2009年7~9月のひとり言

2009年9月

2009年9月28日(月)

毎年恒例の天山記念碑祭が19日にありました。
天山を囲む、唐津、多久、小城、それに佐賀市の
市長や議会、消防団、商工会の代表などが
天山山頂に登り、五穀豊穣や地域の安全などを祈りました。

このところ寝不足が続いているので、
山に登ると疲れるかなと思いましたが、
冷たい風が心地よく、気分爽快でした。

山頂から、玄海灘から有明海まで見渡せて
三瀬、富士の山から、川副や諸富などの海辺まで
佐賀市が広くなったことを実感しました。
それぞれの地区に住んでいる人がいて、生活があり、
人生模様を描いておられます。
この広い地域を住みよい街にする責任をひしひしと感じました。

私より少し若い人が登ってこられました。
多久の人で、天山の登るのは今年36回目ということでした。
標高1040メートルの山頂で仰向けになって青空を見ると
子どもの頃を思い出しました。
選挙が終ったら日曜日にでも妻と登って、
頂上でビールを飲み、おにぎりを食べたいと思いました。

 

 

 

26日の土曜日に女性の会で大勢の女性に囲まれました。
女性ばかりなので、私は最初緊張しましたが、
司会の岩尾さんのリードで楽しい雰囲気でした。

岩尾さんに、何か歌えと言われたので、
千昌夫の星影のワルツを歌いました。
妻と知り合った昭和43年にヒットした思い出の曲です。

女性の会では、多くの方が励まして下さいました。
集まって下さった、おひとり、おひとりを見ながら、
日々の人とのつながりの大切さを思いました。
集まって下さった人への妻の挨拶を聞きながら
妻の力強さも感じました。
1人が2人、2人が3人と。大きな輪になって私を支えて下さっています。
感謝の気持ちで一杯です。

 

 

佐賀市文化連盟会長の長沼冨士男さんが亡くなりました。
ご高齢にもかかわらず、
多くの団体で役割を果たされておられました。
26日の葬儀には大勢の人が参列され、
焼香がいつまでも続いていました。
ご冥福をお祈りします。

きのう、私の住む西寺小路の川掃除がありました。
わが家に掃除道具が届きますので、
いつものように4時半に起きて班ごとに道具を分けました。
掃除では胴長を着て川に入り、草刈り機で草を刈りました。
きのうは蒸し暑く、2時間の川掃除でたっぷり汗をかきました。

 

川掃除のあと、川副の敬老会におじゃまして
さらに、友人のラグビーの試合を応援しました。
最近寝る時間も少ない日々を送っていますが、
私と同年齢の人たちがラグビーで走り回るのを見て、
頑張るぞと、気合いが入りました。

今朝(28日)市場でセリをする人たちに挨拶に行こうと
4時半に起きる予定でしたが4時前に起きて
家族に迷惑をかけました。
夜は毎晩のように囲む会に出席しますので、
家に帰るのは遅くなります。
毎日早朝から夜遅くまで駆け回って痩せるはずですが
妻も私も体重が増えています。
深夜になって夕食をとり、そのまま寝るからでしょう。
夕食のときのわずかなビールと冷酒は明日の糧です。
メタボを云われてもしかたありません。

2009年9月24日(木)

西日本新聞のコラムで
面白いシルバー川柳が紹介されていました。
ちょうど今、敬老の日の行事が続いていますので、
挨拶などで紹介させていただきました。

「あちこちで骨がなるなりコキコキと」
古来稀なりと云われた古希も、
今は珍しくなく敬老会にも参加できません。
長寿社会を実感します。

「年をとり、美人短命嘘と知る」
敬老会でこの川柳を紹介すると、女性に喜んでもらえます。

佐賀市の最高齢者だった
富士町の西リサさんが107歳で亡くなりました。
つい先日お会いしたばかりでした。残念です。

「来てやった、もらってやったで50年」
この川柳の50年を75年に変えて、
夫婦共に100歳を目指して下さい。
楽しい川柳を紹介して下さったコラム氏に感謝します。

きのう(23日)は敬老会と詩吟の会の大会で
君が代を3度聞きました。
詩吟の会の人達の君が代は朗々とした大きな声で、
日頃から鍛えておられるだけにさすがでした。

秋の大型連休が終りました。
運動会、敬老会、囲む会、それに墓参りなどで、
私には1日の休みもありませんでした。
私が忙しいと妻も忙しく、休む暇もなかったようです。
私が市長でなければ、ゆっくり温泉に入ることもできたでしょう。
声には出しませんが、心の中で感謝しています。

敬老会などに出席するために、
このところ農村地帯を訪ねる機会が多くなっています。
色づいて頭を垂れる稲を見ると、心がそわそわしてきます。
長年百姓仕事をしてきたからでしょう。
これから農家は忙しくなりますが、
怪我などに気をつけて農作業をして下さい。

2009年9月14日(月)

今朝、畑に出て、オクラと鶏の餌にする菜っ葉を採り、
犬のマックスと散歩しました。
いつものように半袖のシャツで出かけようとしましたが、
寒いので長袖に着替えました。

長袖のワイシャツで出勤し、
執務室に入ると、むっとする蒸し暑さでした。
朝夕は涼しい秋、日中は残暑の夏で体調管理が難しい季節です。

今朝うれしいことがふたつありました。

その1は、佐賀新聞のコラムの有明抄です。
佐賀市役所の地下食堂で
障がいのある人が元気に働いている様子を紹介して下さっていました。
コラム氏は、障がいのある人が市役所の食堂で働きはじめて5ヶ月、
次第にイキイキと活動的になって行く姿を見守って下さっていました。
お礼を申し上げます。
今月は障害者雇用支援月間です。
障がいのある人が能力に応じて働く場が多くなることを願っています。

その2は、市営バスです。
今朝バスで出勤中、車内で書類に目を通しているとバスが停まりました。
いつも停まるところより、数メートル手前だったので、
どうしたのだろうと思っていると、
女性がハーハーと息をはずませながら乗ってこられました。

バス停に向かって走っている女性を見た乗務員が
走る距離を少しでも縮めてあげようと手前に停めたのです。
心配りのできる乗務員がいるのが嬉しくなりました。
バスの乗務員はお客さんが利用してくれるのが一番嬉しいそうです。
こんな気配りのできる乗務員が運転する市営バスを利用して
乗務員を励まして下さい。

先週の金曜日(9月11日)
「ベンチャーサミット佐賀2009」が佐賀市で開かれました。
経営革新を目指す
佐賀県のベンチャー企業が情報交換をして
技術革新と販路の拡大を目指そうという場で、
会員の企業が開発した商品が展示されていました。

その中の
佐賀市出身の熊本社長が経営する熊本電気が開発した
省エネのLEDランプや新集魚灯システムが注目を集めていました。
新集魚灯システムは、裸電球に特殊な傘をかけて
光を無駄なく海面に向けることができます。
この他、湖沼のアオコ防止剤や
インフルエンザを防ぐのにも役立つという
オゾンを使った空気清浄装置なども展示されていました。

ベンチャー企業が開発した商品は、
佐賀市呉服元町にある閉店したスーパー窓の梅で展示されていました。
ベンチャー企業の熱い思いが、
寂しくなった呉服元町の商店街に伝わって欲しいと思いました。

 

 

きのう(13日)諸富町の産業祭に出かけました。
諸富の産業祭は
諸富町が佐賀市と合併した4年前から毎年出かけています。
午前中、幼稚園や保育園の子どもたちのマーチングの発表会が行われたので、
家族が会場を訪れて賑わっていました。

 

海苔などの海産物や、メロン、イチゴ、ナスなどの農産物も展示され、
ニンニクが注目されていました。
中国産の大きなニンニクと違って諸富のニンニクは小粒で
諸富ニンニクとして新しい特産品になっているそうです。

市議会は17日に最終日を迎えます。
議会が終ると市議会議員は選挙の準備に入ります。
市議選には50数人が立候補の準備をしておられ、
事務所開きへの案内が次々と届いています。
できるだけ出席させていただいていますが、
公務などで行けないときは、メッセージを送らせていただいています。

市長選挙にも対立候補が出られるようなので
私も頑張ります。

2009年9月7日(月)

きのう(6日)の日曜日の朝、気功をしていると、
ドングリの木でクマゼミが1匹鳴いていました。
夏の盛りにワシワシと鳴く元気はなく、
命を全うした寂しい鳴き声でした。

今年はツクツクボウシの声を
あまり聞かなかったような気がします。
夏の終わりは次第に忙しくなって
セミの声に耳を傾ける心のゆとりが
なくなったからかも知れません。

市議会は木曜日まで一般質問で、
議会対応で忙しい日々です。
衆議院選挙が終って次は市長と市議会議員選挙で
次第に多忙になります。

少し心身を休めようと昨夜三瀬のやまびこの湯に入りました。
温泉の人に「久しぶりですね」と言われました。
半年ぶりでした。
私は温泉が大好きですが、しばらく入れないでしょう。

先週の金曜日(4日)
新聞に自治体の情報公開度の記事が掲載されました。
全国市民オンブズマン連絡会議が行った調査に基づく記事です。

その中で、佐賀市の市長交際費の公開度が0点となっていました。
佐賀県は満点の5点です。
どうしてこんなことになったか調べると、
オンブズマンからのアンケートに答えるのに、担当職員は
回答例に示された6つの選択肢とはいずれも微妙に違うので、
その他を選んでいました。

全国の他の自治体では、その他を選んで
評価からはずされたところもありましたが、
佐賀市は0点と評価されました。

微妙に違うだけで、全体像を見ずに、
その他を選んだ回答にも問題があります。
市民の目線で見て、柔軟に判断すべきでした。

交際費は市報やホームページで公開しています。
佐賀県が満点の5点なら、
佐賀市も5点、少なくとも4点はいただけると思っています。

おととい(9月5日)の後援会事務所開きには
お忙しい中、多くの方が訪れて下さり、ありがとうございました。
事務所開きの連絡がなかったという苦情もいただきました。
駐車場の収容台数が少なかったことなどから
ご案内を控えさせていただきました。
失礼があったことをお詫びします。

選挙準備が本番を迎えました。
夜、地域の小集会に招かれてお話しすることが多くなりました。
体調に気を配っています。

厳しい残暑が続いています。
みなさまも体調には気をつけて下さい。

2009年9月2日(水)

セミの声を聞かなくなったと思ったら早くも9月に入りました。
インフルエンザが気になります。
子どもたちが新学期を元気に乗り切ってくれることを
願っています。

8月28日の金曜日
有明海沿岸のクリーンアップ作戦が行われました。
海苔の養殖シーズンを前に
熊本、福岡、佐賀、長崎の4県の
有明海沿岸で毎年大掃除が行われます。
私も早朝、諸富と川副の現場を見てきました。

大勢の漁業者とボランティアが
海岸に流れ着いたゴミを集めました。
ヨシや流木、ペットボトルなどの生活ゴミ
はては、テレビや下駄箱などの家具まで
驚くようなゴミもありました。

漁業者は家族総出でゴミ集めをしておられましたが
「どうして我々が上流のあと始末をしなくてはならないのか」と
話しておられました。
下流で暮らす人々の苦労を知れば、
上流でゴミを捨てることは出来ないはずです。

有明海のクリーン作戦を見たあと
海から山に向かい、富士町の森林組合の総会に出席しました。
海辺の人達の苦労と
山の栄養で海苔が育つことに感謝する気持ちを伝えました。
不況で住宅建設が減り、木材の需要は落ち込んでいます。
林業は厳しい状況にあります。
総会ですので、「おめでとうございます」と言うつもりでしたが、
頑張ってくださいとしか言えませんでした。

 

30日の日曜日に
鑑真和上が上陸したと伝えられる嘉瀬川で
遣唐使船レースが行われました。
私は嘉瀬地区の老人施設のチームの船に乗せてもらい、
船首でドラを鳴らして船を漕ぐ音頭を取らせていただきました。
私が乗ったレースでは自衛隊チームに負けたものの2位になり
楽しいひと時を過ごさせていただきました。

鑑真和上は
6度目の挑戦で日本にたどり着きましたが
そのとき今の私と同じ歳の66歳で、失明していました。
不撓不屈の人がこの嘉瀬川を遡ってきたのかと
いにしえを偲びました。

 

 

うれしい話をふたつ。

ひとつは、8月28日に
早稲田大学と協働連携する基本協定を結んだことです。
その結果、大隈記念大学院の人材育成の公開講座を
この10月から佐賀市の大隈記念館で開く事になりました。
大学院の教授が出張してきたり、テレビを使ったりして講義をします。
学生は20人で、社会人が受講できるように土日に開かれます。
学生の公募などの詳しいことは
9月15日付けの市報に掲載します。

 

ふたつ目は少年野球のことです。
沖縄で開かれた、九州学童軟式野球大会で優勝した
諸富南小学校の児童チームが
8月31日に優勝報告に来てくれました。

中学では、
中体連主催の全国大会で諸富中学が優勝し、
軟式野球連盟主催の全国大会で金泉中学が3位に入っています。
この子達が高校生になる数年先には
甲子園で活躍してくれるでしょう。楽しみです。

一方、悲しいこともありました。
消防団の中部方面隊の馬郡隊長がきのう31日に急逝されました。
29日には消防団の夏期訓練に参加しておられ、
お互いに敬礼しあいました。
信じられないような悲しいお別れです。
心よりご冥福をお祈りします。

9月に入ったとはいえ、残暑が続きます。
疲れすぎないよう、お気をつけ下さい。

2009年8月

2009年8月24日(月)

朝、庭でセミが鳴いていませんでした。
どうやらセミ時雨の季節は終ったようです。
ツクツクボウシが鳴くころですが
ニイニイゼミの声も聞こえます。
以前は、ニイニイゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシの順に
鳴いていたと思うのですが、
セミの世界にも異変が起きているのでしょうか。

世界遺産の話です。
九州山口近代化産業遺産群の暫定登録を前に、
三重津海軍所跡や築地反射炉跡で
発掘調査を行うと共に文献調査も行っています。
これまでのところ
真実性と結びつく、完璧な資料とまではいかないまでも
鉄の不純物の塊など、期待を持てるものも見つかっています。

22日の土曜日に
県立美術館ホールに
国立科学博物館の鈴木一義先生をお迎えして
世界遺産講演会が開かれました。
鈴木先生は
「世界遺産の証しを見つけることも大事だが、
眠っている遺産に、
地域の人がどれだけ関心を持って保存するかが肝心だ。
地元が無関心では世界に訴えられない」と話されました。

佐賀の人は「佐賀には何もない」とよく言います。
行政も、手前遠慮なところがありますが、
積極的にPRしたいと思います。

土日は各地で地域の夏祭りがありました。
土曜日は開成と嘉瀬
日曜日は高木瀬と赤松の夏祭りに招かれました。

女の子の浴衣姿がかわいく、
おばあちゃんの浴衣姿を美しいと思いました。
地域の人たちが出した、
綿菓子、ポン菓子、ラムネ、アイス、焼きそば、
ヨーヨー、などの夜店に子どもが群がっていました。
私たちの子ども時代と同じ光景がそこにあり、
先人から後世へと伝統が受け継がれていました。

夜店のテントの裏では地元の人が汗だくになっていました。
お金ではなく、汗を流して夏祭りを開く人々、
そういう方々と協働していきたいと思います。

 

23日の日曜日
朝5時起きで消防団の夏期訓練に出かけました。
川副の消防団の訓練会場に向かう途中、
西川副小学校の児童と保護者が、
草刈鎌を持って歩いているのを見かけました。
学校と周辺の草刈りということでした。
日曜はすがすがしい朝でしたが、
役所任せにせずに、自分たちで草刈をする人々に会って
すがすがしさが2倍になりました。

川副の消防団のいざというときの基礎訓練を見たあと、
大和の消防団の訓練に行きました。
着いたときは10時ごろで
朝のすずしさが嘘のような暑さになりました。
立っているだけで、背中やお腹に
汗が流れるのを感じるほどでした。

地域の安全を守るために、
猛暑の中で訓練をする消防団の方々に
頭が下がる思いがしました。

 

夜、澄み切ったコオロギの声を聞きました。
朝夕は秋が近いことを感じます。
心配なのは新型インフルエンザです。
大流行に備えて、消毒液やマスクなど
手抜かりないように準備していますが、
家庭でも早めの準備をして下さい。

朝は涼しくても、日中の残暑は
まだまだ厳しいものがあります。
インフルエンザにも熱中症にも充分注意して下さい。

例年9月に開く市議会を
今年は市長、市議の選挙があるので
早めに来週から開きます。
忙しくなります。

2009年8月17日(月)

朝、出勤するとき、
門のそばに珍しい花が咲いているのに気がつきました。
妻に聞くとササユリだそうです。
田畑に出ることが嫌いな妻は
花の名前もあまり知らなかったのですが
最近庭つくりが好きな友人の影響で花に強くなりました。
ササユリは、植えたのではなく自然に咲いたそうです。
白い花を見て元気がでました。

バス停まで歩く間クマゼミの蝉時雨を浴びて
きょうも暑くなると思いましたが、
朝夕はツクツクボウシの声も聞かれるようになりました。
遠くに秋の気配を感じます。

お盆前の2日間、
佐賀市の経営戦略会議を開きました。
佐賀市の事業を、昨年度の結果をふまえながら
今後の優先順位を検討する会議です。

佐賀市の総合計画にそって
市長、副市長、部長、財政、人事、企画の課長が
38項目をひとつひとつ評価します。

朝から夕方まで資料の細かい字を追いながら
事業の担当課長の説明を聞きます。
財政が厳しい状況ですので、
今取り組まなくてはならない事業を厚めにするには
優先順位を落とさなくてはならない事業も出ます。
それぞれ、関わって来た人もいますので
苦しい選択になります。

この戦略会議、
以前は秋に開いていましたが、
重要な会議ですので、今は盆前に開いています。
結論はまだですが、
雇用や子育て、高齢者対策を
積極的にすすめることになると思います。

お盆には、初盆のお参りに23軒回りました。
それぞれ思いでのある方々で、
こんなに多くの友人、知人を送ったのかと淋しくなりました。
遺族とお話していると、あっという間に時間がたちます。
2日間で回る予定でしたが、3日になりました。

15日の夜、各地で精霊流しがあり
私は久保田の嘉瀬川左岸の精霊流しに伺いました。
地域の方たちが手分けしてお世話をして
漁協の方は、車で船外機を運んできておられました。
こうした人々の力でお盆の伝統行事が守られています。

今年は今宿の精霊流しが無かったので、
200軒くらいを受け付けたということです。
ここの精霊流しは花火もなく
おごそかに亡くなった方を送っておられました。

嘉瀬川の河川敷は朝の雨でぬかるんでいました。
去年は突然の雨で泥田のようになりました。
この河川敷は国の管理ですが
歩きやすいようにできないものかと思っています。

嘉瀬川は鑑真和上が上陸したと
伝えられているところです。
河川敷が歩きやすくなると、
彼岸に帰ってくる仏さまも上陸しやすいでしょう。

 

 

残暑が続く中、衆議院選挙がはじまると
さらに熱気に包まれることでしょう。
そんな暑さの中で
日曜日には消防団の夏季訓練が行われます。
地域を守るために汗を流す消防団の方々に
お礼を言うために、
私は各地の訓練現場を回らせていただきます。

2009年8月10日(月)

今朝(10日)庭で気功をしているとセミの骸がありました。
出勤のためにバス停に向かっていると
道路にもセミが落ちていました。
長く地中で暮らしたあと地上での短い務めをおえて昇天したのでしょう。
立秋が過ぎ、セミの姿にはかなさを感じました。

同じ出勤途中「はかなさ」とともに「むなしさ」も感じました。
わが家とバス停までの700~800メートルの間に
ペットボトルが4本落ちていました。
回収すれば再利用できる資源を道に捨てるとはどういう感覚でしょうか。
この道は里帰りした孫と犬のマックスと散歩しながら
3日前にゴミを拾ったばかりでした。
むなしさと怒りを感じました。

フランスのクサック村の村長や子どもたちの交流団が
3日に佐賀市を訪れました。
旧三瀬村とクサック村の
姉妹縁組21周年を記念しての親善交流です。

子どもたちは、全員中学生の男の子で
ホームステイして三瀬の子どもたちと交流しました。
クサック村のドミニク村長は
子どものころ交流団に加わって三瀬村を訪れたことがあります。
大の日本びいきで、居酒屋に案内したとき、
ドミニク村長は日本酒の冷酒、同行の2人の女性は燗酒を
最初から最後まで飲んでいました。
皆さん、刺身を食べたり、着物を着たりで
何でも吸収したいと意欲的でした。

 

夏は平和を考え訴える機会が多くあります。
6日から9日まで市立図書館で
佐賀市の平和展が開かれました。

さまざまな取り組みがありましたが、
私は中国残留孤児の話を聞きました。
旧満州で親を失って中国の養父母に育てられ
その後帰国されましたが、むごい話だと思いました。
まさに戦争の犠牲者です。

戦後日本は残留孤児に
もっと早く手を差し伸べられなかったのか、
帰国されたあとも、空白を早く取り戻す手当てを
充分できなかったのか、考えました。

ボスニアヘルツェゴビナの
臨時代理大使がきょう佐賀市に来られました。
22日までアイスクエアビルで開かれている
「平和を考える写真展」に来られたのです。
旧ユーゴスラビアの解体に伴う悲惨な内戦の実情を伝え
民族や宗教を超えての平和を訴える写真展です。
私も時間を見つけて見に行きたいと思っています。

8日と9日に
九州ブロックの学校保健・学校医大会が
ニューオータニで開かれました。
学校の養護の先生と学校医の大会です。

養護教諭や学校医は児童生徒の病気や障害をチェックして
親に連絡するのが仕事と思っていましたが、
実際には、検診で子どもの異常を見つけたあと、
保護者のショックを和らげ、
その後の対応のアドバイスまでしておられました。
行政を担当するものとして心強い存在であることを
あらためて知りました。

孫が娘に連れられて横浜から里帰りしました。
朝ラジオ体操に行ったほか、
花火大会や温泉に一緒に行きました。
木陰で15分だけキャッチボールをしたのも思い出になりました。

 

2009年8月3日(月)

26日の大雨で決壊した金立川の堤防は
翌日27日の朝までに決壊現場の閉切りを終えました。
決壊したとき濁流に洗われる田畑を見て
被害の大きさが心配でしたので、
27日の夕方、また現場に行きました。

土砂に覆われた田畑は
私が想像していた面積の四分の一程度でした。
もっと広い面積がやられたと思っていたので少しほっとしました。
田んぼを覆った土砂の中には大きな石なども混じっています。
復旧作業では農家の負担が少なくなるように知恵をしぼって
精一杯支援して行きたいと考えています。

土砂に埋まった水田の稲は回復不能ですが、
泥水の中に沈んでいた稲は
緑の茎や葉が真っ直ぐ立ち上がっていました。
1日で回復する稲の力を感じました。

 

28日(火)と29日(水)は国土交通省と農林水産省に
道路と土地改良の要望に行きました。
福岡県や長崎県などの関係自治体の首長と一緒でしたが、
空いた時間に単独であちこちを訪ねました。

総務省では
不採算路線のバスを守る制度を作ってほしいと要望しました。
地方の弱者の足を守ることに国は消極的ですが、
言うべき事は言っておく必要があります。
ひとふんばりして考えてほしいと思っています。

バルーンのメインスポンサーのホンダでは
青木会長に会って今後の協力をお願いしました。
自動車の販売は少しは上向いているようですが、
それでも厳しい状況にあるようです。
そんな中でも青木会長は
「予算はいくらか抑えさせてもらうかも知れないけど
出きるだけのことはします」と心強く答えて下さいました。

30日(木)の夜、
障がい者の自立の支援活動をしている団体の集まりの
福祉ネットの人達と話し合いをしました。
活動している若い人たちは厳しい労働条件のもとで
授産施設を運営するなどして
障がいのある人の仕事を探し、製品の販売などをしておられます。
若い人たちの情熱に頼っている福祉の現実があります。
行政も障がいのある人の働く場を探すなど努力が必要です。

30日(木)に
世界遺産候補として名乗りを上げるために
発掘調査が行われている
三重津海軍所跡と日新の反射炉跡の現場を見ました。
九州山口近代化産業遺産群の候補になるには
発掘調査の結果が求められます。

三重津は希望が持てるものの
造船と直接結びつく、例えば船釘などはまだ見つかっていません。
反射炉跡は調査区域を4つに分けて調べていて
その内1ヵ所は調査を終えましたが、期待できるものは出てきませんでした。
残り3ヶ所の調査を待ちます。

名乗りを上げている自治体の担当者会議が6日に開かれます。
それまでに、もう1歩真実に迫る結果を出そうと
暑い中、発掘担当者の懸命な努力が続きます。

土曜日と日曜日は栄の国まつり一色でした。
「よさこいさが」で賑わった土曜日に
唐人町南の、ふれあい広場の完成式がありました。
道路にする予定だったところにポケットパークを作りました。
地域の発展のための道路にと土地を手放した方に
道路でなく公園になったけど、地域の発展を目指す事は同じですと、
お礼を述べました。

この公園には、
3対3でバスケットを楽しむスリーオンスリーのコートや
スケボーの遊び場も作りました。
子どもたちが楽しく遊んで街が賑わってくれればいいと願っています。

 

土曜日のよさこい踊りや花火大会、
日曜の子どもみこしやパレード、総おどりは
佐賀の中心地が人で埋まりました。
佐賀にも頼もしいエネルギーがあることを実感しました。

 

健康運動センターのプールは
幼い子の利用は引率者1人に2人までとなっているのを
3人にしてほしいというお母さんからの要望が寄せられていました。
安全の確保などで担当者のためらいもありましたが、
夏休み前から、3人でも受け入れています。
役所の立場でなく市民の立場を先に考えた結果です。

2009年7月

2009年7月27日(月)

雨続きで鳴くのをやすんでいたセミが
今朝(27日)はうさ晴らしのように
大きな声で鳴いています。

もう雨の被害は出ないかもしれないという
かすかな期待が吹っ飛ぶ、猛烈な雨が降りました。

金曜日の夜から、職員は災害対応に追われ
きのうの日曜日、災害対策本部を置きました。
27日朝までに入った連絡では
被害は、家屋の一部損壊3棟、床上浸水6棟、床下浸水30棟
がけ崩れ60ヶ所ですが、
きょう天気が回復して調査中ですので数は増えることでしょう。

きのうは金立川と巨勢川が合流する付近で堤防が決壊して、
濁流が金立小学校周辺の住宅や田畑に流れ込みました。
現場に駆けつけて、激しい濁流がうずまく様子を見ながら
自然の猛威の恐ろしさを知りました。

田植えから1ヶ月、穂がでかけた稲や大豆が濁流にのまれて、
田畑は土砂に埋まりました。
復旧作業にかかる農家の苦労ははかりしれないでしょう。
被災した方にはお見舞いを申し上げます。
力を合わせて復旧にあたりたいと思います。

 

大雨で、さまざまな行事が中止になりました。
土曜日の夜、諸富の「夏の夜のメルヘン」に出かけていましたが、
子どもたちの蛇踊りの最中に大粒の雨が降り出し、
その後の花火大会などは中止になりました。
準備をしてきた関係者の方が気の毒です。
お疲れさまでした。

 

金曜日に三瀬の山中地蔵尊まつりに行きました。
地区をあげて祭りの準備をして
手料理で訪れた人をもてなしておられました。
このお地蔵さんは脚気にご利益があるそうです。
ビタミンB1不足で罹る脚気は少なくなりましたが
最近増える傾向にあるそうです。
酒を飲んで料理を食べない大酒飲みの方は
ご注意ください。

大和町にイノシシの処理加工場が作られることになり
土曜日に起工式がありました。
西山田農園さんが建設するもので
年間250頭の処理を目指します。
防御柵で農産物をイノシシから守るだけでなく、
積極的にイノシシを捕獲して
イノシシの肉を佐賀の特産物にすることに
後押しをしたいと思います

九州地区のダウン症児と家族の交流会が
25日の土曜日、佐賀市で開かれました。
実行委員会のあいさつの言葉が心に響きました。

「私たちは、彼らが家族や友人にとって
かけがえのない存在であると同時に
社会にとって、かけがえのない存在であることを確信しています。
彼らが幸せに暮らせる社会は、
みんなが幸せに生きることのできる社会に違いないと・・・・」

この言葉を行政をあずかるものとして重く受けとめます。
強い者だけでなく、ハンディのある人も幸せな社会は
みんなが幸せな社会、そのとおりです。
障がいのある人も幸せに暮らせる地域を作るために
行政も努力します。

交流会で障がいのある長崎の人たちの太鼓の演奏を聞きました。
プロとしての演奏です。
障がいのある人も自立している姿に
勇気付けられた人たちもおられたことでしょう。

 

今週は政府への要請活動での東京出張、
週末は栄の国まつり、
相変わらず忙しい日々になりそうです。

2009年7月21日(火)

今朝(21日)目覚めるとと雨が降っていました。
犬の散歩もあきらめて鶏に餌をやっていると
家の前の道路を子どもたちがラジオ体操に向かっていました。
雨はあがっていたのです。
しまったと思って自転車でラジオ体操が行われる
本庄神社の境内に駆けつけました。
ラジオ体操は歩いて行くことになっていますが、
夏休み最初のラジオ体操からルール破りをしてしまいました。

ラジオ体操には子どもが35人くらい、
大人は30人くらいが集まっていました。
雨模様だったせいか、人数が少ないのが残念でした。
NHKの巡回ラジオ体操は山口県の周南市からで、
雨のために会場は体育館に移されていました。
天気に恵まれて、運動場で伸び伸び体操をすることができた
1週間余り前の佐賀からの巡回ラジオ体操を思い出しました。

諸富の三重老人会から
出前講座で市長の講話をしてほしいと依頼され、先週出かけました。
エアコンが停まって蒸し風呂のような会場で
50人くらいの方が熱心に話を聞いてくださいました。
男性には「市長の話は面白くない」と敬遠されたのでしょうか、
男性は四分の一で、残り四分の三は女性でした。
女性は元気だなと思います。

出席した方から、
75歳以上が使える市営バスの
シルバーパス券があるのは知っているが、バス停が遠くて使えない。
何本かのバスを近くを通してほしいという要望が出されました。
高齢者の交通手段は確保しなくてはなりませんが、
要は財政問題です。
市営バスは廃止された路線の復活を検討していますが、
佐賀市全体を見渡しながら考えてゆきます。

街づくりの話題です。
佐賀市の街づくりは商工会議所内にある
TMO佐賀が取り組んでいましたが
会議所を出て、独立したNPO「ユマニテさが」として活動することになり、
17日の金曜日に設立総会がありました。
ユマニテとはフランス語で人情という意味だそうです。
人情豊かな歴史の街佐賀の再生のために
頑張って下さる方に感謝します。

翌日の18日の土曜日には
佐賀の街づくりのシンポジュウムがあり
街づくりに関わって下さっている佐賀大学の3人の先生が
意見を述べられました。
これまでそれぞれには意見を聞きましたが
3人そろって発言されますと、3本の矢のような頼もしさを感じました。

これまで行政のやる街づくりは
ともすれば国が示したひな型にそったものになりがちで
時間がかかるので、取り組んだときは
社会情勢とかけ離れているということもありました。
3人の先生は佐賀城を生かした歴史の街つくりが必要と述べられました。
大学と行政、それに市民が手を携えて
活力と、うるおいのある街づくりを目指したいものです。

夏祭りが各地で行われています。
19日の日曜日、北川副のふれあい夏祭りの
最後を飾る総踊りに駆けつけると
すぐ舞台に招かれて次々と踊り、汗びっしょりになりました。
地元の人たちがいろいろな出店を出しておられました。
夏祭りは地域をまとめます。
お世話をする方々、ごくろうさまです。

 

北川副の夏祭りのあと、
蓮池の八坂神社祇園祭に行きました。
この祭りは夜行われ、
古い家々の軒先に御神灯のボンボリが吊られた道を
子どものお囃子、獅子舞、神輿の行列が続きます。
行列の人、観る人、交通整理の人などを合わせると
蓮池のほとんどの人が出ているような賑わいでした。
家並みは、しめ縄で結ばれ、地域の結束力が現れているようでした。

 

同じ鍋島でも蓮池藩のまつりは違うのだなと
祭り気分に酔っていたのですが
意地悪な蚊に2ヶ所刺されました。
多くの人出の中で刺しに来る蚊もたいしたものです。

2009年7月13日(月)

きのう(12日)は早朝起床しましたが、
夜は東京都知事選挙の開票速報を見たので
寝るのが遅くなりました。

今朝は寝不足でぼっとしていましたが市役所では激しい蝉の声でシャキッとしました。
蝉は梅雨が明けたと思っているのでしょうか。
以前はまずニイニイ蝉が鳴き、そのあとクマ蝉が鳴きましたが、
最近はいきなり、ワシャワシャというクマ蝉の声が聞こえてきます。
温暖化が蝉の世界にも影響しているようです。

嬉しい事がありました。
弁護士会が佐賀市の本庁で開いている法律相談を
支所でも開く準備をしておられますが、
行政書士会からも、行政相談を本庁だけでなく、
支所にも出向いて開いていいという申し出を受けました。

歯科医師会は、介護が必要な人への訪問診療を
内部で検討しておられるようです。
多くの団体が市民のために市と協働して下さることに感謝します。

先週、国土交通省九州地方整備局に
佐賀地区の河川と道路の整備、
それに九州の国道事業の促進を要請しました。

佐賀地区の道路では
福岡県側は完成している有明湾岸道路を
佐賀県側の工事も急いでほしいと要請しました。
早く佐賀空港に結びたいと思います。

国道は財源不足で色よい返事はいただけませんでしたが、
費用対効果を評価するとき、
地方では、がけ崩れなどで通行止めになったとき
迂回路として使う効果など
防災の視点も組み入れてほしいと思います。

11日の土曜日、三瀬公民館の落成式がありました。
これまでの鉄筋の建物が古くなり
2階建では、お年寄りが使いにくいので木造の平屋建にしました。

図書室もありますので、子どももよく利用します。
そこで落成式は大人ではなく子どもが主役を勤めました。
子どもたちの合唱ではじまり、
開式と閉式の辞、お礼の言葉は子どもがしました。
公民館は40年も50年も使われます。
いずれ地域の中核に育つ子どもたちの活動拠点になることでしょう。

 

 

木造の建物は心が安らぎます。
できるだけ地元の木材を使いたいのですが簡単ではないようです。
ある程度先を見越して木を切り、乾燥させなければ地元の木を使えません。
乾燥施設を地元に作るかなど踏み込んで検討しなければなりません。

きのうの日曜日(12日)
NHKの巡回ラジオ体操が佐賀市の県総合運動場であり
ラジオで全国、世界に生中継されました。
私は朝3時半に目覚めましたが、準備に当たった関係者の中には
天気が気になって眠れなかったという方も居られました。
おかげさまで、天気に恵まれ主会場に3500人が集まったほか、
7つの支所ごとのサテライト会場を合わせると
5000人を越える市民がラジオ体操に参加しました。

 

ラジオ体操が終ると、
コンビニで買ったサンドイッチと牛乳で朝食をすませ
佐賀市民体育大会の開会式に出ました。
各種の競技がはじまり、
私は、ごみ焼却場の熱を利用した健康運動センターの
プールで行われた水泳競技を見ました。

 

健康運動センターのプールは日頃は市民に開放されています。
今、幼い子の利用は引率者1人に2人までとなっているのを
3人にしてほしいという市民からの要望が寄せられています。
小さい子ども用プールは混雑するので親の目が行き届かず、
安全に不安があるという担当課の気持ちも分からないでもありませんが、
現場を見て、私は受け入れが可能と思いました。
受け入れる方法を検討するよう担当に指示しています。

2009年7月6日(月)

佐賀市は合併して山から海までひとつにつながりました。
山と海、それに中心地域の交流や結びつきが求められていますが、
嬉しい事がありました。

先週の月曜日(6月29日)
久保田、南川副、早津江、諸富の4ヶ所で
ノリの共同乾燥施設の起工式がありました。
この施設は、ノリの乾燥を共同で行うことによって、
余った時間をノリ網のきめ細かい管理に当て、
ノリの品質を高めようという期待の施設です。

佐賀市は、今や日本一のノリの産地ですが、
有明海の状況は安心できるものではありません。
ノリの色落ちは関係者の顔色まで落としてしまいます。
起工式に出席してノリ養殖をしている漁民の皆さんの努力が
病気や色落ちを防いでいることを実感しました。

 

この4つの共同乾燥施設は
佐賀県産の木材を使った木造建築になります。
ノリや魚介類は山から流れてきた栄養で育ちます。
豊かな海を育てるために山に木を植えますが、
育った木の使い道がないと困ります。
木造の共同乾燥施設と聞いて、
海と山がうまく循環し始めたと嬉しくなりました。

もうひとつ木材利用の話です。
富士町の杉を使ったボールペンができました。
万年筆のような太いボールペンで
手で握る胴の部分が富士町産の杉でできています。

このボールペンは「故郷の木持ち(ふるさとのきもち)」と名づけられました。
私もこのボールペンで書いてみましたが、
なかなか書きやすいボールペンです。
杉のボールペンで、手紙や日記、随筆などに故郷を綴って下さい。

杉を使ったボールペンは三菱鉛筆が開発しましたが、
三菱鉛筆の創設者は佐賀出身の人と今度初めて知りました。
各地で売り出されるようですが
佐賀を訪れた人にお土産として買ってもらいたいです。

佐賀の木材を使って下さいと関係者にお願いしていますが、
佐賀市の建物も、1階や2階建ての建物では
できるだけ、佐賀産の木材を使いたいと思っています。

きのう(5日)の日曜日
「高遊外売茶翁」(こうゆうがいばいさおう)の売茶忌献茶式が
佐賀城本丸歴史館でありました。

佐賀市蓮池出身の売茶翁は煎茶の祖といわれています。
きのうは愛知県から訪れた煎茶道松月流の渡辺宗敬家元やお弟子さん、
それに売茶翁を敬う地元の人たちが献茶式を行いました。

私は他の行事に出ていたので遅れて駆けつけ、
式の最後にあいさつして、煎茶をいただく交流会に参加しました。
売茶翁は地元ではあまり知られていませんが、
煎茶の世界では手厚く扱われています。
お茶とお菓子は佐賀の名物ですので広く顕彰してゆきたいと思います。

売茶忌の前に出席していたのは久保田町での文化講演会です。
講演会は「最初だけでも」、売茶忌は「最後だけでも」と依頼されて
掛け持ちしてしまいました。
講演はゴミの再利用の話で聞きたかったし、
売茶忌は献茶式を見たかったのですが
聞くことも見ることもできませんでした。
両方から、短時間でも出席してほしいと頼まれれば
一方だけを断ることもできません。いつも悩みます。

 

街づくりの参考にしようと、山口県の萩に行ってきました。
日帰りで時間がなかったので、
萩城下の堀内地区だけしか歩く事ができませんでしたが、
石垣や土塀に囲まれた通りは、看板もなく、チリひとつ落ちていませんでした。
静かな落ち着いた街でした。

30年位前、街に幹線道路を通す話がでたとき、
地元の人たちは便利さよりも古い街並みを残す事を選んだそうです。
高度成長期の開発ブームのころ、
目先きの動きに惑わなかった
萩の人たちの根性が古くからの宝を残したようです。
時代の流れに身をまかすなということを学びました。

きのう、入道雲を見ました。
セミの声も聞こえたような気がします。
あとひと雨ほしいのですが豪雨になるのも困ります。
梅雨末期は気が抜けません。

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