2008年4~6月のぼやき

2008年6月

2008年6月30日(月)

梅雨の大雨が中休みしてくれてほっとしています。
雨に洗われ緑が色濃くなった庭に
うすいブルーのギボウシの花が浮き出るように咲いています。
花の少ない時期ですので家族の心をなごませてくれます。

 

先月、徐福さんの縁で中国を訪問しましたが、
その徐福が日本に上陸して、2200年前に植えたと言うビャクシンの木を見たくて、
諸富町の新北(にきた)神社を訪問しました。
新北神社の宮司さんは佐嘉神社にお勤めで
神社を守っておられる奥さまの川浪ひとみさんが迎えて下さいました。
ひとみさんは宮司の資格を持っておられます。

神社の境内にそびえるビャクシンの木は、
樹齢2200年と言われているだけに
根元から上のほうまで空洞が出来ていて風格があります。
古木は多くの太い支柱に支えられて立っていて
ひとみさんは台風のときなどは、貴重な古木が倒れないかとハラハラして
夜も眠れないそうです。

 

私はビャクシンの古木があることも
それを守る女性が居られることも知りませんでした。
人知れず古木を守っておられるひとみさんは
とても美しい人でしたが、心も美しい方でした。

先週の週末は、夫は珍しく本を読むなどしてのんびりしていましたが
きのうの日曜日の午後、久住の温泉に出かけました。

どこの温泉に入ろうかと探していると、「はげの湯」という温泉がありました。
温泉の人に夫が
「私の頭が禿げているのでこの温泉を選びました」というと、
「それくらいで禿げているとは言えませんよ」と言われて喜んでいました。

議会が終わったばかりの夫にはいい休養になりました。

2008年6月23日(月)

我が家の庭に咲いているアジサイとアバカンサス

 

市議会の一般質問がほぼ終わり、夫がほっとした頃
集中豪雨に見舞われました。
夫は午前5時ごろ起き出して周辺の川などを見回って
大変な事態になると判断したようです。

自宅の周辺はあっという間に、
川や道路、田んぼの区別がつかないほど冠水しました。

夫は、役所の水防警戒本部に電話したあと、
一刻も早く役所に出たいのですが、タクシーは電話も通じません。
私が車で送ろうとしましたが、道路に水があふれて動けなくなりました。
夫は歩いて行くと車を飛び出し、途中で動いていたバスに乗ったそうです。
市長としての夫は、早朝から責任感の塊で思うように動けず
イライラし通しでした。

東北の地震や今度の集中豪雨で、
自然の力の強さに今更ながら驚きました。
夫が植えた我が家の畑のサツマイモの苗は
雨で抜けてしまいました。
田植えを終えた近所の水田に大量の麦わらが堆積しているのを見て、
農家の方は大変だろうと思います。
被災された方に、心からお見舞い申し上げます。

おととい(21日)の土曜日
「佐賀ん町屋ば甦らす会」の総会に出席しました。
さまざまな仕事をしている人が
佐賀の街を元気にしたいという思いの会員は120人あまりです。

佐賀ん町屋ば甦らす会は
松原神社参道や、歴史のある街並み、緑と水辺の空間などに
賑わいを取り戻そうという取り組みをします。

松原神社参道には
バンコを利用した屋台村を作る計画もあります。
私の周辺の呑み助たちは、今から楽しみにしています。

佐賀の街を元気にしたいという人たちの熱気に感激しました。
佐賀大学の先生も中心になって下さっています。
佐賀は大丈夫、私はそう思いました。

2008年6月16日(月)

先月末、中国から帰って下痢、発熱して以来
体調がいまひとつ良くありません。
疲れがずっと残っているようで、
今月10日の夜高熱が出て喉が痛くなりました。
お医者さんが出して下さった扁桃炎の抗生物質を飲むとジンマシンが出ました。
起き上がることも出来ず、2人の娘に助けられました。

14日の土曜日に
城南中学の同級生20人ほどが集まっておしゃべりをしました。
久しぶりに会う人もいて楽しいひと時でした。
扁桃炎もよくなり、もう大丈夫です。

きのうの15日の日曜日は
夫とアルモニア管弦楽団の演奏会に出かけました。
物語の朗読とオーケストラ演奏が一体になった演奏で
とても楽しく聞くことが出来ました。

父の日の記念にバラの花をいただきました。
玄関がぱっと明るくなりました。
夫は三女に弁当箱をプレゼントされていました。
食べ過ぎないようにと小ぶりの弁当箱です。
きょう早速持って行きました。
弁当を作ったのは私、気合を入れて作りました。

梅雨に入って、猛暑の翌日は寒くなるなど
気温が毎日大きく変化しています。
衣服の調整に気をつけて体調を崩されないようにしてください。

2008年6月9日(月)

6日の金曜日、
本庄地区の「かたりべの里ウオーキング」に参加しました。
「健康ひろげ隊」の人たちが主催するウオーキングで、
これから毎週金曜日に5キロから6キロ歩くことにしています。

この日は田植えの準備のすすむ田んぼをながめながら6キロ歩きました。
夫は田畑で仕事をするのが大好きな農耕の民ですが、
このほど、米を作り続けてきた田んぼを手放しました。
田んぼのことを心配することなく、市長の仕事に専念するために手放したのです。

 

夫は熊本大学に通っていたころも、
農繁期になると自転車やバイクで帰ってきて田植えや稲刈りをしました。
夫はきっと淋しいはずです。
そんな夫の思いを考えながら歩きました。

日曜日にミヤマキリシマを見に出かけました。
友人が、ミヤマキリシマを見るために久住の山に登ったので、
苦しい思いをして山に登ってまで見るミヤマキリシマとは
どんなに美しいのかと見に出かけたのです。

私たち夫婦は山登りはしませんので、
車で行ける東阿蘇の仙酔峡に行きましたが、
もう散ったあとで、濃い霧も出てきて花に出会えませんでした。
でも、ガスで沸かした熱いお茶と弁当を食べて満足しました。

後援会や連絡事務所の立て看板の証票が
5月末で期限切れになったので、新しい証票に張りかえました。
10枚ですが、北は三瀬、南は諸富までですので、1日がかりです。
合併で佐賀市が広くなったことを実感しました。

 

今朝、突然うなぎが届きました。
暑くなってきた上に、
あすからの市議会一般質問の準備で、夫が疲れていると思うので、
うなぎを食べて、元気を出して下さいという、知人の激励でした。

時々、食事を届けている近所の高齢者の方はユリを届けて下さいました。
早速、玄関に飾りましたが、今庭の花が少ないときですので、
出勤する夫を癒してくれるはずです。

夫が多くの方に見守られていると思うと嬉しくて涙が出てきました。

2008年6月2日(月)

中国から帰った先週の日曜日の夜から3日間
下痢、発熱、嘔吐に苦しみました。
疲れが出たのでしょう。

夫は石垣島での九州市長会のあとすぐ中国、
帰国した翌日から東京、
東京から帰った夜はそのまま市長と語る会に出席しました。
私よりはるかに多忙なので、病気をしないか心配でしたが
驚くほど元気です。

夫を見ていると、
疲れたとか、きついとか、グニャグニャ言っている私が小さく見えます。
グニャグニャ、ブツブツと言わないことにしました。

健康が大切と思った私は
体調が回復した5月30日の金曜日に
地元の本庄町の健康ウオークに参加しました。
本庄公民館を出発して1時間半、
およそ5キロを歩いて爽快な汗を流しました。

6月1日の日曜日に
佐賀神社の参道に出来た野菜などの直売所を訪ねました。
直売所は以前旅館だった井徳屋に開設されましたが、
井徳屋の娘さんは私の高校の同級生です。
私は、直売所を開設した「佐賀ん町屋ば甦らす会」の会員ですので、
訪れた人に直売所で販売する棚田米を試食してもらう、
おにぎり作りのお手伝いをしました。

 

近所の料理屋の川松屋さんの大きな釜で炊いた5升の米を
小さなおにぎりに握りました。
一緒に握った「佐賀ん町屋ば甦らす会」の会員のみなさんの
手の平は真っ赤になっていました。
赤い手の平に、佐賀の町屋街を復活させたいという情熱が見えました。

直売所は、障害のある人たちが作った無農薬、有機栽培の野菜や
健康食品など、こだわりの品を販売しています。
健康には食べ物が大切です。ご利用をおすすめします。

わが家の庭の「メラリュウカ」
別名「スノーインサマー」と呼ばれる花が先週から満開です。
言葉のとおり、高さ3メートルの木に咲く白い花が雪のような美しさです。
雨あがりには水滴がキラキラとダイヤモンドのように輝きます。
通りかかった人が、車を止めて見ておられます。
この木は、夫が市長選挙に当選したあと、
野山に出かける時間がなくなる夫の癒しになればと思って植えました。
さまざまな思いを込めて、白い花を見上げています。

 

2008年5月

2008年5月26日(月)

佐賀市と友好都市になっている
中国の連雲港市への友好訪問団に参加しました。
市長の夫が団長ですが、
私は一般市民への公募に応じて参加しました。

初めての中国ですが、
飛行機で着いた上海では太陽が見えないほど空気が汚れていました。
開発が進む中、貧富の差、都市と農村の格差が広がっているようです。

連雲港市、慈渓市、青島市などを訪れましたが
どこでも熱烈な歓迎を受けました。

連雲港市に泊まった翌日の早朝
ホテルの前の大きな公園で、
中国の人たちが、太極拳やダンス、体操などをしておられるのを見て
夫と友人など4人で公園に出かけました。

 

準備体操のあと、夫の指導で気功をしました。
高校生のような若い女の子が寄ってきて
「その体操のようなものを教えてください」と言ったようですが、
言葉が分からなくて教える事ができませんでした。
気功は中国が本場です。
中国の若い人が教えてほしいということは、
夫の気功が少々おかしいのかもしれません。

 

中国の人がカセットテープの音楽に合わせてダンスをしていたので、
夫と久しぶりにダンスをしました。
結婚前に市役所の若手職員のクリスマスパーティで踊って以来
40年ぶりの夫とのダンスでした。
同行の夫妻に、「あなたたちも」と誘いましたが
恥ずかしがってしませんでした。

同じ公園で、
日本語を学んでいる中国人学生50人余りと一緒におにぎりを作りました。
訪問団の女性は白い割烹着を着て、
佐賀の米と海苔で、中国人学生に握り方を教えながら、おにぎりを作りました。
片言の日本語ですので、充分話すことが出来ませんでしたが、
いつか佐賀にいらっしゃいと話しました。

 

 

訪問団の人たちは1人6,000円出して徐福公園に桜を植えました。
桜の木には贈った人の名札が下げられていて、
みなさん、自分の桜が大きくなるのが楽しみなようでした。
桜が咲く頃再訪したいのですが
桜の木の下には、大豆や野菜が植えられているので、
日本のように桜の下で花見をするのは、ちょっと無理かもしれません。

5日間の訪問の間、公式行事が続き、
団長の夫は、毎回挨拶に立ちました。
毎回、心を込めた挨拶をするよう気を使っていました。
訪問が友好的に終わるようにいつも気配りをしていました。
そばにいる私はハラハラしていましたが全て順調でした。
あらためて、夫は凄いと思いました。

帰国してほっとして気が抜けたのでしょう。
佐賀に帰ったきのうから、発熱、吐き気、下痢の症状が出ました。
水には充分気をつけたので
何が原因か分かりませんが疲れがあったのでしょう。

夫は私以上に疲れているはずですが、
今夜からまた東京に出張です。
体力のある夫ですが、少し心配です。

2008年5月19日(月)

きょう(5月19日)は私の誕生日です。
朝、夫が「誕生日おめでとう」と言ってくれました。
結婚以来はじめてのことで、驚きました。
どうやらトイレで新聞を読んで日付を見て気がついたようです。

それを聞いた3女が
「家族で一緒に夕食に出よう」と提案すると
長女が
「仕事があるので一緒に行けないけど食事代は私がもつ」と
言ってくれました。
夫も仕事があるので、家族揃っての外食は無理ですが、
朝から嬉しい気分でした。

誕生日にはいつも両親の墓参りに行きます。
きょうも墓の前で、
「ありがとう、これからも私を見守って下さい」と手を合わせると
涙がポロポロと出ました。

人間ドックで気になるところがあったので、
きょう富士大和温泉病院に検査結果を聞きに行きました。
その結果大丈夫でした。
両親が見守ってくれているような気になりました。

石垣島で開かれた九州市長会に行きました。
妻の同行が慣例ですが旅費は個人負担です。
でも、市長の妻としての悩みなどを語り合えるので
出来るだけ出席しようと思っています。

夫たちが総会を開いているとき、妻たちは
石垣島と隣の竹富島を巡りました。
ブーゲンビリアは、いきを飲むほどの美しさでした。

石垣島にある、伝統的な織物の「みんさー織」の工芸館の
館長は、新 絹枝さんという方で現代の名工です。
私も絹枝ですので同じ名前で卓越した人がいることを喜ぶと
石垣の絹枝さんも、何かの縁だと
みんさー織の記念品を下さいました。

 

佐賀大学医学部の30周年記念で
聖路加国際病院の日野原先生の講演を聞いて帰った夫が
昼食をあまり食べないので、おかしいなと思っていると
日野原先生は
「健康のためには食事は腹七分目に」という話をされたそうです。
腹七分目はそのときだけ、
その後の食事はいつものように満腹を越えるほど食べています。

ラジオ体操とウオーキングで健康づくりをしようという
ラジ&ウオークに夫と一緒に参加して5キロ歩きました。
歩きながら、健康つくりの基本は歩くことと思いましたが、
最近夫は忙しくて夜の散歩が出来ません。
せめて腹七分目の食事にしてほしいのですが出来ません。
困ったものです。

 

2008年5月7日(水)

次々と咲いた庭の花は、ほとんど散り、今は日ごとに緑を濃くしています。
わが家の庭つくりの指導をしてくれている友人の庭が
オープンガーデンとして公開されましたので、4月29日に夫と出かけました。

友人の庭は派手な花はありません。
さりげなく整理された緑の間に、小さな草花がそっと咲いていました。
素晴らしい庭を見に訪れる人があとをたたず、
友人は接待に追われていたので、後日接待の応援に出かけました。
庭をながめながら、ゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。

横浜に住んでいる孫が
娘夫婦に連れられて帰ってきました。
2日夜から6日まで、それはそれは楽しい時間でした。

日頃は私たち夫婦と2人の娘の4人暮らしですが、
娘夫婦と2人の孫を加えて8人になり賑やかでした。
夫は孫と自転車乗りをしたり、サクランボを一緒に摘んだりしていましたが
私は8人の食事作りなどに追われて孫と遊ぶ時間がありませんでした。

そこで4日から1泊2日で小さな家族旅行をしました。
4日は朝から、おにぎりをたくさん握り、
大和町今山の男女神社の境内で弁当を食べました。

どんぐり村を訪ねましたが、大勢の人で入ることが出来ず、
北山ダムでボートに乗りました。
孫たちはパンダをかたどった足踏みボートに乗り、
私は昔ながらの手漕ぎのボートに乗りました。
夫が漕ぐボートに乗ったのは独身時代以来です。
久しぶりに胸がときめくような気分になりました。

 

夜は古湯温泉の旅館に泊まりました。
私も食事つくりから解放され美味しい料理をいただきました。
孫と一緒に温泉に入り、至福のひと時でした。
大きな一部屋に家族8人が枕を並べて寝ました。
幸せな気分であっという間に眠りに落ちました。

翌日の5日は子どもの日でしたので
孫が大好きな刺身を食べさせようと
鮮度のいい魚を売っているエスプラッツのアスタラビスタで
魚や肉を買って帰り、精一杯のご馳走を作りました。

孫たちは6日の夜帰りました。
別れ際、3歳の下の孫が、
「おばあちゃん、お利口にしていてね、又くるからね」と言いました。

日頃一緒に暮らしている4人でも
そろって食事をすることはほとんどありませんが、
4日から6日までは、いつも8人そろって食卓を囲みました。

夫は市長になって以来、3日続きの休みをとったのは、おそらくはじめてです。
夫には最高の連休だったと思います。

2008年4月

2008年4月28日(月)

家の玄関先の庭は、
モミジ、花みずき、ツツジ、ボタンが次々と咲きましたが
今、満開になっているのは、ナンジャモンジャです。
今朝、夫は「何の花じゃ」と聞きました。
夫が市長になったころに植えた木ですが、
当時は大変忙しかったので、新しい木に気がつかなかったのでしょう。

 

玄関には知人からもらった「コデマリ」を飾っています。
草花のクリスマスローズやスミレも満開です。
相変わらず華やかな玄関周辺です。

里帰り出産した知人の娘さんが、赤ちゃんを連れて中国に旅立ちました。
3ヶ月余り、お孫さん育てをした知人は
しょんぼりして、好きな酒を飲む元気もありません。

横浜に住む私の孫は、来月2日からわが家にやってきます。
私が孫の話をするたびに、「バババカ」と冷やかしていた知人は
「いいなあ」とため息をついて、私をバカにしません。

先週は、夫も私も忙しかったので
夫婦の会話もなく、喧嘩もなく、ボヤキもありません。

2008年4月21日(月)

わが家の玄関先の牡丹が今満開です。
島根県に住む夫のお兄さんが、
9年前に退職記念に送って下さった3株が大きく育っています。
今朝出勤するとき夫は、満開の牡丹とツツジ、花みずきを見ながら
「この庭が一番きれいだ」と満足そうに出て行きました。

 

島根県に住んだことのある友人は
牡丹の産地の中海にある島根県大根島の牡丹より
私の家の牡丹のほうが美しいとほめてくれました。
苗をもらって以来牡丹の手入れを頑張ってきた甲斐がありました。

富士町の友人ににワラビ採りに招かれ
ロングステイ先のハワイから帰国した友人夫妻と出かけました。
友人の山のワラビはそれは見事な大きなワラビでした。
農耕民族の夫は、山菜採りが大好きです。
「夫がこの場にいたら喜ぶのに」と話すと、友人たちが
「あなたはいつもご主人のことを思っているね」と、ひやかしました。

ワラビはたくさん採れたので10数人の友人に分けました。
アク抜きをしすぎて、少し柔らかくなりすぎましたが、
とてもおいしく、夫は喜んで食べてくれました。

土曜日に市役所の退職者の総会がありました。
85才になられる先輩が、
「あんたは、役所に入ってきたとき、ころころとかわいかったが、
市長の奥さんによく似ているね」と言われました。
そばにいた人が
「市長の奥さんよ」と教えたのに、
「あんたたち2人は夫婦だったのかね」と驚かれ、周辺は大爆笑でした。

きのうの日曜日、
嘉瀬川ダムの定礎式から帰った夫は
「ダムに沈む家の人たちに、ねぎらいの言葉をかけてきた」と話していました。
苦しむ人たちへの気遣いが出来る人です。

同じ日曜日、金立で開かれた「花みずき茶会」に出かけました。
茶会のお世話をされている小倉厚子さんは
「日本から贈ったサクラは、アメリカの人たちに大切にされているので、
アメリカから贈られた花みずきを大切にしよう」と
花みずきが満開のころ、茶会を開いておられます。
私はお茶の作法は知りませんが
茶会を開いた人たちの暖かい心が伝わってきました。

 

お茶をいただいたあと、
持参したタケノコご飯の弁当を木陰で食べました。
満開の花みずきと、山の新緑、おだやかな春の風、
素晴らしい金立公園の数時間でした。

2008年4月14日(月)

玄関先のハナミズキやツツジが満開です。
ハナミズキは30年前に家を建てたとき、
義母がお祝いに植えてくれたもので、
ハナミズキを見るたびに義母を思い出します。

 

義母は10年前に亡くなりましたが
厳しい人で、私の夫はこの人に育てられて、
あんなに生真面目な人間になったのです。
夫の7人兄弟姉妹はみんなまじめな人です。

夫や友人夫妻と一緒に
佐賀市立富士大和温泉病院で人間ドックの検診を受けました。
夫は大丈夫、私も大きな問題もなく、ほっとしました。
夜は古湯温泉の旅館で温泉につかり、いい休養になりました。
温泉に泊まる人間ドック、おすすめですよ。

大和町今山のチューリップ・桜まつりに出かけました。
赤、黄、ピンク、の他、珍しい紫のチューリップが満開で
それは見事でした。

チューリップの世話をしている老人クラブのお年寄りは、
「日頃忙しく働いている人たちが、この花を見て元気になって欲しい。
私達は、来年も咲かせるぞと世話をすることで元気になります」
と話しておられました。
来年も見に行きますので、元気に育てて下さい。

 

友人の娘さんが40歳を越えて赤ちゃんを授かりました。
この冬は多くの人を送りましたが、
新しい命も育まれています。嬉しい春です。

2008年4月7日(月)

夫は土曜日に公務が入らず1日自由でした。
朝から田んぼに出てトラクターで田起こしをして、
午後は翌日の日曜日の地区の川掃除に備えて
川のゴミを揚げる場所の草刈をしていました。

私は前から知人と約束していたので、桜を見に出ました。
働く夫を残して遊びに出かけたので、
悪いなと思いながら夕方帰宅すると、夫は
「頭を使ってイライラするより、思い切り野外で働いたので満足、
気分がすっきりした」と楽しそうに話していました。

夫は無理をすると肩がこって頭が痛くなることもあるので、
心配しましたが、元気一杯で
翌日の日曜日も、朝から地区の人たちと川掃除をしていました。

川掃除の日は市から借りた掃除道具を私が管理して
9つの班に分けましが、
今年は川掃除がこの日に集中したのか、道具が足らず、
一輪車は9班に6台しかありませんでした。
近所の農家から借りましたが、
街の中の地区の人は困られたでしょう。

 

新興住宅地の若いお父さんたちが
子どもを連れてたくさん川掃除に参加していました。
嬉しい光景でした。

日曜の午後夫が突然、
熊本の千本桜を見に行こうと言い出しました。
農作業や川掃除に頑張ったので息抜きしたかったのでしょう。
桜はまだツボミで、張り切って出かけた夫はがっかりしていました。

3日に友人に連れられて
国の天然記念物のエヒメアヤメを見に出かけました。
初めてみるエヒメアヤメは、可愛らしい紫の花で、
可憐という言葉がぴったりの花でした。
花の茎は10センチ位ですが、根は2メートルもあるそうです。

 

小さな花を地元の久保泉の人たちが守り続けて、
花が咲く頃には、訪れて人たちにお茶を出して接待しておられます。
90歳の方が車を誘導して案内しておられました。
エヒメアヤメも美しかったけど、
花を守る地元の人たちの美しい心に出会えて嬉しかったです。

エヒメアヤメは桜が散る頃満開になるそうですので、
見ごろはこれからです。

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