2015年7月のひとり言

2015年7月27日(月)

26日(日)朝、庭では蝉の大合唱です。
ワシ、ワシ、ワシとポンプで吐き出されるかのごとく
蝉の鳴き声が寝室に押し寄せます。
そのおかげで目がさめ、ラジオ体操には、
間に合いました。

 

先週も佐賀地区・合同期成会の総会や
全国の国営総合農地防災事業の本省提案など
期成会活動に追われました。
国が来年度の予算編成作業に入る時期に
照準を合わせた要請活動は、
これからも「提案活動」という形で続きます。
時々「首長の仕事としてこれでいいのか・・・?」と
疑問を感じることもあります。

先周、佐賀新聞に武田元防衛副大臣の談話が載りました。
武田元副大臣は現在自民党の副幹事長です。
先日も、九州の治水関係の提案活動の時に
私はお会いした方です。
新聞による談話の内容は、
1年前、佐賀空港にオスプレイの配備など
佐賀空港の自衛隊との共用を申し入れたが、
申し入れをしたのは
佐賀県の経済人からの要請があったからであり、
そして、その内容については
県幹部と事前に協議をしていたというものでした。
新聞では、当時の最高責任者である古川さんは
「事前協議」を否定されていましたが、
どちらかが嘘を言っておられます。
1年前も複数の新聞で「事前協議」の存在を、
すっぱ抜かれましたが、当時は古川さんも防衛局側に
抗議をされ、防衛局側も「事前協議」の存在を否定される
かたちとなりました。
私も昨年の同じ日、武田副大臣に
「事前協議の有無」を問いましたが、
その時の副大臣の回答は「NO」でした。
1年後の今年の談話では「YES」だったということです。
「嘘も方便」という言葉もありますが、
私には「嘘つきは泥棒の始まり」という
厳しい母親の「諭し」が一番に思い出されました。

2015年7月21日(火)

我が家の庭のカサブランカは短命でしたが
オニユリは、まだ頑張っています。

蒸し暑い東京から帰っての佐賀はさわやかです。
18日の、護国神社前の水遊び場の開所式では、
夏本番を感じさせる子供たちの歓声で、
賑わいました。
幼き頃の思い出をたくさん作って
ほしいものです。

南九州が梅雨明けしたらしいとのこと。
北部九州も間近でしょう。
今年の梅雨は、心配した大雨にも襲われず、
降水量が、例年より少ないようですが、
ダムの貯水量は、心配ない程度に溜まっているようです。
これまでのところ恵まれた年と言えるでしょう。

先週は、
前半に、土地改良や北山ダムの改修事業の
推進を求めて九州農政局へ。
後半は、国直轄の九州の国道と、治水対策の
事業推進を求めて、国土交通省、財務省、自民党、
公明党、県選出国会議員団へ要請活動を行いました。
毎年の恒例行事とはいえ、普段は着用しない
スーツ姿での活動は汗だくです。
一方、各地から押し寄せる要請行動を受け入れる側も
大変だろうと思いました。

土地改良事業などの本省への要請活動が、
これから続きます。

週末は、栄の国まつり前夜祭の
出し物の稽古が待っていました。
まだ台本を片手にした稽古です。
本番まであと10日ほどしかありません。

うれしい話を一つ

三重津海軍所跡を含む「明治日本の産業革命遺産」が
世界遺産登録されました。

 

この登録活動を後押しすべく、キリンビールでは、
缶ビール「一番搾り」の容器に、産業革命遺産をデザインし、
売り上げ1本につき1円を、事務局に寄付されるということです。
昨年に引き続く支援です。
皆さん飲むなら「一番搾り」の缶ビールをお願いします。

2015年7月13日(月)

娘のところにヒマワリが咲きました。

 

梅雨の終わりを告げる「カビ」や「はげ雨」は
まだですが、クマゼミの声を耳にし、入道雲を仰ぎ
35度を超える日が続くと
「もう梅雨明け?」と早合点したくなります。
しかし、そんなに現実は甘くないようです。
続けて発生した台風9号と11号の動きが、
はげ雨、豪雨に繋がらないか心配になってきました。

7日(火)夕方は「市民総ぐるみ街頭活動」でした。
今回は、日新校区の皆さんと行動を共にしました。
あいにくの雨の中、傘をさして
蚊に攻められながらの活動でした。
活動された皆さん、ご苦労様でした。
禁止されている「傘さし・自転車」はまだ多いですね。

 

9日(木)は、有明海の生物で佐賀を紹介する作品、
「ガタバトル」~愛の戦士ムツゴロウ VS 甲殻の騎士シオマネキ~
の発表会でした。
ワラスボ「W・R・S・B」に続く第2弾です。
出来栄えは・・・?

 

「ガタバトル」の特設サイトはこちらです。
http://www.saga-city.jp/gatabattle

11日(土)は第68回佐賀市民体育大会の開会式でした。

 

その後、東与賀文化ホールで開催の
「ラムサール条約湿地登録記念事業」に出席しました。
未来へつなごう宝の海
「東よか干潟の保全とワイズユースについて考える」催しでした。
東与賀小の6年生が行っている、干潟の学習や
清掃活動も紹介され、あわせてこれからみんなで
取り組みたいことなど、胸を打たれる提案が
たくさんありました。

 

東与賀町では、ずっと以前から干潟の探検隊など、
クラブ活動も盛んです。
今回の登録に際しては、東よか干潟の価値そのものにも
高い評価がありましたが、こうした、町を挙げての取り組みも
「宝もの」として高く評価されました。
かけがえのない財産である干潟を、みんなで守っていきましょう。

2015年7月6日(月)

近所の白い「むくげ」の花が、濃い緑の葉をバックに
通る人の目を惹きます。

 

市議会が、先週火曜日から常任委員会へ移行したので、
これを待ち構えていたかのように、他の部門の会議や
来訪者の応対が、どっとスケジュールに入ってきました。

4日は私の誕生日でした。
妻が赤飯を炊いてくれたので、実家の仏壇に供えました。

そのあと、両親の墓参りに行き、ここでも73歳まで
生きられたお礼を述べました。
私は小学3年生の時、肋膜炎をこじらせ、
50日ほど寝たきり状態になり、学校も休みました。
幸いにも、ストレプトマイシンという新薬が
開発されていたので、健康を回復しましたが
それがなければ、危なかったかもしれないと
両親が語っていました。
それだけ両親には、心配をかけています。
夜は友人たちと、誕生会を楽しみました。

週末やきもきさせたのが、世界遺産登録の審査です。
佐賀市の三重津海軍所跡も、構成資産として加わっていますが
「明治日本の産業革命遺産」として
他の22の資産と一緒に早ければ3日の夜にも
ドイツから朗報が届くのではないかと期待されていました。
それに合わせて、
パブリックビューイングの用意をしていました。
しかし、韓国との意見調整がこじれ
4日と5日午前の予定はすべてキャンセルになりました。
審査は5日の夜に持ち越しました。

審査の報告を受け、5日の夜は、
この7年間頑張った皆様と、登録を祝いました。

 

おかげで4日は自由時間が取れ、佐賀県立美術館の
リニューアルオープンを記念した、吉岡徳仁展を
ゆっくり楽しみました。

うれしい話
久保泉町でえひめあやめの保全活動をされている
「えひめあやめ自生地南限地帯自然環境保全会」が
地域の緑化・緑地の保全等の活動団体として、
国土交通大臣の表彰を受けられました。
町をあげて、えひめあやめの絶滅危機を乗り越え、
育成に汗を流されています。


おやじのひとり言一覧≫

(C)ひでしま敏行後援会. All Rights Reserved.