2007年7~9月のぼやき

2007年9月

2007年9月25日(火)

夫は最近考えることが多いのでしょう。
頭の中がいっぱいのようです。
うかつに声をかけると命令口調の返事が飛んできます。
以前の私なら言い返して喧嘩になるのですが
外では吐き出せないストレスを
私にぶっつけているのだと思って聞き流します。

今回の3連休は
夫が完全に休めたのは1日だけでしたが、
仕事のあと、ストレス解消に努めました。

22日夜は早めの月見、
23日は魚釣り、
24日は午後温泉に行きました。

魚釣りはいつもは午前8時ごろ家を出て海に向かいますが、
前夜の月見の席で、
「魚釣りは朝早く行くべきだ」という助言を受けたので
午前6時に出発しました。
その結果、久しぶりの大漁でした。
アジ、ハタ、イラ、コダイ、サワラ、ベラなど
12種類の魚を4人で100匹ほど釣りました。

昨日(24日)は温泉につかりました。
今週は夫のストレス解消のための
サウンドバックにならなくて済みそうです。

あすはわが家の田んぼの稲刈りです。
田植えは休日を選んで夫がしますが、
稲刈りは地域ごとに刈り取り日が決まっているので
平日のあすは、夫は自分でできないので親戚にお願いしました。

夫はきのうまでに、
コンバインの掃除をして、燃料を満タンにしたうえ
倉庫の掃除まですませて、
いつでも稲刈りができるように準備を終えました。
そんな夫を見ながら、
本当は自分で刈り取りたいのだと思いました。

2007年9月19日(水)

この3連休、夫は毎日仕事でした。
最終日の17日の午後2時になってやっと自由になったので、
思い立って、島原の叔母の仏さま参りに行きました。

夫と島原を訪ねるのは15年ぶりのことで
路地にある叔母の家が分かるか心配でしたが、
叔母が導いてくれたのでしょうか真っ直ぐ家にたどり着くことができました。
ずっとお参りしたいと思って気になっていたので、ほっとしました。

帰りに島原の温泉に入ってきました。
家に帰ったのは夜遅くなりましたが、
やっと休めたわずかの時間を安らぎのひと時にすることができました。

安倍さんが引退表明したとき、
夫は、トップの孤独感を盛んに言っていました。
そばにいる私も気がつかない思いがあるのでしょう。

夫は敬老会に出席することが多かったようです。
いつまでも2人仲良く、元気に長生きしたいと思います。

きょう久しぶりに書道教室に行ってきました。
お祝いの熨斗袋に書く字が気になって勉強しています。
書道教室のあと仲間とのおしゃべりが楽しみなのですが
最近はおしゃべりに参加する時間はありません。

2007年9月10日(月)

市議会の一般質問がはじまると私も緊張します。
はじめのころは、
議員の方の質問に対する夫の答弁が気になっていましたが
最近は議員の方の意見が気になります。

議員の方が
「見えない、遅い」などと言われると
着実に進んでいる秀島市政を見て下さいと
心の中で叫んでしまいます。

夫と川副町に出かけたとき、
広い田んぼと海、遠くに見える背振の山々を見ながら
佐賀市はこんなに広くなるのだと思いました。
その全ての地域に責任を持つ夫の肩の荷の重さを感じました

土曜日の午後
夫は田んぼに出て草刈機を使いました。
めったに田畑に出る時間がないのでガムシャラに働いていました。
頑張り過ぎるのは困るのですが
好きなことなので「やめなさい」とも言えません。

案の定、翌日の日曜日に肩こりと頭痛が出ました。
そこで熊本の阿蘇近くの温泉に出かけました。
久しぶりにお湯につかり、ススキを刈り、
高原の秋に癒されました。

 

間もなく秀島市政の1期目の折り返し点です。
玄関に飾ったススキを見ながら、
夫には、これからも元気に市政に取組むための
いい休養になったのかなと思っています。

2007年9月6日(木)

暑い日が続き、
夫は毎朝、スーツの上着を持って行くのを嫌がり、
持って行け、行かないで、夫婦で争います。
突然スーツが必要になることもあるので、論争は私が勝ちますが、
今度は上着を持って帰りません。
そうすると、毎日同じズボンをはいて行くことになります。
困ったものです。

一方で、毎日持って行きたがるのが弁当です。
仕事の都合で外食のほうが便利な日もありますが
無理してでも部屋に帰って弁当を食べるようです。
夏は弁当作りに苦労しますが、
1日でほっとする時間のようなので
毎日弁当づくりに励んでいます。

毎晩夫と1時間位歩くようにしていますが、
最近夫は帰りが遅かったり
お酒を飲んで帰ったりで歩けない日が続いています。
1人だけでは歩きたくありません。
早く帰って欲しいと願う日々です。

2007年8月

2007年8月27日(月)

甲子園での佐賀北高校に、感動、涙する夏でした。
佐賀市金立の金刀比羅神社にある「ばくちの木」の皮は
勝を呼ぶと言われています。
2年前の市長選挙のとき皮をいただき、夫は選挙に勝ちました。

それを思い出した私は、
佐賀北の決勝戦のとき、「ばくちの木」の皮を持って、
テレビの前で金刀比羅さまに、
「お願いします、お願いします」と言いながら応援しました。
8回の大逆転のときは鳥肌が立ちました。
感動し、涙をぼろぼろと流しながら、
金刀比羅さまに、「ありがとうございました、ありがとうございました」と
言い続けました。

週末、夫が東京からの帰りに横浜の孫の所に寄るというので
私も佐賀から横浜に出かけました。
1泊だけで帰りましたので、4歳の孫が、
「おばあちゃん帰らないで」と泣きながらいいました。

 
 

夫は日曜日にさまざまな行事に参加することになっていて、
場所によって服装を替える必要がありました。
私が居ないと身の回りのことが出来ない夫ですので、
後ろ髪を引かれる思いで帰りました。
夫はもう少し自立して欲しいのですが、
世話をしすぎる私がいけないのでしょう。

2007年8月20日(月)

お盆は例年のように墓参りをしました。
毎年、庭で育てた花を持参しますが、
今年はシバのほか、サルスベリやヒマワリを墓に手向けて、
家族を守ってくださいとお願いしました。
ご先祖さまは、市民のためにガンバレと
返事をして下さったような気がしました。

墓参りは朝食前に行こうと思ったのですが
夫は、ご飯を食べて行こうと言い出して結局夫に従いました。
その結果猛暑の中の墓参りになりました。
私の意見を聞かない夫は困ったものです。

夫がお盆休みを取れたので久住に行きました。
2人だけのとき、夫は無口で面白くありませんが、
夫は高原の散歩を楽しみ、私は温泉を楽しみました。
いい休みでした。

毎年高校野球を見ていますが
今年の佐賀北高校の野球ほど感動したことはありません。
佐賀北と帝京の試合は
ピンチになっても耐えに耐えて全力で頑張り、
しかも力を出し切る選手に心が震えました。

19日の夜
赤松校区の鯱の門まつりに出かけました。
門の前で浴衣を着たかわいい女の子に会いました。
思わず一緒に写真を撮りました。
孫のような子どもたちと一緒に写真をとり、
いつも無口な夫も楽しそうな笑顔を見せていました。

 

2007年8月6日(月)

広島に原爆が落とされた8月6日は毎年猛暑になります。
ギラギラ照り付ける夏の暑さを感じながら、
62年前のあの朝、広島では10数万人の方が
原爆に焼かれて亡くなった事実を思い起こします。

午前8時15分、原爆が落とされた時間に
ラジオの中継に合わせて、亡くなった人の冥福を祈り、
平和な社会を作ってゆく決意を新たにしました。

4日の土曜日は、よさこい踊りと花火を見に
浴衣姿で出かけました。
街はどこから出てきたのかと思うほどの
若い人たちで賑わっていて、私も元気が出ました。

5日の日曜日は栄の国まつりの総おどりに、
本庄地区の自治会の人たちと一緒に参加しました。
そろいのハッピ姿で50人が踊りましたが、
参加者の息があって、美しい踊りを披露することができ
特別賞をいただきました。
はじめての参加でしたが、
皆さん「市長を出した本庄地区」という気持ちで
猛練習をしていただき、その成果が出ました。

夫は先週大変な忙しさでした。
高校総体の種目別の開会式や
栄の国まつりの、よさこい踊り、花火大会、総おどりなどに
次々と出席しました。
場所にふさわしい服装にするために、
週末の土日の夫は、まるで着せ替え人形でした。

週明けのきょう、
汗にまみれたスーツやワイシャツをクリーニングに出し
ポロシャツなどの洗濯に追われましたが、
無事終わり私はほっとしました。

夫は疲れたようで、今朝出勤するのに、
「行ってきます」という声も出ませんでした。
私が大きな声で「行ってらっしゃい」と声を掛けると
やっと「行ってきます」の声が返ってきました。
さあ、今週も猛暑の中、頑張ります。

2007年7月

2007年7月31日(火)

高校総体を前に夫は大変緊張していました。
28日の開会式で、大勢の人を前に
夫が開催地としての歓迎の挨拶を無事終えると、
テレビを見ていた私は涙が出ました。
大会はまだ続きます。
全国から集まった方々、関係者の皆さんご苦労さまです。

28日の土曜日の夜、
諸富町の花火大会「2007、夏の夜のメルヘン」に
市営バスで出かけました。

バス代、席料、缶ビール1缶付きで1600円という企画です。
ビールを飲みながら目の前に上がる花火を
友人と和気あいあい楽しみました。
市営バスを支援しようと出かけたのですが
期待以上の楽しい夜でした。
みなさま、来年はぜひ市営バスで花火を見に行きましょう。

 

私の大好きなヒマワリの花をいただきました。
ヒマワリの花言葉には
敬慕、熱愛、あなたを見つめたい、という意味があるそうです。
毎朝、玄関に飾ったヒマワリを見て、夫を送り出しています。

きょうはぼやかずに、のろけてしまいました。

2007年7月24日(火)

夫は高校総体などの準備で忙しく、
精神的にも疲れているようです。
ぶっきらぼうで、ほとんど笑顔がないのが心配です。

夏は暑さで運動不足になるので、
夫婦そろって夜の散歩をはじめたのに続いて
きょう(24日)から
地区の子どもたちのラジオ体操にも顔を出すようにしました。

子どもたちは元気がありません。
元学校の先生だった人が
子どもたちに、元気を出せと叱咤激励されていました。
高齢者は元気です。

最近音沙汰がない友人に電話したところ、足を骨折していました。
明るい女性です。骨折して元気がなくなると
家の中が暗くなります。早くよくなることを願っています。

夜の散歩で季節はずれのホタルに出会い、
田んぼの片隅では、秋に咲くはずのコスモスが咲きました。
自然環境がおかしくなっているのではないかと心配です。

2007年7月20日(金)

佐賀は地震の少ないところですが、
2年前、はじめて大きな地震にあって地震の怖さを知りました。
2度も大きな地震にあわれた新潟の人たちが
お気の毒でたまりません。

今朝、今にも雨が降りそうな中を出勤してゆく夫と三女に
傘を持ってゆくように言いましたが
2人とも言うことを聞かずに、傘を持たずに出かけました。
「雨が降っても傘を持っていってやらないぞ」と、思いましたが
激しい雨が降り出したので、夫のあとを車で追いかけて傘を届けました。

自転車の娘には、傘を届けることが出来ませんでした。
ずぶ濡れになったでしょう。心配です。
私の言うことを聞かない、夫と娘、どこかで似ています。

ハワイと佐賀を行き来して暮らしている友人の
佐賀の留守宅に落雷があり、家の中の電気製品が全て壊れました。
被害は大きかったようですが、留守中の落雷で友人夫婦が無事だったことで
不幸中の幸いと思うことにしました。

友人は
「佐賀の家を売ろうと思っていたので家が怒ったのでしょう」と言っていました。
友人が家を売って遠くに離れると寂しいので
これを機会に、家を売らないように気が変わることを願っています。

10年前に球根を買って庭に植えていた
カサブランカの花が数年ぶりに咲きました。
いい香りのする白い花を手折って玄関先に飾りました。
仕事から帰った夫が、
「俺も玄関に飾ればいいなと思っていた」と言いました。
夫婦で同じ事を考えたことを嬉しく思いました。

夫婦で体重が増えてきたので、
数日前から1日1時間程度歩いています。
夫婦で並んで歩きたいのですが、
夫は私の先をさっさと歩き、ときどき足踏みして待っています。
いつまで続くやらと、娘が言いますが、頑張ります。

2007年7月9日(月)

夫の65歳の誕生日は、
午前2時まで赤飯の下準備をして5時に起きて赤飯を炊いて
朝食で祝いました。
そのあと、6時から夫の両親の墓参りに行きました。
シバ、ヒマワリ、セキチクなどの花を手向けて
夫を見守って下さいとお願いしました。

夫は、私の誕生日に「おめでとう」とも言いませんが、
夜もほとんど寝ずに赤飯を炊く妻を持った夫は幸せです。

夫の自治大学の同窓会に同行しました。
神戸に向かう新幹線の車中、夫は書類に目を通してひと言も話しません。
忙しいのだから仕方ないと、話しかけませんでしたが
ふと気がつくと眠っていました。

同窓会の会場に着くとすぐ宴会が始まりました。
宴会が終わると温泉に入れる時間を過ぎていました。
ホテルには19種類の温泉があると聞きましたが
翌朝ひとつの風呂に入っただけでした。

同窓会の幹事の方が、健康法として、
「1日1回本を開き、10回笑う。
100回深呼吸をして、1000文字書き、1万歩歩く」と話しておられました。
帰りの車中も夫は書類に目を通してばかりで1回も笑いませんでした。
現役だから仕方ないなと思いましたが、
笑わないまでも、せめて会話のある旅にしてほしいです。

2007年7月3日(火)

先週、燃えるゴミを出したとき、
近所の方が、ゴミステーションの周辺の草を刈っておられました。
暑い中、80歳を越える高齢の方が作業しておられるのに、
会合に出席する時間が迫っていたため、お手伝いできませんでした。
立ち去りながら、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

きょう(3日)も燃えるゴミを出す日でしたので、
カラスが食いちぎったゴミを集めて私の家のゴミに入れました。
また、ゴミステーションの整理整頓をしました。
申し訳ないと思い続けた気持ちが少し楽になりました。

きのうの大雨は驚きました。
雨の凄さもですが、近所の川があふれて橋の上まで水がきたのに驚きました。
これまで無かったことです。
地球環境、私たちの住む場所の環境、
みんなおかしくなっています。

先週は、秀島敏行後援会だよりを
関係者の方にお届けするのに追われました。
後援会だよりを受け取った方々は
「秀島市長はよく頑張っておられる。無理して体を壊さないように」と
言って下さいました。

「秀島の実績が見えない」という声も聞こえてきますが、
後援会だよりを読めば、着実に進んでいる実績を見ることができます。
多くの方に読んでいただきたいと思います。

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