2013年1月のぼやき

2013年1月28日(月)

今朝は冷たい朝でした。
夫を送り出したあと庭に出ると水道の蛇口にツララが下がっていました。
昔は家の中の水道が凍ってしまうことがありましたが
最近はそんなことはありません。
暖冬なのでしょうか、水道管の材質がよくなったのでしょうか。

夫は今年になって出張や夜の会合が多く、
家で夕食を食べたのは数回しかありません。
先週も木曜日から土曜日まで台湾に出張しました。

おかげで私は羽を伸ばすことができました。
夫が出発した木曜日は、昔の卓球仲間の女性3人で温泉に行きました。
2時間温泉に浸かりながらの話は夫のことです。
男性は仕事を辞めると家に引きこもってしまいます。
私はまだ夫が仕事をしているので、羨ましがられました。

金曜日は本庄の歩こう会に参加しました。
本庄公民館から本庄公園に行くまで、田んぼの畔に菜の花が咲いていました。
この日は快晴で春が近づいたように感じました。

この歩こう会は4年くらい前は男性が多かったのですが、
男性は次第に脱落して、この日も女性10人、男性はわずか2人でした。
年齢を重ねると、男性より女性が強くなることを感じました。

 

その日の夜は高校の同窓生の集いに出席しました。
男女30人くらいで、フグ鍋でお酒を飲み
高校時代を懐かしく語りました。
皆さん66才位で老け込む年齢ではありませんが、
ここでも女性は元気なのに、男性は元気がないように見えました。
男性は仕事を辞めると、生きがいを見つけ出すのに時間がかかるようです。

土曜日は面浮立を伝承する会の新年会がありました。
浮立は市川、鹿島、諸富など各地にありますが、
4年前、佐賀市内の各校区から100人の女性が集まって
面浮立を伝承する会を作り、今は会員が300人に増えています。
新年会には女性ばかり100人余りが集まり
女性が元気に踊って佐賀を盛り上げようと誓いました。

きのうの日曜日、台湾から帰った夫と一緒に
川副の大詫間のひな祭りに出かけました。
女性ばかり52人の趣味の会の人たちと、子ども達が作った
3500のひな人形が展示されていました。

 

趣味の会の女性たちは、毎月1回公民館に集まって
ひな人形などを作り続けておられます。
駐車場係は男性、受け付けは中学生、食事作りは若い女性と
地域ぐるみのひな祭りです。

高齢の男性が会場内をビデオで撮影しておられました。
背筋が真っ直ぐ伸びた方で年齢を聞くと89才とのことでした。
歯は全て自分の歯という事でした。
先週は女性の強さばかりを感じましたが、
ここでは元気な男性に出会い、ほっとしました。

ひな祭りのあと、熊本の草枕温泉に行きました。
有明海の夕日を眺めながらお湯に入りました。
先週、働きづめだった夫も温泉で疲れがとれたことでしょう。

2013年1月21日(月)

今朝起きたとき暖かいと思ったら雨でした。
放射冷却がないから気温は下がりません。
でも雨は冷たく、朝夫を送り出したとき雨に当たると身震いしました。

雨に濡れた庭で、オモトの実が赤く色づいていました。
玄関に飾ったナンテンの実は、鳥のヒヨに残さず食べられましたが、
同じ赤い実なのに、オモトは食べられません。
オモトは美味しくないのでしょうか、地面近くなので食べにくいのでしょうか。
オモトの傍でクリスマスローズが新芽を出していました。
花たちは、冬眠しているのではなく、春に備えているようです。

 

前回、書き忘れたのですが、
12日の土曜日、夫が三瀬診療所で歯の治療を受けるのに付いて行きました。
病院への付き添いではありません、山の空気を吸いたかったのです。

治療を終えた帰りに嘉瀬川ダムの近くの「森の香菖蒲ご膳」で食事をしました。
地元で採れた野草や野菜の、天ぷら、お浸し、煮物、
七草粥などをいただきました。
嘉瀬川のダム湖を見ながらのゆっくりした食事でした。

 

その日、道を間違えて北山ダムの近くに出てしまいました。
北山ダムの近くには、大変お世話になった方が居られるので
ちょっとお顔を見たいと思ったのですが、
運転する夫に言いそびれてしまいました。

今朝(21日)の新聞のお悔やみ欄を見て驚きました。
その方が亡くなっておられました。
ムシの知らせだったのでしょうか、
お会いしておけばよかったと悔やんでいます。

おととい土曜日の午後
夫に少し時間があるので梧竹展を見に行こうと誘われました。
私は書を習ったことがありますが、書くより見るほうが好きです。
書を見ると、書いた人の心が見えてくるようです。

きのうの日曜日も夫と一緒に出かけました。
行った先は消費者フェスタです。
賢い消費者になるための、さまざまな展示が行われていましたが、
面白かったのは寸劇です。
高齢者を集めて、最初は品物をタダで配り、そのあと高額商品を売りつける、騙しの商法を寸劇で紹介していました。
ただより高いものはありません。

会場では、障がいのある人たちが作った野菜の販売、
LED電球や夜間の散歩のとき使う蛍光性のタスキの紹介も行われていました。
多くの人たちが頑張っておられました。

佐賀では、ノロウイルスが下火になったと思ったら
インフルエンザが流行ってきたようです。
休養、栄養、睡眠を十分とって、冬を乗り切りましょう。

2013年1月16日(水)

毎朝、夫を玄関先まで見送りますが、
今朝は、少し歩いて近所まで送りました。
かすかな梅の花の香りがしてきたので足を止めて、
近所の家の庭を見るとロウバイの黄色の花がたくさん咲いていました。

その家は、老夫婦が住んでおられましたが、
妻が先立たれ、夫はケアハウスに入っておられるので空き家になっています。
空き家になると庭は荒れますが、
娘さんが度々来て庭の手入れをされるので整然としています。
家の主を待って咲くロウバイは寂しそうにも見えるし、
空き家を守って毅然と咲く姿は神々しくも見えます。

庭の鉢植えのサクラソウはピンクの花が次々と咲いています。
サクラソウの鉢植えは、36年前に家を建てたとき義母から頂きました。
義母は毎年花から種を取り、新しい鉢植えにして持ってきて下さいました。
義母が亡くなったあとは、
義母の娘さん、つまり夫の妹さんが持ってきて下さいます。
このサクラソウを見ると義母を思い出します。

義母は厳しい人でしたが、今の夫があるのは義母のおかげと思っています。
川柳が好きな方で、「さくら草」という川柳の本を出されました。
川柳の中には夫、つまり自分の息子への思いを綴った作品もありました。
言葉で言えないことを川柳で伝える奥深いところもある方でした。

 

ハッサクは今年は豊作で60~70個が実をつけています。
10年くらい前、夫が小さな苗を買ってきて植えたものが
数年前から実をつけるようになりました。
去年は数個だけでしたが今年は枝いっぱいに実がついています。
そろそろ摘み取らないと気温が下がって凍ってしまう恐れがあるそうです。
しかし春まで枝につけておくと、とても美味しいそうです。
摘み取るか、そのままにしておくか、迷っています。

13日の日曜日の早朝暗い内から夫と北川副の冬まつりに行きました。
北川副は私の出身地で、私が通った北川副小学校が会場です。
私は絹枝ですので、ここでは「キンちゃん、キンちゃん」と呼ばれます。
鬼火炊き、もぐら打ち、餅つきなどが行われた会場で、
同級生や近所で一緒に遊んだ子どもたちが
焼きそば、うどん、焼き鳥などを作っていました。

 

ここに来ると心が落ち着き、子ども時代を思い出します。
北川副は農家が多かったので、
農繁期には学校が休みになり、友達は農作業を手伝っていました。
私の家は農家ではなかったので、お手伝いはしません。
稲刈りの途中、友達が家族と一緒におやつのお芋さんを食べる姿をみて
羨ましくてたまりませんでした。

農家の7人兄弟姉妹の5番目の子の夫と結婚して、初めて農業を経験しました。
子どもの頃に見た、農作業の手伝いの楽しそうな風景と違って、
その厳しさ、辛さを知りました。

3女が結婚して近所のアパートを借りて住んでいます。
夫は今月、新年会続きで家で夕食を食べない日が続いています。
長女も仕事が忙しくて家に帰るのは深夜になります。
1人ぼっちの夕食は寂しいので3女夫婦に声をかけると一緒に食べてくれます。
3女の夫のご両親には申し訳ないのですが、
息子が1人増えたようで喜んでいます。

私の周辺でインフルエンザに罹る人が増えています。
どうぞお気を付け下さい。

2013年1月7日(月)

娘が去年の暮、クリスマスイブに結婚したので、
結婚式での衣装や料理、引き出物の相談にのるなどの準備や
正月の準備が重なったので私の人生で最も忙しい年末年始でした。

娘の結婚式に出るために、
横浜の娘夫婦と2人の孫が早めに帰省してきました。
それまで4人の食事を作ったのが、
7人からときには9人に増えて、朝から晩まで台所に張り付いていました。

でも嬉しい忙しさでした。
結婚した娘夫婦は近所に住んでいるので、いつでも会えます。
孫たちが帰ってきて賑やかなこと、家の中が喜びではじけているようでした。

30日に餅つきをしました。
毎年、近所の義弟の家族と一緒にします。
義弟の家も息子夫婦と孫が帰省していて、
わが家の家族、それに夫の兄や妹など、合計20人の餅つきになりました。

 

餅つきは以前の農作業小屋でしました。
石臼と餅つき機の両方を使います。
40キロのもち米を洗うのは男性の担当、
娘婿は9時ごろから午後2時ごろまで、
かまどに薪をくべてもち米を蒸して、顔中ススだらけでした。
孫の晴輝がときどき手伝っていました。

餡餅の餡は、義妹が前夜から作ってくれました。
餡や餅を丸めるのは女性たち、
珍しい餅つきを見る孫たちは目を輝かせていました。
みんな仲良しの家族です。楽しい餅つきでした。

餅つきのあと、玄関の外にナンテンとユリのカサブランカを飾りました。
ナンテンは富士町の方からいただきました。
山間部のナンテンは、鈴なりの実が真っ赤です。
一気に正月の雰囲気ができました。
ナンテンは早くから家の外に飾ると鳥に食べられますが、
正月3ガ日は無事乗り切りました。

大人数の食事つくりに並行してお節料理を作り
出来あがったのは大晦日の午後11時でした。
夫は元日午前0時に、カノン砲の祝砲に点火をしますので、
私と娘婿、孫の晴輝も同行しました。
新年と共にドカンという大きな音がして
物凄い数のカラスが驚いて飛び立っていました。孫も私も驚きました。

午前1時半ごろ家に帰ると、娘たちがまだ起きていたので、
新年の年を取る行事をしました。
床の間の飾り餅の上に、ダイダイ、イワシ、干し柿を置き、
別のふたつの三方に米、炭、ミカン、クリ、カツオ、昆布、塩、スルメなどを載せます。
床の間の前に家族そろって座って、お屠蘇を飲み、
新年の挨拶をして、みんなひとつずつ年を取りました。

 

寝たのは午前2時半になりました。
3時間だけ眠って5時半には起きました。
県庁前でラジオ体操のあと、歩くか走るかしての五社詣りに夫は出ます。
私は孫たちが帰る日なので、どうしようかと迷いましたが、
「この1年もまた夫と共に歩こう、1年の計は元旦にあり」と一緒に出ました。

ラジオ体操のあと、五社詣りをするのに、歩く人、走る人それぞれです。
私たちは歩きましたが、
95才の男性が走っておられたのにはびっくりしました。
健康のありがたさを目の前で見たので
神社では、みんなの健康と、夫の仕事が順調にゆくようお願いしました。

去年までは七社詣りでしたが、今年は五社になり、早めに帰りました。
佐賀空港発9時50分の飛行機に乗る孫たちが
ちょうど家を出る時間だったので空港まで送ってゆくことができました。
今年の元日は、超多忙でしたが順調なスタートを切ることができました。

孫たちが帰り、部屋の中を見渡すと、夫と私しかいません。
2日は、箱根駅伝の中継が終わると誰も居ない部屋から外に出たくなりました。
元日まで多くの行事に参加して忙しかった夫も、ほっとしたのでしょう、
一緒に中林梧竹の書を見に行くことになりました。
騒がしいほどの大人数の世界から静かな世界に身を置き換えて観る梧竹の書は、
書をたしなまない私にも、奥深く見えました。

3日も夫と一緒でした。熊の川のちどりの湯に行きました。
山の温泉に静かに浸かるつもりでしたが、
湯船の空間を見つけることが出来ないほどの込み合いでした。

夫はきょう(7日)東京に出張しましたので
今朝、七草粥を食べてもらいました。
七草粥は毎年近所の高齢のご夫婦にも持ってゆきますが、
妻が亡くなり、夫は福祉施設に入られました。
いつもの年と同じように作ったので余りました。
残った七草粥を見ながら、夫妻を思い出しました。

今年の冬は寒くて震え上がるほどですが、
これからますます寒くなります。
どうぞお気をつけてください。
それと、このブログ、今年もよろしくお願いします。

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