2009年1~3月のぼやき

2009年3月

2009年3月30日(月)

1週間前に開きはじめた庭のシャクナゲとカイドウが満開になり、
春の空に大きく花を広げています。

 

佐賀城下ひな祭りも、あとわずかになりました。
今年のひな祭りは会場の外は歩きましたが
徴古館や旧古賀銀行などの会場内はまだ見ていなかったので
先週の木曜日に友人と見て回りました。
平日ということもありましたが、例年より寂しい感じがしました。
ひなまつりは各地で開かれるようになり、
そちらに人出が流れたのかもしれません。

 

昼食はひな御膳を食べようと「ぽれぽれ」に入りました。
650円で美味しいひな寿司をいただきました。
ひな御膳はそれぞれの店が工夫しておられ、
毎年異なる店で食べるのが楽しみです。
定着してきたひな御膳ですが、お客さんは多くありませんでした。
新しい行事に取り組んで、
2度、3度と来てもらえる、ひな祭りにしないといけないなと思いました。

翌日の金曜日、
「さがん町を甦らす会」の総会に出席しました。
松原神社の参道の日峯さん通りに賑わいを取り戻そうという会で
みなさん、どうしたら昔の賑わいを取り戻せるか議論されていました。
その中のひとつに、バンコを使ったお休み処と屋台村構想があります。
20台のバンコとテーブルをセットにして2000円で貸し出し、
夜はお酒や料理を利用者が持ち込んで即席の屋台にしようという構想です。

誰かがバンコで楽しく宴会をしていると
通りかかった人が足を停めるでしょう。
良く知られていないので、サクラが必要かもしれません。
暖かくなったら酒好きの友人を誘ってサクラになります。
酒も料理も持ち込みですので、安く飲めます。
バンコを借りたい人は、通りにある「井徳屋」をお訪ね下さい。
電話番号は0952-23-4373です。
どうぞご利用下さい。

28日の土曜日の午後
夫は珍しく顔を出す行事がありませんでした。
きっと畑に出るだろうと思いましたが、
私が病気のお見舞いなどから夕方帰るとまだ畑仕事をしていました。
先週耕した畑に夏野菜を植えるために、
鶏ふんなどの堆肥を入れていました。
畑仕事が夫のストレス解消策です。

横浜に住む孫が、この春から小学校と幼稚園に通います。
会いに行きたいのですが、都合で行けません。
ランドセルなどを買って欲しいとお祝いを贈りました。
その話をすると、友人がバババカだと笑いました。
その友人は、中国に住む孫に会いに出かけますが、
食べ物や洋服などを、トランクばかりかダンボールに詰めて行くそうです。
どちらが、ジジバカ、バババカでしょうか。

2009年3月23日(月)

庭のシャクナゲは木曜日までツボミが固かったのですが
金、土と暖かかったので一気に花が開きました。
いつもなら桜が散って4月下旬に咲くのに今年は3月に咲きました。
カイドウも例年より早く咲きました。
地球の温暖化が心配されていますが怖いくらいです。
真夏の暑さはどうなるのでしょう。

 

金曜からの3連休
私の友人の何人かが韓国に遊びに行きました。
1人残される私は「いいな」と思ったのですが、
夫は3日間、毎日仕事でしたので夫を支えて我慢して残りました。

お彼岸の20日は、
毎年午前中に墓参りをするのが恒例ですが、
夫は午前中仕事があったので午後墓参りをしました。

庭で栽培した、キンセンカ、シバ、スイセン、
矢車草、菜の花、大根の花などで花束を作って
5ヶ所の墓参りをしました。
夫の両親、大伯母、私の両親、祖母、それに夫の中学の恩師の墓です。
いつものように家族を守ってくださるようお願いしました。

21日の土曜日の午後遅く、
夫は少し時間が空いたので、畑に出て耕運機で土を耕しました。
今、畑は冬野菜が菜の花になっていますが、
夏野菜を植えるには今、耕さないと間に合わないようです。
寸暇を惜しんで畑に出た夫は暗くなるまで耕していました。

 

夫は本当にまじめで働き者です。
市長として与えられた使命を懸命に果たそうとして
わずかに空いた時間も決して休まずに
書類に目を通し、仕事のための勉強をしています。

知的障害のある人が働く「かささぎの里」から帰った夫から
市役所の食堂を、かささぎの里が運営することを聞きました。
夫は市長になっても毎日私の弁当を食べてきましたが、
障害のある人が運営する食堂ができたら
夫はそこで食べることが多くなるでしょう。
私の37年間の弁当を作りは、ときどき休めると思ったのですが
2人の娘の弁当作りがあることを思い出しました。

市役所の職員でなくても食べられる食堂ですので、
私も友人を誘って食べに行こうと思っています。
みなさんもどうぞご利用下さい。

2009年3月16日(月)

今の家に住み始めて32年になります。
玄関から天山が見えていました。
毎朝天山を見て、その日の天気を予想してきました。
山頂に雲がかかっていると、夫や娘たちに傘を持たせました。
家族を送り出したあと、しばらく玄関にたたずんで天山を眺めて
心の安らぎをおぼえたこともあります。

その天山が見えなくなります。
田んぼだったところが住宅地になり、大きな家が建ち始めたからです。
今朝夫を送り出したあと、家の間からわずかに見える霞んだ天山を見ましたが
そのわずかに見える空間にも家が建つようです。
ちょっぴり寂しいですが、新しい家に住まわれる家族の幸せを喜びましょう。
私の32年前がそうだったのですから。

 

天山から玄関先の庭に目を移すと、
クリスマスローズが満開になっていました。
2年前に苗を植えたのですが、毎年ぐんぐん増えています。

きのうの日曜日、
友人に誘われて、大和の桃の花見に夫と一緒に行きました。
満開に近い花の下でアマチュアバンドの演奏が行われていました。

色々なグループがビートルズの音楽などを演奏していましたが、
驚いたのは市会議員の本田さんです。
ギターを弾きながら腹の底から出る迫力ある声で
ビートルズのヘルプを熱唱されると、
桃のハウスの中で花見をしていた100人ほどの人が弁当を食べるのを忘れ、
若者の中には踊りだす人もいました。
還暦に近い歳だそうですが、とてもとても、若い人です。

 

大和からの帰り、大きな白と紫のモクレンが目に入りました。
紫のモクレンは空一杯に両手を広げたように咲いていました。
青い空を覆う満開のモクレンに
私はおもわず、「わー」と叫んでいました。

 

その日の夜は
カンボジアの教育を支援するチャリティーコンサートを聴きに行きました。
市営バスの利用者を1人でも多くしようと、夫とバスで行くことにしました。
バス停まで歩いて停留所の時刻表を見ると、夫が調べた時刻のバスがありません。
仕方なく引き返して車で行く羽目になりました。
夫はバスの時刻表の、上りと下りを間違えて見ていました。
もし私が間違えていたら「メガネをかけて見たかー」と大きな声を出したことでしょう。

コンサートは素晴らしかったです。
ピアニストの清塚信也さんのショパンの曲をバックに
俳優の、村井国夫、音無美紀子さん夫妻が
ショパンと女流作家のジョルジュ・サンドの恋の物語を語りました。
コンサートでは、時々眠くなることがありますが、
眠くなるどころか、心が躍りました。

コンサートの会場で
尊敬し、親しくお付き合いをさせて頂いていた女性に久しぶりにお会いしました。
カンボジアの子どもたちを支援する活動を続ける素晴らしい方です。
夫が市長選挙に出たとき、すれ違いがあり距離を置いていましたが、
コンサートの休憩時間に手を握り合って再会を喜びあいました。
素晴らしい夜でした。

2009年3月9日(月)

今朝、犬の散歩から帰った夫が
朝ご飯を食べながら、白モクレンの花が咲いていたと話して、
「白モクレンが咲くと、お義父さんが亡くなったときのことを思い出す」
と言いました。
私の父は平成元年の3月5日に亡くなりました。白モクレンが咲く頃でした。
夫と話しているうちに、父の命日が過ぎていることに気がつきました。

当時佐賀市ではレディースロードレースが行われていて、
佐賀市制100周年を記念して、佐賀市の女性職員が
5キロのレースに参加することになり、私も走ることになっていました。

父はロードレースの前日に意識が亡くなり、
ほぼ徹夜で看病した私は
「お父さん、私が走って帰るまで待っていてね」と声を掛けて
病院を出ました。
前夜ほとんど眠っていませんでしたが上位で完走し、
病院に戻ると父は待っていてくれ、その日の夜に息を引き取りました。

 

父が亡くなって21年です。
17回忌を終えて忘れていた命日を白モクレンが教えてくれたのでしょうか。
きょう午後、父の眠る今宿町の証明寺の墓に
夫が栽培したキンセンカとシバを手向けて、
「夫が次の市長選挙に立つことを決断しました。見守って下さい」
とお願いしました。

夫が次期市長選挙に立候補する意思があることを表明しました。
表明する前に、夫と話しました。
夫は欲もなく、パフォーマンスも出来ませんが、真面目な人です。
安心して暮らせる佐賀市にすることに情熱を持っていますが、
特に、夫が市長になって呼びかけて合併した
地域の人たちへの責任を強く感じているようです。

夫を多くの人たちが支えてくれていますが、
夫が全力で市政にあたることができるよう、
私は、夫の健康を守り、支えてゆこうと思っています。

3月3日のひなまつりは
雛寿司を食べるのがわが家の伝統です。
今年もたくさんの雛寿司を作りました。
家族全員が雛寿司を食べて娘たちの幸せを祈りました。

2009年3月2日(月)

今朝、夫は桜の花をあしらったピンクのネクタイをして行きました。
このネクタイは、夫が市長に当選した翌年のバレンタインデーに
3人の娘と私の4人で夫に贈ったものです。

春のネクタイですので
例年佐賀城下ひなまつりの開会式に締めていましたが、
今年のひなまつりは別のネクタイで出席したところ
人形作家の方から
「今年のネクタイは定番のピンクではありませんね」と言われたそうです。

そこで、きょうからの春の市議会開会に合わせてピンクのネクタイにしました。
このネクタイをするとき、夫は3人の娘の愛を感じるのでしょう。嬉しそうです。
出勤で家を出た夫は、間もなく息を弾ませながら引き返してきて
「メガネー」と叫びました。
浮き浮きして忘れたのです。可愛いといえば可愛いのですが・・・・。

大和町の男女神社の雨漏り対策の改修が終わり
27日に落成式がありました。
私たち夫婦に招待がありましたが、
夫は出張で留守でしたので、私だけ参列させていただきました。

この神社は名前が示すように、縁結びの神様です。
そこで、去年夫婦で訪れたとき
参拝者名簿に私たちだけでなく娘の名前も書いておきました。
ばれないはずだったのですが、
近所の方が名簿を見て、娘に、名前が書いてあった事を話されたので、
娘からこっぴどく叱られました。
今年は、名前を書かずに手を合わせてお願いしました。

 

土日の週末は夫と一緒に佐賀城下ひなまつりに出かけました。
土曜は、物作り市が開かれた八幡神社や
白山アーケード街、松原川沿いなどを歩きました。
いつもは寂しい通りに多くの人の流れができて賑わっていました。
出会う人たちも、「人が多いですね」と話しておられました。

日曜日は3月1日でしたので、家の四方に塩をまいて清めたあと
トイレの掃除などの家事を猛烈にしました。
夕方、ほっとひと息ついて夫と灯篭流し雛に出かけました。
ひな人形を描いた灯篭に、
家族の健康、市政の発展などの願いを書いて流しました。
娘のことも書きたかったのですが
お願いしすぎるとご利益がないそうですので、我慢して書きませんでした。
夫がどんな願いを書いたかはしりません。

 

2009年2月

2009年2月23日(月)

玄関先に植えているクリスマスローズが
たくさんのツボミを付けていて間もなく満開になりそうです。
友人のクリスマスローズは
今月はじめころからぼつぼつさきはじめたのに
わが家はなぜか遅れました。
一生懸命世話をしたのに、咲かないのかとがっかりしていましたが、
これで安心です。

 

お世話になった女性が先週亡くなりました。
その日の朝、通っていた病院で診察を受け、
「どこも悪いところはないから、もう病院に来なくて大丈夫」と言われ
夜はいつものように家族と一緒に食事して布団に入られたそうです。
夜中に大鼾をかきはじめ
救急車で病院に運ばれましたがダメだったそうです。
人の悪口を言われない、明るい人でした。
ご冥福をお祈りします。

夫はこのところ忙しく家に帰っても、役所の書類を読み続けています。
寝る時間も遅くなり、疲れているのでしょう。大きな鼾をかくことがあります。
友人のこともありますので、鼾を聞くと気になり、
揺り動かして鼾が止むとほっとします。

きのうの日曜日、
諸富町の「おばあちゃんの発表会」に夫と出かけました。
公民館に600人くらいのおばあちゃんが集まって
踊りや歌、手芸などを披露されました。
夫は歌に合わせて長時間手をたたいて、肩がこったようです。
裏方はおじいちゃんが務めておられました。

 

花笠音頭を仲間と一緒に踊られた
最高齢の方は98歳とは思えない元気な方でした。
長生きのこつを聞くと、
生け花を教えておられるそうで、
教えるためには自分も勉強しなくてはならず、
勉強をすることが長生きのこつということです。

先日お会いした90代の元気なおばあさんは
歩くことが長生きのこつとおっしゃっていました。
長生きのこつは人それぞれで、好きな事をするのかもしれません。

ある男性の友人は
「長生きをしようと思わないで
好きな酒をたくさん飲むのが長生きのこつ」と言います。
その方が本当に長生きできれば幸せな方です。

私の好きな事はスポーツと台所に立つことです。
今夫が忙しいのでスポーツをする時間がありません。
運動せずに、台所で料理ばかりするのは、体にいいとは思えません。
スポーツと台所、両立できれば私も幸せで、
長生きできるかも知れません。

2009年2月16日(月)

先週は暖かい日が続き、
庭のしだれ梅や紅梅、チンチョウゲなどが
一気に満開になりました。
庭はチンチョウゲの春の匂いに包まれています。

 

 

本庄地区の食生活改善推進会議の委員をしていますので
土曜日に開かれた、佐賀市環境保健推進大会に出席しました。
大会で、本庄地区の古川小夜子さんが表彰されました。
古川さんは、38年間、
地区の親子料理教室や、男性料理教室を開いたり、
1人暮らしのお年寄りを訪ねたりして
食生活の改善に取り組んでこられました。
私には、とても真似のできることではありません。頭が下がります。

高木瀬小学校の子どもたちは学校にビオトープを作って、
外来種のいない、昔の姿のままの自然環境を守る活動を
発表していました。
私たちの周辺に、外来種が入り込んできていることを
子どもたちに教えられました。

夫はクシャミをすると、花粉症かな、と言いますが、
昼間暑くて薄着をしていると
夜、気温が冷えても、そのままで、1枚羽織ることをしません。
風呂から出て、薄着のままうたた寝をすることもあります。
私が注意しても聞きません。
夫のクシャミは花粉症ではなく、不用心症です。

日頃の朝食は、朝早く出勤する夫に食べさせるのが精一杯で
一緒に食べる機会は、
土日で、朝早くからの行事のない限られた日だけです。

この土日は、一緒に食べられると思ったのですが、
1時間の予定で散歩に出た夫は、
見たい現場まで足を運んで、帰ってきたのは2時間後でした。
私は味噌汁を何度も温めなおして、食べずに待ちましたが、
いざ食べ始めると、夫は猛烈な勢いで食べて、
私が食卓に着いたときは、食べ終えていました。

1人で遅い朝食をとる私に、娘が
「お母さんは1人で食べるのが似合っている」と言いました。
似合いたくないです。

市役所への不満を、私にぶっつけて来る人がいます。
時には自宅まで来て、たまたま家にいた娘に不満を言われる方もいます。
訴えを聞いてあげたいのですが、私には権限も何もありません。
市役所に直接言って下さいと、お願いしています。

2009年2月9日(月)

私の家は伝統行事を大切にしますので、
毎年、節分は大忙しです。
今年も2月3日に恵方巻きを作りました。
前の晩下準備をして、朝5時に起きて巻きました。
家族や親しい人の幸せを願って巻いていると
はじめ10本の予定が12本の太巻きになり、
近所の老夫婦や友人に配りました。

3日はひなまつりの1月前ですので
娘と一緒に、ひな人形を座敷に飾りました。
ひな壇を組み立てて、箱に収めた人形を取り出して飾りますが
細かい指先の仕事の、人形の帽子や刀など小物の取り付けは
娘が頑張ってくれました。
ひな人形を飾っていると、娘が生まれたころを思い出します。

 

ひな飾りには、ひなまつりの歌のオルゴールが付いています。
夫は家に帰って、ひな飾りに気がつくと、
「おっ、飾ったか」と喜んで、オルゴールをかけました。
「ひなまつり」の歌には、娘を思うしんみりした親の思いがあります。
オルゴールのひなまつりの歌を聴きながら、娘が
「お父さんは私たちに早くお嫁に行っても欲しいし、もしお嫁に行くと寂しいだろうな」と
しみじみ話していました。

 

3日の夜は、豆まきをしました。
「鬼は外、福は内」と私がまいた豆を
家族は自分の歳の数だけ拾って食べるはずでしたが、
夫はきっと歳の数ほど、食べなかったでしょう。

週末の土日は、いい天気に恵まれ、布団を干しました。
お日さまに当てた布団に入ると太陽の匂いがします。
忙しい夫が、太陽の匂いのする布団で
ぐっすり眠れるのは、私の喜びです。

2009年2月2日(月)

きょうは暖かい春のような1日になりました。
朝、夫はコートを忘れて出勤して行きました。
帰りは夜遅くなるので寒いはずです。
「コート」と大声を出しながら夫を追いかけました。

昼間はぽかぽか陽気になりました。
スイセンは満開で、庭は春のようでした。

 

きのうの日曜日、
夫と一緒に諸富町の「太田城下ひなまつり」を見に行きました。
毎年行っていますが、年を追って素晴らしい「ひなまつり」になります。
はじめは女性が始めたようですが、
今は男も女も、子どもからお年寄りまで地域をあげてのひなまつりです。

 

会場の中に、竹やササ、石などで庭が造られ、
その周辺にひな人形が飾られています。
訪れた人は、琴の音に日頃の忙しさを忘れながら
おひなさまを愛でます。

女の子は、美しい着物を着て訪れた人を接待し、
お茶やお菓子を運んでいました。
ひな人形のように可愛い女の子たちでした。
こうしたまつりは、大勢の裏方が支えています。
私の中学の同級生は裏で抹茶をたてていました。
今年のテーマは、温(ぬくもり)だそうです。
地域のぬくもりが感じられるひなまつりでした。

 

横浜の孫に会いに行きました。
正月に帰って来なかったので出向きました。
上の男の子を幼稚園に迎えに行くと、
高い鉄棒で、逆上がりをしました。
びっくりするやら、嬉しいやら。
この子は春から小学生です。

下の女の子は春になると幼稚園に通います。
この子は寝るときはママと離れられませんでしたが、
今度はじめて私と寝ました。
子どもはちょっと見ない間に成長するものですね。
バババカと言われてもいい、孫はかわいいです。

あすは節分です。
毎年、家族の他、近所に住む高齢のご夫妻に食べてもらう
恵方巻きを作ります。
今年も10本くらいの太巻き寿司を作ろうと思っています。

2009年1月

2009年1月26日(月)

先週、20日の火曜日
後援会が富士町で開いた秀島敏行市政報告会には
寒い中、150人もの方が集まってくださいました。
私の生まれ育った北川副から富士町に移り住んだ人や
私の友人と仲良くしておられる人などと、ゆっくりお話しできて、
人のつながりの豊かさに驚きました。

 

先週、夫の従兄弟の奥さんが亡くなりました。
難病との10年間の闘病を支え看病された娘さんは
「お母さんが明るかったから」と言われました。
夫の従兄弟は、
「娘がいてくれたので頑張れた」と言っておられました。
家族の絆の大切さを知りました。

23日の金曜日、本庄地区の歩こう会に参加しました。
寒い日でしたが、先ごろ整骨院で出会った91歳のおばあさんに
「歩かんばいかん」と言われたのを思い出して出かけました。
20人で5キロを1時間ばかり歩くと 次第に体がポカポカしてきました。
あとで友人に「あんたビリを歩いていたね」と言われました。
ビリでもいい、歩きます。

土曜日、大詫間のひなまつりに夫と一緒に行きました。
たくさんの手作りのひな人形が並んでいました。
1人で100体作った人もおられるようです。
毎年のひなまつりで、
自分の作った人形を見てもらうのが楽しみということで、
おばあさんと孫の触れあいにもなるそうです。

 

会場でぜんざいをご馳走になりました。
89歳のおばあさんは、せんざいに大根漬けを添えようと、
たくさんの大根を畑で栽培して、
この日のために、50キロの大根を漬けたそうです。
会場を訪れた人を接待する人々の
暖かい気持ちの伝わる、ひなまつりでした。

2009年1月19日(月)

きょう(19日)は久しぶりに青い空が広がりました。
縁側に置いたシクラメンが一気に満開になりました。
気分も明るくなって朝から部屋の大掃除をして
洗濯機を3回まわし、マットなども洗いました。
物干し場で陽ざしを浴びる洗濯物と
洗濯物見上げる犬のマックスも楽しそうに見えました。
腰を痛めていて、無理できないのですが、つい無理をしました。
あすが心配です。

 

腰を痛めたのはおとといです。
佐賀城本丸歴史館で能を鑑賞するとき、
正座で足が痛くなったので横座りをして腰が痛くなりました。

きょう、整骨院で治療を受けましたが、
そのとき出会ったおばあさんに衝撃を受けました。
どうして整骨院に来られたのか分からないくらい
しゃんとした姿勢で真っ直ぐ歩かれます。
言葉使いもしっかりしておられ、
メガネを掛けないで文庫本を読んでおられました。
お聞きすると91歳で、メガネがなくても小さな文字も読めるそうです。

家から歩いてこられ、帰りに駅前で買い物をして、また歩いて帰るそうです。
少なくとも5キロはある道のりです。
毎朝4時に起きて、佐賀城まで歩いて、さらに濠の周りを歩くそうです。
「人には足があるやろ、歩かんばいかんよ」と話されました。
「愚痴を言ってはいけない、前向きに受け止めて、クヨクヨしない」
とも言っておられました。
私は人に何か言われると、落ち込みます。
おばあさんのプラス思考に学ぼうと思いました。

きのうの佐賀市の防災訓練に参加して、おにぎり作りをした友人が
「市や消防、自衛隊、婦人会など
みんなが力を合わせる姿に感動した」と話していました。
その人は佐賀県出身ではありません。
「こうしてだんだん佐賀市民になるのだね」とも言っておられました。
佐賀にとけこんで訓練に参加して、感動したと言う言葉に私は感動しました。

ご近所に昔から親しくしている老夫妻が住んでおられます。
手の込んだ料理を作ったときは、おすそ分けします。
先日、料理をお持ちすると、涙を流して喜んで下さいました。
私は共働きでしたので、両親に料理を届けることはできませんでした。
喜んで下さる姿を見て、
もう少し両親に親孝行しておけばよかったと反省しています。

2009年1月13日(火)

ここ数日、今年一番の寒さになりました。 自宅は古い家ですので、ことさら寒さがこたえますが、 玄関の周辺だけは春のような明るさです。 去年の暮れ、友人から、みちのく初桜(啓翁桜)という桜をいただきました。 花瓶に挿していると固かったツボミが開きはじめました。 みちのくで最初に咲く桜ですので、 佐賀ではもう春だと思って咲いてくれたのでしょうか。 葉桜まで楽しめるそうです。

 

週末、鹿児島県の出水に、ツルを見に行きました。
去年友人に誘われましたがツルはシベリアに帰ったあとでした。
そこで今年は早めに行こうと、この週末、時間がとれたので、
友人と夫と一緒に急きょ出かけました。
午後出発したので、着いたときは午後5時前で
ほんの10分ほど、寒さに震えながら1万2000羽のツルを観察しました。
家に帰り着いたのは午後10時過ぎで、へとへとに疲れました。

ツルは細い体で、毎年遠いシベリアから飛んできて、また帰って行きます。
強さはどこから来ているのでしょう。
私は今年1年、何があっても耐えられる強さをもらおうと思いました。
私がツルのように飛んで行きたいのは、孫のいる横浜です。

 

11日の朝、私が生まれ育った北川副で、ほんげんぎょうなどを行う
ふれあい冬まつりがあり、夫と一緒に出かけました。
会場ではカッポ酒がふるまわれ、うどんや豚汁、ぜんざいなどの店が出て
餅つきや子どもみこし、吹奏楽や金管バンドの演奏、モグラ打ちなど、
多くの行事を、親子がふれあいながら楽しんでいました。

会場の北川副小学校は、私が通った学校で、懐かしいところです。
私が通っていた頃は、こんな行事はありませんでした。
親子のふれあいを願って、こんな行事をはじめた人々に感謝したいと思います。
ほんげんぎょうの炎に、私は家族の健康と佐賀市政の発展を祈りました。

 

失敗談です。
昔勤めていた人たちと20年ぶりに集まる会が9日に予定されていました。
カレンダーに書き込んでいたのですが
新年のカレンダーに書き写すのを忘れて当日他の会合に出ていました。
遅くなって携帯電話がかかって、慌てて駆けつけました。
皆さんに申し訳ないことをしました。
予定は手帳にきちんと書き込んで、再びこんな失敗をしないようにします。

2009年1月6日(火)

あけましておめでとうございます。

夫は昨日(5日)新年の初出勤でした。
暗い内に犬のマックスとの散歩をすませ、
午前7時40分に家を出ました。
玄関先で「今年も頑張るぞ」と声を出しましたので
私は拍手して「行ってらっしゃい」と声をかけました。
玄関に、去年の暮れ、山で取ってきたツルウメモドキや
ナンテン、綿の花を飾っておきましたので、
新春らしく夫を送り出すことができて、いい朝でした。

 

去年の暮れから、50肩というのでしょうか、60肩なのでしょうか
肩が痛くて困っていますが、
暮れの大掃除は、長女が風呂、トイレの掃除まで
頑張ってくれたので助かりました。

おせち料理は娘が、旅館の料理を贈ってくれましたので
ほんの少しだけ作るつもりでしたが、
掃除に手を取られなかったので
31日になると、ついつい腕が動き出して、
黒豆、ナマス、煮しめ、田つくり、刺身やタイの南蛮漬け、
タイの兜煮などを作ってしまいました。

今年は孫が帰ってきませんでしたので、
暮れについた餅を横浜に送りました。
元日に、孫が「おばあちゃんありがとう」と電話してきました。
いい正月でした。

元旦は夫と一緒に5社参りに参加しました。
走って回る人もいますが、私達は歩いて回りました。
「娘にとっていい年でありますように」と、
「夫が健康で市政が順調にいくように」と祈りました。

このところ暖かい日が続きます。
今朝もいい天気でしたので、
夫を送り出したあと布団を干しました。
干しながら、最近仕事を辞めた友人が
「曜日を気にすることなく布団を干せるのが嬉しい」と
話していたのを思い出しました。

きょう仕事の人は布団を干せません。
布団を干せるという普通のことに感謝しました。
「年越し派遣村」の模様を見ていると、
普通に暮らせることが難しくなっていることに慄然とします。
夫はよく「普通でいいから安心して暮らせる社会にしたい」と言います。
そのとおりだと思います。

酒飲みの友人が、お酒を飲むのを我慢して
年越し派遣村に寄付したそうです。
私も何かを我慢して、何かをしたいと思います。

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