2006年7~9月のぼやき

2006年9月

2006年9月27日(水)

棚田の彼岸花が秋の陽ざしを受けて赤く輝いています。

彼岸には毎年、夫と共に墓参りをします。
今年も夫と私の実家など4つの墓参りをしました。
庭の百日草は台風で倒れましたので千日紅と芝を墓に手向け、
先祖に「家族の健康をお守り下さい」とお願いしました。
墓参りをすると心が落ち着くのが不思議です。
先祖に守られているのでしょう。

24日の日曜日は
地元の川掃除に参加したあと、吉野ヶ里町の友人を訪ね、栗を頂きました。
今年の栗は豊作が見込まれたのに台風でたくさんの実が落ちてしまったそうです。
落ちた栗を見ながら、農家の苦労に思いをはせました。

きょう(27日)わが家の田んぼの稲刈りでした。
夫は米つくりは祖先から受け継いだ大切な仕事と思っていて
日曜日に時間があると田畑に出ますが、
市長になると、思うように時間がとれません。
きょうは、親戚が稲刈りをしてくれました。
近所の方や親戚に支えられています。
感謝の気持ちで一杯です。

2006年9月19日(火)

私は昭和の終わりから平成のはじめにかけての9年間
佐賀市選挙管理委員会事務局に勤務していましたが
そのころの選挙管理委員会委員長が亡くなり、
きょう葬儀に参列しました。

夫が市長選挙に当選してしばらくした頃、この方から電話があり、
「新しい市長が、あなたの御主人とは知らなかったが
いい人と聞いたので1票入れたよ。
これからは市長の健康を守るのはあなたの仕事だよ」
と言われました。
夫の健康に気を配って下さった人が突然亡くなり
悲しくてなりません。

17日の昼、結婚式に参列して
キャンドルサービスのロウソクをいただきました。
その夜台風で停電したとき、そのロウソクが役立ちました。
ロウソクの灯を見ながら、結婚されたお二人は、
きっとお幸せになると思いました。

その台風で家の屋根瓦が10数枚飛びました。
夫は自分で屋根に登って修理すると言ってきかず
私と少しもめました。
屋根に登って怪我をしたら、市長としての仕事が出来なくなります。
自覚が足りないと、叱っておきました。

2006年9月11日(月)

金婚を迎えた人のお名前が新聞に出ていました。
知人のお名前もありました。
2人で仲良く元気に、結婚50年を迎えることが出来るのは素晴らしいことです。
労苦を2人3脚で乗り切ってこられたのでしょう。
私たちはあと15年、仲良くします。

押入れを整理していたところ
1年前に市長に当選したときいただいた手紙が出てきました。
体調が悪いのに、強権市政から民主市政にしようと応援して下さった人です。
読み返していると、1年前大勢の方が応援して下さったことを思い出し涙が出てきました。
感謝の気持ちを忘れません。

2006年9月4日(月)

夫は日曜日もほとんど仕事に出かけますが
3日の日曜日は何もなく、
夫婦で伊万里湾に魚釣りに行きました。
魚釣りは私が好きで夫を誘いましたが、
夫も波のかぶる舳先に腰を降ろして楽しそうでした。
海原に漂う船で波に身をまかせながら
ストレスを海に流しているようでした。
釣果は大漁でした。
小型のサバ、小アジ、タイ、キス、アマダイに似た大きな魚など
大小100匹余りが釣れました。
いい日曜日でした。

その翌日の今朝(4日)
小さな夫婦喧嘩をしました。
私が、いろいろ、些細なことで注意したのに夫が、
「うるさい」と言いました。
悪かったと思ったのでしょうか、夫は出かけるとき、にっこり笑って
「行ってきます」と大きな声を出して、元気に出勤しました。
夫婦喧嘩をしたとき、仲直りのきっかけをつくるのはいつも夫です。
仲良くできるのは、夫のおかげです。

2006年8月

2006年8月29日(火)

夫は先週、合併の市民説明会や市長と語る会が相次いだため、
深夜の帰宅が続きました。
夜遅く食事をすると体重が増えます。
深夜の食事に付き合った私も肥ってしまいました。
夏ばてで痩せるのも困りますが、
出てきたお腹を見ながらため息をついています。

土、日は消防団の訓練で夫が朝早く出かけました。
土曜日に汗びっしょりになった消防団の制服を
夜のうちに洗って翌朝までに乾かして
アイロンをかけなくてはなりません。
消防団の方は平日仕事をした上で週末に訓練をされ、
お疲れになったでしょう。
消防団員の奥様もご苦労されたことでしょう。

市政に対する不満や苦情が
私の耳に入ることがあります。
市役所や市立図書館などに置いてある
意見箱に投書して下さい。
どんどん声をあげましょう。

2006年8月21日(月)

栄の国祭りの次の日の早朝、
夫は中国への5日間の出張に出発しました。
出張前は連日夜遅くの帰宅でしたので、
旅の準備はみんな私がしました。
夫はあまりの忙しさで、体を壊さないか心配しましたが
元気に帰ってきましたのでひと安心です。
盆休みの3日間、のんびりしようと思いましたが
1日目は4ヵ所の墓参り。
2日目は田んぼの農作業に追われました。
3日目にようやく日帰りで温泉にゆくことが出来ました。
久しぶりの命の洗濯でした。

2006年8月7日(月)

横浜に住む娘と2人の孫がきのう帰りました。
台風が去ったときのような感じですが寂しくなりました。
夫は「アジア太平洋都市サミット」に出席するため
きょうから中国に出張しました。
孫が去り夫が留守の数日間
日ごろの疲れをとるチャンスです。命の洗濯をします。

栄の国の総踊りは
裏方の仕事に追われて参加できませんでした。
来年は浴衣を着て参加します。

2006年7月

2006年7月31日(月)

きょう(31日)も葬儀に行ってきました。
結婚したばかりの昭和47年から5年間住んだ
借家の大家さんが亡くなったのです。
共働きだったので
寂しい思いをすることもあった長女を
可愛がって下さり長女もなついていました。
家賃を払いにゆくと、野菜をたくさん頂きました。
7月はお葬式やお通夜に10回以上参列しました。
中には親より先に亡くなる人もいて悲しい7月でした。
8月は結婚式の招待がきています。
うれしい8月になることを願っています。

横浜から里帰りしている次女と2人の孫を
海に連れて行くのが私たち夫婦の夢でしたが、
きのうの日曜日に、長女も含めた6人で
太良町の白浜海岸に行きました。
まだ泳ぐことは出来ず、水遊び程度の海水浴でしたが、
楽しそうでした。
帰りには旅館で風呂に入ってカニを食べ
大人たちも楽しみました。
孫が佐賀にいるのはあと5日です。
暑い日に元気な孫と遊ぶのは疲れますが
楽しい思い出を横浜に持ち帰ってほしいものです。

2006年7月24日(月)

夫に代わって地域の行事に出席させていただくことがあります。
きょう(24日)は
三瀬の「山中地蔵まつり」に行ってきました。
山中地区の人たちは心から歓迎して下さいました。
地域の人全員が、力いっぱいお客さんを接待しておられました。
「もてなしの心」に感激しました。
ありがとうございます。

親戚の結婚式に出席しました。
花婿が花嫁のご両親に
涙を流しながら感謝の言葉を述べました。
心のこもった、内容のある立派なあいさつでした。
今、立派な若い人も育っています。

横浜に住む次女が
2人の孫を連れて里帰りしてきました。
夫は半日でも孫を海に連れていってやりたいと
考えているようですが、
滞在予定の2週間の間に
そんな時間がとれるでしょうか。

2006年7月18日(火)

後援会主催の市長を囲む会には
大勢の方が参加してくださいました。
せっかく出席して下さった方と
お話する時間が少なくて申し訳ありませんでした。

7月14日に
諸富町で開かれた「太田城下ミニコンサート」を
聞きにゆきました。
バイオリン、サクソホン、ピアノの演奏のほか童話の朗読もあり
大人から子どもまでが聞き入りました。
アンコールで演奏された「月の砂漠」を聞いていると
音楽が心の奥底までしみ入り
イライラした気持ちがなくなりました。

今度の3連休、夫は毎日会議や行事に出席しましたが、
その合間のわずかな時間に、田んぼに出ていました。
先祖から受け継いだ田んぼに特別な愛着があるようで、
田植えも草取りもみんな自分でやろうとします。
この暑さですので、体を休めてほしいのですが
私のいうことを聞いてくれません。

16日の市民体育大会に卓球の監督として出ました。
選手として出たいのですが、
練習不足で出ることが出来ませんでした。
来年は練習して選手として出たいと思います。

2006年7月10日(月)

4日の夫の誕生日は
朝5時半に起きて夫の両親の墓参りをしました。
そのあと、娘たちもふくめて家族4人で
赤飯の朝食で夫の64才を祝いました。

このところ親しい人が次々に亡くなります。
通夜や葬儀に参列すると
亡くなった方とその家族の人生が見えます。
生まれたなら必ず死があります。
毎日を精一杯生きようと思っています。

2006年7月3日(月)

親友のお母さんが今朝亡くなりました。
私を娘のように接して下さった方です。
落ち込んだまま後援会事務局に立ち寄ったら
仲間の女性がフルーツポンチを作って
「元気を出しなさい」と励まして下さいました。
いつもいろいろな方に支えられて生きてきた私です。

3月に種を蒔いた百日草が咲き始めました。
夫は百日草をお母さんの墓に供えると思います。
自分を産み育ててくれた人への感謝を忘れない人です。

(C)ひでしま敏行後援会. All Rights Reserved.