2010年4~6月のひとり言

2010年6月

2010年6月28日(月)

きょう(28日)もまた、蒸し暑くなりました。
間もなく7月に入ります。
梅雨も中ごろ、大雨に注意が必要です。

きのうの夕方、東京から帰りました。
佐賀空港でバスに乗ったときは、さほどでもなかったのですが、
佐賀市街に近づくと猛烈な雨になり、
佐賀大学付近は道路が一部冠水していました。

大雨警報も出て、
去年水に浸かった佐賀駅周辺が気になりましたが、
間もなく大雨は小ぶりになり大事にいたりませんでした。
これから梅雨末期にかけて気が抜けません。
可能な限りの態勢をとりますが、
集中豪雨がないことを願っています。

週末を利用して東京に行ったのは、
佐賀海苔の中元セールの宣伝活動です。
漁業者や漁業団体のリーダーの方たちと
高島屋と三越を訪ねて
中元セールで佐賀海苔をたくさん売っていただくようお願いしました。

山本海苔店さんが協力してくださり、
中元売り場の入口付近の最もいい場所で
宣伝活動をすることができました。
佐賀では想像もできない大勢のお客さんに
「佐賀海苔有明海一番」の小袋を渡して
有明海で育てた佐賀海苔を味わってくださいと声をかけました。

お客さんの多くは、その小袋ひとつが
250円もする絶品の評価を受けている海苔とは知らずに、
「なんだ海苔か」という表情をしていましたが、
食べてみた人は、おいしさに驚いていました。

海苔の販売会社の幹部の方と話しましたが、
その方は、佐賀で海苔を作る人たちが
有明海の状況に合わせて、
海苔ヒビを高く吊ったり低くしたりしている現場や加工場を見て
生産者や時期を選んで入札に参加していると話しておられました。

海苔生産者の努力とともに、
海苔を見る目や舌の肥えた販売会社の人たちの努力もあって
いい海苔が市場に出ているのです。

販売会社の方に販路の拡張をお願いしましたが、
外国の料理に海苔を使えないか、調べておられるようです。

こぼれ話しです。
きのうの日曜日、私が大きな声で「佐賀の海苔です」と
お客さんに声を掛けていると、
目の前をチョロチョロ動き回っている子が目に入りました。
どこかで見た子だと思ったら、孫でした。

私が東京日本橋の三越に居ると聞いた横浜の娘が
夫と2人の孫を連れて会いにきてくれたのです。
東京に出張することは多くても、孫に会うことはほとんどありません。
私は佐賀海苔の宣伝に追われていたので、
一緒に食事をすることもできませんでしたが、驚き、嬉しかったひと時でした。

 

東京に出発する前の土曜日の朝、
売茶翁を顕彰し、佐賀の伝統的な特産品の情報発信する
地場産品交流館「肥前通仙亭」が開館しました。

開館式がはじまるころ、猛烈な雨が降り、
テントを張った屋外で式をしましたので、足元は水浸しになりました。
式には、売茶翁を祀り、顕彰している
宇治市の黄檗宗総本山の萬福寺の宗務総長も出席してくださいましたが、
足袋や草履は田植のあとのように濡れてしまいました。

蓮池生まれの売茶翁は、煎茶の中興の祖をいわれ
京の大通に、今でいう喫茶店のような店を出して煎茶をふるまいました。
その店を「通仙亭」と呼びました。
このたび開館した「通仙亭」は、佐賀の伝統的な産品の、
お菓子、茶道具、鍋島段通、名尾和紙、諸富家具、肥前ビードロなどを展示しています。
佐賀市松原の旧古賀銀行と旧福田家の間にあります。

世界遺産の候補地の
三重津海軍所跡の発掘調査がすすんでいます。
ドックの木組みの遺構が出ていますが、
造船所であったことを証明する新たな遺構の発掘と
文献調査をすすめています。

九州山口近代化遺産群の中心が三重津海軍所跡ですので
責任の重さも感じています。
近くを有明沿岸道路も通ることになっています。
遺産と道路を両立させるための課題もあります。

議会中だったので開けなかった会議が今週続きます。
大阪で開かれる佐賀県出身者の会合に出席して
元気な今の佐賀を伝え、ふるさと納税などでの
郷土への力添えをお願いします。

佐賀市へのふるさと納税は
制度がはじまって3年、毎年30万円から40万円と
合わせて100万円を超える金額を出して下さった人や
金額は大きくなくても毎年出してくださる方も数人おられます。
ふるさとを大切にする人は、ふるさとに大切にされると信じています。

2010年6月22日(火)

今朝(22日)久しぶりに梅雨の晴れ間がのぞきました。
ラジオ体操のあと、犬を連れていつもと違うコースを散歩しました。
お寺の傍のゴミ置き場で、燃えるゴミが凄まじい状態で散乱していました。

近くにハヤ釣りに来た人と2人で、靴でゴミを寄せようとしましたが、
ホウキが無いと手がつけられないほどで、
ゴミの中に薬袋があったので、名前の方の家を訪ねて、
片付けてくださいとお願いしました。

学生アパートの近くでもゴミが散乱していました。
いずれもゴミ袋の上にカラスよけの網がきちんと掛けられていなくて
これ幸いとカラスが食い漁っていました。

燃えるゴミは収集当日に出して前日から出さない。
カラスよけの網をきちんと掛けるなどのルールを守るべきですが、
それにしても最近のカラスの仕業は目にあまり、
カササギやツバメの巣を襲ってヒナを食べる姿も目撃されています。

カラス対策のモデル地区を設けて対策を検討していますが、
射ち落としたり、毒で殺したりするのは問題があり、
カラスの巣を落とすことくらしか出来ません。
いい知恵はないでしょうか。

カラス対策を考えながら自宅近くまで帰ったところで
道路の端でムカデを見つけました。先日ラジオで
「今はムカデが出るころで、ムカデを見て季節を感じる」という
文学的な香りのある放送を聞きましたが、
ムカデを見て危険を感じた私は、こわごわ靴で踏みつけました。

これまで住宅近くでムカデを見たことはなかったような気がします。
先日は死んでいるマムシを見ました。
梅雨時期は危険が一杯です。

今朝は2時半ごろ目が覚めました。
いつもはまた眠るのですが、
2日前にお会いした人の名前が思い出せません。

「今すぐ調べろ」
「朝になってでいいじゃないか」と
私の2つの心が闘いはじめたので眠れません。
家族が目を覚まさないように、
そっと起き出して調べると名前が分かり、やっと眠れました。
最近、物忘れをすることが多くなりました。

父の日を前に、
バラの生産者と花屋さんの代表から100本のバラをいただきました。
バラは市民の皆さまをお迎えするカウンターなどに飾らせていただき、
市役所内にバラの香が漂っていました。

 

20日の日曜日に
佐賀市身体障害者福祉協会連合会の総会に出席しました。
私は、朝夕の市役所への行き帰りに、バスの中で
障がいのある人に出会いますが、皆さん活き活きとしておられます。

障がいのある人が地域社会で自立して生活するのに、
バスなどの公共交通機関は絶対必要な交通手段です。
バスは、公営も民営も経営は苦しいのですが、
障がいのある人、高齢者のために、何としても守りたいと思っています。
皆さん、バスに乗ってください。

市役所の会議で発言しないで、
陰で不満を言っている職員がいるのが耳に入ってきます。
私は職員の発言を頭ごなしに抑えつけることはしません。
意見があれば、堂々と発言して職責を果たしてほしいと思います。

市議会は先週までに一般質問と議案質疑が終り、
今週から委員会審議が行われ、25日閉会の予定です。
議会漬けの日々はあとしばらくです。

2010年6月14日(月)

今朝(14日)出勤の為にバス停に歩いていると
途中の公園のガクアジサイが、小雨に濡れていました。
色鮮やかなアジサイに梅雨入りを実感しました。

また、クチナシに似た低木の白い花から
甘すぎるほどの香りが漂っていました。
この花も例年、梅雨に咲きます。

 

大雨への警戒を怠ってはならない季節ですが、
カビ、ヤブ蚊、食中毒も増える季節です。

日曜日のきのう、私は自宅近くの川に入って、
河原にはえたコモなどの雑草を抜きましたが
今朝、住宅地近くで死んだマムシを見つけました。
梅雨はいろんなものに注意が必要な気の抜けない季節です。

 

6月8日~9日、東京で開かれた全国市長会に出席しました。
早朝の便ではなかったので、佐賀空港まで市営バスで往復しました。
乗客は行きは10人、帰りは8人でした。
まずまずのお客さんんで、ほっとしました。
便利ですので、佐賀空港へは、どうぞバスを利用してください。

国への要望事項を決める全国市長会は
4つの分科会で議論しましたが、
私は税の配分や地方財政の確立問題を議論する
第2分科会の委員長を務め、
国にどのように要望するか、市長会の意向をまとめさせていただきました。

第4分科会の委員長も多久市長が務められ、
4人の分科会長が壇上から報告をしているとき、
原口総務相があいさつに来られました。
壇上の4人の内2人が佐賀県の市長だったので少し驚いておられました。

市長会に合わせて、佐賀県選出の国会議員と市長の朝食会が開かれ、
市長側からの要望やお互いの情報交換が行われました。
私は、事業仕分けによる事業の打ち切りや縮小は
地方の状況まで見て、判断してほしいとお願いしました。
バサッと切られて、地方が事業費をかぶることになる事態は困ります。

12日と13日の土日、食育推進全国大会が
佐賀市の文化会館と総合体育館で開かれました。
展示や催物の会場は、想像以上の大勢の人で賑わっていました。
暑い中で頑張られた関係者の皆さんにお礼を申し上げます。

土曜の夕方から佐賀市のアーケード街と
元のスーパーダイエーの1階で
「佐賀の食・ほとめき祭」が行われ、
かつての銀天夜市を思わせる賑わいでした。

訪れた人たちは、佐賀牛、ムツゴロウなど
佐賀特産の食べものを味わいながら、
郷土芸能などを楽しんでいました。
遠来の客を空ビルを利用してもてなす素晴らしいこころみでした。

 

きのうの日曜日、時間があったので妻を誘って富士町に行きました。
4年前に植樹した山がどうなっているか見たかったのです。
植えた時、40センチから50センチだった苗が
私の背丈以上に成長し、5メートルを越える木もありました。
植樹を指導した宮脇先生が言われたように、10年もすれば立派な森になりそうです。

 

ラベンダーの便りを耳にしたので、
天山スキー場近くのラベンダー園に行ってみました。
観光バスも来て賑わっていました。
賑わう様子を見ただけで、ラベンダーは見ずに帰りました。

今週は市議会一般質問が続きます。
人事異動で議会の答弁に慣れていない職員もいます。
私もふくめて、しっかり準備して
適切に答弁、議論できるようにしたいと思います。

2010年6月7日(月)

きょう(7日)未明、ひと雨降りました。
朝、庭に出るとほぼ満開のアジサイが雨の滴を落としていました。
蒸し暑かったきのうと打って変わった爽やかな空気に
さあ今週も頑張るぞと力がわいてきました。

 

ホタルの便りを聞くようになりました。
わが家の周辺でも先週の中ごろからホタルが見られるようになりました。
家の近くの水路の護岸の一部が
去年の春コンクリートになったので心配していましたが、
ホタルを見て、ほっとしています。

きのう熊本県を車で走っていると、人だかりがしていました。
何だろうと車を停めると、ホタルを見物しておられました。
いつまでもホタルが見られる環境であってほしいものです。

6月2日の水曜日、
筑後川下流土地改良事業の関係者で
久留米の水天宮さんに、今年も水不足にならないよう祈願しました。
麦刈りが終って田植の準備をする代かきの季節にはたくさんの水が要ります。
集中豪雨ではない適度の水をお願いしますと祈りました。

最近は地球環境がおかしくなっていて
佐賀市でも2年連続してドカ雨の被害を受けました。
水防対策を怠ることのないよう準備をすすめていますが、
今年から必要な市民の皆さまに土のうを差し上げることにしました。

マンション地下の機械室への浸水や、
冠水した道路沿いの住宅への浸水などを防ぐのにお使いください。
公園などに置いておきます。
数に限りがありますので常識の範囲でお持ち帰りください。
置き場所などは消防防災課に問い合わせてください。

いい話、嬉しい話です。
佐賀市のゴミ処理場の焼却炉を運転している会社に
6月4日に、感謝状を出しました。

ゴミ焼却場の焼却炉は3基あります。
1基は予備で、普段は2基で運転して余熱を温水プールや発電に使っています。
しかし、ゴミの量が少ないときは1基だけの運転です。
1基の運転では発生する水蒸気が少ないので発電はしないことになっています。

しかし、佐賀市の担当職員が
1基の運転でも発電できないかと考え、
焼却炉を運転している会社の担当者と実験を重ねて、
少ない水蒸気でも発電できるようにしました。

その結果、2年半に電気料金で4000万円節約しました。
CO2の排出量では、50年生のスギ9万1000本分削減しました。
マニュアルに従って漫然と仕事をするのではなく、
先例にとらわれないで改革する姿勢を高く評価します。

6月4日に、福岡市の佐賀県人会に出席し、
ふるさと佐賀の今を宣伝、紹介してきました。

佐賀県人会の心得に、
「堂々と佐賀県人を名乗ろう」というのがあります。
芸能人の中には、佐賀出身を隠したがる人もいると聞きます。
素晴らしい佐賀の情報を積極的に宣伝して
佐賀出身の方々に片身の狭い思いをさせないようにするのは私たちの責任です。

6月5日の土曜日は行事の多い日でした。その中から
▽ 市長と語る会
▽ 水道フェア
▽ 街中交流広場改装オープンフェア
▽ 森づくりシンポジュウム
に出席しました。

この内森づくりは、世界で森作りをしておられる
横浜国立大学名誉教授の宮脇昭先生の指導で
午前中、佐賀市の下水道処理施設の空地に、
シラカシ、アラカシ、ヤツデなどを6800本植えました。

宮脇先生の森作りは、多くの種類の木の苗を
50センチ間隔くらいで密植して、木が競い合って生長します。
下水処理場でも30種類近い木を500人が植えました。

 

午後のシンポジュウムで宮脇先生は
佐賀市が計画している市民1人あたり1本、24万本の植林計画に触れて
「森の漢字は、木が3つなので、1人3本植えよう。
わずかな空地、学校など、森をつくるところはどこにもある」と話されました。

また「密植するのは、木が競い合うとともに、少しずつ我慢しあって
みんなで森を作ってゆくためです」とも言われました。
聞きながら、人間社会にもあてはまるな、と思いました。

今週はきょうから25日まで6月定例佐賀市議会です。
一般質問は11日からです。
議会漬けの日々になります。

2010年5月

2010年5月31日(月)

庭木のスノーインサマーの花が咲きはじめ
ふんわりと雪をかぶったように見えます。
きょうで5月が終り、夏が近づいてきました。

木の枝は大きく茂り、剪定をして隙間を作らないと
庭の草花に陽が届かずヤブ蚊が発生します。
カエデや梅、桜には
私たちが「ニンギョウイラ」と呼んでいる毛虫も発生します。
庭を見ながら気があせるのですが、手入れをする時間がとれません。
本職の方にお願いするしかないようです。

 

 

5月20日に川副の犬井道の龍造寺まつりに招かれました。
佐賀を追われた龍造寺氏は大川に逃れ
犬井道で態勢を建て直して再び権力を奪還します。

龍造寺まつりのころ、
佐賀城内にある龍造寺隆信が暮らした村中城跡の
発掘調査結果の発表がありました。

今から約450年前のことですが
権力闘争の凄まじさは今も昔も変わりません。
当時は権力闘争に負けると命を奪われました。
今は命を失うことはありませんが、それだけに
「命がけで取り組む」という政治家の言葉の軽さを感じます。

20日の午後、
私が副会長をしている
九州灌漑排水対策協議会の総会に出席するために熊本に出向きました。

夜、意見交換の場があったことと
翌日の要望活動のために、熊本に泊まりました。
夜熊本市の裏通りを歩くと商店は遅くまで店を開けていて人通りも多く、
淋しい佐賀の中心市街地とは比べようもないほどでした。

佐賀市の中心に人通りを増やすのは簡単ではありませんが、
呉服元町の閉店したスーパーの土地に
公的機関を誘致することにしました。
こうした公的機関を中心地に戻すことによって
少しでも人の流れを多くしたいと思っています。

21日の朝、早起きして母校の熊本大学に向かって散歩しました。
はじめは正門までと思っていましたが懐かしいキャンパスを歩きました。
そのあと足がどんどん伸びて、4年間下宿していた家に向かいました。
下宿はガラシャ夫人の墓のある泰勝寺のすぐそばにありましたが
その建物は壊されていて新しい家になっていました。

その家の方がゴミ出しに出てこられ、
ゴミ出しのルールを守らない学生もいて困っていると話しておられました。
学生への悩みは佐賀と同じです。
私が下宿していたころは、
ゴミは下宿屋のおばさんが出してくれていたのでしょう。

散歩の足はさらに伸びて、
下宿近くにあった市場のような商店街を訪ねました。
早朝だったので、まだ多くの店は閉まっていましたが、
朝早い豆腐屋さんに聞くと、
お客さんは昔より減ったものの下町の商店街は元気だそうです。
懐かしい思い出がよみがえった朝の散歩でした。

早朝の散歩のあと、
久留米市にある筑後川河川事務所を訪ね
松原ダムの弾力的運用をお願いしました。

治水ダムの松原ダムは
毎年雨の季節前に放水して空っぽにします。
空になったあと、筑後川流域で田植が行われ
筑後川の水不足で、佐賀県と福岡県の間が殺気だつこともあります。
松原ダムの放水の時期を少し遅らせてもらうと田植に利用できるので
弾力的運用をお願いしたのです。

最近は、突然集中豪雨に襲われることもあり、
ダムを空にしておかないと治水ダムの役割を果せない恐れもあります。
また温暖化の影響もあって田植を遅らせる傾向もあるので
大変難しい運用ですが、協力をお願いしました。

5月27日には
大分で開かれた、九州国道協会の総会に出かけました。
こちらは私が会長をしています。
九州の国道は他の地域と比べて整備が遅れています。
厳しい状況にある道路予算の中でも
九州に目を向けてもらわなくてはなりません。

大分市は市民の健康づくりにラジオ体操を活用していると聞いたので
翌日の朝、大分川河川敷のラジオ体操の会場に出かけました。
広い河川敷を早朝から多くの大分市民が散歩していて、
ラジオ体操がはじまると100人位が集まって体操をしました。
私も一緒に体操させていただきましたが、
大分市長や、村山富市元首相の姿も見えました。
ラジオ体操のあと、みんなで大声を出すのがユニークでした。

佐賀には、大分川の河川敷のような広い場所はありませんが、
各地で少人数のラジオ体操が行われています。
私は今朝も、本庄神社でラジオ体操をしました。
参加者は4人でしたが、朝のすがすがしい空気は
佐賀はどこにも負けません。

あすから6月です。
7日から市議会がはじまります。
大雨の季節でもあり気が抜けません。

2010年5月19日(水)

晴れた日が続いて水不足を心配しましたが
きょう(19日)は梅雨を思わせるような雨、
今度は雨の多い季節を無事乗り切れればいいがと心配しています。

九州市長会が12日から14日まで嬉野市で開かれました。
国への要望事項などを話し合うのですが、
今度は緊急の問題として口蹄疫に関する議論が中心になりました。

宮崎県はまさに非常事態ですが、
周辺の九州各県も油断できません。
宮崎県ではこれまでに11万8000頭の処分が決まり
その数は日々増えています。

佐賀市では、52の畜産農家とJAの農場で
1万2000頭弱の牛と豚が飼われています。
人や車だけでなく鳥などの小動物も感染経路になるようで、
県と市、農協が協力して予防対策に取り組んでいます。

14日の午後
フランスのクサック村のドミニク村長が佐賀市を訪ねてこられました。
金沢市で開かれた日仏自治交流会議に出席した帰りに立ち寄られました。

クサック村は合併前の三瀬村時代から交流があります。
私も訪ねたことがあり、
田舎の村にたくさんの子どもの姿が見られました。
そんなことから、少子化対策が話題になりましたが
フランスは保育所を充実させるなどの対策によって
少子化に歯止めがかかったそうです。

日本はワーキングプアという言葉が生まれる格差社会になり、
結婚できる賃金をもらえない若者が増えています。
子ども手当て以前の問題です。
人を使い捨てにする雇用を許さず、
若者が世帯を持てる社会にすることが肝心です。

15日に兵庫の、ひょうたん島クリーク公園の
開園10周年記念式がありました。
公園は作ったらおしまい、という公園もありますが、
ひょうたん島公園は地元の人が公園の運営組合をつくって
収穫祭や味噌作り体験などをして活用しておられます。

田畑にクリークの水を汲み上げる足踏みの水車(みずぐるま)や
馬の洗い場などがあるほか、
クリークには魚が寒い冬を越せるようにという
「ぬくめ」と呼ばれる魚のたまり場も作られています。
ほとんどの人が忘れた「ぬくめ」という言葉がここでは生きています。
この公園は昔の風景を思い出せます。どうぞお訪ねください。

16日の日曜日は
障がい者のスポーツ大会、母子寡婦福祉研修大会、
建設労働組合の定期大会に足を運びました。
来賓席には、どこも同じような顔ぶれが並んでおられました。

 

こうした大会などに出席して帰宅すると
妻が仙酔峡にミヤマキリシマを見に行きたいと言い出しました。
今からでは遅いと思ったのですが、かえって幸いしました。
昼間は身動きとれないほど混んでいたのに、すいすいと現場に着きました。
ミヤマキリシマは満開でした。
いつもタイミングを失うので妻も大喜びでした。

 

18日は佐賀市の自治会協議会の総会に出席しました。
佐賀市には663人の自治会長がおられ
その他、多くの役員が活動してくださっています。
マリトピアの大広間を埋めた大勢の人たちを見て心強く思いました。
防災情報からゴミ出しの連絡まで
全世帯に周知徹底できるのは自治会です。
役所と自治会は車の両輪として協働していかなくてはなりません。

道路、土地改良、水利など
九州全体で協議会を作って取り組んでいる問題が多くありますが、
今週はこうした協議会の総会が続きます。
相変わらず慌ただしい日々です。

2010年5月6日(木)

大型連休中、天気は晴れた日が続きましたが、
気温は肌寒かったり真夏のような暑さになったりでした。
おかしな気候に服装に気を使う日々でした。

連合佐賀のメーデーは4月29日に開かれました。
メーデーはアメリカの労働者が
8時間労働を求めて立ち上がった5月1日ですが、
連休の真ん中では労働組合員などの行楽計画に影響があるという配慮でしょう。

この日は涼しく、私はスーツを着て出席しました。
ずっと以前の闘うメーデーと違って
家族連れの目立つお祭りムードのメーデー集会でした。

国労の組合員であったために
分割民営化されたJRへの採用を拒否された人たちの裁判闘争は
国のあっせんで和解にこぎつけましたが、
私は国労の組合員を取り上げた新聞記事を下敷にあいさつさせていただきました。

その新聞記事は、23年間闘い続けた組合員をとりあげていました。
その人は、物品販売などで闘争資金を作るために東奔西走して
月の半分は家を留守にして妻や子どもたちに淋しい思いをさせました。
10年前、家に帰ると妻と子は家を去っていました。
その後スーパーで子どもに出会うと、子どもは顔を伏せて立ち去ったということです。
和解で2000万円余りの解決金をもらっても
家族は崩壊し失ったものは戻ってきません。酷い23年間です。

私は「意に反して職場を追われる人がでるような社会にしてはならない」と
あいさつを締めさせていただきました。
メーデー会場をでるとき、2人の国労組合員から
「ありがとうございます」と言われました。
2人の目に涙がたまっていました。

5月1日、佐賀市長旗高校野球大会の開会式に出ました。
佐賀地区の9校が参加した大会でNHK杯の予選を兼ねています。
球場に着くと、野球選手や駐車場係などの裏方をしている高校生が
大きな声であいさつして気持ちが明るくなりました。
始球式でストライクを投げるように少し練習しましたが、ダメでした。
佐賀地区の高校が甲子園を沸かせてほしいものです。

 

高校野球のあと、筑後川に向かって、
福岡県大川市の「エツ観光川開き」に出席しました。
この日がエツ漁の解禁で、エツの初物をいただきました。
大川市は屋形船を用意するなどして観光遊漁に力を入れています。
佐賀の諸富港からも遊漁船が出ています。
エツ漁や潮干狩りに多くの人が訪れてくださることを願っています。

 

5月3日から、福岡の博多座で「佐賀のがばいばちゃん」がはじまりました。
原作は島田洋七さん、演出も主演も島田洋七さんで、涙と笑いの連続でした。
私は公演の成功を願って激励に行き、
会場で販売された羊羹やミルク製品などの佐賀の特産品の宣伝のお手伝いをしました。
公演は27日までです。

大型連休中、公務も入りましたが
それでも毎日数時間、自由にできる時間があり、
日ごろ気になっていたことをしました。

わが家の畑の草刈をしたあと、
鍋島直茂公の生誕の地の権現さんの境内の草刈をしました。
ぼうぼうと草が生い茂っていたので、
1日では刈り取れず2日がかりになりました。
また近所の川にグリ石などが投げ込まれていたので取り上げました。
袋に入った空き缶、割れた鏡なども捨てられていたので、川から上げました。

川から引き上げたものを整理していた草むらに財布が落ちていました。
財布の中には、現金5-6万円、カード、運転免許証などが入っていたので
交番に届けようと思っていると、青年がやってきて、何やら探しています。
免許証の写真に似ていたので声をかけると、私が拾った財布を探していました。
私は交番に行く手間が省け、青年も喜びました。
人助けをして気持ちのいい日でした。4日午前のことです。

連休中、横浜の孫が来ていました。
思い出を作ってやろうと、メダカとりをしました。
思い出作ってもらったのは私のほうかもしれません。

 

連休も終ってさあ仕事です。
すでに動きはじめている重点施策を突き進めます。

2010年4月

2010年4月28日(水)

花の季節から若葉の季節になりました。
日々緑を濃くする若葉が心を躍動させてくれます。

街の緑はみんなの宝ですが、
街路樹の枝を折る心無いヤカラに腹立たしい思いをしています。
土曜日の夜から日曜日の朝の間に、
松原川沿いのカエデとハナミズキ15本の枝が折られました。

いずれも直径5センチ前後の太い枝で、
簡単に折れる枝ではありません。
ぶら下がるか、数人がかりでへし折ったのでしょう。
新緑をつけたばかりの枝が無残に捨てられていました。

松原川は、かつてはどぶ川になっていましたが、
みんなで川掃除をして美しい清流を取り戻しました。
川沿いに植えられたカエデの緑や紅葉、ハナミズキの花や緑が
仕事に疲れた市民などの心を癒してくれています。
そんな街路樹の枝を折るのはイタズラを越えた許しがたい行為です。
警察に届けました。

 

もうひとつ腹立たしいことがありました。
消防団の格納庫に窓を壊して侵入し
消防車のガソリンを抜き取ったヤカラがいます。

消防車が出動して帰ったとき、
ガソリンが大きく減っているので調べると、
ガソリンタンクの蓋が壊されて、ガソリンが抜き取られているのが分かりました。
火事現場が近かったので、タンクの底に残った燃料で出動できましたが、
もし遠い所だったら、現場の手前でガス欠を起こしたかもしれません。

ちゃちなドロボウですが、消火に影響する大きな犯罪です。
こちらも警察に届けました。

祭りの話を2件。

松原川の街路樹が折られたのが見つかった日曜日に
松原川沿いの松原神社で「ひゃぁらんさん祭り」がありました。
水の事故がない事を祈る祭りです。
木彫りのカッパの像の前に、カッパの好物のキュウリが山のように供えられ
カッパ様も水の事故防止に頑張ってくれることでしょう。

私はカッパの声が聞えてきました。
「緑の街路樹を折るバカ者もいる人間たちよ、何でもカッパのせいにするな。
水の事故はカッパではなく大人の責任だ、みんなで子どもを守れ。
子どもを虐待する若い親たちはもっての他だ」
カッパはこう言っているようでした。

 

海苔の豊作や豊漁を祈る祭りが23日の金曜日に
西与賀と嘉瀬の港でそれぞれありました。
西与賀の恵比寿祭りの会場の近くに、地元の漁業の歴史の説明板がありました。
それによりますと、西与賀漁港は昔から遠洋漁業が盛んで、
明治の末には手漕ぎの船で中国の大連沖まで出かけ、
動力船ができた大正から昭和のはじめごろが隆盛を極めたそうです。
カマボコやチクワの加工場が多いのはその伝統からでしょう。

今年の海苔は、海の栄養不足が心配されましたが、
西与賀と嘉瀬の売り上げは前のシーズンを少し上回りました。
佐賀市全体では、ほぼ前年並を維持できました。

ちょっと残念な話です。

横浜に住む孫が先月末の春休みに帰って来た頃
わが家のウコッケイが卵を抱きはじめました。
孫は5月の大型連休にも帰ってきますのでウコッケイのヒヨコを見せてやろうと、
有精卵をいただいてきて3個抱かせました。

抱きはじめて3週間位で雛が生まれますが4週間たっても生まれません。
そこで今朝、卵を割って見ましたがヒナに育つ様子はありませんでした。
孫にウコッケイのヒヨコを抱かせたいという私の夢は消えました。
4週間卵を抱き続けたウコッケイは、
卵を取り上げられたのに、そのまま卵を抱いた姿で座り続けています。

 

右上の奥歯の1本が欠けたのでインプラントにしようと思いましたが、
時間がかかるそうなので、入歯にしました。
どうも違和感があってしっくりせず、話す言葉にも影響があるようです。
たった1本の歯の不調で、健康の大切さを感じています。

きょう、筑後川の観光川開きがありました。
エツ料理や潮干狩りを知り合いと誘いあって楽しんでください。

2010年4月19日(月)

例年にない朝の冷え込みが先週は続きましたが、
朝の犬の散歩のときに高伝寺周辺で聞く鶯の鳴き声は、
堂々たるものです。
朝の静けさの中で聞く鳥の声の中でも、鶯の鳴き声は
際立って澄んでいます。
夕方には草むらから、ちーちーちーと、虫の声も聞こえます。
漂う若葉の匂いとあわせて、初夏の近づきさえ感じるように
なりました。

先週の水曜日は、
新採職員への市長講話、
赤松農林水産大臣との意見交換会、
江藤新平銅像祭り、
パートナーデーの表彰式など
気を遣う行事の多い一日でした。

水曜日は市職員のノーカーデーでもあったので、
新採職員向けの市長講話のときに、
バスを利用したノーカーデーの参加状況を尋ねたところ
4名でした。一割にも達していません。
ノーカーデーの参加者も少なく、猛省を求めました。

17日に川副綾男さん(前久保田町長)の訃報が入り愕然
としたところです。お世話になった方です。
合併時に発揮された力は偉大なものでした。
新しい佐賀市の発展を誰よりも期待されていたのに・・・
早すぎます。残念です。ご冥福を祈ります。

17日、気功健康クラブの総会に案内されました。
「継続は力なり」を信じて、私も毎日15分程度気功をしています。
医療費で参考になる数値を、総会資料で見せていただきました。
気功を続けている人と、そうでない人の医療費の比較です。
気功を続けている人の医療費は、普通の人の三分の一でした。
これからも、10年先の健康をつくる目標で続けたいと思います。

同じ17日は夕方、後援会の総会も開催していただきました。
ご多忙中にもかかわらずご出席いただいた方、
準備をしてくださった方々に感謝です。ありがとうございました。

 

18日は、私が住んでいる西寺小路地区の川掃除でした。
私は、早めに班毎に道具の配分を済ませ、
妻に用具の受け渡し役を任せ、
71歳になる専業農家の方と二人で、胴長姿で
草刈機で水路沿いの草刈に専念しました。
一人ですると大変な作業ですが、
多くの人が集まれば大きな仕事ができるものですね。
疲れも感じません。
などと強がり言って、後で・・・

 

今週は人間ドック入りです。指摘事項が増えなければ良いのですが。

2010年4月12日(月)

桜が散り、ツツジの赤、白、ピンクの花が大きく開いています。
街路樹は
ハナミズキのピンクと白い花が輝き、
クスノキは古い葉を落とし、みずみずしい緑の若葉が伸びています。

 

 

佐賀は今一番美しい季節を迎えていますが、今朝はあいにくの雨でした。
雨が降るとバスのお客さんが増えます。
今朝も私の乗ったバスとすれ違うバスを見ていると、
吊革を持って立った乗客で窓の向こうが見えないバスもありました。
多くの人が嫌がる雨が降ると嬉しくなる皮肉な私の立場です。

年度はじめですので、あいさつに見える人が続き、
ラジオやテレビの収録、
九州市長会の議案審議や新しい役員選びなどに追われました。
また佐賀県市長会は、
県営事業の負担金制度のありかたの見直しを佐賀県に要請しました。

歓送迎会も続いています。
市立富士大和温泉病院の歓送迎会に出させていただきました。
医師は地域や診療科目によって偏在し、
看護師を他の病院に引き抜かれることもあります。
地方病院のスタッフを充実させるのに苦労をします。

歓送迎会で
「患者を笑顔で受けとめる病院作りをして欲しい」とお願いしました。
市民の皆さんも人間ドックなどで市立病院を利用してください。

春の川を愛する週間に入って2度目の日曜日のきのう、
朝7時半ごろから川掃除をする人たちの激励に回りました。
各地を回って見ると、地域ごとの違いを感じました。
多くの人が出て、若い人の胴長姿が目立つところは力強く、
お年寄りが多くて若い人の少ない地域は高齢化社会をハダで感じました。

官舎が多い地区では役所の幹部の人の姿が目立つようになったと聞きます。
事業所やスーパーマーケットのある地区では
会社の人やスーパーの従業員が川掃除に参加するようになりました。

一方で、マンションの並んでいる地区で
あるマンションは入居者のほとんどが川掃除に参加するのに
隣りのマンションは1人も出て来ないという話も聞きます。
組織や地域のリーダーの姿勢によって違ってくるようです。

私の住む西寺小路の川掃除は来週の日曜日です。
私はいつも前日の土曜日に掃除道具の準備をして
日曜だけではやりきれない場所の草刈りなどをします。
しかし今年は土曜日に後援会の総会があるので、
1週間前のおとといの土曜日に、川の近くの道路沿いの草刈りをしました。

このとき、川に板ガラスが投げ込まれているのを見つけました。
来週の日曜日の川掃除の日に、
誰かが胴長を着てガラスを踏むと大怪我をする恐れがあります。
気になっていた私は、きのう所用で出かける前にガラスを取り除きました。
あまり時間がなかったので作業服に着替えないまま川に入ったので
着ていた服が汚れて、汚れを洗い落とすのに時間がかかりました。
「急がば回れ」でした。

ガラスが投げ込まれていた川は
1ヶ月前にも板ガラスが投げ込まれていて、私が取り除いた場所です。
全く非常識な人がいるものです。

私はヒシなどを噛んでよく前歯を折りますが、最近奥歯が折れました。
硬い食べ物をガリガリ噛んで食べるのが大好きで、
67年間使い続けて、とうとう疲労で折れたのでしょう。
1本の歯が欠けただけで、ガリガリ食べられないと思うと情けないです。

今週は江藤新平の銅像まつりがあります。
15日には市長と語る会が嘉瀬公民館で開かれ、
週末には私の後援会の総会もあります。
何かとお世話になります。

2010年4月5日(月)

今年の桜は達者です。
咲くのは早かったのですが散らずに頑張っています。
わが家の庭ではヒラドツツジが咲きはじめました。
ツボミのままのツツジもあります。
日陰とひなたの違いでしょうか。

 

先週は年度末と年度はじめの行事が相次ぎました。
3月30日は、佐賀市議会が終わるのを待っていた
広域の定例会が開かれました。

31日は退職者への辞令交付と感謝状の贈呈を行いました。
退職する人は70人、
高卒の人は昭和43年ごろ、大卒の人は47年ごろの採用です。

旧佐賀市の庁舎はそのころは県庁前にありました。
暖房は石炭、冷房はなく扇風機で暑さをしのぎました。
残業した夜は窓から虫が入ってきていましたが、
暑さにそれほど苦しみませんでした。
気温が今ほど高くなかったからでしょうか。若かったからでしょうか。

一緒に仕事をした仲間、友人たちに
40年前を脳裏に浮かべながら、万感の思いで退職辞令を渡しました。
これからも元気に地域で活動するなどして
佐賀市の発展に力を貸してください。

31日で佐賀城下ひな祭りが幕を閉じました。
訪れたお客さんの数の集計はまだですが、
期間中雨が多かったのに
去年より30から40%増えて一昨年並みになったようです。
関係者が頑張ったからです。
来年も新しい企画を入れて魅力のあるひな祭りにしてください。

4月1日は、新採用者や転任者への辞令交付をしました。
部長級も大きく入れ替わり新しい体制になりました。

私は訓示で、
「新しい皆さんの職場は皆さんのための職場ではない。市民の為の職場だ。
市民の要望に応えられる仕事をしてほしい。
指示待ちでは困る。個人プレーも駄目だ。チームで動け。
研さんを重ね、情熱を持って仕事をすれば
たとえ失敗をしても充実感が得られるはずだ」と述べました。
市民の目線で仕事をすることを求めます。

4月の2日と3日、
小説「望郷の道」を書いた北方謙三さんの講演会などが開かれました。
「望郷の道」は、著者の曾祖父の、佐賀と台湾を舞台にした
波乱万丈の人生を謳いあげた巨編です。
日本経済新聞に2007年8月から2008年9月まで1年2ヶ月に渡って連載され、
上下2巻が出版されています。

この小説の愛読者で、小説を佐賀の起爆剤にできないかと
思い入れた人の発案が講演会に結びつきました。
「望郷の道」には満開の桜が背景を飾っていることから
桜吹雪の舞うこの時期を選んでの講演会となったものです。

2日のレセプションでは席が北方さんと隣り合わせになり、
話しを聞くことができました。
北方さんの曾祖父は富士町で育ち台湾に渡って活躍されましたが、
リーダーとしての素養、部下や仲間を守る気概を持たれていたそうです。

「望郷の道」は1度読みましたが、また読み返しています。
読んでおられない方は是非読んで下さい。
感動を呼ぶ小説ですので、映画やテレビドラマにして欲しいですね。

きのう(4日)の日曜日、桜マラソンがありました。
桜が散るのではないかと心配しましたが、
コースの中心の多布施川沿いの桜は満開で天気に恵まれました。

 

関東や九州各県などから8000人のランナーが集まりました。
サポートする人も数百人居られますので
総合グランド周辺はお祭りのような賑わいでした。

招待ランナーは君原健二さんと谷川真理さんで
毎年来ていただいている君原さんは私より2才年上です。
私はせめてジョギングの部に出たいのですが、
君原さんの引き締まった体を見て、あきらめました。

開会式で、「走ったあとは古湯、熊の川温泉の、
ぬる湯を楽しんで下さい」と挨拶しました。
佐賀陸上競技協会や佐賀新聞社の大変な努力で、
大きな大会が成功しました。ごくろうさまでした。

横浜の孫はきのう帰って行きました。
遊ぶ時間がなかったので、おとといの土曜日の朝早く、
自転車で近くの公園まで行き、つかの間のジイチャンを楽しみました。

今週の水曜日に
西与賀公民館で市長と語る会を開きます。
どうぞお越しください。

(C)ひでしま敏行後援会. All Rights Reserved.