2012年10~12月のひとり言

2012年12月

2012年12月25日(火)

冷たい冬になりました。
3連休に畑で土仕事をすると、
手袋をしていたのに手がカサカサになりました。
水仕事をすることの多い人には辛い季節です。

今年もあと1週間、周辺に慌しさが漂っています。
往来する車を見ていても歳末を感じます。

きょう(25日)市役所に出勤すると
西の玄関に松飾りが飾られていました。
蓮池地区から贈られた、しめ縄の「鼓の胴松飾り」です。

 

先週から今週にかけて年末の仕事の整理に追われています。
市議会中は開けなかった会議が次々に開かれ、
訃報も飛び込んでくるなど慌しい年末です。

先週、保育の現場を見る事ができました。
2週間前に、保育園の園長さんたちから要望書を受け取ったとき、
「保育の現場を見てほしい」と要請されたので、
議会の合間をぬって3つの保育園を訪ねました。

その中に発達障がいのある子どもを
積極的に受け入れている保育園もありました。
中には保育士とマンツーマンで保育を受けている子どもも居ました。
お母さんは生まれて間もない赤ちゃんを育てるのに手がかかるので、
障がいのある子にとっても保育園が安らぎの場になっているようです。

子どもたちが私を見送ってくれたとき、
集団に入れないで1人遊具で遊んでいる子がいました。
発達障がいのある子は、小学校でも増えています。
そんな子どもたちを、幼い時から周辺に順応できるように努力している 保育園に頭が下がる思いがしました。

障がいのある子を保育すると、
公からいくばくかの補助が出ますが、採算は合わないでしょう。
現場の努力に報いる措置を行政側がしているのだろうか、考え込みました。

別の保育園は、食育と環境に力を入れておられました。
給食のご飯は玄米食、保育園の畑で作った野菜たっぷりの給食です。
給食の残滓は、堆肥にして畑に入れて野菜を作ります。
子どもたちは生産の喜びと
自分たちで育てた野菜を大切に食べることを学んでいました。

もうひとつの保育園は外遊びを大切にしていました。
冒険を体験できるような遊具を外に出して、
大きく成長する時期の子どもたちを鍛えていました。

どこの保育園もビジネスとして子どもを預かるのではなく、
理念を持って、子どもを保育しておられました。
最近、ちょっとしたことで猛烈に抗議する保護者も居られるようですが、
保育現場の頑張りに気付いてほしいものです。

先週の19日に、スーパーモリナガさんから寄付をいただきました。
毎年寄付して下さり、合計で470万円になります。
環境保護のために使わせていただきます。ありがとうございました。

同じ19日に、有明海漁協佐賀市支所の方が、
50年ぶりに作ったという手漉き海苔を持ってこられました。
天日で干すので、自然の香りがします。
そのまま食べても美味しいのですが、
おにぎりと一緒に食べると他のおかずは要らないでしょう。
「佐賀のり有明海一番」にひけをとらない美味しさと思いました。

手漉きですので手間がかかり、
1枚500円で売らないと採算が取れないということです。
佐賀の海苔の美味しさを知ってもらうPR用として
1500枚を生産したそうです。

21日の金曜日に、久米島の中学生が佐賀を訪ねてきました。
佐賀出身で明治政府の高官として沖縄に赴任した11代斎藤用之助は、
沖縄の鳥島が噴火したとき島民の久米島への集団移転を助けたので、
今も久米島の人たちから恩人として敬われています。

そこで、久米島と佐賀の交流がはじまり、
今年の夏休みに佐賀の中学生が久米島を訪ね、
冬休みに久米島の中学生が佐賀を訪ねてきたのです。
久米島の中学生は、斎藤用之助の墓に参ったあと、
バルーンと天山スキー場で雪に触れたかったのですが、
あいにくの雨で、思う存分楽しめなかったでしょう。

きのうの日曜日、
3女の結婚の祝いを、ごくごく近親者で行いました。
家を出る前に「お世話になりました。ありがとう」と言われたときは
涙を出さなかったのですが
式の演出で泣かされてしまいました。
娘が両親への手紙を読み始めると涙が頬を流れ落ちました。
ハンカチを出さないで、涙で目が洗われるのにまかせました。
遅い春ですが、幸せな家庭を築いて欲しいと願うばかりです。

このブログの更新は今年はこれが最後になるでしょう。
ブログに接してくださった皆さま、よいお年を。
また来年お目にかかりましょう。

2012年12月17日(月)

私の朝の日課は、気功、犬との散歩、ラジオ体操が3点セットですが、
昨夜、選挙の開票速報に付き合ったので
今朝はいつもより遅れて6時に起きました。
このため、気功は省いて散歩とラジオ体操だけになりました。

庭に出ると、落ち葉がますます厚さを増していました。
今朝の空はどんよりと暗く、
溜まった落ち葉は、冬の厳しさと世相の暗さを反映しているようでした。
そんな中、妹に貰った3鉢のサクラ草の花が1輪咲いていました。
ただ1輪の花にほっとした明るさを感じることができました。

衆議院選挙の結果は、予想された通り、民主の惨敗でした。
多くの原因があると思いますが、
約束を守らないことのツケの重さを知らされました。
約束を守れないこともあります。
そのときは、国民に丁寧に説明して、代替案を示さなくてはなりません。
市政を預かるものとしても、肝に銘じます。

自民、民主、自民と政権が交代しますが、
3~4年の短い間に、政治の方向が大きくぶれる制度でいいのでしょうか。
将来を見据えた安定した政治ができずに、
目先の人気取りの政治が行われるのは、国民の利益になりません。

今、日本の政治は外交、内政とも停滞しています。
例えば、保育所と幼稚園の壁を低くするなどの、子育て関連の法律は出来ても、
どう運営するかの地方に内容が伝わってきません。
政治の停滞を早く無くしてほしいものです。

自民党の幹部の方が、
自民党の政策に国民の多くが賛同したのではなく、
民主党の失政がもたらした勝利だと分析されたと聞きます。
大勝利に驕ることなく、反対意見に耳を傾ける民主性のある政治を求めます。

佐賀の新しいブランド品が誕生しました。
「光樹(こうじゅ)トマト」です。
光樹トマトは川副町の10数戸の農家が栽培している超高級トマトです。
ハウス栽培ですが、出荷は1月から6月までに限られています。
そこで、年間を通じて味わってもらおうと、
光樹トマトのジュースが開発されました。

先週の金曜日に、飲ませていただきましたが、
実に美味しいトマトジュースです。
テレビの料理番組のリポーターが、
「まろやか」「爽やか」などさまざまな言葉で美味しさを表現していますが、
その全ての言葉を合わせたような美味しさです。
苦み、渋み、きつさはなく、柔らかい味です。
グラスの最後の1滴まで、その味を湛えています。

500cc入りの1本が5000円で、値段も超高価です。
庶民には手の出しにくい値段ですが、
機会があったら味わってみてください。ネット販売ということです。

先週の土曜日、佐賀市立三瀬診療所で、歯の治療を受けました。
前歯の2本が折れていましたが、
残っている歯の根っこを引っ張り出して
そこに人工の歯を植えこむ、インプラント的な治療です。
歯茎の手術も必要で数針縫われ、2時間もかかりました。

その日の午後、ムツゴロウ広場で、
九電工と地元の女性グループのエビスメ会の人たちが、
チャリティ餅つき大会を行いました。
市の中心部に賑わいを取り戻そうという企画ですから
私は毎年参加して、餅をついています。
しかし歯医者さんに激しい運動はダメと注意されたので、ついたのは少しだけ、
酒もダメと言われたので体のリズムが狂いました。
便秘するなど不調です。ちょっとしたことが体全体に影響するようです。

 

今年も残り少なくなりました。議会も今週で終わるので、
新年度に向けた事業方針を詰める段階に入ってきました。
また新年のテレビ放送用のビデオ撮りなどの予定も入っています。
せわしい年末、風邪をひかないようにお気を付けください。

2012年12月10日(月)

真冬並みの寒さになりました。
庭のハッサクの実が、寒さと共に黄色が濃くなっています。
花の少ない季節ですので、その色彩は鮮やかで輝いて見えます。

 

きのうの日曜日、出席する行事の合間の2時間、家の窓を洗いました。
先週は下水の溜桝の掃除を済ませました。
今年の暮れは忙しくなりそうなので、正月を迎える準備を急いでいます。

先週の水曜日(5日)
サガン鳥栖の社長と監督、選手の代表が
今シーズンの戦いを終えた挨拶に来られました。
サイン入りのユニフォームを頂いたので、
「今年最高の夢と感動を与えて下さりありがとうございます」と
お礼の挨拶をしました。

この挨拶、私はエースの豊田選手を見ながらしました。
豊田選手は移籍の話がチラホラ聞こえてきますので、
"移籍しないでサガン鳥栖に残って欲しい"という思いを込めて
豊田選手を見ながら挨拶したのですが、
さて、私の思い、というより県民の思いが通じたでしょうか。

 

市議会は今一般質問が行われています。
教育や福祉に関する質問が多いようです。
いつもの議会は30人位が質問されるので、1日に5人が質問に立たれますが、
今回は21人ですので、1日4人です。
5人だと終わるのが午後4時ごろになって、
次々に起こる課題を職員と打ち合わせる時間が少なくて、バタバタしますが、
4人だと課題に対応する打ち合わせができます。

週末は色々な行事に顔を出させていただきました。
佐賀県諸流合同いけばな&諸富創作家具コラボ展が
先週の金曜日(7日)からきょう(10日)まで総合体育館で開かれました。
土曜日に妻と一緒に行き、きのうの日曜日も見に行きました。
生け花の出品が550点にのぼり、前半と後半、入れ替えられたので、
両方を見たかったのです。

創作家具は、ひとつひとつ手作りで、
古木や木の根を利用した作品もあります。
引き出しは、柔らかく重く、木肌どうしが滑らかに触れ合って動きます。
手作りの深い味を感じることが出来ます。

手作りの家具のそばに、生け花が置かれていました。
生け花は作者ひとりひとり異なる感性で生けられています。
どちらも作品の向こうに作者の姿が見えるようで、
生け花と家具の相乗効果が表れていました。

これだけ多くの生け花があっても、1点1点異なります。
生け花をする人の発想、創造性に畏敬の念すら感じました。

きのうの日曜日、佐賀市のスポーツ推進委員の研究大会が、
大和町の勤労者体育センターで開かれました。
スポーツ推進委員は、地域のスポーツの振興、
ニュースポーツ、例えばペタンク、グランドゴルフ、ミニテニスなどの普及、
それに、さまざまなスポーツ行事のリーダー、
ときには裏方も務められます。

みなさん、仕事を持ちながらの活動で、スポーツ振興だけでなく、
市民の健康増進、地域の交流などの中心になっておられます。
来年は、全国高校総体や桜マラソンがフルマラソンとして開催され、
スポーツ推進委員の方たちが頼りです。
日ごろのご苦労にお礼を述べ、今後のお願いもしました。

研究大会でペタンクの実技指導もありました。
私も以前20年間スポーツ推進委員をしていたので、ペタンクを知っています。
金属の球を使うので運動場で行いましたが、
今回会場が体育館なので、床を壊さないか心配しました。
しかし、球は金属ではなく、樹脂の柔らかく重いものになっていました。
スポーツの世界も、変化しているのに驚きました。

今週は、市議会一般質問が13日までです。
13日は議案質問もあります。
14日は、市民総ぐるみの街頭活動が行われます。
自転車の点灯指導などが行われますが、
こうした活動が、事故防止、防犯に結びつきます。

私の忘年会は先々週から始まりましたが、
これから忘年会たけなわになります。
飲みすぎ、食べ過ぎにご注意ください。
寒さも一層厳しくなります。体を労わってください。

2012年12月3日(月)

庭の落ち葉が積り続けています。
落ち葉は1ヵ所に集めて堆肥にしますが、
集める場所に去年の落ち葉が積まれたままです。

畑を整理して堆肥化した去年の落ち葉を入れなくてはなりませんが、
畑に出る時間がありません。
増える落ち葉が気になっていましたが、
秋の名残りをしばらく楽しもうと思うことにしました。

 

腹の立つことがまた起きました。
キャンプ場や公衆トイレの水道の蛇口などの金属が盗まれたことを
以前も書きましたが、またやられました。
佐賀市の北部の、北山湖や金立の公園のトイレやキャンプ場の炊事場などの
水道の蛇口や入口のチェーンなどの金属が盗まれました。

売ってもわずかな金額にしかならないと思います。
それほど困窮した人を出す、政治や社会に問題があるのかも知れませんが、
公の、みんなの物を盗むことは許せません。
監視カメラを付けるなどの対策が必要ですが、お金がかかります。
いい知恵はないものかと考えていますが、
不審な行動を見たら、警察や市役所に通報してください。

年末になると犯罪や事故が増えます。そこで先週の金曜日、
佐賀警察署の年末年始特別警戒パトロール隊の出発式がありました。
私は地区の防犯協議会の会長ですので、出発式に出て、
公共施設の金属泥棒への警戒もお願いしました。

式には交通安全指導員などの防犯ボランティアも参加しておられましたが、
その中に85才の女性も居られました。
制服をピシッと着ておられ、とても85才には見えません。
寒い年末年始も街頭で交通安全の指導をしてくださいます。

とても嬉しい事を報告します。
私の今期の最大の公約は、佐賀市のゴミ処理施設の統合でしたが、
それが実現する見通しになりました。

佐賀市高木瀬のゴミ処理施設は、
これまで旧佐賀市のゴミだけを処理してきましたが、
合併した他の地域のゴミも処理することに地元の同意が得られ、
先週の金曜日、高木瀬と金立の自治会と調印を交わすことができました。

佐賀市には、高木瀬の他、合併前の町の小さな処理施設が3つありますが、
効率がよくありません。
そこで、ゴミの減量運動で、余力が出ている高木瀬の施設で処理したいと
地元の皆さんにお願いしてきました。

簡単に同意していただける話ではありませんでしたが、
佐賀市全体の利益を理解していただき、調印にこぎつけました。
理解してくださった地元の人たちに深く感謝します。
地元の人たちと話し合ってきた佐賀市の担当職員の中には、
調印式の会場で感極まって涙を流す職員もいました。
それだけ真剣に取り組んだのです。職員にも感謝します。

まず、富士と大和のゴミを来年春から高木瀬で処理するために
関係する地元への説明会をはじめます。

高木瀬でゴミを処理すると、
他の施設では捨てられていた焼却熱を使って発電することができます。
ゴミを資源に変えることができるのです。
熱を発電や温水プールに利用するほか、次の段階として、
焼却すると、どうしても出てくる厄介者のCO2を利用することができないか、
模索しています。挑戦したいと思っています。

師走に入った1日の土曜日、
兵庫町の収穫祭にお邪魔しました。
毎年、この収穫祭の餅つきが、私のその年の餅つき初めになります。
私は餅つきが大好きなので、張り切りすぎるのを心配した妻に、
「力を入れすぎないように」と注意されましたが、
ひと臼を2人でつきましたので平気です。餅つきを楽しませていただきました。

餅つき初めのあと、今年最初の忘年会に出ました。
本庄の体協、体育協議会の忘年会です。
私はOBとして扱っていただいていて、
古湯温泉に浸かったあと、ゆっくりと酒を飲むことができました。

体協の人たちは、さまざまな職種の人たちがおられます。
異業種の人たちから、それぞれの仕事を通しての世情を聞けます。
また皆さん地元の人たちなので、地域の問題点も伺うことができます。
楽しい忘年会でした。

きのうの日曜日、
佐賀市文化連盟の合同文化祭が諸富町でありました。
舞台では、踊り、ダンス、お謡い、コーラスなどが次々と発表され、
絵画、生け花、写真、焼物などの展示が行われていました。

趣味の世界ですが、長年取り組んでこられた作品には
素晴らしいものもあります。
趣味に没頭する時間や、同じ趣味の仲間を持つ人たちが羨ましくもありました。
私は無芸大食、畑仕事しかありません。

文化祭には10時半に出発したので、出かける前少し時間がありました。
わが家の年末は、下水の汚水枡の掃除が私の担当なので、
早めにやっておこうと取りかかりました。
台所に最も近い汚水枡は、油が固形石鹸のようになって、
厚さ10センチ余りも、こびりついていました。
汚いといえば汚いのですが、わが家の家族の食事の後始末です。
感謝の気持ちを込めて取り除きました。有効に使った1時間でした。

今週は、きょうから市議会です。
一般質問は6日からです。
忘年会など1年を締めくくる行事が続きます。
12月は例年より寒くなるそうです。
風邪などひかれないよう、注意してください。

2012年11月

2012年11月26日(月)

朝庭に出ると、野菊が黄色い花をつけていました。
野菊のそばの八朔の実も黄色く色づいています。
頭上の黄色と足元の黄色が
冬ざれてきた庭の彩りを補ってくれています。

もう少し歩をすすめると、
我が家のはす向かいの家の庭で
季節はずれのサツキが4~5輪咲いています。

そのお宅は、高齢のご夫婦が住んでおられましたが、
妻に先立たれた夫は今年になって福祉施設に入られました。
サツキは順番に数輪ずつ咲いて、主の帰りを待っているかのようです。
その家に明かりが灯る日が来てほしいと思います。

明るい話を3つほど。
その1、佐賀市の住宅地にある鉄工業の公栄工業(株)が
久保泉第2工業団地に進出することになり、21日に進出協定を結びました。
騒音などで肩身の狭い思いをしてこられましたが、
工業団地に移って伸び伸びと生産活動を行うことができるでしょう。

その2、翌22日には、もうひとつの進出協定を結びました。
熊本にある(株)杉養蜂園が佐賀市にコールセンターを置くことになりました。
通信販売なども手掛けている会社で
佐賀駅南の空きビルに事務所を置いて来年1月から業務を始めます。
最初10人を雇用し、3年後には70人です。
出来るだけ正規職員にするということです。

その3、全国高校ラグビー大会に出場する
佐賀工業の選手と監督の皆さんが、出場の報告に来てくださいました。
31年連続41回目の全国大会出場です。
新チームは去年のチームより体格では劣り、春ごろは苦難もあったようですが、
今は伸び盛りで、監督は、
「ベスト8を目指す」と話しておられたので期待しています。

先週、23日の金曜日、東与賀で佐賀市総合防災訓練を行いました。
地元の人たち900人の他、消防、自衛隊、医療などの関係者が参加しました。
地元の人たちは、避難訓練をしたほか、さまざまな模擬体験をされましたが、
実際に災害が起きた時、訓練以上のことはできないと言われています。
訓練を重ね、防災への関心を高めることが、いざという時の備えになります。

 

週末の3連休は、障がい者の福祉と向き合った3日間でした。
23日の午後、佐賀市文化会館で
全国障がい者芸術・文化祭の開会式がありました。
芸術・文化祭は25日の日曜日まで3日間開かれ、
私は初日の開会式であいさつさせていただいたあと、
2日目は、妻と一緒に、バリアフリー映画と美術展を見ました。

美術展は、障がいを乗り越えての、精一杯の作品が並んでいました。
私の足が止まったのは、小児麻痺で両方の下肢が不自由な青森県の方の
「夢の家族」という作品です。
描かれている人たちの目や口元のほほ笑みに惹きつけられました。
「笑顔の目を描くのに苦労しました」というコメントが添えられていました。
温かい希望のある家族を作りたいという作者の想いが伝わってきました。

 

バリアフリー映画は、新藤兼人監督の「裸の島」でした。
全くセリフのない映画で、
視覚障害の人のためには、映像を説明するナレーションが入り、
聴覚障害の人のためには、「水の音」とか「激しい音楽」などの
字幕が用意されていました。

離れ島に水を運ぶ苦労、
病気の子どもを医者に見せることが出来ずに失う無念さ、
セリフがない映画ですが、映像と音だけで涙が出てきました。

こうした映画を子どもたちに見せたいと思いました。
IT教育を受ける子どもたちは、
一瞬にして情報が画面に出てくることに慣れていますが、
言葉で言われなくても、映像と音から、
水の大切さ、家族の結びつきの切なさを自分で想像することも大切でしょう。

3日目の25日の日曜日は、
全国の芸術・文化祭に合わせて開かれた佐賀県の障がい者福祉大会に出ました。
3日間、障がい者福祉と向き合って、
障がいのある方をひとくくりには出来ないと思いました。
どこに障がいがあるのか、障がいの程度によって
行政の対応の仕方は、いくつものパターンがあります。
まさにきめ細かい対応が求められています。

24日の土曜日、
サガン鳥栖の地元の最終戦の応援に行きました。
1点を取った時の喜びと大歓声、
1点を失った時の、しゅんとなる観客席、
その後1点を取って再び歓喜に包まれました。
私は所用があったので2対1のとき会場をあとにしました。
鳥栖駅に向かって歩いているとき大歓声が聞こえてきたので、
3点目を取ったことを確信しました。

 

サガン鳥栖応援で鳥栖に向かう車中でこんなことがありました。
JRの普通列車はほぼ満席で多くの人が立っていました。
その中で座っている人が居ないのに空いている席が数席ありました。
ひとつは高校生が、前の席に足を投げ出して占拠していました。
ムカッとした私は、「空いているだろう」と言うと、
はじめ空いていないようなことを言っていましたが、しぶしぶ足を引きました。

別のところでは、通路側に座った若者が大きな荷物をそばに置いていて、
立っている人が窓側の空席に入り込みにくくなっていました。
混んでいる車中なのに、自分が窓側に行くか、荷物を棚に上げるなどの
配慮が全くできていません。

サガン鳥栖の応援から帰って佐賀市内で乗ったバスも
ほぼ満席だったので立っていると、
バスの後ろに乗っていた女子高校生が、わざわざ前に来て、
後ろの席が空いてますと教えてくれました。
気配りが出来る若者は武雄高校の生徒でした。
若者に情けなくなったり感心したりの1日でした。

今週は九州の土地改良問題で国に要望活動をします。
また12月議会に向けての記者会見などがあります。

寒くなってきました。風邪をひかれませんように。

2012年11月19日(月)

先週お世話になった石垣島の方に、妻がお礼の電話を掛けると
向こうはまだTシャツのままだそうです。

こちらは急に寒くなり、厚手のジャンパーが必要になってきました。
先週の月曜日夜の、久保泉での市長と語る会では暖房が入りました。
秋から冬に季節が変わろうとしています。
周辺では風邪をひく人も増えてきました。お気を付けください。

先週は行事が多く、秘書から渡されるスケジュール表には
1日に15件から20件が書き込まれていました。
副市長と手分けしましたが、走り回った1週間でした。

週末の17日の土曜日には、
「健康ひろげ隊」の10周年記念式がありました。
市民の健康を守ろうという佐賀市健康推進員28人で発足しましたが、
今は120人ほどになりました。
▽ウオーキング
▽カロリーソング体操
▽検診受診率向上
▽介護予防事業の4つの班に分かれて活動しておられます。

この方たちは、協議会を作って自主運営をされていて
役所と両輪になって協働する模範的なボランティアグループです。
高齢になっても、健康なら明るい生活ができて、家族も安心です。
医療や保険などの社会の負担も少なくてすみます。
「健康ひろげ隊」を育ててくださった方たちに感謝しています。

 

同じ土曜日、新聞社が主催する金婚夫婦の表彰式がありました。
65組130人が出席され、50年間支えあってこられた人たちですので、
皆さん、いい顔をしておられました。

50年前は昭和37年です。
当時の新聞記事や、テレビの録画が紹介されましたが、
大きく変わったのは自動車と思いました。
今のような庶民が持つことが出来る大衆車は少なかったようです。

この年は、合併で北九州市が誕生しました。
マリリンモンローが亡くなった年でもありますが、
映画は植木等主演の「ニッポン無責任時代」が大ヒットしました。

「無責任」「ハイそれまでよ」「いいからいいから」という言葉が流行しました。
当時、戦後の復興を果たした国民は高度成長に向けて懸命に働いていました。
決して無責任ではなかったので、
ときには適当に生きてみたいという願望が生んだ言葉だったでしょう。

それに対して本当に無責任と思うのは、
今回の衆議院の解散、解散に向かう政局や政治家たちの離合集散です。
せめて佐賀市は、市民に対して無責任ではない行政をすると肝に銘じています。

話がそれましたが、私達夫婦も結婚40年を過ぎました。
金婚に向けて、助け合いながら、健康で元気に生きて行きたいと思っています。

 

18日の日曜日の朝、西与賀のふれあい祭りに出かけました。
会場に並んだ地元の物産の中で、竹輪や蒲鉾に目が行きました。
西与賀は、明治の終わりごろから中国沿岸まで出漁した遠洋漁業の基地でした。 その伝統を受け継いで、今も魚肉の練り製品の製造が盛んです。

この西与賀で製造された魚肉ミンチの天ぷらの「ミンチ天」が
今月はじめ、東京で開かれた全国アンテナショップフェスティバルで
「お宝一品グランプリ」に選ばれました。
東京に出店しているアンテナショップや協力店の店長が、
それぞれの地域のイチ押しを出品してグランプリを競いました。
西与賀の「ミンチ天」は、投票でも売上でもトップでした。
西与賀の練り製品は全国から注目されています。

 

衆議院は解散しましたが、今週国土交通省と農林水産省に
来年度事業で取り組んでほしいことをお願いに行きます。
土地改良、道路関係、河川の改修などです。
23日には、東与賀の運動公園で佐賀市の総合防災訓練を行います。

23日の金曜日から日曜日まで
全国障がい者福祉大会と障がい者芸術文化祭が佐賀市で開かれます。
文化会館周辺が、全国から訪れた人たちでにぎわいます

2012年11月13日(火)

玄関口でツワブキの花が咲いています。
濃い緑の葉の上の、こぶりの黄色の花が鮮やかです。

ツワブキの花を見ると、職場の大先輩が描かれた絵を思い出します。 晩秋に咲くツワブキの花が大きく描かれていました。
大先輩は生きておられたら100才位でしょう。
厳しい冬に備えて気持ちを引き締めなさいと呼びかけている
大先輩の声が聞こえてくるような、ツワブキの花の絵でした。

7日と8日、九州市長会が宮古島で開かれました。
沖縄県内の市から、オスプレイの配備反対の決議の要望がありましたが、
九州市長会として決議するのはなじまないという意見も出て、
「沖縄にこれ以上の軍事的負担を強いてはならない」という決議になりました。
オスプレイを強行配備された沖縄の人たちの反発や無念さはよくわかるものの
九州市長会全体としてまとまることが出来る内容になりました。

 

 

九州市長会のあと、環境問題の勉強のために石垣島に行きました。
畜産農家を訪ねたとき、
石垣島の子牛が佐賀で肥育されて、佐賀牛に育っていることを知りました。
佐賀に入ってくる子牛は宮崎が多いと聞いていましたので、
遠い南の島と結ばれていることに驚きました。

石垣島周辺では、サンゴがオニヒトデの被害にあっていますが、
オニヒトデが増えるのは、
畜産の汚水や、ほ場整備工事で栄養分を含んだ田畑の表土が
海に流れ出るなどの海洋汚染によるという説があります。
ほ場整備は、全国ほぼ一律の工事が行われていますが、
地域の実情に沿った、決め細かい配慮が必要のようです。

宮古も石垣も、島の人たちが朝動き出す時間が遅いような感じがしました。
佐賀では6時半ごろには人の姿を見ますが、
島の人たちは7時ごろから動き出しているようです。

 

その中で変わらないのはラジオ体操です。
ラジオから流れるラジオ体操の音楽を頼りに近寄ってみると、
少人数の人たちがラジオ体操をしておられました。
宮古島でも石垣島でもラジオ体操の仲間に入れてもらいました。

残念なことがありました。
市役所の窓口対応で2件の苦情が寄せられました。
どちらも職員が役所の立場ばかり説明して、
相手の立場に立てずに、自己弁護に終始したようです。
市職員として許されることではありません。猛省を促します。
いい仕事もしているのに、こんなことがあると情けなくなります。

先週の週末は予定された行事が雨でなくなり
久しぶりに、ゆっくりした時間がありました。
今週は、きょう久保泉で市長と語る会があります。
また、12月議会に向けた会議もいくつかあります。
週末もさまざまな行事が入ってきています。

寒さとともにインフルエンザがはやってきています。
手洗い、うがいを忘れずに、体調管理に注意してください。

2012年11月5日(月)

バルーンの間、
暗いうちに家を出て、バタバタしていたので、
周囲を見る余裕がありませんでしたが、
今朝(11月5日)役所に向かうバスの窓から外を見ると
家々の庭の木も街路樹も秋が色濃くなっていました。

イチョウの黄色は濃くなり、サクラも散らずに色づいている木もあります。
カエデは薄い紅や濃い紅、中にはまだ頑張るぞと緑のままの木があり、
ケヤキも黄色、赤、茶色など色々です。
人も白髪、禿げ頭などさまざまなように、樹木も個性があり、
散り際の美しさを競っているようです。

先週はバルーン一色でした
前夜祭の10月30日からライトファンタジーがはじまりました。
今年から全ての白熱球を環境に優しいLEDに替えました。
全部で100万球ですが、実行委員会が用意した以外に、
自分たちで家の前を飾ろうという人たちもいて、
全体では100万球を超えるでしょう。

 

実行委員会にお任せでなく、自分たちも何かしようという動きが、
商工会の青年部あたりから出てきています。嬉しいことです。
佐賀市中心部のライトファンタジーは来年1月14日までです。

 

バルーン大会がはじまった31日の朝は快晴、
以後絶好のバルーン日和が続き、5日間で80万人が訪れました。
ときには、佐賀大和のインターチェンジから佐賀市内まで
県外ナンバーの車が数珠つなぎになり、道路が渋滞しました。
近所の人には迷惑をかけましたが、60万人台だった去年のお客さんより、
はるかに多いお客さんを迎えることができて大会は成功しました。

ただ朝の競技は全部できたのですが、
午後の競技は1回しかできず、夜間係留もできませんでした。
雨はしかたないにしても風のいたずらに困りました。

バルーンの大会の成功だけでなく、
バルーンに合わせたさまざまな行事も好評でした。
佐賀城下秋の骨董市は、お客さんでごったがえし、売上げも多かったそうです。

 

東与賀の海岸のシチメンソウまつりも、バルーン会場とシャトルバスで結ばれ
大勢のお客さんが、珍しい海の紅葉を楽しまれました。
シチメンソウは夜はライトアップされ大変美しいので
ぜひ、夜訪ねてみてください。ライトアップは10日までです。

 

古湯へのランチバスもバルーン会場から運転され、
えびす88か所巡りも行われました。

佐賀市中心部の飲食店70店舗が行った「街なかバル」も好評でした。
3000円のチケットを前売りで買うと、5つの店で飲食できます。
1軒600円で、ちょっとした肴やツマミでお酒が飲めます。
私も居酒屋やスナックなどを回りましたが、
ある寿司屋さんでは、ニギリ3貫に付きだし、ビール中ジョッキ1杯でした。
店はほとんど利益は出ないでしょう。もてなしの心が伝わってきました。

バルーン大会で子どもたちを楽しませてくれるのが、
漫画の主人公などの変形バルーンです。
今年はスペースシャトルのバルーンが初公開されました。
普通のバルーンの3倍もあるスペースシャトルのバルーンが膨らむと
子どもたちの宇宙への夢も膨らんだことでしょう。

また、被災した宮城県名取市から「いろは号」が参加しました。
いろは号は、津波で被災した瓦礫の中から助け出され、
復興への願いをのせて佐賀平野の大空を舞いました。
赤松小学校の子どもたちが被災した人々を励ますメッセージを書いたカードを
名取市長やパイロットに手渡すと、
カードを読んだパイロットの目は潤んでいました。

 

バルーン大会に参加した人たち以外でも、
バルーン見学を通しての国際交流も見られました。
韓国、台湾、インドネシアから来られた人たちは
それぞれが属す団体との交流をしておられました。
韓国、台湾とは、島の領有権争いでギクシャクしていますが、
バルーンを見て、日本の人たちと触れ合うことで、
日本は敵対する国ではないと知っていただけると思います。
中国の人たちとの交流がなかったことは残念です。

バルーン以外の話題です。
最近、佐嘉神社周辺に椿油の香りが漂っています。
福岡で11日に始まる大相撲九州場所に出る春日山部屋が
佐嘉神社に寄宿して、駐車場だったところに土俵を作って稽古をしています。
春日山部屋には22人のお相撲さんが居るということで
髷の鬢付け油の香りがするのです。
春日山部屋が九州場所のたびに佐嘉神社に寄宿してくれると、
佐賀の新しい秋の風物詩になるのにと、期待しています。

 

今週は、あす、富士町で市長と語る会が開かれます。
台風で延期になっていた九州市長会が7日から宮古島で開かれます。
週末は、林野火災の訓練を行います。
日曜日はまた休めません。

2012年10月

2012年10月29日(月)

今朝(10月29日)ラジオ体操のあとマックスと散歩していると、
クリークの真ん中にゴミの入ったレジ袋がありました。
先日川掃除をしたばかりでゴミのないきれいな場所です。
地元の人は捨てないでしょう。
おそらく、きのう早朝の大雨で、どこからか流れてきたのでしょう。
心ない人がいるなと、不愉快になりました。

不愉快といえば、この夏から秋にかけて
佐賀市のキャンプ場と、山間の公衆トイレで
水道の蛇口や衛生器具の取手などの金具が
盗まれるということが相次ぎました。
生活に困ってのことでしょうが嫌な世の中になったと思いました。

今朝は秋晴れで、すがすがしい気分で歩いていたのに、
捨てられたゴミでむしゃくしゃしながら家に向かっていると、
庭で花の手入れをしていた女性が「持っていきなさい」と
美しい菊の束を下さいました。
おかげで、気分が明るくなって自宅に戻ることができました。
妻が玄関に飾ってくれました。
とても美しく飾られていて、妻の生け花の心得に驚きました。

うれしい話です。
20日と21日の土日に開かれた
佐賀県体育大会で、佐賀市は15連覇を果たしました。
佐賀市の得点は991点、2位の唐津市を350点以上引き離しての
ぶっちぎりの優勝で、先週、役員の方たちが報告に来られました。

25日の木曜日、西川副校区で市長と語る会が開かれました。
その中で、ほ場整備でできた農道が子どもたちの通学路になっているが、
渋滞する道路を避けた車が農道に入ってきて危険なので
歩道を付けてほしいという声がありました。

京都で、渋滞する道路を迂回した車が入り込む住宅地の通学路で、
登校途中の子どもが車にはねられ、多くの犠牲者が出ただけに
みなさんの心配はもっともなことです。

しかし、歩道を付けるには、お金と時間がかかります。
時間を決めて車の進入を止めるか、一方通行にするかなど
関係機関と相談したいと思います。

週末の土日、走り回りました。
27日の土曜日は、
朝早く家を出て、三瀬と富士のふれあい祭りを梯子しました。
どちらも、秋の収穫物や地元で採れたもので作った食べ物が並んでいました。
福岡市や糸島市などの福岡県の人も大勢訪れて
山里の秋の風景や味覚を楽しんでおられました。

 

昼には、佐賀市の中心部の旧古賀銀行で開かれた山口画伯の展示を見て、
隣りの旧古賀家で、生け花の展示を見ました。

午後からは、佐賀大学で開かれた
世界遺産のシンポジュウムに出かけ、
夜は市会議員をされた方のお通夜に行きました。

きのうの日曜日、
九州地区のPTAの研究大会がありました。
佐賀市に4000人、武雄市と唐津市にそれぞれ2000人の、
合わせて8000人の先生や保護者が集まりました。

3つの会場をテレビで結んでの全体会議が開かれ、
子どもへの接し方などで話し合いが行われました。
佐賀市は子どもへのまなざし運動を展開しています。
学校、家庭だけでなく、地域で子どもを見守ってゆくことが大切です。

研究大会のあと、
原発の避難訓練で避難場所になった鍋島小学校の準備状況を見ました。

私は生け花の金子三伸先生にお世話になりましたが、
先生の生前の講演集をいただき、目を通しました。
その中に、こんなことが書かれていました。

「朝起きて、楓や銀杏が散っていると、
きのうまでなかった事が、少しずつ移り変わってゆくことを知ります。
自然は極めて慎み深いものです。
〝いけばな〟は生けるというよりも、〝いただく〟ということから始まります。
私が作ってきたものは、全ていただきものです」

金子三伸先生は2年前の11月に亡くなりました。
亡くなる11日前に口述して、息子さんが筆記した文章です。
死を悟った先生の奥深い言葉と思いました。

 

今週はいよいよバルーン大会がはじまります。
あさっての火曜日からライトファンタジーがはじまり
大会は31日から11月4日までです。
天気が気になってハラハラする日々です。

バルーン大会に合わせて、骨董市と、
シチメンソウ祭りが開かれます。どうぞお楽しみください。

2012年10月22日(月)

キンモクセイの香りがあちこちから漂ってきます。
今年のキンモクセイは、花が少ないかと心配しましたが、
今はたくさんの橙色の花が枝に溢れるほどで、
白いギンモクセイと共に、秋の香りをふりまいています。

16日の火曜日、海から山へと大移動をしました。
朝6時15分に防寒コートを持って家を出て、
南川副の漁港から有明海に出ました。

この日、養殖ノリの網を張り込んでの種付けがはじまりました。
漁場に着くと、お酒をまいて安全を祈り、
真っ黒なノリが採れるように、こげ茶色のおはぎを海に入れました。

30枚ほど束ねたノリ網を張り込んで、種付けをしますが、
潮の流れと風向きが反対だった為、
漁師さんたちは張り込みに苦労していました。
有明海の佐賀県のノリは品質、量ともに日本一が続いており、
今年も10年連続の日本一を目指します。

 

午前9時半に港に上がると、次に三瀬の山を目指しました。
三瀬には、戦国時代の武将、神代勝利が築いた山城があり、
ここを登山やハイキングコースにしようと、
地元の人と役場の支所の職員が整備しているので、現場を見に行きました。

標高667メートルの里山で、登る標高差は200メートル程度です。
しかし2つある登山コースの内、傾斜がきついコースを登ったので、
息がきれ、途中3回も休みました。
頂上付近では、木を伐り払って展望が効くようにしてあり、
素晴らしい眺めを楽しみながら、弁当を食べました。

私たちを案内してくれた人は、弁当も食べずに急いで下山されました。
次に中学生を山頂に導くのだそうです。
急傾斜の山を何度も往復できるとは、さすが山で鍛えておられます。
山頂で、戦国時代の武将たちの活躍を想像しましたが、
案内板を備え、山に登った人に、古の歴史を知ってもらおうと思います。

おととい20日の土曜日も、慌しく駆け回りました。
朝、川副の佐野常民公園で開かれた、筑後川フェスタに行きました。
筑後川上流の南小国町から
下流の大川市、佐賀市までの人が集まり交流しました。

筑後川は豊かな恵みをもたらしてくれますが、一方で水害もあります。
恵みはみんなで授かり、災害は協力して防がなくてはなりません。
こうした交流が筑後川流域の人たちの絆を深めます。
筑後川とともに、日本の3つの暴れ川と呼ばれる
関東の利根川、四国の吉野川の流域の人たちも姿を見せてくださいました。

ちょうど、佐野常民没後110周年です。
また近くにある三重津海軍所跡を
近代化遺産として世界遺産登録を目指しているだけに、
多くの人たちに佐賀の歴史を知ってもらうよい機会になりました。

 

次に兵庫の記念碑除幕に行きました。
兵庫の区画整理では、嘉瀬川ダムの工事で出た石や土を利用しました。
そこで、ダムに沈んだ富士町の人たちに感謝する碑が建てられたのです。

除幕式のあと、佐賀市医師会立看護専門学校の
創立50周年式に出席しました。
50年の間に、8500人の看護師が巣立って、
各地の医療の現場で活躍しておられます。

その次はサガン鳥栖の応援です。
名古屋グランパスとの試合、前半終了間際のロスタイムに1点を失いました。
私は次の日程があるので、前半だけ応援して、グランドを後にしましたが、
残念な結果に終わりました。

サッカーの後は山の秋祭りです。
富士町市川のおくんちに出かけました。
遅れて行ったので、天衝舞浮立は見る事ができませんでしたが、
酒を酌み交わしながら、多くの人と話しました。

富士町には、ブランドといえるほどのトマトを栽培している人、
13万食もの七草粥セットを出荷している方もおられました。
正月明けの数日間だけ食べる七草セットが13万食とは驚きです。
富士町の中堅の人たちの活躍が頼もしく見えます。

きのうの日曜日も、秋の行事に追われました。
午前中、金立公園のコスモス祭りに行きました。
コスモスは今が満開、訪れた大勢の人たちは
コスモスの花を楽しむとともに、
ちょうど開かれていた、はがくれの里まつりの
徐福さんのパレードや、子ども御輿などを楽しんでいまいた。
この日は、鍋島地区でもふれあい祭りが開かれ、参加させていただきました。

 

このあと高木瀬平尾地区の天満神社の子ども相撲大会の激励に行きました。
私が幼いころは、あちこちで相撲大会がありましたが、
いつの間にか廃れてしまいました。
天満神社の子ども相撲は、385年の歴史があるということです。
伝統行事を守り続けるのに、多くの人の努力があったことでしょう。

 

今週は、きょう本庄地区の「市長を囲む会」が開かれます。
あすは、国土交通省で要望活動をします。
また、佐賀市の下水処理施設が、処理水のノリ養殖などへの利用、
汚泥の堆肥化、発電などが高く評価されて、
国土交通大臣賞を受けたことから、下水道新聞の紙上対談をします。
対談相手は、国土交通省の事務方トップの佐藤事務次官です。
佐藤次官は、かつて佐賀市の助役をされた方です。

2012年10月15日(月)

モズの高鳴きが聞こえてくるようになりました。
高い所で鳴くから高鳴きなのか、
キンキンキンと高い声で鳴くからなのか知りませんが
秋の深まりを感じるモズの声です。

先日までセミの巣だった庭木や街路樹は
見る間に紅葉してきました。
朝晩の冷え込みが季節を急がせます。

スポーツの話題をふたつ。
さが桜マラソンが来年からフルマラソンになるのを宣伝する
キャラバン隊の出発式が、9日(火)に県庁の県民ホールでありました。
さが桜マラソンは、佐賀新聞、県陸協、県、佐賀市、神埼市の共催で、
キャラバン隊は2週間の日程で、九州各県と山口県を回って
桜並木の下でフルマラソンを走ろうと呼びかけています。

来年のさが桜マラソンは、
4月7日(日)に佐賀市にある佐賀県陸上競技場をスタートして、
佐賀城の南堀端を経て、神埼市の吉野ケ里歴史公園に向かい、
桜並木の多布施川沿いを南下して競技場に帰ってきます。
出場ランナーの募集は来月1日からはじまります。

来年は高校総体もあり、スポーツ担当者は忙しい年になります。
市民のみなさまには、おもてなしと応援をお願いします。

翌日の10日には、県民体育大会に出場する
佐賀市チームの選手役員576人の結団式がありました。
競技ごとの決意表明では、優勝を目指す頼もしい声が続きました。
佐賀市は15年連続、52回目の優勝を目指します。

若い人たちが起業したIT企業が佐賀市に進出することになりました。
レバレジーズという企業で、
佐賀駅前の太陽生命ビルの2階フロア全部を借りて、
職業紹介サイトの運営や、ウェブコンテンツの制作などをします。

社長は32歳です。
東京で起業して、佐賀に人材が多いと聞いて進出してきました。
当初15人程度採用して、最終的には100人規模にする予定です。
しかし、スキルアップするまでは非正規雇用ということで、
私は、できるだけ早く、多くの人を正規雇用にしてほしいとお願いしました。
若い人に人気のある企業のようで、佐賀市の人を継続的に雇用して、
地元に溶け込んだ会社になってほしいです。

12日の金曜日に鍋島校区で市長と語る会がありました。
その中で、出席者の1人が、
「今の教育は底辺に照準を合わせているが、
伸びる子に照準を合わせて、
習熟度別のクラス編成をすべきだ」と発言されました。

私は、みんなに付いて行けない子も
社会人としてやっていけるようにするのが義務教育と思います。
伸びる子は自分で伸びてゆきます。
人の基礎を作り、社会と連携できる人を育てるのが教育です。

保護者からさまざまな声が寄せられ、
中には大きな声を出す人もいるでしょう。
強い声、大きな声に引きずられないように、
信念を持って子どもを指導しなくてはならない先生たちは
苦労が多いだろうなと思います。

13日の土曜日、富士町杉山地区の白石神社の秋祭りに行きました。
地区を出た人も里帰りして集落挙げての祭りです。
杉山地区の人たちが天衝舞浮立を見事に奉納されていました。
30数世帯だけで伝統芸能を伝承するのは大変なのに、
立派に受け継いでおられます。

笛を吹く方と話しました。
その方の話では、毎年10月の中ごろの秋祭り前の夜の練習は
昔は笛を持つ手が、かじかむほど冷たく、
綿入れの半纏を着て練習したそうです。
思わぬところで地球温暖化を考えました。

 

きのう(14日)の日曜日、
各地で秋の川掃除をしている人たちを激励して回りました。
どの地区も悩みを抱えておられます。
最近多いのが、空き家、空き地の問題です。
草ぼうぼうで蚊が発生し、
庭木が隣りや道路まで伸びてきて近所の人が困っているようです。

空き家や空き地の所有者を指導するなどの条例を
今年度中に制定して対応を急ぎたいと思います。

きのうは、早朝の犬の散歩の途中から
夜の会合の席まで、1日中、川掃除について話を聞きました。
若者が居なくて、高齢者ばかりなので、
川掃除に消極的になった地域もあります。

自分たちの住む地域の川を
自分たちで少しでもきれいにするために、
若い人に出てもらうよう努め、できる範囲で頑張るなどして、
ここまで育てた、川を愛する運動を継続したいと思います。

今週は、九州市長会が沖縄県の宮古島で開かれる予定でしたが、
台風のために延期になったと先ほど連絡がありました。
週末は各地の秋祭りを見て回ろうと思っています。
素晴らしい季節をお楽しみください。

2012年10月9日(火)

我が家のそばの道の両側に弟が播いたコスモスは今が満開です。
まさにコスモスロード、花のトンネルと言ったところです。
赤の濃い色とやや薄いの、ピンクなど朱色系が主ですが、白もまばらです。
もう少し白があれば全体的にはもっと鮮やかでしょう。
いろんな色があって全体の鮮やかさがより強くなるのは
人間社会と同じようですね。

 

うれしい話です。
佐賀市の下水浄化センターが地域に貢献する循環拠点として
先日、国土交通大臣賞をもらいました。
センターで発生する処理水の農業や海苔養殖への活用、
汚泥を使った堆肥作り、
処理過程で発生する消化ガスを活用した発電
などが評価されました。
これらは現場職員が中心となり職場を上げて考え、取り組んだもので
まさにチームワークの賜物であり、行革の見本だと思います。

9月議会は10月4日に終わり、
これからは秋のスポーツ、まつり、文化行事が目白押しです。
国には、平成25年度予算編成に向けての要望活動が続きます。

そんな中で、6日には佐野常民記念館で
常民没後110年記念企画展として
日本赤十字社所蔵の絵画展がオープンしました。
ピカソ、東郷青児、東山魁夷、梅原龍三郎、藤田嗣治、
五姓田芳柳などの県内初公開の作品が展示されています。
12月24日までです。

日本赤十字社の創設者佐野常民は現在世界遺産登録を目指している
九州・山口近代化産業世遺産群の三重津海軍所跡でも
欠かせない人物ですが
日本美術協会でも美術界の衰退を救ったことで功績があります。
川副町から絵画の巨匠が多く輩出されたのは
常民先生の思いが伝わったからでしょうか?

 

7日(日)は市内のあちこちで秋祭りや運動会が開催されました。
私も朝一番、地元本庄神社の秋祭りにお参りし
あと、四つの運動会をまわりました。
「ところ変われば品変わる」ではありませんが、
それぞれの地区の特徴が競技種目にも反映されています。
たとえば「重箱レース」とか「デカパンレース」など
興味をそそられるものがありました。

 

広い佐賀市、
南の地域では風で埃が立って迷惑しているところもあれば、
山あいのところでは前夜の雨で開催を心配したところもあります。
わが本庄町では、運動会を一番賑わすリレー競技で
私の部落が優勝したそうです。
グランドの応援は出来なかったものの
しっかり反省会には参加させてもらいました。
昔話にも花が咲きました。
若い後継者が育ち
市役所の職員も地域で活躍している姿を目にし安心しました。

 

今週は桜フルマラソンのPRや県民体育大会結団式など
スポーツ関連行事が目立ちます。

2012年10月2日(火)

朝夕すごしやすくなってきました。気持ちのいい季節です。
鮮やかだった彼岸花はしおれ、
代わってキンモクセイの香りがしてきます。

嘉瀬川ダムの近くに、キンモクセイとギンモクセイが
たくさん植えられているところがあります。
私はキンモクセイとギンモクセイの匂いの違いは分かりませんが
辺りいっぱい、秋の香りにつつまれていました。

 

わが家のキンモクセイは、日ごろ近付かない所に植えられているので、
今の季節くらい花と香りを愛でようと、木のそばに寄っても香りがしません。
今年は花が少なく、花に顔を近づけてやっと香りを感じることができました。
木の枝にセミの抜け殻が2つありました。
秋を実感し、夏の終わりの寂しさも感じました。

26日、福岡のマスコミ各社を訪ねて、
10月31日から11月4日までのバルーン大会を
全国に報道していただくよう、お願いしました。
「天気に恵まれるといいですね」と
皆さんは、自分の大会のように心配してくださっていました。
バルーン大会が定着してきたことを感じます。

ある放送局の方が
「そろそろお見えになるころとお待ちしていました」とおっしゃったので、
あれっと思いましたが、
先週、このブログで「バルーンでお願いに行く」と書いたのを
読まれたそうです。このブログも定着してきたのかと嬉しくなりました。

悩む問題が起きています。
保育所の定員が一杯で、入れない待機児童が増えています。
例年、春はほとんどのお子さんが入れますが、
秋ごろになると、待機児童が増えてきます。
その人数が、去年は20人くらいでしたが、今年は40人と倍増しています。

保護者が、働かなくては生活していけない厳しい社会情勢や、
子どもを預かってもらえる人が見つからないなど、
さまざまな事情が背景にあるでしょう。
中には「いつまで待たせるのだ」と厳しく迫ってこられる方もあります。

今の保育所を増改築するなどして、定員増を図っていて、
1~2年後には解決するように努めていますが、
その時、さらに入所を希望する児童が増えているかもしれません。

今、幼稚園は子どもが少なくなっているので、
幼稚園で保育する「認定こども園」の制度が出来ていますが、
保育園と比べて幼稚園には助成金が少なく、
施設を運営する側からは不満が出ています。

国は幼稚園と保育園を融合した保育制度に変えようとしていますが、
方針がブレて、現場は振り回されています。
お金がたっぷりあるなら、すぐ解決するのですが、
保護者の気持ちは分かるだけに、苦しんでいます。

おととい9月30日の日曜日、
私の住む、西寺小路の川掃除の日でした。
毎年、わが家に掃除道具が運ばれてくるので、
当日は朝早くから、10の班ごとに、草の多いところ、濠の多いところ、
それぞれの事情に合わせて道具を揃えました。

 

そのあと、私は皆さんより少し早めに出て
手ごわい場所の生い茂った草を、草刈り機で刈りました。
鎌では太刀打ちできないところは草刈り機が威力を発揮します。
川底の刈り倒された草を土手に揚げるのは、人の数が威力を発揮します。
若い人たちがどんどん引き揚げてくれました。

 

難所の見通しが立ったあと、
今度は私の家の周辺の川掃除をしました。
私は班は7世帯でしたが、亡くなった方や、入院や引っ越しなどで、
働けるのは4世帯になりました。
少ない人数で頑張りましたが、他の班は10時半に終わったのに、
私の班は11時半ごろでした。
心配された台風の風も雨もなく、秋の半日いい汗をかきました。

同じ日の午後は、本庄小学校、中学校の古希の同窓会がありました。
同窓生100人の内、亡くなった人13人、
連絡が取れなくなった人を合わせると2割になります。
残り80人の内、参加したのは28人でした。

中には中学校を卒業してすぐや
高校を中退して関東に働きに出た人もいます。
少年のころ、知り合いのいない大都会での暮らしは心細かったでしょう。
親に守られて生活していた私とは比べものにならないほどの
苦労されたと思いますが、
会社を興すなど堂々とした人生を築いておられました。

また親を戦争で失って、親戚に預けられるなどした人もいますが、
苦労しながら、たくましく生きてこられました。
夫が若いころ亡くなって女手ひとつで子どもを育てた人は、
苦労して育てたのに、子どもが言う事を聞かないと嘆いておられました。
まさに「人生いろいろ」を見た同窓会でした。

今朝、ラジオ体操のとき、同窓会の話をすると、
ある人が、旧制中学時代に、靴がなかったので、
下駄や自分で作った草履で登校した話をされました。
昔の苦労話や貧乏話は、どこでも盛り上がります。

今週は、議会が4日まで、
週末は地区の運動会や、秋祭りが次々とあります。
顔を出せるところは出そうと思っています。
秋を楽しみたいのですが、台風が次々と発生しています。
油断はできません。

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