2010年10~12月のひとり言

2010年12月

2010年12月27日(月)

きのうから平野部も雪になり
今朝、わが家の周辺も真っ白でした。
きょうの夕方から、山間部に暮れの挨拶に回ろうと思っていますが、
雪で足を阻まれるかと心配しています。

夏の暑さ、冬の寒さで
山の動物たちの食べ物が不足しているのでしょう。
イノシシが海辺近くまで降りてきていますが、
今日は、猿騒動です。
猿が、川上付近、ジャスコの大和店から下って、
駅近くの佐賀学園付近に現れたということで、
対応に苦労させられていましたが、
先ほど、捕獲されたと連絡がありました。ひと安心です。

わが家の畑の白菜やブロッコリーが
ツグミかヒヨドリに食べられています。
メジロ用に、みかんを半分に割って、皿に載せて庭においていますが
こちらもツグミに食べられ、メジロは追いやられています。

 

今年見事な花を見せてくれたコウテイダリヤに
来年も元気に咲いてもらおうと、根元近くで切って、
切り株が寒くないようにモミガラを被せて置きました。
するとモミガラの中に実が入っているのもあるのでしょうか
スズメがつついて、コウテイダリヤの切り株は丸裸になります。
野生の動物たち、懸命に生きています。

 

厳しい指摘を受けました。

70年前に都市計画決定をされながら、
今だに事業が着手されていないことです。
計画区域に組み入れられると
2階建てを越える建物の建設ができないなどの制約を受けます。
住民を70年も制約する計画は、
民間では計画ではなく理念に過ぎない。という指摘です。

街づくり、公園、街路などの整備はしたくても
公共事業費の削減で思うようにできません。
計画区域をはずすと、
隣接する地域と道路を結べないなどの問題も出てきます。
指摘されたことは良く理解できるだけに
苦しい現実と板挟みになります。

うれしい話です。

東与賀中学校の江川麻理香さんが、
全国中学生人権作文コンテストで
最優秀の内閣総理大臣賞を受けました。

江川さんの作文は
障がいのある人と接するとき、
あれもこれもできないだろうと先回りして手を貸すのは
手助けの押し付けになり、障がいのある人を傷つけ、人権侵害になる。
障がい者の人権を考えながら手をさしのべ、
決して健常者の自己満足であってはならないと述べています。
障がいのある人と話して気がついたそうで、
しっかりした自分の考えを持つ中学生が
佐賀市にいることを嬉しくおもいます。

議会が終ったあと、集中的に会議が開かれています。
きょうは、水道と天山地区の衛生処理の広域の会議です。

あすは仕事納めですが、
韓国で口蹄疫が広がり、
国内では鳥インフルエンザが各地で確認されています。
出水のツルは佐賀県を経由するものもあり警戒が必要です。
穏やかな年末年始になればいいのですが心配です。

私は、あすとあさって、寒い夜に行われる
消防団の年末警戒を激励し、
元旦は、新年を告げるカノン砲の祝砲をドカンと撃ち、
早朝には、走ろう会が主催する五社参りをして新しい年を迎えます。
みなさんの新しい年が幸せな日々になることを祈っています。

2010年12月22日(水)

毎年、年末になると私は下水枡の掃除をしますが、
今年は庭の掃除もしました。
すると草に埋もれていたオモトが顔を出しました。
ここ数年、オモトを見た記憶がありません。
草の中で人知れず実をつけていたのでしょうか。
冬の庭で主役ではないけど存在感のあるオモトです。

 

有明海訴訟で
福岡高裁が開門を命じる判決を出すのを待っていたかのように、
有明海再生機構が12月10日に緊急フォーラムを開き
漁業者、学者、行政関係者が、
なぜ諌早干拓の開門が必要か意見を交わしました。

佐賀の関係者は政府に上告しないよう、
長崎は上告するよう求めましたが、
菅総理は珍しく決断して上告しないことを決めました。

有明海再生問題はこれで終ったわけではありません。
開門で農業や、漁業への被害が出ないよう、
関係者は開門調査に向けて慎重に協議しなくてはなりません。
菅総理の決断が、有明海再生への
歴史に残る第1歩になることを期待しています。

嬉しい話です。

毎年環境保護に役立てて欲しいと
スーパーモリナガから寄附をいただいていますが、
今年も20万円寄附してくださいました。
これまでの合計は430万円になり、
環境パトロール車の購入などに使わせてもらっています。

JA共済連佐賀からはカーブミラーを頂きました。
交通事故防止活動の一環として寄附されたもので
佐賀県全体で1000基、この内佐賀市は105基頂きました。
カーブミラーが欲しいと要望が出ている場所に設置します。
設置費用も出していただけます。ありがたいことです。

JR長崎線の特急が来年春から
上り9本、下りが8本合わせて17本増えることになりました。
今は1時間に2本ですが、
1時間3本、時間帯によっては4本になります。

これまで機会があるごとに
JRに増便を要望してきたのが実りました。
時刻表を見ずに佐賀駅に行ってもすぐ乗れることになり
大変便利になります。

しかし佐賀の人たちが福岡に出かけるだけでなく、
福岡の人を佐賀に呼び込む対策をしないと
佐賀の経済が落ち込むことになりかねません。
福岡の人を呼び込む魅力のあるイベントを考えましょう。

防災復旧に功績のあった2団体が全国防災協会から表彰されました。
表彰されたのは、
佐賀市土木防災ボランティア連絡協議会と
園芸業を営む人たちの佐賀市緑進会です。
2つの団体は、去年の7月豪雨のとき、
土砂の撤去、土のうの運搬などのボランティア活動で、 災害復旧に力を貸してくださいました。

佐賀市議会は提案した全ての議案を承認していただき
20日に閉会しました。
今度の市議会では、執行部の答弁に一部乱れがあり、
執行部の意思疎通が取れていないと議会から指摘されました。
反省しなくてはなりません。

年末になり、市民総ぐるみの活動が行われています。
15日には、佐賀市の各種団体の役員が全ての校区で街頭に出て
無灯火や並列で走っている自転車の人に注意をしました。

17日には交通指導員が
飲食店街に出て、飲酒運転撲滅を呼びかけました。
大勢の人たちが寒い中街頭に出てくださっていることが
防犯や交通安全に結びつくものと思っています。

 

今年もあと10日を残すだけになりました。
仕事にひと括りをつける時期ですが、
テレビの新年番組収録などが入って、
言葉どおり師走の日々が続いています。

2010年12月6日(月)

市長室から見える街路樹は
中には頑張って枝にしがみついている葉もありますが
ほとんどが散り落ちました。

冬の厳しい寒さがやってきました。
先日寒い夜、自転車で帰宅中の中学生たちに出会いました。
みんな厚手のジャンパーを着てマフラーを巻いて暖かそうでした。
服装の向こうに、お母さんなど家族の暖かさも見えるようでした。
世界中のどの子も暖かく育ってほしいものです。

12月1日(水)
インドの経済セミナーが佐賀市で開かれました。
インドのタミルナド州のムンバイ近くの経済界の人たち15人が
東京、大阪、名古屋、福岡、佐賀を訪ねて
経済や技術交流をすすめることを話しあわれました。
佐賀以外は大都市ばかりですが、
人脈もあって佐賀も訪ねてこられました。

私はセミナーには出席できなかったのですが、
夕食会に同席させていただきました。
インドの人たちは、女性は太目の人もおられましたが、
男性は野菜や穀物中心の食事で酒も飲まれず
細身の方がほとんどでした。

インドは中国と並んで人口が多く経済も勢いよく発展しています。
私にはインドの地図も正確に頭に入っていませんが
今後交流が深くなる国ですので注目してゆきます。

土日の週末はたくさんの行事に出ました。

4日の土曜日、海苔の初入札が行われました。
有明海沿岸では今年初めての入札会で
去年より1億枚以上多い2億7000万枚が出品されました。
この内の1億6850万枚、62%が佐賀市で採れた海苔です。
佐賀市は海苔王国です。

1枚あたりの値段も15円を越え順調なスタートです。
しかし有明海の異変は解消したわけではなく、
いつ顔色が変わるような事態になるか分かりません。
宝の海を守らなくてはなりません。

入札会場でバイヤーの方に
佐賀の海苔をよろしくと挨拶して回り、
最高級品の海苔の「佐賀海苔有明海1番」を試食しました。
有明海1番は大変厳しい審査基準を通ったものだけです。
去年の半分しか通らなかったそうです。

同じ土曜日、兵庫のクリーク公園の収穫祭に行きました。
数日前クリークを干して捕ったフナの昆布巻きをご馳走になりました。
地元の女性たちが1昼夜煮込んだフナの昆布巻きは
骨まで食べられる柔らかさでした。
昔はフナの昆布巻きは、祭や正月などに食べたご馳走でしたが
今は若い人はあまり食べないようです。

 

杵と臼を使っての餅つきもあり、私もつかせていただきました。
餅つきの翌日スーツのズボンを見ると
飛び散った餅の水でまるで糊が付いたようになっています。
スーツは今年もクリーニング屋さん行きです。

今年の暮れには孫が帰ってきます。
杵と臼を使った餅つきを体験させたいのですが
わが家の餅つきの前までに来てくれるかどうかまだ分かりません。

さらに同じ土曜日、
小説「望郷の道」の作者の北方謙三さんの講演が
北山校とフォレスタふじであり聞きに行きました。

佐賀県は森永やグリコなどお菓子の創始者が多く出たところですが
「望郷の道」は富士町出身の
ニイタカドロップの創始者をモデルにした小説で
前半は富士町、後半は台湾が舞台です。
この小説を映画やテレビドラマ化しようという動きもあります。
実現すると嬉しいのですが。

きのう5日の日曜日、
川副出身の佐野常民を顕彰する博愛フェスタがはじまりました。
フェスタの催しは2週間続きますが、
全国博愛絵画展には小中学生が1200枚の絵を出しました。

 

博愛フェスタで挨拶するために、
佐野常民の青年期がモデルの「火城」を読み返しました。
この本の後書きで、作者の髙橋克彦さんが
「人は人のために働いてこそ価値があり、
佐野常民はまさにそんな人だった」と書いておられます。

小説では仕事の最前線で力を発揮して
成果が出ると俺がやったとは云わずに陰に回る人を評価する
古き良き時代が描かれています。

今は数字とスピードを見せ付けて
成果は自分がやったとパフォーマンスをして、
悪いときは人の後ろに隠れる人が
高い評価を受けることもあります。

私は人の能力、特に公務員は総合力だと思っています。
若いときはいろいろな場面で苦労して
年輪を重ねて総合力が高まるのです。

「若い人を抜擢する」
いい言葉ですが責任の無い人が使いたがる言葉でもあります。
人の評価は大変難しいのです。

今週も市議会一般質問が続きます。

2010年11月

2010年11月29日(月)

11月もきょうを入れてあと2日、
寒さも日ごとに厳しくなっています。

先週の23日の勤労感謝の日、
佐賀市民会館で佐賀市文化連盟の合同文化祭がありました。
合併で市町村の文化連盟もひとつになったため、
300を越える団体が加盟しています。

舞台では芸能関係の発表、
ホールでは書や花、焼物などが展示されていました。
それらの作品を見てまわりながら文化とは何かを考えました。

結論は出ませんでしたが、
私たちが日々追いまくられている、数字、スピードとは無縁の
日常の暮らしの中にあるような気がします。
人々の品位、品格、お互いの絆、そんな中から生まれてくる
奥行きの深いものでしょう。

趣味からはじまって高いレベルに達した作品を見ながら、
はたして私の中に文化があるのか、
文化を語る資格があるのか、考え込んでしまいました。

 

 

同じ日の午後、山あいの秋の景色を見たくなって
妻と東脊振から三瀬に抜ける道を車で走りました。

 

わが家の庭のカエデはまだ紅葉しているので、
渓谷の映える紅葉を期待したのですが、ほとんど散っていました。

帰りに古湯の温泉センターの湯に浸かってゆったりとした気分になりました。
知り合いが居られ、その人も秋の山を見にきたと云われていました。
文化、山の自然、温泉、それと妻と2人のドライブ、
楽しい勤労感謝の日でした。

25日の木曜日、東京の農林水産省を訪ねて、
佐賀県の土地改良事業で要望を伝えました。
応対した官僚は、「自分たちの力ではどうにもできないので
政府、民主党に要望して欲しい」と言いました。

官僚には優秀な人がたくさん居られ、
力を発揮したいと、うずうずしているのに、
発揮できない環境に置かれているようです。
政府は官僚を信頼してその力を使うべきだと思います。

27日の土曜日の夕方、
アバンセで上映されたバリアフリー映画祭で
韓国映画「牛の鈴音」を見ました。
韓国の農家のお爺さんと牛の心のつながりを描いた
ドキュメンタリー映画です。

耳が不自由な人のために字幕が入り、
目の不自由な人のためにナレーションが入り、
障がいのある人も楽しめるように工夫されていました。

おじいさんと牛との触れ合い、
時には喧嘩をしながら自然を相手に暮らす
おじいさんとおばあさんの姿に感動しました。

私は中学生のころ、山羊を飼っていました。
餌をやり、乳を搾り、山羊と兄弟のように遊んでいました。
あれから50余年、随分世の中は変わりましたが、
人と自然のかかわりは失いたくありません。

後期高齢者の医療保険が、
平成25年春から国保に移管されるのを見込んだ
国保の会議が先週開かれました。

後期高齢者医療の国保移管は、
小さな自治体には大きな負担になるので
国保を県単位の広域にすることが検討されています。
佐賀市にとっては財政負担が重くなることも考えられますが、
自分のところだけでなく、全体を考えることも必要ですので
協議に参加しています。

国や県の財政支援のあり方など課題もありますが、
首長段階では広域化の方向性が大筋ではまとまりました。
今後、引き続き担当者会議等で検討が加えられ、
議会に諮って行くことになります。

あすから、佐賀市議会がはじまり12月3日から一般質問です。
今週は議会中心の日々になります。
今度の議会は職員の人件費の削減などが議論されます。
経済対策は1月に臨時議会をお願いしようと思っております。

あさってはもう師走です。
気分はあわただしくなりますが、
寒さとともに風邪が流行ってきます。
気をつけてください。

2010年11月22日(月)

久しぶりの雨になりました。
出勤のバスから雨に濡れた落ち葉が
道路に重なっているのが見えました。

3月末に芽を出した若葉が8ヶ月を経て散る様に
人生が重なって見えます。

 

先週、東京出張中に、
中学の先生が車の事故で亡くなったという連絡が入りました。
お名前は聞かなかったのですが、
飲酒運転や過労が原因でなければいいがと思っていました。

東京から戻って、夕方自宅に帰るとき、
家の近くの斎場に張り出された名前が目に入りました。
苗字しか見ることが出来ませんでしたが知り合いと同じだったので、
留守の間の新聞を引っ張り出して読むと、
亡くなったのは親しくしていた人の息子さんで中学の先生でした。
車を運転中にくも膜下出血を起こして亡くなったようです。

大急ぎで着替えをしてお通夜に駆けつけました。
高齢のお父さんより先に若い息子さんが突然亡くなったのです。
落ち葉を見ながら早く散った人を見送られた家族の悲しさを想いました。

先週は17日と18日、
東京の全国市長会の役員会に出席したのに合わせて
国への要望活動をしました。

私は九州国道協会の会長、
九州灌漑排水事業推進協議会の副会長ですので、
国土交通省や農水省に
九州の国道の整備と土地改良の促進を要望しました。

全国の地方自治体の幹部が
国の機関を回っている様子は自民党政権時代の「陳情」と変わりません。
違うのは民主党の窓口が国会内にあるので国会議事堂に入ることです。
歴史を刻んだ建物に入ると身が引き締ります。

移転した新しいハローワークがきょうから業務をはじめました。
はじめは、佐賀市役所東付近に移転する予定でしたが、
佐賀市の中心部の白山に移転していただきました。
出入りの人たちが行き交うことによって
中心市街地の賑わい回復に結びついて欲しいと思います。

 

20日の土曜日、
全国人権同和教育研究大会が開かれました。
参加者が多いので、佐賀、唐津、武雄に分散して開かれました。

会場で渡された、部落解放同盟の新聞に、
狭山事件の石川さんが、無実を訴える写真が掲載されていました。
当時青年だった石川さんも年齢を重ねられました。
冤罪の疑いを晴らすための一生をかけた闘いです。

警察、検察が描いた事件のシナリオに沿った自白を強要する捜査は
あってはならないことです。
あとで無罪と分かっても一旦報道されると世間から犯人視されます。
同和差別に限らず人権侵害は許してはなりません。

イノシシが平野部、それも海の近くまで出てくるようになりました。
嘉瀬川の河口に近い福富に19日、久保田に20日に相次いで出てきて、
噛み付いたり、牙で突いたりして2人に怪我をさせ2頭が射殺されました。
かわいそうですが、人に怪我をさせれば射殺もやむを得ません。
山間部の農地はイノシシの被害が深刻で、
収穫前の米や野菜がひと晩で食べつくされることもまれではありません。
人と野生の動物とがどう住み分けるかいい知恵はないでしょうか。

きのうの日曜日、畑のサツマイモを収穫しました。
夏のトウモロコシは収穫ゼロでしたがサツマイモは毎年よくできます。
イノシシ君に配るほどはできませんが
親戚や知人にお裾分けして喜ばれました。

 

先週は九州の国道整備や土地改良を国に要望しましたが、
今週は佐賀の土地改良促進などを国に要望するために東京に出張します。
26日の金曜日には市長と語る会が開成公民館で開かれます。

来週は佐賀市議会がはじまり、
あっという間に師走を迎えます。
私はきょう(22日)インフルエンザの予防接種を受けます。
風邪が流行しはじめています。気をつけてください。

2010年11月15日(月)

市長室の窓から外を見ると、
紅葉したケヤキ、イチョウなどの赤や黄色の葉が
美しく調和した街並みを作っています。

わが家の庭のコウテイダリアも深まる秋を告げるように咲きました。
近所に住む妹や弟の庭のコウテイダリアは1週間前に咲き、
わが家はどうしたのかと思っていましたが、
遅れた分、花が大きく咲いているように思います。

家の白いモルタルの壁沿いで咲いていますので
まるで、壁をキャンバスに花の絵を描いたように見えます。
早朝犬の散歩や、ラジオ体操の行き帰りに
コウテイダリアで彩られたモルタルの壁を見て、
日本の秋の美しさを感じています。

 

山のまちの話をふたつ。

9日(火)、富士町の温泉街を紹介するために
ケーブルテレビの取材を受けました。
古湯の温泉センターの足湯をスタートして温泉街を回りました。
足湯にはスーツのズボンをまくって浸かりました。
ケーブルテレビの女性アナは寒そうなほどの短パンでしたが、
私ももっとカジュアルな服装にすべきでした。
長年公務員をしていると、ついスーツ姿になってしまいます。

富士町はまちなみ協定を設けて
建物は温泉街の風情にふさわしいものにし、
旅館は、おもてなしの心を深めるなど
協力してお客さんを増やす努力をして、成果が出てきています。

12日(金)
三瀬の農家民宿「具座(ぐざ)」の藤瀬みどりさんが
ドブロクを持って来られました。
ドブロク特区の認定を受け、30リットルの桶10杯を仕込んだそうです。

試飲させていただくと、おいしさが口の中から体全体に広がりました。
藤瀬さんは、ドブロクを作る技術を受け継ぐためにもと、
ドブロク特区を申請されたそうです。

三瀬も富士もお隣の福岡のお客さんを招く努力をしておられ
私も福岡市の吉田市長に協力をお願いして
お互いツーカーの仲になっていましたが、
きのうの市長選挙で落選されました。
新しい市長とイチから人間関係を作ってゆかなくてはなりません。

消防についてです。
常備消防を支えて消防や防災活動に当たる
消防団と消防団員は次第に少なくなっています。
団員も以前は農家や商売などの人が多かったのですが
最近は活動に制約のあるサラリーマンが増えています。

従業員に消防団員がいる事業所の理解と協力が必要ですので
協力事業所に表示証を交付しました。
第1回の交付は16事業所でしたが、
消防団員と雇用する企業を励ます表示証の交付が増えることを願っています。

14日の日曜日、赤松校区で防災訓練をしました。
平成7年の1月17日に、阪神淡路大震災が発生しました。
災害のとき少しでも訓練をしておれば落ち着いて行動ができるので、
佐賀市は翌年から毎年住民が参加しての防災訓練をしています。

地元の人が参加しやすいように秋の日曜日を選んで訓練を行い、
600人が避難訓練や救命訓練を体験しました。
いざというときはあって欲しくないのですが、万一のとき役立つでしょう。

 

13日(土)川上のコミニティーセンターが落成しました。
合併前の大和町は、中央公民館方式をとっていたので、
校区ごとの自治会や老人会、体育協会などの人たちが集まる場が
地元にないという声が寄せられたので
設計段階から地元の意見を取り入れて建設しました。
公民館的な寄り合いの場として使ってください。

 

13日から来月12日まで障がい者月間です。
初日の13日、障がいのある人への配慮を呼びかける
みんなで歩く行進が行われました。
知事を先頭に佐賀県庁から佐賀市役所まで歩いて、
障がい者月間の気運を盛り上げました。

同じ13日の土曜日、
B級グルメとして九州で銀賞をとったシシリアンライスを普及させようと
高校生によるシシリアンライスのコンクールが行われました。
96チームが参加した予選を勝ち抜いた14チームが腕を競いました。

私も審査員としてひと箸づつ食べて腹いっぱいになりました。
私たちには発想もできない食材を使っていて
レンコン、山芋、ソーメンはともかく、
イカの塩辛、丸ぼうろを使ったものもありました。
審査の結果、牛津高校がグランプリをとりました。

 

今週は来年度予算案に入れてもらうための、
国への要望活動に東京に行くことが多くなります。
国は今、領土や経済問題で大揺れです。
私たちの意見を落ち着いて聞いてくれるかどうか心配しています。

寒くなったせいか周辺で風邪をひく人が増えています。
服装の調整、手洗い、うがいをして
風邪をひかないように気をつけてください。

2010年11月8日(月)

バルーン大会の期間中、青空が続き
92万人の方が佐賀を訪ねてくださいました。
天気に恵まれ、大会は成功の内に終わりました。

 

私はこの1週間、バルーンと関連する行事に追いまくられました。
大忙しの日程は、大会前日の11月2日からはじまりました。
2日午前中、後期高齢者医療広域連合の会議、
午後は、3R推進全国大会の開会式がありました。
3Rは、リデュース(減らす)、リユース(再利用)、リサイクル(再資源化)で
環境保護を目指す大会です。
今年のバルーン大会は、環境をテーマにしたことから
バルーン大会の会場で7日まで環境展が開かれました。

バルーン大会を視察するために、
佐賀市の姉妹都市の
韓国の蓮堤区の区長と議員8人が訪ねてこられたので応対し、
韓国のテレビの取材を受けました。
夜はバルーン大会の前夜祭のライトファンタジーでした。

バルーン大会初日の3日は、
午前5時に起きて気功とラジオ体操、
6時20分にはバルーン大会の会場に向かいました。
夜が明けたばかりなのに、大勢の人が会場に向かって歩いておられました。

午前7時から開会式のあと、
バルーン大会に招待した30人近くの方と懇談しました。
招待したのは、バルーン大会のスポンサーの企業、
工業団地に進出した企業や進出を考えておられる企業の方、
佐賀市にふるさと納税を続けている人などで、
みなさん、佐賀の発展に協力してくださる大切な方々です。

10時からFMの生放送に出演したあと、
市内のデパートで開かれている墨蹟展の会場に行きました。
全国からお坊さんが集まってきておられる展覧会ですので、
遠路着てくださったお坊さんにお礼と激励をさせていただきました。

昼に、早稲田大学の白井総長がお見えになりました。
4日で退任されるので早稲田大学を創設した大隈重信候の生まれた地に
書を寄贈したいということでした。
書には「独立不羈」と書かれていました。
自らの考えで物事をすすめなさいという意味です。
大隈記念館に掛けることにしました。

 

午後は、佐賀城本丸伝承祭に出席しました。
佐賀県に伝わる浮立や獅子舞などの郷土芸能を
守り育てている人たちを激励しました。

夜はバルーンの歓迎レセプションに出ました。
世界各地、日本全国から集まった選手、役員、
大会のボランティアの人たち550人が参加され、
歓迎とお礼を述べました。
早朝から夜遅くまで走り続けた大会1日目でした。

6日に東与賀干潟公園でシチメンソウ祭りが開かれました。
今年のシチメンソウは元気がなくて心配しましたが、
何とかお客さんの目を楽しませてくれました。

久保田や白石のシチメンソウは大丈夫のようですが、
中心になる東与賀のシチメンソウの壊滅が心配ですので、
来年度、根本的な対策を打つ必要がありそうです。

干潟公園の会場で、
京都と奈良から来られた2人の方と話しました。
「佐賀を探そう」と佐賀を訪ねてこられ、
バルーンを見た後、シチメンソウを見に来られたそうです。

お2人は「佐賀は素晴らしいものがあるのに関西では知られていません。
もっと宣伝が必要と知事や市長に伝えてください」と云われました。
あとで、私が市長と気がつかれて「失礼なことを申しました」と云われましたが、
指摘されたことを受けとめる必要があります。
佐賀を知ってもらうために努力しているつもりですが、まだまだ足りないようです。

 

バルーン大会は6日~7日の週末にさらに盛り上がりました。
夜の係留飛行には会場の土手を人が埋め尽くし、
競技のパシフィックカップは佐賀の飯盛選手が優勝しました。

大会は大きな事故もなく無事終りました。
地元の嘉瀬地区の方は
160体のカカシを作って選手やお客さんを歓迎しました。
役員だけでなく多くのボランティアの方が大会運営に協力し
市民みんなが大会を支えてくださいました。

競技が終ったあと、会場の駐車場を出るのに
1時間もかかったという苦情が市長宛にきました。
現場で車を誘導した方は罵声を浴びたかもしれません。
列車やシャトルバスを利用してほしいという呼びかけを
もっと徹底する必要があるかもしれませんが、
さまざまな問題を克服しながら、大会を成功させてくださった
全ての方にお礼を申しあげます。

 

盛り上がるバルーン大会が行われる中
悲しいできごともありました。
佐賀市の元助役の富永貞夫さんが永眠されました。
訃報を聞いた4日の朝、葬儀にかけつけ弔辞を読ませていただきました。
多くを教えていただいた大先輩でした。
まだまだ教えを乞いたい方で残念でなりません。

2010年11月2日(火)

11月に入りました。
秋が色濃くなり冬の気配も感じるようになりました。
あまりにも暑い夏でしたので、
冬の寒さが来るのだろうかとさえ思いましたが季節は正直です。

訃報が続きました。
友人の妻、かつての上司、近所の人が次々と亡くなりました。
仕事があって葬儀やお通夜に参列できなかったので、
夜の行事の前や、行事を中座してお悔やみに行きました。

2人の方は80歳を越えられていたので、
天寿を全うされたとも思えましたが、
友人の妻は66歳、早い旅立ちでした。

ガンの最先端の治療を受け、余命3ヶ月が2年半に伸び、
その間友人は心の準備ができたのでしょうか気丈夫にふるまっていました。
それでも時おり見せる肩を落とした後姿に
連れ合いを失った友人の寂しさと辛さがうかがえました。

徐福が出発した中国の慈渓市で
観光会社などを経営する企業の代表が
徐福が到着した地を見たいと佐賀を訪ねてこられました。

慈渓近くの空港と日本の空港を結ぶ航空路線開設のために、
東京、名古屋を訪問するのに合わせて佐賀に立ち寄り、
徐福長寿館などを見られました。

この方のグループ企業の従業員は5万人ということで、
徐福を通じての日中の観光戦略が成功して、
慈渓ー佐賀の航空路線が
不定期でも開設できないものかと思うのですが・・・・。

私たちは先月お辰の陶板を慈渓市に贈りましたが、
慈渓からは、徐福の石像を贈ってくださる話しが進んでいます。
大きな徐福像をどこに置くのか、考えておかないといけません。

徐福長寿館のある金立で
おととい(10月31日)はがくれの里祭りが行われました。
金立神社から小学校まで行列があり、
徐福と徐福の恋人のお辰に扮した人などが賑やかに歩きました。
幼稚園や保育園の園児も行列に加わっていました。
とびっきり若い人たちがいると思うと嬉しくなりました。

 

少し嬉しい話です。
郵便局が佐賀のバルーンと恵比須さんの祈念切手を作ってくださいました。
80円と50円が、それぞれ10枚組になっています。
きのう11月1日から佐賀県内の郵便局で発売されました。
記念に仕舞いこむ人もおられるでしょうが、
バルーンや恵比須さんの切手が貼られた手紙やはがきが
全国各地に運ばれて、佐賀をPRしてくれるものと思います。

 

週末の土日の動きを2つほど報告します。

10月30日の土曜日、
東与賀に4棟の海苔の共同加工場が完成しました。
1棟を5戸、4棟で20戸の海苔養殖漁家が共同で使います。

海苔養殖をする人は、海で海苔の養殖をして
摘み取った海苔を持ち帰って加工していましたが、
共同加工場を作って加工は組合に任せることで
海の上での海苔養殖に専念することができます。

共同加工場は、以前は鉄骨で作られていましたが、
今は佐賀県産材を使った木造です。
海苔養殖には、山の森から流れ出てくる豊富な栄養が欠かせません。
海が豊になるには山が豊かになることが必要です。

佐賀市が合併して山から海まで結ばれて以来、
海と山の連帯感が強くなり、海苔の加工場は
三瀬や富士、大和の木材が使われるようになりました。

31日の日曜日、
九州一周駅伝3日目は佐賀市の商工会館前をスタートしました。
スターターを務めた私は、スタート前に
こっそり佐賀県の1区のランナーと握手をして、私の気を送りました。

1区の選手は、2日目までの6位を維持する走りを見せてくれましたが、
以後のランナーが失速しました。
2区以後の選手は、タスキをつなぐ中継点に行っていたので、
全員に気を送ることが出来なかったのが残念です。

今朝、市長室の窓からバルーンが飛んでいるのが見えました。
あすから、バルーン大会です。
今夜は前夜祭で中央大通りにイルミネーションが灯され
パレードが行われます。
今週はバルーン一色になりますが、
全国から訪れる80万人を温かく迎えたいと思います。

2010年10月

2010年10月25日(月)

きのう、きょう、久しぶりの雨になりました。
乾いた畑は潤いますが、刈り取り時期を迎えたもち米は
ぬかるんだ田んぼと雨に濡れた稲穂が乾くまで刈る事ができません。

きのうの雨は、日曜日の行事に影響が出ました。
世界遺産フェアは開会式のとき横殴りの雨になり、
出席者が雨に濡れたほか、
テントに地元の物産などを並べた人たちの
張り切った気持ちに水を差しました。

この世界遺産フェアは、日本の近代化に大きな役割を果たした
三重津海軍所跡を市民に知ってもらい
世界遺産の候補地に指定される機運を盛り上げようと、
佐賀伝承遺産研究会の方たちが準備と運営に当たってくださいました。
生憎の雨になりましたが、土師会長をはじめ会員の方たちに
心からお礼を申しあげます。

 

鍋島地区のふれあい祭りも雨にたたられました。
地元の人たちが、物産品を並べ、
うどんや蕎麦などを食べられるコーナーを設けておられましたが、
テントの下に雨の水溜りが出来るなどして
雨宿りをしながらのふれあい祭りでした。

そんな中で、中学生40人くらいが勇気をテーマにした寸劇をしたほか、
中学生による意見発表、踊りなどもあり、
大人だけでなく、子どもを交えたふれあい祭りになっていました。

 

22日の金曜日に開かれた建築士の全国大会には
3000を越える人が集まって、久しぶりに佐賀市が賑わいました。
会場の文化会館は超満員でした。
記念講演は、佐賀市出身の気鋭の建築家西村浩さんが行われました。

夜の懇親会は、普通はホテルなどを会場にしますが、
建築士会は、「市民と一緒に街づくり」というテーマを持っておられ、
今回は、佐賀市中心部のアーケード街と空きビルを使って開かれました。

アーケード街に屋台のような食べ物が並び、
建築士たちが、ムツゴロウやワラスボなどを食べながら酒を飲み、
街づくりなどを語りあっておられました。

1300人くらいが参加されたようで、かつての銀天夜市のような賑わいでした。
佐賀市の経済活動にもいい影響があったことでしょう。
こうした大会や集会を呼び込む努力もしなくてはなりません。

22日と23日に海苔網の張り込みがはじまり
有明海は海苔養殖のシーズンに入りました。

佐賀県の海苔養殖は日本一ですが、
市町村単位では佐賀市が日本一です。

 

私は22日と23日のいずれも午前5時前に起きて有明海に出ました。
海苔養殖をしている人たちは、
黒々とした海苔が出来るように、こげ茶色をしたオハギとお神酒を海に入れ
豊漁を祈っておられました。

海苔網は30枚重ねた海苔網を海に浮かべて種付けをしたあと
次第に網を広げてゆき、11月の末には新海苔が取れます。
有明海の異変が心配で、期待とともに不安もありあます。
去年は色落ち現象がおきました。
今年は病気が出ないことを祈るばかりです。

 

今朝(25日)は雨が降っていたので車庫の中でラジオ体操をしたあと、
犬のマックスを散歩させようとすると、マックスは
「雨降ってるだろう嫌だよ」という顔をして小屋の奥に引っ込んだままです。
犬も雨の中の散歩は嫌なようです。

無理やり引っ張りだして散歩に出て、
私たちが子どものころはプール代わりに泳いだ濠を見ると
水はわずかしかなくて、ヨシやコモが覆っていました。
なにかが動いたので目をこらすと、狸でした。
かつて子どもたちや魚が泳いでいた所に狸が棲んでいるとは驚きです。

昔はごみくいと云って濠に溜まった泥を取って田んぼに入れました。
泥は肥料になりましたが、今そんな事をする人がいません。
それで濠は陸地化して雨のときの貯水能力が落ちてきています。
環境の変化が人の暮らしに危険をもたらしています。

今週は、消防、ゴミ、し尿処理などの広域行政の議会、
環境問題の講演や討論会、
富士、三瀬のふれあい祭りなどがあります。
そして来週はいよいよバルーンの大会です。

2010年10月18日(月)

風に運ばれてきていたキンモクセイのほのかな香りが
近頃は濃厚になり、ときにはむっとします。
代わってギンモクセイが優しい香りを届けてくれます。

 

以前はキンモクセイが散った後
ギンモクセイが咲いていたように思います。
早くもメジロの鳴き声も聞えてきます。
メジロが山から下りてくるのは、もう少しあとだったと思いますが、
私の季節感と現実が最近ずれてきています。

朝は肌寒くなりました。
ラジオ体操の人たちの中にハダシに半袖の81才の方が居られますが、
きょうは長袖を着ておられました。足はハダシです。

鹿児島での九州市長会の朝、
宿の近くの城山でラジオ体操に加わりました。
ここでは3人の方がハダカでした。さすが南国です。

先月は札幌でラジオ体操をしました。
今年は大分や東京でもラジオ体操をしましたが、
どこでも朝の公園で耳を澄ますと、どこからかNHKのラジオの声がしてきます。
その方向に歩を向けるとラジオ体操に人が集まっています。
ラジオ体操の会場を見つける嗅覚というか聴覚が備わったようです。
桜島を見ながらのラジオ体操は爽快でした。

中国でも朝の公園は、太極拳やダンスなどをする人で賑わいます。
朝の気持ちのいい空気の中で、
体に活力を生み出そうとする人たちの姿は日本も中国も同じです。
同じ習慣を持った日本と中国の人どうし仲良くできるはずです。

九州市長会は14日と15日でした。
行財政、社会、文教、経済などで、国への要望事項15項目をまとめました。
全国の市長会でさらに検討を重ねて国に要望することになります。

鹿児島市の環境アドバイザーの末吉竹二郎さんが、
「温暖化時代の地方自治体のあり方」と題して記念講演をされました。
末吉さんは、CO2の排出削減策などは
議論から行動に移すときだと話されました。

私は市長と語る会などで、
「公営バスに乗ってください」と呼びかけています。
CO2の削減のためにも
公共交通機関の利用促進を図らなくてはなりません。
育てあげた公共交通機関を失う政策をとってはなりません。

土日は各地で秋祭りがあり、
川副町の海童神社、
久保田町の香椎神社、
諸富町の新北神社
富士町市川の諏訪神社の秋祭りに
お招きを受けました。

 

他の行事もありますので全てにお邪魔することはできません。
土曜日に訪ねた諏訪神社では天衝舞浮立が奉納されていました。
また日曜日に訪ねた新北(にきた)神社では、
肩の上に立った3人が一体となった獅子が舞う、
三重の獅子舞が奉納されました。

 

いずれも、先祖から受け継がれてきた伝承芸能で、
過去から今、今から未来に受け継ぐ
地域の人たちの、ひたむきな努力に敬意を払いたいと思います。

土曜日には、
中国故宮博物院緞通と日本の緞通展の開会式が
県立博物館でありました。

中国の外にはじめて出て佐賀にやってきた
300年から400年前の緞通は、
素晴らしい文様に織られて色落ちもしていません。

また吉島家が守ってきた日本の緞通の祖ともいえる
鍋島緞通は創業から100年になります。
中国も日本の緞通もめったに見ることの出来ない作品です。
ぜひ、ごらんになってください。11月28日までです。

きのうの日曜日、西与賀公民館の落成式がありました。
10年前から手狭で古い公民館の建て替えを求められていましたが、
小学校近くに用地を確保することができてやっと完成しました。
私のおやじは、西与賀小学校に勤めていましたので、
おやじに習った人もいて、おやじの昔話を聞くことができました。

 

嘉瀬川ダムの水を貯める試験があすから始まります。
金曜日は、全国の建築士の大会があり
3000人が佐賀を訪ねてこられます。
日曜日には、世界遺産フェスタがあります。
なにやかやと忙しい週になりそうです。

2010年10月12日(火)

今朝、出勤のためにバス停まで歩いていると
キーキーというモズの高鳴きが聞えてきました。
わが家の畑のコスモスも満開です。
秋たけなわでスポーツや文化行事のほか
起工式や完成式などでお祝いの言葉を述べることが多く、
行事ごとに言葉を選ぶのに苦労しています。

 

スポーツの秋は各地から元気で賑やかな歓声が聞えてきます。
10月5日には、佐賀市の高齢者スポーツ大会が
県総合体育館で開かれました。
1000人を越える高齢者が元気に体を動かしておられ、
最高齢の方は91才でした。
近い将来、100才近くの方の参加が増えることでしょう。

10月10日は各地で地区の運動会が行われ、
私は4つの地区を訪ねて応援しました。
まず地元の本庄地区、次に社会体育で文部科学大臣賞を受けた久保田、
さらに山あいの富士、三瀬へと足を運びました。

この日各地とも天気が良かったと思ったのですが、
三瀬に着くとグランドが濡れていました。
朝の内、雨が降ったそうです。
佐賀市が広くなったことをあらためて感じました。

三瀬では子どもたちが元気にグランドを走り回っていました。
富士では、平均年齢78歳という女性40人が
輪になって銭太鼓を演奏しておられました。
子どもから高齢者までが一緒に体を動かす地区の運動会は、
地域の絆を強くします。

 

スポーツの次は文化の話です。
「かわそえ佐賀田園の郷(さと)ギャラリー」が
10月4日にオープンしました。

川副からは全国に名を知られた画家が多く出ておられます。
合併前の旧川副町は
田原輝さん、深川善次さん、吉田進一さん、大隈武夫さんの
4人の画家が寄附して下さった作品を多数所蔵していましたが、
合併した佐賀市は優れた芸術文化の財産を市民に見てもらおうと
旧川副町庁舎の議会部分を改修してギャラリーにしました。

佐賀大学や佐賀県立美術館の助言をいただきながら
30点を展示しましたが、
ほとんどが大作で見ごたえのある展示になっています。
他にも所蔵品があるので、ときおり作品を入れ替えることにしています。
入場は無料です。田園のギャラリーに足を運んでください。

佐賀市と合併した旧町村の庁舎は
佐賀市の支所などとして使っていますが、
議会部分は空いている庁舎もあり、利用方法を工夫したいと思います。

県立病院の起工式が
10月6日に、嘉瀬の現地で行われました。
新しい県病院は、地上8階建て一部9階です。
平成24年の完成を目指します。

移転後の県病院跡を利用したいという声も届いていますが、
周辺の地域が寂れないよう、
少しでも活性化に結びつく利用方法を検討しています。

起工式の次は完成式です。
20年をかけて進められてきた佐賀中部の農地防災事業が完了して
完成式が、10月6日に行われました。

この事業は、川上頭首工から有明海にかけて
灌漑や排水路、それに11ヵ所のポンプ場を設けて
佐賀県中部の農地の防災をはかるものです。
完成した部分ごとに使われてきましたが今回事業の全てが完成しました。

この事業は農地の防災だけでなく、
都市部の浸水防止にも役立ちます。
佐賀市はたびたび市の中心部が冠水しますが、
もしこの事業がなかったら、もっと被害は大きくなったでしょう。

最近のようなドカ雨が予想されなかった20年前から
この事業に取り組んでこられた先人に感謝します。

もうひとつ完成式です。
佐賀市富士町の菖蒲地区の「あやめ橋」の移設工事が終わり、
きのう(10月11日)完成式が行われました。
「あやめ橋」は嘉瀬川ダムの建設で水没するため
地元の人たちの願いでダムの上流に移設しました。

あやめ橋は、大雨で度々流される木の橋に代わって、
大雨でも流されない橋が欲しいという地元の人たちが
山の木を売り、労力奉仕をして大正4年に完成しました。
当時の最高の技術で作られた石積みのメガネのような橋です。
そこに住み続けてきた人たちの願いがこもった橋ですので
嘉瀬川ダムの上流に移設しました。

橋のメガネから向こうを見ると、
ダムの取り付け道路の新しい橋脚が緑の中に見え、
古いものと新しいものがうまく調和した風景になっています。
菖蒲地区の人たちは、山菜を利用した菖蒲御膳などで
山里に新しい力と文化を産みだす努力をしておられます。
「人口が減って過疎になっても心は過疎にならない」という
地元の人たちの気持ちが伝わってくる「あやめ橋」です。

 

今週はあすから、鹿児島で九州市長会です。
週末は各地で秋祭りがあり、公民館の竣工式も行われます。
猛暑の夏を越してこられた皆さん、深まる秋を味わってください。

2010年10月4日(月)

上海万博の佐賀県の日に参加するため、
先週の金曜日の朝早く出発して昨夜遅く帰ってきました。
週末の休みもなく少し疲れましたが、
きょうは月曜日、今週も頑張るぞと気合いを入れています。

先週は佐賀を留守にすることが多い週でした。
9月29日の水曜日、
バルーン大会を全国に発信してもらうため、
福岡のテレビ局と新聞社を回りました。

31回目のバルーン大会ですので、
皆さん佐賀のバルーンのことはご存知で
「天気に恵まれるといいですね」と
私たちと同じように、天気を心配してくださっていました。

バルーン大会には毎年80万人のお客さんが訪れます。
全国から来られますが北部九州の方が多いので
バルーンを全国や九州全域に報道していただくようお願いしました。

今年のバルーン大会は11月3日から7日までです。
海外からは去年より2カ国多い16カ国のバルーンが参加して
約110機のバルーンが秋の佐賀平野に舞います。

佐賀市は環境都市宣言をしましたので、
今回は環境を意識した大会になります。
バルーンはガスを燃やすので環境への負荷をかけます。
毎年少しづつ植樹をしてバルーンの森を作りたいと思っています。

また地元の嘉瀬地区の人たちは
カカシを作って訪れる人たちを歓迎することにしています。
どうぞバルーン大会を楽しんでください。

冒頭にも書きましたが、
上海万博の佐賀県の日に参加するために
1日の金曜日からきのうの日曜日まで中国を訪ねました。

1日は上海の伊勢丹デパートで開かれている
佐賀県の物産フェアを見学しました。
佐賀海苔や有田焼など佐賀県産の品々が並び
大勢の中国の人たちが試食コーナーなどに集まっていました。

私は海苔の売り場で、
佐賀海苔は日本一と大声を上げましたが、
日本語ですので、どこまで通じたでしょうか。
値段は決して安くないので購入する人は少ないようでしたが、
100万円位の有田焼をポンと買った人もいたそうです。

上海万博日本館の佐賀県の日は2日で
「ティーンズミュージカル佐賀」の少年少女たちが
ミュージカル「徐福」を演じました。

公演は11時からですが朝7時40分にはホテルを出て
万博会場に向かいました。
万博会場には貸切バスが列を作ってやってきて、
入り口は、人、人、人で埋まっていました。

2時間近く並んで、やっと会場内に入れましたが
暑い上海でスーツにネクタイ姿でしたので疲れました。
ティーンズミュージカル佐賀の少年少女たちは
秦の始皇帝と徐福の若い時代の交流を見事に演じました。
出演した人だけでなく、一緒に練習した仲間、
指導者、保護者の方たちの苦労が実を結びました。

私にスピーチをする機会が与えられたので、
「徐福と日本の最初の交流の地の佐賀は
上海から飛行機で1時間半の福岡のすぐ近くです。
徐福を通じて、さらに交流を深めましょう」と挨拶しました。

万博の日本館は人気のあるパビリオンで
2時間位並ばないと入れません。
会場入り口での2時間と合わせて4~5時間並ぶようです。
充実感より疲労感のほうが大きいのではないでしょうか。

万博会場に
▽急がないで並ぼう ▽展示品には触らない ▽ゴミは分別しよう
▽タバコは喫煙所以外では吸わない、などのスローガンが書いてありました。
通訳は、中国は懸命に発展してきたが、
これからは、マナーの向上が必要だと話していました。
中国の人は列に平然と割り込み、ゴミをポイポイ捨てていました。
日本人の品格の高さを中国で知りました。

 

3日のきのうは、
徐福が日本に向けて出港した慈渓市を訪ねました。
上海から全長38キロの杭州大橋を渡って車で3時間弱です。

慈渓市の中日文化交流協会に
徐福の恋人のお辰さんの観音像の陶板を贈りました。
陶板は縦横1メートルの大きなもので
慈渓市の徐福文化園の資料館に展示していただけそうです。

徐福資料館の地図に、
徐福は慈渓市を出発して佐賀にたどり着いたと大きく示されていました。
徐福の上陸地として和歌山や鹿児島など全国各地が名乗りを上げていますが、
中国側が、佐賀を上陸地としてくれているのに意を強くしました。

9月30日に、佐賀市政功労賞の表彰式をしました。

この内市政功労者は、23人で
産業、福祉、教育、保健衛生、地域活動などに努めた人たちです。

善行表彰は、1団体と個人2人です。
旧佐賀線の自転車道の清掃や、河川や道路の清掃をした人
佐賀駅周辺の花壇の整備に努めた花の会などです。

スポーツで頑張った特別賞は1つの団体と個人2人です。
団体は、高校総体で優勝した佐賀女子高校の新体操部です。
個人は高校総体の
競泳男子200mと400m自由形で優勝した佐賀学園の日高君と、
世界剣道選手権の女子個人で準優勝した三瀬の庄島さんです。

表彰された皆さんは、これからも地域のために
力を貸してくださることでしょう。

秋の気配が深まってきました。
秋祭りや地域の秋の行事が続きますが
出来るだけ顔を出したいと思っています。

今週は市長と語る会が
5日に蓮池、8日に新栄で開かれます。
どうぞ会場で市政への意見を述べてください。

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