2009年4~6月のぼやき

2009年6月

2009年6月29日(月)

夫はいつも午前7時40分に家を出ますが
土日は出席する行事があっても、少しはゆっくりできるはずです。
私は、子どもの弁当を作らなくていいので、
もう少し寝ていたいと思っても、
夫は必ず5時15分から30分には起き出すので
そうもいきません。

きのうの日曜日、夫は行事に出かける前に
犬の散歩を長めにして、そのあと畑でカボチャの人工授粉をしていました。
あちこちを蚊に刺されていましたが、
カボチャ畑に行ってみますと、夫が以前人工授粉した花が
カボチャに成長していました。
手をかけると実る畑の作物は、夫と同じように正直です。

 

梅雨に入って庭の花が寂しい中、
ギボウシとアバカンサスだけが
白やうす紫の花をつけて慰めてくれます。

 

梅雨になると思い出すのが4年前です。
市長選挙への出馬を要請された夫が
断っても断っても説得されて悩みました。
眠れない夜、午前2時ごろ夫婦で起き出して
あす断ろうという結論を出しました。
それでも翌日また説得されて断りきれません。

外部の有力者は夫に出馬を求め、親戚や家族は大反対、
私は梅雨の雨音を聞くたびに
苦しかったあの頃を思い出します。

4年前、悩む私を励ます書を下さった人が
きのう、新しい書を下さいました。それには、
「多くの人に関わり、多くの人生に関わって
絹枝の感謝は、幸せは、こんなに深くなってゆく
どこまでいっても、
やっぱり多くのみんなのおかげ様」
と書いてありました。

夫が当選したあと嫌がらせ電話が何度か、かかりました。
辛かったけど、多くの人に支えられました。
感謝の私の心を見抜いた言葉です。
ありがとうございます。

 

書をいただいて元気になった私は
梅雨の湿気でカビが生えないよう
家の中を力いっぱい掃除しました。
歩きすぎたため膝を痛めた私は
梅雨の間、足を休めて膝の治療に専念します。
梅雨の雨音を今は元気に受けとめることができます。

2009年6月22日(月)

梅雨に入って、晴天と猛暑が続いたので
庭や畑はカラカラに乾き、
木が枯れるのではないかと心配していましたが
昨日からの雨で、土地に潤いが戻りました。

 

仏さまにあげようと夫が畑に植えた百日草が今満開です。
百日間咲くというので、お盆までもってくれそうですが、
それでも例年より早く咲きました。
驚いたのはコスモスです。
いつもは早くても7月ごろから咲くのに、もう咲いた花があります。

 

きのうの日曜日は父の日です。
夫は娘から、漆塗りの弁当箱と
夏物のパジャマをプレゼントされていました。
今度弁当を作るときは、新しい弁当箱を使いましょう。

きのうの朝、私と娘が台所の片付けをしていると
掃除機の音がしてきました。
まさか、と思いましたが、夫が掃除機をかけていました。
共働きでしたので、夫は家事をよく手伝ってくれました。
料理は苦手ですが、洗濯と掃除はよくしていました。
それでも掃除機を手にするのは久しぶりのはずです。

「父の日に父が掃除機をかけるのはやめさせよう」と娘に言いますと、
「父の日だから掃除しているのよ、母さんも母の日に家事を休まなかった」と
娘が言いました。面白いことを言うな、と思っていると、
あとで夫は「父の日だから掃除機をかけた」と言いました。
娘の声が聞こえていたはずはありません。良く似た父と娘です。

午後は夫婦でバレエを見に行きました。
優雅なクラシックバレエに心が踊りましたが、
創作バレエも興味深く見ました。

私は城南中学のとき体操をしていて
佐賀県の大会で団体優勝したこともあります。
当時は体操の中に創作ダンスを取り入れていましたので、
創作バレエを習ったこともあります。
素晴らしいバレエに感動しました。

中には男性の方もおられましたが、
佐賀に、たくさんのバレリーナが居られることにも感激しました。
あんなに美しい方々が、日頃どこにおられるのでしょう。
夫も驚いたようです。
あっという間の3時間でした。

2009年6月15日(月)

土曜日に夫と一緒に「勧興まちの駅」に出かけました。
親子での花壇作り、小学生の魚さばき、笛つくり
リサイクル絵本の配布など
子どもが参加しての行事で賑わっていました。

まちの駅の会場で
生まれたばかりの次女を預かっていただいた方に出会いました。
市役所近くの、その方の家で次女に母乳を飲ませて役所に行き、
昼休みと帰りにも母乳を飲ませました。
いくら感謝しても足りないくらいお世話になりました。
夫はそのあと仕事に出かけたので
私はその方の家にお邪魔して、なつかしい子育てのころの話をしました。

夕方家に帰ると夫は畑に出ていました。
あきらめていた、カラ芋の苗が手に入ったので植えていました。
土曜日の夜、ゆっくり食事ができそうなので
ハンバーグやサラダなどにワインを用意しましたが
暗くなって家に入ってきた夫は、突然
「ホタルを見に行こう」と言い出しました。

ホタルは夜遅くなると飛びません。
もう遅いと思ったのですが言い出したら聞かない夫ですので
せっかく用意した夕食を食べないまま出かけました。
富士と大和のホタルの名所を訪ねましたが、
午後9時を過ぎていたのでホタルは多くありませんでした。
夕食を摂ったのは深夜でした。

夫はホタルの季節になるとホタルが気になってしかたないようです。
昔懐かしい思い出があるのでしょうが、
ホタルの棲む自然環境を守らないといけない。
ホタルが環境を知るバロメーターと思っているようです。

翌日の日曜の朝、
夫は犬の散歩から帰ると今度は家の近くの川に入りました。
胴長を着て、ただ1人川に入って
生い茂っている草を刈り、コモを根から引き抜いていました。
コモは根を張ると手を付けられないくらい繁殖するそうです。
近所は高齢化がすすみ、わが家も女の子だけです。
夫は1人頑張るつもりのようです。
出席する総会の時間が迫るギリギリまで川に入っていました。
そんな夫を見て娘が「尊敬する」と言っていました。
娘に尊敬される夫は、私の誇りです。

 

6月4日の朝、84歳になる小学校時代の恩師から電話がありました。
「結婚式に出てほしい」
「誰が結婚すると」
「おいさい・・・・」
びっくりしました。
84歳の花婿と63歳の花嫁の結婚式は6月11日でした。
5月30日にお見合いをして、2日後の6月1日に結納
見合いから結婚まで12日間でした。
年齢も時間も、まさに電撃結婚でした。

結婚式には30人が集まりました。
どちらも再婚ですが若い人と同じように華やいだ結婚式でした。
先生は紋付袴、花嫁は文金高島田で、
お色直しは先生はモーニング、花嫁さんは肩を大きく見せたドレスでした。

先生は、子どもたちやお母さんに絵を好きになってもらおうと
童画を広める会の運動をしておられます。
花嫁さんはとても優しそうな方でした。
先生に驚き、元気をいただきました。

7月12日の日曜日に
NHKの特別巡回ラジオ体操が佐賀県総合運動場で行われるので
佐賀市は、ラジオ体操の指導者を1000人養成することにしています。
そこで私も、推進員を育てる講習を受け、
秀島敏行市長から推進員の認定書をもらいました。

 

エスプラッツのそばで
珍しい花を見つけました。
トケイソウという直径5センチくらいの丸い花で
花の中心は時計に似ています。
珍しい花に通りかかった人が足を止めていました。
花が、ほんの少しですが、賑わいを演出していました。

 

2009年6月8日(月)

アジサイが咲きはじめていますが、
わが家のアジサイは、今年はのんびりしています。
やっと1輪だけ色づきはじめました。
雨が似合うアジサイですので梅雨の季節をまっているのでしょう。

花ショウブも雨の季節に咲きます。
先週、若いころから仲良しだった女性4人が
花ショウブで知られる福岡県の宮地嶽神社に誘ってくれました。
その日は雨は降っていませんでしたが
花ショウブは満開で、見事なショウブ園に感激しました。

 

お守りを買うと、ショウブに勝つというお守りがありました。
宮地嶽神社のショウブ園見物は
友人の1人のお祝いとして誘われたのですが、
私への配慮もあったのです。
古くからの友人の暖かさに胸がキュンとしました。

恋のお守りもあったので娘に買いましたが
娘は「お守りなんかいらん」と受け取りを拒否しました。
恋のお守り、私が身に付けています。どうしましょう。

帰りに脇田温泉に立ち寄り食事をして
近くの犬鳴川でホタルを見ました。
これまで見た事もないホタルの乱舞に驚きました。
夫が出張で居ない1日、
友人たちと楽しいときを過ごす事ができました。

数日前から足の膝を痛めました。
ウォーキングのとき、靴を替えたのが原因かと思いますが
夫は「太りすぎ」と言います。

意地悪を言う夫ですが、
今週は議会の一般質問で夫は議会にカンヅメになるので
弁当を作ってあげることにしました。
市役所の食堂を、
障害のある人たちが働く「かささぎの里」が運営するようになって
夫は食堂で食べるようになったので、弁当つくりは久しぶりです。
痛い足をいたわりながら、弁当つくりに励みます。

2009年6月1日(月)

先週の日曜日
夫は突然、富士町のホタルを見に行こうと言い出しました。
1週間後のきのう東京で開かれた関東富士町会で
富士町のホタルの様子を土産話にするのだというのです。
冷たい雨模様の日でホタルが出るはずはないと思いましたが
一度言い出したらきかない夫なので付いてゆくと
ホタルの姿はありませんでした。

ホタルを見るついでに
見帰りの滝のアジサイを見に立ち寄りましたが、
こちらもアジサイはまだ咲いていませんでした。
ホタルや花は見ごろがありますが、
忙しい夫は見ごろに出かけることができません。
いつも早すぎるか、遅すぎます。
去年、ミヤマキリシマを見に行ったときは散ったあとでした。

横浜に住む孫は、この春、
上の晴輝(はるき)が小学校1年生、
下の咲英(さえ)が幼稚園に入りましたが、
入学式にも入園式にも行けず、
孫に会いたいと思い続けていました。

先週、夫が家を留守にする日が多かったので
私は、急に横浜の孫に会いに出かけました。
慌てて出かけたので、デジカメの電池を充電器に入れたままで、
ランドセルや幼稚園の制服姿を写真に撮れませんでした。
写真は携帯で撮ったので、よくありません。

 

半年ぶりに会った孫は大きくなっていました。
夏休みには佐賀に来てくれるそうです。

きょうは6月1日です。
朝早く起きて、屋敷の四方に、塩と酒をまいて家内安全を願いました。
また市役所はきょうからクールビズです。
夫の長袖のシャツを半袖に替えて
出勤前に、ノーネクタイの涼しげな写真を
白いナンテンの花が咲き始めた玄関先で撮りました。

 

2009年5月

2009年5月26日(火)

南側の庭に植えているスノーインサマーの花が満開です。
3年前植えたときは高さ3メートルの木でしたが、
今は青い夏空にそびえるような5メートルの大木になりました。
雪のような、真綿のような、白いふんわりした花が
空の青と葉の緑に映えています。

 

5月19日は私の誕生日です。
誕生日にはいつも両親の墓に参って
私を産み、育て、家族を護って下さることにお礼を述べますが、
今年は行事に出席するなどして墓参りはできませんでした。

その代わり、
秀島敏行の後援会報つくりに協力して下さった方にお礼を述べに
三瀬などの山間地域を訪ねたとき、
同行した友人が昼食のとき、祝ってくださいました。
ブルーベリーソフトクリームをご馳走になりました。

夜、夫は会議のあと食事が出たようでしたが
私が1人で食事をするのは寂しかろうと
食事を断って家に帰ってきました。ビールで乾杯しました。
ケーキを買ってくれてた娘たちは仕事で帰りは夜遅くになりましたが
一緒にケーキを食べることができました。
嬉しい誕生日でした。

夫は毎日弁当を持って役所に行っていましたが、
4月の下旬から
市役所の食堂をかささぎの里が運営するようになったので、
昼食は食堂でとるようになりました。
しかし、ときには昼休みに1人になりたい時もあるようで
週1回は弁当を作ることにしました。

先々週、夫は久しぶりに弁当を持って出かけましたが
食べずにそのまま持ち帰りました。
先週は、朝、雨が降り始めたので
娘を車で職場に送った私の留守に夫は出勤しました。
帰るとテーブルの上に忘れた弁当がありました。
「ウッモー」と怒りましたが、今週も1回は弁当を作ろうと思います。

2009年5月18日(月)

わが家の庭は春から初夏へと移っています。
玄関脇のソヨゴの星のような小さな花が
新緑の中に隠れるように咲いています。
ジュンベリーは春咲いた花が落ちたあと実が赤く色づいてきました。
サクランボはほとんど鳥に食べられたので
今度は少し残してよ、と鳥に呼びかけます。

 

 

鳥と言えば、去年2羽のヒナを産んだ鳩が
また、モミジの枝に巣作りをはじめました。
鳩は娘たちに幸せを運んでくるそうです。
わが家は去年はダメだったけど今年こそ。
元気にヒナをかえすようにそっと見守ります。

きのうの日曜日、
夫はインフルエンザ対策で朝から緊急な会議に出かけました。
私は、少しは食料を備蓄しようと、
畑のソラマメとサヤエンドウを収穫し茹でて冷凍しました。
最悪の事態になると、保育園も閉鎖されるそうですが、
私は3人の娘を保育園に預けて働きました。
保育園が閉鎖されると、お母さんや子どもたちは
どうなるのか心配です。

後援会の総会が14日に開かれました。
600人もの人が集まって下さいました。
お1人お1人に挨拶しながら、
大勢の人が夫を支援して下さっていることを
あらためて感じました。

 

2009年5月11日(月)

友人からオープンガーデンに招待され
2つの庭を訪ねさせていただきました。
ひとつの庭は緑につつまれ、
もうひとつの庭は明るいバラの花と香りが一杯でした。
庭を思う存分楽しませていただいた上に、
コーヒーなどの接待を受け恐縮しました。

 

オープンガーデンから帰って自宅の庭を見ると
友人から薦められて植えたセリンセの
可憐な花が咲いていました。
わが家の庭も開放できるかなと思ったのですが、
よく見ると、花がスズランようなエゴノキが
水不足で枯れかけていました。
まだまだ庭つくりの実力がありません。
それよりも、あんなに心のこもった接待ができるか自信がありません。
わが家のオープンガーデンは数年先です。

 

大型連休は、夫も私も
ほとんど自分の時間がありませんでした。
夫は仕事と、マニフェスト作りに追われ
私は、14日に開く後援会総会の準備などに追われました。
横浜の孫が帰って来ないのが残念でしたが
もし帰って来ても一緒に遊ぶ時間はほとんどなかったでしょう。

5日の午後だけ、夫婦で時間がとれたので
友人夫妻と一緒に最近開通した鷹島大橋に出かけました。
しかし、あと7キロのところで車の大渋滞にあい、
1キロ走るのに40分もかかりました。
着くのは夜になりそうだったので引き返しました。
途中にあった、古びた温泉につかりましたが
温泉好きの夫には、いい休養になったかもしれません。

ここ数日、猛暑に襲われたので、
西日が当たるところにあったマックスの犬小屋を、
きのうの朝早く、夫と娘が木陰に移しました。
心配事が何もないマックスは、
木陰でデレーッと横になって気持ちよさそうに寝ました。
夫が「マックスよかねー。1日だけ代わろうか」と呼びかけました。
マックスは知らん顔ですが、ずっと忙しい夫の本音かもしれません。

 

母の日に娘たちがカーネーションを贈ってくれました。
メールで送ってきたメッセージに
「お母さん、いつもありがとう」とあるのはいいのですが、
「いつまでも末永くお世話をお願いします」とも書いています。

2009年4月

2009年4月27日(月)

夫は先週大変忙しく、
せめて週末は少し休ませてあげたいのですが、
今度の土日もあちこちの行事に招かれて
ほっとする時間はほとんどありませんでした。

日曜日は朝から晩まで次々と予定が入っていましたが、
夕方わずかな時間があり
体を休めて欲しいと思っていると
夫は畑に出て、ナスとピーマンを植えていました。
丈夫な夫に付き合っていると
私は体調を崩してしまいそうです。

 

先週と今週の週末
おなじような悲しいことが繰り返されました。
先々週の土曜日に長年親しくしていた人が亡くなり、
日曜日に通夜、月曜日に葬儀がありましたが、
先週も、土曜日に知人が亡くなり
日曜通夜、きょうの月曜に葬儀がありました。

65歳と68歳の、いずれも男性です。
先週亡くなった方は
精密検査を受けるよう言われていたのに
病院に行かずに、気がついたときは手遅れだったそうです。

人間ドックで精密検査を受ける必要を指摘されながら、
精密検査を嫌がっている友人がいます。
どうも男性はヒイタレです。
怖がらずに病院に行って下さい。

庭のサクランボは、今年は実の数が大変少ないのですが、
それでも先週は次第に色づき
木曜と金曜は娘の弁当の彩りに入れました。
いよいよ食べごろだと、今朝庭に出てみると
サクランボは1粒も残っていませんでした。
全部鳥に食べられたようです。
今年の収穫量は10粒だけ、悔しいです。

 

夫は木曜、金曜は弁当を持っていかなかったので
サクランボを1粒も食べることができませんでした。
市役所の食堂を、障害のある人たちの施設「かささぎの里」に
運営していただくことになったので、
市役所の食堂を利用したためです。
かささぎの里の人たちが頑張る市役所の食堂は、
混みあう時間帯は少し時間がかかるそうですが、
「障害のある人たちが働いていることを理解して
温かい目で多くの人が利用して欲しい」と夫は言っていました。

大好きなヒシを食べて前歯を折ったことのある夫が
また前歯を折りました。
今度は骨付きの鶏肉を食べていて歯が骨に当たったようです。
夫は「歯医者さんに行く時間がとれそうにないが、
トウモロコシを食べる季節までには歯を治す」と言っていました。
大好きな早生のトウモロコシを買って来て
目の前にぶら下げないと歯医者さんに行きそうにありません。

2009年4月20日(月)

庭の白い花が、
ハナミズキからナンジャモンジャに変わりました。
いつもの年は4月下旬から5月はじめにバトンタッチするのですが、
今年は半月早いようです。
大型連休のころ満開になるはずのツツジもすでに満開です。

 

 

先週、16日と17日に夫と一緒に
富士町にある佐賀市立富士大和温泉病院の人間ドックに入りました。
夫婦とも全く異常なしでした。
富士大和温泉病院の1泊人間ドックは
古湯か熊の川温泉の旅館に1泊します。
夫は3月と4月、土日もほとんど仕事をしてきましたので、
久しぶりにほっとする時間をとることができました。
市民のみなさん、人間ドックは市立の温泉病院をご利用下さい。

日曜日に、私の住む地区の川掃除がありました。
前の日の土曜日に、
胴長、一輪車、鎌、藻かき棒、コンテナなどの掃除道具が私の家に届き、
10の班に道具を分けましたが、
今年は小さな川舟が届いたので驚きました。
宅地化で刈り取った草や川の泥を置く所がなくなり
遠くまで運ばなくてはならないからです。

川掃除は新しい団地に住む人の子どもたちもお手伝いをしていました。
これまでは、近所の若い人と夫が草刈機で草を刈っていましたが、
若い人が遠くの島に転勤したため、
今年は夫1人が朝早くから草刈機を担いで草を刈りました。
自宅周辺の川掃除を終えた人から自宅に帰りますが、
夫は最後の最後まで残って川掃除をしていました。
掃除は午前中で終りましたが
夫は午後になって掃除をし残したところを思い出して又掃除に出ました。
夫を褒めるのはどうかと思いますが、本当にまじめな人です。
夫のもうひとつの取り得は丈夫なことです。
川掃除で疲れたはずなのに、
夕方から畑に出て、トラクターを押していました。

 

長い間仲良くしてきた方が亡くなりました。65歳でした。
夫と仕事を共にして、家族ぐるみのお付き合いでした。
自分で栽培した野菜が出来ると、取りにおいでと声をかけて下さり、
ときにはわが家まで持ってきて下さいました。
今年に入って次第に容態が悪くなり、
奥様の話では、1ヶ月くらい前から死を覚悟されたようで、
「僕が死んだら、みなさんは、早かったと言われるだろうが、
家庭、友達、仕事に恵まれて、充実した人生を送ることができて悔いはない。
2年かかっても3年かかってもいいので、
お世話になった人にお礼の手紙を書いて欲しい」と言われたそうです。
穏やかな性格の素晴らしい方で、
きのうのお通夜は、私がこれまでに経験したことのない多くの会葬者があり、
故人が多くの人に慕われていたことがうかがえました。
お通夜と葬儀に参列して、ご冥福を祈りました。

2009年4月13日(月)

3月、4月は土、日も休む暇もなく色々な行事に
参加し、分刻みで動き回っている夫、今朝も東京へ
日帰り出張と言って慌ただしく出かけました。

それを見送る玄関先の新緑のモミジと
白のハナミズキの花から
「いってらっしゃい、体に気をつけて」と言われているようです。

 

「忘れ物はないですか。」と声をかけると
「ない・・・」と返事。
「今日は東京まで届ける事は出来ないからね」と
皮肉を言う前にチラッと背広の上下を確認しました。

と言うのも先日、夜アイロンをかけたズボンと違う上着を
用意していたらしく、夫が帰って来て、着替えを
している時にそれに気付きました。

あーー。またも失敗・・・。
背広は似たような物ばかり。
それは言い訳にはならず、「ごめんなさい」
と謝るだけです。

先週は友人と大和町の
「今山チューリップ桜まつり」と
久保泉町の「えひめあやめまつり」に行きました。

今山の老人クラブ福寿会の方たちは、きれいなチューリップを
皆さんに見てもらうために早朝から掃除や手入れをされているそうです。

 

久保泉町のえひめあやめ保存会の方たちは、
国指定の天然記念物「エヒメアヤメ」を守るために
いろいろ苦労されていることや
町民あげての協力でこのイベントが開催されるようになったと話されました。

 

今年は例年よりどの花も開花時期が早く満開を過ぎていました。
どこの会場も高齢者の方が一生懸命手入れ
をされ、頭が下がる思いをしました。

2009年4月7日(火)

わが家の庭も山野草や雑草にいりまじり
ギボウシの新芽が勢いよく萌えています。
空を見上げると青い空の中に葉がピンク色の
チャンチン(庭漆)の木が
花が咲いているようにそびえています。

 

3日の金曜日はかたりべの里本庄ウォーキングの
仲間たちと南佐賀ウォーキングの仲間の人たちが
交流して徐福桜ロードを歩きました。

桜トンネルの中を歩いているようで気分は上々で
時折、風が吹いてくると桜が舞い散り、
別世界にいるような気分になりテンションが
上がりっぱなしでした。

 

往復約1万6千歩も歩いたのに
疲れも感じませんでした。
夜、帰ってきた夫にその話をすると
「よかにゃー自分ばっかりそがんごとされて・・・・・」
と少し羨まがられました。

毎日、忙しく動き回っている夫には話さない方が
良かったかもと反省しました。

4日の土曜日は朝から雨が降っていたので
ゆっくりしていると、夫が諸富町の小杭地区の
チューリップふれあいまつりに行くと言うので
ついて行きました。

小杭地区の高齢者や地区の方たちが丹精込めて
育てたチューリップは月と太陽と星をイメージした
素晴らしいものでした。
あいにくの雨だったのが残念でした。

 

近くのテントの中には、昔の農具などが展示されて
いて、地元の人から説明を聞く夫の顔は真剣
そのものでした。
自分が子供のころきつい思いをして手伝っていた頃の事を
思い出していたのでしょう。

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