2012年1~3月のひとり事

2012年3月

2012年3月28日(水)

毎朝ラジオ体操をしている本庄神社の桜は、
今朝、1輪が半分だけ開いていました。
きょう日中からあすにかけて次々と開きそうです。
庭の地面は水仙の花などで華やかに彩られ、
庭木のモクレン、コブシ、アンズなどが咲きそろってきました。
春の訪れを感じる今、1年で最もいい季節です。

わが家の座敷も今、春の暖かい風に包まれています。
横浜に住む、孫2人と娘が帰ってきました。
私たち夫婦と娘3人、孫2人の7人、賑やかな春です。

3月20日に嘉瀬川ダムの竣工式がありました。
私は10番目に挨拶したので、
前の9人の方の話と重ならない言葉を探すのに苦労しました。
私より後に挨拶された人はさらに苦労されたでしょう。

忘れてならないのは、
ふるさとを湖底に失った人たちの思いです。
下流の人たちに、ことある度に伝えてゆきます。

嬉しい話をふたつ、

1つ目は、雇用の創出です。
セゾン自動車火災保険のコールセンターが佐賀市に進出することになり、
会社と佐賀県、佐賀市が進出協定に調印しました。
どんどんどんの森にある損保のコールセンターの空いている1階に入り、
雇用は最初は30人、将来は120人になる見込みです。

もうひとつは、メガソーラー発電です。
川副にある東部水道企業団所有の空地に
太陽光でメガ(1000キロ)ワット級の発電をする施設が置かれます。
関係者の同意が得られましたので、
佐賀県で最初に稼動するメガソーラーになりそうです。

17日(土)から26日まで、
神奈川県相模原市にあるイトーヨーカ堂アリオ橋本店で
佐賀市のフードフェアが開かれました。
イトーヨーカ堂と伊藤忠食品の協力で開かれましたが、
業界と信頼関係を築いて開催にこぎつけた
佐賀市の担当職員の労に報いようと
私も現場に出かけて、佐賀の食べ物の宣伝を手伝ってきました。

 

会場にはトマト、イチゴ、アスパラ、プッチーナなどの農産物、
有明や玄海の海産物の粕漬けや佃煮、
佐賀牛や茶、キムチを使った加工食品、
さらに諸富の創作家具なども並べられ、
広い売り場が佐賀市の物産で埋まっていました。

1回だけの物産展で終ることなく、
流通業界や商社などとの結びつきを強くして
佐賀の物産を売り込みたいと思います。

佐賀市議会が27日に終りました。
全ての議案を可決していただきましたが、ひとつだけ修正して可決されました。
それは、学校の先生が多忙で児童生徒と向き合う時間が少ないので、
なぜ忙しいのか、対策はどうしたらいいのか、という調査の予算案です。

調査は外部のコンサルタントに委託することにしていましたが、
議会から、調査方法を再検討すべきという厳しい指摘を受けました。
この予算案を作るとき、調査は委託か内部かで議論をしましたが、
内輪の調査では問題点のあぶり出しや改善策があいまいになるという意見もあって
外部委託にすることにしました。
しかし、私たちの議論が不十分で議会から厳しく指摘されました。
この予算は予備費に回して、再度検討して議会に諮ることになりました。

佐賀市の職員3人を気仙沼市に派遣することにして
3人に出向を命じる辞令を27日に渡しました。
3人は農業土木、下水道などの職場から選ばれた人たちで、
4月1日から、気仙沼市の職員や、全国から派遣されてくる人たちと共に、
震災復興の仕事をします。長い人は半年間の派遣になりますが、
気候風土の異なる地で頑張ってくれることでしょう。

年度末は、転勤の挨拶に来られる人との応対に追われます。
官公庁だけでなく、記者も来られますが、
記者の中には1年で他の県に転勤される人もおられ、
やっと佐賀に慣れたと思ったらもう転勤なのかと驚きます。

長年一緒に仕事をしてきた佐賀市の職員の何人かを送り出し
新年度には新しい職員を迎えます。
別れ、若い新しい人たちとの出会い、
さまざまなことがあって年度が変わってゆきます。

2012年3月19日(月)

春がそこまで来たと思っていましたが
いつの間にか足元まで来たようです。
家の垣根のシバは新芽が5センチほどに伸びて若葉になってきました。
今朝は春の息吹を感じながらコートを脱いで出勤しました。

きのうの朝、久しぶりにウグイスの声を聞きました。
この春は小鳥が少ないようで気になっています。
例年この季節、キャベツやブロッコリーをヒヨドリに食べられますが、
今年は被害がほとんどありません。
メジロの姿もあまり見かけません。どうしたのでしょうか。

きのう(18日)佐賀県に春一番が吹いたようですが、
わが家の春一番の嵐は前日の17日の土曜日でした。

私は毎朝、ウコッケイに餌をやるので、勝手口近くに、
ウコッケイの餌箱や、餌にする野菜を刻む俎板などを置いています。
勝手口は玄関近くにあるので娘が見栄えが悪いと片付けました。
しかし私は使い勝手がいいように又表から見えるところに出しました。
そこで娘が腹を立てて春の大嵐になりました。

最初間に入っていた妻からも、
「最近あなたはワンマンで自分の意のままに行動している。
役所でも、そんな態度を取っているのではないでしょうね」と
飛び火を受けたようなお叱りを受けました。
家でも役所でも。独善的にならないように心がけているつもりですが。

小学校の卒業式が、16日(金)にあり、
私は大和の春日小学校に行きました。
卒業生99人はひとりひとり壇上に上がって将来の夢を語りました。

いつものように、プロスポーツの選手になりたいという夢が多かったのですが、
これまであまり聞かなかった自衛隊に入りたいという声もありました。
東日本の震災で救助活動に当たる自衛隊員を見て、
人を助けたいと思う子どもが増えたのでしょう。
消防のレスキュー隊に入りたいという児童は居ませんでした。

17日の土曜日、午前中三瀬の診療所で歯の治療を受けた後、
雨が上がったので、家の近所の川掃除を1人でしました。
春の川掃除は1ヶ月後ですが、それまでほっておくと
川の草が生い茂り、川掃除の人が運ぶのに苦労するので
草の小さい今の内に取っておこうと思ったのです。
3時間の孤独な川掃除の間、娘との喧嘩について考えました。
会話が大切なのですがまだ口をきける状況にはなっていません。

 

川掃除が長くなったので、遅い昼食をとったあと、
大隈記念館の特別企画展「汽笛一斉」展を見に行きました。
日本の鉄道事業は大隈重信候が着手しました。
新橋から品川までの鉄道が開業して今年で140年、
佐賀駅が開業して去年で120年になります。

鉄道事業には反対意見も多くあったそうですが、
東京での開業から20年も経ずして佐賀駅が開業したとは驚きです。
佐賀は今、長崎新幹線問題を抱えています。
目先のことではなく、将来を見据えた判断が求められています。

きのうの日曜日(18日)
佐賀市内であった自衛隊の入隊・入校予定者激励会に出ました。
以前の入隊・入校式では、だらけた姿勢の入隊者もいましたが今年はピシッとしていました。
東日本の震災で、自衛隊の役割をわきまえて志願した若者が増えたのでしょう。

同じ日、兵庫の下渕公民館の落成式がありました。
佐賀市北部の山麓地帯から切り出した木材を使って建設されました。
木の香りが一杯で、掘りごたつのように足を伸ばせる部屋もあり、
高齢者に配慮した公民館です。

佐賀市の北部の医療体制が充実する見込みになりました。
佐賀大学医学部が総合診療科の研修医療機関を求めたので、
佐賀市が手を上げたところ、富士大和温泉病院に決まり、
新年度から研修医2人が配置される見込みになりました。

地方の山間部などは、医師の確保が難しいのに、
医師が増員されることは大変嬉しいことです。
しかしスタッフが充実したら、それでいいというものではありません。
職員1人1人が、患者の立場に立って、
地域の人たちの期待に応える医療機関にしなくてはなりません。

また三瀬診療所の医療体制も充実する見通しです。
三瀬診療所は、今は半日の診療だけで、診療のない日もありますが、
7月ごろから佐賀大学医学部からの応援の医師が増えそうです。
月曜から金曜まで終日診療、土曜日の午前も診療の見込みです。

今週は市議会は委員会審議が行われます。
あす(20日)は嘉瀬川ダムの竣工式が行われます。
年度末の行事に追われますが、
週末には、神奈川県の相模原市のショッピングセンターで開かれる
佐賀フードフェアに出かけて、佐賀の食を売り込もうと思っています。

2012年3月13日(火)

例年2月の末にウグイスの初鳴きを聞きますが、
今年は3月9日に、近所の権現さんで初鳴きを聞いた後
ウグイスの声を聞きません。寒いからでしょうか。

今朝も冷え込んで霜が降りていました。
それでも畑を見ると、大根などの冬野菜は花芽が出てきそうです。
役目を終えた冬大根を見ながら、
夏大根の種を蒔く季節になったことを思い出しました。

 

7日に高木瀬で開かれた市長と語る会で
「各地で問題を起こしている宗教団体が
近隣に進出してくる計画があり地元は強く反対している。
佐賀市は建築手続きに判を押さないで欲しい」と要望されました。
地元の不安は理解できて応援したいのですが、
書類が整っていれば、法律的には認めざるを得ません。
住民と法律のはざまで苦慮しています。

9日の金曜日に中学校の卒業式がありました。
この春の佐賀市立中学の卒業生は2083人、
小学卒業生は2308人です。
少子化社会で、小学生が少ないはずなのに中学生が少ないのは、
中高一貫校に進む生徒が多いからです。

卒業式は、佐賀市の幹部が手分けして出席し、
私は富士中学の卒業式に出ました。
富士中学は卒業生が22人、全校生は62人です。
来賓で出席されていた元PTA会長は、
「全校生は以前より100人少なくなった」と話しておられました。
過疎化のほかに、嘉瀬川ダム建設で水没した家の移転も影響があるのでしょう。

商店、病院、バスなどを維持しないと、ますます人が減って
集落の維持が難しくなります。
病院やバスなどに見切りをつけることを求める意見もありますが
行政をあずかる者としては、目先のコスト論に惑わされず、
人口減に歯止めをかける努力をします。
転入してくる人を増やす積極策が必要なのですが、
こちらは大変難しいのが現実です。

話は少し変わりますが、
富士中学の卒業式で校歌を聞いていると
「川上川の水清く・・・・・・」と歌っていました。
以前嘉瀬川ダムの名前について、ある人が
「地元に嘉瀬川という地区はない、他の名称にすべきだ」と指摘していました。
今更、ダムの名称を変えることはできませんが、
富士中の校歌の歌詞から、以前聞いた意見を具体的に理解しました。

10日の土曜日、
J1に昇格したサガン鳥栖の開幕試合の応援に行きました。
前半は押せ押せと攻め込み、後半は押されながらも守りきり、
強豪のセレッソ大阪と引き分けました。
J1として充分活躍できる実力を見せてくれました。
サガン鳥栖は、佐賀を元気にしてくれる手段として
若い選手を育てるグランドの整備費などを
今の議会で議論してもらっています。

 

サガン鳥栖を応援した後、「関東富士町会」の集いに駆けつけました。
関東に住む富士町出身の方の内39人が
里帰りツアーで、富士町を訪ねてこられました。
一行は、嘉瀬川ダムに架かる銀河大橋近くの
鷹羽(たかのは)公園に、30本の山桜を植えられました。
数年後には素晴らしい桜の名所になるでしょう。

その中のお1人で80才くらいの方が、私のブログを読んでおられ
「ふるさとの便りをいただいているようです」と話しておられました。
きょうのブログは富士町の話が一杯です。
読んでいただけるものと思っています。

3・11、東日本大震災から1年の日、防災講演会に行きました。
講演会では、NHKの元アナウンサーの宮川俊二さんと
気仙沼市の元職員の加賀秀和さんが講演と体験報告をされました。
体験談の中で、想定外のことが起こることを想定すること、
大災害になると、マニュアルは通用しないという話がありました。
防災計画の見直しをすすめます。

市議会は来週の月曜日まで一般質問です。
16日の金曜日に小学校の卒業式があります。
若い人たちの旅立ちの春が輝くことを願っています。

2012年3月7日(水)

寒い日と暖かい日が交互にやってきます。
きのうと今朝は春を感じさせる暖かさでした。
家の庭の梅は満開、サクランボが生るサクラは花が咲き始めました。
1月半もすると、可愛いサクランボが枝一杯にぶら下がります。

 

寒い1日だった日曜日の朝早く、
佐賀市消防団中部方面隊の放水競技大会がありました。
消防団の人たちは、雨模様の中キビキビと行動して、
日頃の訓練ぶりを見せてくれました。

また大和町の防火の集いでは、
園児たちが、消防ポンプ操法を見せてくれました。
見ている私は寒くて足が震えるほどでしたが、
子どもたちは元気一杯でした。

このあと、嘉瀬川ダムの竣工記念碑の除幕式に出席しました。
記念碑には「水恵無限」と刻まれています。
この言葉は、地域でダム建設に尽力した姉川治さんがよく使っていた言葉で、
刻まれた文字も姉川さんの字です。
去年亡くなった姉川さんが、除幕式に出席できなかったことが残念です。

嘉瀬川ダムは防災だけでなく、
貯めた水は、上水道、工業・農業用水として利用され発電にも使われます。
湖底に6つの集落の139戸が沈みました。
先祖代々暮らしてきた人たちの犠牲によって
私たちが恩恵を受けることを忘れてはなりません。
ダムの竣工は今月20日です。

 

月曜日は日帰りで東京に行ってきました。
この日も寒い1日でした。
東京に出向いたのは
佐賀市が歴史的風致維持向上計画の都市に認定されたためです。
宇治市など4つの市が認定され、
それぞれの市長が国から認定書を受け取りました。

古い街並みや伝統行事を残す事業に補助金が出るこの事業は、
国土交通省、文科省、農水省が絡んでいて
認定書交付式に文科省の文化財部長と
農水省の農村政策部長も出席されました。
そこで文科省には、三重津の海軍所跡の世界遺産登録、
農水省には、北山ダムからの水路整備などをお願いしました。

認定書は郵送すれば済むことで
儀式の必要があるのかという疑問もありましたが、
佐賀の抱える懸案の問題を国の担当者に真剣に聞いてもらえたので、
かえってよかったと思います。
合わせて蓮池出身の売茶翁を宇治市にある萬福寺が
大切に祀ってくださっていることで、宇治市長にお礼を言いました。

せっかく東京に行ったので、
川崎市にある東芝科学館で田中久重展を見ました。
田中久重は東芝の創設者です。この田中久重は2代目です。
初代田中久重は、からくり儀右衛門と呼ばれた発明家で、
三重津の海軍所で、佐野常民と共に蒸気機関の開発に取り組みました。

東芝の田中久重展では、
初代田中久重が関わった蒸気機関の模型や
佐野常民の書なども展示され、
当時の佐賀が、日本の近代化の先頭を走っていたことを伝えていました。
充実した1日でしたが、早朝4時半過ぎに起きたので、
生活リズムが少々狂いました。

先週の金曜日の夜から土曜日にかけて
秘書課の親睦旅行を行い、熊本に出かけました。
佐賀市が恵比須88ヶ所巡りなどをして
訪れた人に街を歩いてもらうようにしているように、
熊本市も古い町屋を見て回る散歩コースがありました。

熊本の古い街にも、唐人町、呉服町、米屋町といった、
佐賀と同じような商人の町の地名がありました。
古い建物を喫茶店やレストランとして活用するなどして
古い通りや建物を守る努力が行われていました。

熊本で馬刺しを食べて土曜日の夕方佐賀に帰ると、
今度は妻とハウステンボスに出かけました。
去年の佐賀市のライトファンタジーの評判が良くなかったので
ハウステンボスのイルミネーションを見たかったのです。

ハウステンボスのイルミネーションは冬の間だけ800万個のLEDが点され、
世界1の人気だといわれるだけあった素晴らしい美しさでした。
節電が求められている時期ですので、消費電力の多いライトアップは問題がありますが、
消費電力の小さなLEDを使って心が豊かになるライトファンタジーにしたいと思います。

熊本の古い街と佐世保のハウステンボスを歩き回り、
夜遅く佐賀に帰った頃には、
歩数計は2万歩近くになっていました。

今週は、きょう(7日)から市議会の一般質問です。
一般質問と議案質問は16日までの長丁場になります。
あさって9日の金曜日が中学校の卒業式
小学校の卒業式は来週の金曜日です。
別れの季節は、一方で出発の季節です。
元気に力強く新しい人生、生活を切り開いてください。

2012年3月2日(金)

天山はおとといまで雪をかぶり、
東京でドカ雪が降りましたが、3月に入ると春らしくなりました。
今朝の雨は温かく、コートを脱いで出勤する人の姿が目立ちました。

数日前、日頃足を運ばない家の東側に回ると紅梅が満開になっていました。
近くにあった白梅と一枝ずつ手折って玄関の花瓶に投げ込んでおいたら
妻が活けなおして、手作りの雛人形を添えてくれました。
娘たちは押入れにしまっていた雛人形を座敷に飾りました。
梅の花、雛人形、それに春を待っていた人々の
明るい声が聞えてきそうなこのごろです。

 

今週まで、佐賀市と神埼地区や
佐賀市と天山地区(多久市、小城市)が共同で行っている、
消防、ゴミ、し尿処理、火葬、水道、などの
広域の事務組合の議会が続きました。

会議続きの日々でしたが、
3月1日のきのうから、佐賀市議会が始まりました。
828億円の一般会計当初予算案などを提案させていただきました。
当初予算案は、去年と比べて4、4%減ですが、
投資的経費は、
別会計の下水道事業を合わせて150億円と、
ほぼ去年並みにすることができました。

来週からはじまる一般質問は
38人の議員の内、30人が質問に立たれます。
3・11後の去年の6月議会は、防災に関する質問が集中しましたが、
今回は、環境、福祉、教育、子育てなど全般にわたっています。
誠実、丁寧に質問に答えるための勉強に追われます。

2月26日は、J1昇格を果たしたサガン鳥栖の1日でした。
佐賀市が街づくりのモデルケースとして
去年松原川沿いに開いた、ワイワイコンテナの跡地に
サガン鳥栖のアンテナショップが置かれ26日にオープンしました。

サガン鳥栖のユン監督と選手全員、
運営会社の社長や会長などが揃ってアンテナショップ開きを祝いました。
前日のガンバ大阪との練習試合で2対1で勝ったばかりだったので、
J1でも充分やれるという雰囲気に包まれていました。

 

その後、むつごろう広場で佐賀県主催の激励会、
佐嘉神社記念館で佐賀市主催の激励会と続き、
佐賀県をあげて、サガン鳥栖を応援する気運を盛り上げました。

サガン鳥栖はこれまで、主に鳥栖市と佐賀県が応援してきましたが、
J1になれば、施設、資金面でも充実が求められてきますので、
佐賀市も応援することにしました。
ユースチームが使うサッカーグランドを
高木瀬の環境センター近くに建設して
新しい有力な選手を自前で育てるのに役立ててもらいます。

総事業費は10億円になりますが、
J1の試合は佐賀市でも行われますし、
鳥栖からお客さんが流れてくることも期待できますので、
サガン鳥栖が強くなればなるほど経済効果も期待できます。

来週は、市議会一般質問、
春の火災予防運動期間に入ったことによる消防関係の集い、
嘉瀬川ダムの竣工記念稗の除幕式
高木瀬での市長と語る会などが予定されています。

このところ雨続きで
佐賀城下ひな祭りにはあいにくの天気になっています。
あすとあさっての土日、春の陽射しを期待しています。
きょうからあさってまで、松原神社の境内で骨董市も開かれますので、
天気の回復を祈っています。

春は火災の多い季節で、火災予防運動がはじまりました。
今朝も群馬県で4人が犠牲になる火事がありました。
どうぞ火の元にはご注意ください。

2012年2月

2012年2月21日(火)

おとといの朝は風が強く、
きのうの朝は放射冷却で冷え込んでバリバリに凍っていましたが、
今朝(21日)は幾分温かくなりました。

朝一緒にラジオ体操をした人が
「寒くても植物は芽吹く準備をしている。
柳の枝の緑が濃くなってきている」と云われたので、
家に帰る途中、周辺を観察すると、
クリークの水の中のモズクに似た水草の塊が膨らんできていました。
また俗称で「馬ぜり」と呼ばれる植物も大きくなろうとしていました。
春が近づいていることを感じた今朝の散歩でした。

このところ嬉しいことが続きました。

JAさが・佐城きゅうり部会が、
農協団体やNHKが主催する日本農業賞の大賞を受賞しました。
佐賀県の農家が、大賞を受けたのは29年ぶりということです。

佐城きゅうり部会は44戸の農家がきゅうり栽培をしていて
この内、半数以上の28戸が佐賀市の農家です。
きゅうりは全国で栽培されていますので、
この中から大賞に選ばれるのは画期的なことです

きょう受賞の報告に来られた農家の方と話すと
佐城きゅうり部会の農家は、
10アールの畑で1年に21トンものきゅうりを収穫するそうです。
私も野菜を作りますが、21トンと言う量に驚きました。
全国平均は17トンだそうです。

きゅうり栽培で最も大切なのは土作りだそうです。
また、ハウスで連作するので、土の消毒が欠かせませんが、
薬剤で消毒するのではなく、
夏の間水を張って太陽熱で熱くして消毒するそうです。
何をするにも土台作りが基本です。

17日から19日まで
駅伝ランナーが県内を駆け抜けた県内一周駅伝で、
佐賀市が優勝を奪還しました。
佐賀市は去年優勝を小城市に奪われたので、
今年ははじめて選手団の結団式をするなどして気合を入れて大会に臨みました。

その結果、2位の唐津玄海、3位の小城に大差をつけて圧勝しました。
最優秀選手に選ばれた田中健人さんは、
今年の成人式で、成人代表として記念品を受け取った人でした。

佐賀北高校出身の田中さんは、
帝京大学に進み、全国大学駅伝で箱根を走ったほどですが、
里帰りして佐賀市のチームで走ってくれました。

諸富の新北神社に奉納される「三重の獅子舞」が
今月25日と26日のNHKの地域伝統芸能祭への出演が決まり、
きょう出演のあいさつに来られました。
収録された映像は後日放送されるそうです。
600年の伝統のある佐賀の獅子舞が全国に紹介されて
合わせて佐賀の知名度が上がることを期待しています。

国民健康保険税の佐賀市の収納率が
全国の県庁所在都市の中で前年度もトップでした。4年連続です。
佐賀市にとっては嬉しいことですが、
市民の中には厳しすぎると思われる方もおられるかもしれません。

しかし、保険税が払えないのではなく、払えるのに払わない人からは徴収しないと、
払った人との公平性は保てません。
市民の方のご協力に感謝すると共に、
口汚く罵られることもある中で頑張る職員を讃えます。

有明海再生の道をさぐるために、
筒井農林水産副大臣が、15日の水曜日、
佐賀県に来られました。

諌早干拓の堤防水門の全面開門を求めている佐賀県に対して
長崎県が開門に反対していることなどから
国は限定的な開門にしようとしています。
お互いの溝はなかなか埋まりませんが、
国と佐賀県が話し合いのテーブルにつくことは1歩前進です。
宝の海、有明海は私たちの代だけでなく子孫に引き継がなくてはなりません。

筒井副大臣は福岡空港に降り立って有明海を視察しましたが、
佐賀県の古川知事は、「なぜ佐賀空港に降りなかったのですか、
佐賀空港に降りると空から有明海を見ることが出来たのに」と副大臣に物申しました。
取り巻きの事務方の配慮のなさが問題ですが、
日程は事前に連絡があるので、
こちら側から指摘すれば利用便の変更はできたはずです。
私たちも細かい気配りが必要だったようです。

先週は、佐賀市の社会福祉大会と
環境保健推進大会の2つの大会が開かれ、
社会福祉や環境美化、ゴミの減量、食生活改善などに
地域で取り組んでいる多くの人たちが表彰されました。
こうした人たちが数多くおられて地域が守られ、発展しています。
ありがとうございます。

先週の土曜日は大忙しでした。
佐賀城下ひなまつりが始まり開会式に出たあと、
本庄公民館文化祭、環境保健推進大会、
佐賀市の自治基本条例を制定する検討委員会に出ました。
朝から晩まで走り続けた週末でした。

 

今週は、土地改良での九州の会議、
佐賀と神埼地区の広域事務組合の議会などが開かれます。

春が近づいているとはいえ、
まだ寒い日が続きます。
風邪をひかないようにして春を迎えてください。

2012年2月13日(月)

今朝から冷たい雨がふっています。
ふとんの中で雨音を聞いて、神社でのラジオ体操には行けない、
新聞は休みなので読む時間が空くと考えて、
いつもより遅く午前6時前にふとんから出ました。

ラジオ体操を車庫でしていると、雨が小降りになったので
長靴をはいてマックスと散歩に出ました。
きのうの晴天のためか気のせいか
サクラやハナミズキの蕾が少しふくらんだような気がします。
春がそこまできているようです。

先週は水曜日にふたつの仕事があったので、
火曜日の午後の便で東京に行きました。

火曜の夕食は、高田馬場に「葉隠」という
佐賀にゆかりのある食堂があると聞いたので出かけました。

70代の姉弟で店をやっておられました。
聞けば、お父さんが70年余り前に始めた店で
息子の代になっても店の名前は変えず、客に出す酒は佐賀の酒をメインにしておられます。
姉弟は戦争中佐賀に疎開されたそうで、佐賀弁も上手です。

佐賀にゆかりのある人が訪れるそうで、
弁護士をしている、高校時代の私の同級生2人も、
若いころよくこの店に来たそうです。
友達の名前が出てきて懐かしい思いをしました。

新年度、東京にアンテナショップのようなものを作りたいと思っていますが、
この店にも、佐賀の観光ポスターを貼ってもらおうと思いました。
佐賀城下ひなまつりのポスターなどを送ろうと思っています。

翌日の8日の水曜日に、
東京の伊勢丹府中店で開かれた「大九州展佐賀特集」に参加しました。
九州の物産を紹介する企画展で、佐賀のコーナーが大きくとってあります。
佐賀の中でも佐賀市が3分の2を占め、
佐賀市内の11店舗が、マルボウロ、羊羹、海苔の佃煮、塩辛などを販売し
海苔や米などの特産品も展示されていました。

私は先着300人に海苔を手渡しながら、
「佐賀の有明海海苔はおいしいですよ」と声をかけました。
佐賀を知ってもらう絶好の機会で、デパート側も
たくさんのチラシを地域に配布したということで、
予定の1、5倍のお客さんが訪れ、押すな押すなの盛況でした。

 

佐賀出身の方もたくさん来られて故郷の産物を懐かしそうに手にしておられました。
佐賀県出身の大学生が入居する小金井にある学生寮から
3人の早稲田大学生も訪ねてくれました。
チラシを見て、佐賀の物産展を知ったのかなと思いましたが、
佐賀市の商業振興担当が情報を出した、フェイスブックで知ったそうです。

江戸時代のシュガーロードだった佐賀は
他の地域に先駆けて色々なお菓子が誕生しました。
お菓子や農水産物などの特産品、観光など
佐賀の情報をいろんな手段で発信して行かなくてはならないなと思いました。

同じ日の午後、バルーンに協力していただいている
ホンダとパイオニアを訪ねました。
両社とも、タイの水害の影響を受けましたが、
快く今年のバルーンへの支援を約束してくださったので、
安心して最終便で佐賀に帰ってきました。

 

きのうの日曜日(12日)
佐賀市の青少年健全育成推進大会と
子どもへのまなざし運動推進大会がメイトプラザで開かれ、
教育関係者や、自治会、子どもクラブなどの300人が参加しました。

子どもへのまなざし運動は、はじめて4年になります。
学校、家庭、地域、事業所一体となっての取り組みで次第に輪が広がっています。
大人と子どもが一緒になって行う催しが増え、
教育専門誌の教育ジャーナル3月号でも取り上げられました。

これまで地域の幸福度や活力は、経済的な数値で測られてきましたが
うるおい、温かさ、絆などが大切なことに多くの人が気づきました。
まざし運動をこつこつ積み上げて来られた人たちに感謝します。

きのうの夕方、県内一周駅伝の、佐賀市チームの結団式がありました。
これまで52回の大会で、佐賀市は40回優勝していて
勝つのは当然という空気で結団式はしていませんでした。
しかし、去年小城市に優勝を奪われたので、
優勝旗を取り戻そうと気合を入れる結団式でした。

中学生から大人まで、いいチームが出来ましたが、
インフルエンザも流行っていて、ベストのメンバーがベストコンディションで
大会に臨めるかがカギのようです。
県内一周駅伝は17日の金曜日にスタートします。
沿道で佐賀市チームを応援してください。

今週は、中部広域連合の議会が開かれ介護保険問題を審議します。
介護保険は、高齢化によって給付を受ける人が増えています。
このため、介護保険料を引き上げざるを得ない状況になっています。
平均で月額978円引き上げる議案を審議していただきます。

まだまだ寒い日々が続き、インフルエンザに罹る人が増えています。
手洗い、うがい、室内の湿度を保つことなどして冬を乗り切りって、
春を待ちましょう。

2012年2月7日(火)

今朝は曇天の冬景色でしたが、
出勤のためにバス停まで歩いていると、
風の香りに春を感じました。
そろそろチンチョウゲが匂ってくるころでしょうか。

 

市役所前でバスを降りると、
電動車椅子に乗った佐賀市職員のU君と一緒になりました。
彼は市役所南側の外にあるエレベーターに乗るので
私も小走りで後を追って一緒にエレベーターに乗りました。

雨の日はどうするのか聞くと、
傘をさして電動車椅子を運転するとのことです。
春一番のような風の強い日は傘が飛ばされないか心配ですが、
U君は「大丈夫ですよ」と力強く言いました。
職場に向かう頑張るU君の姿を見て、
私も元気をもらったようで階段を上る足に力が入りました。

2月1日の水曜日に佐賀空港公園広場で佐賀農業まつりが開かれ
開会式でテープカットをしました。
県内各地から貸し切りバスが列をなしてやってきました。
多くは自分たちの祭りを盛り上げようという農家の人たちで
農協組合員の団結力の強さを感じました。
会場には農機具も展示してあり見たかったのですが
次の仕事の都合で見ることができませんでした。

2月2日(木)に「まちづくり50人委員会」が開かれ、
今年度の取り組みの報告と
来年度何に取り組むか意見を交わしました。
その結果、来年度は緑の憩いの広場を増やすことや
今年度はじめたコンテナプロジェクトを充実させる方針がまとまりました。

バスで通勤の途中、中央大通りで2つのビルが解体されているのが見えました。
中央大通りができて50年近くになります。
解体されているのは当時建てられたビルでしょう。
解体後の跡地がどうなるのかまだ聞いていませんが、
街に活力を呼ぶビルに生まれ変わって欲しいものです。

街に穴があいたように駐車場ばかりができるのはどうかと思います。
駐車場は目的の建物の敷地内にないと利用しにくいという声もありますが、
街づくりという観点では、街を少し歩いていただきたいものです。

2月3日に早稲田大学を訪ね、総長にお会いしました。
水ケ江にある大隈重信候の生家の改修と
築後45年の大隈記念館の修理と展示内容の充実を図りたいと考えています。
地元佐賀の考えだけでなく、早稲田大学の意見も聞きたいので
検討委員会に大学から委員を派遣してほしいとお願いしたところ
総合的に判断できる人材を出してくださることになりました。
また早稲田魂を顕彰する生涯学習の講座を開く意向を伝えました。

きょう(7日)午後からまた東京に行きます。
伊勢丹で、佐賀の米や茶などの農産物やお菓子の宣伝をします。
またバルーンのメインスポンサーのホンダとパイオニアに
今年の秋の大会への協力をお願いします。
製造業界は円高とタイの水害などで厳しい状況にありますが
例えば、バルーンの夜間係留は、
パイオニアの音響設備とスタッフによって盛り上がっているのです。
ぜひ、今年も協力をお願いします。

2012年1月

2012年1月31日(火)

今朝は放射冷却もあって大変冷たい朝でした。
ラジオ体操のあと、マックスと散歩していると
クリークが凍っているようでした。

そこは子どもの頃泳いでいたクリークでした。
その後、草が生い茂るなどして浅くなっていましたが、
防火用水を確保するために最近掘り下げられて深くなりました。
子どもたちは、クリークが凍ると投げた石が氷の上を転がるのを楽しんでいました。
今朝、小さな石を投げてみると石はぽんぽんと跳ねました。
60年前を思い出した朝でした。

東日本は大雪になっていますが、
これから1週間が1年で最も寒いころで、
電力使用量も最も多いそうです。
また風邪も流行ってきて健康保険料の医療機関への支払いも増えています。
節電しながら暖かくして風邪をひかない秘訣はないでしょうか。

27日に、ぶんぶんテレビの収録がありました。
佐賀城下ひな祭りを市民の皆様にお知らせする番組です。

今年のひな祭りは歴史民俗館になっている旧古賀家など7ヶ所は
2月18日から3月20日まで、
徴古館は3月末までです。

今年のテーマは、「まちなか全部がひなまつり」です。
ひな祭りの会場だけでなく、
市民の皆さんから提供していただいた110のひな壇を
あちこちに並べます。
またこれまでどうり、通りに面した店や家の方には
自宅のひな人形を窓辺などに飾っていただきます。

29日の日曜日、
佐賀市校区対抗駅伝大会が東与賀干潟公園の堤防で開かれました。
有明海に面した佐賀市の一番南で行われた大会に
福岡市に面した北の端の三瀬の人たちも参加しておられ、
佐賀市も広くなったなあと思いました。

 

私はスターターを務めさせていただきピストルを撃ちました。
去年は雪で湿っていたため、プシュという音でしたが
今年は晴れて暖かい天気に恵まれたためパンという音が出ました。

大会は6区間23キロで行われましたが、
1区の第1走者として68才の方が走られました。
「ちょっとひと走りしたあと仕事です」と言っておられました。
私とほとんど同じくらいの年齢の方です。
元気な人がおられます。

 

同じ日の午後は、
100才を越えても元気はつらつ、全国を飛び回って講演しておられる
医師の日野原重明さんの100才記念フォーラムに妻と一緒に行きました。

日野原さんは、
「今は昔と30才違う、論語は、40にして惑わず、50にして天命を知ると説いているが、
今は70にして惑わず、80にして天命を知るで、
75才は後期高齢者ではなく新老人」が持論です。
日野原さんは「長い人生で、人の為に尽くす時間がどれだけ作れるかが大切だ」と話されました。
フォーラムの主催者によりますと、
日野原さんは、今年1年の中で空いている日はたった2日しかなく、
その中の1日を使って、佐賀にきてくださったそうです。

フォーラムのお世話をされた溝上さんは、
「支えられる高齢者ではなく支える高齢者の多い街を作ろう」と言われました。
市政を運営する者として心しなくてはならない言葉です。
佐賀市は、愛のひと声運動をしていますが、
人を支える力を力いっぱい発揮できる街にしたいものです。

来年度予算案の査定はほぼ終わりましたが
今週は、3月市議会に出す、補正予算案の査定を行います。
3日の金曜日に、保育園や幼稚園の子どもに食べさせてくださいと、
青森からリンゴが届きます。
佐賀の青果市場が青森のリンゴをたくさん扱っているので
そのお礼として届きます。

その後は節分、わが家でも佐賀海苔を使った恵方巻きを
妻がたくさん作ります。
寒さに震えていますが、春はそこまで来ています。

2012年1月26日(木)

特別交付税のことなどで
おととい東京に行くと、国会議事堂周辺に雪が残っていて、
坂道を歩くのに難儀をしました。
近代都市も自然に抗うことが出来ません。
大都市だからこそ、わずかの雪でも大きな影響を受けるのでしょう。

翌日のきのうも、東京での仕事があったのですが、
急に佐賀でしなくてはならないことが出来たので、
東京の仕事は同行者に任せて、
朝4時半に起きて、早朝の便で帰ってきました。
私は毎朝5時半ごろ起きますので、
1時間早いくらい何でもないようですが、
わずかでも生活のリズムが狂うと体の調子がおかしくなります。

そこで今朝は、いつものように5時20分に起床して
ウコッケイに餌をやり、マックスと散歩、気功、ラジオ体操をして
生活リズムを取り戻しました。

先週の18日、中国の格安航空会社、春秋航空の
上海ー佐賀の第1便が飛んできました。
上海からのお客さんを歓迎し、
佐賀から上海に行く人を送る式がありました。

上海に向かうツアーの中に、友人、知人の2組の夫婦が居られ、
楽しそうに出発する姿がうらやましくもありました。
第1便は、上海を出て1時間18分後には佐賀に着きました。
「ちょっと行って来るね」といった距離です。
私も時間があればカミさんを連れて行きたいのですが・・・・。

春秋航空は、今の週2便を3便にしたい意向もあるようです。
しかし、格安航空会社は搭乗率が悪ければ撤退も素早いようです。
継続的に搭乗率を上げていかなくてはなりません。
どうぞご利用ください。

先週、私より少し年上の人たちの三夜待に夫婦で参加しました。
70代中ごろの9組のご夫婦が集まっておられました。
夫婦の一方が先立つと、残されるほうは寂しいものでしょう。
小さな喧嘩はしても、夫婦が元気で仲の良い姿はほほ笑ましいです。
私も妻と仲良くしようと思うのですが・・・・。

有明海の海苔養殖は、不調だった秋芽網から
冷凍網に張り替えての摘み取りが進み、
佐賀市役所で、冷凍網の海苔の試食会がありました。
佐賀のブランド米の佐賀びよりのお握りに、冷凍網の海苔を巻いて食べました。
菜っ葉の漬物に味噌汁も添えられ、最高の組み合わせでした。

佐賀びよりは、おいしいと評判です。
おいしい米に、おいしい海苔、
佐賀の幸せを、全国に、そして空路で結ばれた中国の人たちにも
伝えたいですね。

その中国の連雲港市から佐賀市に、
交流研修生として派遣されて来ていた徐さんが8ヶ月の任期を終えました。
徐さんは、3歳の娘さんを中国に残して単身赴任してきました。
中国の女性は強いなと思っていましたが、
研修の修了証書を手渡すとき、徐さんは泣き出し、
手渡す私も涙が出そうになりました。
佐賀の友達との交流、佐賀での生活が充実していたからでしょう。

21日の土曜日に、メートプラザで恒例の消費者フェスタが開かれました。
省エネの暮らし、リサイクル、賢い消費者などで、
さまざまな呼びかけが行われていました。

最近は振り込めサギなどのほか、
高価な商品を悪知恵をこらして売りつける悪徳商法が増えています。
高齢者や学生などの若い人のほか、
言葉がよく分からない外国からの留学生も狙われます。
佐賀市の消費生活相談室は、ときには弁護士や司法書士の力を借りて、
ワルと法律的に対抗しており、
高齢者などのほか、中国からの留学生からも感謝の言葉が寄せられました。
消費者フェスタを開かれた消費生活グループのみなさん、ご苦労さまでした。

 

100才を越えても講演などを続けておられる
医師の日野原重明さんを招いての健康をテーマにしたフォーラムが、
今週末の29日の日曜日、佐賀市民会館で開かれます。
夫婦で元気に年齢を重ねるために、
カミさんと一緒に話を聞きに行こうと思っています。

今が1年で最も寒い季節で風邪が流行っています。
手洗いやうがいを怠らずに、
栄養、休養に気を配り、元気に寒さを乗り切ってください。

2012年1月16日(月)

休みの日に朝早く出かける行事がない時は、
遠くまで散歩をして1万歩を歩くことにしました。
1人で歩くのは淋しいのでマックスが付き合ってくれます。

きのうの日曜日は、珍しく娘も一緒に歩こうと出てきました。
娘と2人で歩くのは何十年ぶりのことでしょうか。
娘たちが子どもの頃は本庄語りべの里というのがあって、
公民館長が子どもたちを地元の旧跡に連れて行ってくださっていました。

そこできのうは、台風で倒れた木を起こしてくれたという「木起こし地蔵」や
明治の初期に学校制度がはじまったころの小学校跡などを訪ねて歩きました。
娘は覚えていないと言います。
忘れてしまったのか、そこを訪ねた日に参加しなかったのでしょうか。

きのうは寒かったので、ヒバリの声を聞くことができませんでしたが、
麦の芽が葉になり、麦畑に緑が広がっていました。

1月8日は行事の多い日でした。
まず消防出初式が諸富の公園広場でありました。
去年の出初式は寒くて霜焼けができたので、
背中にカイロを入れて出かけましたが今年は穏やかな天気でした。
1500人の消防団員がキビキビ動く姿は頼もしいかぎりです。
災害のときの活躍を期待していますが、そんな災害はないことを願っています。

 

佐賀市文化会館ではNHKのど自慢があり挨拶をさせていただきました。
私は生放送の本番のあと成人式に出るために会場を去りましたが、
残った人に聞くと、本番後のアトラクションで、
ゲストの新沼謙治さんが「朝、ホテルの近くを散歩していると
濠で遊ぶカモと、行き交う人のおはようございますという挨拶に
佐賀の清々しさを感じました。佐賀が好きになりました」と話されたそうです。
嬉しくなりました。

佐賀市民会館では成人式がありました。
去年までの成人式では、主催者の15分間程度の挨拶を
静かに聞かないで私語をする若者が2割か3割いましたが、
今年は私語はあまりありませんでした。赤や茶色の髪も少なかったようです。
世界が感動した、震災被災者の整然とした行動に、
若者たちも、人の取るべき態度を学んだのでしょうか。
当たり前のことですが、嬉しかったです。

1月9日の成人の日に、
北川副小学校の運動場でふれあい祭り、ほんげんぎょうがありました。
間伐材を井型に組んだ周辺に青竹を立て、
しめ飾りなどを投げ込んで燃やし、今年1年の健康と幸せを祈りました。
多くの人が関わった地域あげての行事で小中学生も手伝っていました。
いつも思うのですが、こうしたみんなの力が地域の力です。
関係者のみなさん、ご苦労さまでした。

 

1月11日(水)は福岡市早良区の新春の集いに出席しました。
早良区と三瀬村は山を隔てたお隣どうしなので20数年前から交流しています。
抽選会の景品用に、佐賀の米や海苔を持参しました。
早良区の人に三瀬の山あいだけでなく、
南の有明海まで足を伸ばし、ひな祭りにもお越しくださいとPRしました。

きのうの15日の日曜日に、
西大島地区の自衛消防隊の出初式がありました。
消防団員も数人居られますが多くが消防団OBやその他の人で、
古くなって払い下げられた消防ポンプなどで訓練をしておられます。

かつては他の地区にも自衛消防隊がありましたが、
今も活動している自衛消防隊は西大島地区だけかもしれません。
活動は火の用心を地区の人に呼びかける火災予防が中心です。
きのうは鳥栖市で2人が亡くなる火事がありました。
寒くて火を使うことの多い毎日ですので、火には充分注意してください。

先週は、懇談会、新年会、旗開き、賀詞交換会など
新年の行事が1日に2つも3つも続きました。
また市長と語る会、新年度予算の査定もあって慌ただしい1週間でした。

今週はあさっての18日、
中国春秋航空の上海からの第1便が佐賀空港に飛んできます。
中国のお客さんが佐賀空港に降り立ち、
帰りの便には佐賀の人たちが乗って上海を訪ねます。
日中間は、尖閣列島問題などでギクシャクしていますが、
お互いが行き来して仲良くしたいものです。

2012年1月5日(木)

去年の暮れまで、木から落ちないで頑張る葉もありましたが、
年が明けると、ほとんど落葉しました。
わが家の庭の木も丸坊主になりました。
冬ざれた枯れ枝にカミサンがみかんを刺しました。
寒くなって餌が少なくなった小鳥にみかんをお裾分けしたのです。

可愛いメジロに食べてもらいたいのですが、
毎年、私たちが「カッチョ」と呼ぶ小鳥が数羽でやってきて、
みかんを木の枝から引きちぎる勢いで食べてしまって、
メジロはなかなかみかんにありつけません。
今年はまだメジロもカッチョも現れません。

年末年始の報告をします。

暮れの28日から30日まで消防団の年末警戒があり、
28日と29日に激励に回りました。
暮れは暖かかったのですが、それでも夜の8時を過ぎると
背中がジンジンするほど冷え込みます。
忙しい年末、寒さの中で警戒してくださった消防団員に感謝します。

 

おかげさまで暮れは穏やかでしたが、
29日に、パチンコ店を爆破するという予告電話があって、
消防署員は、万一に備えて警戒出動しました。

30日は恒例の餅つきをしました。
餅つきは毎年、兄、弟、妹と私の家の4世帯合同で
実家を継いでいる弟の家でします。

総勢15人で40キロのもち米を10回つきました。
最初の9回は餅つき機を使いましたが、
弟のところに孫が帰ってきた上にアメリカで暮らす娘夫婦も来たので、
最後のひと臼は、臼と杵を使って昔ながらについてヨモギ餅にしました。
幼い子や異国で暮らす若い人に日本の伝統を見せたかったのです。
こうした餅つきは、私たちの代まででしょうか。
子どもたちの代は、餅は買うものになっているでしょう。

31日から元日にかけては
佐賀神社でカノン砲の祝砲を撃って新春を告げました。
ドカンドカンという祝砲の音で、暗い世相がぶっ飛んでくれればいいのですが。

家に帰って少し寝て、夜が明けると夫婦で
ラジオ体操・走って歩く5社参りに参加しました。
帰りに近所の小さな神社も回って元日だけで10社お参りしました。
「24万佐賀市民が穏やかな普通の暮らしができる1年でありますように」と
祈りました。

2日は金立の金刀比羅さんにお参りしましたが、
2日と3日は、ゆっくりしていたので、
朝の散歩は2時間歩いて、それぞれの集落で守っている
小さな神社や祠にもお参りしました。
正月3が日で20社くらいお参りしたことになります。

4日は執務始め式でした。職員に、
災害のない街づくり、経済産業を発展させての活性化、
ゴミ処理施設の統合を目指して地元の理解を求めること、
など、6項目の重点目標に全力で取り組むよう求めました。

今年の私の重点目標を述べさせていただきます。
1月18日に中国の上海から佐賀空港に第1便が来ます。
中国からのお客さんをもてなし佐賀の産物を紹介して、
中国との交流を図りたいと思います。

商工会館が、商店街の中心地にある
白山の旧ダイエーあとに移転します。
今の商工会館跡にはNHKが移ります。
玉突き移転をスムーズに進める為、まず新しい商工ビルを
年内、できれば秋には着工できるように運びたいと思います。

ごみ焼却施設の統合は
地元の理解を得た上でぜひ実現させたいと思っています。
佐賀市のごみ焼却は、旧佐賀市の高木瀬の施設のほか、
大和、富士、川副の施設で燃やしています。

これを全て高木瀬で処理すれば、コストダウンになるだけでなく、
もうひとつ大きな意義があります。
高木瀬は余熱を使って7200世帯分の発電をしていますが、
他の3ヶ所は燃やすだけで余熱利用をしていません。
これを全て高木瀬で処理すれば、さらに1800世帯分の
発電をすることができます。

原発への依存を減らすために、
佐賀市は太陽光発電に取り組むことにしていますが、
1800世帯分の太陽光発電施設には20数億円がかかります。
佐賀市のゴミを全て余熱利用ができる高木瀬で燃やせば、
20数億円が有効に生きてくることになります。

今週は新年恒例の行事が続きます。
週末の日曜日は、出初式と成人式があります。
新年会も続き、お酒を飲む機会が多くなりますが、
どうぞお体をいたわりながらにしてください。

ことしもよろしくお願いします。

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