2016年3月のひとり言

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2016年3月28日(月)

桜は開花しましたが、途中寒気が訪れたため
いつもの年よりゆっくりした咲き具合です。

 

お蔭で今年の桜マラソンは
名実ともに「桜マラソン」となるでしょう。

27日には諸富の「チューリップまつり」に行きました。

毎年一緒に行く妻は、今年は都合で行けなくて、
娘二人と孫を連れての花見でした。
小杭地区の高齢者の皆さんが育てられたもので
草一本残さないような手入れがしてありました。
花園の中央部に赤色のチューリップで
「ハナ一」と描かれていて
植えるときから皆さんが話し合われた様子や
普段のまとまりのよさが垣間見えました。

年度末を迎え、官公庁の人事異動で退任される方
新しくお見えになる方々の挨拶が続いています。
年度内の会議も、まだ、東部水道企業団議会、市防災会議
土地改良区等の会議が残っています。

このように多忙な年度末ですが
台北市のシティスーパーでの佐賀県物産展で
トップセールスをしてまいりました。

 

 

ここでは佐賀の新製品で
今後の活用分野が広く期待されている
鮮度保持剤、「炭化」を使った
佐賀の生鮮野菜の移送実験と
展示販売もおこないました。
台北市には新しく、
佐賀のアンテナショップが誕生しました。
佐賀市諸富町出身の樺島泰貴さんが
うどん店と諸富家具の展示販売店を
台北市で営まれています。
その樺島さんの好意で
今回のアンテナショップや物産展につながりました。
樺島さんに感謝です。
台湾は寒く、防寒コートの台北市民の姿は
私にも想像外のことでした。

うれしい話を二つ

◎(株)九電工さんより
イベント用簡易テントをいただきました。

毎年12月に実施されている
チャリティ餅つき大会の収益金を充てられたものです。

◎有明海沿岸道路の芦刈ICと芦刈南が開通いたしました。

 

 

これで嘉瀬~芦刈南間、6.5キロメートルが
開通したことになります。
26日が開通式でした。

2016年3月22日(火)

春本番、鶯の上手な鳴き声が聞こえます。
ユキヤナギが満開です。
チューリップが顔を出し始めました。

 

いろんな花が出番を待っています。
油断すると踏んでしまいそうな背丈でも
小さな花が精いっぱい咲いています。

名前を知らないのが申し訳なく思えます。
中には葉っぱなのか花なのかさえ
分からないようなものもあります。

15日は川副町の海童神社でお粥占いがありました。
2月15日に炊いたお粥に生えるカビの生え方で
その年の吉凶を占うもので
意外と当たるといわれています。

 

ことしの占いでは
農水産物は出来がよく災害も少ないようですが
地震のような災害の「気」が少し出ているとのことでした。

同じ15日、
3人目の佐賀市プロモーション大使に委嘱状を交付しました。
3人目は声楽家の吉武大地さんです。

 

大地さんは埼玉育ちですが、
お父さんが佐賀市の勧興校区のご出身で画家です。
大地さんが小さいときは佐賀によく遊びに来たそうです。
佐賀のPRよろしくお願いします。

18日は小学校の卒業式
私は西与賀小学校に行きました。

 

校長先生も今年が定年とのこと
感動的な式辞を述べられました。
50人の卒業生でしたが
歌声にも元気があり立派な卒業式でした。
ここでも女子卒業生24名中に「子」と名前の付く子供は
一人もいませんでした。

今年の自治大の同窓会を九州勢で引き受けようと
週末、打ち合わせのため仲間が原鶴温泉に集いました。
11月末に沖縄で実施というところまで決めて
早々に旧交を温めました。
まだまだ酒の強い仲間がいます。
あとは久しぶりのカラオケ。
大学でわずか1か月間、生活をともにしただけの仲間ですが
20数年来の学友として付き合っています。

20日は家に咲いている花とシバを持って
孫たちと4か所の寺を回り墓参りをすませました。

今週は議会閉会の後、台湾でのトップセールスです。
そのあとは年度末の会議が目白押しです。

2016年3月14日(月)

3月も中旬になると梅が終わり、
新しい花が次々に顔を見せます。
13日朝、マックスと朝の散歩をしていると
道沿いの庭には白モクレン、
薄緑と黄色が混ざったようなミモザが
目を惹きました。

 

水仙もいろんな種類のものが出てまいりました。
近所の空き家になってしまった花畑には
黄色の水仙が主さんの彼岸での帰りを待つように
並んで咲いていました。

間もなく桜やチューリップの「お出まし」となるでしょう。

先の一週間、市議会の一般質問が続き、
議場にくぎ付けでしたが、
11日の午前中だけは、中学校の卒業式で議場を離れました。
卒業式、私は城東中学校へ行きました。

 

城東中は市内でも2番目に卒業生が多く
6学級227名の卒業生でした。
「仰げば尊し」とか「さよなら友よ」のあたりまでくると
必ずと言っていいほど、涙する子供を見かけるのが
これまでの卒業式だと記憶していますが
今年は涙を見ません。
「今年は涙なしか、時代も変わったかな」と思っていたら
最後に出ました。
退場する間際、
担任の先生に感謝の言葉をみんなで述べるときでした。
この涙をみて、こちらも目頭が熱くなりました。
卒業生名簿を見てここ数年思うことですが
女の子の名前に「○○子」と「子」のつく人が珍しくなりました。
今年の城東では109名中2名でした。
名前の読み方も年々、難しいものが増えているようです。
城東中の卒業式、歌声もしっかりしていて立派でした。
このような緊張感は5年後の成人式のときも忘れないで欲しいと思いました。

12日の午前中は「ゆめタウン」の増築工事の起工式。

完成すればグループで一番のショッピングセンターになるそうです。
増築による雇用が新たに500人ということです。

そのあと武雄市の歴史資料館へ
「佐賀の乱と武雄」という企画展を見に行きました。
旧武雄領主鍋島茂昌は佐賀戦争(佐賀の乱)で
いとこである佐賀戦争の首謀者の一人、
島義勇とは一線を画していました。
しかし、島からの度重なる支援要請で断りきれず
いったんは島や江藤新平が率いる佐賀軍に加勢をしますが
間もなく茂昌は戦列から離れて、
最後は逆に佐賀を攻めることになります。
佐賀陣営では負け戦が濃厚になるころ、江藤が佐賀を離れますが
そのことに対する島の心境を示す資料も展示されていて
同じ日に処刑された江藤と島が一枚岩ではなかったことを知りました。

12日夕方はサガン鳥栖の応援

 

13日は嘉瀬川ダム感謝祭と

 

あわただしい土曜、日曜でした。
14日は最後の一般質問と、7人の議案質疑です。

2016年3月7日(月)

5日土曜日は暦の上での啓蟄。
冬眠していた虫が地面に這い出す時季とされています。
この「啓蟄」という言葉
私の頭には「けいつち」と登録されていて
このブログ書き込み中、何回打っても出て来ません。
仕方なく辞書を開いて誤りに気づきました。
虫が地中から這い出すということで
「土」の想いが強かったようです。
「ちつ」と「つち」が入れ替わっていました
新たな「誤り」の発見でした。
この日、午前中は特別な予定がなかったので
チューリップ畑の草取りをしました。
ぽかぽかの陽気にジャンバーも脱ぎました。
草取り中、耳にしていたラジオでは
モンシロチョウや蚊の便りを伝えていましたが
我が家の小屋では
どこに潜んでいたのか蛾を見つけました。
庭ではセイヨウミザクラがほころびました。
花の下を見ると土筆が立っていました。

 

その前日4日には「佐賀城下、春の骨董市」が
松原神社の境内で開幕しましたが、
開幕式に出席のため立ち寄った
佐嘉神社南の貫通道路に面したところには
早咲きの桜が見られました。
もう春ですね。
骨董市、ひなまつりが賑わいますように・・・

 

 

ありがたい話
二人目の佐賀市プロモーション大使として
「はなわ」さんに引き受けてもらいました。
3月1日に委嘱状を渡しました。

 

はなわさんは首都圏でのアンケート調査で
佐賀をイメージさせる代表的な人です。
デビュー時の自虐的な歌「佐賀県」が大ヒットしました。
次は、ポジティブ「佐賀県」を完成させたいと
抱負を語ってくださいました。

ご家族は佐賀で生活をされています。
ご長男は柔道の全国大会で3位に入賞するなど
これからを期待されている中学生です。


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