2006年10~12月のぼやき

2006年12月

2006年12月25日(月)

先週、夫の従兄弟と高校時代の同級生が
相次いで亡くなりました。
身近な人の死に衝撃を受けました。

夫が居ることで忙しく、ときには腹が立つこともありますが、
2人が元気でいることで、頑張れます。
1人になることは想像もできないほど悲しいことです。
お互い健康に気をつけましょう。

姪の結婚披露宴に夫婦で出席しました。
浜松まで新幹線に乗り、久しぶりに旅行気分を味わいました。
姪と新郎は、アメリカで恋をして結ばれ
これからもアメリカで暮らすそうです。
日本人同士なのに、アメリカでの会話は英語のようです。
国際化を実感しました。

今年多くの人に支えられて
何とか市長の妻としての役割を果たすことができました。
来年もどうぞよろしくお願いします。

2006年12月19日(火)

今朝(19日)間違えて薄いYシャツを夫に出すと、
「メガネをかけんか」と叱られました。
「威張るな」と心の中で叫びました。
夫はこのところ悩むことが多くストレス漬けです。
私に当たればいいと、許してあげることにしました。

きょうの昼食は芋饅頭だけで終わりました。
我が家の畑で取れた芋を
友人が饅頭にしてくれたもので、
牛乳と一緒に食べると、大変おいしかったです。

2006年12月11日(月)

夫はガムシャラに芋掘りをして肩を傷めましたが、
その芋が友人の手で「いきなりまんじゅう」になりました。
とてもおいしくいただきました。
熱い焼き芋を食べながら、冷たい牛乳を飲むと
大変おいしいそうです。

親しくしているテノール歌手の方が
我が家を訪ねて下さいました。
最近佐賀市役所の窓口の対応がよくなり
市の職員のやる気が感じられ、
職員のやる気が次第に表面に現れるだろうと
おっしゃっていました。

90歳の女性と神社でお会いしたのが縁で
お宅を訪ねることがありました。
短歌が趣味の大変元気な方で
夜の9時からはパソコンをしておられるそうです。
私もその方のような90歳になりたいと思いました。

2006年12月4日(月)

日曜日、夫はめずらしく公の行事がなく
例によって田んぼに出ました。
土を耕し、クワで芋掘りをしていましたが、
久しぶりだったので、がむしゃらにしていました。
おかげで今朝は首や肩が痛いようでした。
田んぼ出るとストレス解消になるはずですが、やりすぎると体調を壊します。
ほどほどにしてほしいのですが、好きなんですよね。田んぼや畑が。

2006年11月

2006年11月28日(火)

1年半ぶりに横浜の娘のところに行きました。
城南中、佐賀高校時代の同級生と会う約束をしていたので、
会場に行くと、首都圏に住む同窓生10人が集まってくれていました。
中には45年ぶりに会う人もいました。
私の旧姓は吉原ですので、「ヨシー」と呼びかけてくれて
たちまち、中学、高校のころに戻りました。

中には中学のときの体操部仲間がいました。
ユニホームが、ちょうちんブルマから、レオタードに変わったころでした。
運動会のとき県体の優勝旗を持ってレオタード姿で行進するのが恥ずかしくて
泣きながら行進したことなど、思い出話が盛り上がりました。

同級生と会った翌日、孫の幼稚園で餅つきがありました。
祝日でしたので、夫も一緒に出かけました。
幼稚園児の若いお父さん、お母さんに囲まれた夫は
いい気になって杵を持ち、ふた臼もつきました。
孫も、「よいしょ、よいしょ」と掛け声をかけていました。
「上手ですね」とほめられ得意そうでしたが、
夫は本当に餅つきや川掃除など田舎の行事が好きで、
板についています。

2006年11月20日(月)

半年ぐらい前の週末のことです。
夫が突然、
「伊万里の荒熊神社に行く」と言い出しました。
市の職員時代に可愛がっていた職員で
今は幹部になっている人が病気になったことを聞き、
病気の平癒を祈りたいというのです。
神社に着いたときは夕方で社務所は閉まっていました。
なんとか、お願いしてお守りをいただきました。
その方が亡くなりました。
夫の思いが届かなく、悲しくてなりません。

あすから、横浜の次女のところに行きます。
1年半ぶりです。
3日間の旅ですが、孫と遊ぶのが楽しみです。

2006年11月14日(火)

 

10日に開かれた秀島の後援会総会で
1年ぶりに多くの方にお会いして、ご挨拶することができました。
明るい雰囲気で、とても楽しい総会でした。
ありがとうございます。

歯が痛んでいましたが、忙しかったので歯医者さんに行けませんでした。
歯や口の中がガタガタです。
みなさん、歯医者さんには早めに行きましょう。

(影の声・・・・
絹枝さんは、後援会総会前の1週間気が気でない
日々だったようです。ストレスが歯痛や口内炎を
呼び込んだようです。)

2006年11月7日(火)

夫は去年市長になってすぐバルーン大会がありました。
今年のバルーン大会が終ってはじめて、
1年を振り返ることが出きるという思いがあったようです。
バルーン大会が無事終わって私もほっとしています。

夫はキュウリやナスなどのぬか漬けが大好きです。
私は漬物が大嫌いです。
結婚以来35年、ぬか漬けは夫が作ってきましたが、
去年市長になって忙しくなったので、私が漬けはじめました。
私が漬けたぬか漬けを、夫がはじめて
「おいしい」と言ってくれました。うれしかったです。

2006年10月

2006年10月30日(月)

天皇皇后両陛下をお迎えしての歓迎レセプションに
夫とともに出席することが出来ました。

両陛下は台風の被害を心配して下さり
夫が合併を進めていることをお話しすると
陛下は「おおきくなって大変ですね」と労をねぎらって下さいました。
心優しいひとことに、
日ごろの苦労を忘れて、今後も頑張ろうと思いました。

天皇皇后両陛下にお会いするのに
服装ひとつをとっても失礼があってはならないと、
ここ数日、我が家の中も緊張続きでした。

2006年10月26日(木)

夫が市長になって1年がたちました。
大勢の方に支えられた1年前を思い出します。
未知の世界を走り続けた1年はあっという間でした。
1年前にまいた種が小さな花になって咲き始めています。
小さな花が大きくなるとき、秀島カラーが見えてくることでしょう。

佐賀市職員のOB会が開かれ
私も元職員ですので出席させていただきました。
この席で秀島が
「秀島を支援するのではなく佐賀市のために働いて下さい」と
挨拶していました。同感です。
また
「妻のおかげで、がんばることができます」とも言ってくれました。
日ごろは私への感謝の気持ちの素振りも見せないので、
うれしかったです。
きょうは、「妻のぼやきで」なく、「のろけ」になってしまいました。

2006年10月17日(火)

夫は時間があれば、田んぼや畑に出ます。
日曜日の午後、秋を訪ねて出かける約束をしていたのですが、
ふと見ると畑にいました。
土に触るのが大好きな、根っからの農耕民族のようです。

14日の土曜日、私が卒業した城南中学の還暦同窓会が開かれました。
夫が市長として挨拶し、
「妻がいなければ私の今はありませんでした」と言ってくれました。
私の同窓会ですから、気を使って言ったのでしょうが、うれしかったです。

私は45年前の中学3年のとき、体操部の部長でしたので、
運動会のとき、全校生徒と保護者を前に、朝礼台でラジオ体操をしました。
大きく後ろに背伸びしたとき、真っ青な空が目に入りました。
去年夫が佐賀市長選挙に立候補したときの第一声で
「この重苦しい佐賀の空を真っ青にするために立候補しました」と
あいさつしました。
そばで聞きながら、私は45年前の運動会の青い空を思い出していました。

2006年10月10日(火)

20歳のころから、私の髪を刈ってくださっていた
美容師の方が亡くなりました。
つい最近までお元気だったのに、と涙しています。
みなさん、健康診断を忘れないで下さい。

澄み切った秋の空の月を見て涙が出てきました。
月の輝きは何か寂しいですね。
澄み切った空のように清廉な心で
まるいお月様のように、暖かい心でいたいと思いました。

8日に本庄校区の運動会がありました。
朝早い入場行進から参加しました。
タマ入れで、私はほとんどカゴに入れることが出来ませんでしたが、
地域の人々とふれあう、楽しい運動会でした。

鳥羽院に名水を汲みに行き、
ススキなどの秋の草花をたくさん摘んで帰り玄関に飾りました。
年齢を重ねるにつれ、
若い頃は何も感じなかった自然のうつろいに
感動するようになりました。

夫は相変わらず忙しい日々ですが、
先週は月見がとても楽しかったようです。
秋の懐に入って心が安らいだのでしょう
最近は喧嘩をしなくなりました。
ですから「ぼやき」もありません。

2006年10月2日(月)

夫は先週1週間忙しくてイライラしてました。
30日の土曜日も朝から忙しく
夜に予定していた
「君にとどけたい愛のコンサート」に行く時間がなくなりそうでした。
しかし、音楽を聴いて心をやすめてほしいので
何とか時間をやりくりして聴きにゆきました。
障害のある人たちが歌い演奏する
昔懐かしい音楽を聴いて夫は大きな安らぎをおぼえたようです。
帰るとき、夫のイライラは消えていました。

自然食をめざすスローフードの会の人達と三瀬村で交流しました。
梅干や豆腐の作り方などを学びました。
豆腐をつくる人は
「おいしい豆腐ができますように」と
願いをこめてニガリを豆乳に混ぜておられました。
指導者の方は
「高齢者は自分の人生を楽しむだけでなく
子や孫に何かひとつ伝え残さなければならない」とおっしゃいました。
私は何を残せるのか考えました。
平和な世の中を残したいと思います。

富士町市川のおくんちに行きました。
おばあちゃんの作られた
サトイモや大根、タケノコ、ゼンマイ、コンニャクの煮物、
ほうれん草、赤飯が大変おいしく、ふるさとの味を楽しみました。
食材は全て自分の畑で栽培されたそうで、
ここではスローフードが実践されていました。

夫に出来るだけ手をかけた料理を出したいと思います。
ゆっくり料理する私を見ると、
夫のイライラがなくなるでしょう。
音楽とスローフードでイライラを解消しましょう。

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