2005年の活動報告

2005年10月

2005年10月15日(土)

今朝、市内の中心部の住宅に、
「ひでしま」を支援する人たちを誹謗中傷するビラと
新生佐賀市をつくる会の出したチラシが入っていました。

「ひでしま」を支援する人を誹謗中傷するビラは
発行元もわからない怪文書です。
一方新生佐賀市をつくる会のチラシは、
発行元を明確にした上、
▽水道局跡地をマンション業者に売った問題、
▽南部3町を合併から切り捨てた問題、
▽学校給食が福岡県の業者に委託されていること、などを
事実に基づいて木下市政を批判しています。

2つのビラとチラシを見てもらえれば
どちらが誹謗中傷し、どちらが政策を訴えているかわかります。

誹謗中傷のビラには自治労の機関紙が使われており、
自治労は「著作権乱用」として警察に適切な措置を求めました。

今朝の朝日新聞は
自治会協議会が木下氏を推薦していると書いています。
自治会協議会は「ひでしま」も推薦しています。

選挙が告示されると、ホームページへの新たな書き込みは許されません。
しばらく書き込みを休ませていただきます。

2005年10月14日(金)

新聞、テレビなど報道各社の「ひでしま」へのインタビューが次々に入り、「ひでしまは対応に大忙しです。事務所に届けられる後援会名簿が爆発的に増えています。
整理が間に合わないほどです。「ひでしま」への期待の大きさがわかります。

「ひでしま」を支援する人を誹謗中傷するビラが撒かれています。
政策への批判ならともかく、ありもしないデタラメで個人を誹謗中傷するとは許されません。
私どもは誤った市政は事実に基づいて批判しますが、誹謗や中傷はしません。

2005年10月13日(木)

「ひでしま敏行を囲む女性の会」の発会式が、昨夜マリトピアで開かれました。
女性の会には、佐高の同窓生や佐賀市職員のOB、福岡代議士の女性の会の人たちなど450人が参加しました。

この席で「ひでしま」は、「本当の行政改革は私でないとできません。職員の力を結集して行革に取り組みます」などと述べました。

発起人の一人の久米幸子さんは、「女性が動かないと世の中は動きません。ひでしまさんは、まだ市民によく知られていません。女性は買い物などで、多くの人に接しますので、そのたびに、ひでしまさんの名前を出して、運動を広げてゆきます」と話していました。

2005年10月12日(水)

事務所に届くメールが増えてきています。
「ひでしま」に期待するその内のひとつを紹介します。

「市役所を人間らしく仕事のできる場所に戻して下さい。立派なことを言っても、心ない人はリーダーと認められません。節約をいいながら、多くの税金を食いつぶしています。人間としては最低です。傲慢な姿勢はあきれたものです。自分のいうことを聞く職員だけを出世させ、ほかはゴミのように切り捨てています。みんなロボットのように押し黙っています。口に出すと処罰されるので、牢獄にいるように押し黙っています。隣の職員が体調が悪くても声さえかけられないような職場です。まるで砂漠です」

佐賀市職員の悲鳴が聞こえてきます。

2005年10月11日(火)

出陣式と総決起大会の日程が決まりました。活動予定の蘭をごらん下さい。
そしてぜひお出かけ下さい。

連休の終わり頃から支援して下さるボランティアの方が急に増えました。
ありがとうございます。

後援会に支援や政策への質問のメールがたくさん届いています。
ひでしま自身は多くの人に語りかけるのに懸命で個々全てのメールに目を通す時間がありません。政策にかかわることは事務所のスタッフで、安易に答えられないものもあります。
十分な対応ができていないことをお詫びします。

2005年10月7日(金)

きのう「ひでしま」と木下氏の公開討論会がアバンセで開かれました。
討論会には500人が訪れて会場に入りきれず、市民の関心の深さがうかがえました。

討論会で「ひでしま」は、「市長がつくる市政ではなく、みんなで市政をつくろう。山麓から有明海までがひとつになった新しい佐賀市は宝の山が一杯。大都市福岡と隣接したメリットを活かし、産業の発展をはかり、元気な佐賀市にしたい」などと述べました。

また、「財政の建て直しのために行政改革をすすめ、出るほうを制するほか、地元企業への発注を増やして税収の増を図りたい。学校給食の調理は6つの学校で民間委託されているが、全てが福岡県の業者になっている現状はいかがなものか」と述べました。

これについて木下氏は、「学校給食の民営化に反対する勢力が厳しい注文をつけるので、佐賀の業者に委託できない」とまるで学校給食の民営化に反対する人たちが悪いというように述べました。

中心商店街の振興について「ひでしま」は、「目を覆いたくなるような状態になったのは、行政の責任もある。市が責任をとらないといけない。国や県と相談しながら、街の広場として賑わいを取り戻したい」と述べました。

木下氏は「私が来たとき、エスプラッツはすでに建っていた。どうしてあんな物を作ったのでしょう」と自らに責任がないことを強調しました。

討論会を聞いていた元市議会議員は、「木下さんは、私たち議員が要求しても、頭から受け付けなかったことをまるで自分の政策として話していた。就学前の乳幼児医療の無料化は、議員がどんなに説得しても聞かなかったのに、積極的にやるようなことを言っている。ウソっぽい」と話していました。

2005年10月6日(木)

大和、富士、三瀬の北部3地区の人々による「ひでしま敏行を励ます会」が、昨夜、龍登園で開かれました。
励ます会には350人が出席し、佐賀大和観光協会の宮原知司会長やひでしま後援会の貞森比呂志会長、後援会顧問で元佐賀市長の西村正俊氏が挨拶のしたあと、前富士町長の山口雅久氏などがひでしまを激励しました。

この中で山口前町長は、「佐賀市との合併協議をしているうち、富士町なども加わる新しい佐賀市の市長は、木下さんでは絶対ダメだ、代わってもらう以外にないと思った。
ひでしまさんと会ったとき、この人は信頼できる。リーダーにふさわしい人だと思った」と述べました。

残暑が相変わらず厳しいものの、朝夕は秋の気配がただよってきました。
事務所の花瓶に、どなたが届けて下さったのか、ススキなどの草花が投げ込まれています。
大勢でごったがえす事務所にやすらぎをもたらせてくれます。

2005年10月5日(水)

きょう(5日)午後2時から、本庄地区の「ひでしま敏行と語る女性の会」を大井樋公民館で開きました。
語る会には地元の60人の女性が集まり、「ひでしま」が幼い頃の思い出を語ったあと、マニフェストの冊子を手に政策を語りました。
この中で「ひでしま」は、「合併して誕生した新しい佐賀市は、佐賀県の人口の四分の一になります。

今佐賀市は佐賀県とギクシャクした関係にありますが、信頼関係を取り戻して県都の発展をはかります」と述べました。

また出席した人から、「高伝寺の案内板が数年前から見にくくなったままです」と指摘したのに対して、「ひでしま」は「歴史、文化を保護するために、各事業からの1%拠出事業を検討したい」と答え、文化事業を大切にする意向を示しました。

佐賀市全体を対象にした女性の会は、10月12日午後7時からマリトピアで開きます。
ぜひご出席下さい。

大和、富士、三瀬の北部3地区の人々による「ひでしま敏行を励ます会」をきょう5日午後7時30分から大和の龍登園で開きます。
「ひでしま」が政策を述べ、元佐賀市長の西村正俊氏、前の富士町長山口雅久氏県議会議員の留守茂幸氏などが激励しますどうぞお越し下さい。

きのう付けの活動報告の中で、励ます会を6日としていました。
5日の間違いです。お詫びして訂正します。

2005年10月4日(火)

「ひでしま」とはどういう人だ、顔をを見せてほしいという連絡が相次いでいて、そのたびに「ひでしま」は出かけて行き、政策と夢を語っています。
体がいくつあっても足りない忙しさです。
まだお会い出来ていない方、申し訳ありません。

後援会女性部会の発会式を、12日午後7時からマリトピアで開きます。
数百人の女性が集まって下さる予定ですが、支援して下さる女性をお待ちしています。
気楽にお越し下さい。

大和、富士、三瀬の北部3地区の人々による、「ひでしま敏行を励ます会」を5日午後7時30分から大和の龍登園で開きます。
「ひでしま」が政策を述べ、元佐賀市長の西村正俊氏、前の富士町長山口雅久氏、県議会議員の留守茂幸氏などが激励します。
どうぞお越し下さい。

2005年10月3日(月)

ひでしま敏行と語る会を各地で開いていますが、少なくとも全校区で開くことにしています。
語る会の日程は「活動予定」の欄に入れています。
ご近所の方は「ひでしま」の政策を聞きにお越し下さい。

10月1日新しい佐賀市が誕生しました。
ひでしま後援会も、事務局体制を強化しました。
それに伴う事務所の模様替えに追われています。

2005年9月

2005年9月30日(金)

「ひでしま」はきょうから辻立ちをはじめました。
今朝は7時45分から8時30分まで、後援会事務所近くの高尾交差点で、県議会議員の吉田欣也さんや元佐賀市議会議員の岩尾幸代さんなどと出勤するひとに挨拶しました。

ボランティアを申し出て下さる人が増えています。
150人くらいになり、毎日20人程度が事務所を手伝って下さっています。

2005年9月29日(木)

昨夜後援会の役員会を開き今後の運動の方針を話し合いました。

その結果「ひでしま」は明日から朝夕に辻立ちをして、政策を訴えることになりました。
朝は午前7時半ごろから、夕方は午後4時ごろから、人通りの多いところで行います。
通りかかった方はぜひ「ひでしま」の訴えに耳を傾けて下さい。
この他事務局体制の強化やスタッフのジャンバーの色を黄色にすることを決めました。

2005年9月28日(水)

毎晩のように「ひでしま敏行と語る会」を開いていますが、昨夜佐賀市の錦華幼稚園で開かれた語る会には20人余りの人が集まってくださいました。
佐賀市議会議員の瀬井一成さんが司会して対話方式で会がすすめられ同じ市議会議員の岩尾幸代さんが、市民が聞きたいと思っていることを「ひでしま」に質問しました。

現市長との違いを聞かれたひでしまは「人の意見をしっかり聞くことでしょう」と答え、行政改革については「行政改革は積極的にすすめます。
ただ、現市長のように何でも切り捨て、市の財産を売りまくるのではなく市民や職員の意見を聞きながらすすめます」と答えていました。

また佐賀県と佐賀市の関係については「今ギクシャクしている佐賀県との信頼関係を回復し主張すべきことは主張しながら、意見の違いは議論を重ねます」と答えました。

さらに会場の方から「全国から毎年人が集まるイベントを行ってほしい」という声が出されたのに対して「みんなで知恵を出し合って元気な佐賀市をつくってゆきましょう」と答えました。

ひでしま敏行と語る会(佐賀市錦華幼稚園)
▲昨夜のひでしま敏行と語る会  佐賀市錦華幼稚園

2005年9月27日(火)

ひでしまは、きょうも朝早くからいろいろな人々にお会いして政策を述べました。
途中、シルバー人材センターの人たちが草取りのボランティアをしておられるのに出会いました。
ひでしまは、かつての仲間の人たちが、元気に活動する姿を嬉しそうに見ていました。
シルバー人材センターの人たちは、来月のシルバー人材センターをPRする月間を前にひと足早くボランティア活動に取り組んでおられたのです。

昨夜は大和町など3ヶ所で「ひでしまと語る会」が開かれました。
大和町での語る会では、合併後の街づくりに不安を持つ人たちからの発言も多く、時間が不足しました。
都市計画や、新しい佐賀市の中心部から取り残されるのではないかという不安が多く出されました。
ひでしまは、現場に足を運んで、多くの人の意見を聞き、公平、公正に街づくりをすすめたいと述べました。

後援会事務所に、甲子園で春夏連覇を果たした駒大苫小牧高校の野球部監督の香田誉士史さんからサイン入りの激励ボールが届きました。
香田監督はひでしまと同じ佐賀市本庄町出身で、お母さんが、ひでしまと小中学校を通じての同級生です。
ありがとうございました。

2005年9月26日(月)

「ひでしま」は連休の間、佐賀市、諸富町、大和町の6ヶ所で開かれたひでしま敏行と語る会に出席して政策や思いを熱っぽく話しました。

このうち、きのう(25日)金立公民館で開かれた語る会には、100人の方が集まりました。
まず佐賀出身で全国で活躍しているテノール歌手の勝田友彰さんが一曲歌って下さり開会しました。

ひでしまの竹馬の友は幼いころから、誠実で、温かかったひでしまの性格を語りました。
またひでしまは政策を中心に決意を述べました。
ひでしまと語る会は毎日のように開いていますが、お近くで開かれるときひでしまの政策を聞きに来てください。

ひでしまには休みはありませんがきのう(25日)の早朝は地元のお本庄町西寺小路で川掃除が行われ20年ばかり川掃除の世話人をしているひでしまは今年も川掃除に参加して地域の人と一緒に水草の除去などに汗を流しました。

特別養護老人ホームの運動会
▲特別養護老人ホームの運動会で

2005年9月22日(木)

ひでしまの「顔を見たい、政策を聞きたい」という声に応えてひでしまは毎日出かけています。
行き先が企業、福祉団体、スポーツ団体、農業関係者、労働組合など幅広くなっています。

さまざまな場で活躍しておられる人たちが、今の佐賀市政、市長の行政手法、などに強い怒りを持っておられることが伝わってきます。

燎原の火のように広がる支援の輪をひとつにして新しい佐賀市を作ろうとひでしま後援会は次第に燃え上がっています。

後援会事務所の花瓶に投げ入れられている秋の花が彼岸花からコスモスに変わりました。
名も知らない草花も事務所に秋の風を呼び込んでいます。

2005年9月21日(水)

ひでしまは昨夜、農業集落排水処理施設の処理水を農業に利用している農業青年と意見交換しました。

意見交換会には110人が集まり、この中で参加者は「農業集落排水処理施設の処理水には農業に有用な微生物が沢山棲んでいて農薬や化学肥料を使わないで素晴らしい作物が出来る。
処理施設には全国の市町村から視察団が訪れているが、今の市長は理解を示そうとしない。
これからも処理水を継続的に利用したい」と述べました。
ひでしまは自然農法に取り組む青年たちの情熱に感動していました。

後援会事務所にはきょうも大勢の人が訪れて支援を約束して下さっています。
ありがとうございます。

2005年9月20日(火)

連休明けの事務所には大きな団体、小さなグループなどさまざまな人たちが「ひでしま支援」の申し入れに来られています。
ありがとうございます。

ひでしまは早朝から、市場や企業、福祉施設、健康グループなどの方に会いました。

分刻みの日程ですが元気いっぱいです。

事務所の有田の花瓶に彼岸花が飾られました。
小さな器にはハギやアケビの枝などが入っています。
女性スタッフが庭や野山から手折ってきたものです。
秋の気配が深まるにつれて選挙も近づいてきます。

2005年9月18日(日)

連休中、ひでしまは、お月見、運動会、敬老会などの行事に顔を出して民主的な明るい佐賀市をつくるための政策を訴えてまわりました。

ここ数日後援会会員が急激に増えています。
ぜひ後援会に入って「ひでしま」を支援して下さい。

2005年9月16日(金)

ひでしま後援会の体制が日を追って充実しています。
新たに次の5人が副会長に決まりました。

副会長

 木原 奉文 (自民党)
富永 貞夫 (市職員OB)
吉武 和代 (女性)
江口 和大 (社民党)
坂井 邦夫 (同窓)

この他合併する4町村から1人と校区後援会から1人の副会長を選ぶことにしています。
また、校区ごとの後援会を整備中で、まもなく全校区にできます。

2005年9月14日(水)

私の市政運営の基本となる、マニフェストを発表し、記者会見をおこないました。
大いに発奮の機会になりました。
マニフェストは後援会事務所に用意しております。どなたにでも差し上げます。
お気軽にお越しください。

2005年9月12日(月)

総選挙結果の余韻を感じながら支持者の方々の職場まわりに、汗をかきました。
皆さんの政治への関心の高さに責任の重さを感じた一日でした。

2005年9月11日(日)

今日は、衆議院議員選挙の投票日。
早めに投票を済ませた後、あるスポーツクラブチームの皆さんと語らい、元気をもらってきました。
午後は、事務所で支持者の方たちとの意見交換。

2005年9月10日(土)

事務所を訪れる人は平日は女性が多く、土曜日曜は仕事が休みの男性が多くなります。

今日は「ひでしま」本人にぜひ会いたいという、ご夫婦もこられました。
幸い本人が事務所に居て、ご夫婦は、ひでしまの人柄にふれて「ぜひ支援したい」とおっしゃって下さいました。

ひでしまはきょう午前中は、高齢者の方々の会合に出かけて高齢社会のあり方について意見を交わしました。

午後は部屋にこもって政策の研究に専念しました。

2005年9月9日(金)

台風が去ったあと、後援会事務所を訪ねて下さる人が急に多くなりました。
ひでしま応援に関わりたいというボランティアの申し出も多く事務所が手狭になりましたので、事務所のそばの倉庫を厚手の布で囲んだ即席の部屋を作りました。
事務所を訪れたものの居場所がないという状況は改善されました。
気楽にお越し下さい。

ひでしまは、「まちづくりグループ」の人などと意見交換をします。

2005年9月8日(木)

「ひでしま」は朝早くから夜遅くまで支援して下さる人の声を聞きに走り回っています。

昨夜は無農薬栽培に取り組んでいる人の集まりに出席しました。
出席した一人は、「木下市長は冷たいコンクリートで、秀島さんは、温かい土だ。
豊かな土が、おいしい野菜や米、果物を生み出す。
私たちの土を大きく育てよう」と話しておられました。
みなさんとの会話は深夜まで続きました。

貞森後援会長は、「ひでしまは、昨夜遅かったのに元気だね。
頑強な体力で誠実に市民に接している」と話していました。

2005年9月7日(水)

台風でひとやすみしたため、きょうは事務所を訪ねて下さる人が多く、ひでしまは、応対に追われました。

地元の人だけでなく、さまざまな立場の人たちが訪ねてきてくださり、支援の輪が次第に大きくなっていることを感じます。

2005年9月6日(火)

台風の接近で、ひでしまはきょうの後援会活動の休みを提案しましたが、木下独裁市政打倒に燃える事務局員などが強い風雨の中を事務所に出てきて活動しています。

ひでしま夫妻も事務所に姿を見せ事務局の労をねぎらっていました。

2005年9月5日(月)

さまざまな団体に「ひでしま」への推薦をお願いしていますが、「推薦を決定した」という連絡が次々と入るようになりました。ありがとうございます。

週明け月曜日のきょう、後援会事務所は朝から訪れる人が多くにぎわっています。
訪れた人の間で台風を心配する会話が続いています。

その中で、「災害対応には初動が最も大切で、防災担当の職員は、災害が起きたという情報を待つのではなく積極的に情報収集を図る必要がある。

市長が全てを決定するトップダウンでは職員は待ちの姿勢になってしまう。
災害対応に弱い佐賀市になっていないか」という話が印象的でした。

2005年9月4日(日)

9月3日と4日の土日、「ひでしま」は運動会、ゲートボール、大会の会場やミニ集会にあわせて12ヶ所で市民、町民、村民の方々と会いました。
大きな声援、心配りに感激して、事務所に戻ってきました。

後援会事務所には各界、各層の人々が訪れて下さいますが、このとこと、佐賀市職員OBの姿が目立ちます。
後輩の現職職員から現市長の横暴ぶりを聞いて、佐賀市政を変えようと立ち上がる人が増えています。

2005年9月3日(土)

ひでしま敏行後援会を8月5日に発足させました。

会長には佐賀市文化会館の前館長の貞森比呂志氏が就任しました。

現在、後援会への入会をお誘いしていますが、市民や市職員の声を聞かない現市長への反発と暖かくて頼りになる「ひでしま敏行」への期待から会員は日を追って雪だるまのように増えています。

ひでしま敏行は、佐賀市のほか、新しい佐賀市になる、三瀬、富士、大和、諸富でも、大勢の方々から熱い声援をいただき、元気いっぱいです。

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