2008年7~9月のぼやき

2008年9月

2008年9月22日(月)

20日の朝、佐賀市職員による川掃除が行われました。
夫は早朝の5時に起きて、朝ごはんも食べずに出かけました。
こういうとき、夫は頑張りすぎて、肩こりに苦しみます。
出かける前に、体を壊すほど頑張らないようにと注意しましたが
10時ごろ帰ってきたとき、全身ずぶ濡れで、
いつもは畑に行くのに、少し横になったので、頑張りすぎたなと思いました。

予想どおり肩こりが出たようですが、
私の注意を無視したことに負い目があるのか、私に肩こりを訴えることはなく、
2日後のきょう(22日)になって白状しました。
職員は60歳未満ですので66歳の夫は最高齢のはずです。
立場も歳も考えずに先頭に立つ夫は困ったものですが
そんな夫を尊敬しています。

21日の日曜日、わが家恒例の彼岸の墓参りをしました。
夫は早朝、庭で育てた、百日草、シバ、ヒマワリなどを摘んできて
私が5つの墓に供える10の花束を作りました。

出かけるとき雨でしたので
夫は長靴をはき、私にも長靴にするよう指示しました。
私は格好悪いなと思いましたが夫に従いました。

墓参りは夫の先祖の2ヶ所と私の実家の2ヶ所の4ヵ所でしたが、
夫の中学の恩師が亡くなって以来、今年のお盆から5ヶ所です。
最初の2ヶ所はお寺の境内がぬかるんでいて
夫は「長靴でよかったろう」と自慢していましたが
その後晴れてきて、最後のお寺さんを訪ねたときは
出会った人に笑われているようで、恥ずかしかったです。

20日の夜、後援会主催の南部地区市政報告会を開いたところ
南部4町の400人の方が集まってくださいました。
新に3町が合併してはじめての集会でしたので、
お会いする人はほとんど初対面でした。
大変熱のこもった市政報告会で感激しました。

 

南部地区に続いて佐賀中部、旧佐賀市内の市政報告会を
10月26日に開きます。
その案内状を19校区の地区責任者の方に届けました。
地区責任者の方は皆さん温かい声をかけてくださいました。
夫はこういう方々に支えられているのだと思うと
胸が熱くなりました。

2008年9月16日(火)

夏の間寂しかった庭に秋の花が咲き始めました。
名前を知らない花も、
私が忘れていても去年咲いた花は今年も咲きます。
私の友人たちは、市長の妻は忙しいだろうと遠慮して
一緒に語り合うことが少なくなりましたが、
花と同じように、待っているとその時がきます。

 

そんなことを考えていると、13日の土曜日に、
平成10年ごろ、佐賀市の社会福祉課母子福祉係で
一緒に働いていた女性ばかり6人で昼食会をすることになりました。
「市長の妻の立場になると雑音も多く大変だろうね」と励まされましたが、
子育てや家庭を守りながら現役で働いている人たちも
それぞれに悩みがあります。お互い激励しあう会になりました。

夜は親しい友達と月見の会をしました。
月は顔を出してくれませんでしたが、
心を許しあう人たちばかりの食事でした。
昼と夜、楽しい1日でした。

私は本庄地区の食品改善推進委員ですが、
9日に委員が自治会の役員に料理指導をしました。
役員の人はほとんどが男性で、
中には妻に先立たれ1人暮らしの人もおられます。
サケの酢の物のあんかけ、トウガンの煮物、麦ご飯など
480キロカロリーのメタボ対策にもなる健康料理です。
キュウリの皮を上手にむく人、驚くほど厚くむく人、さまざまですが、
どなたも一生懸命でした。

 

夫は共働きの頃は台所に立っていましたが
今は農機具は使っても包丁は持ちません。
私が病気になることもあるかも知れません。
夫にも料理を教えておかなくては、と思っています。

14日、15日の連休、夫はさまざまな秋の行事に出かけ、
娘も出かけたあと、私は1人残されました。
いつもですと、絶好のチャンスと、たまっている家事をするのですが、
この所疲れているので、神様がくれた休養のときと、
家事もあまりせずにのんびりとすごしました。

2008年9月8日(月)

先週の土曜日、夫は朝から畑に出ていました。
夫が畑に出るのは1ヶ月ぶりです。
私や娘は畑仕事はほとんどしませんので畑は大荒れでした。
夫は、まず草刈をして、そのあと耕運機で耕していました。

夫はこのところ厳しい仕事が続いたようです。
今週からは議会の一般質問がはじまります。
夫は畑にいるときが一番楽しいように見えますが、
草を刈り、畑を耕しながら
市長として判断しなくてはならないことを考えているようです。
市長室より畑のほうが考えがまとまるようです。

畑は今、オクラとキュウリが次々と実っていて、
毎日食卓にのぼっています。
夫は生野菜は大好きですが、それ以上に好きなのが漬物です。
ある日、友人からいただいた、奈良漬とラッキョウを出すと
夫は、その美味しさに驚いていました。
奈良漬やラッキョウを漬けた友人は細身の美しい方です。
おしゃれで、東京青山を歩いているほうが似合う人で
とても漬物を漬ける人には見えません。
一方で私は、農耕民族の妻そのものですが、
漬物は漬けるのも食べるのも大嫌いです。
人は見かけによらないもの、本当にそうですね。

   

このところ犬のマックスの食欲がありません。
三女が心配していると、夫は
「俺の食欲がなくなっても心配してくれるか」と言っていました。
食欲のない夫は想像も出来ませんが、
犬に嫉妬するとは、吹き出しました。

長女が横浜に住む、甥と姪に会いに行きました。
甥と姪は私には孫です。
私のほうが会いに行きたいのですが、娘は、
「お父さんの世話は嫌」と言って
夫を残して私1人で出かけるのを許してくれません。
娘は強いですね。

2008年9月1日(月)

夫はフランスの出張から帰って以来超多忙です。
気力、体力の全てを使って仕事をしているのが分かります。
朝早く出て、帰るのは夜遅くなります。
週末の土日もほとんど休む時間はなく、
きのうの日曜日は早朝5時に起きて出かけました。
せめて大好きな温泉に入れてあげたいのですが、
温泉には3週間入っていません。

夫がもうひとつ好きな畑仕事もする時間がありません。
畑のキュウリやニガウリ、オクラが大きくなりすぎています。
庭の草取りは私の仕事になっていますが、
私も早朝出かけて夜遅く帰る夫の世話に追われて
草取りをする時間がとれません。

夏休みの終わりごろ
遊んでいる近所の子どもたちに、お母さんが
「夏休みの宿題をしなさい」と叱っている声が聞こえました。
私も娘たちが小さい頃、同じように大きな声を出していたなと
懐かしく聞いていました。

その子どもたち、きょうから新学期です。
8月の終わりは涼しかったのにきょうは暑くなりました。
子どもたちは昼ごろ、疲れ果てた様子で学校から帰って来ていました。
きょうはまだ月曜日です。1週間が長い事でしょう。
疲れた後姿に、ゆっくりね、と小さな声で声をかけました。

2008年8月

2008年8月27日(水)

フランスから帰ってきた夫は
白いご飯に、漬物、大根おろし、野菜の味噌汁を
これ以上に美味しいものがないという表情で食べていました。
典型的な日本の農耕民族です。
フランス料理より私の手抜き料理のほうが美味しいようですので、
きょうは張り切って弁当を作って持たせました。

夫が畑仕事をしなかったので、
畑のオクラやキュウリが大きく育っています。
私は漬物が嫌いですが、夫の喜ぶ姿を見て
せっせとキュウリのぬか漬け作りに励んでいます。

何を思ったのか長女が私たち夫婦に
お中元だとして鹿島のトンカツ屋さんに連れていってくれました。
その店は「おろしヒレかつ」が名物ということで
娘に薦められましたが、
農耕民族の私達は、慣れ親しんだソース味のかつを注文し、
せっかくの娘からのお中元を活かせませんでした。
娘からの次はもうないかも知れません。

猛暑の夏が去ってほっとしていますが、
夏の終わりは寂しいものです。
この夏、孫に会えなかったのでより寂しいのでしょう。
10月の幼稚園の運動会に行こうかと思っていましたが
ちょうどその頃、徐福シンポジウムがあり
先にお世話になった中国の方々が来られますので
孫に会うのはおあずけです。

2008年8月4日(月)

長い間雨が降らなかったので庭の木が数本枯れました。
玄関の横に植えて大切に育ててきたヒメシャラも枯れ、
ハナミズキも元気がなく心配でしたが、今朝、待望の雨が降りました。

日照りは土地や植物だけでなく、
人の心もカサカサにするのでしょうか、
今朝の雨で、私の心も潤ったような気がするのが不思議です。

夫は、3日間の東京出張から帰った1日の夜は
空港からエスプラッツの1周年記念式に直行、夜遅く帰宅しました。
翌日の2日は栄の国まつり、
3日は朝から、富士、三瀬の行事に出席して、帰ってきて栄の国まつり、
猛暑の続く中、走り回っていました。タフだなと思います。

一方の私は、栄の国まつりを楽しみました。
2日は、佐賀に若者がこんなにたくさん居たかと思うほどの賑わいでした。
よさこい踊り、花火、それに白山駐車場の屋台は人で埋まっていました。
人を集めるには、屋台と花火だと、夫に話しました。

 

3日は「本庄地区語りべの里」のハッピを着て総おどりに参加しました。
総おどりは各地区や、企業、団体の人たちが
浴衣やハッピなど色とりどりの衣装を着て中央大通りいっぱいに踊りました。
私も汗びっしょりになりながら踊り続け、楽しい時間でした。
踊りは「踊りゃなそんそん」です。

 

帰りは、仕事として祭りに参加していた夫と出合って
居酒屋でビールを飲みました。とてもおいしいビールでした。
夏はまだまだ続きますが、
栄の国まつりまで、夫は忙しいので、
この祭りが終わると夏が終わったような気がします。

夫が市長になる前は、夏になると
横浜に住む娘が孫を連れて里帰りしていましたが、
今は帰ってきても海にも連れて行けないので里帰りしてきません。
祭りが終わって、今思い出すのは孫の顔です。

2008年7月

2008年7月30日(水)

夫はこのところ忙しく週末も休めません。
昼休みも取れないようで、
先週は私が作った弁当を持っていったのは1回だけでした。
疲れているのでしょう、喉を傷めてしまいました。

風呂上りに上半身裸で扇風機の風に当たるなどしています。
注意しても聞きません。
疲れているとはいえ、自業自得の部分もあります。

私は肩を傷めました。
佐賀市民体育大会の卓球の部に
本庄地区代表として出場しましたが、
皆さんに迷惑をかけてはいけないと、
突然猛練習をしたのがいけなかったようです。

大会は1回戦は勝ち、2回戦で敗れました。
本庄地区は、ここ数年1回戦敗退が続いていたので、
何とか勝ててほっとしました。

7月24日に三瀬村の山中地蔵尊まつりに招かれました。
ぜひ市長に顔を出してほしいと頼まれていますが、
夫はその日、他の公務があったので副市長と私で行きました。

山中地区は22世帯くらいの小さな集落で
その内6世帯が1人暮らしということです。
毎年7月24日には、勤めている人も仕事を休んで、
集落全員で地蔵尊まつりをするということです。
それでも40人余りくらいで、若い人の姿は多くありませんでした。

タケノコやワラビ、シイタケなど、山の幸の煮物
キュウリやナスなどの漬物、ヤマメの塩焼き、
山の清流を使ってのソウメン流しをいただきました。
涼しい風を受けながら、素朴な料理を味わいました。
心のこもった接待をしていただき、感激しました。

 

夫は漬物が大好きです。
お土産にいただいた漬物を朝も夜もいただいています。

2008年7月22日(火)

私の住む地域のラジオ体操がきょうからはじまりました。
今朝、夫と本庄神社の境内に出かけて
子どもたちや保護者のみなさんと一緒に
ラジオ体操をして心地よい汗をかきました。

朝はラジオ体操をして朝ごはんを食べる、
大人は子どもたちを暖かいまなざしで見守るという
「朝ラジ、まなざし、朝ごはん」の
佐賀市の呼びかけが市民のみなさんに届いたのでしょうか
去年の夏休みの2倍以上の70人くらいが
ラジオ体操をしておられました。
お母さん、お父さんだけでなく、お年寄りの姿も見えました。

ラジオ体操を終えた家族が、仲良く話しながら家路をたどる姿を見ると
ほのぼのとした気分になります。
夫の朝は、犬の散歩、気功、ラジオ体操、シャワー、朝食、そして出勤。
私もラジオ体操の前に、弁当と朝食の準備を終えなくてはならず、
大忙しですが、出来るだけ、ラジオ体操に参加します。

夫はこの週末の3連休、毎日いろんな行事に呼ばれて出かけました。
わずかに空いた時間は畑の草取りをしていました。
いつまでも帰って来ないので様子を見に行き、
「お父さーん」と大きな声で呼んでも返事がないので、
熱中症で倒れていないかと心配して探すと黙々と草を取っていました。
梅サワーやゴーヤジュースを用意して夫を守っています。

北朝鮮の拉致問題の講演会で、
拉致された“横田めぐみ”さんのご両親の話を聞きました。
母親の横田早紀江さんが
娘を思う気持ちを切々として話されるのを聞くと涙があふれ出ました。

子どもを思う親の気持ちは誰も一緒だと思います。
一方で女子中学生が父親を刺し殺す事件もおきています。
どうしてこんな世の中になったのでしょうか。

40日前に3キロの梅を漬けました。
いつもはそのまま梅漬けにしますが、
今年は漬けた梅を瓶から出して買ってきたザルに干しました。
3日3晩干して、土用の暑い日ざしと夜露にあてます。
19日からはじめましたので、あすの朝で出来上がりです。
数十年ぶりの本格的梅干です。
漬物が大好きな夫の反応が楽しみです。

 

2008年7月17日(木)

猛暑の中で夫は猛烈に働いています。
東京への日帰り出張が続き、
夜は遅くまで仕事をして、家で食事をすることもあまりありません。
週末わずかな時間がとれたときは、
近所の広場と水路の草取りをしていました。

12日の土曜日に炎天下で広場の草刈をする夫を見て、
近所の方が、
「市長さんは元気かね。忙しい人なのに、頭が下がるばい」と
ほめて下さいました。

その日の夜、私は佐賀高校の卒業生グループの集いに出席しました。
ビアガーデンで涼しい風を受けながら楽しい会話をしました。
そのとき、男性の友人が
「市長は率先して地域の中に入って働いているが、
私の近所の佐賀市職員は、川掃除のとき自分の家の前だけ掃除して、
みんなが、1人暮らしやお年寄りの家の前を掃除していても加わろうとしない」
と話されました。
地域のために頑張っている職員もたくさん居るだけに残念です。

夫は物凄い暑い日に近所の川掃除をして熱中症になりかけました。
食事で健康管理したいのですが、夕食を家で食べることはまれです。
そこで、ゴーヤ、バナナ、蜂蜜、牛乳などの手作りのジュースを用意して
いつでもゴクゴク飲めるようにしています。

 

庭に鳩の夫婦がやってくるようになりました。
友人は巣を作ると大変よと言いますが
鳩は平和の使者です。
いいことがあるかも知れないと、見守っています。

2008年7月7日(月)

梅雨が明けました。
我が家の畑は、夫が植えた夏野菜が、次々と実っています。
今年はトウモロコシとカボチャの出来がよく、
友人にお裾分けしています。

 

7月4日、夫は66歳の誕生日でした。
早朝の5時過ぎに夫のご両親の墓参りに出かけました。
墓参りに備えて夫が育てた百日草と
庭に咲いているギボウシなどを墓に手向け、
夫が元気に誕生日を迎えたことを心の中でお礼を言いました。

そのあと、早朝炊きあげた赤飯を夫の実家の仏壇に供えて
これからも夫をお守り下さいとお願いしました。

夫の誕生日を祝って、
知人が、ぼた餅や夫の似顔絵のケーキを届けて下さいました。
夫は甘い物も大好きです。
食べすぎを心配する私を尻目に、
「せっかく、いただいたものだから」とパクパクと食べていました。
夫は大変元気ですが、食べ過ぎによる太りすぎは心配です。
元気に誕生日を重ねられるよう、見張ります。

三瀬のどんぐり村で開かれた
環境をテーマにしたプラネットジャムは佐賀市も共催でした。
初日の7月5日の朝、かなり強い雨が降って、
夫はハラハラしていましが、間もなく雨が上がり
午後からは晴れ間も見えるようになりました。

公式行事に参加する夫とは別に友人たちと連れ立って出かけました。
若い音楽家たちは、演奏の合間に
「小さくてもいいから、みんなで環境を守る取り組みをしよう」と
呼びかけておられました。

日頃若い人に、環境問題を話しても耳を貸してもらえませんが、
集まった4000人の人たちは真剣に聞いていました。
次第に、ステージと観客が一体となって盛り上がり、
私も思わず手を振り上げ、体全体を揺すっていました。
音楽に興奮しながら見上げた空は
プラネットジャムの成功を祝うように真っ赤な夕焼けでした。

夫は車はあまり使わずにバスに乗ります。
エアコンはほとんど使わず、電気もこまめに消します。
ゴミも出来るだけ出さずに、生ゴミは畑に入れます。
私は環境問題に関心がありながら、
つい快適さと便利さを求めてしまいます。
これからは頑張ります。

我が家の草刈機の刃をいつも研いで下さる人が
研いだ刃を先週、届けて下さいました。
少し顔色が悪いのでお聞きすると、その方は近々入院されるそうです。

夫は昨日の日曜日の早朝、
研いだばかりの刃を付けた草刈機を持ち出して
鍋島直茂の誕生の地の石碑のある広場の草を刈りました。

草刈を終えたあと、熊本の幣立神社にお参りに行きました。
この神社は、知り合いが病気になられるたびに祈願に行きます。
刃を研いで下さった人と他の友人2人が闘病中です。
宮司さんに3人の快癒を願ってお払いをしていただきました。

暑い季節、3人が一刻も早く
健康を回復して下さることを願っています。

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