2013年4月のひとり言

2013年4月30日(火)

小屋の陰でほとんど日の当たらないところにあるバラは
例年2~3輪くらいしか咲きませんが、今年は6~7輪咲きました。
濃い赤い花は、ほんのりと甘い香りを辺りに漂わせています。
ほとんど手入れもしないのに、よく咲いてくれました。

樹木は今、みずみずしい新緑をまとっていますが、
柔らかい緑の中に、白い花が咲くと、とても清楚です。
最近増えてきたナンジャモンジャは、
緑の上に雪を載せたような美しさを見せています。

4月21日の日曜日に
嘉瀬の森林公園で、鑑真和上没後1250年祭がありました。
鑑真和上の上陸記念碑の周りに植えられた
ケイカという花木はガクアジサイのような白い花を咲かせていました。
ケイカは鑑真和上が出港した中国の揚州市の市の花で
揚州市から贈られた木です。

 

同じ日、金立山憩いの広場で開かれたハナミズキ茶会でも
白い花に出会いました。
茶会の会場周辺のハナミズキは満開で、
ピンクの花も美しいのですが、
新緑に映えるのは白いハナミズキの花でした。

同じ21日の日曜日、
佐賀県消防操法大会に出場する佐賀市の消防団代表の結団式がありました。
佐賀市を代表して出場するのは、本庄分団、久保田支団、三瀬支団です。
3つの消防団は、7月の県大会まで3ヶ月間、猛訓練に励みます。
ご苦労様です。

 

4月27日の土曜日、
連合主催の、第84回佐賀県中央メーデーがありました。
来賓席の隣の席の古川知事と私が若いころのメーデーについて話しました。
当時は佐嘉神社前の今駐車場になっているところにあった中央公園で
5月1日に、メーデー集会が開かれていました。
赤い労働組合の旗がはためき、3000人の労働者が会場を埋めていました。

今は参加しやすいように、
メーデーの5月1日ではなく連休の初めに開かれますが、
参加者は半分の1500人程度です。
組合の旗は赤だけでなく、緑や黄色などカラフルです。
当時は闘うメーデーでしたが、今は和やかなメーデーになりました。

4月28日の日曜日、川を愛する週間の最後の川掃除の日でした。
各地の川掃除を見て回りましたが、
農村地帯に近いところほど、胴長を穿いて川に入り、
腰まで水に浸かって川掃除をする人が多く、力強さを感じました。
どこでも高齢化で、川に入る人が少なくなったと訴えられますが、
年間8万人が参加する奉仕活動はなんとしても維持したいと思います。

 

佐賀市の文化祭が、
4月28日の日曜日から毎週日曜日を中心に開かれます。
初日の28日、佐賀市文化会館で開かれた生け花を見に行きました。

今後、文化会館だけでなく、婦人会館、徴古館、美術館などで、
邦楽、川柳、茶、書道、古典舞踊など、
さまざまな文化活動の発表が行われます。
うるおいと安らぎのある心豊かさや品格を高めるためにも
ぜひ、会場に足を運んでください。

 

先週、富士大和温泉病院で妻と人間ドックを受けました。
大きな問題はありませんでしたが、
尿路結石の石が大きくなっていると指摘されました。
石が出てくるとき痛そうです。ドキッとしました。
富士大和温泉病院は佐賀市立です。
市民の皆さま、どうぞご利用ください。

今週、富山市の交通政策を視察してきます。
富山市も佐賀市と同じように合併で広くなりました。
高齢者が外出しやすいように、バスやJRを中心にしての
高齢者の足の確保に新しい試みをしているようです。
学べるところがあるのか見てきます。

2013年4月17日(水)

昨夜(4月16日)アメリカから帰ってきました。
1週間前出るときは、玄関先のボタンが美しく咲いていましたが、
帰ってみるとしぼんでいて、長い間留守にしたことを実感しました。

訪ねたのは、アメリカのグレンズフォールズ市です。
佐賀市とグレンズフォールズ市は、
27年前、佐賀のバルーン大会に出場した
グレンズフォールズ市の女性パイロットのリン・スタンクリフさんが
素晴らしいバルーン大会と佐賀市が大好きになったのが縁で、
姉妹都市として交流が始まりました。

姉妹都市協定を締結して今年で25年になることから、
親善訪問団をグレンズフォールズ市に派遣することになり、
25人の訪問団の団長を私が務めさせていただきました。

10日の早朝4時過ぎに家を出て、
成田経由で13時間飛行機に乗ってニューヨークに着きました。
ニューヨークに1泊、翌日バスで4時間、グレンズフォールズに着きました。

グレンズフォールズは広々とした風景を想像していたのですが、
静かで落ち着いた古いヨーロッパの街のようでした。
人口は1万4000、面積は佐賀市の43分の1です。
住宅は広くてゆったりしていて通りにゴミは落ちていません。
住んでいる人たちの心豊かさが伝わってきます。

 

旭川と同じ緯度なので、気候は寒く、みぞれが降っていました。
ハナミズキなどの花はまだ咲いていません。
以前はパルプやセメント産業が盛んだったようですが、
今は、医療や福祉、織り物の仕事に携わる人が多いそうです。
琵琶湖と同じ面積の美しいジョージ湖があることから
観光業が盛んになっていて
ワシントン、ニューヨーク、ボストンなどから訪れる人が多いようです。

 

町のあちこちに「歓迎佐賀」と日本語の札が立てられ、
市庁舎の市長室前のホールには、
佐賀からの贈り物、例えば子供の着物などが展示され
交流が継続していることがひと目でわかるようになっていました。

着いた日の夜、歓迎パーティーが開かれ、
現在の市長の他、交流協定に調印した当時の西村市長を知る、
元市長2人など60人と私たち25人の、楽しいパーティーになりました。

 

私たちの訪問団は2人1組になって家庭に招かれました。
佐賀市とグレンズフォールズ市は、
中学・高校生の親善訪問団を派遣し合っていますが、
私は、16年前に高校2年生のとき佐賀市を訪ねたマイケル君の
両親のお宅を訪ねました。

マイケル君は結婚して家を出て留守でしたが、
佐賀を訪れた時の写真や寿司屋の箸の袋など記念の品が
1冊のアルバムにまとめられていました。
両親は「マイケルの素晴らしい一生の思い出になっている」と
話しておられました。

また、ミリー・コウ(美里・高)さんのお宅には
25人全員が招待されました。
美里・高さんは、大阪に住んでおられましたが
京都出身の夫と共に、グレンズフォールズに移り住んでおられます。
日本語はペラペラ、夫はお医者さんです。

高さん夫妻は、「昔の日本は人づくりの教育をしていたが、
今は、お金や経済に関心が集まり、
エリートを育てる教育になっているのではないか」と話しておられました。
遠くアメリカに居ても日本の危機を感じておられるようでした。

高さんは、市民楽団の指揮者で、
佐賀でタクトを振ってみたいと話しておられました。
音楽グループの交流も進むかもしれません。

グレンズフォールズへの行き帰りに
ニューヨークとワシントンに立ち寄りました。
寒いグレンズフォールズに花の姿はありませんでしたが、
ここでは桜が見られました。

 

ニューヨークの日本総領事館の公邸にもお邪魔しましたが、
総領事館の人たちは「アメリカと日本の都市の姉妹縁組はたくさんあるけど、
だんだん熱が冷めて形骸化するケースが多く、
佐賀市とグレンズフォールズ市のように、継続して交流しているのは珍しい」
とほめてくださいました。

今年は6月にグレンズフォールズの中学・高校生が佐賀を訪れます。
来年は佐賀の中学・高校生がグレンズフォールズを訪問します。
お互いにホームステイしますので、交流は親の世代もまきこんで膨らみます。
西九州大学の学生さんも、交流を進めて頂いています。
25年の交流を50年、100年と続けていけたらと思います。

心温まることばかりだったのですが、食べ物だけは慣れませんでした。
昨夜遅く帰ると、妻は、魚の煮つけ、冷奴、ご飯、味噌汁、
漬物などを用意してくれていました。
佐賀の食べ物は、何とおいしいことでしょう。

グレンズフォールズ報告になりましたが、
あすは久保田で市長と語る会、日曜日は消防団の行事に顔をだします。
日常が戻ってきました。

2013年4月8日(月)

全国で大荒れだったきのうは、佐賀市も風の強い冷たい1日でしたが
きょうは、素晴らしい天気になりました。
散った桜に代わって、わが家の庭のボタンや
市役所南のツツジが美しく咲き始めています。

 

このところ経済の復調が言われ、
春の夢を見ている人が増えているようです。
企業の業績ではなく、株価が上がっただけの
マネーゲームで終わらなければいいのですが。
円安は輸出企業は歓迎でしょうが、
輸入品の高騰が国民生活に影響しはじめています。

新年度がはじまり、面会や雑誌の取材などへの対応で
あわただしい日々です。
またさまざまな催しに挨拶を依頼されます。
開会の儀式を成立させるための挨拶に終わらないよう、
心のこもった挨拶を心掛けています。

先月(3月)末、有明沿岸道路の、久保田―芦刈と
県道の、芦刈―肥前山口が開通しました。
有明沿岸道路の嘉瀬―久保田はすでに開通していますので、
嘉瀬から肥前山口までがつながりました。
佐賀市南部の人たちは、肥前山口方向に行きやすくなりました。
嘉瀬から東の佐賀空港や大川方面はまだ結ばれていませんので、
嘉瀬の新しい県立病院周辺の道路が混雑するのではないかと心配しています。

この道路の開通式は先月30日にありましたが、
挨拶したのは、県知事や、関係する市と町の首長、
それに国会議員の、会わせて12人でした。
次から次と挨拶が続いて、聞いている人はうんざりしたのではないでしょうか。
こうした式のありかた、考えないといけません。

 

4月1日に辞令交付式をしました。
新採用の職員、幹部職員、交通安全指導員、
消防団長などに辞令を交付しました。
交付式で新採用職員の中には
ネクタイを首の根本で結ばずに、
指1~2本程度開けて結んでいる職員もいました。
今どきのファッションなのかもしれませんが、だらしない感じがしました。

報道機関に勤めていた友人は人事異動の辞令の紙を貰ったことはないそうです。
全国各地に転勤するのに、新しい勤務地は口頭で伝えられ
取材で遠くに出ている時は、電話で伝えられたそうです。
「辞令の紙なんか必要ないでしょう。
多くの人が交付式の間、仕事をしないのは時間の無駄遣い」と言われます。

災害の被災地に役所が応援を出すとき出発式をしますが、
「出発式なんかするから支援が遅れるのだ、
記者やカメラマンは、災害発生と当時に飛び出す」とも言われました。
救助ヘリより、報道ヘリのほうが先に飛んでいることはしばしばです。
異業種の世界から学ぶ必要がありそうです。

嬉しい話です。
久保泉第2工業団地に新しい仲間が入ることが決まりました。
和歌山に本社のある(株)橘化成工業が
海苔を入れる容器を製造する工場を建設します。
5月に着工、12月から操業をはじめ、最終的には地元から17人を採用する予定です。

この週末も多忙でした。
おととい6日の土曜日、諸富町小杭のチューリップ祭りが始まりました。
雨で開会式は中止されましたが、私は雨の中チューリップを見に出かけました。
チューリップはすでに見ごろを迎えていましたが、
花は雨に打たれて、しょんぼりと俯いていました。
半年間育ててこられた地元の人は悔しかったことでしょう。

このあと、国際ロータリークラブの、佐賀・長崎地区大会に出席して
午後からは老人福祉施設の桂寿苑の桜まつりに出かけました、
桂寿苑は設立32周年を迎えました。
高齢者福祉のサービスの範囲を次第に広げて
広範なサービスを提供しておられます。

ここには、多くの種類の桜が植えられ、
今では見事な桜の園になっています。
2月から5月まで100日間、お年寄りが桜を楽しみます。

きのうの日曜日は、さが桜マラソンがありました。
今年からフルマラソンになり、
フルマラソンと、10キロコースを9500人が走ったほか、
ウォーキングに600人が参加しました。
私は10キロのウォーキングに参加して、
妻は、自治会の総会と重なったので途中から一緒に歩きました。

開会式で司会者が、県外から来た人に手を上げてもらいましたが
半分くらいの手が上がっていました。
残念ながら、今年の桜は早く散ってしまいましたが、
走った人、歩いた人、支援した人、それに応援した人を加えると
7万人余りが桜マラソンを盛り上げました。

交通整理や給水など大会の支援に3000人を超えるボランティアが参加されました。
わずか1年の準備期間で、はじめてのフルマラソン大会を成功させた関係者に
心からお礼を申し上げます。

 

佐賀市の街路樹のハナミズキが咲きはじめました。
ハナミズキはアメリカのグレンズフォールズ市から贈られたものです。
佐賀市とグレンズフォールズ市の交流25周年の記念式に出席するため
今週の木曜日からグレンズフォールズ市を訪ねます。
国際交流協会や公募した市民など26人の訪問団で
市民同士の交流も深まるのではないかと思います。

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