2010年4~6月のぼやき

2010年6月

2010年6月28日(月)

1ヶ月前、知人からアジサイの鉢植えをいただきました。
どんな花が咲くか分からないと言われましたが、
大きな花びらのアジサイが咲きました。
見たこともない珍しいアジサイで、
玄関先で雨にうたれる薄紫の花びらが
梅雨のうっとうしい気分をなごませてくれます。

 

それでも家の中は湿気でベタベタです。
カビが生え蟻などの虫が入ってきますので、
今朝、仕事が休みの3女と一緒に掃除をしました。

3女が掃除機をかけ、私が熱いお湯で廊下を拭くと
廊下が久しぶりにさっぱりしました。
シャワーで汗を流した私もさっぱりしました。

毎週金曜日は、本庄ウオークに参加していますが、
先週は雨模様で4人しか集まらなかったので中止になりました。
私はせっかく出てきたのだからと、
1人で傘をさして佐賀城の濠端を歩きました。

大勢で話しながら歩くのも楽しいですが、
1人ですと、いろんなことを考えながら歩きます。
悩んでいること、迷っていることなどの考えがまとまります。
考え事をするのは歩くのが1番と気がつきました。

全滅した佐賀城の濠のハスを再生させようと
ハスの苗を植えた場所にさしかかると、
外来種の亀が入らないように網で囲って苗を植えたところに、
ハスの葉が顔を出していました。

網で囲わないところはハスの葉は見えません。
ハス全滅の原因は、やっぱり外来種の亀だったのでしょうか。
ハスを再生させようというみなさんの努力が実り、嬉しくなりました。

 

さらに歩いていると
カッパを着た高齢の女性が手押し車を押して歩いておられました。
私が「雨の日に歩かれるのは大変ですね」と声をかけると、
「人に慰められるのは好かん」と叱られました。

その方は、1年半前に大腿骨を骨折して手術を受けられたそうです。
手術のあと医師が「車椅子の生活になります」と言ったので、
「ヤブ医者めー、何を言うんだ、車椅子に乗らずに歩くぞ」と決意して
毎日、雨の日も風の日も歩いているそうです。

90歳を越えておられるように見え、
はじめは、「可愛くないお年寄り」だと思いましたが、
「親からもらった体は大切に守りぬく」と言われる気丈な方に学んで、
私も金曜日は必ず歩いて、足腰を守ります。

夫は土日に、佐賀海苔の宣伝に東京のデパートに行きました。
土曜の夜横浜に住む2女に、
「あす、日本橋の三越に行くと会えるよ」と伝えると
娘たち親子4人で日本橋まで出かけました。

夫は宣伝活動をしながら、孫に似た子がいるなと思っていると
「おじいちゃん」と声をかけられ、はじめて孫と気付いたそうです。
横浜から日本橋まで片道1時間以上かかり、
会えたのは30分程度だけでしたが、夫は、孫に会えたことと、
半日がかりで会いにきてくれた4人の気持ちが嬉しかったようです。

夫が夕方東京から佐賀空港に着いたとき土砂降りの雨でした。
私が佐賀空港まで車で迎えに行くと言いましたが、
佐賀空港往復はバスに乗ると決めている夫は
私の提案を拒否してバスで帰ってきました。
結局、博物館前の停留所で夫を迎えましたが、
空港まで迎えに行っても時間はそんなに変わりません。

ワイパーも効かない土砂降りの嵐で
水があふれている道路を運転しながら、
バスを守るという夫の執念に尊敬の念を持ちました。

2010年6月22日(火)

庭で咲き始めたギボウシとアバカンサスのうす紫の花が、
今朝、久しぶりに顔を見せたお日さまに輝いていました。

 

畑ではキュウリがボツボツ収穫の時期を迎え、
ナスやトウモロコシもぐんぐん育っています。
これから畑に入ることが増えますが、
夫が近くでマムシやムカデを見たというので長靴で防ぎます。

 

建物の壁に朝顔などのツルのある植物を這わせて
自然の力で、室内の温度を下げる試みがあちこちで行われています。
佐賀大学の近くのアパートを借りている後援会事務所を
緑の壁にしたいと、朝顔を並べて植えようと思いましたが
事務所の下の1階の方に迷惑をかけるのであきらめました。

しかし、壁とまではいかなくても緑を増やそうと
2階への階段にゴウヤを2本植えました。
花より団子という食いしん坊の意見に押され、
朝顔がゴウヤになったのです。

夏になると、燃えるゴミの中の生ゴミの臭いが強くなり、
カラスが臭いを嗅ぎ付けて集まってきます。
数日前の私の集落のゴミ収集の日に
カラスがゴミの中から強い臭いを出すイカを引き出していました。
私が散乱するイカを袋に入れて、ゴミ置き場に戻しましたが、
カラスは網の隙間から、イカの入ったゴミ袋にくちばしを入れてまた引き出しました。

私は石を投げてカラスを追い払いましたが、
カラスは近くの電線にとまって私が去るのを待っていました。
いつまでも睨みあいを続けることができないので、
私が網の上からシートを被せるとあきらめて飛び去りました。
いつか復讐されるかもしれません。
夏は、ゴミをめぐるカラスとの闘いに疲れます。

夫は議会中は疲れてイライラすることもありますので
私は言いたいことがあっても我慢します。
議会漬けで外に出られない夫のために毎日せっせと弁当を作ります。
議会はもうすぐ終り、わが家のお山の大将は平等社会に引き戻されます。

父の日に、夫は横浜の次女からシャツを贈られました。
ちょっとモダンなシャツで大きさもぴったりです。
夫は早速着てみて散歩に着て出られそうと喜んでいました。
しかしシャツは半そでに半パンです。庭に出と蚊に刺されるかもしれません。
部屋着になるでしょう。
夫は私がプレゼントしても反応はいまいちですが、
娘からの贈り物は何でも喜びます。

2010年6月14日(月)

先週のはじめ、目が赤くなって涙が出るようになりました。
目の周辺の顔面がピリピリします。
ちょうど4年前の同じ時期にも全く同じ症状があって
ヘルペスと診断され入院しました。

さあ大変だと診察を受けるとヘルペスでした。
今度は早く治療を受けたので入院することもなく、もうほとんどよくなりました。
4年前も6月のはじめでした。
季節の変わり目で、体調が崩れると、
潜んでいる水痘ウイルスの活動が活発になるのでしょうか。

夜、夫は「早く寝ろ」といいますが、
夕食の後片付けをして風呂に入ると11時を過ぎます。
ひと息入れる時間もほしいので寝るのは0時を過ぎます。
昼間、無理をしないようにしています。

土曜日の夕方、佐賀の食・ほとめき祭に行きました。
白山アーケード街は、人で埋まっていました。
35年位前の銀天夜市のようでした。

有明海特産のメカジャ、ムツゴロウが無料でふるまわれた他、
佐賀牛、三瀬鶏、エツなどの料理、
佐賀のお酒などが安く売られていました。
佐賀の中心街がいつもこんなに賑わうと嬉しいのですが。

 

 

日曜日の午前中、夫は
自宅近くの川に入って、雑草のコモ抜きをしていました。
今の内に抜いておかないと根付いて取れなくなるようです。
半長を着て、ただ1人、黙々と川の草を取る夫を尊敬しています。
市長の仕事はほとんど休みのない忙しい日々です。
妻としては体を壊さないでほしいと願うばかりです。

川掃除を終えた午後はひと休みしてほしいと思ったのですが、
4年前に植樹した富士町の山がどうなったか見たいと言い出しました。
私もヘルペスがよくなったので、一緒に行きました。

4年前、私は植樹に加わりませんでしたが、
子ども連れの人たちなどがハゲ山に植樹する映像を見ました。
そのハゲ山がジャングルになっていました。
森や林は、樹木が整然と植わっている姿が頭に浮かびますが、
色々な木がゴチャゴチャに成長していました。
森作りの先生によりますと、これが自然の森なのだそうです。

 

せっかく、山のほうに出かけたので、
相知の見帰りの滝、大和のショウブ園などを回りました。
アジサイ、花ショウブ、雨と調和する花が見ごろでした。

 

蒸し暑い梅雨は体調管理が難しい季節です。
みなさまも、無理をしないで乗り切ってください。

2010年6月7日(月)

カードを巡って大騒ぎが相次ぎました。

きのう夫が車にガソリンを入れようとすると
カードの期限が切れていて入れられませんでした。
私がカード会社に電話すると、
名義人本人が電話しないと申込書も送れないと言います。
カードは不便だと思いました。

きょう娘が近所のスーパーでポケットの財布が無いのに気がつきました。
落としたのだろうかと、来た道を探しながら家に戻りましたが見つかりません。
財布にはカードがたくさん入っていて悪用されると大変なことになります。
娘がカード会社に連絡している間に、私がスーパーに探しにゆくと
公衆電話のボックスに娘の財布がありました。
財布の現金は見事に抜き取られていましたがカードは無事でした。
ん・・・・カードのほうが安全なのかなと思いました。

6月5日の土曜日は
夫は1日中、時間刻みで色々な行事に出席して、
超多忙でした。

6日の日曜日は、自由な時間がとれたようで、
夫は畑の草取りをしていました。
雑草に埋没していたトウモロコシが顔を出して夏の陽ざしを浴びていました。
夫はトウモロコシが大好きです。
大きく育つまでに、治療中の歯が良くなることを願っています。
友人が、オクラが大好きと言っていたので、
畑の隙間にオクラを植えてもらいましょう。

畑仕事は夕方終ったので、温泉に出かけました。
帰りにホタルを見ました。
夫はホタルを見るのが好きです。
いつも、ホタルの育つ環境を後世に残さなくてはならないと言っています。

庭のスノーインサマーが満開です。
名前どおり、夏の雪のような花です。
アジサイもそろそろ満開です。
梅雨が近づいていることを感じます。
議会と大雨への備で夫は忙しい時期です。
不順な気候ですので、体調管理に気をつけます。

 

2010年5月

2010年5月31日(月)

庭の木が生い茂って雑木林のようになっています。
陽が射さなくて困るのか、日陰が多くなるのを喜ぶのか
考え方はそれぞれですが、
手入れをしないと毛虫などが増えるようです。
夫は枝の剪定をしたいのですが時間がなくてイライラしています。

そんな庭で、ジキタリスの花が満開です。
白や淡いピンクのラッパのような花です。
サラサウツギの白い花も満開です。

 

ジュンベリーの赤い実も実ってきました。
ブルーベリーに似た味で食べられますが、
鳥があまり食べないのでおいしくないのでしょう。
いつも梅雨前に庭を彩ってくれる花や実で、
天候がおかしい今年ですが、ちゃんと顔をのぞかせてくれました。

 

佐中、佐高女、佐高の体操部の同窓会が
5月20日から23日にかけて神戸で開かれたので出席しました。
佐賀からの7人をはじめ、東京、関西、福岡などから
合わせて20人くらいが参加しました。
当時の体操部は男子が多かったので
出席者も男性が半数を越えていました。

佐賀高校はその後、西、北、東の3つに分かれ、
私は最後の佐高体操部員で、後輩はいませんので、
私が最も若く、最高齢は80歳の男性でした。

皆さん体操をしてきた人たちですから
80歳の方も背筋が真っ直ぐ伸びて、
他の方もすっきりした体で元気な方ばかりでした。

私ははじめてお会いする先輩がほとんどでしたが、
体操の思い出話に花が咲きました。
当時の佐賀県の体操は佐賀高校が最も強く、
卒業後、オリンピックの候補選手になった人や
海外でオリンピック級の選手を指導した人など多彩ですが、
思い出話は失敗談がほとんどでした。

私は中学のとき、平均台で佐賀県で優勝し、
佐賀高校1年の時国体に出て
平均台から落ちて泣いた話などをしました。

体操部員どうしの実らなかったロマンスなど
今だからこそ話せる話も出て楽しい同窓会でした。

同窓会の期間中、夫はたまたま出張になりましたが、
私は夫が市長になって以来、
2泊も1人で家を空けたのははじめてです。
留守を守ってくれた娘たちに感謝します。

5月はいろんな用事があったので、
毎週金曜日の、本庄ウオークに参加できない日が続きましたが
28日に今月はじめて参加できました。
緑の中を5キロ歩き、元気に歩ける歓びを感じました。

今朝出勤前、夫が突然、「きょうからクールビズ」と言いました。
半そでのシャツを用意していなかったので
長袖のシャツにネクタイをせずに出かけました。
涼しい服装というのであれば、
ネクタイより、上着をとったほうがいいと思のですが。

2010年5月19日(水)

わが家の庭はヤマボウシとエゴの白い花が満開です。
エゴは高さ3メートル余りの大きな木ですが、
花は草花のスズランに似た小さくてかわいい花です。
ヤマボウシは夏になるとイチゴのような実がついて
食べることができることを今年はじめて知りました。
花が散ったあとの楽しみができました。

 

9日の母の日、
娘からバラの花を贈られました。
「お母さんいつもありがとう」というメモが添えられていました。
いつも私に反発していても、心の中では愛してくれているのだと思うと
胸がキュンとしました。

 

14日と15日に嬉野市で開かれた九州市長会には
市長夫人35人が同行して集まりました。
夫たちが会議を開いている間、嬉野の窯元を見学させていただきました。
佐賀の焼物は有田や伊万里が有名ですが、
嬉野にも吉田焼という立派な焼物があることを知りました。

16日の日曜日、
夫が公務を終えた午後3時過ぎになって
阿蘇の仙酔峡にミヤマキリシマを見に出かけました。

仙酔峡に近づくと帰りの車は珠数つなぎで、
逆の私たちの車はすいすい走れました。
駐車場の人に聞くと「午後3時ごろまでは身動きできなかった」そうです。
着いたのは午後6時ごろでしたがまだ明るく、
満開のミヤマキリシマの美しさに感動しました。
夫の仕事の都合がありますので、花を見に行くとき、いつも旬を逃してきましたが、
今回はじめて満開の花に出会えました。

 

帰りに阿蘇の温泉に入ったあと暗くなった空を見上げていた夫が
「なんだあれは」と声をあげました。
夫が指差した三日月の上で金星が輝いていました。
キラキラという輝きがそのまま見えました。
三日月のちょうど上にあることも珍しいのに、
阿蘇の澄んだ空気の中で見る金星の輝きは
息をのむような美しさでした。

家に帰り着いたのは深夜でしたが
疲れを感じるどころか日頃の疲れを忘れていました。
素晴らしい1日でした。

2010年5月6日(木)

庭はナンジャモンジャが散りはじめ
代わってシャクヤクの赤い花と
ジャーマンアイリスの白とムラサキの花が主役です。

 

4月の29日に友人のオープンガーデンに出かけました。
数知れない花や山野草、樹木が植えられた庭は緑がしたたるようでした。
わが家の庭をオープンガーデンしたいと思っていましたが、
草取りが苦手な私には、これほどの手入れはできません。
わが家のオープンガーデン構想はあきらめました。

大型連休を利用して横浜の孫たちがやってきました。
2人の孫はこちらに来る前にオタフク風邪にかかりました。
熱も下がり全快していたので最初の3日間は元気でしたが、
上の子は3日の朝熱が出て
翌日、休日子ども診療所で診察を受けました。

診療所が開く午前9時には着きましたが
すでに20台くらいの車が診療所が開くのを待っていました。
孫の熱の原因ははっきりしませんでしたが、孫はすぐ熱が下がりました。
幼い子を持つ親には、休日子ども診療所は神様の住む家かもしれません。

孫の遊び相手は子ども好きの私の長女です。
私はいつものように台所に立って8人の食事つくりに追われ、
孫と遊ぶ時間はあまりありません。
食事時間の前に、台所に来た孫が
「おばあちゃん、きょうのご飯はな~に」と話しかけてくるときが
一番楽しい時間です。

夫は公務の全くなかった4日に孫と遊ぶのを楽しみにしていましたが、
この日孫が熱を出しました。
そこで夫は家の畑仕事や草刈り、近所の神社の草刈、川掃除に追われていました。
夫は気になっていたことが片付いたと喜んでいました。

4日に孫と遊べなかった夫は、
5日の朝、熱が下がったばかりの孫を
近くの川に連れ出して、メダカやカメなどを取りました。
水に濡れた孫が、また熱を出さなければいいがと心配しましたが、
孫とジイチャンはいい思い出ができたでしょう。

 

午後は弁当を持って公園に行き、温泉に入りました。
3世代6人、みんな温泉が大好きです。
連休の最後はお湯につかって疲れを癒しました。

大型連休中の2日に夫の父親の13回忌の法要をしました。
佐賀、東京、大阪、などから親戚が集まり、
帰省中の2女夫婦と孫など20人余りが集まり義父を偲びました。

美術の教師をしていた義父は、教え子に聞くと厳しい先生だったようですが、
私は怒った顔をみたことのない優しい人でした。
ヘビースモーカーでしたので、部屋はタバコの煙に包まれ
天井は黄色くなっていました。
それでも天寿をまっとうされ、93歳で旅立たれました。

夫と同じように畑仕事が大好きで
草取りを終えた畑で
タバコをおいしそうに吸っておられる姿が目に浮かびます。

2010年4月

2010年4月28日(水)

去年10月の選挙以来、忙しい日が続いていました。
次から次にやってくる行事に追われ続けていましたが、
17日の後援会総会を終ったころから、
やっと自分の時間を取り戻したような感じがします。

この半年間インフルエンザに罹り風邪もひき足も傷めました。
最近になって疲れもとれました。
さあ、地に足をつけて夫を支え、家事にも頑張りましょう。

私を元気にしてくれた原因のひとつは春の花と新緑かもしれません。
鉢に生けたコデマリとストロベリーキャンドルは玄関先を飾り、
庭はギボウシやスズランの新緑とナンジャモンジャの白い花が
春の陽ざしに輝いています。

 

 

私の友人は春の連休期間中、オープンガーデンとして公開しています。
私もオープンガーデンにしたいのですが、
訪れた方を充分接待する時間がないのが残念です。

 

夫は歯が欠けたので、1本入歯にしました。
硬いものを食べると調子が悪そうなので柔らかい食べ物にしています。
それでも口の中が落ちつかないようです。
話す言葉もうまく発音できないと言っています。
傍で聞いていると、以前と変わらないのですが、
1本の歯に苦しんでいます。

今月30日、孫が帰ってきます。
1月前の春休みにも帰ってきましたが、
夫も私も一緒に遊ぶ時間はあまりありませんでした。
連休中予定を入れないで、近場で孫と過ごしたいと思っています。
わが家の大型連休は孫連休としたいのですが、さてどうやらです。

2010年4月19日(月)

先週は4月も半ばというのに
例年にない寒さのため体調をくずして
しまいました。

その寒さのため庭のボタンやツツジ、
ツルニチニチソウが散らずに咲いていて
とてもきれいです。

 

17日(土)は平成22年度秀島敏行後援会
総会が開催されました。
ご多忙中にもかかわらず270名の方に
ご出席いただきありがとうございました。

18日(日)は本庄町西寺小路地区の春の
川掃除でした。
夫は朝早くから起きて掃除用具を班毎に仕分け
をし、私に班長さんへの用具の受け渡しを任せて
胴長姿で草刈機を担いで川に入って行きました。

 

2010年4月12日(月)

わが家の庭や玄関先は春の花が次々と咲いています。
今、ツツジやハナミズキが満開、
ハナミズキの木の根元近くのボタンは
ピンクの大輪の花が艶やかに開いています。
ボタンは島根県に住む夫の兄が
中海の大根島のボタンを株分けしてくれたものです。
これらの花と、玄関先の紅葉の新緑が鮮やかに調和しています。

 

 

今朝は雨でした。
雨の日に縁側から庭を見ると心が落ち着きます。
しっとりとした春の庭を楽しんだあと、外出しようと玄関を出ると
ボタンのピンクの花が雨の重みで折れていました。
がっかりしましたが、花も可哀想です。

8日の木曜日、大和町今山のチューリップ祭に友人と出かけました。
2枚の畑に1万5000本のチューリップが満開で花の絨毯を見るようでした。
地元の老人会の人たちが、土を耕し、草取りをして
1年間お世話して咲かせたチューリップです。

老人会の方たちは弁当やタケノコ、ワラビ、コンニャクの煮物などを食べながら
楽しいお酒を飲んでおられました。
私と友人は、お酒だけ除いてお相伴させていただきました。
皆さん、4月にチューリップを見事に満開にさせるのが生きがいということです。

 

夫が奥歯にかぶせた金属がとれたと言っていましたが、
どうやら歯そのものが折れたようです。
夫は歯が丈夫なのが自慢で、菱や銀杏の殻をカキッと噛み砕いたり
ピーナツや煎餅をガリガリ食べるのが好きです。
しばらくガリガリ食べられないでしょう。ちょっと可哀想ですが、
歯の弱い私のことを少しは理解してくれるようになるかも知れません。

私はタケノコが大好きです。
でも体調の悪いときに食べ過ぎると
皮膚がジンマシンのように赤くなって痒くなります。
きのう首筋などが赤くなったので、
タケノコのアレルギーだと思って皮膚科に行きましたが、
お医者さんの見立ては
季節の変わりめの温度調整の不調と体質が原因のようです。
タケノコは今が旬です。食べたい、食べます。

2010年4月5日(月)

庭のジュンベリーの木の白い花が今満開です。
チャンチンという木に濃いピンクの花が咲いたと思って
よく見ると、花ではなく葉が色づいていました。
花も葉も春です。

 

先週の金曜日、本庄と北川副の歩こう会が合同で
旧佐賀線の徐福ロードを歩きました。
100人くらいの参加で、私は帰省中の孫の晴輝を連れて行きました。
徐福ロードは桜並木が続き、満開の桜のトンネルに
参加者は感激の声をあげていました。

 

晴輝は、満開の桜を見ても心が動かないようで
退屈そうに歩いていました。
しかし晴輝と同じ年齢の男の子が歩こう会仲間の
おじいちゃんに連れられて来ていて、
折り返しのチューリップ公園での休憩中に2人は仲良くなりました。
子どもには花より友達のようです。

 

帰りは2人でどんどん走って行き、
足を痛めていて追いつけない私はハラハラしました。
2人は、広い道路に出るところで待っていてほっとしました。
孫を連れて行くときは、自分の体力で孫の安全を守れるか
状況を考えないと危険なことを知りました。

夫も孫と遊ぶ時間はあまりありませんでした。
たまに一緒にいるとき、遊びながら
「8+7はいくらか」などと問題を出し、
娘に、「勉強を教えようとすると嫌われるよ」と言われていました。
しかし、晴輝と夫は、男同士で最後まで仲良でした。

その孫たちは、きのう(4日)横浜に帰って行きました。
9日間の滞在でした。帰る前日の土曜日、
「佐賀にいたい、帰りたくない」としょんぼりしていました。
孫のために一生懸命料理を作り、少々疲れましたが
「帰りたくない」の言葉を聞いて、頑張りがいがあったと思いました。

帰る日のきのうの朝は
仲良くなった犬のマックスに餌をやって別れを告げていました。
孫は、今月末からの大型連休に、
母親だけでなく、父親と一緒に又来ます。
あと1ヶ月もありません。疲れを取って待ちましょう。

 

3日に北方謙三さんの講演を聞きに行きました。
北方さんの小説「望郷の道」は
著者の曾祖父をモデルにした感動の巨編で、
富士町、台湾、佐賀と舞台を移します。

北方さんのルーツ探しに
富士町の図書館の女性職員が協力されたそうで
北方さんが感謝の気持ちを述べられていました。
小説ができるまで、縁の下で協力する人が居られるのですね。

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