2013年8月のぼやき

2013年8月29日(木)

このところ夫は夜遅く帰って早朝出かける日が続いています。
忙しくて、ひと息入れる時間もありませんが、
「きつい」とか「疲れた」とか言ったこともありません。
強い人です。

夫は今朝は、いつものように8時前に出かけました。
私も少し時間ができたので、運動不足を解消しようと家の周辺を散歩しました。
家から5分歩いたところに、本庄神社があります。
立ち寄って、元気な夫がいつまでも元気でいますようにと
神様にお願いしました。

日焼けを防ぐために日傘を持っていましたが、
お参りを終えたころ雨になりました。
近くの妹の家に寄って雨傘を借りると、次第に天気は回復しました。

午後晴れ間が広がってきたころ、お城の濠端を通りかかると、
ハスが大きく繁殖していました。
お濠のハスが全滅したので、多くの人がハスの再生に汗を流しました。
私もほんの少しお手伝いしましたが、
お濠のハスは次第に広がり、今はハスの葉の背丈が私より高くなっています。

ハスは外来種の亀の被害で全滅したと言われています。
そこで亀が入らないように網で囲った中で、ハスの再生が図られましたが、
ハスは囲いの外まで広がっています。
本当に亀が原因だったのでしょうか。
お濠の傍から後援会事務所に帰ると、土砂降りの雨が降りました。
きょうの天気はおかしいです。

少しのんびりしたことを書いてしまいましたが、
私は今、妻、主婦、後援会事務局のお世話など
1人何役もの仕事に追われて多忙です。

市長選挙まで2ヵ月を切ったので、
後援会事務所を訪ねてくださる人が増えています。
準備を手伝ってくださるボランティアの人たちが
気持ちよく仕事ができるように務めています。

毎日大勢の人たちとお話しする機会があります。
市長の妻という立場は結構気を使うことも多いのですが、
多くの人との出会いは、市長の妻だからこそできることなので、
出会いと、お話を楽しむことにしています。

先日久保田の方と話したとき、
合併した久保田のゴミを旧佐賀市の焼却場で処理するために、
夫が、焼却場のある地域の144世帯全てを
一軒一軒回って、お願いしたことを話しました。
その人は「久保田のゴミを処理するのに、
市長自らが一軒一軒回ってくださったとは知らなかった」と言われました。

夫は佐賀市長としての8年間、素晴らしい実績をあげているのに、
職員の努力や市民の協力を讃えても、自分の実績を宣伝するのは下手です。
そんな実直な夫を尊敬しています。

タイに住み始めた娘と孫のことが気になっているのですが、
忙しいので、電話で話すことができません。
きょう午後、皆さんが昼ご飯を食べている間、
少し時間があったので、スマホのラインで娘に電話すると、
「あとで電話する」と一言でプツンを切れました。
すぐ「今学校」というメールが入りました。
私も忙しいけど、娘も慣れない外国で忙しいようです。

孫の晴輝は小学校5年生、咲英は2年生で、
9月からバンコクの日本人学校に通います。
その説明会か打ち合わせで学校にいるのでしょう。
日本人学校は、2年生は12学級、5年生は10学級あるそうです。
マンモス校に、早く溶け込んでほしいと思います。

台風が近づいています。
その影響でしょうか、きょうは激しい雨になったり晴れたりする
おかしな天気です。
お米の収穫期を前に被害がなければいいがと思っています。
みなさんお気をつけてください。

2013年8月26日(月)

土曜、日曜の週末、物凄い雨でした。
夫は、いつでも出られるように家で待機していました。
日曜日は水位が上がった河川の現場を見に行きました。
帰ってきて「現場を見る事で新しいことを知った」と言っていました。
『現場100回』8年前市長になったときに話していたことを
今も実直に行っています。

私の家の庭の木は、カラカラに乾いていましたが、
今朝は、枝葉の緑が瑞々しくまぶしいほどでした。

私は土曜日の朝、シチメンソウを育てる会が行う
海岸の大掃除に参加しようと5時に起きて待機しましたが
雨で翌日に延期されました。
それで日曜日も朝5時に起きましたが、結局中止になりました。

午前1時に寝て5時に起きる4時間睡眠が2日続きましたが、
大雨で猛暑が緩んだためでしょうか、少し疲れがとれたような気がします。
雨を待っていたのは植物だけでなく、私も待っていたのでしょう。

庭に出るとキバナコスモスが咲き始めていました。
近所の栗の木は、水不足で枯れそうでしたが
今朝見ると、元気溌剌といった感じで、
枝には栗の実がたくさんぶら下がっていました。
秋の気配が私の中を涼しくさせてくれました。

今年の夏は雨が少なく猛暑が続きましたが、
週末にドカ雨が降って、
大きな行事が中止になることが多かったようです。

一昨日の土曜日の開成と本庄の夏祭りも
雨のために会場がグランドから体育館に変更になりました。
開成の会場は人で埋まり、自由に歩き回れないほどでした。
蒸し風呂のような暑さの中でしたが、
お世話をする人たちの表情は生き生きしていました。

本庄の夏祭りでは、夫も私も盆踊りを踊りました。
夫は「サウナの中に居ると思うと汗もいいものだ」と言いながら
楽しそうに踊っていました。

本庄は地元なので、私は食生活改善推進委員の方たちと
お茶の接待などをしましたが、
夫は、挨拶、盆踊り、抽選会のお世話、それに後片付けも手伝っていました。
夫が頑張るので私も体育館の床にモップをかけ、
夫も私も最後まで祭りに参加しました。

開成も本庄も、地域の人が協力し合って悪条件を克服しておられました。
夏祭りを成功させようという地域の人たちの熱い思いが、絆を強めるのですね。

秀島敏行後援会事務所は、
夫を応援してくださる人が日を追って増えています。
黙々と、ときには楽しく語り合いながら、選挙の準備をしてくださる人たちに、
心の中で手を合わせています。

タイに住み始めた娘から,
メールで写真や動画、近況報告などが送られてきますが、
最近忙しいので返事を出せません。
娘たちが住んでいるマンションや周辺の市場などの光景、
現地の生活に慣れてゆく孫たちの様子に触れると疲れた心がなごみます。

慣れない異国に住み始めた娘とその家族、
出産を控えてお腹が次第に大きくなる娘もいます。
選挙が近づいてきた夫と私、
それぞれに、みんな頑張って生きている。
離れていても家族の心はひとつです。

  

2013年8月19日(月)

週はじめの今朝、夫は元気に役所に出て行きました。
週末の土曜と日曜、夫はほとんど休めなかったので疲れているはずですが
「行ってらっしゃい」と声をかけると、
疲れた表情も見せないで機嫌よく手を上げて出て行きました。

夫を見送ったあと、家の外から庭を見ると
サルスベリがふさふさと大きく咲いていました。
家の中からは見えないところにあるので今朝まで気が付きませんでした。
猛暑の中での白い花は気持ちを涼しくさせてくれます。

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サギ草も次々と花を咲かせています。
沢山の花の中には、サギが今にも飛び立ちそうな花もあります。
この花を見ると、きょうもやるぞと、体の中に躍動感が充満してきます。
サギ草は前にも書きましたが、夫の妹さんが種を播いてくださったものです。
夫は7人きょうだいで、みんな仲良しです。
4人が近所に住んでいて助け合う姿を見ると、ほのぼのとします。

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週末の土曜日と日曜日、夫は走り回りました。
土曜日の夜、夫は若楠と嘉瀬の夏祭りに出かけ、私も別行動で見に行きました。
祭りから帰って、遅い夕食を摂って風呂に入ると
寝たのは、午前1時ごろになりました。
そして朝は5時に起きて消防団の激励に出る夫の朝食を用意しました。

夫は早朝家を出て、猛暑の中で行われた消防団の訓練を激励して、
汗でグショグショになりながら、昼を過ぎて帰ってきました。
午後2時に昼食を摂ったあとは仕事の書類に目を通していました。
夜は、高木瀬、赤松、巨勢の夏祭りに出かけたので、私も後から行ってみると、
夫は盆踊りの輪に入って、皆さんと一緒に踊っていました。
夫は冬の餅つき、夏の盆踊りが大好きです。

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とても暑い1日だったので、
夏祭りに行っただけの私は疲れ果てましたが、
早朝から猛暑の中を走り回ったのに、夫は疲れた様子もなく、
いつまでも盆踊りの輪から出てきませんでした。
怪物かと思うほど、夫は強い人です。

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お盆の墓参りは、例年は13日の朝早くしますが、
今年は夫の仕事の都合で14日になりました。
夫が種を播いて栽培した百日草や芝など、手作りの花を持って、
夫と私の両親や、夫の恩師など5つの墓にお参りしました。

いつもの年は、私たちが最初に花を供えますが、
1日遅れになったので、どの墓にも花が手向けてありました。
ただ猛暑のお盆になったので、水は蒸発して花はカラカラに乾いていました。
新しい花と水を添えて、ご先祖に、
「3期目の佐賀市長を目指す夫の健康をお守りください」とお願いしました。

恩師の墓は、以前は花が無くて寂しいこともありましたが、
最近はいつも立派な花が供えてあります。
このお盆も、カサブランカやキキョウなど、見事な花が供えられていて、
夫は喜んでいました。

横浜からタイに移った次女と孫たちは
バンコクに移り住んで10日になりました。
電話やメールで様子を伝えてきますが、みんな元気そうです。
夫の選挙が近づいているので、引越しなどの手伝いをしてやれませんでした。

3女は来月出産の予定です。
大きなお腹を抱えていますが、十分助けることができません。
母親としての役目を果たすことが出来ないのが辛いのですが、
娘たちは、私の立場をよく理解してくれています。

猛暑が続きますが、セミの声は少なくなりました。
セミも鳴ききらない暑さかと思いましたが、セミの数が減ったようです。
ツクツクボウシと秋の気配を待っています。

2013年8月12日(月)

この世でこんな暑い目に合うのかと思うほどの暑さです。
私の人生で、こんなに暑かった年はこれまでありませんでした。
ことに週末の土日は猛烈に暑く、
家の戸や窓を開けると、風を涼しいと思いますが、
土日は、熱風が吹きこんできました。

土曜日は少し頭痛がして、軽い吐き気と寒気がしたので、
熱中症の入口かと思って、塩と梅干を入れた水を飲むと、症状が治まりました。
以後は元気、元気です。
選挙に伴うストレスも感じなくなりました。
体調が良くなれば心も元気になります。

今朝は、少し涼しかったので庭に出てみました。
5月ごろ夫が種を播いた百日草が綺麗に咲きそろってきました。
お盆の墓参りに供えることが出来ます。

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夫の妹さんが毎年、サギ草の種を播いた鉢をくださいます。
今年も2鉢くださいましたが、先日から花が咲きはじめました。
白い花は清楚な上に空を舞う行動力を感じて大好きな花です。
ある人が汚れを知らない女子高校生のようだと話すと、
別の人は、高校生は大人、中学生くらいでしょうと言いました。

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今朝、ラジオ体操から帰った夫が、
「本庄神社に彼岸花が咲いていた」と言いました。
今ごろ彼岸花が咲くかなと思って見に行くと、キツネノカミソリでした。
彼岸花とキツネノカミソリは同じ仲間のようですが、随分違います。
キツネノカミソリが彼岸花に化けていたのでしょうか。

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佐賀市と姉妹都市のフランスのクサック村から
親善訪問団が三瀬村に来られました。
クサック村のドミニク村長は、独身の30代です。
彼が村長になる前からの知り合いですので、
先週の金曜日(9日)に、どんぐり村で開かれた歓迎会に行きました。
3年ぶりの再会でした。

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ドミニク村長は
子どものころから親善訪問団に加わって三瀬を訪れている親日の方で
30代で村をまとめる能力のある包容力を感じる人です。
市長の妻と村長という立場で知り合ったのですが、
そういう立場がなくなっても、個人としてお付き合いしたい方です。

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横浜に住んでいた娘と孫は、8日の木曜日にタイに旅立ちました。
おととい(10日)かかってきた電話で
娘と孫の晴輝がタイに着いてすぐ下痢をしたと聞きました。
病気が一番心配でしたので、ドキンとして、夜も眠れないほどでしが、
きのう(11日)の電話で下痢が治ったと聞いて安心しました。

娘は毎日電話してくれます。
今朝の電話では、下の孫の咲英が父親からタイ語を習っているということです。
孫たちは、新しく住むことになった土地に適応しようとしているようです。
安心しました。

孫はアトピーがありますが、
タイに着いて、アトピーが治まったそうです。
痒み苦しんでいましたので、安心しました。

移転した後援会事務所には、
夫を支援してくださる人たちが大勢来られます。
暑い中、その熱意に感激しています。

2013年8月8日(木)

10月の市長選挙に向けて次第に忙しくなり、
猛暑もあって、私は疲れ気味ですが、
夫は、どうしてこんなに強いのだろうかと思うほど元気です。
きのうの後援会役員・地区代表者会議に多くの方が集まって、
激励していただいたこともあって、
「1人ではない、仲間がいる」と思ったのでしょう、さらに元気になりました。

私も、きのうの会議で
「こんなに大勢の方が夫を支援してくださっている、
夫に期待してくださっている」と思うと、涙がでるほど感激しました。

きのうは昼間、感動に涙しましたが
夜になると、また涙、涙で、朝まで泣き続けました。
それは、横浜に住む娘と孫たちが夫(父)の待つタイに旅立つからです。
娘と孫は今夜タイに向かうのを前に、昨夜電話してきました。
孫と「病気をしないで元気でね」などと話すと、
さまざまな思い出が頭をよぎり、こみあげてきました。

きょうも娘が電話してきて、うるうると泣きました。
孫と娘は今夜遅く、成田からバンコクに旅立ちます。
飛行機に乗る前に電話してくるでしょう。
今夜もまた泣くでしょう。
思いっきり泣いて、気持ちを選挙に切り替えます。

2013年8月5日(月)

今朝、夫を送り出したあと庭に出ると、
サルスベリやデュランタ・バイオレットの枝が曲がっていました。
きのうから今朝にかけての激しい雨に打たれ続けたからでしょう。
でもサルスベリの白い花と、デュランタ・バイオレットのムラサキの花は、
枝にしっかり付いていました。
よく頑張ったねと言いながら、枝を上げてあげました。

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最近の土日の週末は、夫も私も忙しい時間を過ごしています。
おととい(3日)の土曜日は、
秀島敏行後援会の事務所の引越しをしました。

朝8時ごろ、20人ほどが、軽トラックを持ち寄って集まってくださいました。
引越しは午後3時ごろまでかかりました。
新しい事務所体制が完全に整うのは、あと数日かかるでしょう。
引越しを手伝ってくださった皆さん、ありがとうございました。

引越しを終えたあと、市民会館で開かれた栄の国まつりの前夜祭に行きました。
面浮立、踊り、知り合いが出た銭太鼓、名士劇などを見ました。

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夫は忙しく、友達も誘えなかったので、1人でゆっくり見ました。

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このあと友人と佐賀商工会館の屋上で花火を見ました。
入場料とビールにツマミ代が必要でしたが、
頭上で炸裂する花火は見事でした。
花火のドカンという音と夜空を彩る色彩に
選挙前になって、溜めこんでいたストレスが吹き飛んでゆきました。

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花火を終えて、屋上から下を見ると、
県庁前通り、中央大通りは人の頭で埋まり、
どこから出てきたのだろうと思うほどの数でした。
花火見物のあと、友達と知り合いの串カツ屋で
少しお酒を飲んで帰りました。

夫は別行動だったので、食事をして帰ると思ったのですが
私より先に、お腹をすかせて帰っていました。
娘が何かを作って食べさせてくれたそうです。
最近娘が家事を手伝ってくれるので助かっています。

日曜日の雨は怖いくらいでした。
富士町を車で走っていると、
ワイパーを目いっぱい振っても前がよく見えないほどの雨になりました。
幸い時おり雨が小降りになったので、大きな被害は出ませんでした。

でも栄の国まつりの関係者の方は気の毒でした。
激しい雨でほとんどの行事が中止になりました。
私も「本庄校区おどり隊」の人たち60人と、
総踊りに出ることになっていましたが、中止になりました。
何度も集まって練習を重ねていたので残念でした。
あとで、踊ったつもりになって反省会という打ち上げをしました。

横浜の孫たちが先月末帰って行って寂しくなりました。
孫と娘はタイで待つ父親の元に引っ越します。
8日にタイに向けて出発しますが、
話をすると悲しくなるので電話を掛けることもできません。
娘も忙しいのでしょう。向こうからの電話もほとんどありません。
出発の準備が整ったかどうか心配しています。

孫が海外に住んでいる友人は、
「横浜もタイも行く気になればすぐ行ける、同じこと」と言いますが、
私は、遥か手の届かない所に行ってしまうような気がします。

2013年8月1日(木)

きょうから8月です。
毎月1日の早朝、屋敷の四方に酒と塩をまいて
家族の健康などを願います。

いつもは夫が出勤する前に行う私の行事ですが、
きょうは夫が早く家を出たので、
夫を見送ったあと屋敷内を回りました。
今朝は蒸し暑かったのですが、
赤や淡いピンクのニチニチ草の花や、
薄いムラサキの朝顔を見ると、少しだけ気持ちが涼やかになりました。

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横浜に住む孫たちは7月21日に来て、29日に帰りました。
その間、夫は孫と遊ぶ時間はなく、
触れ合ったのは朝のラジオ体操のときだけでした。
朝、昼、夜、一度も孫と一緒に食事をすることができませんでした。

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今度はいつもの夏休みの帰省ではなく、
タイの父親のところに移り住む前の帰省でしたので、
夫は寂しかったことと思います。

孫が横浜に戻る29日の朝、
夫は孫に「行ってらっしゃい」と見送られて家を出ましたが、
夫と孫が一緒に写った写真が1枚もないことに気付いた私は、
孫を車に乗せて、バス停まで歩く夫を追いかけました。
バス停で夫に追いついて、今回ただ1枚の写真を撮ることができました。

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私も孫と一緒に過ごす時間は少なかったので、
孫たちが帰る日の29日の午前中、
近所の本庄神社で、鉄棒などをして遊びました。
9日間滞在したのですが、あっという間の別れでした。

孫たちは今月はじめ、タイに旅立ちます。
知らない国での生活に早く慣れて欲しい。
新しいい経験でたくましく育って欲しい。
病気をしないで、元気でいて欲しい。
さまざまな願いを込めながら、29日夕方孫と次女を見送りました。

先週の月曜日(22日)土用の丑の日、
6月に梅漬けしておいた6キロの梅の土用干しをしました。
カメから出した梅をザルに移して、3日3晩干します。
孫が来たばかりのころでしたので、
日本の伝統の仕事を経験させようと、手伝わせました。
手作りの梅干しは家族の健康を守る食品です。
タイに移り住む孫たちに送ってやりたいと思っています。

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毎年7月24日は、三瀬の山中地蔵尊まつりに招かれます。
山中地区の人たちは、地元に残っている人だけでなく、
働きに出ている人も休暇をとって祭りに加わります。
友人と2人で訪ねた私は、
そうめん流しやヤマメの塩焼きなどをご馳走になりました。
佐賀市の下界は猛暑でしたが、
清流のそばの木陰でしばし暑さと忙しい日々を忘れることができました。

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シチメンソウを育てる会が、
シチメンソウが育つ東与賀海岸の掃除をするという新聞記事が目に入りました。
私はシチメンソウを育てる会の会員ですが、
顧問と言う立場ですので、お誘いがありませんでした。

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記事には、掃除に参加した人におにぎりなどを出すと書いてありました。
人手が必要だと思ったので会長さんに連絡して、
28日の早朝、東与賀海岸に出向いて、おにぎりを作り、掃除にも参加しました。
孫たちも横浜に帰る前日でしたので
母親に連れられて掃除に参加しました。
植物ひとつを守るのに大勢の人たちの努力があることを知ったようです。
いい経験になったと思います。

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孫の姿がないわが家は寂しさが漂い、蒸し暑い空気ばかりが充満しています。
ふっとため息をつきたくなる時もありますが、
夫が10月の市長選に出馬すると表明して以来、
大勢の方が支援活動に加わってくださっています。
暑さをぶっ飛ばして頑張ります。

後援会事務所は5日に移転します。
場所については、活動報告をご覧ください。

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