2018年8月のひとり言

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2018年8月27日(月)

先週は台風が19号と20号続けて日本へ向かいました。
うち19号は九州の西側を離れて通過したため
幸いにも佐賀は被害なし。
20号は四国に上陸し、近畿地区に被害が出ました。
今年は暑さも異常ですが
台風もハイペースで発生しています。
佐賀地区は、台風7号では少し影響がでたものの
ほかは被害なし。
しかし、まだまだ油断はできません。
秋の収穫はこれからです。
ここで、今週の花です。
今週の花は、サルスベリです。
我が家の白と赤松小のピンクにカメラを向けました。

 

25日(土)夕方、赤松校区の鯱の門まつりへ。

この祭りは昨年から「赤松まちづくり協議会」で主催され
「より多くの校区民が関わる祭」を
モットーに取り組まれていて、賑わっていました。
地域行事でも頑張っている職員を見て頼もしく思いました。
会場は赤松小学校、さすがお堀のそばですね。
ギンヤンマを今年初めて見ました。

26日(日)はまず、朝6時30分発で
諸富町の消防団夏季訓練会場へ。

整然と訓練される団員に心強さを感じました。
途中でお会いした若き団員さんが
近づいて来られ、私に小声で
「自分は海苔漁師です。職場をよろしくお願いします」
との声掛けがありました。
私には「2日前に県知事が受け入れを意思表示した
オスプレイのことでは心配しています」という訴えに聞こえました。

夏季訓練の途中で諸富を離れ、
次は、久保田町の嘉瀬川で開催される遣唐使船レースへ。

このレースは今から約1250年前に
中国から、やっとの思いでたどり着いた
鑑真和上を顕彰するために開催されているものです。
今年で22回目を迎えますが「夕刊新佐賀」の
溝口社主が中心になって続けてこられました。
今年は46チームが参加されました。

 

開会を待つ間、私はこの会場で隣席することが多かった
井本さん(元佐賀県知事)のことを懐かしく思い出していました。
この会場での井本さんの姿は昨年が最後でした。
4年前のこの日、井本さんは佐賀空港が誕生するまでの
難しかった経緯を詳しく話してくださいました。
4年前と言えば、オスプレイの佐賀空港利用の話が出た年です。
因みに、今年の私の隣の席は山口現知事でした。

26日夜はベアスタへ。
背水の陣で臨んだサガン鳥栖の応援です。
トーレス選手の活躍が目立ちました。
結果は3-0でガンバ大阪に勝利。
J1残留に希望をつなぎました。

 

まだまだ頑張らなければなりません。

うれしい話
23日、佐賀市は
(株)かんぽ生命佐賀支店、NHK佐賀放送局、
佐賀県ラジオ体操連盟などの推薦を受け
今年の九州地区のラジオ体操優良団体として表彰を受けました。

「朝ラジ、まなざし、朝ご飯」というキャッチフレーズで
ラジオ体操を活用しての健康づくりや、子供たちの健全育成運動を
続けていることが評価されたものです。

 

2018年8月20日(月)

立秋も過ぎ、お盆も過ぎました。
夏の象徴・クマゼミの「蝉しぐれ」が少なくなりました。
一方、先週末富士町に行きますと
ツクツクボウシの出番のようでした。
夜になるとコオロギの鳴き声が
一段と高く聞こえるようになりました。
田んぼでは6月中ごろに植えた「夢しずく」が出穂です。

このように回りは、着々と秋の近さを醸し出しているのですが
気温だけは頑固で、秋の気配を感じさせません。
今週の花として
暑い中、路傍に咲く花一輪にカメラを向けました。
花の名前を図鑑で調べましたがわかりません。

先週17日は早朝から
有明海クリーンアップ作戦の激励に行きました。

今回は有明漁連・久保田支所管内の福所江漁港に行きました。
間もなく海苔養殖のための海苔網の支柱立てが始まります。
漁家の皆さんにとって、漁場のごみは大敵です。
ごく小さなゴミでも海苔の品質低下を招きます。
そのため本格的な漁期のまえに
大雨などで近くの河川から海岸に流れついた
ゴミの清掃作業を沿岸地区総動員でされています。
河川の上流部で生活する皆さん
下流部にごみを流さないようお願いします。

18日
朝は、地区の「子どもラジオ体操」の納会。
体操終了後、みんなで神社境内の草むしり。
子どもたちの健やかな育ちを祈りながらの草むしりでした。
夕方は本庄かたりべの里「本庄祭」。

 

久しぶりにフルタイムで楽しみました。
猛暑の中、「夕方4時開会」を心配しましたが
風が少しあり、助かりました。
浴衣姿も見られ、賑わっていました。

準備をして下さった方々に感謝です。
このような祭りが地域力の源となります。

19日は
我が家を6時20分発で消防団の夏季訓練会場へ。

 

会場は川副町です。
朝が早いためラジオ体操はできません。
佐賀市の消防団の夏季訓練は支団単位で4日に分けて行われます。
私には来週、再来週も激励の予定が入っています。
何かと地域行事の多い中
消防団の皆様は汗を流されています。

 

2018年8月16日(木)

フランス・クサック村との姉妹都市締結30周年を記念して
市や市議会代表など7名でクサック村を訪問しました。
8日早朝に出発・14日夜佐賀着という日程でした。
1年おきに相互訪問という形で交流している
中学生の仲間と現地で合流しました。
フランスも今年の暑さは異常だと言われていました。
私たちがフランス入りする前日までは
連日37~8℃の日が続いていたそうです。
ところが、私たちがフランスについた日から
25~30℃と気温が下がったそうです。
加えて、湿度は日本に比べて低く、
特に、クサック村近くのホテルでの朝は
爽やかな心地よい風にも恵まれました。

今週の花はホテルで見たキョウチクトウです。

クサック村は人口が年々増えており
30年前は900人にも満たなかったのですが
現在は約2100人です。
歓迎パーティは100人を超える村人の
手づくりで用意されていて、盛り上がりました。
クサック村との姉妹都市の始まりは
合併前の三瀬村時代の庄島村長の時に誕生し、
13年前の平成の大合併により
新しい佐賀市に引き継がれたものです。
姉妹都市誕生のきっかっけを作って頂いた
(株)ヨコオの横尾取締役と原口元県議会議長にも
申し訳なかったのですが
自費で訪問団に加わっていただきました。

式典でお二人が紹介された時は
一段と大きな拍手に包まれました。
クサックの皆様もよくお二人の功績を認められていました。

クサック村のドミニク村長は
クサック村からの最初の交流中学生だということです。
交流会場の雰囲気を眺めていると30年の重みを感じました。

先人が築いてこられた功績に感謝です。
クサック村と三瀬村、そして佐賀市の絆を
もっと強くしたいと思いました。

 

これまで相互訪問団に加わった
「交流経験者」は両村で約400人ということです。
今回、交流してくれた中学生も、先輩と一緒になって
これから先の役割を担ってくれるでしょう。
ドミニク村長は無農薬野菜づくりへの思いを強く述べられました。

佐賀のバイオマス産業への取り組み状況を話したら
話が一層弾みました。
クサック村から帰った翌日の15日は、日本では「終戦記念日」。
昨日までの両村の交流事業を考えると
武器を頼りに争う時代ではないことを強く感じました。

 

2018年8月6日(月)

日本列島、連日猛暑です。
8月3日(金)は名古屋で最高気温40.3℃を記録したそうです。
その日は佐賀も、うだるほどの暑さだったのですが最高気温は36.6℃。
40℃を超えたら、どんな暑さでしょうか?
今週の花は東京・赤坂プリンスクラシックハウスのバラ園で見つけた
季節外れ?のバラです。

先週、建設関係の提案活動で上京した夜、散歩中に写したものです。

8月1~2日は福岡市での
アジア太平洋都市サミットに出席しました。

九州の県庁所在都市ほかアジアの各都市から
36都市が集まり、「持続的な地球環境」を共通課題とした
都市づくりを議論する会議でした。

 

プラスチックごみ処理対策などの不十分さも報告されました。
佐賀市からは「バイオマス産業都市」について紹介しました。

5日~6日は佐賀城下栄の国まつり。
5日夕方は前夜祭の中で
名士劇「佐賀の七賢人」に出演しました。

鍋島直正を山口知事、大隈重信の役を私が演じました。

 

振付は簡単なものにしてありましたが、
口上は長く、覚えるのに時間がかかりました。

前夜祭の後は花火大会。
佐賀の花火大会は30分間という小規模の大会ですが
市内の中心部で打ち上げるので皆さんに喜んでいただけます。
私は新商工ビルの7階会議室から観賞しました。
そこには、障がいをお持ちの方とその家族に向け
今年も「〇〇な障がい者の会」の「特別席」として
約150名の皆さんの席が用意されていて、
皆さん、わくわく感が漂う中で花火を楽しまれていました。
この「花火を見る会」の運営は障がい者グループの皆さんと
それを日常的に支えておられるボランティアの方々によるものです。
その中心的な役割を果たしてくれているのが、
内田君という車いすで頑張っている市の職員です。

6日は朝から汗を出す日でした。
まず、本庄小学校での町民・朝のラジオ体操会。

妻と、自転車で参加しました。
ここでは心地よい汗。

そのあと、
神埼市の「王仁博士顕彰公園」の開園記念式典に案内を受けました。

王仁(わに)博士は5世紀初めごろ応神天皇に招かれて
韓国・百済から日本に初めて、漢字の手本である千字文と
論語を日本に伝えた方として
神埼の竹原地区の天満宮さんに古くから祀られているとのことです。

 

上着着用での式典に、参加者皆さん汗びっしょり。
頂いた保冷剤で束の間の涼を。

夕方から、祭り会場へ。
夜は中央大通りで総踊りでした。

1時間半の踊りで浴衣も汗でびっしょり。
妻も本庄校区の皆さんと一緒に踊りの輪へ。

 


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