2008年1~3月のぼやき

2008年3月

2008年3月31日(月)

私の同期の佐賀市の女性職員は
きょう(3月31日)定年退職を迎えました。
同期の10数人の内、最後まで勤めたのは2人です。
あとは結婚や家族の介護などで辞めたり、
私のように定年の少し前に辞めたりしています。
家庭と仕事を両立させて
最後まで働くのは並大抵ではありません。
花束を贈って、「ごくろうさまでした」と申し上げました。

韓国済州島の西帰浦市(ソキボシ)で開かれた
「菜の花国際ウオーキング大会」に
週末の休みを利用して夫や知人と一緒に5人で参加しました。

 

西帰浦市は、不老長寿の薬草を求めて
佐賀に上陸したとされる徐福が立ち寄ったと言われています。
徐福が縁で佐賀を訪れて夫と知り合った
済州島のホテル経営者が歓迎して下さいました。

国際コンベンションセンターで開かれた前夜祭には
1000人くらいが出席していました。
私と夫は、知人と離れて地元韓国の人や中国からの人たちと
同じテーブルにつきました。
言葉は分かりませんが、一緒に歌ったり踊ったりして
国は違っても心をひとつでした。
私達はバルーンのハッピを着て
秋には佐賀にお越し下さいと宣伝しました。

翌日、歓迎してくださった方のホテルを訪ねると
大阪のカップルが結婚式をしておられました。
式に出席した人が少なかったので
私たちも席についてお祝いしました。

ちょうどその日の3月29日は
私たち夫婦の結婚記念日だったことを思い出しました。
その話をすると、午後の菜の花ウオーキングのあと
みなさんが、37回目の結婚記念を祝う会をして下さいいました。
喜んだ夫は韓国の人たちと一気飲みを繰り返し、
翌日は大変な2日酔いでした。
佐賀に帰るまで、何も食べられませんでした。

韓国の人たちのもてなし方は並大抵ではありません。
お世話になった方たちが佐賀に来られたときは
お返しをしようと思っています。

わが家の庭は今春満開です。
ユキヤナギ、カイドウ、オダマキ、クリスマスローズ、スミレ、ムスカリ、
次々に開く花を見ていると、心が透き通ります。

 

2008年3月24日(月)

20日のお彼岸は、
朝から小豆を炊いてぼた餅を作りました。
夫と3女は、食べ物の好みが似ていて、
酒も好き、ぼた餅などの甘いものも大好きです。

お彼岸には、毎年必ず墓参りをし、お墓に手向ける花は庭で育てます。
夫は午前中公務があったので、仕事に出る前に、
スイセン、菜の花、ユキヤナギ、シバ、ヤグルマソウなどを
庭から取ってきてバケツの水につけていました。

墓参りはいつもは午前中にしますが、
夫が仕事から帰ったあとの午後、3女も連れて3人で墓参りに出かけました。
夫や私の両親など4ヶ所の墓を回って、
家族の健康と夫の市政を見守って下さいとお願いしました。

愛犬のマックスの散歩のお相手は、いつもは夫か3女ですが、
22日の土曜日の朝、夫とマックスに私もついて行きました。
菜の花が満開で、ヒバリが青い空に舞い上がり、
水路の水面をカモが泳いでいました。

電柱や電線もない道路があり、夫は、
「横浜に住む孫が来たら、自転車の練習や凧揚げをここでしよう」と
話していました。
孫たちは大型連休に来ます。楽しみです。

2008年3月17日(月)

わが家の庭は春の盛りです。
彼岸桜は、今年は咲くのが遅いと思っていましたが
先週の土日に一気に開いて今満開です。
ソメイヨシノと違って白い花です。
5月にサクランボが実ると小鳥たちが一日の内に食べつくします。
それほどおいしいサクランボです。

田んぼの菜の花、庭のチンチョウゲとユキヤナギも満開です。
正月以来玄関に飾っていたナンテンとツバキに代わって
菜の花が夫を送り出しています。

1カ月半ごろ前、NHKでクリスマスローズの栽培について放送していました。
古い葉を落として根元に陽を当てるようにということでしたので、
放送が終わったらすぐ、古い葉を切り落としました。
すると翌日ごろから新芽が続々と出てきて、今はどんどん花が咲いています。
いろいろ言われるNHKですが、放送内容は豊ですね。

 

障害のある人たちの作品展を見に行きました。
展示された絵をよく見ると、
爪先くらいの小さなツルなどの折り紙をまとめてひとつの絵にしたものがありました。
手先の器用さに驚きました。
障害を乗り越えて素晴らしい折り紙を制作している
夏秋あづささん、物静かな素晴らしい方でした。

きのうの日曜日、夫は家の近くの川掃除をしていました。
夫は何十年も前から、この時期に1人で川掃除をしていますが、
日曜日もほとんど休めない市長になってからも
休んだり、人に頼んだりしません。尊敬します。
猛烈な勢いで泥揚げなどをしていたので、肩こりが心配でしたが、
夜温泉に入ることが出来たので大丈夫でした。
あすの朝は、川掃除で採れたセリを使ったセリご飯にします。

暖かくなると、子どもたちが遊ぶ姿をよく見かけます。
きのうは、近所の子どもが蝶を追いかけていました。
横浜の孫たちはどうしているかな、と思っていたら
きょう(17日)夕方娘から
孫をつれて春の大型連休に帰ってくるという電話がありました。
季節は春、私の心も春です。

2008年3月10日(月)

私が横浜の孫の話をすると、ある友人が
「バババカだねえ」と少々小ばかにして私をみていました。
その友人の娘さんが里帰り出産して、友人は突然「ジジバカ」に変身しました。
今度は私が冷やかそうとお祝いに出かけました。
抱かせていただきましたが、目の大きなしっかりした男の子顔でした。
日本の将来を背負って下さい。

 

友人は留守でしたが、奥さんや娘さんと話すと、
家族みんなで分担し合って赤ちゃんを育てている様子が伺えました。
赤ちゃんのお父さんは、今月中国の広州に転勤になったので、
佐賀から真っ直ぐ広州に行くそうで、
小さな腕にたくさんの予防接種をしなくてはならないそうです。
かわいそうですが
佐賀にいる間にジージ、バーバの愛情をたっぷり受けて下さい。
友人は私のことを「バババカ」と言えないはずです。

9日の日曜日、佐賀城下ひなまつりのウオーキングに参加しました。
最近、つくづく足の筋肉の衰えを感じます。
体操をしていた若い頃と比べようもありません。
去年の秋から年末にかけて夫と夜歩いていましたが
寒さが厳しくなって歩かなくなってしまいました。
春と共にウオーキングを再開したいと思っています。
夫は最近帰宅が遅いので1人で夕方歩きます。

 

帰りに歴史民俗館で開かれていたお茶会に立ち寄りました。
袴姿の男性がお茶をたてて下さいました。
格好いい姿に見とれましたが、よく見ると佐賀市の職員だった人でした。
人は変わるものだと驚きましたが、夫はいつまでも農耕民族です。

2008年3月3日(月)

今朝(3月3日)黄砂に驚きました。
車は泥を被ったような状態でした。
こんなひどい黄砂を見たことがありません。
黄砂と一緒に中国の大気汚染物質も飛んできているのでしょうか。
緑の多い佐賀の有り難さを感じますが
地球規模で環境が悪くなっているのなら安心できません。

きょうはおひなさまです。
今夜は娘の幸せを願いながら、ひな寿司を作りましょう。
あすは仕事が休みの3女と一緒におひな様をかたづけます。

有明海沿岸地域の食のフォーラムに出席した夫を
東与賀まで迎えに行くと、
皆さんと一緒に巻き寿司を作ることになってしまいました。
ふと気がつくと夫も寿司を巻いていました。
不器用ですね、あの人は。

 

男女共同参画のフォーラムに出席する夫が
「家庭の中で、俺のいけないとろこがあるか」と聞きました。
以前共働きだったころ、夫は掃除や洗濯、子どもの世話
何でも役割を果たしていました。
今は市長としての仕事が忙しく、私は家にいますので、
「問題はないよ」と答えました。
「自分にいけないところはないか」と私に聞いたところに、
男女共同参画に取組もうとする夫の姿勢が伺えます。

2008年2月

2008年2月25日(月)

2月16日の秀島敏行後援会総会の翌日
気がゆるんだのでしょうか風邪をひきました。
忙しくて横になれず回復まで長引きましたが、
週末にはよくなりました。

23日の土曜日、
諸富の「おばあちゃんの発表会」に出かけました。
会場の公民館に70歳を越えたおばあちゃんが
500人から600人集まって熱気に包まれていました。

歌や踊りや寸劇などを発表する人たちの元気なこと、
85歳を越える人も居られるそうで
私は元気をもらいました。
夫と2人で元気に長生きしたいと思いました。

 

きのうの日曜日はクリークの泥を田んぼに揚げる「ごみくい」に出かけました。
佐賀平野の伝統行事の「ごみくい」は
50年くらい前に廃れましたが、民間団体が復活させました。

会場まで車で行きましたが、
夫は会場近くの駐車場は込み合うだろうと、
はるか手前で車を止めましたので、
雪の降る中を10分くらい歩きました。
会場に着くと、すぐそばの駐車場がたくさん空いていました。

夫はスニーカーをはいた私を見て
「どうして長靴をはいてこなかった」と怒りました。
夫は、他人には気配りをして、私には厳しく当たります。

 

私はバケツリレーに参加しようとしましたが、
佐賀大学の外国人留学生が
「NO、NO、私たちがします」と、いたわってくれたので見学しました。

「ごみくい」は懐かしい風景です。
私の実家は農家ではなく田んぼはありませんでしたが、
父はいつも「ごみくい」に参加していました。
私は近所の子どもたちと一緒に、
泥と共に田んぼに投げ出されるフナを追いかけて遊びながら
農家の人と一緒に働く父親を見て、偉いなと思っていました。
昔はこんなところで、親と子のふれあいがあったのですね。

夫は半長をはいて「ごみくい」に参加して
一生懸命泥を揚げたあと、
みんなが、ふかし芋に手を出している間も、
田んぼに積まれた泥を掻き均す仕事をしていました。
なんでもはじめたら最後までしなくてはならない性格です。

また肩こりがおきないか心配しましたが、
夜、温泉に入ることができたので、大丈夫でした。

2008年2月18日(月)

おひな様の季節になると早めにひな人形を飾りますが、
今年は16日の夫の後援会総会の準備に追われていたので、
総会が終わってから飾ろうと思っていました。
しかし16日の朝、夫が、
「佐賀城下ひなまつりの開会式に出席するのに、
自分の家のひな飾りがまだでは申し訳ないので早く飾れ」と言いました。
誰も見ていないところでも筋を通そうとする夫です。

総会当日の朝で、大変忙しかったのですが
3姉妹の末の子と一緒に7段飾りを飾り付けました。
お人形に烏帽子を被せ、脇差などの小物を付けるのに時間がかかり
午前中一杯かかりました。
ひな飾りの前で、娘たちの幸せを願いました。
何を願ったですって? 娘が怒るので、それは内緒です。

 

日曜日に東与賀と本庄の公民館まつりに出かけました。
踊りや歌、太極拳などの発表が次々と行われていました。
裏方の女性たちが訪れた人にお茶を出すなど
心のこもった接待をされていました。

先週、夫は韓国に出張しました。
夫が忙しかったのでトランクの荷物は私が準備しました。
韓国の冬は凍てつくような寒さと聞いていたので
防寒用の衣類を入れておきましたが
韓国から帰った夫は
「余分なセーターやマフラーが2枚も入っていて重かった」と
文句を言いました。
私へのお土産は何にもありません。
文句を言うくらいなら、荷物は自分で用意しろ、と言いたかったのですが・・・。

16日の、秀島敏行後援会総会には
380人もの方が出席して下さいました。
夫は多くの人たちに支えられているので頑張れるのだと思います。
ありがとうございました。

2008年2月12日(火)

山田洋次監督、吉永小百合主演の
映画「母(かあ)べえ」を見ました。
夫と一緒に映画を見たのは何年ぶりでしょうか。
すばらしい映画でした。

戦争に反対しただけで、
牢屋に入れられる時代があったことに驚きました。
夫を信じる女性の強さ
子どもを育てる母親の優しさに感動しました。
涙がぼろぼろ流れて、目と心が洗われました。

3人の娘を育てた私は
毎年ひな人形を飾りながら娘の幸せを願います。
16日の夫の後援会総会の準備に追われていますが、
総会が終わったら7段飾りをします。その日が楽しみです。

2008年2月4日(月)

1月30日、嘔吐下痢症になりました。
年末からの多忙で疲れていたので
ウイルスに負けてしまったのでしょう。

その日はお医者さんに行く元気もなく
翌日の31日は朝起きることも出来ませんでした。
たまたま仕事が休みだった三女が
夫の弁当を作り、靴も磨いてくれたそうです。
何も見ていないようでも日頃私がすることを見ていたのでしょう。

夫を送り出した後、私をお医者さまに連れて行き、
脱水症状にならないようにと、スポーツドリンクを買ってきました。
病気になって娘の優しさを知り、涙が出ました。

毎月1日の朝は、屋敷の表鬼門と裏鬼門に酒と塩をふって清めます。
2月1日はまだきつかったのですが、頑張って清めました。
おかげで病気は3日間で全快しました。

3日の節分は恵方巻きを作りました。
前の日から準備して10本ばかり作り、
近所のお年寄り夫妻の方にもお持ちしました。

家族みんなで南南東に向かって
太い巻き寿司を口いっぱいに入れて食べました。
食べる間、話をせずに願い事を心の中でとなえました。
私は家族の健康と、娘たちにいいことがありますようにと願いました。

恵方巻きを食べたあと、
諸富の太田城下ひなまつりに、夫と一緒に行きました。
会場に飾られたお雛様も素晴らしかったけど、
ひな人形と一緒に展示されていた昔の旅館のミニチュアに驚きました。

西村さんという方が2年以上かけて作られたそうで、
3階建てのミニチュアは、
屋根や階段、畳、襖、障子、電球まで細かい細工で作られ、
襖や障子は開け閉めできるので驚きです。
台所は、かまどや切れそうな包丁まで作られていました。
ままごとをしていた子どもの頃を思い出し、懐かしい気持ちにもなりました。

私は3人の娘を育てましたので、ひな祭りには特別な思い入れがあります。
お雛様を見ていると、3人の娘たちの幼いころの姿と重なってきます。
娘のことをたくさん思った今年の節分でした。

2008年1月

2008年1月28日(月)

先週の週末、東京に出張した夫が
帰りに横浜の孫のところに寄るというので、
私も横浜まで出かけて孫に会ってきました。

夫は土曜の朝早くから夜まで
孫に自転車乗りの練習をさせていました。
何をするにも徹底的にしないと気がすまない夫ですが
1日孫と過ごして楽しそうでした。

孫の父親の帰宅は午前1時ごろで寝るのは3時だそうです。
父親が帰ったとき、子どもは寝ていて、
起きた時、子どもは幼稚園や保育園に行っています。
休みの日に触れ合うようにしているようですが、
疲れもとらなくてはなりません。都会暮らしは大変です。

横浜に行っている間に知り合いが2人も亡くなりました。
1人の方は帰ってきて知ったので弔電も打てませんでした。
2人ともまだまだ亡くなるような年齢ではありません。
寒い季節は危険です。健康にはくれぐれも気をつけて下さい。

きのう(27日)の日曜日は
川副町大詫間の
「見てくんしゃい大詫間おひなさまかざり」を見に行く約束をしていましたので、
横浜の家を暗い内に出て、午前9時には佐賀に戻ってきました。

ひな人形は地元のおばあちゃんが毎月公民館に集まって作った手作りです。
指導は下村律子さんで、
使用済みの紙コップや包み紙の紐など不用品が
美しいひな人形に変身していました。
下村さんは「ひな人形作りをはじめてお年寄りが元気になった」と
話しておられました。

ひな飾りに訪れた人に食べて欲しいと
吉冨シズエさんが、たくさんのお漬物を持ってこられ、
私たち夫婦もご馳走になりました。
漬物が大好きな夫はほっぺたが落ちるような
嬉しい顔をしていました。

2008年1月21日(月)

先週夫は失敗ばかりしていました。
▽ 新年の集いに出て財布を落とす
▽ バスの中に弁当を忘れる
▽ 弔電を打つのを忘れる
▽ 上下が違うスーツで出かける
など毎日のように失敗しました。
スーツを間違えたのは、
その日、一番いいスーツを着ることで夫婦は合意していましたが、
夫が考えた一番と私が考えた一番が違っていました。
夫が出かけるとき、私は靴を磨いていたので気がつきませんでした。
お互いの気の緩みがあったのでしょう。初心に立ち返り注意します。

あとの3つの失敗の原因は夫です。
財布を無くした日は、財布の中が寂しかったので
お金を追加して入れておきました。
おかげで我が家は今月一杯粗食で通すことにしました。
夫は漬物さえあればご機嫌ですが、
私も嫌いな漬物だけの食事に耐えなくてはなりません。

19日の土曜日、食育推進公開サミットが開かれました。
夫が神埼と小城の市長とともに意見発表をするので私も同行し
発表を聞きました。発表者の1人が
「昔は朝、トントントンというまな板の音がしたが、今はチーンだ。
本物の食事がどこかに行った」と話しておられました。

 

福岡の保育園の園長は
子どもたちに、有機栽培で育った玄米と保育園で栽培した野菜中心の
和食を食べさせていることや、子どもたち自身に、米を洗わせるなど、
何か手伝わせていると発表されました。
親が何でもしてやるのではなく、
子どもに役割を与えることが大切なことを教わりました。
私の娘は料理は上手ではありません。
子育てを間違えたかなと思っています。

庭のサザンカが散って紅梅がふくらんできました。
春がそこまで来ていることを感じます。

 

2008年1月15日(火)

夫は先週、新年の会合や新年宴会が続き、
家で夕食を一度も食べませんでした。
好きなお酒はセーブしていますが、食事はつい食べ過ぎてしまうようです。
その上、家に帰ると必ずご飯と漬物を食べます。
食事のバランスが崩れているのが心配です。

北川副町のふれあい冬まつりに夫婦で出かけました。
「ほんげんぎょう」で炎が舞い上がるのを見ながら、この1年の無病息災を願い、
「もぐら打ち」を見て今年の豊作を祈りました。

 

会場の北川副小学校は私の母校です。
子どもたちの姿を見ながら小学生時代を懐かしく思い出しました。
地域に残った同級生も多く、幼い頃の名前で呼び合って思い出話しをしました。
楽しかったです。

きょうは女正月と、ラジオが放送していました。
お正月に忙しかった女性の労をねぎらう日のようです。
しかし、わが家に女正月は来ませんでした。
きょうは天気がよかったので、掃除洗濯、それに水餅を洗いました。
冷たい水で水餅を洗うのは辛い仕事です。
いつか「女正月をさせて欲しい」と夫に言ってみたいのですが、
「昼間は暇やろもん」と返事が返ってくるでしょう。

2008年1月7日(月)

新しい年を迎えました。
今年も皆さまに支えられながら、夫を支えてゆきたいと思います。
よろしくお願いします。

今年の元日は神社参りに明け暮れました。
早朝、実際は6つの神社を回る5社参りに夫と出かけました。

雪が降る寒い朝でしたので、
熱いお茶の入った水筒と折りたたみ傘2本、
タオルなどをリュックに入れて背中に担いで出ようとすると、夫は
「歩くのに、そがん重か物を持って行くな、置いていけ」と文句を言いました。
無視して担いで行きましたが、
とても寒かったので、夫は熱いお茶を「おいしい」と喜んで飲んでいました。
帰りに大雪になったので折りたたみ傘のお世話になりました。
私のありがたさが分かったはずです。

 

夫は今年、ゴミを減らす運動に取組むことにしています。
わが家は生ゴミは畑に埋めて、ごみ収集に出す量を極力減らそうとしています。
畑に穴を掘り、生ゴミを埋める仕事は夫がしていましたが、
今年は私も協力して、私が畑に埋めることにしました。
ただ、夫はわが家のゴミ箱をあせくって、生ゴミが入っていないか点検します。 ゴミを減らすことは大切ですが、そこまでするかとハラがたつこともあります。

正月の3日、私が大好きな魚釣りに行きました。
風が強く海は荒れていて、一緒に行った人の中には
「こんな波でも海に出るの」とあきれた人もいました。
私は船酔いはしませんので、とても楽しい初釣りでした。

年末年始、多くの方を黄泉の国に見送りました。
何かとお世話になった佐賀市議会の元議長がお2人亡くなり、
きのうは私が佐賀市役所に入って間もない頃から
ずっとお世話になった元職員の方が亡くなりました。
ご冥福をお祈りします。

今朝、七草粥を夫に出しました。
富士町の農家の方が、無病息災を願いながら栽培された七草です。
佐賀市政をあずかる夫が病気になると佐賀市民の方に迷惑をかけます。
夫の健康管理は私の大切な仕事なので、努力します。
今年もどうぞよろしくお願いします。

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