2013年1月のひとり言

2013年1月28日(月)

きのうの日曜日、熊本の草枕の湯からの帰り、雪が降っていましたが、
今朝は雲ひとつない快晴になりました。
遠くの天山や脊振の山々は白く雪化粧して美しい朝でした。
暖かさを感じて庭を見まわしましたが、
沈丁花のつぼみはまだ固く、梅も咲いていません。
春はまだ遠いようです。

 

先週台湾に行きました。
暖かいだろうと思っていましたが、道行く人々は冬の装いでした。
しかし樹木に目をやると、ヒカンザクラやツツジが咲いていて
春が近いことを感じました。

台湾に行ったのは、佐賀土地改良区と34年前から姉妹提携している
台湾石門農田利水会との交流会に参加するためです。
嘉瀬川ダムの3.5倍もある大きなダムの水を配っておられましたが、
利水は日本に学んだということです。

尖閣列島問題で中国や台湾の一部の人たちが
日本に強く反発しているので心配したのですが、皆さん大変親日的で、
逆に「最近の日本は魂を失っている、元気を出せ」と励まされました。

先週、市長と語る会を2ヵ所で開きました。
火曜日には、障がいのある人たちの保護者と語りました。
障がいのある人や家族へのサポート体制は
ある程度出来ていると思っていましたが、不十分なことを痛感しました。
障がいも、障がいの種類、程度、さまざまで、
それに応じたきめ細かい支援体制は整っているとは言えません。

障がいのある子どもは、学校などへの送り迎えが必要です。
子どもを支えるしっかりした家庭基盤を整えるには
保護者に収入が必要ですが、送り迎えをするので、
フルタイムでは働けず、職場は限られてきます。
障がいのある子に親の代わりに付き添う支援が必要で、
シルバー人材センターの活用も検討したいと思います。

障がいのある子を持つ親御さんの一番の心配は、
自分たちが高齢になって、子どもを助けられなくなったとき、
社会が子どもの面倒を見てくれるかです。
親御さんたちが安心できる社会はまだほど遠いのが現実です。
福祉の充実などと簡単な言葉で言い表せない複雑な問題を抱えています。
保護者の方々と直接話すことが出来てよかったと思いました。

水曜日には若楠校区の方と語りました。
ここでも、高齢者がグランドゴルフやソフトボールなでに使える
広場が欲しいという要望が出ました。

若楠には、県営の総合グランドの補助グランドがありますが、
簡単には使わせてもらえないそうです。
こうしたグランドは、土日は大会などがありますが、
平日の午前中は空いていることが多いようです。
地元の人が使わせてもらい、
その代わりにゴミ拾いや草取りに協力する体制が出来ないものか、
管理する佐賀県に働きかけます。

きのうの日曜日の早朝、佐賀市少年剣道錬成大会が開かれました。
会場の空気は凛として静まり返っていました。
成人式でも、ぺちゃくちゃ喋る若者が多いのに、なんという違いでしょう。
剣道は剣の道だけでなく、人の道を教えています。

剣道では、去年の暮れの全国大会で
三瀬中学の男子が優勝、女子は3位に入りました。
三瀬中学は1年生から3年生まで合わせて
男子は23人、女子は17人しかいません。
全国にはマンモス中学が多い中での優勝と3位、快挙です。

少年剣道のあと、川副の大詫間のひな祭りに妻と出かけました。
今年のテーマは支え合いで、52人の女性たちと、幼稚園児、小学生の
手作りのひな人形3500体が並べられていました。
男性たちは、会場の飾りつけや駐車場係をしておられました。
地域をあげてのひな祭りでした。

 

 

 

あす(29日)、総務省に要望活動に行きます。
あすの要望は特別交付税に関することですが、
腹立たしいのは地方交付税の減額です。

国は、地方公務員の給与の減額を求め、
その分交付税を減額するとしています。
地方の時代と言いながら、地方の問題を国が指図して、
財源で首を絞めてきています。

公務員の給与削減と言えば、国民の喝采を受ける空気があります。
国民を煽って外堀を埋めた上での口出しです。
地方はそれぞれの自治体で人件費削減に取り組んでいます。
国が干渉する問題ではありません。

腹の立つことを忘れて、ひな祭りを楽しんでください。
佐賀城下ひな祭りは、2月16日から3月20日までです。
31日に福岡のマスコミを回って、宣伝してきます。

2013年1月21日(月)

今朝から冷たい雨になりました。
花の姿はほとんど見かけませんが、
バス停まで歩く途中、ビワの花が咲いているのに気が付きました。
黄土色のような目立たない花です。

この時期、虫はほとんどいません。
誰が交配を手伝ってくれるのでしょうか、
蜜を食べに来る小鳥でしょうか。
6月にはビワが実って食べられるから不思議です。

 

おととい土曜日の午前中、時間に余裕があったので、
朝のマックスとの散歩は少し足を延ばしました。
西与賀と嘉瀬を結ぶ、本庄江川に架かる橋に出会いました。
水管橋で人も渡ることが出来るので、マックスと渡りました。

橋のたもとの案内文を読むと、
かつてここが渡し舟の渡し場だったと記されていました。
私は渡し舟に乗ったことはありませんが、
母が舟で川を渡った話をしていました。

その当時、この付近の本庄江川に橋は無く、
河口近くの数カ所で渡し舟があったようです。
久し振りに1万5000歩の散歩をして古をしのびました。
マックスには迷惑だったかもしれません。

先週は、市長と語る会が2カ所でありました。
新栄校区の語る会は、17日の木曜日この冬最も冷え込んだ夜でしたが、
寒さをおして30人の方が集まってくださいました。
その中で、新栄校区には大きめの公園や広場がないので
高齢者が楽しめる広場が欲しいという声が出ました。

広場が必要なのは、新栄に限ったことではありませんが、
確かに新栄校区にはありません。
何とか希望をかなえられないものか、持ち帰りました。

もうひとつの市長と語る会は、
PTAの保護者の役員の方としました。
土曜日の昼50人が集まられました。
その中で出た話は、PTAの役員の引き受け手が少ないということでした。

消防団もそうですが、社会活動をする人には職場の協力が必要です。
社会活動をする人が休暇を取りやすくするなど、
行政として企業に呼びかけ、役所も率先しなくてはならないでしょう。

土曜日の夕方、少し時間があったので、
妻と中林梧竹展を見ようと県立美術館に行きました。
梧竹展は3カ所で開かれていて、小城の梧竹展は見ましたが、
家の近くの美術館には足を運んでいませんでした。
私は書を学んでいませんが、書を見るのは好きです。
正座して白い紙に向かう凛とした気持ちが伝わってきます。

きのうの日曜日、佐賀市校区対抗駅伝がありました。
この大会は合併前から開かれていて今年が61回目です。
三瀬で農家民宿をしておられる方が、1区の有明海湾岸を走っておられました。
積雪25センチの山の中から、磯の香りのする海辺までの
広い地域の方たちが一緒に走る様子に、広くなった佐賀市を実感しました。

この大会で35回走った人も居られます。
長い間、大会を開いてこられた、
陸上競技協会と体育協会の方のご苦労にお礼を申し上げます。

 

きのうの午後は消費者フェスタに行きました。
賢い消費者、省エネ消費者、騙されない消費者のコーナーが開かれていました。
さまざまな人たちが、
その時々の消費者が直面する問題に取り組む活動をしておられます。
関係者の方々に感謝します。

 

今週も多くの行事が待ち構えています。
市長と語る会が2つあります。
あすの火曜日は、障がいのある人たちの保護者の方と話します。
あさっての水曜日は、若楠校区の方たちと話します。

このほか、富士町の古湯温泉で将棋の王将戦、
海苔の試食会、
全国教育研究集会などがあります。

今が1年で最も寒いころです。
インフルエンザも流行ってきています。
どうぞ、お気を付けください。

2013年1月16日(水)

家の庭やバス停までの道筋で水仙が咲いているのを見ました。
例年より少し遅い開花でしょうか。
控えめで清楚な水仙の白い花は、その白さが心にしみる美しさです。

今年はメジロが少ないなと思っていましたが、
近所からメジロの鳴き声が聞こえてきました。
わが家の庭にも来てもらおうと、ミカンを半分に切って小枝に刺しました。
するとメジロではなくヒヨが来ました。

メジロなら1つのミカンが数日分の食べ物ですが、
ヒヨはあっと言う間に食べつくします。
ついでに玄関に飾ってあったナンテンの赤い実も食べ、
排泄物を置き土産にしてくれました。
ヒヨはカラスと共に迷惑な鳥です。

先週も、新年の集いが続きました。
その度に1月4日に開かれた賀詞交歓会でお会いした人たちに出会います。
賀詞交歓会は、新年の挨拶に行ったり来たりするのを避けようと、
一堂に会する狙いもあると思います。
同じ顔ぶれを見ながら、賀詞交歓会でお会いしなかった人を探して
新年の挨拶をしています。

13日の日曜日の朝、
北川副校区の、ふれあい冬まつりに妻と一緒に出掛けました。
鬼火焚きのほんげんぎょうで正月のしめ飾りを燃やして
家内安全、無病息災を祈りました。

北川副の夏まつり、冬まつりは地域総出で行われます。
子どもたちにも役割があって、放送やくじ係などをしていました。
大人は、ぜんざいや焼きそばなどのバザーを出して、
大人も子どもも祭りを楽しんでいました。

鬼火焚きやモグラ打ちなどの伝統行事も
大人から子どもへと受け継がれていました。
祭りが地域の絆を育てていると実感しました。

日曜日の午後佐賀市の成人式がありました。
佐賀市の新成人は2504人で去年より50人減りました。
成人式は合併前の市町村ごとに行われ、旧佐賀市は市民会館でした。

私はお祝いの言葉で、
「あなたたちが、大人の背中を見て育ってきたように
これからは、子ども達に堂々と背中を見せられるような大人になってください」と述べました。

以前は成人式の秩序を乱す若者が目立ちましたが、
最近の新成人のほとんどは良識のある行動をします。
中には目立ちたがり屋も居て、今年も数人が奇声を発していました。
親の背中ではなく、顔を見たいものですが、
その親を育てたのは私たちの世代ですから、考え込んでしまいます。

新成人を待っている社会の環境は非常に厳しいものがあります。
そんな中でも「たくましく成長して、ふるさと佐賀を支えてください」と
励ますとともに、お願いしました。

その厳しい環境の中での嬉しい話です。
市営バスは車体に広告をラッピングしたラッピングバスを走らせています。
2台のバスに広告を出してくださっていた会社がありましたが、
最近、広告を見なくなりました。
その会社の経営者の方にお会いしたとき、聞きますと、
「厳しい環境にあるので」ということでしたが、
すぐ1台のラッピングバスを走らせてくださいました。

ラッピングバスは市営バスの収入を増やして、
交通弱者の足になるバスを守る力になります。
企業の方に、ラッピングバスへの協力をお願いすると、
「話に乗りましょう」と答えてくださる方が増えています。感謝しています。

今週も新年を祝う会が続きます。
これまで市長と語る会は、地域ごとに開いていましたが、
PTAの人たちとの市長と語る会と
障がいのある人の家族との市長と語る会も開くことにしました。
テーマを絞った話し合いが出来ると期待しています。

新年の催しに追われている間に、1月の後半に入りました。
寒さが最も厳しいころです。
インフルエンザの大流行がなければいいがと心配しています。
どうぞ風邪をひかないように気を付けてください。

2013年1月7日(月)

新しい年を皆さまどのようにお迎えになったでしょうか。
私は年末は多忙を極めましたが
正月は少しばかりゆっくりできました。

まず年末の話です。
24日に娘の結婚式がありました。
結婚式の準備と正月を迎える準備が重なり、
大掃除などは早め早めに済ませました。
結婚式に出るため、横浜の娘夫婦と孫たちが早めに帰省したので
賑やかで慌しい年の瀬になりました。

28日は南部と北部の消防団の年末警戒を激励しました。
南部の川副で激励した時は、そんなに寒いとは思いませんでしたが、
北部の富士に入ると、背筋がぞくぞくするほどの寒さを感じました。
29日は中部の消防団を激励しました。

冬の寒い夜、消防団の活躍が市民の安心を守ってくれます。
おかげで年末は火事は1件もありませんでした。
残念ながら年が明けて数件の火事がありました。

 

29日の昼間、少し自由な時間があったので、
孫たちと東与賀の干潟公園で遊びました。
シチメンソウの紅葉の時期は過ぎていましたが、
日頃横浜の狭いところで遊んでいますので
広々としたところでの野球やサッカーを喜んでいました。

 

孫と娘婿は、朝のラジオ体操にも参加しました。
孫のラジオ体操を見ると、しっかりせんか、と気合を入れたくなりますが、
寒くて暗い内に起き出して参加する心意気をよしとしましょう。
孫たちも加わっての家族総出の餅つきをするなどして
あっという間に大晦日を迎えました。

元日は、恒例のカノン砲の祝砲を撃つために、
午前0時前には、佐嘉神社南の堀端に行きました。
祝砲は8発で、神社の宮司さんや、各界の代表が点火すると
ドカンと大きな音がして驚いたカラスがバタバタと飛び立ちました。

 

家に帰って、床の間のお飾りの前でお屠蘇をいただくなどの
わが家の新年の行事をして午前2時ごろ寝ました。
睡眠3時間余りで5時半には起きて県庁前に急ぎました。
ラジオ体操のあと、走ったり歩いたりしての五社詣りに参加するためです。

元日に孫たちが横浜に帰ることになっていたので、
カミさんは参加しないかと思いましたが、
孫たちが搭乗するのは2番機だったので、カミさんも一緒でした。
参加者の最高齢者は95才で、この方は走って五社詣りをしておられました。
80代の人もたくさん居られ、元気な高齢者が多いことを実感しました。

ラジオ体操のあとは、カミさんと友人の3人で歩いて五社詣りをしました。
出発するときは、暗かったのですが歩いている間に次第に明るくなりました。
歩きながらの会話は家族のことが多く、
神社では、家族の健康、市民の安全、雇用の安定などを祈りました。

元日は慌しかったのですが
孫たちが帰ったので、潮が引いたように静かになって寂しくなりました。
2日は静かに書を楽しもうと、妻と中林梧竹展に出かけました。
梧竹展は3カ所で開かれていて、どこに行こうか迷ったのですが、
これまで行ったことのない小城の梧竹記念館を選びました。

佐賀が生んだ偉大な書道家の中林梧竹は
年代によって書風が変わったそうです。
書を学んでいない私は、その違いがよく分かりませんでしたが、
私たちは、すぐ上手、下手と思ってしまいますが、
上手下手は、薄っぺらな評価のようです。
書からにじみ出る重さを感じました。

3日は、ゆっくりした1日でした。
山あいを訪ねた帰り、富士の「ちどりの湯」に入りました。
正月にゆったりと温泉に浸かろうと思ったのですが、人の多いのに驚きました。
前の日の2日は、イモの子を洗うようだったそうです。
正月に温泉、みんな同じことを考えるのですね。

4日は仕事はじめ、
職員に新年の抱負や目標を話し、
佐賀市の各界の人たちが集う賀詞交歓会でも新年の抱負を話しました。
職員には、毎日の仕事をこなすだけでなく、
数年先の将来を見据えた取り組みを求めました。

その例が、ゴミ処理施設です。
佐賀市のごみ処理は、合併前の効率の悪い小さな処理場で
バラバラに行われていましたが、
旧佐賀市高木瀬の処理施設にまとめる事を地元が理解してくださいました。

高木瀬の施設は、ゴミを燃やした熱を、
プールなどの健康増進施設や発電に使っていますが、
旧町村のゴミも入ってくることで、より多くの発電が可能になります。
さらに今考えているのは、
ゴミを燃やすと出てくるニ酸化炭素の利用です。
ゴミ処理施設ではニ酸化炭素をどう処理するかが課題でした。
佐賀市は、ニ酸化炭素を処理するのではなく利用することを検討します。

ニ酸化炭素は、動物には有害でも植物には欠かせません。
そこでニ酸化炭素を農業に利用するシステムの研究をスタートさせます。
海岸近くの下水処理施設では、処理した水をノリ養殖に生かしています。
ゴミ処理施設では、厄介者のニ酸化炭素を農業に生かそうという研究です。
地元から歓迎されなかった下水処理やゴミ焼却施設を
地元に喜ばれる施設に変えてゆく、将来を見据えた大きな夢のある取組みです。

職員に話したもうひとつは、
高齢者が増えても医療や介護の負担を減らす対策です。
生活習慣病を減らすための高齢者の健康対策は取り組んではいるものの
形骸化していないでしょうか。

例えば、検診の呼びかけは、呼びかけに終わっていないのか、
保健師は上から呼びかけるのではなく、地域に入って高齢者の顔を覚え
地域と手を結んで生活習慣病予防に取り組む必要があると思います。
毎日の仕事を処理しながら、数年先の取り組みを考えてほしいのです。

6日は、消防団の出初式がありました。
以前の出初式は、消防署と消防団が一緒にしていましたが、
今は消防団だけで行います。
最近消防団の人たちと出会うことが多くなりました。
消防団が活躍しているからです。仕事を持ちながらの活動に感謝します。

 

 

今年は我慢の年になるかもしれませんが
市民のみなさんが普通の暮らしができるよう、
災害のない1年であることを願っています。

(C)ひでしま敏行後援会. All Rights Reserved.