2011年4~6月のぼやき

2011年6月

2011年6月27日(月)

梅雨の長雨、真夏のような猛暑、台風による強い風、
暮らしづらい日々が続くとき、
庭のギボウシとアバカンサスの淡い柴の花が心を安らげてくれます。
この花は、庭つくりに詳しい友人に教えられて5年前に植えました。
華やかさはありませんが、そっと自然の中で咲いているように見えます。

 

 

先週の金曜日、本庄の歩こう会が発足3周年を迎えました。
ラジオ体操をしたあと歩こうという、本庄の「ラジ&ウォーク」が正式名称です。
3周年を記念して保健師さんに来ていただき、認知症について学びました。

認知症にならないためには、家に引きこもらないで外に出ること
決めたことを継続してやり遂げることが大切と学びました。
歩くためには外に出なくてはなりません。
3年間歩き続けたことは、まさに継続です。
歩こう会のメンバーは認知症にならないでしょう。

勉強会のあと、いつものように城内を1時間歩き、
記念の昼食会をしました。
大変暑い日でしたので、ビールを飲まれる方も居られました。
私も飲みたかったのですが用事があったので我慢しました。

先週、高校時代の友人のお母さんが亡くなりました。
103歳、まさに大往生でした。
先週は西村元佐賀市長の通夜と葬儀にも参列しました。
西村元市長も90歳。こちらも大往生でした。

きのうの日曜日の朝、
夫が畑から、キュウリと大根、青じそを採って来ました。
キュウリはぬか漬け、大根は大根おろし、青じそは冷奴に載せるという注文つきです。
キュウリは今年の初物で、大事にぬか床に漬けこみました。

私はぬか漬けの匂いが嫌いです。
ですから結婚以来、ぬか漬けは夫が漬けてきましたが、
市長になってからは忙しいので、仕方なく私が漬けています。
私は嫌いでも夫が好きなものですので、
ぬか床を毎日混ぜているので、ぬか床を駄目にしたことはありません。

おとといの土曜日の午前中、夫の姿が見えなくなり、昼になっても帰ってきません。
どこに行ったのだろうと心配していると、汗にまみれて帰ってきました。
聞くと、近所の権現さんの草刈りをしてきたそうです。
暑い日にぶっ続けで3時間草刈りをしたようで、全身がほてっていました。
もう若くないし、佐賀市を預かる身と自覚して欲しいのですが、
気になるとほっておけない性格ですので、注意しても聞いてくれないでしょう。

2011年6月20日(月)

玄関先のナンテンの白い花が雨の滴を付けていました。
今年のナンテンは例年になく花が多く、冬になると全部赤くなるのでしょうか。
雨が小康状態のとき、屋敷を回ってみると、
ガクアジサイがやっと満開になっていました。去年より10日遅いようです。

 

 

横浜に住む姉がサクランボを送ってくれました。
サクランボといえば、山形県を思い起こしますが、
姉の夫の実家の山梨でもサクランボが栽培されていて、毎年送ってくれます。
真っ赤に熟れたサクランボは可愛らしく美味しいです。

先週、西日本新聞にひどい記事が載っていました。
原発を巡る電力会社と政治の結びつきを書いた記事で
それはいいのですが、
夫が最初に市長選挙に出たとき、あたかも九州電力の支援で当選し、
プルサーマルの実施に協力したような書き方です。

私はプルサーマルに疑問を持っています。
夫もプルサーマルの実施のために動く人ではありません。
新聞は事実を報道するものと思っていましたが
事実ではない事も書かれていました。

夫がはじめて市長選挙に立候補するかどうか悩んでいたとき、
西日本の記者の方が、深夜自宅に来られて、
何度も玄関の呼び鈴を押されるので夫が怒ったことがあります。
それ以後、私憤で書かれたとしか思えない記事が続きました。

今度の記事は、その記者が書かれたのではないと思いますが、
ついその人の顔を思い出してしまいます。

私は、1日1善を目指していて、
夜寝るとき、きょうは何か良いことをしたかなと思い起こしています。
先週の金曜日のゴミ出しのとき、
夫の弟のお嫁さんが、ゴミではない袋を持っていました。
お嫁さんは民生委員をしていて、その日が誕生日の1人暮らしのお年寄りに
パンを焼いてお祝いに持ってゆくところと聞きました。

私のように「1日1善」と振りかぶらないで、
ごく自然に人のために動いているお嫁さんを見直しました。
影響された私は、奥さんが入院して1人で暮らしておられる近所のお年寄りに、
今朝、ヒジキの煮物をお届けしました。

きのうの父の日、
娘たちに代わって私が父親の労をねぎらいました。
温泉大好きの夫のために、大分県まで出かけました。
午後2時に家を出て、帰ったときは夜10時を回っていました。
行きの疲れを温泉でとって、帰りのドライブでまた疲れました。

今朝、西村元市長が亡くなりました。
夫と私が、市の職員だった頃は立場が大きく離れていましたが、
夫が市長になって以来、色々と相談に乗ってくださいました。

西村元市長は、お酒が大好きでした。
夫と一緒にお見舞いに行った時、病室の机の上に酒の瓶が置かれていました。
お酒が飲める元気に安心したのですが、
その後、私が1人でお見舞いに行った時、酒瓶が消えていたので心配していました。
心配が現実になってしまいました。
天国で酒を飲みながら、佐賀市政を見守ってくださるでしょう。

2011年6月13日(月)

先週の金曜日から雨が続き、
土曜の夜から日曜日にかけて激しくなりました。
家の近所の川も増水して、夫は心配していましたが、
被害は出なかったようでほっとしていました。

佐賀とハワイを行ったり来たりして暮らしている友人が
またハワイに行くというので、友人数人で食事会をしました。
会場のレストランに珍しいアジサイがありました。
普通のアジサイは横に広がりますが、
そのアジサイは上におおきく伸びて高さ2メートルもあり、
美しい白い花が咲いていました。

見とれていると店の方が、
挿し木にするように枝を切ってくださいましたので、
土曜日の雨の合間に自宅の庭や鉢に10本挿し木しました。
根付いたら友人にも分けてあげようと思います。

アジサイの挿し木をしているとき、
庭のサカキに白い花が咲いているのに気がつきました。
サカキに花が咲くことを知りませんでした。
甘すぎるほどの香がしていて、ハチやチョウチョが集まっていました。
夫はサカキの花を知っていました。

 

きのうの日曜日、耳の不自由な方の全国大会が佐賀市で開かれました。
大会で挨拶する夫は、2日間佐賀市の職員から手話を習い、
前日の土曜日の夜、私と娘を前に仕上げの練習をしていました。
直立して手話をする夫を見ながら、
この人は何事も真面目にする人だと、つくづく感心しました。

雨続きだったので、押入れの整理をしました。
友人が「1日1捨」の気持ちで家を整理していると言っていましたが、
押入れの中は、何年も着たことがなくて、これからも着ることもない洋服や
使わない皿などの焼物、飾り物、置物、カバンなどがごろごろしていました。
使わなくても思い出があると捨てにくいものですが、
絶対に使わないものを思い切って捨てると、押入れがすっきりしました。

2011年6月6日(月)

庭のスノーインサマーがやっと咲き始めました。
例年5月の中旬には満開になり、
綿のような花が、雪が木の枝に載ったように広がります。

珍しい花なので友人に見においでと声をかけていたのに、
今年は何時までたっても咲きませんでした。
4月に雨が少なかったので咲くのが遅れて
5月の下旬の雨を受けて咲き始めたようです。
名前どおりなら夏の花のはずですが、
季節はずれになったらしく例年より花の数は少ないようです。

 

先週の金曜日、本庄の歩こう会に参加したとき、
出発前のラジオ体操をする本庄公民館で
ツバメの巣で子ツバメが育っているのを見ました。
見えたのは3羽でしたが、5羽くらいいるのでしょうか、
親ツバメがせっせと餌を運んでいました。

ツバメの子育てに感動しましたが、今朝の新聞に、
父親が赤ちゃんをベビーバスに沈めて殺した事件が載っていました。
「人間らしさ」とは、残酷、無責任、自分本位、という意味なのかと
思ってしまうような世の中になってしまいました。

 

きのうの日曜日、私の住む地域の子どもたちが廃品回収をしました。
雨なので、中止だろうと思っていましたが、
子どもたちが家々を回る音がしたので、急いで一升瓶や、新聞、古着を揃えると、
夫が、雨なので子どもに持たせるのは可哀想と1輪車で集積場まで運びました。

帰ってきた夫が「子どもたちは明るくて可愛い合羽を着ていたが、
自分が子どもの頃は、雨合羽はなくて、
大人はムシロの蓑を着て竹の子の皮で作った笠を被っていた」と話しました。
私は雨合羽はあったような気がします。
生まれた年が4年違うと、こうも違うのでしょうか。

きのうは雨でしたので、家の中で出来る仕事をしようと、梅漬けをしました。
シソを栽培している人から10束のシソを買い求め
枝からシソの葉を1枚1枚千切って塩もみをしてアクを抜きます。
このあと、1週間前に梅を塩漬けした瓶に
梅とシソを順番に重ね合わせて漬けてゆきます。
午前9時から午後3時までかかりました。

本を読んでいた夫に手伝ってもらおうと思いましたが、
パソコンを使って仕事をはじめたので、声をかけられませんでした。
はじめ3女が手伝ってくれていましたが、
朝の内、雨が降っていたので、犬のマックスを散歩させていないのに気付いて
マックスと散歩に出てしまいました。

   

きょうは、朝から梅雨を忘れさせる晴れ間が出ました。
玄関のマットまで洗う大洗濯をして、
家の隅々まで熱いお湯で拭き掃除しました。
年末張り替えた青畳は乾いた布で拭きました。
これで梅雨の長雨になってもカビが生えないかもしれません。

雨が降っても、天気が良くても忙しいのが主婦です。
家族の手伝いを期待出来ない孤独な仕事ですが、
やり終えたあとのさっぱり感は
梅雨の晴れ間のように爽やかです。

2011年5月

2011年5月31日(火)

先週は雨が降り続き、
台風2号が接近してきたので、麦への影響が心配でした。
台風の風の影響はありませんでしたが、
今朝、近所の農家の人に聞くと、麦の色が黒ずんできたそうで、
今年は、黄金色の麦秋は期待できないかもしれません。
その農家の人は麦の粒には影響はないと言っておられました。

ドクダミ草の白い花が庭の地面を彩っています。
ドクダミ草は、匂いはきついものの、花は可憐です。
毎年この花が咲くころ梅雨入りします。
子どもの頃、乾燥させたドクダミ草の葉を煎じて飲まされました。
あせもなどから、皮膚を守るためと教えられましたが、
おいしいものではありませんでした。

 

ナンテンの白い花は、もうすぐ満開です。
花は白く、実は赤いので、紅白の縁起のいい木と思っています。

 

庭のジュンベリーの実が赤く色づいてきたので、
雨が止んだら採ろうと思って、きょう庭に摘みに出ると、
ほとんど鳥に食べられていました。
例年、鳥に食べられるサクランボが今年は無事だったので、
油断したのがいけませんでした。
きのう摘んでおけばよかったと、悔しい思いをしています。

 

東京に出張していた夫が
きのうの夕方帰ってくるなり、ホタルを見に行こうと言い出しました。
ホタルが居ないと思っていた、夫の実家の近くの水路に
ホタルが沢山居ると聞いたからです。

なぜか夫はホタルが大好きで、
思いがけない所で飛んでいるホタルを見つけて嬉しそうでした。

夫は東京で会った富士町出身の80代の方から、
あなたのブログを読んでいますと言われたそうです。
思わぬ方が読んでおられることを知って、
ホタルの写真を見せてあげたくなったようで、
私にホタルの写真を撮るように言いました。

ホタルの写真は素人には撮れないようです。
全く写りませんでしたので、
きょう水路の写真だけ撮ってきました。

 

日曜からきのうの月曜にかけて
夫は東京に出張して留守でした。
娘たちも仕事で家にいませんでしたので、
私は「さあ羽根を伸ばすぞ」と張り切りましたが、
日曜の朝、夫を送り出すと、すぐ小梅漬けをはじめました。

これで羽根を伸ばす決意がどこへやらに行って、
細いタケノコを茹でて冷凍、
新タマネギを使ったタマネギドレッシング作り、
ニンニクの醤油漬けなど、保存食作りに追われました。

きのうの月曜日は、天気が良くなったので
梅雨に備えての家の整理、冬物の洗濯などをしました。
2日間、家事を張り切ってしまいました。
夫が居なくて家事はさばけましたが、羽根は縮んだままです。

2011年5月23日(月)

初夏のこの季節、庭に咲く花が毎週変わります。
先週はエゴの木の花が満開でしたが、
今はミルキーウェイとサラサウツギが満開です。いずれも白い花です。
ミルキーウェイは、
緑の葉の垣間に見える4枚の白い花びらがとても清楚です。

 

 

先週、夫が壱岐で開かれた九州市長会に出席したとき、
夫人の同行が慣例になっているので、私も壱岐に行きました。
車窓から見える麦畑が、初夏の太陽に輝いていました。
麦のほとんどが焼酎になるそうです。
美味しい焼酎ができそうな麦の輝きでした。

佐賀に帰ってくると、こちらも麦秋が広がっていましたが、
きのうからの雨の重さで倒れそうな麦もあります。心配です。

 

先週の月曜日と火曜日、
高校の体操部の同窓会が、古湯温泉でありました。
中には48年ぶりの再会に手を取り合った先輩もおられました。

私は城南中学3年のとき、体操部長をしていて
佐賀県の大会で、団体と個人の平均台で優勝しました。
それで佐賀高校の体操部に誘われて入り、
1年生のとき、先輩と一緒に高知で開かれた国体に出場しました。

国体で私は平均台から落ちて、あとの演技が続けられずに
先輩に大変迷惑をかけました。
当時尊敬し憧れていた先輩たちは今も優しく、
私の大失敗の思い出を、楽しく語り合うことができました。

当時3年生だった先輩2人は体育の教師になられたので、
私のように太くならずに、
今も、背筋がピンと伸びた、均整のとれた体をしておられました。
一緒に温泉に入って、その後の人生の違いを思い知らされました。
私も体育の教師になりたかったのですが、ちょっとした手違いがありました。

夫は、今週から来週はじめにかけて、熊本、北九州、東京に出張します。
まだ夏を迎える衣替えが残っているので、
留守の間に、家の片付けをしようと思っていましたが、
どうやら雨模様の天気が続きそうです。
夫の留守の日々、毎朝空を見上げることになりそうです。

2011年5月16日(月)

家の南側の庭は新緑に包まれていますが、
その中のエゴの木の花が満開です。
スズランのような小さな花が春の陽ざしを受けて輝いています。

このエゴの木は、
夫が市長になって、野山に出かける時間がなくなったので、
ストレスを癒そうと植えた木です。
夫がゆっくり庭の木や花を楽しむ時間があればいいのですが。

 

北側の玄関先の庭では、
パティオクレマチスという、薄ムラサキの花が満開です。
この花は、昨年、友人から頂いたものです。
咲いた花を見るたびに、木や花を植えたときのことを思い出します。

 

孫が帰って1週間になりました。
忙しくて疲れましたが孫が居なくなると家の中が急に淋しくなります。
母の日のプレゼントの花が届きました。
娘が贈ってくれた花ですが、見ていると孫を思い出します。

近所に住んでおられる80代のご夫婦に
2週間に1回くらい、料理を1品お届けしていましたが、
奥様が入院されました。

男性1人が残されて食べることに困っておられるだろうと
今朝、グリンピースご飯を届けました。
奥様の病気を心配しておられる話を聞いていると、
妻を思う夫の愛に、思わず涙が出てきました。
早く退院して私の料理を食べてもらいたいです。

土日の週末、夫はあちこちの行事に出かけて家にいませんでした。
ちょうど天気が良かったので、
冬物を仕舞って、夏物を出す衣替えができました。
季節の変わり目の忙しいとき、夫が居ないほうが助かります。

佐賀中学、佐賀高女、佐賀高校の
体操部のOB、OG会がきょうから1泊で古湯温泉であります。
同窓会は、孫や病気の話が多くなりますが、
青春時代、躍動していた人たちですので、
元気な話が聞けると楽しみです。

2011年5月9日(月)

畑の満開の矢車草を見ると、母を思い出します。
矢車草は、華やかさはありませんが、穏やかな優しい花で、
14年前に亡くなった母のようです。
母は厳しいときもあるけど優しくて、ちょっぴりお酒が好きでした。

この矢車草は、10年位前、夫が種を蒔いてくれました。
私が母を思い出すために蒔いてくれたのか、
自分が矢車草を好きなので蒔いたのか、いつか聞いてみましょう。

 

大型連休は、横浜の孫たちが帰ってきました。
疲れもしましたが、楽しい9日間でした。

日頃わが家は私たち夫婦と娘2人ですが、
2人の孫と、その両親が加わり8人になりました。
毎食、8人分の食事を用意してテーブルの上はあふれるばかりになります。
孫と遊ぶのは夫と長女、買い物と料理つくりは私と次女などと役割ができて、
まるで合宿状態でした。

3日は、7人で熊の川温泉に泊まりました。
小さな宿でしたので、他のお客さんは少なく
露天風呂で孫たちがプールのように楽しんでいました。
料理つくりに疲れた頃だったので、私にはいい休養になりました。

翌日の4日は、北山ダムとワラビ採りに行きました。
夫は孫たちにワラビ採りをさせたいと言っていましたが、
ワラビがたくさん生えている山に着くと、
自分が子どものように夢中になってワラビを採っていました。
孫たちも始めてのワラビ採りは楽しかったようです。

ワラビは重曹であく抜きをして、さっと油炒めして食べました。
夫はワラビ採りもワラビを食べるのも大好きです。
私はあとの料理が大変です。

 

夫は連休の前半は公務に追われていましたが、
後半は孫たちとたっぷり遊ぶことができました。
小学校3年生の晴輝は、おじいちゃんが大好きなのでしょう。
夫が言う事は良く聞きます。
毎朝、ラジオ体操に行く夫が「晴輝、行くぞ」と声をかけると、
眠いのを我慢して8日間欠かさず夫とラジオ体操に行きました。

夫は、幼稚園年長組の咲英に自転車乗りを教えて、
最初は補助車付きだったのに、
帰る前には、補助車無しで乗れるようになりました。
咲英は大喜びで、みんなに「自転車に乗れるようになった」と
うれしそうに報告していました。

夫が孫と遊んでいる間、私は食事つくりに追われましたが、
夫が仕事に出た6日は、本庄の歩こう会に晴輝を連れて参加して、
はじめてゆっくり孫と遊ぶことが出来ました。

佐賀城周辺の5キロを1時間半歩く間に、花の名前を教えました。
途中のシャボン玉公園で遊びましたが、
晴輝が「どうしてシャボン玉公園というの」と聞きました。
私が答えられないと、歩こう会に参加した人たちに聞いていましたが、
誰も知りませんでした。
楽しい1時間半でした。

5日のこどもの日は、庭でバーベキューをしました。
夫と娘婿の男たちが準備をして孫たちが手伝いました。
孫が肉を焼いて「おばあちゃんどうぞ」と手渡してくれました。
食事はみんなに食べさせることばかり考えて
私はどこに食べたか分からないくらいでしたが、
この日はゆっくり食べて、ビールを飲みました。

孫たちは赤く色づいたサクランボを採って食べていました。
例年、サクランボは鳥たちに食べられてしまいますが、
今年は孫に食べさせることが出来ました。

 

孫たちは7日の土曜日の最終便で帰って行きました。
佐賀空港で見送るとき、涙が出そうになりました・・・・・・。
晴輝も我慢していたらしく私たちの姿がみえなくなってから
「帰りたくない・・・・・・。」と大泣きしたそうです。

普段わが家の4人が一緒に食事することはあまりありませんが、
孫たちが居ると、みんな外出も控えて、8人が一緒にいました。
孫たちのおかげで家族の絆が強くなったような気がします。

2011年4月

2011年4月28日(木)

きょう(28日)は快晴の素晴らしい春の陽気になりました。
次々と咲く花、日に日に濃くなる緑、
なんて美しい季節なのでしょう。

家の南側の庭に、チャンチンという木があります。
ピンクの葉と、周辺のカエデなどの緑、
青い空との調和が絶妙です。

 

チャンチンの木の根元のツツジは満開です。
例年春の彼岸ごろ咲くキンセンカは、寒かった今年は今が満開です。
ストロベリーキャンドルの花も満開です。
イチゴのような食べたくなる花です。

 

先週風邪をひき、21日の夜から熱が出ました。
16日の後援会の総会まで忙しかったので、
友人との会合や食事の約束は待ってもらっていました。
待ってもらっていたので、風邪で休むわけにもいかず
無理して出席するので、いつまでもよくなりません。

22日の朝、熱があったのですが、
頑張って起きて、夫の弁当を作りました。
夫は、私が熱があるのに気がつかず、
咳が出始めてやっと風邪をひいた事に気がつきました。

「病院に行ったか、夜は早く寝ろ」とは言いますが、
私が忙しくて、病院に行けないことも
夜早く寝ることもできないことに気がついてくれません。
「早く寝ろ」が夫なりの優しい言葉なのでしょうか。

23日の朝、少しよくなったので
市役所の退職者の総会に出て、又悪くなりました。
夕方家に帰って食事の用意だけして奥の部屋で寝ました。
私が寝ていることに気がついた夫は、
娘に「モグラが寝ている」と話したそうです。
どうして私がモグラなのでしょう。

23日の夜早く寝たので、
24日の日曜日、やっと風邪は治りました。
風邪をひいたら体を休めることが1番ですね。
無理してお付き合いした結果、風邪をうつした人もいました。
ごめんなさい。

元気になってくると、ハラを立てる元気も出てきます。
みんなが東北を支えているときに、
政治の混乱はどうしたことでしょうか。
こんなとき、政権争いをしていると、世界の人から笑われ見放されます。

大型連休が始まるあす、横浜の孫が帰ってきます。
きょうは、布団を干して、掃除をして待ちます。
夫は連休の前半は公式日程で埋まっているようですが、
後半は、孫と遊べる時間がありそうです。
山に連れて行って、ワラビ採りをしようと張り切っています。

私も孫と遊びたいのですが、
親子4人で帰ってきますので、こちらの4人と合わせて8人です。
結局8人の食事つくりで終るでしょうけど、
あす孫の顔を見るのが楽しみです。

2011年4月21日(木)

朝、夫を送って玄関から庭に出ると、
ハナミズキの白、ツツジのピンク、ボタンの赤、色とりどりの花と
モミジやナンジャモンジャの新芽の新緑に包まれます。
風邪気味で体は重いのに、心は春のように軽くなります。
東北の人たちにこそ、この安らぎが必要なのですが、叶わぬ夢です。

 

 

16日に大和町今山のチューリップ祭りに招かれました。
地元の老人会の方たちが育てたチューリップは
ほぼ満開で、美しく咲きそろっていました。

地元の方とは、毎年お会いします。
そのたびに、手づくりのお漬物などを下さるおばあさんがいらっしゃいます。
夫が漬物が大好きなので有り難く頂きます。
今年は、タケノコとワラビの煮物もいただきました。
「あんたに1年1回会うのが楽しみなのよ」と言っていただき、
恐縮するばかりです。

 

17日の日曜日に私の住む地区の川掃除がありました。
春と秋の2回の川掃除の日は、
夫は俺の出番だと掃除の先頭に立ちます。

朝の5時過ぎには起き出して、掃除道具を揃え、
新しく買った草刈機を持って胴長を着て川に入ります。
川掃除は10時過ぎで終りますが、
夫はさらに残って1人で泥をあげていました。
黙々と地域の清掃をする夫は尊敬に値します。

 

18日19日と佐賀市立富士大和温泉病院で
夫や知人と一緒に人間ドックを受けました。
毎年大腸がんの検診が痛いのが恐怖でした。

夫が大腸がんの検査を受けているとき機械が壊れ、
夫は少し痛い思いをしたそうです。
私の大腸がんの検査は翌日でしたので、
壊れた機械に代わって最新式の新しい機械が入っていました。
お陰で全く痛みがありませんでした。
私が毎年「痛い、痛い」というので、
お医者さんが練習してくださったこともあるようです。

検査結果は問題はありませんでした。
ただ3キロ体重を落とすように言われました。
夫も大きな問題はありませんでしたが、
肝臓がフォアグラ状態だそうで、ご飯の量を減らすように言われていました。

16日に夫の秀島敏行後援会の総会を開きました。
総会の準備で1ヶ月余り慌ただしくすごし
体も心も疲れましたが、総会は無事終りました。
大勢の人が準備と運営に関わってくださいました。
ありがとうございました。
終ってほっとしたのでしょうか、以後、風邪気味です。

春の大型連休に横浜の孫が帰ってきます。
小学校3年生と幼稚園の年長組です。
孫たちは地震にあまり怯えていないようですが、
娘は落ち着かない日々をすごしているようなので、
わずかな間でも安げるようにしてやりたいと思います。

2011年4月5日(火)

庭の花が次々と満開になっています。
今は、桜に似たカイドウの花が美しく咲いています。
カイドウは、30年余り前に家を建てたときに植えました。
娘が、私のお腹に居たとき引越しをしました。
カイドウの花を見ると、3人の娘を育てた楽しい頃を思い出します。

 

東日本大震災のニュースを見ると気持ちが沈みます。
見ないでおこうと思っても原発がどうなるか心配でつい見てしまいます。

家に引きこもっていることが多いのですが、
少しは明るくなろうと、毎週金曜日の本庄の歩こう会には参加しています。
先週は暖かい天気に恵まれ、桜や菜の花が美しく咲いていました。
しかし歩きながら花を見るよりも、東北の被災地に思いがゆきます。

明るくなりたいとの思いは皆さんも同じで
1時間半歩いたあと、城内の花の下で花見をしました。
今年の桜は、ピンク色が少なく白っぽく見えるのは私の心のせいでしょうか。

男の人たちはビールを飲んでおられましたが、
花見どころではない被災地の人たちを思い出して
盛り上がらない花見でした。

 

土日の週末、夫はチューリップ祭りや桜マラソンなど、
花にちなんだ行事に参加しました。
例年は、私も一緒に出かけるのですが、
今年は外に出る気にならず家にこもっていました。

家に居ると、ニュースを見てしまいます。
自らも家が被災して、震災後1度も家族に会わないまま
不明者の捜索に当たっている人をニュースで見て胸が痛みました。

それでも、懸命に頑張る人たちの努力で、
少しずつ瓦礫に埋まった街の整理が進み、
学校も次第にはじまるようになっています。
人の力は凄いとも思いました。

市役所で仲良くしていた人が突然亡くなりました。
知らせを聞いたとき、驚きで心臓が止まりそうでした。
48歳、若すぎる、私はしばらく立ち上がれませんでした。

市役所の卓球部で指導していただいた穏やかな人でした。
お父さんが早く亡くなり、
病弱なお母さんと妹さんの面倒を見ておられました。
バイクを1人走らせて旅をするのが好きで、
大分の温泉に泊まっていて急死されました。

今年に入って、私は大切な人を次々と失っています。
東北に心が痛み、身近な人を失って落ち込み、
今年の春は、私には春ではないようです。

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