2015年12月のぼやき

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2015年12月25日(金)

今日は久々の冬日和、洗濯、布団干し日和でもありました。
近所に住んでおられる義兄さんの家では、早くもサクラ草が
咲きほころんでいました。

昨日(24日)は、兵庫のトンボの池公園で開催された、
“夢フェスタひょうご2015”のオープニングセレモニーに
参加しました。

 

ペットボトルランタン“千人千灯”の光のアーチがまばゆい程で、

 

見事な巨大クリスマスツリーの美しさに、目を見張りました。

 

地域の小・中学校、保育園、団体の協力のもと、「まちおこし事業」の
行事が、来年の2月14日(日)のバレンタインデーまで開かれると
いう事に“地域の力”を感じました。
子ども達が育ち上ってここ数年、我が家はクリスマスイブの灯も消えて、
1人で淋しい思いをしていただけに、久しぶりに賑やかな“イブの夜”を
楽しむ事が出来ました。

今年も残り少なくなりました。
私の拙い「妻のぼやき」も、今年は今日で終わりです。
本当に1年間読んで下った皆さん!有り難うございました。

2015年12月17日(木)

今朝は、枯葉が渦巻く様に飛び散り、寒さが厳しく身にこたえる
朝でした。
そんな寒さの中でも、夫はいつものように5時過ぎに起きて、
ラジオ体操と愛犬マックスの散歩に行きました。

何十年と変わらぬ夫の「習性」というには、あまりにも徹底した
継続力に「アンタはエライ!」と思ってしまいます。
帰って来るなり、「今日は冷えて、冷たかったー」と言いながら、
鼻をグシュグシュさせていました。
昨夜の雨と風で、我が家の木も葉がほとんど落ちてしまい、
庭は、枯葉で敷き詰められています。

 

ナンテンやマンリョウの実も、寒さと共に真紅になり、
それを眺めては、今日も元気を貰っている私です。

「ばぁちゃーん!」と大きな声が玄関でしたかと思うと、
家の中にかけ込んできた孫。
ビニールで作ったサンタクロース衣装の姿に、思わず「可愛い」と
シャッターを切りました。

 

今日、12月17日は東与賀町児童館の子育てサロン“とっとこランド”に
ママと参加してきたとの事。
一足早い、クリスマスパーティを楽しんできた様子で、サンタ姿を私に
見てもらおうと、意気込んできた孫の得意げな顔に、愛しさを覚えました。

12月13日(日)、夫と一緒に所用で、大和町松梅地区辺りまで
出かけました。
そこに、見事な“干し柿のすだれ”が沢山下がっていました。

 

「うわぁー」と声を上げる程のきれいな柿色の大すだれ。
美しさに見とれると共に、年の瀬のこの時期に、この場所(柿の生育地)
でしか見られない風景に感動しました。

2015年12月10日(木)

日当たりがよく、なかなか紅葉しなかったわが家の南側の庭も
この2~3日前の冷え込みで紅葉し、その美しさに酔いしれて
いました。

 

今日は朝から冷たい雨、傘を差して庭に出ると、風に吹かれて
落ち葉が、紙吹雪のように舞い落ちてきて、アッという間に、
濡れ落ち葉の絨毯。
その側には、赤い実を付けたオモトが、これからは私たちの出番よと
言わんばかりに、赤く輝いていました。

 

5日(土)は、兵庫のひょうたん島公園であった収穫祭に行きました。

 

私達が行った時は、すでに多くのお客さんで賑わっており、収穫された
野菜等はほとんど売れてしまい、余り残っていませんでした。
毎年、恒例の餅つきがありましたので、夫も餅つきをしました。
子どもさん達にも、つき方を教えたりして、昔の自分に還り、
傍から見ていても、心から楽しんで、餅つきをしている様子が
ひしひしと伝わって来ました。

餅つきで汗を流した翌6日(日)。
夫は公務がなかったので、一足早い「我が家の暮れの大掃除」の
役割分担を始めました。

毎年してくれる台所の汚水桝の1年分の油分の塊を取り、下水掃除が
済むと、窓ガラスと網戸を水道水で流し、満足気でした。
夫は昔から、人の嫌がるようなきつい仕事、汚い仕事を率先して
来ましたが、今も変わらず続けているのに頭が下がります。

2015年12月3日(木)

我が家の玄関先の「もみじ」。
なかなか紅葉しなかったけれど、この2~3日の急激な
冷え込みで、葉が一気に紅く染まりました。
木枯らしの吹く中で見上げると、燃えるような“紅”が
玄関を錦の様に彩ってくれています。
その美しさに吸い込まれそうになりました。

12月1日(火)、2015「かちがらす会」の忘年会に
参加する事が出来ました。
スポンサーが選手と共に、支援者へ一年の感謝をこめて
交流する会でした。
今年は、本当に山あり、谷ありの一年だったサガン鳥栖。
私も一喜一憂して応援した、今年の試合を振り返りながら
色んな選手とお話し、「お疲れさま、有り難う!」の気持ちを
伝える事ができました。
選手と支援者の全員で、天皇杯へ向けての団結と、来年は
「頂点」を目指すことを期して、熱い決意を交わしました。

義姉が、11月27日に他界、本人の遺志で「家族葬」で
送りました。
3年間の闘病生活から解放されたという思いと、長年連れ
添って、残された義兄の事を思いやると、身につまされました。
本当に身近な者だけのお葬式は、静かでお互いの親戚が、
故人を深く偲ぶことができました。
誰しもが直面する“別れの刻”。
義兄の姿をみながら、「出来る事なら、私は夫より1分でも
後に・・・」と、思わずには居られませんでした。

 


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