2013年10月のぼやき

2013年10月28日(月)

選挙が終わって、私の生活に普段のリズムが戻りました。
今朝7時40分、夫はいつものように弁当を持って家を出ました。
玄関先で「いってらっしゃい」と見送りました。
いつものように。

空を見上げると秋の青空が広がっていました。
気持ちに余裕が出来てきたのでしょう、
久しぶりに庭を回ってみました。
庭の東で、白いサザンカが2輪咲いていました。
「純白は私の心」と思いながら西に行くと
真っ赤なケイトウが、朝日を浴びていました。

白いサザンカ

燃える炎のような真っ赤なのですが、
私は「この赤は白と同じ色、私の心」と思いました。
赤い花が純白のようにすがすがしく思えたのです。

ケイトウ

夫が3選出馬を表明した6月以来、
というより、出馬するかどうか悩み続けていた春以来、
私の精神は緊張を強いられて、心も表情も笑いを忘れていました。
今やっと、微笑むことが出来るようになりました。

きのう夫と一緒にサガン鳥栖の応援に行きました。
応援席は、サガン鳥栖の勝利に沸きました。
知らない人ともハイタッチをし、抱き合って喜びました。

サガン鳥栖 サガン鳥栖

後ろのほうの席から、多くの人が、
「市長さん、当選おめでとうございます」
「きょうは二重の喜びです」と声をかけてくださいました。

夫は選挙に出るかどうか悩んだとき、
「僕を必要とする人に背を向けられない」と出馬を決意しました。

選挙に勝ったとはいえ、差は1700票余りでした。
3期目の任期に入って23日の初登庁の朝、夫は、
「僕を批判した人たちの声にも耳を傾けると共に、
僕を支持してくれた3万9千人余りが、何を求めているのか、
正面から受け止めて頑張る」と話していました。

パフォーマンスはしないが、
困難を避けない、市民の声をしっかりと聞く夫を
私は支え続けます。

今、私たちの孫の「純苗」が私の家で暮らしています。
産まれて1ヶ月半の赤ちゃんです。
赤ちゃんの母親、つまり私の娘を助けてやりたかったのですが、
私は選挙で、何も手伝えませんでした。

選挙が終わって、やっと孫をゆっくり抱くことが出来るようになりました。
私が孫を抱くとすぐ、すやすや眠ります。
寝顔を見ると、選挙のときの辛い思いを忘れて、私も心からの笑顔になります。

赤ちゃん 赤ちゃん

家族のみんなが元気で仲良しです。
それが私の一番の幸せです。

2013年10月21日(月)

きのうは、夫に当選確実が出るまで、
胸が押しつぶされそうでした。
厳しい選挙だったので疲れました。

夫が午前0時を回ってNHKに生出演したので、
家に帰ったのは1時頃でした。
夫婦で話したいことはたくさんあるのですが、
「これから4年間頑張ろうね」としか話す時間がありませんでした。

午前2時に寝て、5時過ぎには起きました。
3時間の睡眠でしたが、朝の明るい日差しを見るころ、
孫の純苗が娘に抱かれてやってきて、
「おじいちゃん、おめでとう」と言ったので、
(実際は娘が言ったのですが)疲れは吹っ飛びました。

いつも思うのですが、夫は怪物かと思うほど体力があり元気です。
昨夜、ほとんど寝ていないのに、
きょう早朝からNHKの取材を受けながら、
気功、マックスの散歩、ウコッケイへの餌やりなども自分でしました。

素早く市長の仕事に戻るのだと言って、
いつものようにバスに乗って出勤して行きました。

家の電話は、今朝から鳴りっぱなしでした。
夫の当選のお祝いと激励してくださる電話です。
事務所を訪ねてくださる人も多く、
富士町の杉山の人たちは、午前7時に来てくださいました。
まさかの時間に事務局はあわてて対応しましたが、
事務所はきょうも喜びに包まれていました。

多くの人たちの支えに涙が出ることも度々でした。
一方で政治の世界の醜さも見ました。
夫は政治の世界を歩くのではなく、市民と共に歩くはずです。
市民のために、澄み切った心で公平公正な行政を行う夫を
これからも支えて行きます。

2013年10月13日(日)

今朝、いつもより30分早く4時50分に起きました。
外はまだ暗く、秋の虫の声と、ときおり鳥の声が聞こえてきました。
きょうから選挙戦です。
支援してくださる人々と重ねてきた準備は完璧のはずですが、
不安の澱が私の心に広がり、胸が詰まるような緊張感をおぼえました。

夜明け前、屋敷の四方にお酒と塩をまき、
表鬼門と裏鬼門に、お花、お酒、お水を供えるころ、
東の空が茜色に染まりはじめ、私は思わず手を合わせました。
心の出陣式でした。
このあと夫と実家の仏様にお参りして
ご先祖さまに、応援してくださいとお願いしました。

夫は疲れているはずなのに、全く疲れも見せず、
「さあ、やるぞ」と元気一杯です。
ラジオ体操、気功、マックスの散歩、ウコッケイへのエサやりの
夫の朝の仕事を、今朝も淡々とこなしていました。
心身とも、怪物を思わせる強さに驚きます。

夫を支える私の最大の役目は、健康管理です。
食事には気を配ってきました。
今朝の食事は、ご飯、ゴボウやカボチャなど野菜たっぷりの味噌汁、
アジの開き、オクラと納豆、豆腐、卵、ノリ、などです。
いつもは食べ過ぎに注意している夫ですが、
きょうはモリモリと美味しそうに食べていました。

家を出る前、生後1ヶ月余りの孫の純苗の顔を見ました。
眠っている純苗に、
「おじいちゃんとおばあちゃん、頑張って来るね」と声をかけました。
この子たちの世代が大きくなったとき、
住みやすい、幸せを感じる佐賀市にするために、夫は立ち上がったのです。
そんな夫を誇りに思います。

地元の本庄神社と佐嘉神社の必勝祈願祭、
松原神社境内での出陣式、大勢の人たちに囲まれました。
顔、顔、顔、幼馴染、友達、地元の人
知っている顔、お会いしたことのない顔も見えます。
さまざまな層の人たちが、夫を支援して集まってきて下さいました。

 

 

今朝は、雲ひとつない青空でした。
青空を見上げながら、透き通った夫の心のようだと思いました。

出陣式で街演車が出るのを見送ったあと、選挙事務所に戻ると、
ここでも多くの人が激励に駆けつけてくださっていました。
その中に、沖縄の竹富島から、はるばる来てくださった
與那国光子さんの顔がありました。

與那国さんは、沖縄の石垣島でミドリムシの培養試験を行っている研究者と
佐賀市の間を取り持ってくださった方です。
佐賀市はごみ焼却施設から出る二酸化炭素を
ミドリムシの培養に役立てる取り組みをしています。
ミドリムシからジェット燃料を作ることが出来るそうで、
地球温暖化の原因になる二酸化炭素を燃料に変える画期的な取り組みで、
夫は、ミドリムシ研究のメッカの石垣島を訪ねたことがあります。

そのとき與那国さんは、
地方都市で環境問題に先進的に取り組む夫の姿勢と、
市民の目線に立つ夫の人柄に惹かれて、選挙の応援に来てくださいました。
遠い沖縄からわざわざ来てくださいました。ありがたいことです。

大勢の人が夫を応援してくださっています。
夫も私も、大きな勇気をいただいて、選挙戦を戦っています。

2013年10月7日(月)

今朝、快晴の空に誘われて庭に出ると、
芙蓉の花が、朝日を浴びて輝いていました。
純白の花は、息を呑むような美しさでした。

9月に産まれた孫は、「純苗」と名付けられました。
純白の純と通じるものがあるでしょうか、
芙蓉のように、大きく美しく育って欲しいです。

純苗は、予定日より2週間早く産まれて、今3週間です。
早く産まれてくれたお蔭で、母親、つまり私の3女は、
私の家事を手伝ってくれています。
予定日どおりだったら、今1週間なので動けなかったはずです。
親孝行の娘とババ孝行の孫です。

長女は仕事が忙しいのですが、家事を手伝ってくれ、
近所に住む娘婿は、仕事で夜遅くかえっても、マックスを散歩させてくれます。
家族みんなが私を助けてくれるので、私は幸せです。

夫を支援してくださっている方が
滝に打たれて、その滝の水を持ってきてくださいました。
夫を応援するために滝に打たれたと聞いて、涙が出ました。
私が知らないところでも、応援してくださる人がたくさん居られます。
ほぼ毎晩、「市長を囲む会」を開いていますが、
思わぬ人も顔を見せてくださいます。嬉しいことが続いています。

きのう(6日)私の地元の本庄神社のお祭りでした。
休憩所で、御輿を担ぐ人たちなどの接待が行われていたので、私もお手伝いしました。
道中踊りにも加わってみなさんと一緒に踊りました。

子ども達が小さいころは、
元気に育つようにと御輿の下をくぐっていました。
今年産まれた孫は、来年は1才になります。
来年は手を引いて御輿の下をくぐりたいと思いました。

 

このところ、夫の帰宅は午後10時ごろになります。
食事をして寝るのは深夜になりますが、午前5時には起きて、
ラジオ体操、気功、ウコッケイのエサやり、マックスの散歩をします。
どんなに忙しくても、家族に代わってくれと言わずに自分でします。
気力、体力、驚くほど強い人です。

強い台風が近づいています。
大きな被害がないといいのですが。心配です。

2013年10月1日(火)

暑かった夏が終わって、きょうから10月に入りました。
夫は秋晴れの空を見ながら、朝7時半には気分よく出て行きました。
毎月1日には、私は屋敷の四方に、お酒と塩をまいて、家族の健康を祈ります。
きょうは、私たちの孫として先月産まれた新しい命がすくすくと育つように、
あらゆる神様、仏様、ご先祖様にお願いしました。

昨夜、新栄公民館で開かれた「市長を囲む会」で
小学校5年のときの同級生にお会いしました。
小学校卒業後1回お会いしていますが、40年ぶりの再会でした。
はじめはどなたか分かりませんでしたが、話していると、
小学校時代の思い出が胸の中でふくらみました。

最近、同級生や古くからの友人が訪ねてくださったり
電話をしてくださったりします。
私が知らないところでも支援してくださっています。
ありがたい、1人ではない、みんなと歩んでいると心強く、
ときには胸がジンとすることも度々あります。
ありがとうございます。

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