な今の佐賀を伝え、ふるさと納税などでの
郷土への力添えをお願いします。

佐賀市へのふるさと納税は
制度がはじまって3年、毎年30万円から40万円と
合わせて100万円を超える金額を出して下さった人や
金額は大きくなくても毎年出してくださる方も数人おられます。
ふるさとを大切にする人は、ふるさとに大切にされると信じています。

2010年6月22日(火)

今朝(22日)久しぶりに梅雨の晴れ間がのぞきました。
ラジオ体操のあと、犬を連れていつもと違うコースを散歩しました。
お寺の傍のゴミ置き場で、燃えるゴミが凄まじい状態で散乱していました。

近くにハヤ釣りに来た人と2人で、靴でゴミを寄せようとしましたが、
ホウキが無いと手がつけられないほどで、
ゴミの中に薬袋があったので、名前の方の家を訪ねて、
片付けてくださいとお願いしました。

学生アパートの近くでもゴミが散乱していました。
いずれもゴミ袋の上にカラスよけの網がきちんと掛けられていなくて
これ幸いとカラスが食い漁っていました。

燃えるゴミは収集当日に出して前日から出さない。
カラスよけの網をきちんと掛けるなどのルールを守るべきですが、
それにしても最近のカラスの仕業は目にあまり、
カササギやツバメの巣を襲ってヒナを食べる姿も目撃されています。

カラス対策のモデル地区を設けて対策を検討していますが、
射ち落としたり、毒で殺したりするのは問題があり、
カラスの巣を落とすことくらしか出来ません。
いい知恵はないでしょうか。

カラス対策を考えながら自宅近くまで帰ったところで
道路の端でムカデを見つけました。先日ラジオで
「今はムカデが出るころで、ムカデを見て季節を感じる」という
文学的な香りのある放送を聞きましたが、
ムカデを見て危険を感じた私は、こわごわ靴で踏みつけました。

これまで住宅近くでムカデを見たことはなかったような気がします。
先日は死んでいるマムシを見ました。
梅雨時期は危険が一杯です。

今朝は2時半ごろ目が覚めました。
いつもはまた眠るのですが、
2日前にお会いした人の名前が思い出せません。

「今すぐ調べろ」
「朝になってでいいじゃないか」と
私の2つの心が闘いはじめたので眠れません。
家族が目を覚まさないように、
そっと起き出して調べると名前が分かり、やっと眠れました。
最近、物忘れをすることが多くなりました。

父の日を前に、
バラの生産者と花屋さんの代表から100本のバラをいただきました。
バラは市民の皆さまをお迎えするカウンターなどに飾らせていただき、
市役所内にバラの香が漂っていました。

 

20日の日曜日に
佐賀市身体障害者福祉協会連合会の総会に出席しました。
私は、朝夕の市役所への行き帰りに、バスの中で
障がいのある人に出会いますが、皆さん活き活きとしておられます。

障がいのある人が地域社会で自立して生活するのに、
バスなどの公共交通機関は絶対必要な交通手段です。
バスは、公営も民営も経営は苦しいのですが、
障がいのある人、高齢者のために、何としても守りたいと思っています。
皆さん、バスに乗ってください。

市役所の会議で発言しないで、
陰で不満を言っている職員がいるのが耳に入ってきます。
私は職員の発言を頭ごなしに抑えつけることはしません。
意見があれば、堂々と発言して職責を果たしてほしいと思います。

市議会は先週までに一般質問と議案質疑が終り、
今週から委員会審議が行われ、25日閉会の予定です。
議会漬けの日々はあとしばらくです。

2010年6月14日(月)

今朝(14日)出勤の為にバス停に歩いていると
途中の公園のガクアジサイが、小雨に濡れていました。
色鮮やかなアジサイに梅雨入りを実感しました。

また、クチナシに似た低木の白い花から
甘すぎるほどの香りが漂っていました。
この花も例年、梅雨に咲きます。

 

大雨への警戒を怠ってはならない季節ですが、
カビ、ヤブ蚊、食中毒も増える季節です。

日曜日のきのう、私は自宅近くの川に入って、
河原にはえたコモなどの雑草を抜きましたが
今朝、住宅地近くで死んだマムシを見つけました。
梅雨はいろんなものに注意が必要な気の抜けない季節です。

 

6月8日〜9日、東京で開かれた全国市長会に出席しました。
早朝の便ではなかったので、佐賀空港まで市営バスで往復しました。
乗客は行きは10人、帰りは8人でした。
まずまずのお客さんんで、ほっとしました。
便利ですので、佐賀空港へは、どうぞバスを利用してください。

国への要望事項を決める全国市長会は
4つの分科会で議論しましたが、
私は税の配分や地方財政の確立問題を議論する
第2分科会の委員長を務め、
国にどのように要望するか、市長会の意向をまとめさせていただきました。

第4分科会の委員長も多久市長が務められ、
4人の分科会長が壇上から報告をしているとき、
原口総務相があいさつに来られました。
壇上の4人の内2人が佐賀県の市長だったので少し驚いておられました。

市長会に合わせて、佐賀県選出の国会議員と市長の朝食会が開かれ、
市長側からの要望やお互いの情報交換が行われました。
私は、事業仕分けによる事業の打ち切りや縮小は
地方の状況まで見て、判断してほしいとお願いしました。
バサッと切られて、地方が事業費をかぶることになる事態は困ります。

12日と13日の土日、食育推進全国大会が
佐賀市の文化会館と総合体育館で開かれました。
展示や催物の会場は、想像以上の大勢の人で賑わっていました。
暑い中で頑張られた関係者の皆さんにお礼を申し上げます。

土曜の夕方から佐賀市のアーケード街と
元のスーパーダイエーの1階で
「佐賀の食・ほとめき祭」が行われ、
かつての銀天夜市を思わせる賑わいでした。

訪れた人たちは、佐賀牛、ムツゴロウなど
佐賀特産の食べものを味わいながら、
郷土芸能などを楽しんでいました。
遠来の客を空ビルを利用してもてなす素晴らしいこころみでした。

 

きのうの日曜日、時間があったので妻を誘って富士町に行きました。
4年前に植樹した山がどうなっているか見たかったのです。
植えた時、40センチから50センチだった苗が
私の背丈以上に成長し、5メートルを越える木もありました。
植樹を指導した宮脇先生が言われたように、10年もすれば立派な森になりそうです。

 

ラベンダーの便りを耳にしたので、
天山スキー場近くのラベンダー園に行ってみました。
観光バスも来て賑わっていました。
賑わう様子を見ただけで、ラベンダーは見ずに帰りました。

今週は市議会一般質問が続きます。
人事異動で議会の答弁に慣れていない職員もいます。
私もふくめて、しっかり準備して
適切に答弁、議論できるようにしたいと思います。

2010年6月7日(月)

きょう(7日)未明、ひと雨降りました。
朝、庭に出るとほぼ満開のアジサイが雨の滴を落としていました。
蒸し暑かったきのうと打って変わった爽やかな空気に
さあ今週も頑張るぞと力がわいてきました。

 

ホタルの便りを聞くようになりました。
わが家の周辺でも先週の中ごろからホタルが見られるようになりました。
家の近くの水路の護岸の一部が
去年の春コンクリートになったので心配していましたが、
ホタルを見て、ほっとしています。

きのう熊本県を車で走っていると、人だかりがしていました。
何だろうと車を停めると、ホタルを見物しておられました。
いつまでもホタルが見られる環境であってほしいものです。

6月2日の水曜日、
筑後川下流土地改良事業の関係者で
久留米の水天宮さんに、今年も水不足にならないよう祈願しました。
麦刈りが終って田植の準備をする代かきの季節にはたくさんの水が要ります。
集中豪雨ではない適度の水をお願いしますと祈りました。

最近は地球環境がおかしくなっていて
佐賀市でも2年連続してドカ雨の被害を受けました。
水防対策を怠ることのないよう準備をすすめていますが、
今年から必要な市民の皆さまに土のうを差し上げることにしました。

マンション地下の機械室への浸水や、
冠水した道路沿いの住宅への浸水などを防ぐのにお使いください。
公園などに置いておきます。
数に限りがありますので常識の範囲でお持ち帰りください。
置き場所などは消防防災課に問い合わせてください。

いい話、嬉しい話です。
佐賀市のゴミ処理場の焼却炉を運転している会社に
6月4日に、感謝状を出しました。

ゴミ焼却場の焼却炉は3基あります。
1基は予備で、普段は2基で運転して余熱を温水プールや発電に使っています。
しかし、ゴミの量が少ないときは1基だけの運転です。
1基の運転では発生する水蒸気が少ないので発電はしないことになっています。

しかし、佐賀市の担当職員が
1基の運転でも発電できないかと考え、
焼却炉を運転している会社の担当者と実験を重ねて、
少ない水蒸気でも発電できるようにしました。

その結果、2年半に電気料金で4000万円節約しました。
CO2の排出量では、50年生のスギ9万1000本分削減しました。
マニュアルに従って漫然と仕事をするのではなく、
先例にとらわれないで改革する姿勢を高く評価します。

6月4日に、福岡市の佐賀県人会に出席し、
ふるさと佐賀の今を宣伝、紹介してきました。

佐賀県人会の心得に、
「堂々と佐賀県人を名乗ろう」というのがあります。
芸能人の中には、佐賀出身を隠したがる人もいると聞きます。
素晴らしい佐賀の情報を積極的に宣伝して
佐賀出身の方々に片身の狭い思いをさせないようにするのは私たちの責任です。

6月5日の土曜日は行事の多い日でした。その中から
▽ 市長と語る会
▽ 水道フェア
▽ 街中交流広場改装オープンフェア
▽ 森づくりシンポジュウム
に出席しました。

この内森づくりは、世界で森作りをしておられる
横浜国立大学名誉教授の宮脇昭先生の指導で
午前中、佐賀市の下水道処理施設の空地に、
シラカシ、アラカシ、ヤツデなどを6800本植えました。

宮脇先生の森作りは、多くの種類の木の苗を
50センチ間隔くらいで密植して、木が競い合って生長します。
下水処理場でも30種類近い木を500人が植えました。

 

午後のシンポジュウムで宮脇先生は
佐賀市が計画している市民1人あたり1本、24万本の植林計画に触れて
「森の漢字は、木が3つなので、1人3本植えよう。
わずかな空地、学校など、森をつくるところはどこにもある」と話されました。

また「密植するのは、木が競い合うとともに、少しずつ我慢しあって
みんなで森を作ってゆくためです」とも言われました。
聞きながら、人間社会にもあてはまるな、と思いました。

今週はきょうから25日まで6月定例佐賀市議会です。
一般質問は11日からです。
議会漬けの日々になります。

2010年5月31日(月)

庭木のスノーインサマーの花が咲きはじめ
ふんわりと雪をかぶったように見えます。
きょうで5月が終り、夏が近づいてきました。

木の枝は大きく茂り、剪定をして隙間を作らないと
庭の草花に陽が届かずヤブ蚊が発生します。
カエデや梅、桜には
私たちが「ニンギョウイラ」と呼んでいる毛虫も発生します。
庭を見ながら気があせるのですが、手入れをする時間がとれません。
本職の方にお願いするしかないようです。

 

 

5月20日に川副の犬井道の龍造寺まつりに招かれました。
佐賀を追われた龍造寺氏は大川に逃れ
犬井道で態勢を建て直して再び権力を奪還します。

龍造寺まつりのころ、
佐賀城内にある龍造寺隆信が暮らした村中城跡の
発掘調査結果の発表がありました。

今から約450年前のことですが
権力闘争の凄まじさは今も昔も変わりません。
当時は権力闘争に負けると命を奪われました。
今は命を失うことはありませんが、それだけに
「命がけで取り組む」という政治家の言葉の軽さを感じます。

20日の午後、
私が副会長をしている
九州灌漑排水対策協議会の総会に出席するために熊本に出向きました。

夜、意見交換の場があったことと
翌日の要望活動のために、熊本に泊まりました。
夜熊本市の裏通りを歩くと商店は遅くまで店を開けていて人通りも多く、
淋しい佐賀の中心市街地とは比べようもないほどでした。

佐賀市の中心に人通りを増やすのは簡単ではありませんが、
呉服元町の閉店したスーパーの土地に
公的機関を誘致することにしました。
こうした公的機関を中心地に戻すことによって
少しでも人の流れを多くしたいと思っています。

21日の朝、早起きして母校の熊本大学に向かって散歩しました。
はじめは正門までと思っていましたが懐かしいキャンパスを歩きました。
そのあと足がどんどん伸びて、4年間下宿していた家に向かいました。
下宿はガラシャ夫人の墓のある泰勝寺のすぐそばにありましたが
その建物は壊されていて新しい家になっていました。

その家の方がゴミ出しに出てこられ、
ゴミ出しのルールを守らない学生もいて困っていると話しておられました。
学生への悩みは佐賀と同じです。
私が下宿していたころは、
ゴミは下宿屋のおばさんが出してくれていたのでしょう。

散歩の足はさらに伸びて、
下宿近くにあった市場のような商店街を訪ねました。
早朝だったので、まだ多くの店は閉まっていましたが、
朝早い豆腐屋さんに聞くと、
お客さんは昔より減ったものの下町の商店街は元気だそうです。
懐かしい思い出がよみがえった朝の散歩でした。

早朝の散歩のあと、
久留米市にある筑後川河川事務所を訪ね
松原ダムの弾力的運用をお願いしました。

治水ダムの松原ダムは
毎年雨の季節前に放水して空っぽにします。
空になったあと、筑後川流域で田植が行われ
筑後川の水不足で、佐賀県と福岡県の間が殺気だつこともあります。
松原ダムの放水の時期を少し遅らせてもらうと田植に利用できるので
弾力的運用をお願いしたのです。

最近は、突然集中豪雨に襲われることもあり、
ダムを空にしておかないと治水ダムの役割を果せない恐れもあります。
また温暖化の影響もあって田植を遅らせる傾向もあるので
大変難しい運用ですが、協力をお願いしました。

5月27日には
大分で開かれた、九州国道協会の総会に出かけました。
こちらは私が会長をしています。
九州の国道は他の地域と比べて整備が遅れています。
厳しい状況にある道路予算の中でも
九州に目を向けてもらわなくてはなりません。

大分市は市民の健康づくりにラジオ体操を活用していると聞いたので
翌日の朝、大分川河川敷のラジオ体操の会場に出かけました。
広い河川敷を早朝から多くの大分市民が散歩していて、
ラジオ体操がはじまると100人位が集まって体操をしました。
私も一緒に体操させていただきましたが、
大分市長や、村山富市元首相の姿も見えました。
ラジオ体操のあと、みんなで大声を出すのがユニークでした。

佐賀には、大分川の河川敷のような広い場所はありませんが、
各地で少人数のラジオ体操が行われています。
私は今朝も、本庄神社でラジオ体操をしました。
参加者は4人でしたが、朝のすがすがしい空気は
佐賀はどこにも負けません。

あすから6月です。
7日から市議会がはじまります。
大雨の季節でもあり気が抜けません。

2010年5月19日(水)

晴れた日が続いて水不足を心配しましたが
きょう(19日)は梅雨を思わせるような雨、
今度は雨の多い季節を無事乗り切れればいいがと心配しています。

九州市長会が12日から14日まで嬉野市で開かれました。
国への要望事項などを話し合うのですが、
今度は緊急の問題として口蹄疫に関する議論が中心になりました。

宮崎県はまさに非常事態ですが、
周辺の九州各県も油断できません。
宮崎県ではこれまでに11万8000頭の処分が決まり
その数は日々増えています。

佐賀市では、52の畜産農家とJAの農場で
1万2000頭弱の牛と豚が飼われています。
人や車だけでなく鳥などの小動物も感染経路になるようで、
県と市、農協が協力して予防対策に取り組んでいます。

14日の午後
フランスのクサック村のドミニク村長が佐賀市を訪ねてこられました。
金沢市で開かれた日仏自治交流会議に出席した帰りに立ち寄られました。

クサック村は合併前の三瀬村時代から交流があります。
私も訪ねたことがあり、
田舎の村にたくさんの子どもの姿が見られました。
そんなことから、少子化対策が話題になりましたが
フランスは保育所を充実させるなどの対策によって
少子化に歯止めがかかったそうです。

日本はワーキングプアという言葉が生まれる格差社会になり、
結婚できる賃金をもらえない若者が増えています。
子ども手当て以前の問題です。
人を使い捨てにする雇用を許さず、
若者が世帯を持てる社会にすることが肝心です。

15日に兵庫の、ひょうたん島クリーク公園の
開園10周年記念式がありました。
公園は作ったらおしまい、という公園もありますが、
ひょうたん島公園は地元の人が公園の運営組合をつくって
収穫祭や味噌作り体験などをして活用しておられます。

田畑にクリークの水を汲み上げる足踏みの水車(みずぐるま)や
馬の洗い場などがあるほか、
クリークには魚が寒い冬を越せるようにという
「ぬくめ」と呼ばれる魚のたまり場も作られています。
ほとんどの人が忘れた「ぬくめ」という言葉がここでは生きています。
この公園は昔の風景を思い出せます。どうぞお訪ねください。

16日の日曜日は
障がい者のスポーツ大会、母子寡婦福祉研修大会、
建設労働組合の定期大会に足を運びました。
来賓席には、どこも同じような顔ぶれが並んでおられました。

 

こうした大会などに出席して帰宅すると
妻が仙酔峡にミヤマキリシマを見に行きたいと言い出しました。
今からでは遅いと思ったのですが、かえって幸いしました。
昼間は身動きとれないほど混んでいたのに、すいすいと現場に着きました。
ミヤマキリシマは満開でした。
いつもタイミングを失うので妻も大喜びでした。

 

18日は佐賀市の自治会協議会の総会に出席しました。
佐賀市には663人の自治会長がおられ
その他、多くの役員が活動してくださっています。
マリトピアの大広間を埋めた大勢の人たちを見て心強く思いました。
防災情報からゴミ出しの連絡まで
全世帯に周知徹底できるのは自治会です。
役所と自治会は車の両輪として協働していかなくてはなりません。

道路、土地改良、水利など
九州全体で協議会を作って取り組んでいる問題が多くありますが、
今週はこうした協議会の総会が続きます。
相変わらず慌ただしい日々です。

2010年5月6日(木)

大型連休中、天気は晴れた日が続きましたが、
気温は肌寒かったり真夏のような暑さになったりでした。
おかしな気候に服装に気を使う日々でした。

連合佐賀のメーデーは4月29日に開かれました。
メーデーはアメリカの労働者が
8時間労働を求めて立ち上がった5月1日ですが、
連休の真ん中では労働組合員などの行楽計画に影響があるという配慮でしょう。

この日は涼しく、私はスーツを着て出席しました。
ずっと以前の闘うメーデーと違って
家族連れの目立つお祭りムードのメーデー集会でした。

国労の組合員であったために
分割民営化されたJRへの採用を拒否された人たちの裁判闘争は
国のあっせんで和解にこぎつけましたが、
私は国労の組合員を取り上げた新聞記事を下敷にあいさつさせていただきました。

その新聞記事は、23年間闘い続けた組合員をとりあげていました。
その人は、物品販売などで闘争資金を作るために東奔西走して
月の半分は家を留守にして妻や子どもたちに淋しい思いをさせました。
10年前、家に帰ると妻と子は家を去っていました。
その後スーパーで子どもに出会うと、子どもは顔を伏せて立ち去ったということです。
和解で2000万円余りの解決金をもらっても
家族は崩壊し失ったものは戻ってきません。酷い23年間です。

私は「意に反して職場を追われる人がでるような社会にしてはならない」と
あいさつを締めさせていただきました。
メーデー会場をでるとき、2人の国労組合員から
「ありがとうございます」と言われました。
2人の目に涙がたまっていました。

5月1日、佐賀市長旗高校野球大会の開会式に出ました。
佐賀地区の9校が参加した大会でNHK杯の予選を兼ねています。
球場に着くと、野球選手や駐車場係などの裏方をしている高校生が
大きな声であいさつして気持ちが明るくなりました。
始球式でストライクを投げるように少し練習しましたが、ダメでした。
佐賀地区の高校が甲子園を沸かせてほしいものです。

 

高校野球のあと、筑後川に向かって、
福岡県大川市の「エツ観光川開き」に出席しました。
この日がエツ漁の解禁で、エツの初物をいただきました。
大川市は屋形船を用意するなどして観光遊漁に力を入れています。
佐賀の諸富港からも遊漁船が出ています。
エツ漁や潮干狩りに多くの人が訪れてくださることを願っています。

 

5月3日から、福岡の博多座で「佐賀のがばいばちゃん」がはじまりました。
原作は島田洋七さん、演出も主演も島田洋七さんで、涙と笑いの連続でした。
私は公演の成功を願って激励に行き、
会場で販売された羊羹やミルク製品などの佐賀の特産品の宣伝のお手伝いをしました。
公演は27日までです。

大型連休中、公務も入りましたが
それでも毎日数時間、自由にできる時間があり、
日ごろ気になっていたことをしました。

わが家の畑の草刈をしたあと、
鍋島直茂公の生誕の地の権現さんの境内の草刈をしました。
ぼうぼうと草が生い茂っていたので、
1日では刈り取れず2日がかりになりました。
また近所の川にグリ石などが投げ込まれていたので取り上げました。
袋に入った空き缶、割れた鏡なども捨てられていたので、川から上げました。

川から引き上げたものを整理していた草むらに財布が落ちていました。
財布の中には、現金5-6万円、カード、運転免許証などが入っていたので
交番に届けようと思っていると、青年がやってきて、何やら探しています。
免許証の写真に似ていたので声をかけると、私が拾った財布を探していました。
私は交番に行く手間が省け、青年も喜びました。
人助けをして気持ちのいい日でした。4日午前のことです。

連休中、横浜の孫が来ていました。
思い出を作ってやろうと、メダカとりをしました。
思い出作ってもらったのは私のほうかもしれません。

 

連休も終ってさあ仕事です。
すでに動きはじめている重点施策を突き進めます。

2010年4月28日(水)

花の季節から若葉の季節になりました。
日々緑を濃くする若葉が心を躍動させてくれます。

街の緑はみんなの宝ですが、
街路樹の枝を折る心無いヤカラに腹立たしい思いをしています。
土曜日の夜から日曜日の朝の間に、
松原川沿いのカエデとハナミズキ15本の枝が折られました。

いずれも直径5センチ前後の太い枝で、
簡単に折れる枝ではありません。
ぶら下がるか、数人がかりでへし折ったのでしょう。
新緑をつけたばかりの枝が無残に捨てられていました。

松原川は、かつてはどぶ川になっていましたが、
みんなで川掃除をして美しい清流を取り戻しました。
川沿いに植えられたカエデの緑や紅葉、ハナミズキの花や緑が
仕事に疲れた市民などの心を癒してくれています。
そんな街路樹の枝を折るのはイタズラを越えた許しがたい行為です。
警察に届けました。

 

もうひとつ腹立たしいことがありました。
消防団の格納庫に窓を壊して侵入し
消防車のガソリンを抜き取ったヤカラがいます。

消防車が出動して帰ったとき、
ガソリンが大きく減っているので調べると、
ガソリンタンクの蓋が壊されて、ガソリンが抜き取られているのが分かりました。
火事現場が近かったので、タンクの底に残った燃料で出動できましたが、
もし遠い所だったら、現場の手前でガス欠を起こしたかもしれません。

ちゃちなドロボウですが、消火に影響する大きな犯罪です。
こちらも警察に届けました。

祭りの話を2件。

松原川の街路樹が折られたのが見つかった日曜日に
松原川沿いの松原神社で「ひゃぁらんさん祭り」がありました。
水の事故がない事を祈る祭りです。
木彫りのカッパの像の前に、カッパの好物のキュウリが山のように供えられ
カッパ様も水の事故防止に頑張ってくれることでしょう。

私はカッパの声が聞えてきました。
「緑の街路樹を折るバカ者もいる人間たちよ、何でもカッパのせいにするな。
水の事故はカッパではなく大人の責任だ、みんなで子どもを守れ。
子どもを虐待する若い親たちはもっての他だ」
カッパはこう言っているようでした。

 

海苔の豊作や豊漁を祈る祭りが23日の金曜日に
西与賀と嘉瀬の港でそれぞれありました。
西与賀の恵比寿祭りの会場の近くに、地元の漁業の歴史の説明板がありました。
それによりますと、西与賀漁港は昔から遠洋漁業が盛んで、
明治の末には手漕ぎの船で中国の大連沖まで出かけ、
動力船ができた大正から昭和のはじめごろが隆盛を極めたそうです。
カマボコやチクワの加工場が多いのはその伝統からでしょう。

今年の海苔は、海の栄養不足が心配されましたが、
西与賀と嘉瀬の売り上げは前のシーズンを少し上回りました。
佐賀市全体では、ほぼ前年並を維持できました。

ちょっと残念な話です。

横浜に住む孫が先月末の春休みに帰って来た頃
わが家のウコッケイが卵を抱きはじめました。
孫は5月の大型連休にも帰ってきますのでウコッケイのヒヨコを見せてやろうと、
有精卵をいただいてきて3個抱かせました。

抱きはじめて3週間位で雛が生まれますが4週間たっても生まれません。
そこで今朝、卵を割って見ましたがヒナに育つ様子はありませんでした。
孫にウコッケイのヒヨコを抱かせたいという私の夢は消えました。
4週間卵を抱き続けたウコッケイは、
卵を取り上げられたのに、そのまま卵を抱いた姿で座り続けています。

 

右上の奥歯の1本が欠けたのでインプラントにしようと思いましたが、
時間がかかるそうなので、入歯にしました。
どうも違和感があってしっくりせず、話す言葉にも影響があるようです。
たった1本の歯の不調で、健康の大切さを感じています。

きょう、筑後川の観光川開きがありました。
エツ料理や潮干狩りを知り合いと誘いあって楽しんでください。

2010年4月19日(月)

例年にない朝の冷え込みが先週は続きましたが、
朝の犬の散歩のときに高伝寺周辺で聞く鶯の鳴き声は、
堂々たるものです。
朝の静けさの中で聞く鳥の声の中でも、鶯の鳴き声は
際立って澄んでいます。
夕方には草むらから、ちーちーちーと、虫の声も聞こえます。
漂う若葉の匂いとあわせて、初夏の近づきさえ感じるように
なりました。

先週の水曜日は、
新採職員への市長講話、
赤松農林水産大臣との意見交換会、
江藤新平銅像祭り、
パートナーデーの表彰式など
気を遣う行事の多い一日でした。

水曜日は市職員のノーカーデーでもあったので、
新採職員向けの市長講話のときに、
バスを利用したノーカーデーの参加状況を尋ねたところ
4名でした。一割にも達していません。
ノーカーデーの参加者も少なく、猛省を求めました。

17日に川副綾男さん(前久保田町長)の訃報が入り愕然
としたところです。お世話になった方です。
合併時に発揮された力は偉大なものでした。
新しい佐賀市の発展を誰よりも期待されていたのに・・・
早すぎます。残念です。ご冥福を祈ります。

17日、気功健康クラブの総会に案内されました。
「継続は力なり」を信じて、私も毎日15分程度気功をしています。
医療費で参考になる数値を、総会資料で見せていただきました。
気功を続けている人と、そうでない人の医療費の比較です。
気功を続けている人の医療費は、普通の人の三分の一でした。
これからも、10年先の健康をつくる目標で続けたいと思います。

同じ17日は夕方、後援会の総会も開催していただきました。
ご多忙中にもかかわらずご出席いただいた方、
準備をしてくださった方々に感謝です。ありがとうございました。

 

18日は、私が住んでいる西寺小路地区の川掃除でした。
私は、早めに班毎に道具の配分を済ませ、
妻に用具の受け渡し役を任せ、
71歳になる専業農家の方と二人で、胴長姿で
草刈機で水路沿いの草刈に専念しました。
一人ですると大変な作業ですが、
多くの人が集まれば大きな仕事ができるものですね。
疲れも感じません。
などと強がり言って、後で・・・

 

今週は人間ドック入りです。指摘事項が増えなければ良いのですが。

2010年4月12日(月)

桜が散り、ツツジの赤、白、ピンクの花が大きく開いています。
街路樹は
ハナミズキのピンクと白い花が輝き、
クスノキは古い葉を落とし、みずみずしい緑の若葉が伸びています。

 

 

佐賀は今一番美しい季節を迎えていますが、今朝はあいにくの雨でした。
雨が降るとバスのお客さんが増えます。
今朝も私の乗ったバスとすれ違うバスを見ていると、
吊革を持って立った乗客で窓の向こうが見えないバスもありました。
多くの人が嫌がる雨が降ると嬉しくなる皮肉な私の立場です。

年度はじめですので、あいさつに見える人が続き、
ラジオやテレビの収録、
九州市長会の議案審議や新しい役員選びなどに追われました。
また佐賀県市長会は、
県営事業の負担金制度のありかたの見直しを佐賀県に要請しました。

歓送迎会も続いています。
市立富士大和温泉病院の歓送迎会に出させていただきました。
医師は地域や診療科目によって偏在し、
看護師を他の病院に引き抜かれることもあります。
地方病院のスタッフを充実させるのに苦労をします。

歓送迎会で
「患者を笑顔で受けとめる病院作りをして欲しい」とお願いしました。
市民の皆さんも人間ドックなどで市立病院を利用してください。

春の川を愛する週間に入って2度目の日曜日のきのう、
朝7時半ごろから川掃除をする人たちの激励に回りました。
各地を回って見ると、地域ごとの違いを感じました。
多くの人が出て、若い人の胴長姿が目立つところは力強く、
お年寄りが多くて若い人の少ない地域は高齢化社会をハダで感じました。

官舎が多い地区では役所の幹部の人の姿が目立つようになったと聞きます。
事業所やスーパーマーケットのある地区では
会社の人やスーパーの従業員が川掃除に参加するようになりました。

一方で、マンションの並んでいる地区で
あるマンションは入居者のほとんどが川掃除に参加するのに
隣りのマンションは1人も出て来ないという話も聞きます。
組織や地域のリーダーの姿勢によって違ってくるようです。

私の住む西寺小路の川掃除は来週の日曜日です。
私はいつも前日の土曜日に掃除道具の準備をして
日曜だけではやりきれない場所の草刈りなどをします。
しかし今年は土曜日に後援会の総会があるので、
1週間前のおとといの土曜日に、川の近くの道路沿いの草刈りをしました。

このとき、川に板ガラスが投げ込まれているのを見つけました。
来週の日曜日の川掃除の日に、
誰かが胴長を着てガラスを踏むと大怪我をする恐れがあります。
気になっていた私は、きのう所用で出かける前にガラスを取り除きました。
あまり時間がなかったので作業服に着替えないまま川に入ったので
着ていた服が汚れて、汚れを洗い落とすのに時間がかかりました。
「急がば回れ」でした。

ガラスが投げ込まれていた川は
1ヶ月前にも板ガラスが投げ込まれていて、私が取り除いた場所です。
全く非常識な人がいるものです。

私はヒシなどを噛んでよく前歯を折りますが、最近奥歯が折れました。
硬い食べ物をガリガリ噛んで食べるのが大好きで、
67年間使い続けて、とうとう疲労で折れたのでしょう。
1本の歯が欠けただけで、ガリガリ食べられないと思うと情けないです。

今週は江藤新平の銅像まつりがあります。
15日には市長と語る会が嘉瀬公民館で開かれ、
週末には私の後援会の総会もあります。
何かとお世話になります。

2010年4月5日(月)

今年の桜は達者です。
咲くのは早かったのですが散らずに頑張っています。
わが家の庭ではヒラドツツジが咲きはじめました。
ツボミのままのツツジもあります。
日陰とひなたの違いでしょうか。

 

先週は年度末と年度はじめの行事が相次ぎました。
3月30日は、佐賀市議会が終わるのを待っていた
広域の定例会が開かれました。

31日は退職者への辞令交付と感謝状の贈呈を行いました。
退職する人は70人、
高卒の人は昭和43年ごろ、大卒の人は47年ごろの採用です。

旧佐賀市の庁舎はそのころは県庁前にありました。
暖房は石炭、冷房はなく扇風機で暑さをしのぎました。
残業した夜は窓から虫が入ってきていましたが、
暑さにそれほど苦しみませんでした。
気温が今ほど高くなかったからでしょうか。若かったからでしょうか。

一緒に仕事をした仲間、友人たちに
40年前を脳裏に浮かべながら、万感の思いで退職辞令を渡しました。
これからも元気に地域で活動するなどして
佐賀市の発展に力を貸してください。

31日で佐賀城下ひな祭りが幕を閉じました。
訪れたお客さんの数の集計はまだですが、
期間中雨が多かったのに
去年より30から40%増えて一昨年並みになったようです。
関係者が頑張ったからです。
来年も新しい企画を入れて魅力のあるひな祭りにしてください。

4月1日は、新採用者や転任者への辞令交付をしました。
部長級も大きく入れ替わり新しい体制になりました。

私は訓示で、
「新しい皆さんの職場は皆さんのための職場ではない。市民の為の職場だ。
市民の要望に応えられる仕事をしてほしい。
指示待ちでは困る。個人プレーも駄目だ。チームで動け。
研さんを重ね、情熱を持って仕事をすれば
たとえ失敗をしても充実感が得られるはずだ」と述べました。
市民の目線で仕事をすることを求めます。

4月の2日と3日、
小説「望郷の道」を書いた北方謙三さんの講演会などが開かれました。
「望郷の道」は、著者の曾祖父の、佐賀と台湾を舞台にした
波乱万丈の人生を謳いあげた巨編です。
日本経済新聞に2007年8月から2008年9月まで1年2ヶ月に渡って連載され、
上下2巻が出版されています。

この小説の愛読者で、小説を佐賀の起爆剤にできないかと
思い入れた人の発案が講演会に結びつきました。
「望郷の道」には満開の桜が背景を飾っていることから
桜吹雪の舞うこの時期を選んでの講演会となったものです。

2日のレセプションでは席が北方さんと隣り合わせになり、
話しを聞くことができました。
北方さんの曾祖父は富士町で育ち台湾に渡って活躍されましたが、
リーダーとしての素養、部下や仲間を守る気概を持たれていたそうです。

「望郷の道」は1度読みましたが、また読み返しています。
読んでおられない方は是非読んで下さい。
感動を呼ぶ小説ですので、映画やテレビドラマにして欲しいですね。

きのう(4日)の日曜日、桜マラソンがありました。
桜が散るのではないかと心配しましたが、
コースの中心の多布施川沿いの桜は満開で天気に恵まれました。

 

関東や九州各県などから8000人のランナーが集まりました。
サポートする人も数百人居られますので
総合グランド周辺はお祭りのような賑わいでした。

招待ランナーは君原健二さんと谷川真理さんで
毎年来ていただいている君原さんは私より2才年上です。
私はせめてジョギングの部に出たいのですが、
君原さんの引き締まった体を見て、あきらめました。

開会式で、「走ったあとは古湯、熊の川温泉の、
ぬる湯を楽しんで下さい」と挨拶しました。
佐賀陸上競技協会や佐賀新聞社の大変な努力で、
大きな大会が成功しました。ごくろうさまでした。

横浜の孫はきのう帰って行きました。
遊ぶ時間がなかったので、おとといの土曜日の朝早く、
自転車で近くの公園まで行き、つかの間のジイチャンを楽しみました。

今週の水曜日に
西与賀公民館で市長と語る会を開きます。
どうぞお越しください。

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