2013年9月のぼやき

2013年9月30日(月)

先週の金曜日(27日)朝5時半に起きると夫が居ません。
赤ちゃんにおっぱいを飲ませていた娘が
「お父さんは川掃除に行ったよ」と言いました。
私の家のある西寺小路の川掃除は2日後の日曜日で、
その日は他の用事で掃除に参加できないので
1人で掃除に出たのだと思いました。

外はまだ真っ暗です。
暗闇の中で胴長を穿いて川に入って草を刈る夫、使命感の塊です。
1時間半ばかり掃除して、夫は晴れ晴れとした表情で帰ってきました。
夜が明けて、近所の川に行ってみると、
川の両岸の草が綺麗に刈られていました。
近所に住む義弟(夫の弟)が
「兄貴は出来ないだろうから僕がやろうと思っていたのに」と言いました。
夫の責任感と義弟の兄を思う気持ちに、私の心が温かくなりました。

川掃除本番のきのうの日曜日は
夫は、我が家に届いた、一輪車、コンテナ、鎌などの掃除道具を
9つの班ごとに仕分けして出かけました。
道具を班長に渡す仕事は義弟がしてくれました。
毎年必ず川掃除に出る夫は、心残りだったかも知れませんが
住民としての責任はきちんと果たしていました。

土曜日、夫と私は夕食が12時近くになりましたので
日曜日の午前1時半に寝て5時半に起きました。睡眠時間4時間です。
この日の、東与賀の干潟を、
ラムサールに登録することを目指すシンポジュウムがあり、
東与賀のシチメンソウを育てる会の人たちが
シンポジュウムに参加する人に、
東与賀の特産品を使った郷土料理を食べてもらうことにしていました。

私もシチメンソウを育てる会の会員ですので料理作りを手伝いました。
ムツゴロウ、赤貝、アスパラなどの東与賀の特産品が用意され、
ムツゴロウや卵焼きを具にした太巻き寿司、赤貝を入れたコロッケ、
アスパラを使ったスパゲティなどを20数人で200食を作りました。
巻き寿司の具にするためにムツゴロウの中骨を抜くなど手の込んだ料理です。

私は午前中のお手伝いだけでしたが、
前日の下ごしらえから取り組まれた方もおられ、
水鳥の天国の東与賀の干潟やシチメンソウを守ろうという
地元の人たちの熱意に頭が下がりました。

 

選挙が近づくにつれて、睡眠時間が少なくなりますが、
朝出るときと、夜帰って来た時に抱く孫が疲れを癒してくれます。
赤ちゃんは、ほとんど眠ったままなので、
目を覚まさないように、そっと抱くと、温かく柔らかい命が
私の心と体をみずみずしくしてくれます。

夫は強靭な体と心を持っていて、疲れは全く感じないようですが、
私も、このところ頭は冴えわたり、体は生き生きとしています。

2013年9月24日(火)

今朝、夫を送り出したあと本庄神社にお参りに行くと、
近所の方が大きく手を振っておられました。
8年前の最初の市長選挙のとき夫を応援してくださった方です。
その後、病気をされて心配していましたが、すっかり元気になられました。

駆け寄ってこられたその方の手には、
夫を紹介するリーフレットが握られていました。
「今度も頑張ろうね、応援するからね」と言ってくださいました。

ここ数日、夫を応援してくださる人を
相手陣営のスパイと中傷する声が入ってきて
政治の世界は嫌だなと、心が折れそうになっていましたので、
純粋に応援してくださるその方の手を握りながら涙が出ました。

きょうの午後も涙を流してしまいました。
このブログを書く前に、
夫が先に書いた「おやじのひとり言」のブログを読むと、
20日の金曜日に出席した金婚さんを祝う会のことを書いていました。

金婚を祝う席で考えたことを夫は次のように書いています。

 

私たち夫婦は、まだ42年の歴史しかありませんが、
カミさんには、市長の妻として8年間負担をかけてきましたので、
50年分の苦労をさせたようです。
今、選挙を前に走り回る日々で、妻の睡眠時間は私より2時間少ないのですが、
愚痴も言わずに私と家族を支えてくれています。
最近3人目の孫が産まれ、家が明るくなっていますが、
喜びは夫婦で共有し、苦労は妻に多くかけてきたような気がします。
私たちも金婚式を、そろって元気に仲良く迎えられるよう、
妻を労わって行きたいと思っています。

 

これを読んで私の目から涙があふれました。
夫は私に優しい言葉をかけたことはありません。
いつもエラそうに、明治の巡査のようにオイコラ式に話します。
でも本当は、心の中で優しく私を見てくれている事を知り泣けてきました。

私たちの結婚42年も、決して安寧な日々だけではありませんでした。
子どもに大怪我をさせました。
ちょっとした心の行き違いもありました。
しかし共働きだった私を夫は支えてくれました。
これからも支え合って、絶対2人とも元気で金婚を迎えます。

わが家で育っている、3女の娘、つまり私たちの3番目の孫は
産まれて10日を過ぎました。元気にスクスクと育っています。
おととい(22日)ときのう(23日)、私がお風呂に入れました。
最初は汗びっしょりになりましたが、
2回目からは8年余り前、次女の下の子を風呂に入れたことを思い出して
落ち着いて風呂に入れることが出来ました。
前の孫が産まれたときも、夫が最初の市長選挙に出る前でした。
「おじいちゃんを応援する」と産まれてきてくれているようです。

毎年、彼岸と夫婦の誕生日には墓参りをします。
いつもは6ヵ所の墓参りをしますが、
今回は忙しかったので、私は夫と私の両親と祖母の3ヵ所の墓参りをしました。
夫は恩師の墓などにも1人でお参りに回っていました。

いつもは、ご先祖さまに、
家族の健康、とくに孫たちを守ってくださいと、お願いしますが、
今回は市長選挙前ですので、
市民のための市政を目指す夫をお守りくださいとお願いすると、
墓の向こうから、
「見守っているから頑張りなさい」という声が聞こえてきました。
真っ赤な彼岸花がこちらを向いて大きく開いていました。

2013年9月20日(金)

去年結婚した3女の聡子に女の赤ちゃんが産まれました。
忙しい私を助けて、家事やマックスの散歩などをしてくれていましたが、
12日にマックスの散歩を終えたあと、夕方ごろから腰が痛くなり、
13日の午前4時前病院で無事出産しました。

分娩室の傍の部屋で、長女と一緒に「おぎゃー」という声を聞きました。
優しい女の子の産声を聞きながら、心優しい子に育ってくれると思いました。
分娩室で聡子に会うと「お母さんありがとう」と涙を流したので
手をとって「頑張ったね」と言う私も涙を流していました。

聡子と赤ちゃんはきのう(19日)退院して、
聡子の夫の実家に挨拶をしたあとわが家に落ち着きました。
赤ちゃんを迎えると忙しくなりますが、
赤ちゃんは色々な表情をするので、いつまでも顔を見続けてしまいます。

聡子たちは、私の家のすぐ近くの借家に住んでいますが、
今朝、留守になっている家の掃除に行くと、
庭で赤い彼岸花が輝くように咲いていました。
赤ちゃんの誕生を待って咲いてくれたのでしょうか。

わが家の庭と畑ではニラの花が咲いています。
すがすがしい白い花です。
これからは真っ赤な彼岸花や純白のニラの花をみるたびに、
赤ちゃんを思いだすことでしょう。

市長選挙が近づくにつれて、後援会事務所を手伝ってくださる
ボランティアが増えています。
火曜日には、夫の佐賀高校時代の同期の方が50人近く来てくださいました。
夫は1人ではない、こんなに多くの方が支えてくださると感激しています。

夫は3期目を目指していますが、
市長としての2期8年間を見続けてきた私は、
誠実でひたむき、私心のない夫の姿を、
多くの人に知っていただきたいと思っています。

夫は実績を自分がやったと言わずに、
頑張った職員や、協力してくださった市民に感謝するばかりなので、
中には「秀島さんは何もしない」と言われる方もいます。
でも私は知っています。
「現場100回」を持論とする夫は、
いつも困難な市政の現場に立っていました。

合併で広くなった佐賀市のゴミを、
高木瀬の焼却場に集めて処理することは、
「これ以上のゴミを入れない」という協定が
以前の佐賀市と地元の間で結ばれていたので、
極めて難しいと言われていました。

しかし夫は、ゴミで発電して環境保護に役立てることと、
古い処理施設の維持費や建て替えの経費を抑えるために、
ゴミの集約処理が絶対必要と考えて、
現場100回の言葉どおり、地元の144軒を1軒1軒回って
説明とお願いをして、地元の理解を得ることができました。

夫は寒い冬の夜、144軒を回ったことを私にも言いませんでした。
あとで担当の職員の方が、
「私たちの先頭に立って歩かれた」と涙ぐみながら話されました。
そんな夫の実像を誇りをもって市民の皆さんにお伝えしたいと思います。

ボランティアの方の頑張りに後押しされて私も頑張っています。
疲れを感じることがありますが、
家に帰ると赤ちゃんが疲れた心を慰めてくれます。
タイのバンコクで暮らしている、1人目、2人目の孫たちの様子を聞くと
また元気が出てきます。
多くの仲間と家族に支えられて走っている私です。

2013年9月10日(火)

秋の気配がしてきましたが
朝、ゴミ出しのとき庭を見ると朝顔が1輪咲いていました。
「まだ頑張っているね」とそっと撫でてあげました。

一昨日の後援会事務所開きには大勢の方が来てくださいました。
事務所は狭く、駐車場も広くないので、
案内は300数十通しか出しませんでしたが、
皆さんが誘いあって600人も集まってくださいました。
幼なじみや小中学校の同級生、思いもしなかった人の姿も見えて
多くの人が夫を応援してくださっていると感激しました。
大勢の人に囲まれて、期待に応えて頑張ろうと気持ちを引き締めました。

事務所開きのあと後援会事務所は一気に活気づいてきました。
ボランティアのスタッフの動きが溌剌としています。
おかげで私も元気を貰っています。

私は午前1時前に寝て5時過ぎに起きる寝不足の日々ですが、
バタンと寝ると、ぐっすりと眠っているのでしょう、眠気は感じません。
気が張っているのでしょう。

家事は、今月末出産予定の3女が手伝ってくれています。
大きなお腹でマックスの散歩もしてくれます。
どんどん動いて、元気に赤ちゃんを産んでくれることを願っています。

タイのバンコクに住むようになった次女と孫たちは、
向こうの生活にすっかり慣れたようです。
小学校5年生と2年生の孫たちは日本人学校に通い、
次女は毎日、タイの食材を使って弁当を作っているようです。
タイとわが家のメールのやり取りは
もっぱら娘たちがしてくれていて私は報告を聞くだけです。

夫はいつものように、とても元気です。
私も今、何の心配事もありません。元気に明るく頑張っています。

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