2013年7月のぼやき

2013年7月22日(月)

横浜の孫が母親に連れられてきのうやってきました。
小学5年の晴輝(はるき)と2年の咲英(さえ)です。
久し振りに家族がそろったので、長女、3女夫妻、
次女と孫2人、それに私の7人で一緒に焼肉を食べに行きました。
賑やかで楽しい食事でしたが、夫は所用があったので加われず可哀そうでした。

今朝、夫がいつものようにラジオ体操に行こうとすると
晴輝と咲英も起き出してきました。
夫と孫2人、それにマックスが一緒にラジオ体操に行きました。
見送った後ろ姿は、おじいちゃんちの夏休みの図柄そのものでした。

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ラジオ体操から帰ってきたころ、
クマゼミがワシャワシャと大音響で鳴いていました。
セミが木から木に飛び移る様子をみた孫たちは、目を丸くして驚いていました。
横浜はまだセミが鳴いていないそうです。
セミを見上げる孫の姿もおじいちゃんちの夏休みの図でした。
晴輝とマックスはすぐ仲良くなり、今朝のマックスの食事は晴輝がやりました。

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午前8時に家を出る夫を孫たちが
「おじいちゃん、行ってらっしゃい」と見送りました。
夫はいつになく嬉しそうに出て行きました。
きょうは早く帰ってくるかもしれません。

横浜の娘と孫は、このあと夫の待つタイのバンコクに移り住みます。
外国のアパートは家具付きですので、家具や電気製品は必要ありません。
そこで、タンス、テレビ、電気按摩機、ベッドなどを私の家で預かります。
横浜からの荷物は今朝トラックで届き、家の空いている部屋に運び込みました。
みんなで汗びっしょりになりました。

きょうの汗はいい汗でしたが、
先週の木曜日(18日)腹立たしい汗をかきました。
孫たちが寝る布団やタオルケットを干そうと庭に出て、
フェンスの近くに行くと、フェンスの向こうの側溝に
ピンク色のゴミ袋が2つ捨てられていました。

フェンス越しに取ることが出来なかったので、
竿で側溝から押し出すと、下流の川に浮きました。
大急ぎで川の傍に行くと、ゴミ袋に水が入って沈みそうになりました。
沈んでは大変と竿をゴミ袋にひっかけて土手に上げようとしましたが、
水の入った袋は重くて、私のほうが川に引き込まれそうになりました。

大声で家にいた3女を呼んで、近所に住む夫の弟に応援にきてもらいました。
やっとゴミ袋を引き上げると、
焼酎の瓶、ビールの空き缶、生ごみなどが分別せずに入っていました。
汚いことこの上ないゴミを手袋をして分別して、わが家の袋に移し替えました。

炎天下、1時間半、汚いゴミと格闘して全身汗にまみれました。
ゴミは、隣りの葬儀場の駐車場から投げ捨てられたものでしょう。
このところ、非常識な人のゴミを処理することが増えています。
どうしてこんなにマナーが悪い人が増えたのでしょうか。

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おとといの土曜日(20日)の夕方、
私の実家のある北川副の夏祭りに行きました。
私が幼いころ通った小学校が会場です。
校舎は建て替えられましたが、グランドは昔のままです。

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グランドを懐かしく眺めていると、
後ろからツンツンと突く人がいました。
「キンちゃん元気」と昔の名前で呼ばれました。
幼馴染に出会い、焼きそば、カキ氷を食べて、楽しいふるさとの夏祭りでした。

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孫たちは29日まで滞在します。
短い時間を大切にしたいと思います。

2013年7月16日(火)

遠くからワシャワシャというクマゼミの声が聞こえるのに
わが家の庭からは鳴き声が聞こえてきません。
どうしてだろうと庭に出てクマゼミを探すと1匹だけ見つかりました。
今月末になると、クマゼミの谷渡りのような乱舞が見られることでしょう。

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庭のエンジェルストランペットは
10日くらい前に咲いてすぐ枯れてしまいましたが、
今朝見ると、またツボミがたくさん姿を見せていました。
数年前は10月に咲いたこともあります。
大きく咲くと、夜、ほのかな香りを辺りに漂わせます。
何だか不思議な花です。

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畑のカボチャは花はたくさん咲くのに実がなりません。
夫が忙しいので人工授粉をしないからでしょうか。
チョウチョやハチに頑張ってもらいたいのですが、姿を見ません。

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きのう、実家の近所の福満寺の住職さんの葬儀に参列しました。
夫と市役所で一緒に仕事をされた方で、妹さんが私の同級生でした。
私は子どものころ、福満寺の境内で、大勢の友達と遊んでいました。
福満寺を訪れたのは50年ぶりくらいです。
当時境内はもっと広かったように覚えています。

福満寺で昔遊んだ多くの友達と再会しました。
「キンちゃん(私のこと)なつかしかねー」という声が行き交いました。
すでに亡くなっている住職の妹さんのお嬢さんも来ておられ、
お母さんの子ども時代の話をすると涙ぐんでおられました。

葬儀は悲しいのですが、
亡くなった方が古い友達と引き合わせて下さったと思いました。
この話を「僕は葬式はしない」と言っている友人に話すと、
「葬儀はそういう役割もあるのか」と考え込んでいました。

もうすぐ学校の夏休みです。
横浜の孫たちが5日後の21日に佐賀に来ます。
このあと、父親の待つタイのバンコクに転居するので一杯遊びたいのですが、
参議院選挙が終わると、市長選挙に向けた後援会活動が活発化します。
あまり遊べないのではないかと、孫を待ちながら心配もしています。

近所の借家に住む3女は、借家が暑いので、いつもわが家に来ています。
9月に出産予定で、次第にお腹が大きくなっていますが、
忙しい私に代わって、留守番をしたり、家事を手伝ったりしてくれます。
助かっています。

私は5時過ぎに起きて働きます。
今朝も家族の朝食を作ったあと3つの弁当つくりに追われました。
娘が助けてくれますが、起きたら深夜寝るまで休むひまはありません。

私は忙しいと思っていましたが、
ハウス栽培の野菜を店に出している農家の女性と話すと、
毎朝4時半には起きて野菜を取り入れているそうです。
野菜を出荷したあとは、味噌つくり、
お盆に向けてのラクガン作りなどをするそうです。
忙しいのは私だけではありません。佐賀の女性は働きものです。

わが家のウコッケイの2羽の内1羽は、
止まり木に飛び上がることが出来なくなりました。
高齢になった為かと思いますが
ひょっとすると夏バテかもしれません。
皆さんも、暑さ対策は十分してください。

2013年7月9日(火)

梅雨が明けたきのう(8日)
友人に誘われて、山野草を植えておられる方の庭を見せていだだきました。
庭には、私が名前を知らないたくさんの山野草がありましたが、
その中で、ハンゲショウという山野草に目が留まりました。

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ハンゲショウは緑の葉の半分くらいが白くて
半分化粧しているようなので、ハンゲショウなのでしょうか。
夏至から11日後の半夏生(はんげしょう)と呼ばれる日のころ咲くので
ハンゲショウというのでしょうか。
葉はみずみずしく美しい上に珍しい名前で、気に入りました。
いつか苗を買ってわが家の庭に植えたいと思いました。

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その方の庭は夫婦で手入れされているので、
ひとつひとつの山野草が、
「私はここに居るよ」と存在感を示していましたが、
わが家の庭は、時には花が雑草に埋もれそうになります。
私は草むしりは好きではなく、
夫は庭より畑仕事のほうが好きなので、仕方がありません。

家に帰って畑を見ると、オクラの花が1輪、美しく咲いていました。
夫はオクラの苗を数本植えましたが、
畑の養分が多すぎたようで、ほとんどが枯れて残ったのは1本だけです。
オクラは花が散ってオクラの赤ちゃんが姿を見せると
あっという間に大きくなって食べごろになります。
例年、大きくなりすぎて、食べそこなうオクラが出ますが、
今年は1本だけですので、毎日育ちぐあいを見て、大切に食べます。

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7月4日の夫の誕生日は、大忙しでした。
夫の誕生日には毎年赤飯を炊きます。
前日の夜、小豆を煮ましたが、
時間を節約しようと圧力鍋を使ったため煮すぎてしまいました。
また小豆を洗ってやり直しました。
寝たのは午前1時を回っていました。手を抜くとツケがきます。

誕生日当日の4日は、3時間半の睡眠で4時50分に起床、
もち米を使って赤飯を炊きました。
その間夫は、庭の百日草などの花を摘みました。
誕生日には両親の墓参りをするのが慣例で、
夫と私は5時50分に家を出ました。

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嘉瀬の夫の両親の墓に花を手向けて手を合わせました。
夫は私の両親の墓にも参ると言い出しました。
私の両親の墓は今宿町にあります。
佐賀を西から東に横断したので、家に戻ったのは6時50分でした。
夫は近所の実家の仏様に赤飯を供えたあとで自分も食べました。

夫の朝食は、赤飯の他、
シメジ、カボチャ、タマネギ、南関アゲ、ネギ入りの味噌汁、
納豆、大根おろし、メザシ、冷奴、海苔、ナスとキュウリの漬物、
それに梅干しでした。
誕生日だったから気合を入れて作ったのではありません。
夫は、夕食を家で食べないことが多いので、朝食はしっかり食べます。
ただ、超多忙だった誕生日の朝、
いつものように、きちんと食べてもらうことができて、満足でした。

夫の誕生日には、例年娘たちからプレゼントがあります。
今年は、これから選挙で忙しくなると思ったのでしょう、
栄養剤のドリンクと、夕食が贈られました。

夜は友人夫妻が、私も一緒に和食の店に招いてくださいました。
ここでは、夫の似顔をあしらったケーキがプレゼントされました。
食べきれませんので、娘たちへのお土産として持ち帰りました。
夫には楽しい誕生日だったでしょう。

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きのう(8日)の夜、
市民総ぐるみ街頭活動が行われました。
夫は蓮池校区に出かけましたが、
私は保護司の団体からの呼びかけを受けて、
本庄校区の佐賀大学南の交差点に立ちました。

自転車の2人乗りの高校生や、無灯火の自転車の大学生などが指導を受け、
中には、自転車のライトの点け方を知らない大学生もいました。
交差点の4隅に、さまざまな団体の人たち50人位が立ち、
指導される側より、指導する方が多く、
団体の役員をしている人たちの地域の為に何かをしたいという気持ちが
伝わってきました。

この日の話を友人にすると、その人は、
「自転車や歩行者より車の指導が必要なのではないか」と言いました。
各地を転勤してきたその人は、
「佐賀の車は横断歩道に人が立っていても停まらない。
たまに停まる車がいても、後ろの車が早く行けと
クラクションを鳴らすこともある。
横断歩道での車の取り締まりや指導が必要だ」と言います。

その人は、佐賀の車の運転マナーは穏やかでいいが、
横断歩道で停まらないのは、全国で最悪に近いのではないかと言います。
横断歩道で歩行者が居たら停まりましょう。

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朝のマックスの散歩は、夫と娘の担当ですが、
最近夫は忙しく、娘は娘の夫の弁当作りで忙しいので
私がすることが多くなりました。
日頃運動不足なので健康のために散歩を楽しんでいます。

マックスのご飯は、ドッグフードだけではありません。
味噌汁の出汁に使ったイリコで野菜や鶏の皮、肉などを煮て作ります。
ご飯を作って散歩に連れて行ってくれる私を
マックスはますます好きになってきたようです。
最近、私を見たときの尻尾の振り方が大きくなってきました。

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横浜の孫たちが、
夏休みに入るとすぐ、7月21日に帰って来ます。
29日に横浜に戻り、8月はじめには、父親の待つバンコクに旅たちます。
別れるときを思うと、孫の里帰りが嬉しいような悲しいような
複雑な気分になります。

2013年7月3日(水)

きのう、庭の向こうから、セミの鳴き声が聞こえてきました。
今朝も聞こえるかなと思ったのですが
雨模様のせいか、セミの声は聞こえませんでした。
夫は、「そろそろ梅雨末期の雨の季節だ」と
大雨を気にしながら、出勤して行きました。

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夫を送り出した後、庭に出ると、
アヤメ科のモントブレチアが朱色の花を咲かせていました。
例年より、数は少ないようです。

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百日草も1輪2輪と咲きはじめました。
百日草は、去年まで畑の中で群生するように咲いてきましたが、
畑を埋め立てたので、花壇に移したので、数は少ないようです。

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おとといは7月の1日でした。
毎月1日は、屋敷の四方に、酒と塩をまいて清めますが、
夫の誕生日は7月ですので、夫の健康を願って、いつもより丁寧に清めました。
お地蔵さんに花とお酒を供え、屋敷の4隅に、お酒と塩を丹念にまきました。

お地蔵さんに手を合わせて、夫の健康、家内安全、
それに世界中の人たちの幸せを祈りました。

このところ私は超多忙な日々を送っています。
後援会事務所には、いつもより大勢の人が訪れてきます。
その人たちへの対応や、選挙の準備に追われています。

夫の他に市長選挙への出馬を表明する人があるたびに、
家の電話が鳴り続けます。
多くは、友人たちからの、励ましの電話です。
友達のありがたさを、今更ながら感じています。

きょう(7月3日)
朝から生暖かい風が吹いていましたが、
午後から、雨と共に、雷が鳴り続けました。
所用で後援会事務所から外出しようとした私に、友人が
「あなたが雷に当たると、秀島さんは何もできないので
雷が治まるまで待ちなさい」と注意されました。

夫は、何もできないことはありませんが、
私は、私だけの存在ではないようです。
夫の健康に気を付けるだけでなく、私も元気でいなくてはと思いました。

あすは夫の誕生日ですが、
誕生日どころではないようです。

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