2015年11月のひとり言

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2015年11月30日(月)

このところ急に冷え込みました。
娘の家の玄関わきに咲いている珍しい花、
台湾椿が一日中、日陰で寒そうです。

 

28日(土)は、玄海原発の重大事故を想定した、
防災訓練がありました。
原発で事故は絶対にあってはならないことですが、
もしもの場合を想定した訓練は必要です。
玄海原発から30キロ圏外にある佐賀市では、
避難所設置・運営訓練、福祉施設及び医療機関避難訓練、
救護所における医療救護活動訓練がありました。
私は、唐津市からの避難市民を受け入れた、
佐賀工業高校の体育館を視察しました。

 

ここでは、防災士と避難住民との意見交換がされました。
「避難者の避難後の地元の状況を、できるだけ詳しく
提供してもらいたい」
「避難者の要望など聞き取りする場合は、避難者の立場に
立った言い回しで、お願いしたい」など、
一般災害時にも、配慮しなければならないことを意見として
聞くことができ、参考になりました。

29日(日)は、有明海沿岸道路の早津江川橋の着工式でした。

 

有明海沿岸道路の福岡県側は、暫定的に供用開始されていますが、
佐賀県側はかなり遅れています。
しかし、早津江川橋が着工されたことで、事業が大きく進んだと
言えるでしょう。
関係者のご努力に感謝です。
寒い日の着工式も完成時には、良き思い出になることでしょう。
30日(月)に、11月市議会が開会しました。
これから議会モードにチェンジです。

2015年11月24日(火)

11月も下旬に入ったというのに、日中は暖かい日が
続いています。
この気候のせいなのか、8月に主を亡くした庭に、
本来5月ごろ咲くサツキが、数輪寂しげに咲いています。
また近くのお家の庭には、ヒワの花が咲いていました。
ヒワの実が熟れ、食べられるようになるには、
まだ半年以上かかります。

 

先週は、
国道263号と主要地方道前原・富士線の改良促進のために県へ、
有明海沿岸道路の整備促進のために国の関係機関へ、
要請活動をしました。
東京へ行けばよく歩きます。万歩計が喜びます。

23日(祝)は、神野病院の紅葉・秋祭りでした。

 

秋祭りと合わせて、
グランドの整備事業と、公衆便所のご披露がありました。
グランドの整備事業のメインは、
理事長と親友で、私とも高校の同卒になりますが、
先に逝ってしまった、N君宅の石灯籠など、
大事にされていた庭の石材を移転させ、
神野病院に、庭園として甦らせたものです。

多布施川沿いは佐賀市でも、
「多布施川桜道」という愛称で、
特に春の美しさを、アピールしているところですが、
これに呼応するがごとく、
神野病院は、多布施川の土手沿いに、桜の若木を植えたり、
庭園を造ったり、公衆のためにもとトイレを整備されました。
トイレが少ない「さくら通り」ですので、ありがたいことです。

病院では、この事業を「D-ゾーンの環境づくり」として、
今後も継続されるようです。
ちなみに、Dとはデーと読ませ土手のことで、
佐賀では土手のことを「でー」というからとのことです。
同窓生が、N君を偲んで集まりました。

23日(祝)朝、ラジオ体操の後、
愛犬マックスと、下田町方面を散歩しました。
下田公園では、クリークに蔓延る浮草が気になりました。

 

春先には気づきませんでしたが、最近問題になった、
ナガエツルノゲイトウ、ブラジル血止め草と同じように
「すごい繁殖力なのでは?」と心配です。
佐賀大学の西側の水路にも、見慣れない浮き草が繁茂しています。
まずは調査です。

 

2015年11月16日(月)

娘の家に珍しい花が咲いていました。
花の木に下がっている名札は「レンゲツツジ」。

昨年暮れに植えたものなので、
毎年この時期に咲くものなのか、
それとも狂い咲きなのかわかりません。

我が家にも何とか皇帝ダリアが見られそうです。
このダリア、台風のために幹が途中から折れ、
「生き長らえるのが精いっぱいかな?」と
花は諦めていましたが、
やがて蕾を付け、蕾がほころぶところまで
回復しました。
すごい生命力です。

14日(土)夕方、久しぶりに畑に行くと、
10月半ばに植えたブロッコリーが、
無残にも、茎や葉脈だけを残して、網のような姿に
なっていました。
青虫にやられました。

苗を5本買ってきて、1本は早々に根切り虫にやられ
今回、2本がこの有様です。
幸いにも種類が違う2本は、持ちこたえています。
植え替えはせず、生命力にかけてみたいと思います。
農家の皆様の苦労がわかります。

防衛省の整備計画局長が、9日(月)に来庁されました。
オスプレイの佐賀空港配備に関して
「現地調査をさせていただきたい」との申し入れでありました。
調査内容は、目視または写真撮影による調査で、
測量とか地質調査ではないということでした。
「後日回答」する旨お答えしました。
目視の調査にどんな目的があるのかよくわかりませんが、
申し入れの2日後には、防衛省で作成された基地イメージ図が
新聞で発表されました。

先週は、国道整備のことで
国の関係機関や国会議員への要請活動でした。
九州国道協会は、
佐賀市に副会長の役が回ってきていますので、
会長である鹿児島市長と最後までの行動でした。
今週は、土地改良事業促進のため農水省をメインに
提案活動です。
要請する側も大変ですが、
全国各地からの要請を受ける側も大変でしょう。

金・土・日はシンポジウムや市民芸術祭、
通仙亭の5周年記念事業など
催し物が続きましたが、畑では芋掘りも待っていました。

 

 

2015年11月9日(月)

バルーン大会が終わったばかりなのに、
11月はもう、中旬に入ろうとしています。
街の街路樹も紅葉が一段と進み、通りでは落ち葉掃きの姿が
見られるようになりました。

 

8日(日)夕方、富士町の白石神社の紅葉を見に行きましたが、
幕を下ろす間際でした。間に合いました。

 

4日(水)、閉会式を行った今年のバルーン大会は、
雨と強風のため、午後の部で3回キャンセルにはなりましたが、
まずまずの出来だったといえるでしょう。
ラ・モンゴルフィエノクチューンは、
1日目が完璧、
2日目は風のためバーナーショーとなりましたが、
多くの観客に楽しんでもらえました。

 

大会に関係された、
選手、役員、スポンサー、ボランティア、観衆など
全ての皆さんに感謝します。
来年はいよいよ世界選手権大会です。
皆さんよろしくお願いします。

バルーン大会が終わると、要望活動が待っていました。
5日(木)、お昼の電車で博多に向かい、行動開始しました。
九州地方整備局で、国道203号バイパスの整備促進の要請、
それが終わると新幹線で熊本へ。
筑後川下流地区の佐賀と福岡の両県協議会で、
土地改良事業促進の件で、熊本農政局に要請。
新幹線は早いですね。
夕方には市役所に戻っていました。
列車の中で、資料を読む時間も十分取れません。

7日(土)、午後はサガン鳥栖をベアスタでの最後の応援、
4月12日以来という、ホームでの勝ち試合を応援することが
できました。

試合後は、友人夫妻と
夫妻の知り合いの福岡在住の熱烈ファンと
鳥栖の居酒屋で意気投合し、
来季も、鳥栖の熱烈応援を約束しました。

8日(日)は、朝から佐賀市の総合防災訓練。

 

 

そのあと、西与賀町、名尾地区、三瀬村、富士町の
ふれあいまつりを覗きました。
名尾地区は「おさんぽびより」という名で、
今年デビューされました。
それぞれ、地域の力がビンビン伝わりました。

2015年11月2日(月)

東与賀干潟ではシチメンソウが見頃です。

 

多忙な中に、心を癒してくれるのが、
近所のギンモクセイの香りです。
秋の深まりを感じます。

 

佐賀の晩秋といえばバルーンです。
そのバルーンフェスタが、30日(金)から始まりました。

 

 

今年は、その前にビッグな行事が行列をなし、バルーンだけでも大変なのに、
副市長や職員とともに、対応にきりきり舞いでした。

25日(日)から29日(木)までは、
サッカーU-22・日本代表候補のキャンプを迎え入れました。
佐賀にとっては、はじめてのビッグなキャンプでした。

 

参加された28人の選手にとっては、
このキャンプが、来年のリオデジャネイロ五輪の選手選考も
兼ねているので真剣です。
その中に、佐賀にゆかりのある選手が二人入っています。
サガン鳥栖の鎌田、川﨑フロンターレの中野選手です。
この二人も、ぜひ代表選手に選ばれて、
来年の、リオ・オリンピックで活躍して欲しいものです。

29(木)・30日(金)は全国女性消防団員活性化
佐賀大会でした。
全国から、3千人近い消防関係者が佐賀に集結です。
早い方は28日からの宿泊で、皆さん購買意欲も強く、
佐賀にとっては、大きな経済効果だったと言えるでしょう。

29日(木)は、午後、中谷防衛大臣が来訪されました。
昨年の、オスプレイなどの佐賀空港利用申し入れ項目から、
米海兵隊の訓練飛行の分を「切り離す」という、修正案を
提案されました。
「切り離す」と言っても、完全撤回ではなく、
今後、必要であればその時点で、他県並みの協力を求める事が
あるというものでした。
私には「自衛隊と共用しない」との佐賀空港建設時の「覚書」が、
心に重く横たわっていますので、その気持ちを率直に大臣に伝え
ました。

おなじ29日(木)、バルーン関連で
二つの友好都市の訪問を受けました。
台湾の台東県、韓国の釜山・蓮堤区からの訪問団です。
この二つの訪問団の受け入れが終わると、
中央大通りでの、バルーンフェスタの開会式、
サガ・ライトファンタジーの点灯式、
オープニングパレードと続きました。

その後、公式訪問団の歓迎会を済ませ、
帰宅は10時を過ぎてしまいました。
フェスタ期間中は、遠来のお客さん対応のため、
毎朝、4時20分の起床が続きます。

 


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