2015年4月のひとり言

2015年4月30日(木)

まだ4月というのに、初夏を通り越して
夏のような暑さがやってきました。
我が家の北側の道沿いには、
真っ赤なツルバラが咲いています。
小屋の陰で、満足にお日様も仰げないのに
ほのかな香りを漂わせ、毎年咲いてくれます。

先週、21~22日は友人夫婦と
恒例の富士大和温泉病院で人間ドッグ入りをしました。
総合判定は「年齢相応」とのこと。
院長先生は「もう少し体重を落としてください。さもないと…」と
注文を付けたかったようにも見えましたが、
次の人間ドックまでの1年間は、大丈夫のようです。

23日(木)は、
市庁舎北棟の増築工事と本庁舎1,2階の改修工事の起工式。
現庁舎が完成し、県庁前から引っ越ししたのが
40年前の昭和50年の大型連休でした。
あの頃は、今日のような「大合併」など、誰も考えていなかった
と思います。
合併に伴う本庁舎の「狭隘」解消と、耐震補強のための
工事が続きます。
業務を行いながらの、改修工事のため時間がかかりそうです。
工事期間中は職員も大変ですが、市民の皆様にも
ご迷惑をおかけすることをお許しください。

 

29日(祝日)は佐賀県中央メーデー。
私が組合員であった頃のメーデーは、赤旗がたなびき
「赤一色」といった思い出が強いのですが、
最近のメーデーは、組合旗もカラフルになり
お祭り色をより強く感じます。
地方創生が叫ばれ、これからその取り組みが強化されます。
そこで忘れてならないのが「雇用」です。
「しごと」の量も確保しなければなりませんし、
「しごと」の質も高めなくてはなりません。
労働者を使い捨てにする「ブラック企業」など、もっての外です。
ワーク・ライフバランスに配慮した、労働環境が望まれます。

 

2015年4月20日(月)

「なんじゃもんじゃ」の花が見頃です。
我が家の玄関前、本庄神社近くの県道沿いの街路樹、
木によって、早いのと遅いのがあるようですが
毎年、この白い花を私は楽しみにしています。

 

県の力強い支援を受けて
外国人向けの日本語学校を
佐賀市に誘致することができました。
校名は「ヒューマンアカデミー日本語学校佐賀校」、
15日(水)、中央大通りの「マルキョウ」跡の4階に開校しました。
これから改装工事に入る、バルーンミュージアムと同じ建物です。
街の「にぎわいづくり」の一つです。
第一陣はベトナムとネパールからの生徒さんです。
街で生徒さんと会った時は、やさしく声をかけてください。

同じ15日(水)の夕方は佐賀県知事と、県内市町の首長による
国土交通大臣や関係部署への合同要望活動でした。
道路整備や治水対策事業の促進を要請してきました。

18日(土)は新栄公民館の改築を祝いました。
これまでの公民館は狭さを感じていましたが
これに比べ、新しい公民館は敷地が約2倍、
延べ床面積も、1.4倍と広くなりました。
県産木材を豊富に使った、温もりのある公民館となりました。
絆をモットーに「まちづくり」の拠点となるでしょう。

 

19日(日)は私が住んでいる地区の川掃除、
小雨の中、やり遂げました。

気になることを一つ
最近メディアに対して、政権からの「注文」が続き、
要らぬ「圧力」ではないかと、問題になっています。
私には、報道に対する政権側の「度が過ぎた干渉」に見えます。
政権にとって、都合の悪いことは「知らせない」だけでなく、
「言わせない」ようにもするのでしょうか。
報道統制、その昔、ありましたね。
今年は戦後70年。
報道機関の真の力が、再び、試されているように思えて
なりません。
もちろん、私たち国民の良識も問われていると思います。

2015年4月13日(月)

11日(土)午後、北山へ蕨狩りに行くと、
鶯の鳴き声が、あちこちから聞こえてきました。
木々の若葉も、やさしくきれいです。
我が家では、つつじやハナミズキの出番になりました。

 

10日(金)は、市の誘致企業である小糸製作所の
100周年記念式典を祝うため静岡へ行きました。
小糸製作所の「会社案内」には、企業として、
地域での役割を掲げ、「企業市民」という立場で
地域を大事にすることを、約束されていました。

 

車の照明部門では、世界の2割りをシェアしているそうです。
「これから25パーセントを目指して頑張る」と
力強い挨拶がありました。
いま、地方創生が叫ばれていますが
地方にとっては、頼もしい存在です。
静岡では、桜がまだ咲いていて、翌朝の散歩で
楽しもうと思いましたが、当日は、あいにくの雨となり
願いは叶いませんでした。

東よか干潟の、ラムサール条約登録を目指して
市民の認知度を高めるため、ラッピングバスを
走らせることになりました。
8日(水)はその出発式を行いました。
東よか干潟は、秋のシチメンソウも宝ですが、
シギ・チドリが日本一、集まるところでもあります。
市南部の、観光を支える大きな柱となるでしょう。

12日(日)は早朝から夜まで多忙でした。
まず、春の川掃除の激励訪問、

それが終わって県議選の投票へ、
そのあとは「佐賀の役」で非業の死を遂げた、
江藤新平、島義勇ら戦士の霊を慰める「慰霊祭」に
出席しました。

 

午後からは、ベアスタでのサガン鳥栖の応援、
久しぶりに勝ってほっとしました。

 

夜は、県議の当選者への挨拶回りをしました。

2015年4月6日(月)

春、咲く花と美しさを競うがごとく、
木々の若葉が映えてきました。

2日の木曜日は案内を戴いていた、
久保泉町の「えひめあやめまつり」に行きました。
同町のえひめあやめは天然記念物として指定されています。
えひめあやめは正式には「誰故草(たれゆえそう)」と
言うそうです。
久保泉町の地域連携協議会の有志の皆様が、
手づくりで祭りを主催されていました。
数年前に見た時よりも、まつりの規模が大きくなり、
薄紫の小さな花が、可憐に咲く姿を見て、
日頃の管理の苦労が偲ばれました。
近くの山道には、食べごろの蕨が数本目に入り、
手が出そうでした。

 

人事異動の季節、
外からの異動の挨拶が続いていますが、
31日(火)は、
55名の職員に退職辞令を渡しました。
これまで一緒に仕事をしてきた仲間です。
目頭が熱くなりそうな場面もありました。
4月1日(水)は、
欠員補充を含めて、先の退職者の穴を埋めるべく、
58名の新しい職員を迎えました。
幹部の皆様には、特に事務引き継ぎを徹底するよう訓示しました。

5日(日)は、桜マラソンでした。
心配していた桜は、前日の雨でかなり荒らされましたが、
「さくら」マラソンとしての面目を保ってくれました。

 

空模様も何とか回復し、全国すべての都道府県から、
9.8㎞の部、ファンランとあわせて
1万人のランナーが「さが」を楽しまれました。
今年は歓迎セレモニーとして前夜祭も開催しました。
大会当日のスタート前、
国道に延々と続くランナーの帯や
受付会場近くのにぎわいを檀上から見ると
関係者の準備の苦労の大きさがわかります。
この大会の準備を、毎年リードしていただいている、
佐賀新聞社、佐賀陸上競技協会、3000人のボランティア、
スポンサーなど関係者のご苦労に改めて感謝です。

 

 


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