2010年1~3月のぼやき

2010年3月

2010年3月29日(月)

先週は、4月17日に開く後援会総会の準備と
春休みに佐賀に来る孫たちを迎えるために、家の掃除をして
天気のいい日には布団干しに追われました。

その横浜に住む孫たちは26日の金曜日にやってきました。
新2年生になる、晴輝(はるき)と咲英(さえ)、それに私の次女です。
孫と会うのは8ヶ月ぶりです。
佐賀空港で会ったとき、大きくなったなあと思いました。

孫たちは4月4日まで滞在しますが、
夫は年度変わりの行事が続いて孫と遊べるのは27日の土曜日だけでした。
土曜日の朝、夫はいつものように早く起きて、
ラジオ体操、気功、犬の散歩を済ませると
家の裏の広い駐車場で孫とキャッチボールや
自転車乗りをして遊んでいました。
晴輝は男どうしなので、おじいちゃんが大好きなようで、
庭の草むしりも男どうしで一緒にしていました。

 

私は食事の準備などに追われて、孫と遊ぶ時間はありません。
せめておいしいものを食べさせようと、
ハンバーグやトンカツなど、子ども向けの料理に励んでいます。

土曜の夜は、熊の川温泉に泊りがけで出かけました。
私たち夫婦と娘3人、孫2人の7人の1泊旅行です。
夕方家を出て、各地の桜を見ながら目的地に向いました。
夫は桜の花を見るより、桜の下で孫と相撲をとるほうが楽しかったようです。

翌日、きのうの日曜日、
仕事のある夫と3女は朝早く旅館を出て家に帰りました。
私と長女、次女、2人の孫の5人は神野公園に立ち寄りました。
孫たちは、公園の遊園地の乗り物に次々と乗って楽しそうでした。

 

公園の桜の下では大勢の人がお花見を楽しんでおられました。
私たちも桜の下にシートを敷いてお昼を食べました。
孫は、花よりもアイスクリームを食べたり遊んだりするほうが楽しいようでした。

オムツだけの2才前くらいの男の子が迷子になっていました。
私の娘が交替で抱きながら親を探しても見つかりません。
その内親の友達が通りかかり「○○ちゃん」と声をかけました。
両親と一緒に来た仲間のようでした。
娘が両親の所に連れて行って下さいと頼むと
礼を言うこともなく歩き去り、子どもはキャンデーをしゃぶりながら
その後をついて行きました。
子どもを育てる自覚のない若い親がいるのでしょうか。

神野公園の近くに住む、大酒飲みの友人が
酔っ払っているに違いないと見回しましたが、その人の姿は見えず
別の知り合いの方がご機嫌そうに酒を飲んでおられました。
公園のそばの多布施川の桜は満開で、それはそれは美しい風景でした。

 

きょう(3月29日)は私たちの結婚記念日です。
39年前の結婚式の日も月曜日でした。
大安だったので月曜日にしたのでしょう。

役所の人は結婚式に出られないので、
夕方、市役所の職員仲間が
会費制のお祝いの会を開いて下さいました。
私は朝から夜までカツラを被っていて頭が重かったのを覚えています。

孫たちもいますので、きょうの夕食は鯛を用意します。
夫は冷奴が好きなので、鯛より大きな豆腐を喜ぶかもしれません。
朝出るとき、夫は結婚記念日を思い出していませんでした。
帰って来て、どんな反応をするか楽しみです。

2010年3月23日(火)

庭のカイドウやシャクナゲが咲きはじめました。
きのうは、夫が畑を耕すというので、
耕す前に菜の花を刈り取って玄関に飾りました。
家の外も中も春の花で一杯です。

 

先週の金曜日、
本庄ウオークの会の人たちと佐賀城のお堀を回り春を楽しみました。
満開のヒガンザクラでメジロが花をつついていました。
珍しい風景に出会うことができました。
先週ボランティアの方がハスの苗を植えたところでは
調査員の方が生育状況を調べておられました。
うまく根付いてハスが再生してくれると、嬉しいのですが。
足を傷めている私は、歩くと痛いのですが、歩くと元気が出ます。
毎週金曜日のウオーキングが楽しみです。

 

20日の土曜日、夫と2人で彼岸の墓参りに行きました。
いつものように、5つの墓に参りました。
寺の墓所には墓参りをする人が居ない墓もあります。
淋しい風景です。

私の子どもは3人とも娘です。
夫と私の墓を建てても、いつかこんな淋しい墓になるかも知れません。
知人に、墓を建てず散骨するという人がいます。
そんな時代になってきたのでしょうか。

日曜日の夕方、帰ってきた夫が嬉しそうでした。
4月から処理するところがなくなる久保田のゴミを
高木瀬の焼却場で処理することに、地元の同意が得られたそうです。
夫は、ずっと悩んでいましたので、私もほっとしました。

横浜に住む孫が、娘に連れられて26日に来ます。
この3連休は天気もよく、夫は公務で留守が多かったので
布団を干し、家の掃除をして、孫を迎える準備をしました。

きのうの午後公務から帰った夫は、畑仕事をはじめました。
夕方から知人のお見舞いに行く約束でしたので、
約束の時間までに孫を迎える準備を終えましたが、
夫はいつまでも畑仕事を止めません。
そのために、病院の食事の時間にお見舞いすることになってしまいました。
不機嫌になった私は、夫に当たりました。

 

お見舞いのあと夫と温泉に行きました。
夫は温泉に行くと私が機嫌を直すと思ったようですが、
私は温泉からの帰りも怒っていました。

きのうだけなら怒りません。
前の日もわずかな時間に畑に出て、
夜出席しなくてはならない会合寸前まで畑仕事をやめず
私をハラハラさせました。

きのうは私の機嫌は直りませんでしたが、ひと晩眠ると、
畑は忙しい夫が癒される数少ない場で、
3月に入って雨続きだったので、
久しぶりに晴れたきのうは、畑仕事を片付けることのできる
数少ない機会だったのだと気がつきました。
今朝は夫を笑顔で送り出しました。

2010年3月15日(月)

わが家の庭はユキヤナギが満開、 畑では自生したヤグルマソウが満開 近所の庭を見るとミモザやスイセンが満開です。

 

先週、知人からタケノコをいただきました。
タケノコご飯や煮物にして春の味を楽しみました。

13日の土曜日に
後援会の役員会と校区責任者の合同会議を開きました。
朝早い8時からの会議に出席してくださりありがとうございます。

会議のあと、ボランティアの方が
佐賀城のお掘りにハスを植えてくださっているところに夫と一緒行きました。
小学生が育てたハスの苗を、
カメが入らないように網で囲んだ所と囲まない所にそれぞれ植えておられました。
ハスの全滅がカメが原因かどうか確かめるためだそうです。
トキの網のように、カメがどこからか入り込まないか心配です。

みなさん胴長を着て腰まで泥につかって作業しておられました。
夫はこういう仕事が大好きです。
会議のあとでスーツを着たままだったので
家で着替えてくるべきだったと悔しがっていました。
家に帰るとスーツは泥だらけでした。

 

きのう(14日)の日曜日
高伝寺の涅槃図が修復を終えて披露されるというので
福岡県太宰府の九州国立博物館に行きました。

涅槃図は博物館のロビーに吊り下げられていました。
高さ16メートル、幅6メートル、重さは73キロだそうです。
あまりの大きさに驚きました。
高伝寺で畳の上に広げられた涅槃図を見た事がありますが
こんなに巨大で、繊細に描かれているとは知りませんでした。
高伝寺のある本庄は私の地元です。
なんだか誇らしいような気持になりました。

 

夫はバスで通勤していますが、
行き帰りに障害のある方が乗ってこられるそうです。
目に不自由な方や車椅子の方が
どのようにバスを乗り降りしておられるか、
夜暗くなって家に帰るのに大丈夫だろうか気になるようです。

障害のある方が降りられるバス停まで乗り越して、
帰りのバスがないため、私が車で迎に行ったこともあります。
仕事では現場を大切にする夫です。
現場を見て何かを考えているのでしょう。

横浜の孫が春休みにやってきます。
去年の夏休み以来、孫に会っていません。
孫は今度2年生になる男の子と
間もなく5歳の女の子です。
たくさん一緒に遊びたいと思っています。

2010年3月8日(月)

きょうは、久しぶりに春の陽ざしに恵まれました。
庭の木ではモクレンの白い花が明るく輝き
地面はダイコンやヒヤシンスなどのムラサキ色が一杯です。

 

 

3月3日のひな祭りは
夫は東京に出張中、娘は友達に会うために家にいませんでした。
いつもはひな寿司を作るのですが
私1人だったので作る気になりませんでした。
料理は誰かに食べて欲しいから作るものですね。

おとといの土曜日に
友人のお孫さんの結婚式に出るために着物を着たので
家のひな人形と並んで写真を撮りました。
私ではなく、娘の晴姿を撮りたいのですが・・・・。

きのうの日曜日、神埼方面に出かけた夫に同行しました。
用事を済ませて帰る途中、
有名なタイ焼き屋さんの前を通ったとき夫が食べたいと言い出しました。
夫はお酒も好きですが甘いものも大好きです。
夫は黒餡、私は白餡のタイ焼きを食べました。

おいしいタイ焼きを食べて、幸せ、と思ったとき、
子どもが衰弱死した事件を思い出し心が暗くなりました。
私は市役所に勤めていたとき、児童福祉の仕事もしました。
事が起こってからでは遅いのです。
地域で子どもたちを見守るとともに、
担当者は、ひるむことなく、機敏に動いて欲しいと思います。

このホームページを読んだ方からメールなどをいただくことがあります。
夫や私の思いに共感して激励をいただくと嬉しくなります。
読んでくださる方は次第に増えているようです。
この場を借りてお礼を申しあげます。

2010年3月1日(月)

先週は春のような暖かい日が続きました。
例年3月に入って咲く早咲きのサクラが早めに咲き、
咲くのが遅れた梅と一緒に満開になりました。
チンチョウゲも満開で、庭は春の香に包まれています。

足元を見ると、クリスマスローズが満開、
ヒヤシンスやムスカリなどの芽が顔を出し、
次は何の花が咲くだろうと楽しみです。

 

土曜日に本庄公民館で子どもの料理教室が開かれました。
私は本庄校区の食生活改善推進員ですので、
子どもたちのお手伝いをしました。

本庄小学校の30人が
簡単ピザパン、野菜スープ、ホットケーキを作りました。
上手に包丁を使える子と使えない子、
率先して料理をする子も居れば、
ポケットに手を突っ込んで見ているだけの子も居ました。

トースターで火傷をした子がいました。
料理は包丁で手を切ったり、火傷をしたりしながら覚えるものです。
危ないからとやらせないとできません。

共働きだった私は仕事から帰ると自分でさっさと料理を作りました。
時間がかかるので娘にはやらせませんでした。
子どもたちの様子を見ながら反省しました。
今更遅いのですが。

 

料理教室から帰ると夫は議会に備えて資料に目を通していました。
朝から勉強していましたので、根が続くと思っていましたが、
ふと気がつくと、夫は川に入っていました。
4月の川掃除のとき、草が大きくなっていると皆さんが大変なので、
草が小さい内に取り除いておこうというのです。

夫は3時間、黙々と川掃除をしていました。
誰もやりたくないことを1人でする夫を見ながら、
この人は凄い人だと思いました。

 

夫はたくさんのセリを川から持ち帰りました。
去年のセリは虫が付いていたので嫌だと思いましたが、
今年はまだ若くてみずみずしいセリでした。
夫は旬のものが大好きです。
頑張った夫においしい物を食べてもらおうと、
心を込めてセリご飯とゴマ和えにしました。
春の香が口の中に広がり、夫は嬉しそうでした。

私は、このところ家事や後援会事務所の仕事に追われて
好きな書道や卓球をする時間はほとんどありません。
自分の時間が欲しいなと思いますが、
夫はきのうの日曜日、
公務が相次いだ上、津波警報が出たので追いまくられていました。
夫も好きな畑に出る時間がありません。
夫が頑張るので私も頑張ります。

2010年2月

2010年2月22日(月)

佐賀城下ひな祭りが始まった20日、友人と会場を回りました。
会場ごとに、鍋島小紋や佐賀錦の創作ひな人形が飾られていますが、
去年、訪れる人が減ったので、
展示の方法が工夫されているようでした。

街の通りでは、定時制高校生が鯛焼き風の恵比寿焼を作っていましたが、
なかなか上手に焼けずに苦闘していました。
3月末までの期間中には、上手になってくれることを願っています。

夫はひな祭り期間中は、娘たちに贈られたピンクのネクタイをします。
ピンクのネクタイは桜の花をあしらったものと、
桃の花に酒のお猪口をデザインした2本があります。
「恥ずかしい」と言っていますが、
娘にもらったネクタイですので、本当は嬉しいのです。

 

19日の金曜日に、本庄地区の歩こう会に参加しました。
今回は本庄の田んぼの畦道などを5キロ歩きました。
良い天気に恵まれ、途中菜の花の群生に出会いました。
蜂蜜を採るための菜の花だそうです。
もうすぐ、蜜蜂の羽音が聞える春です。

一緒に歩いた人の中に、
海外旅行に行くので足を鍛えるために歩くという方が居られました。
私は膝を痛めています。
海外旅行の時間がとれたころ、この膝はどうなっているでしょう。
いたわりながら、足を鍛えておきましょう。

 

きのうの日曜日、地元本庄地区の文化祭に行きました。
展示コーナーはプロが作ったのではないかと思うほどの
パッチワークなどが並んでいました。
素晴らしい水彩画もありました。
舞台では、楽しそうに踊るグループがありました。
地元の人の活躍を見ながら、
私は何の趣味も持たないことに気がつきました。

公民館では私の友達が子どもにお茶を教えています。
その子どもたちにお茶をご馳走になりました。
公民館が大人から子どもに文化を引き継ぐ場にもなっています。

 

文化祭から帰ると夫がいません。
やっと携帯がつながると市役所に居ました。
資料を取りに、市役所まで車を運転すると、前の風景が二重に見えたので
眼鏡屋さんに寄って帰るといいます。
眼鏡が合わなくなっていたので、新しいレンズに入れ替えてきました。

安いレンズにしたつもりが、その値段は片方だけで、
両方を入れると2倍になり、高くなったとぼやいていました。
夜は歯の詰め物が外れ、今度は歯医者さんです。
「俺には春が遠い」と、またぼやいていました。

2010年2月15日(月)

庭のクリスマスローズが咲きはじめました。
去年の暮れ、茎をバッサリ切ったので
芽が出るか心配していたのでほっとしました。
例年は葉が出て、そのあと茎が伸びてきますが、
今年は葉と茎の芽が同時に出てきて蕾をつけました。

どうしてクリスマスローズと呼ぶのだろうと話していると
最近ベトナムから帰ってきた友人が
旧暦の正月を祝うベトナムでは、
つい先日がクリスマスだったと言っていました。
ニセ博士と呼ばれている友人ですので、本当だろうかと思いました。

 

「梅の香りに誘われて古刹散策」というウオーキングに参加しました。
本庄のグループが主催するウオーキング大会で、
12日の金曜日、ちょうど雨がやんだとき出発しました。
高伝寺の梅は、紅梅が満開で
境内は梅の香りに包まれていました。

いつもの2倍の39人が参加しましたが、
歩きながらの話題の中心は「健康」です。
私は、夫が聞いてきた
「食事のとき30回噛むとボケない」という話しをしました。

 

 

夫は土日は行事に出席して休みはほとんどありません。
11日の建国記念の日は行事がなかったので、
2人でどこかに出かけようと思っていました。
しかし、夫が午前5時半ごろ新聞を読んで以後大騒ぎになりました。
佐賀市の生産効率が全国でも最下位の方だという記事が載っていたのです。

夫はすぐ担当の職員に電話したいようでしたが、
休日の早朝だったので午前7時までは待ちました。
このあと、夫や担当職員が市役所に出て分析したようです。
結局、情報源の経済研究所のミスと分かりましたが
休みの1日がつぶれました。

娘が13日の土曜日の夜、武雄の飛龍窯灯ろうまつりに行って、
素晴らしかったと話していたので、
きのうの夜、夫と出かけました。
夫は行きたくないようでしたが、11日の休みがつぶれたので、
私が可哀想と思ったのでしょうか、付き合ってくれました。
しかし飛龍窯を囲む焼き物の筒に入れられたロウソクが雨で消えて
幻想的な雰囲気はありませんでした。

 

帰りに武雄温泉に寄りました。
湯舟で温まっていると、高齢の女性が入ってきて、
湯舟にタオルを漬けて体を洗いはじめました。
気持ちが悪くなってすぐ湯から出ました。
地元の方のようでしたが、
温泉がある街に暮らす人はルールを守って欲しいものです。

2010年2月8日(月)

毎年節分には、恵方巻を作ります。
今年も前日の2日の夜、カンピョウ、シイタケ、厚焼き卵などの準備をして
節分の3日は朝5時に起きてご飯を炊き、酢飯を用意して
太巻寿司を10本巻きました。
朝、夫は今年の恵方の西南西に向いて巻寿司をほおばり、
弁当にも巻寿司を持って行きました。

 

毎年恒例ですが、ご近所の老夫妻にも食べていただきました。
七草粥や恵方巻などの昔ながらの行事をすると、
気持ちが落ち着き、体全体に満足感が広がります。

アニメ作家の持永只仁さんのシンポジュウムに行きました。
少年時代、佐賀で育った持永さんは、日本のアニメの草分けで、
「赤い鼻のトナカイ」や「ちびくろ・さんぼ」などを作りました。
また中国でアニメ作りの指導をして、中国のアニメ関係者から
尊敬されているそうです。

私は夫と一緒に7本のアニメを見ましたが、
子どものころ見て感動した作品の多くを
持永さんが作られたことを初めて知り、
佐賀にもこんな偉大な業績を残した人がいるのだと感動しました。

シンポジュウムで、アニメ作家の真賀里文子さんが、
「持永さんは、有名な賞をとっても自慢せず、
俺が俺がと自分を売り込まない人でした」と紹介されていました。

持永さんのお母さんと、夫の父がきょうだい(姉弟)で
夫と持永さんは従兄弟になります。
子どもの頃、持永さんが夫の家に遊びに来られていたそうですが、
夫は従兄弟の持永さんが
これだけ立派な仕事をした人だとは知らなかったそうです。

偉大な持永さんと夫を比べるのは、失礼かもしれませんが、
自分の業績を自慢しないところは、良く似ています。
夫は自分がしたことも、あたり前のことをしただけだとしてPRしません。
従兄弟どうし、似たところもあります。

シンポジュウムはエスプラッツで開かれたので、
買い物はエスプラッツでしました。そのとき夫が
「シシリアンライスを作ろう」と言い出しました。
材料を買って帰ると、
長女がシシリアンライスの作り方のテレビ放送を見たばかりでした。
長女と一緒に作って皿に盛ると、
夫が、佐賀のシシリアンライスらしくしようと、海苔を載せました。
彩りも味もいいシシリアンライスができました。

 

きのうの日曜日、諸富の太田城下ひな祭りに行きました。
女性、男性、子ども、それぞれが役割を担っていました。
手づくりのひな人形の中には、お年寄りの姿に似た珍しい人形もありました。
女の子が抹茶で接待してくれました。
ほのぼのとしたひな祭りでした。

 

2010年2月1日(月)

きょうは2月1日、毎月1日には家敷の四方位に
酒と塩をまいて市政が順調にすすむことと
家内安全を祈ります。

今朝、夫が出勤する時ひどい雨が降っていたので
荷物もたくさんあるし、市役所まで送ろうかと
言ったら「よか、バスで行くけんバス停まで送って」と
言いました。
バスも乗りつけたら便利だと
最近夫は、土、日もバスを利用することが
多くなりました。

1月24日(日)は川副町大詫間の第3回「見てくんしゃい
大詫間おひなさまかざり」を見に行きました。
会場の公民館には手づくりの2300個ほどの
ひな人形が飾られていました。
3日間で2800人ほどの人が訪れたそうです。

 

 

地区のおばあちゃんたちは人形作りだけでなく、
期間中、訪れた人にぜんざいを振舞う
ために裏方で餅焼きをしたり、若い女性たちは
接待、お椀洗いなど、男性の方は駐車場担当で
子どもたちが作ったおひなさまもたくさんあり
まさに地域総出のおまつりでした。

そのなかに3日間私たち夫婦が「何時来るやろうか」と
待ちくたびれた90歳になるおばあちゃんが居て
「まっとったあー」と言って私に抱きついてこられ
ました。その体のぬくもりに亡き母を思い出し
涙がでてきました。
その方は、このまつりのため、ぜんざいに大根漬けを
添えようとたくさんの大根を畑で栽培して
この日のために50キロの大根を漬けたそうです。

会場を訪れた人を接待する人々の
温かい気持ちの伝わる、ひなまつりでした。

2010年1月

2010年1月22日(金)

きょう(22日)、春のように暖かくなりました。
本庄地区の、ラジ&ウオークがありました。
いつもの参加者は15人前後ですが、
暖かさに誘われて24人が参加しました。

 

ラジオ体操のあと、本庄公民館から佐賀城のお濠を回り
本丸歴史館周辺を5キロ歩きました。
歩く途中、住宅の庭の満開のロウバイや
ピラカンサスの赤い実が真っ赤に色づいて
春が近いことを告げていました。
親しくなった方とおしゃべりしながら歩くと
心がすっきりするだけでなく、傷めている足の膝も
少し良くなったような気がしました。

 

後援会便り8号ができました。
事務局のボランティアの人たちが取材、制作し
きのうときょう、大勢の方が集まって発送してくださいました。
有り難いことです。

その後援会便りに各地のひな祭りが特集されています。
その内の大詫間のひな祭りが、きょう22日から始まりますので
きのう大詫間の後援会員に届けに行き、
公民館で準備中のひな人形を見せていただきました。

 

数え切れないたくさんのひな人形がありました。
高齢の女性70人が1年間かけて作ったそうです。
ペットボトルやトイレットペーパーの芯などを使ったエコひな人形です。
はじめは8人の女性が始めた運動が
今は大詫間をあげての大詫間ひな祭りになりました。

ひな祭りでは、ぜんざいや漬物の接待があります。
みなさんは大根や瓜を栽培して、それを漬物にされます。
1年がかりでひな祭りの準備をしておられるのです。
代表の下村律子さんは、「心で接待しています」と話しておられました。
大詫間ひな祭りは、あさって24日までです。
どうぞ足を運んでください。

2010年1月18日(月)

夫が東京に出張中の13日の朝、大雪が降りました。
早朝のウコッケイの餌やりと、犬のマックスの散歩は夫の担当で
夫が居ないときは、3女がします。
しかしこの日は、3女も朝早くから仕事だったので私は大忙しでした。

雪の積もる庭に出て、ウコッケイに大根の葉を刻んで与え
長靴を履いて、マックスと散歩に出ました。
出かける前は、夫と娘の不在を嘆いていましたが、
雪を見ると、子どものように楽しくなりました。
マックスも大喜びで、私をひっぱりながら、雪の中を走り回っていました。
散歩は15分くらいで帰るつもりでしたが、
思わず足を伸ばして30分くらい美しい雪景色を楽しみました。

 

私は1日だけの代役でしたが、
夫は毎朝欠かさずウコッケイと犬の世話をします。
几帳面で働き者の夫をあらためて見直しました。

きのうの日曜日、夫はシルクロードの写真展を見てきました。
夫は私に一緒に行こうと誘いましたが
家の用事が多かったので行けませんでした。
シルクロードは行きたいところです。
夫は多忙なので無理ですが、
私は中国人の友人に連れて行ってもらうことにしています。
実現するかどうか、分かりませんが。

金子三伸先生の活け花が
佐賀城本丸歴史館に飾られていると聞いたので
こちらは夫と一緒に、きのう午後出かけました。
梅と椿を使ったスケールの大きい活け花でした。

 

先生は人の心を活けられます。
活け花の前に座ると、花が話しかけてくるようです。
梅がもうすぐ春だよと声をかけてきたような気がしました。
丁度、金子先生がお見えになり、梅は、春告草ともいうと聞きました。
本当に私に春を告げていました。
きのう暖かかったので、そんな気がしたのかも知れませんが。

家の玄関に飾っている
「みちのく初桜」という桜が
この数日の暖かさで一気に咲きました。

 

去年の暮れ、友人からいただいた切花です。
この桜は、暮れから正月すぎまで蕾、
これから来月ごろまで花、
ソメイヨシノが咲くころは、葉桜が楽しめます。

先週、夫はときどき、手洗いとうがいをしないと書いたら
最近は、手洗い、うがいをするようになりました。
私の言うことも、たまには聞いてくれると喜んだのですが、
きのうから少し咳をしていて、風邪気味のようです。

2010年1月12日(火)

わが家の2羽のウコッケイは、
去年の春、少し卵を産んだあと全く産まなくなっていましたが、
突然12月20日に産み、その後1月5日まで毎日産み続けました。
あきらめていただけに嬉しい出来事でした。

卵を産まなくても、毎朝餌を与えた夫と、
鳥小屋の掃除をした娘へのクリスマスと新年のプレゼントでした。
私も1つだけ食べさせていただきました。
6日以後、また産まなくなりました。

 

7日の木曜日、七草粥を炊きました。
朝5時に起きて、前日の夜さっと茹でておいた七草で粥を作りました。
七草粥に、キクイモの味噌漬けと梅干を食べて胃を休め
今年の健康を願いました。

近所に、高齢の夫婦がいらっしゃり、
親しくさせていただいています
毎年七草粥を届けるのが恒例です。
今年もお持ちすると、喜んで下さいました。
もう80歳を超えられました。いつまでも元気でいて欲しい方です。

 

8日に、本庄の歩こう会に参加して5キロ歩き、
翌9日に、新春五社詣ウオークで6キロ程度歩きました。
佐賀城本丸歴史館を出て、
佐嘉神社、松原神社、八幡神社、護国神社、与賀神社を回りました。
いずれの神社でも、今年1年の健康を祈りましたが、
帰ってくると、右足の膝が痛くなりました。
日頃歩いていないので、少し無理をすると傷めます。
毎日歩いている夫は、元気そのものです。
健康は神様にお願いするのではなく日頃の努力が大切なようです。

10日は、早朝暗いうちに起きて
夫と一緒に、北川副校区ふれあい冬まつりに出かけました。
大きく炎を上げる「ほんげんぎょう」と一緒にしめ飾りを燃やして
家族の幸せを祈りました。
北川副は私が生まれ育ったところです。
幼なじみなど、古くからの友人に出会えました。

 

夫は、このあと出初式に出席したので、
スーツから消防の制服に着替え、
さらに成人式に出席するために、制服からスーツに着替えました。
夫は自分でできると言いますが、
きちんと揃えてあげないと、スーツの上下が揃わない心配もあります。
着せ替え人形の世話をするような1日でした。

 

私は年末にインフルエンザに罹りましたが夫は罹りませんでした。
「俺は気力が充実しているのでインフルエンザに罹らない」と威張っています。
夫は市民に「手洗いとうがいでインフルエンザを予防しましょう」と呼びかけますが、
本人は家に帰っても手洗い、うがいをしないときがあります。
それでいて罹らない強い体力を持っていますが、
夫が外からインフルエンザのウイルスを持ち帰りながら、手洗いとうがいをしないので
私に感染したのです。

2010年1月5日(火)

年末に風邪をひきました。
横になっている私に代わって
夫がガタゴトと大きな音を出しながら家の片付けをするので
おちおち寝ておられませんでした。

30日に夫が2階の窓掃除をするために、
雨が降ったあとの濡れた屋根に上がろうとしたので、
「危ないからやめなさい」と注意しました。

しばらくして、私が庭に出ていたとき、
ガラガラガラという大きな音がしたので振り向くと
夫が屋根で足を滑らせていました。
幸い屋根の下のヒサシで止まったものの
運が悪いと下まで落ちるところでした。

聞いて見ると、私が気が付く前にも足を滑らせたようです。
夫の体は自分1人のものではありません。
大怪我でもすると、支持して下さった人や市民に
迷惑をかけます。自覚が足りません。

夫は私の言うことを聞きません。
私だけならいいのですが、
知らず知らずの間に他の人の意見を聞かない裸の王様になったら大変です。
初心に返って、人の意見に耳を傾けるように、注意したところ
「外では色々言われているので、
妻くらい、俺の言うことを聞いてくれ」と言います。

これと決めたら譲らない頑固な夫ですが、
一度決めたことはやり通す、気力と体力には感心します。
元日は、カノン砲の祝砲の行事から午前1時に帰ったあと
5時過ぎには起きて、犬の散歩、ラジオ体操、気功などをしていました。
正月だから休もう、という気持ちは、さらさらないようです。

私は、年末は風邪で体調が悪かったのですが、
例年どおり、黒豆、ナマス、煮しめなどのおせち料理を作りました。
元旦に、秀島家に伝わる新年の行事をしたあと、
夫が、家族にひと言述べるとき、娘たちに
「今年こそ・・・・・・」と言って、
あとは分かっているだろうと、話しを続けませんでした。
娘たちは、また言っていると、知らん顔をしていました。

3女が、犬のマックスの小屋に
家族の似顔絵を描いて飾りました。
家族の特徴を捉えた、面白い似顔絵で、
マックスの小屋が急に明るくなりました。

 

3日に、熊本の幣立神社にお参りに行きました。
家族の健康と幸せとともに、
佐賀市政が順調に発展するようにお願いしました。

病を抱えている2人の友人の健康回復を祈願して、
お守をいただいて帰りました。

みなさまの健康と幸せを願っています。

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