2015年8月のぼやき

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2015年8月27日(木)

この数年、佐賀は台風の洗礼を浴びることなく、恐ろしさも
薄れかけていた時、25日(火)に「台風15号」が九州上陸。
県北東部を中心に被害が出ました。
我が家の木も大揺れし、畑の花たちはなぎ倒されましたが、
台風一過、玄関先の真っ赤な松葉ボタンの花は無事で、
「大きな被害がなくて良かったね・・・。」と言わんばかりに
微笑むように咲いています。
ホッと安堵しつつ、被害にあった方々が思いやられ、
「自然の恵みと脅威」の紙一重の中で生かされている事を、
改めて痛感しました。

 

22日(土)は、かたりべの里「本庄祭」がありました。
本庄小学校の運動場には、楽しい夏の思い出を作ろうと
大勢の人が集まり、とても賑わいました。
私も食生活推進委員の仲間の人達と、お茶の接待をしたり、
納涼おどりをやぐらの上で踊ったりして楽しみ、心地よい
汗をかきました。

先週の土曜日(22日)から台風通過の25日(火)までの
4日間は、夫は休日返上の早朝出勤でした。

 

 

各団体の行事出席で、愛犬マックスの散歩時間も、いつもより
早めて出て行く夫に、頭が下がる思いでした。
そんな夫に愚痴は言えませんが、私も早朝に送り出すため、
唯一の“朝ゆっくり”の土、日が無くなり少々疲れました。
でも、夫のブログに「行事を主催、参加されている人達の事を
思うと贅沢は言えない」と書いているのを見て、私も夫の事を
思うと贅沢は言えないのかな・・?

2015年8月20日(木)

蝉の鳴き声が、クマゼミからツクツクボウシにかわり、
朝夕は、少しだけ涼しくなった様な気がします。

玄関先に毎年、この頃に1本だけ咲く白百合の花が咲き、
サギ草も盛りを過ぎ、我が家の庭にも、夏の終わりが
告げられる気配です。

台湾から里帰りして、お盆まで2週間ばかり居た孫たちの
色とりどりの靴で賑わっていた、我が家の玄関も、
孫たちが帰って行った今、シーンと静まり、大人の地味で
黒っぽい靴だけがポツンとあります。
「我が家の夏」も終わった風景で、孫たちが居なくなった
寂しさがつのるばかりです。

今日は夏の高校野球の決勝戦。
毎年の私の楽しみで、TVにかじりついて見ました。
初優勝という「東北の夢」実現を目指した仙台育英と、
45年ぶり2度目の優勝をかけて戦った東海相模との
「激闘」に胸を揺さぶられました。
両チームのエースが、死力を尽くして投げ抜いた姿の
健気さと、双方の野手のファインプレー、点を取られたら
取り返すという、シーソーゲームに「両チームとも負けないで」
という思いになりました。
劇的な東海相模の優勝に、なぜか切なさの混じった祝福の涙が
こぼれました。
両チームの選手たちのように・・・。

2015年8月6日(木)

梅雨明けしてから、今日で9日間日照り続き。
雨が非常に恋しくなりました。
我が家の庭は、木が生い茂りジャングルのようです。
蝉の棲家にはもってこいの場所で、連日蝉の大合唱で
賑わっています。

 

今朝、“8時15分”私は台所で黙とうをしました。
70年前、広島に原爆が投下された時間です。
投下された8月6日から、その年の年末までに14万人
もの人が亡くなったそうです。
佐賀で生まれ育った私には、孫が3人いて生命が
つながっている幸せを感じています。
生命をつなげられなかった人々の思いを、噛みしめながら
鎮魂の祈りを捧げました。

1日(土)、2日(日)は「佐賀城下栄の国まつり」があり、
夫と共に「まつり」一色の2日間を過ごしました。
夫はこの数年、栄の国まつり前夜祭の「名士劇」には
出演していなかったのですが、市民会館で上演されるのが
今年で最後という事で、参加しました。
出演するとなれば、夫の事。4回の練習も1回も休まず参加し、
他の皆さんもみっちり練習されたせいか、中々の好評でした。

「総おどり」には、私も本庄地区の踊り隊として参加しました。
最後に、夫が私達の踊りの輪に入って踊ってくれました。
地域の方々も、盛り上がって大変喜んでいただきました。


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