2011年10~12月のぼやき

2011年12月

2011年12月26日(月)

先週の木曜の夜から寒くなり、金曜の朝は霜が降りていました。
冬になっても見事な花を咲かせていた、エンゼルストランペットは
あっという間に花だけでなく葉まで萎れてしまいました。

来年も咲くようにと、
夫が枝を切り落とし根の上に籾殻をかけてくれました。
皇帝ダリアも来年の春新芽が出るように夫が保存してくれました。
私は花を見るのは大好きですが、花の手入れは苦手です。

富士町の方から真っ赤な実が付いたナンテンをいただきました。
昼と夜の温度差の大きい山のナンテンは、それは見事な赤い実になります。
ナンテンは玄関先に飾りますが、鳥に食べられるので31日の夜飾ります。
また大詫間の方から手づくりのしめ縄飾りをいただきました。
人の力を借りて正月準備ができたような気になりました。

 

餅つきは29日に近所に住む夫の弟の家族と一緒にします。
義弟のところには、もうお嫁さんと3人のお孫さんが帰省していて賑やかです。
私の孫たちは、この年末年始には帰って来ないので、
義弟の孫たちに餅つきを楽しませてあげます。

この1年間頑張った私に夫がご褒美をくれました。
魚釣りが大好きな私に釣りに行こうと誘ってくれたのです。
3連休の初日の23日の夕方、呼子の岸壁で釣りをしたあと、
呼子の宿に1泊して翌日の早朝も釣りをしました。

夕方の釣りでは夫がアラカブ2匹とメバル1匹を釣りましたが、
私は釣れませんでした。
宿の夕食のとき、夫は1人鼻高々で、
「あすは釣らなくてもいい」と言いましたが、そうはいきません。
絶対釣りにゆくぞと早めに寝たので翌朝2時18分に目覚め、
釣りの前のワクワクした興奮であとは眠れませんでした。

午前5時から、真っ暗な岸壁で釣りはじめ、
今度は私が大きなアラカブを釣りました。
寒むさで餌を付ける手が凍るようでしたが、嬉しくてたまりませんでした。
今度は夫は釣れませんでした。
素晴らしい年末のお休みでした。

 

25日のクリスマスには、夫とコンサートを聞きに行きました。
アルモニア管弦楽団の演奏とピアノの独奏を聞きました。
アルモニア管弦楽団は、佐賀県内外の音楽の先生や、アマチュア、
プロの演奏家が集まった楽団だそうで息のあった演奏を楽しむことができました。

クリスマスは横浜の孫たちに文房具をサンタさんに運んでもらいました。

この1年、ブログを読んでいただきありがとうございました。
また来年も書きますのでよろしくお願いします。
よいお正月を。

2011年12月19日(月)

今朝(19日)いい天気だったので、気持ちよく洗濯しました。
洗濯物を庭に干して、周辺を見回すと、
葉がまだ落ちないで見事な紅葉を見せている木もありました。
長く咲き続けた皇帝ダリアなどは、ここ数日の寒さで枯れはじめています。
垣根の真っ赤なサザンカは盛りを少しすぎ、今元気いっぱいなのが畑の水仙です。

 

年末の大掃除の役割分担は、夫が外回り、私が家の中です。
きのうの日曜日、夫は顔を出す行事が無かったので
1日中、庭の掃除とガラス窓の掃除をしていました。
おととし雨の日に2階の窓を洗っていた夫が
1階の屋根で足を滑らして、あわや転落しそうになりましたが、
きのうは、ドタッという音がしなかったので、大丈夫だったのでしょう。

夫が頑張るので私も食器戸棚、押入れ、物置の整理をしました。
また使うだろうと思って仕舞い込んでいた食器などがたくさん出てきたので、
思い切って捨てることにしました。
1日中、座る時間もないほど働いたのでくたくたに疲れて腰が痛くなりました。
それでも家の外と中が整理され、いい気分になりました。

週末は雪になるという予報なので、あと数日頑張ります。
今年は木の葉が落ちきっていないので、
夫は年内にもう一度庭掃除をしなくてはならないでしょう。
夫は元気で働き者なので助かります。

横浜の次女と孫から、私たち夫婦と2人の娘にクリスマスプレゼントが届きました。
夫にはパジャマ、私と長女には衣類など、3女にはCDでした。
孫が描いた、夫と私の似顔絵が添えられていました。
絵を見ていると心が温まります。
大人になっても、クリスマスプレゼントは嬉しいものです。
もっとも私たちの子ども時代、クリスマスプレゼントはありませんでした。

今年もあと2週間、しだいに慌ただしくなります。
年賀状をあす印刷し、そのあと大掃除、
来週は正月準備に入ります。

2011年12月12日(月)

家の南の庭のイロハモミジが数日前から赤く色づきはじめました。
12月の中旬になって赤くなるのははじめてです。
例年この時期の庭は落ち葉でいっぱいなのですが、
まだほとんどの葉が木の枝に付いたままです。

 

畑を見ると、菜の花が咲いていました。
今が食べごろのブロッコリーも花を付けています。
白菜はやっと巻き始めました。
わが家の庭や畑を見ると今年はやっぱり異常気象です。

夫はこのところ、忘年会続きです。
議会中なので、帰る時間はそんなに遅くありませんが、
家で夕食をとることはあまりありません。
帰ってから議会答弁の準備のために、資料に目を通していますので
夫婦の会話はほとんどありません。
会話が無いので喧嘩もせず、ぼやきも出てきません。

年末準備の家事に追われていますが、
最近少し時間ができたので、卓球をするようになりました。
私は本庄卓球クラブの会員ですが、
忙しかったのと膝を傷めたのでここ数年休んでいました。
今月から週1回本庄小学校の体育館で卓球で汗を流しています。
胸だけでなく下腹などが出てきたので夫に串ダンゴと言われましたが、
卓球で昔のように細くなり、布袋さまの夫を笑ってやります。

マックスの家を毎年3女が飾ります。
今年もきのう、掃除をしたあと、
家族やマックスの絵を家の前に飾りつけ正月準備を終えました。
表札は「ヒデシマ・マックス」です。
マックスは綺麗になった家から出てきません。
模様替えをした家を喜んでいるのではなく寒いから出てこないのでしょう。

年の瀬が近づいてきました。
大掃除、年賀状、餅つきが待っています。
今年1年、寝込むほどの病気はしませんでした。
年末になって風邪をひかないよう気をつけます。

2011年12月6日(火)

冬になって花が少なくなる季節なのに、今私は花に囲まれています。
花を楽しんでいいのか、気候の異変を心配すべきなのか、
おかしな気分になります。

今朝夫を送り出したあと、玄関先の庭を見ると、
ナンジャモンジャとカエデが色づいていました。
ナンジャモンジャの黄色とカエデの朱色が
青空の下で美しく調和していました。
例年はもっと早く色づきます。12月に入って紅葉したのは初めてです。

花に目を転じると、
夏から秋に咲く皇帝ダリアにツボミがついていて、
冬のこれから咲こうとしています。
エンゼルストランペットは10月に一度咲いたあと、また咲きました。
1月に咲く水仙はもう咲き始め、背丈は例年の2倍近くに伸びています。

 

 

ナンテンの実はいつもより早く真っ赤になりもう鳥に食べられています。
畑のブロッコリーは、例年の2倍にも3倍にも大きくなっています。
長年見慣れている庭や畑から気候の異変を感じます。

先週の金曜日、本庄の歩こう会に参加しました。
お濠には、冬鳥のカモがたくさん飛んで来ていました。
城内に入ると、ナンキンハゼやカエデが真っ赤になっていました。
12月に入ってこんな美しい紅葉を見るのは初めてです。

 

歩いて帰ってくると、本庄公園のコスモスが満開でした。
どなたかが、遅く種を蒔かれたのでしょうか。
また夏から秋に咲く皇帝ヒマワリも満開でした。
紅葉や満開の花を見ながら歩いた楽しい1日でしたが、
この日も気候の異変を感じました。

 

土曜日に、夫と一緒に、ひょうたん島公園の収穫祭に行きました。
夫が餅つきが大好きなことを知っておられる地元の人たちが
餅つきの準備をして待っていてくださいました。
夫は子どものようにはしゃぎながら餅をついていました。
餅がある程度柔らかくなると、集まってきた子どもたちに餅つきを教えていました。

楽しそうな夫や子どもたちを見ると、
横浜の孫の、晴輝と咲英を思い出しました。
去年の年末は佐賀に来て、夫と一緒に餅をつきましたが、
今年は来る予定がありません。淋しいですね。

 

俺は風邪をひかないと豪語していた友達が風邪をひきました。
生まれたばかりの孫にうつるといけないと、家から追い出された友達は、
市内のビジネスホテルに泊まって、しょんぼりしていました。
酔っ払ってうたた寝をしたのが原因のようです。
自信過剰はいけません。歳なのですから。
みなさんも気をつけてください。

2011年11月

2011年11月28日(月)

最近、庭や畑を回るのが日課になりました。
今朝(28日)東京に出張する夫を送り出したあと畑を見ると、
百日草の新しい花が咲いていました。
百日草は夏から9月末までごろ咲きますが、
今年の秋は暖かいので、次々と新芽が出て花をつけます。

また夫が9月に種を蒔いたキンセンカは今移植の時期ですが、
驚いたことに花が咲き始めていました。
例年は10月に種まきをするのに、今年は少し早めに蒔きましたが、
3月に咲く花が今咲くのは異常な暖かさが原因でしょうか。
白菜もしっかりと巻かず、食べても甘みが足らず、
有明海の海苔も病気が出たそうです。
日本の四季はどうなっているのでしょう。
やはり初冬は初冬らしい寒さが待たれます。

 

毎年秋に友人と鹿島でみかん狩りをするのが恒例になっていて、
今年も22日に出かけました。
いつもは5人で1本の木のみかんを摘みますが、
今年は参加できない人がいて3人で摘んだので、
30キロものみかんを持ち帰りました。

大変おいしいみかんなので、遠くに住んでいる夫と私の兄弟姉妹5人に、
佐賀の米のヒノヒカリと有明海苔を一緒にして送りました。
受け取った兄弟姉妹からお礼の電話が入ってきましたが、
東京の夫のお姉さんは、
「ふるさとの味をありがとう。あなたたちのブログを読み、写真を見ると、
子どものころ育った故郷の風景を思い出す」と言っておられました。

 

23日の夜、夫と一緒に、
清水の滝と紅葉がライトアップされる清水竹灯りを見に行きました。
足元に並べられた竹の灯ろうが清水の滝に導き、
灯ろうにはひとつひとつ見事な文様が彫られていました。

夫はさっさと私の先を歩いて行きましたが、
若いカップルは、幻想的な雰囲気に心の炎を妖しく燃やしたことでしょう。
夫は、他の市が、どのような催しを行っているか、いつも参考にしようと思っています。
この晩「小城は頑張っている」と感心していました。

 

26日の土曜日、佐賀市の防災訓練に出かけていた夫が
午後早い時間に帰ってきたので、
夕方、2人で神埼市の仁比山神社の紅葉を見に行きました。
今年も、紅葉は終っているかと思ったのですが、
秋になっても暖かいためか、夕陽を斜めに浴びた美しい紅葉を見ることができました。

 

この夜、夫は中学の同窓会、私は高校時代の仲間との飲み会がありました。
夫が通った本庄中学は生徒が少なくみんな兄弟のようだったそうです。
そのせいか、夫は心許して楽しいお酒を少し飲みすぎたようです。

それでも翌日の日曜日、夫はいつものように朝5時半に起きて
ラジオ体操、マックスの散歩、気功を済ませて家に帰ってきました。
頭が痛いと言っていましたので、少し2日酔いだったのでしょう。
夫はお酒が大好きですが、自制して大酒は避けていますので、
中学の同窓会はよほど楽しいお酒だったのでしょう。

2011年11月21日(月)

今朝、夫を送り出して玄関先を見ると、
ナンテンの下に植えたツワブキの花が咲いていました。
鮮やかな黄色に目が覚める思いがしました。
山田洋次監督の映画「幸せの黄色いハンカチ」のように、
黄色は元気が出ます。

元気が出たので、畑を回っていると野菊が咲いていました。
こちらも黄色です。

垣根ではピンクのサザンカが咲いていました。
垣根に植えているサザンカは赤と白の花でしたが、
枯れて穴が開いたところに植木屋さんがサザンカを植えました。
そのサザンカがはじめて咲いてピンクと分かりました。

金曜日(18日)に、大詫間の趣味の会の人たちが
しめ縄を作っていると聞いたので、公民館に様子を見に行きました。
30人ばかりの女性がしめ縄を作っておられました。
とても艶やかなしめ縄で、中には9つも作って子どもなどに贈る人も居られました。
作り方を習いませんかと誘われました。
手づくりで、ただひとつ私だけのしめ縄は魅力ですが、
残念ながら、今はその時間がありません。

 

きのうの日曜日、夫が公務を終えて午後2時ごろ帰ってきたので、
一緒に東与賀のシチメンソウを見に行きました。
シチメンソウ祭りのとき、シチメンソウの絨毯の一部が欠けて見えたので
気になっていたからです。
地元の方に聞くと、ヨシが生えてきてシチメンソウを追いやるそうです。
ヨシを取り除くのが大変だということです。

夕方だったので、シチメンソウの向こうに見える
雄大で美しい有明海に感動しました。

 

シチメンソウを見た帰りに、夫と温泉に行きました。
夫が忙しかったので、温泉に入ったのは2ヶ月ぶりで、
ゆっくりと露天風呂に浸かりました。
帰りにサフランというハンバーグ屋さんで食事をしました。
それで縁側に置いたサフランの球根を思い出したので、
きょう見てみると、青ムラサキの花が咲いていました。

サフランは、ハンバーグ屋さんで数年前いただいたものです。
花が終わると畑に植え、
梅雨前に掘り出してカサカサに乾いたままコップに入れて置くと秋に咲きます。
手間がかかりますが、花の美しさがそれを忘れさせてくれます。
きょう、カーテンの隙間から陽射しを当てると、青ムラサキが鮮やかになりました。

もうすぐ師走です。
毎年、年末の大掃除などは押し詰まってになります。
今年こそ、ひとつひとつ片付けて、慌てないですむようにしようと、
思ってはいるのですが。

2011年11月14日(月)

先週の金曜日(11日)に本庄の歩こう会に参加して歩いていると、
高伝寺近くで皇帝ダリアが満開になっているのを見ました。
私の家の皇帝ダリアは新芽が夏の暑さで枯れたので、
今年はダメだと思っていたのですが、
家に帰って辺りをよく見ると別の新芽が伸びていました。
新芽に付いたツボミが2輪、大きく開いているのをきのう見つけました。

 

皇帝ダリアが咲くと、思い出すのが北村さんです。
北村さんは、夫が水道局長をしていたとき次長をされていました。
とても温厚な方で、夫には最も信頼できる仕事仲間でした。
私も大好きな方でしたが、2年半前亡くなりました。

皇帝ダリアは北村さんが10年前に下さいました。
毎年冬になると茎を切って、ラップに包んで室内で保存し、
春を待って畑に植えます。
今年、あわや枯らしてしまったかと思いましたので
満開の花を見てほっとして、また北村さんを思い出しました。

今までは、家の西に植えていましたが、来年の春は東に植えましょう。
柔らかい朝日を浴びて咲く皇帝ダリアに、
北村さんの優しい笑顔がオーバーラップするような気がします。

私の傍を通りかかった夫が、「君の体は、串ダンゴだ」と言いました。
何のことか分からずにキョトンとしましたが、娘がクスクス笑います。
どうやら、横から見ると、お尻、お腹、胸が3つのダンゴに見えるようです。

夫が市長になって以来、支える私は忙しくて運動する時間はありません。
食事は夜遅くなるので、体重は増え続けています。
「誰のせいでこんなになったのダーッ」と叫びそうになりました。

プンプン怒りながら翌日骨粗しょう症の検診を受けました。
私は若いころから、体操、長距離走、卓球などのスポーツをしてきたので、
骨には自信がありました。
それなのに検診結果、骨密度は同年齢の96%と出ました。
大変ショックを受けました。

食事はカルシウムもしっかり摂り、甘いものは避けていますので、
問題は運動不足と睡眠不足のようです。
人のせいにしないで、運動を心がけることにしました。

畑の芋は取り入れ時を迎えても夫が忙しく掘れないままでしたが、
土曜日の午後、夫がやっと時間を作って芋掘りをしました。
赤い芋を植えたつもりでしたが、掘ってみると白い芋でした。
赤くても白くても食べれば同じと、夫は豊作を喜んでいました。
夫は大きく切ったテンプラ、私は大学芋が大好きです。
でも串ダンゴから脱却するためには食べすぎは禁物です。

 

知人にお孫さんが生まれたので、些細なお祝いをしたところ
お返しの品に感謝の言葉が添えられていました。
里帰り出産された娘さんとお孫さんを懸命にお世話する妻を
心を込めて見守り支える夫の愛が文面にあふれていました。

その方はお酒が大好きです。
共通の知人の家でのお酒の席に招かれたとき、
「僕が出かけると妻に負担がかかるので」と断られました。
あんなにお酒の好きな人がどうして断られたのか分かりませんでした。
でもその文章を読んで、
「ひと晩くらいいいじゃない」と酒席に誘った私が恥ずかしくなりました。

妻や娘さん、お孫さんに愛情をいっぱいそそぐ方の
孫育ては年内いっぱいだそうです。
それが終ったら来年はしっかりお酒を飲んでください。
お付き合いしますよ。

2011年11月7日(月)

私は何かあると神様にお願いして、
神様は願いをかなえてくださることが多いのに、
今朝の青空を見て「神様の意地悪」と叫んでしまいました。
バルーン大会の期間中は雨が続き、
大会が終った翌日のきょう(7日)青空になりました。

バルーン大会に全国や外国から訪れたお客さんが、
雨の佐賀市に悪い印象を持って帰られるのではないかと心配です。
天気だから仕方がありませんが、
市長の夫の日頃の行いが悪いからだと思ってしまいそうです。

バルーン大会も最初はまずまずの天気でした。
初日の2日は開会式に出る夫は早朝公用車で出ました。
私が公用車に乗るわけにはいきませんので友人の車で出かけました。

夫は市長になってすぐのバルーン大会の開会式の挨拶で失敗しましたので、
いつも挨拶をハラハラしながら聞いています。
夫の挨拶が終わると私は大会が半分終ったような気になり、
今年の大会は成功するぞと思いました。
しかし神様は意地悪で、だんだん天気が悪くなりました。

でも、最終日のきのうの午後は天気が回復して
夜間係留は風で出来ませんでしたが
一斉に焚かれるバーナーの炎と、打ち上げられる花火の共演に
会場の嘉瀬川河川敷を埋めた人たちの表情がほころんでいました。
特に花火は、土曜日に使う予定だった花火も一緒に打ち上げられたので
空一杯に花火の輪が広がってそれはそれは見事でした。

花火に感動したあと、
バルーンのチームが民泊している夫の同級生の家に招かれました。
そこにはオーストラリアチームが泊まっておられ、ちょうどお別れの晩餐中でした。
私は英語が苦手な上、オーストラリアの英語は日頃耳にしている英語と違うので
何が話されているのか、ほとんど分かりませんでしたが、
オーストラリアチームは、毎年夫の同級生の家に民泊しているので、
箸の使い方が上手で、寿司、刺身、奈良漬など何でも食べられるのに驚きました。

 

私がバルーンに乗ったことがないことを聞いたオーストラリアチームが
私と、夫の同級生の夫人を、バルーンに乗せてくださることになり、
今朝早く、嘉瀬川河川敷でバルーンに乗りました。

バルーンはゆっくり青空に昇ってゆきました。
はじめは高度100メートルくらいでしたが、
そのままでは、有明海に出てしまうということで、
パイロットのポールさんが高度を400メートルくらいに上げると、
風が北よりから東よりに変わり、久保田方向に飛びました。
高さによって風向きが違うことを実感しました。

佐賀平野は広く、田んぼは黄色、黒、緑のパッチワークのようでした。
1時間くらい飛行して、久保田の田んぼに無事着陸しました。
大会期間中、天気が悪かったので、
私だけが、最高のバルーン日和を楽しんだようで、すみません。

 

バルーン大会だけでなく、先週は色んな行事があったので、ほとんど家を留守にしていました。
どの行事も雨にたたられ、5日に始まった東与賀のシチメンソウ祭りも開会式は雨でした。
私はシチメンソウを育てる会の会員ですので
5日は、シチメンソウ見物に来られる人へのうどん販売をしました。
今年のシチメンソウは、育ちも良く、ちょうど今赤く色づきましたので
雨でも訪れる人は多く、1日中立ちっぱなしで足が棒のようになりました。

 

5日は雨でしたが前夜祭の4日の夜は天気もよく、
ライトアップされたシチメンソウはとても綺麗でした。
私のうどん作りのお手伝いは1日だけでしたが、
地元の育てる会の人たちは、先月末から、ずっとうどん販売をして
シチメンソウを守る運動資金を作っておられます。頭が下がります。

きのうの日曜日、私の住む地区で本庄祭がありました。
本庄地区の食生活改善推進委員の一員として、
祭りの会場で、コーヒーとお茶の接待をしました。
こちらもあいにくの雨で、
会場が本庄小学校の校庭から体育館に移され、
こども神輿などが中止になるなど、影響が出ました。

先週は忙しく飛び回る1週間で疲れましたが、夫はもっと疲れているでしょう。
先々週は、日曜日の夜遅く中国から帰って、先週1週間ずっと仕事、
おととい、きのうの週末も休みがなく、昨夜遅く帰ったのに今朝は5時に起床し、
きょう午後からは東北の気仙沼に出張します。
大丈夫だろうかと思うほど、疲れを知らない夫です。

私が温泉に行きたがっていると思っている夫ですが、
本当は自分が温泉に浸かりたいはずです。

2011年10月

2011年10月31日(月)

今朝(31日)久しぶりに青空の広がる快晴になりました。
庭に出てみると、白いサザンカが咲き始めていました。
垣根にしている赤いサザンカは冬がきて咲きます。

 

ここ数日雨で洗濯が出来なかったことと
1週間中国に行っていた夫が、どっさり洗濯物を抱えて帰ったので
今朝は、大洗濯になりました。

夫は昨夜10時半ごろ帰ってきました。
機内食を食べて帰るので食事は用意しなかったのですが、
ご飯を食べたがるという予感がしたので、
ご飯だけ残しておくと、予想どおり漬物でご飯を美味しそうに食べました。

今朝も、ご飯に味噌汁、漬物、海苔などをしっかり食べました。
私には美味しいとは言いませんが、美味しかったはずです。

1週間の夫の留守中、のんびり出来たはずですが、
そうもいかないのが主婦です。
娘は「お父さんが居ないのだから料理を作らなくてもいい」と言いますが、
娘たちにも食べさせなくてはなりません。
いつもと同じように台所に立ち続けました。

金曜日に、川副の大詫間趣味の会の作品展に出かけました。
大詫間の趣味の会は、
世話役の下村さんが玄関に飾っていた手づくりの造花を見た女性たちが、
一緒に作りたいと言い出して趣味の会が出来ました。

10年前6人ではじめた趣味の会は、今は60人近くになり、
毎月1回、公民館に集まって、造花、ひな人形、下げ物などを作って
年1回発表会を開いておられます。

公民館の発表会場の設営や、訪れた人の車の誘導などは
夫や家族が手伝っておられました。
大詫間は、核家族は少なく、ほとんどが2代、3代が一緒に暮らしておられ、
そうした家族の絆が発表会場で感じられました。

きのうの日曜日、私たちの住む西寺小路で自主防災訓練があり
雨が降る中160人が合羽を着て参加しました。
地震や火災などがおきたとき、自分の身は自分で守ろうと、はじめての訓練です。
水道局の人が、給水袋の使い方や背負い方を指導し、
消防局の人は、消火器の使い方を指導しました。
東北の大震災のあとだけに、自分の身は自分で守ろうと思う人が増えたようです。

きのうの午後は、佐賀城本丸伝承祭に参加しました。
本丸歴史館の庭で行われる予定でしたが、
雨だったため、県庁の県民ホールに会場を移して行われました。

葉隠れ太鼓、三重の獅子舞、玄蕃一流天衝舞浮立などが次々と披露され
私は佐賀面浮立を踊りました。
鬼の面を付けて、そろいの黒い衣装に赤タスキで総勢200人が踊りました。
週に1回の練習の成果を大勢の見物客に披露して、みなさん満足そうでした。
本庄地区から参加した14人は、夕方から打ち上げをしました。
女性だけでお酒を飲むことは少ないので、ワイワイガヤガヤ賑わいました。

 

夫が中国から夜帰って来る事になっていたので
皆さんが盛り上がっている中、私は早めに引き上げました。
そして、また夫のいる日々が始まりました。

2011年10月25日(火)

先週は、家を留守にすることが多く、
今朝久しぶりに庭に出ると、
ラッパのような花が見事に咲いていました。
エンジェルストランペットという、長さが20センチもあり、
ラッパの口はピンクの口紅を塗ったような愛らしい花です。
去年苗木をいただいたばかりですので、
こんなに美しい花とは知りませんでした。
甘い匂いがして蜂が沢山集まっていました。

 

先週の20日と21日に宮崎県の日南市で九州市長会が開かれ、
夫人同伴が慣例ですので、私も同行しました。
朝4時半に起きて、6時15分発の高速バスで出発しました。
日南に着いたのは12時過ぎで半日がかりでした。
他の人たちの多くは車や飛行機で宮崎入りしておられ、
バスを利用したのは私たちだけのようでした。

市長会が開かれている間、
夫人たちだけで市内を回りました。
この間、市長の妻であることの共通の悩みを語りあいます。
多くの夫人たちが、
「市長は外では気を使っているだけに、
家に帰ると仏頂面になり、資料や本を読んでばかりいて夫婦の会話も少ない」と
話しておられました。
わが家も同じです。

22日の土曜日に、私たちの住む本庄地区秀島後援会主催の
市長を囲む会が開かれました。
夫が最初に市長選挙に出たときの投票日は10月23日でした。
あのときの選挙以来、ずっと夫を支援してくださっている人たちと、
楽しいときを過ごすことが出来ました。

翌日の23日には、夫の自治大学時代の同期の方を
佐賀にお迎えしました。
持ち回りで開かれている同窓会を佐賀でしていただいたのです。
30人余りの方が全国から古湯温泉を目指して集まって下さいました。
みなさん、童心に帰って17年前の自治大学時代の思い出を話しておられました。
まるで小学生の集まりのようでした。
午後5時半から宴会を始めて、2次会3次会が終ったのは午前0時前でした。
みなさん、楽しかったのでしょう。

夫はきょう(25日)から中国に行きました。
先週、夫と一緒に出る行事が多かったので、
旅の準備は昨夜遅くまでかかりました。
行く先の中国東北地区の瀋陽は、とても寒いところなので
厚手のコート、手袋を用意しておきましたが、
夫は、重くなるといって、カバンから出してしまいました。
氷点下の気温になるというので心配です。

大きなカバンを持っているので、
今朝市役所まで車で送ろうとしましたが、
バスで行くのでバス停まででいいと言います。
バスで出勤と決めたら、絶対譲らない、頑固な夫です。

夫は1週間留守です。
羽根を伸ばしたいのですが、
結局、冬支度と家事に追われることでしょう。

2011年10月17日(月)

夫はきょうから熊本に出張しました。
出張のときは、弁当を作りませんが、
きょうは午後出発で、昼を食べに出る時間がないというので
大急ぎで弁当を作って送り出しました。

夫を見送ったあと、ふと畑を見ると、秋野菜がびっくりするほど伸びていました。
大根、水菜、チンゲンサイ、サラダ菜などが緑の絨毯模様を描いていました。
夫が1ヶ月前に種を蒔いたばかりです。自然の力、土地の力に感激しました。
今、野菜が高いときで、これで野菜を買わずにすむと思うと又感激です。

 

週末の土曜日、夫は三瀬の診療所に歯の治療に行きました。
土曜日に診療をしている歯医者さんは、近所にもありますが、
夫は、佐賀市立の診療所の収入を増やそうと、
車で片道40分かかる診療所で治療を受けています。

私も同行し、夫の治療中、近くの直売所で花の苗を買って診療所に戻ると、
治療を終えた歯科医師に出会いました。
私が、「夫がお世話になっています」とお礼を言うと、
「市長が治療に来られるようになって患者さんが増えました」とお礼を言われました。
医大から来ておられる歯科医師なので、
患者が増えると忙しいのに、それを喜んでくださる歯科医師に私も嬉しくなりました。

富士町市川の知り合いから秋祭りに招かれていたので、
夫も一緒に診療所から真っ直ぐ市川に行きました。
知り合いの家に行く途中、天衝舞浮立の行列に出会ったので車から降りると、
夫はハッピを着せてもらって、神社まで浮立と一緒に歩きました。
途中の家々で、寄って行けと招き入れられお酒と料理をご馳走になりました。
夫はお酒に酔い、私は天衝舞浮立の荘厳な舞に酔いました。

この日は、どこの家も訪ねて来た人を酒と料理でもてなすようで、
いつもは静かな山あいの村が賑わっていました。
来年はお酒が大好きな人を誘って行きましょう。

 

 

きのうの日曜日、夫は仕事で朝6時20分に出かけました。
2人の娘も仕事でしたので、私1人残されました。
夫を送り出した後、犬のマックスと散歩、
掃除、洗濯とひと通りの家事を済ませて庭に出ました。

玄関先の庭の草むしりをしたあと、前日買った花の苗を植えました。
玄関前の鉢に、マリーゴールド、ダイモンジソウ、ナデシコの花の苗を植えました。
家の裏の庭には、名前がはっきりしない苗を4株植えました。
どんな花が咲くか楽しみです。

 

昼前からはじめて昼食もとらずに、3時間余り庭仕事をしていました。
私は庭仕事は得意ではありませんが、
先ごろ、根っこを畑に植えたコネギが大きくなっているのに感激して以来
土いじりが少しだけ好きになったようです。

それでも馴れない土いじりで疲れた私は、
夕方帰って来た夫と、熊の川温泉に浸かりに行きました。
温泉はいつも大好きですが、汗を流したあとの温泉は格別でした。

2011年10月11日(火)

畑のコスモスが私の背丈以上に伸びました。
コスモスは香りがしないと思っていたのですが、
ほのかな匂いに気が付きました。
今、わが家はキンモクセイ、ギンモクセイ、コスモスなど
沢山の花の香りに包まれています。

 

今朝、庭と畑を回っているとオクラの花が1輪咲いていました。
夏のオクラが秋になって咲いていると「頑張ってね」と声をかけたくなります。
オクラの近くで、コネギが伸びているのに気が付きました。
1週間前にいただいたコネギを食べたあと、
これまでは捨てていたコネギの根を畑に植えたのが伸びてきたのです。
私は畑仕事が苦手なので、何かを植えたのは数年ぶりのことです。
なんだか嬉しくなり、夫が畑に出るのが好きなのが分かるような気がしました。

 

夫は先週で議会が終わり、ひと息つけるはずでしたが、
週末の3連休は、駆けずり回って家にほとんどいませんでした。
土曜日、夫は北方謙三さんを招いての座談会に出かけましたので、
私も別行動で聞きに行きました。

北方謙三さんの「望郷の道」は
北方謙三さんの曽祖父をモデルにした小説です。
曽祖父は台湾で新高ドロップやバナナの香りのするキャラメルを開発して
新高製菓を明治、森永、グリコと並ぶメーカーに育てたそうです。

バナナキャラメルはマルボウロで知られる北島製菓が復元して
会場で配られましたが復元に大変苦労されたそうです。
今の技術でも難しい事を戦前作るのはもっと大変だったでしょう。
昔の人は、みんな苦労をしていると思いました。

9日の日曜日、夫はあちこちの体育大会を駆け回っていました。
私は、地元の本庄地区の体育大会に朝の入場行進から参加しました。
競技は65才以上のビン倒しゲームに出ただけでしたが
大会が終わるまで応援しました。

 

最後の町区対抗の総力リレーで、
私の住む西寺小路が優勝したときはテントが倒れそうなほど盛り上がりました。
体育大会は、私たちが40才くらいのころお世話をしましたが、
今は子どもの世代が中心になっています。
若い世代にうまくリレーできたなと、嬉しくなった1日でした。

 

きのうの体育の日、
佐賀中学、佐賀高女、成美女学校、佐賀高校、佐賀西高校の同窓生による
栄城同窓会に出席しました。1000人もが集まる大同窓会です。
全体会のあと、同期だけによる同窓会をして昔話が盛り上がりました。
同期の同窓会の会長は、
「残り少ない人生なので、毎年元気に同窓会で会おう」と挨拶されました。
もう残り少なくなったのかと、ドキンとしました。

2011年10月3日(月)

きのうの日曜日は忙しかったけど楽しい1日でした。

わが家のコスモス畑の向こうに道路を挟んで新しい住宅団地があります。
暖かい天気になったきのうは、仕事が休みの団地の若いお父さんたちが
子どもを連れてコスモス畑にやってきて満開の花を親子で楽しんでおられました。
花は人を呼ぶのですね。

 

きのうは本庄神社の秋祭りでしたので、栗を入れた赤飯を炊きました。
夫が早朝、一斉河川清掃の現場を回るというので、
出発前に食べさせようと、午前1時まで下ごしらえをして5時半から炊きました。
孫が生まれた友人など数人に秋祭りのお裾分けをしました。

午前7時に夫を送り出したあと、城西中学の廃品回収に協力しました。
家庭から出されたダンボール、古新聞、古着、空き缶、空き瓶などを
一輪車に載せて集積所まで運びました。

夫は河川清掃の現場から9時半に帰ってきて、
祭りのハッピに頭に豆絞りで、子ども神輿の巡行に付き添いました。
夫は祭りが好きで、市長になるまでは祭りの世話をしていましたが、
市長になると、忙しくて祭りに参加することも出来ませんでした。
きのうは公務がなかったので、子どものように祭りを楽しんでいました。
夫が神社の秋祭りを楽しんだのは7年ぶりでしょうか。

 

私は他の女性たちと一緒に、子ども神輿の休憩所で接待をして、
子どもにはお茶、付き添いの大人にはお酒を出しました。
また神輿が神社に戻ってくるころ、
神社の参道で、女性たち30人で、道中踊りを舞いました。
早朝から夜まで忙しい1日でしたが、とても楽しい日曜日でした。

 

先週の金曜日、本庄の歩こう会に参加して佐賀城内や周辺を歩きました。
住宅地を通っているとキンモクセイが香ってきて秋の深まりを感じました。

夜、犬のマックスの世話をしている夫と娘が留守だったので
私がマックスと散歩に出ました。
住宅地を歩いていると、またキンモクセイの香りがしました。

夜のキンモクセイの香りは、青春の香りです。
43年前の今頃の季節、独身だった私は、
勤め先の市役所から北川副の自宅まで今の夫に送られて帰ったことがあります。
暗い夜道を歩いていると、住宅の庭からキンモクセイが香ってきました。
夜、キンモクセイの香りがすると、青春の日々を思い出します。

翌日の10月1日の土曜日の朝、
いつもの1日のように屋敷の四方に塩とお酒をまいて
家内安全と家族の健康を祈りました。
私はずっと足の膝を痛めていましたが、そのとき、
前日、歩こう会と夜の散歩で1万8000歩も歩いたのに、
膝が痛くないことに気がつきました。

足に自信を取り戻した私は、
土曜の夜、久しぶりに本庄ママ卓球クラブの練習に参加しました。
家族は私が卓球をするのに不安だったようですが、
卓球台の周辺を跳び回っても足は痛みませんでした。

ただ、お腹が少し出たことで動きは昔のようにはいかなかったようです。
食欲の秋、気をつけないといけません。

(C)ひでしま敏行後援会. All Rights Reserved.