2009年1~3月のひとり言

2009年3月

2009年3月30日(月)

早めに咲いた桜は
その後の冷え込みで散り急ぐことなく、
きのうの日曜日、花見を楽しまれた方も多いようです。
しかし市長室から見るクスノキは古い葉が落ちて、
春を刻みながら新緑が深くなっています。

先週2か所で移動市長室を開き、
支所の幹部職員の話を聞きました。

東与賀での移動市長室で
職員がシチメンソウに異変が起きているというので、
現地調査4か所の中にシチメンソウの自生地を入れました。
シチメンソウは今新しい芽が5~6センチに成長しています。
新芽は濃いめのピンク色をしていて
絨毯を敷き詰めたように均一に芽吹いてほしいのですが、
芽をふいていないシチメンソウがあり、
絨毯に黒い穴が空いているように見えます。

日頃からシチメンソウのお世話をしている方たちが、
去年採った種をまかれましたが、
うまく芽吹いていないようです。
佐賀大学に原因の調査をお願いして、
秋には一面赤い絨毯を敷き詰めたように回復できればと願っています。

先週トマトの話を書きましたが、
久保田の移動市長室の現場視察でも
トマト農家のハウスを見させていただきました。
中野清人さんら4人がトマトを栽培して
「四銃士」というブランドで出荷しているそうです。

トマト栽培のハウスは驚くほど手をかけてありました。
トマトの木が背丈ほどになると
折り曲げるようにして下向きに延ばし
さらに地上30センチくらいで今度は上に折り曲げて
Wの字型に育て、農作業や収穫がしやすいようにしてあります。
1本の木から50個のトマトを収穫するそうで、
まるでトマトの生産工場のようです。

鶏フンや油カスなどのたい肥で土作りをして
太陽熱を利用して土の消毒をするのは
先週書いた兵庫町の中村巌さんのトマト栽培とよく似ていますが、
土作りは企業秘密のようで詳しくは話されませんでした。
トマト作りは佐賀としての大きな産地にはなっていませんが、
あちこちで、グループごとに取り組んでおられるようです。

佐賀城公園に「佐賀レトロ館」が
29日の日曜日にオープンしました。
明治の中ごろ建てられた
警察関連の建物を改装したものです。
旧古賀銀行とよく似た落ち着いた建物です。
中には、佐賀の特産品を販売する物産館や
カフェ、レストランなどがあります。

 

物産館には、食のノーベル賞といわれる、
スローフードアワードを受賞した武富勝彦さんが厳選した
佐賀産の小麦や米の粉で作ったパン、
サツマイモに似たイモで作った細うどんの乾麺、
佐賀の海産物や果物の加工品など
こだわりの品々が置かれています。
レストランも佐賀産の安心して食べられる
こだわりの食材を使った料理が用意されています。

 

佐賀レトロ館は佐賀城本丸歴史館のすぐ近くで、
城内公園を訪れる人が
食事をしたり土産を買ったりするのに便利になります。
レトロ館の運営は「さが・夢・維新会」(代表藤瀬さん)が行い
佐賀城周辺の賑わいを取り戻す力になってくださるでしょう。
土日と祝日は朝市も開かれます。
地元の人の利用を期待しています。

ひとつだけ残念なのは、レトロ館から外を見ると、
南西側は佐賀城の石垣などが見えますが、
その他はコンクリートの建物があって見通しがよくありません。
城跡や緑が見える景色にしたいものです。

3月末になって引っ越し風景が多く目に入ります。
佐賀市役所も、お別れや新しい人を迎える季節です。
引き継ぎを滞りなくして行政に空白が出ないよう気を引き締めます。

季節の変わり目は暑くなったり寒くなったりします。
みなさまも風邪などひかないようお気を付け下さい。

2009年3月23日(月)

春は駆け足でやってきて、急いで駆け抜けています。
庭の花の主役はクリスマスローズやパンジーから
チューリプや、いつもなら4月中旬以後に咲く
シャクナゲ、ツツジへと移っています。

 

土曜日に少し時間があったので耕運機で畑を耕しましたが
翌日は雨、また、地が固まってしまいました。
暖かくて雨の多い春です。
このままでゆくと、夏は暑くて雨が多いのではないかと
災害が心配です。

 

17日(火)に議会がヤマを越えたので
市民や団体の方とお会いする時間がとれるようになりました。
18日(水)に今年度の佐賀農業賞の
先進的農業経営者の部で表彰された
兵庫町の中村巌さんのトマトを試食させていただきました。
甘味のある大変おいしいトマトでした。

化学肥料や農薬は全く使わないで有機JAS認証を受けています。
中村さんは土作りの大切さを強調されていました。
肥料は有機肥料の堆肥、太陽熱で土を消毒し、
害虫は虫がくっつく昔のハエ捕り紙のような
粘着トラップで防除するそうです。

私も無農薬でトマトを作っていますが
病気にかかってしまい、食べられるところまで育つのはまれです。
無農薬栽培の難しさを実感しています。
いつか中村さんの畑を見たいものです。

中村さんはトマトの値段を自分で決めて
関東に出荷していて他のトマトより1.5倍高いのですが、
安心して食べられるおいしいトマトですので
消費者に歓迎されているそうです。
佐賀ではスーパーニコーが販売しているそうです。

中村さんは農薬の影響で肝機能に障害が出たので
有機栽培に切り替えたそうです。
消費者にも喜ばれ経営面でも成功されましたが、
安定的に出荷するには量も必要なので、
後継者と仲間が欲しいそうです。

19日(木)は小学校の卒業式でした。
佐賀市立の51の小学校を2383人が卒業しました。
私は神野小学校の卒業式に出席させていただきました。
子どもたちは中学に進む希望に胸をふくらませているのでしょう、
涙を流す子はいませんでしたが、
ご両親は生まれて小学校を卒業するまでの12年間の
子どもたちの姿が脳裏をかすめて万感の思いがあったことでしょう。

神野小学校では138人が卒業し
その内女の子は70人ですが、
「・・子」と、子の字がついた人は10人くらいでした。
私は3人の娘がいますが、みんな子をつけました。
時代とともに名前も変わるのだと思いました。
何と読めばいいのか分からない名前も多いですね。

20日(金)は知的障害のある人たちが働く
授産施設の「かささぎの里」の
厨房の増設施設の落成式がありました。

かささぎの里は
はじめは、廃墟のようなところで出発しましたが、
今は立派な建物になり70人から80人の障害者が
働いておられます。
かつて佐賀市がプレハブの建物を提供したことがあり
お礼を言われましたが、
ここまでに育てて来られた関係者の努力に
敬意をはらい感謝したいと思います。

落成式に合わせて春まつりが開かれ
私もみなさんと一緒に
お雛さまの歌を歌わせていただきました。
かささぎの里は、障害のある人が、
自分の手足を動かす喜びをかみしめながら、
人としての生きがいや
仲間との絆を強める場になっていることを認識しました。

増設した厨房施設を使って
製造販売する弁当の数を増やされますので
「障害のある人が頑張って作っている弁当があるよ」と
紹介していきたいと思っています。

佐賀市役所の地下食堂は今閉まっていますが
来月中旬から、かささぎの里が運営してオープンします。
障害のある人が働く食堂に、
多くの人が食べにきて下さることを願っています。

21日(土)は、奉仕活動や街づくりに積極的に取り組んでいる
佐賀ローターアクトクラブの創立40周年記念式、
22日(日)は日新保育園の改築工事の落成式がありました。

30年、40年とひと口に言っても
自分自身の人生に合わせて考えると
その長さを知ることができます。
関係者の粘り強い努力に感謝します。
時代を担う人が30年、40年と積み重ねた努力が
新しい担い手に引き継がれ、
50年、100年となってゆくことでしょう。

 

年度末になりました。
各種団体の理事会や総会が開かれます。
退職者とのお別れの会もあります。
そうした行事の合間をぬって、
移動市長室が24日に東与賀、27日に久保田で開かれます。

きょう日中は晴れわたり、桜も一段と開いてきましたが、
年度末は慌ただしく、
私には花見をする時間はないようです。

2009年3月16日(月)

桜に「早く咲きなさい」と春の南風が吹くと
冬の北風が「まあだだよ」と押し戻しています。
暖かい春が待ち遠しいのですが、
地球の温暖化を考えると冬を応援しなくてはならないでしょうか。

おととい(14日)の土曜日の朝、
犬のマックスと、遠めの散歩に出ると
城西中学校の西の道路ぞいに顔を出した
裸ん坊のツクシが寒風に震えていました。

きょうはまた暖かくなりました。
桜のつぼみも大きくふくらんでいます。
そろそろ開花宣言が出そうです。

13日の金曜日、中学の卒業式がありました。
私は金泉中学の式に参列しました。
この中学は数年前、少し荒れて心配されていましたが、
今はすっかり落ち着きを取り戻しています。

卒業式場の体育館に
卒業生59人全員の絵が展示されていました。
さらに59枚の絵をひとつにまとめて
A3の大きな紙に印刷して式の参列者に配られました。
1枚1枚の絵も優れているのですが、
59枚をひとつにまとめると、素晴らしい絵になっていました。

卒業生には、これから幾多の試練がまっています。
みんなが同じ方向でなくてもいい、
それぞれが目指すことに向けて
試練を自分の足で踏み越えてほしいものです。
ふと立ち止まったとき、
同級生が描いた学校周辺の絵に励まされることでしょう。

土曜日、有明海沿岸地域の活性化を考えるフォーラムで
佐賀空港を九州の拠点に育てようという講演を聞きました。
壮大で面白い話だったのですが、
次の日程の、県立病院150周年記念式も大切な場だったので、
中座させていただきました。
行事が重なって中座しなくてはならないとき
主催者に申し訳ないと思うと共に
私も消化不足の落ち着かない気分になります。

きのうの日曜日はさまざまな音楽に出会いました。
まず自衛隊の新入隊員の激励会で
自衛隊の音楽隊の演奏を聞きました。
新入隊員の中には、髪や服装のだらしない若者もいました。
こうした若者がビシッと鍛えられるのでしょう。

次に大和の桃園のハウスの中で開かれた
アマチュアバンドフェスティバルで
ベンチャーズやビートルズなどの昔懐かしい音楽を聞きました。
グループの中に、佐賀市職員の顔もありました。
また、音楽で奉仕活動を続けておられる
市議会議員の本田さんの姿も見え、
歌と演奏を楽しませて下さいました。

ハウスの中は桃が満開でしたが、
桃の木の枝の付け根にお雛様が飾られていました。
佐賀城下ひな祭りが、大和まで広がってきたと嬉しくなりました。

 

夜は市民会館でショパンのピアノコンサートを聞きました。
NPO法人の「カンボジア教育支援フロム佐賀」主催で
戦乱で失ったカンボジアの教育を取り戻そうという
チャリティーコンサートです。
このNPO法人は、俳優の村井国夫さんの
お兄さんが中心になっておられます。
ピアニストの清塚信也さんのピアノ演奏とともに、
村井国夫さんと、妻の音無美紀子さんの語りがありました。

ショパンを献身的に支えた作家のジョルジュ・サンドと
ショパンの交流が語られましたが、
村井さんと音無さんはプロの役者ですので、語りもうまく、
ピアノと語りの楽しいコンサートを楽しませていただきました。

開会中の佐賀市議会は、
16日で一般質問を終って、17日は議案質問に入ります。
あすからは委員会審議です。
中学校に続いて、19日は小学校の卒業式です。
子どもたちの新しい出発が順調であるように願っています。

2009年3月9日(月)

春の花が一列に並んで次々と咲いています。

私の朝の散歩道では、
サクランボの実る「ミザクラ?」が盛りを過ぎると
白いモクレンが鮮やかな白い花を咲かせました。
遅咲きの梅と名前を知らない桜が並んで咲き、
私の畑の白菜、チンゲンサイ、水菜が菜の花を咲かせています。

 

権現さんに足を向けると
私たちはハダンキョと呼んでいる木が
桜のような白い花をつけていました。
ハダンキョは、アンズやスモモに似ていて、ハダンキョの下で、
「李下に冠を正さず」という言葉を思い出しました。
人に疑われるようなことはしないほうがいい、という意味ですが、
行政を担当すると、踏み込まざるを得ないこともあります。

きょう(3月9日)の佐賀新聞の「私の紙面批評」は、
新聞は権力の監視が求められるとして、
定額給付金に佐賀県のほとんどの市と町が
上乗せの商品券を配ることを伝える新聞記事を
問題意識が無いと批判していました。
また、商品券を配る市と町の判断も批判されていました。

佐賀市も上乗せ商品券を配布します。
商品券の配布をしないのは時代遅れとして、
「できるだけ高い金額を、できるだけ早く配布する」
ことを求める空気もありました。
私達は議論しないまま、その流れに乗ったのではありません。

定額給付金には、国民に多くの異論があり、
役所内の議論でも
上乗せ商品券を配布することに反対意見も出ました。
一方で商工団体からの熱い願いもあり、商品券の配布を決めました。

「私の紙面批評」で、
給付金や上乗せ商品券に舞い上がる空気がある中で、
違う立場で発言する人がいることを知りました。
批判されたのですが嬉しくもありました。

私達は流されたのではなく、
いったん立ち止まって議論しました。
結果的には「李下に冠を正す」ことになったのかも知れませんが
正しく議論したということでは満足しています。

3月6日の市議会で議員の質問に答えて
次期市長選挙に出馬の意思があることを表明しました。
この中で私は、
▽佐賀市の体力、すなわち財政力の強化
▽安心して生活できる郷土つくり
▽地域の特性を生かした協働によるまち作りの
「強化」「郷土」「協働」の三つの「きょう」を堅実に推し進め
佐賀市の「きょう」を「あした」に切り開くことを訴えました。

市民の皆様の支持が得られれば
次期市長選挙に出馬する意思があることを表明しました。
皆様のお力をお貸し下さい。

3月7日の土曜日、売茶翁のシンポジウムが開かれました。
売茶翁の功績を讃え広めたいという市民の思いが
運動のエネルギーになっていました。
佐賀市の宝として磨きたいと思います。

3月8日の日曜日、
聴覚障害のある人の交流を図る耳の日制定50年の
記念式がありました。
私は手話で自己紹介をさせていただき、その難しさを体験しました。
聞こえないだけでなく、意思を伝えることのもどかしさを感じておられる
耳の不自由な方たちの思いを少しですが知ることが出来ました。

同じ日の午後、
佐賀市文化連盟の合同文化祭が富士町で開かれました。
焼物、絵画、写真、手芸などが展示され、
踊りやダンス、歌などの発表がありました。
60代、70代の女性があでやかな衣装でダンスを踊っておられる姿は
20代の乙女が踊っているような華やかさでした。
こうした文化活動は人々を若々しくします。

今朝、嬉しいことがありました。
出勤のために市営バスに乗っていると、
佐賀市の有力企業の会長が、バスに乗ってこられました。
バスを利用していただき、ありがとうございました。

2009年3月2日(月)

3月が春を呼び寄せているようです。
朝、犬のマックスと散歩に出ると、畑に薄く霜がおりていましたが、
ウグイスのホーホケキョという美しい鳴き声が聞こえてきました。
これまでは1羽で鳴いていましたが、
今朝はこちらで鳴くと、向こうからも美しい声が聞こえてきて
まるで掛け合っているようでした。

出番を待っていた花も一斉にふくらんできました。
通勤の途中、近所の家の庭を見ると
ラッパスイセンが一気に満開になっていました。
それぞれの家庭の庭は春爛漫です。

 

先週、関西に出かけ
バルーンでお世話になっている企業に、お礼とお願いをし
財界などに佐賀の情報を発信してきました。

バルーンの主要なスポンサーになっていただいている
コーヒーの製造販売会社の(株)トーホーは
神戸の六甲アイランドの中に本社があります。

トーホーの創業者は佐賀の方で
昭和22年に佐賀市の中央マーケットで
食品の卸売業からはじめたそうです。
今は従業員3900人、年間売り上げ1665億円の企業です。
専務をはじめ、古くからの社員は佐賀出身の人が多く、
社内に佐賀弁が飛び交い、本社のある関西出身の社員が驚くそうです。

東洋紡の会長は佐賀、川副の出身です。
子どものころ、早津江川でたくさんのアサリを捕った思い出を話しておられました。
こうした佐賀出身の方々の人脈などをたどって佐賀を売り込んで行きます。

佐賀が生んだ煎茶道の祖、高遊外売茶翁をしのぶ茶処を
長崎街道の歴史民俗館の近くに設ける計画があります。
シュガーロードでもある長崎街道の近くに
かつて売茶翁が住んでいた家の一部を利用した茶処を置いて
訪れた人に佐賀のお菓子とお茶を楽しんでもらおうという計画です。

そこで売茶翁が修行した、
宇治市にある黄檗宗の大本山、萬福寺を訪ねました。
売茶翁は宇治の人たちにも顕彰されていて寺に売茶堂がありました。
中に売茶翁の木彫りの像が置かれ手厚く供養されていました。
茶どころ宇治にある萬福寺を訪ねた人たちが
次は佐賀の茶とお菓子を味わって下さればと思いました。

先週の土曜日、巨勢川調整池の記念碑の除幕式に参列しました。
30年の年月をかけた事業で、
記念碑に刻まれた名前の中にはすでに他界された方もおられます。
大勢の人々の努力で佐賀の洪水調整能力があがりました。
ただ最近のゲリラ的豪雨にはこれで充分というものではありません。
さらに対策を進めて行く必要があります。

春の火災予防週間がはじまり
初日のきのうの日曜日、各地で火災予防を呼びかける行事がありました。
佐賀地区の消防団は消防ポンプ操法大会を行いました。
15チームの団員が、仕事前の早朝や仕事を終えたあとに
訓練を重ねた腕を披露していました。

 

大和町では防火の集いがあり、
火の用心のパレードや、幼い子どもたちのミニポンプ操法の演技
防火を呼びかける寸劇が行われました。
女性の消防団員などが、
「火遊びをやめようね」と子どもたちに呼びかけていました。

きょう(2日)から26日まで、3月の佐賀市議会です。
国の経済対策や雇用対策を受けて編成した
来年度予算案などが審議されます。

2009年2月

2009年2月23日(月)

久しぶりに晴れた土曜日の朝、
庭の満開の梅の花の近くで、
サクランボの実をつける桜がチラホラ咲き始めたのに気がつきました。
梅と一緒に咲くのを見たのははじめてです。
梅が遅かったのでしょう。

 

5月のはじめにはサクランボの実が生ります。
去年は横浜で暮らしている娘の家族が、
大型連休を利用して帰ってきて孫がサクランボ狩りをしました。
妻は今年も遊びに来てくれることを期待しているはずですが、
2年連続は無理でしょう。

NHKから嬉しい連絡が3件ありました。
いずれも佐賀から全国に発信する番組です。

【その1】
2月25日(水)総合テレビ午後0時20分からの
ふるさと発1番で、 佐賀市川副町から、
有明海の海苔生産の模様が放送されます。

【その2】
3月15日(日)総合テレビ午前6時15分~50分
産地発!たべもの一直線で
佐賀特産のホワイトアスパラガスが紹介されます。

【その3】
7月12日(日)ラジオ第1放送で
特別巡回ラジオ体操が県総合グランドから中継されます。

番組を通して佐賀が全国に紹介されることでしょう。

先週末の21日(土)世界遺産シンポジュウムが
佐賀大学理工学部で開かれました。
シンポジュウムには、国際産業遺産保存委員会の事務局長
スチュアート・スミスさんが出席されました。

世界遺産は、大きな遺跡や景観などが対象と思われてきましたが、
幕末から明治にかけての、九州、山口の産業近代化の足跡を
数珠のように結んで世界遺産に登録しようという動きがあります。
佐賀は運動が出遅れましたが
他の県と足並みをそろえて運動してゆきます。

調査地点は築地反射炉跡、多布施反射炉跡、精煉方跡、三重津海軍所跡です。
その中でも一部調査が進んでいる、
川副、諸富にかけての、三重津海軍所跡は心強い存在です。
幕末の佐賀藩の工業技術は他の藩と比べて群を抜いていて
三重津では蒸気船を次々と建造していました。

三重津海軍所跡の真上を
有明湾岸道路が通る予定で気になっていましたが
スミスさんは、橋脚で遺跡を守れば共存できる、と言われました。
スミスさんが佐賀を訪れるのは3回目、
4月には保存委員会の委員を伴って来られる予定です。
こうした方が度々訪れられるということは
世界遺産登録の可能性が大きいと思いたいのですが・・・・。

新年度は、三重津の発掘を含む調査を行って、
歴史の重みと課題を集約し、
日本の産業近代化を世界に伝える熱い運動を
繰り広げたいと思います。

先週の水曜日(18日)、東京に日帰り出張しました。
過疎地域の指定を受けている三瀬村、富士町の優遇措置が、
21年度で切れるため
同じ問題を抱える九州の他の自治体と共に、
新たな措置法の制定を国に要望しました。

国から色よい返事はありませんでした。
三瀬、富士は、佐賀市と合併したので心配です。
合併して市になっても地域の実情は変わりません。
過疎地域は手入れをしないと、
山や森、水、空気などの自然が壊れます。
過疎地域はその地域だけでなく、みんなのものです。
過疎地を守ることを国に強く求めてゆきます。

20日(金)の夜、三瀬村で
後援会主催の市政報告会がありました。
寒い中30人の方が集まって私の市政報告を聞き、
みなさまのご意見をうかがいました。
ありがとうございました。

金曜日の午前中は、松原神社の参道に
「参道入り口」という標柱が建てられました。
「佐賀ん町屋ば甦(よみがえ)らす会」が音頭をとって建てました。
日峰さん通りと呼ばれたこの参道は、かつては、
旅館街にもなっていて、たいへんな賑わいでした。
今は寂れていますが、古い旅館や写真館の建物も残っていますので
風情のある街並みを取り戻したいものです。

翌日の土曜日(21日)から3月31日まで佐賀城下ひなまつりです。
ひなまつりは各地で開かれるようになり、
うまく結びつけば力になりますが、マンネリになる恐れもあります。
旧古賀家の、お雛さまの今年のテーマは「祝い膳」です。
漆塗りのお膳がたくさん集められその上にお雛人形が飾られています。
マンネリにならないように、会場はそれぞれ工夫を凝らしています。
去年と違う雰囲気を作っていますので、楽しんで下さい。

毎年協賛していただいている
早稲田大学は「スゴロク近代日本の世相」という展示を
大隈記念館などで開いています。
また、会場を結ぶ商店街の1軒1軒が、
ひな人形を飾っておられます。
佐賀のひなまつりは、佐賀市民みんなでつくるひなまつりです。

2009年2月16日(月)

これまでクシャミは1回だけでしたが、
このところ、3回、4回と続けてクシャミが出ます。花粉症なのでしょうか。
私はときどきクシャミが出る程度ですが、
大きなマスクをした人を見ると、
春を待つ楽しいはずの季節に苦労されているのだろうと同情します。

きょうは環境の話を書きたいと思います。
14日の土曜日の午後開かれた環境保健推進大会の資料を見ていると
環境保全に尽くして表彰される事業所のひとつが
自宅に近い西与賀の土木建設会社でした。
そこで土曜日の早朝、犬のマックスとの散歩のとき足を伸ばして、
その会社の人たちが清掃されたクリークを見に行きました。

高伝寺の西にあるそのクリークはいつもはコモが生い茂っていますが、
きれいに清掃されて2羽のカモがゆっくりと泳いでいました。
幅は10メートルくらいあって、深いクリークなので
機械力を使わないと清掃できません。
従業員総出で、土木機械を使って川さらいされたのでしょう。

この地域では、以前小学校5-6年生の子どもが
クリークに浮いたゴミを網ですくいあげている様子を見ました。
子どもから事業所まで
さまざまな人たちが地域のために汗を流しておられます。
ありがたいことです。

散歩の帰りに、高伝寺の東側に足を向けると
地元の人が整備しているフラワー道路のパンジーや参道脇の梅は満開でした。
水深10センチの小川に降りてみると
水はぬるんでいて、砂の下にシジミが生息していました。
この辺りは、夏にはホタルが舞います。守りたい環境です。

 

環境保健推進大会で表彰されたのは
個人26人と、2つの事業所です。
長くなるので、その全てを紹介することが出来ないのが残念ですが、
ひとつひとつが尊敬に値する行為です。

大会では、小学生から短大生までの
ティーンズミュージカル佐賀が
環境問題を訴える「地球~SOSの彼方」を上演しました。

また小中学生による、子ども環境サミットも開かれました。
この中で高木瀬小学校の児童は
学校に作ったビオトープでの観察で
水中や水辺は、魚やザリガニなどの外来種が増えて
従来の環境に影響を与えていることを学んだと発表しました。

諸富北小学校の児童は町内のクリーン作戦の取り組み、
城南中学の生徒はパソコンのインクカートリッジの回収運動について
それぞれ発表しました。

15日の日曜日
大和町の東山田天満宮の絵馬の奉納式に参加しました。
江戸時代後期に描かれた絵馬の絵が見えにくくなったので
地元の人たちが作り直しました。
地元出身の芸大生や地元の人たちが
絵馬のいわれなど、歴史を学びながら一筆、一筆描きました。
絵馬を奉納することで、地元の絆が強くなったそうです。

 

自宅近くの鍋島直茂候の誕生地の木々の間から
ウグイスのチィッチィッという鳴き声が聞こえていましたが、
つい先日「ホーホケキョ」という完璧な初鳴きを聞きました。
いよいよ、春本番でしょうか。
佐賀城下ひなまつりは、21日からです。
去年は雨にたたられましたが、せめて土日は
好天に恵まれることを願っています。

2009年2月9日(月)

今朝霜が降りていましたが、さわやかな朝でした。
わが家の畑はエンドウの花が咲き始め、
春の足音が聞こえてくるようです。

 

おとといときのうの週末、
朝早く出かける行事が無かったので、
朝はゆっくり散歩して気功をすることが出来ました。

散歩しながら、道路脇の民家の庭に目をやると
頑張って咲いていた寒菊が役目を終えて、
スイセンや梅、パンジーが庭を彩っていました。

城西中学校近くの農村公園まで行くと
ヒバリが空を舞いながら鳴いていました。
同じところで円を描きながら5分間も鳴き続けていました。
朝の運動でしょうか。
田んぼでは春の農作業がはじまり、
農家の人が麦踏みや土入れをしておられました。

途中まで一緒に歩いた86歳の方は、
このところの暖かさで灯油があまり要らないので助かると
話しておられました。

暖かいのは助かりますが、気になることもありました。
川副のクリーク沿いの菜の花が
黄色の絨毯を広げたように咲きほこっていました。
まだ2月のはじめ、早すぎます。
地球の温暖化で夏に大雨が降るのではないかと心配です。

先週は3月補正予算の査定をしました。
来年度当初予算案は、ほぼ出来ていましたが、
国の景気、雇用対策を加えて作り直しています。
新年度、141人の新規雇用を目指します。

6日の金曜日に佐賀市で
福岡、大川、佐賀の3都市フォーラムが開かれました。
今年のテーマは「食」でした。
食は観光面でも重要なポイントです。
福岡の140万の人口は魅力です。
食と、もてなしの心で交流を深めたいと思います。

講師の日田市観光協会の佐藤真一事務局長が
「そんなこと出きるわけないじゃないか」という
否定的な発想を、
「そんなこと出きる。わけないじゃないか」と
○ひとつで変えようという話をされました。
ともすればネガティブになる発想を転換しようという話が
印象に残りました。

きのうの日曜日は
午前中、川副町の公民館の落成式、
午後は、青少年健全育成推進大会に出席しました。

 

この内、川副町鰡江(シクツエ)地区の公民館の落成式では、
鰡江(シクツエ)という地名が気になりました。
鰡という字は一般的には鯔と書くボラのようだと思いましたが、
出席した地元の人が昔は「ボラエ」と呼んでいたと話されました。
ボラがたくさん集まる入り江があったのだろうと納得しました。

しかし次に、「ボラエ」がどうして「シクツエ」になったのかが話題になりました。
地元の古老が、
「グチを釣り上げるとグチグチ泣くように、ボラはシクシク泣いたのだろう」と
話されました。ウーん、納得したようなしないような、ですね。

この公民館、正式にはコミニティー施設ですが、
地元の110世帯ほどの方がお金を出し合って建設されました。
これまでの2階建てから平屋になり、高齢の人も使いやすくなりました。
地域の活動拠点となることでしょう。

今週は広域関連や街づくりなどの会議があり、
夜は市長と語る会も2か所で開催します。
年度末は1日1日があっという間に過ぎ去って行き、
追いまくられる感じがします。

速報ですが、嬉しい知らせが入ってきました。
佐賀市の健康づくりのシンボルとなる
「特別巡回ラジオ体操」が関係者の努力のおかげで
7/12(日)6:30~ 佐賀県総合運動場で
開催されることが決定しました。
当日は、好天にめぐまれ、
多くの方とラジオ体操ができることを祈っております。

喉を傷めた痛々しい声が周辺から聞こえてきます。
色々な風邪が流行っています。
どうぞ気をつけて下さい。

2009年2月2日(月)

きょうは快晴のすがすがしい朝でした。
庭の梅もツボミが膨らんで春が近いことを知らせています。
気持ちよく犬のマックスと散歩していると、
ゴミステーションのそばに、犬の大きなウンコがありました。
ゴミを出す人の気分が悪くなるだろうと思って、
マックスのそれと一緒に持ち帰りました。

同じようなものが家の近くに落ちていることもあります。
近所に野良犬はいませんので、同じ飼い犬のものでしょう。
近所の人が
「犬のウンコを始末できない人は、犬を飼う資格がありません」という
張り紙を出していますが、
その犬の飼い主の目に入らないのでしょう。

出勤のために、バス停に向かって歩いていると
ゴミ袋が破れて10メートル四方にゴミが散らばっていました。
カラスの仕業でしょうが、ゴミを出した人はルールを守って出したのでしょうか。
すがすがしい気分が暗くなりました。

先週の金曜日、福岡の佐賀県人会の新春の集いに出席しました。
博多駅で電車を降りたあと、100円バスで会場に行きました。
次々とやってくるワンコインで乗れるバスは大勢の人が利用していました。
佐賀でもこんなにバスを走らせることが出来たらいいのですが、
かなわぬ夢でしょうか。

県人会には180人が集まっておられました。
夫人が同級生とか、私の友人の友達とか、つながりのある方がたくさん居られました。
県人会の会長は高校の同級生です。
高校の同級生は1000人もいますので、50年前の顔を思い出せる人は多くありません。
家に帰って高校時代のアルバムを出して、しばし青春の思い出をたどりました。

県立美術館で開かれている「特別展運慶流」を
土曜日に妻と一緒に見に行きました。

観音さまの像は、細い目で
800年前の昔と今、人々はどちらが幸せなのか観察しながら、
「住みよい街になっていますか」と私に語りかけておられるようでした。
仁王さまのような、いかつい像は「住みよい街つくりに頑張れ」と
私を奮い立たせて下さっているようでした。

日曜日には、諸富町の太田城下ひなまつりに妻と出かけました。
会場の公民館に、竹で城の門が作られ
城下のひなまつりの雰囲気を醸し出していました。
手作りのひな人形、木目込み人形のおひな様
子どもたちが作った貼り絵のおひな様などが並んでいました。

 

今年のテーマは、「ぬくもり」で、
子どもと大人のつながり、おもてなしの心を培うまつりをめざし、
幼い女の子が着物姿で、訪れた人にお茶を出していました。
一生の思い出になることでしょう。

会場には琴の音が流れていました。
琴のお師匠さんと話すと、最近学校は、
琴や三味線などの日本の伝統に、子どもたちが接するようにしているものの
先生が、「予算がないので・・・・」と恐縮しておられるそうです。
先生たちに窮屈な思いをさせているようです。

今週は、後期高齢者の医療広域連合の理事会や
広域消防、公立病院のあり方など
広域行政に関する会議が相次ぎます。

きょうは暖かくなりましたが、
インフルエンザの流行の最盛期です。
どうぞ気をつけて下さい。

2009年1月

2009年1月26日(月)

大寒らしい寒波が襲ってきました。
この冬は西日本に雪が降る日が多いようです。

一昨日、24日の土曜日、
いつものように犬のマックスと散歩に出ると、
薄っすらと雪の積もった早朝の白い路面は凍っていました。
滑らないように歩いていると背中がスウスウと冷たくなってきました。
いつも着るチョッキを忘れていたので、取りに帰ろうかと思いましたが、
素足のマックスは、足の裏が冷たかろうに平気で歩いていました。
マックスに励まされるようにそのまま散歩を続けました。

散歩から帰って、ウコッケイに餌をやるとき、
ウコッケイも素足で足の裏が冷たかろうと思いました。
動物たちにも試練の寒波ですが、
この冬、仕事を失った人たちは身も心も冷え切っておられることでしょう。
私に何が出来るのか、散歩から帰って考え込みました。

23日の金曜日に
佐賀広域消防局の佐賀消防署の
消防高度救助隊の発隊式がありました。

高度救助隊の隊員は
地震などで倒壊した家屋や瓦礫の中に取り残された人を助け出す
厳しい訓練を受け、特殊な救助機材を備えています。
隊員のキビキビした訓練ぶりを頼もしく思いましが、
発隊式に参列したスーツ姿の人たちは
冷たい風にさらされて、まるで耐寒訓練だったでしょう。

同じ金曜日、民生委員の総会がありました。
民生委員は、担当地域の子どもたちが不幸な目にあっていないか、
1人暮らしのお年寄りに異常はないか、
毎日目配りと気配りをして、相談にのっておられます。

佐賀市には民生委員が535人、
自治会長が661人、消防団員が4000人おられます。
この他、さまざまなボランティア団体や個人の力で
地域の安心安全が守られています。
ありがたいな、と思います。

寒さの中、春が近づいているなと感じることもありあます。
24日の土曜日、
川副町の大詫間のひな飾りに出かけました。

 

会場の公民館には手作りの2200のひな人形が飾られていました。
今年のテーマは、「エコ」で
ひな人形の芯は、ヤクルトの容器やトイレットペーパーの芯などを使い
人形の着物も古い晴着をほどいて作ったものもありました。

人形を作ったおばあちゃんなどは、生き生きとしておられました。
大詫間の人たちみんなで、
ひなまつりを開き、楽しんでおられるようで、地域力を感じました。
華やいだ会場にいると、外の寒さを忘れました。

今週のはじめは、東京で国への要望活動を行い、
合わせて、バルーンの協賛企業を回ります。
企業も不況で厳しいときですが、
何とか、秋のバルーン大会への力添えをお願いします。

2009年1月19日(月)

今朝(19日)は久しぶりに暖かくなりました。
バス停に向かって歩いていると
サザンカが咲きほこり、メジロのチュチュチュというさえずりが聞こえてきました。
つい先日はヒワ(ビワ?)の小さな白い花にメジロが群がっていました。
ほんの少し春の香りがしてきます。

 

一昨日と昨日は、大学入試センター試験が行われました。
若者たちに明るい春がきて欲しいものです。

先日うれしい光景に出会いました。
家の近所を歩いていると、
空き缶ひとつを手に持った友人が道路わきを覗きこんで何やら探しています。
「何を探しているの」と聞くと、
「このあたりに空き缶が捨てられていたはずだが」と言います。
その空き缶は、私が犬と散歩していたとき拾って
ゴミステーションの空き缶の袋に入れたばかりでした。

この友人の他にも、
歩く道すがら、落ちているゴミを拾う人が近所に居られ、心強く思います。
ゴミを拾う人が居るのは捨てる人が居るからです。
うれしい人、困った人、さまざまな人が暮らしています。

先週、諸富で移動市長室、大和の松梅で市長と語る会が開かれました。
移動市長室は、出先の市職員や団体と問題点を語りあい、
市長と語る会は、市民の声を聞く会です。

諸富での移動市長室では、
佐賀市と合併する前の諸富町時代から
大部分が完成しているのに、
残りのわずかが用地買収でつまづいて貫通していない道路があるのが
何とか動きだせそうだという報告がありました。

また工場から出る廃棄物を
有機肥料として有効利用する方法を
農家、工場、行政が協議している話もでました。
前向きの話が出て、うれしい会でした。

佐賀市の総合防災訓練がきのう神野校区でありました。
この訓練は、6434人が犠牲になった、阪神淡路大震災が起きた翌年の
平成8年から佐賀市が毎年行っています。

 

訓練には、地元の人たちや防災団体の1200人が参加して
地元の人たちは、介助が必要な人を助けながら避難する訓練、
婦人会は、炊き出しのおにぎりを作る訓練、
防災機関は、日頃の訓練や活動を披露しました。

きのうは市内各地の
自主防災組織の人達も訓練に参加されました。
行政や防災機関は災害の予防や
災害が起きたときはすみやかに対応しますが、
大きな災害では、地域の人たちの力が一番求められます。
こうした自主防災組織は、防災力の大きな力になります。

きのうは、参加した市民へのマイクでの案内が
充分でなかったという声が寄せられました。
来年は改善します。

災害は忘れた頃にやってくる、と言われてきましたが、
最近は異常気象もあって、忘れる前に次の災害がやってきます。
避難場所の確認や、食料、水、懐中電灯、ラジオ、など
避難するときの持ち物など、もう一度確認して下さい。

今週もまだ新年の催しが続きますが
週末には、川副町の大詫間おひな様飾りがあります。
春の足音が聞こえて来るようですが、
まだまだ寒い日が続きます。
インフルエンザや風邪にかからないよう、気をつけて下さい。

2009年1月13日(火)

きのう(12日)の朝、犬のマックスと散歩に出て
城西中学校近くの農村公園で太陽に向かって気功をしていると、
突然空が黒い雲に覆われて吹雪のような天気になり
本庄地区の田畑は、一瞬にして真っ白になりました。
風に向かって歩くと、フードを被っていても雪が目に入るので
後ろ向きになって散歩を続けました。
小学生の頃、ランドセルを背負って後ろ向きに歩いた日々を思い出しました。
このところ寒い日が続きますが、
地球温暖化が言われているだけに、ちょっと安心しました。

1月9日、福岡市の早良区の新春の集いに出席しました。
自治体や団体が開いた集いで300人くらいが集まっておられました。
合併前の三瀬村と福岡県の内野村が県境を越えて交流をしてきて、
長年の交流の伝統が今に引き継がれています。
集いには、福岡市の吉田市長も出席されていましたので、
今後も交流を深めることを誓いあいました。
去年、福岡県側にループ橋が出来たので往来が容易になりました。
福岡の人たちが有明海沿岸まで足を伸ばして欲しいと宣伝してきました。

消防の出初式が各地で行われています。
私は10日に三瀬、11日に久保田の出初式に参加させていただきました。

三瀬は5センチの積雪があり、
雪用のタイヤを着けた車に乗り換えて会場を訪ねました。
会場の体育館は底冷えがして、
厚手の靴下を履いていても寒さが忍び込んできました。

 

久保田の会場は佐賀平野の真ん中のグランドで、
天山下ろしの小雪混じりの冷たい風が吹き付けていました。
婦人消防団員はズボンではなくスカート姿で行進をしておられ
冷たさがいっそう厳しかったのではないかと思います。
各班の指揮者の方の緊張感が、冷たい空気にのってピリピリと伝わってきました。

三瀬も久保田も寒い中での出初式でしたので、
凛とした引き締まった出初式でした。
早朝から集まられた消防団員の皆さん、お疲れさまでした。

11日の早朝、北川副小学校グランドで開かれた
「ふれあい冬まつり」に出かけました。
まつりは、毛槍を持って舞う「しゃーの毛」と口上をいれた神様への露払いにはじまり、
無病息災を祈る「ほんげんぎょう」やモグラ打ち、子どもみこし、餅つき
カッポ酒のふるまいなどが行われ、
お年寄りから子どもまでが、一緒に楽しんでいました。
この冬まつりは、大人と子どものふれあいを図る、子どもへのまなざし運動のひとつで、
まつりの準備も大人と子どもが一緒に行ったそうです。
ほんげんぎょうは、高さ5メートルほどの青竹と丸太が燃え上がり
冬の空を明るく染めていました。
今年が、こんなに勢いのある1年であってほしいと祈りました。

 

11日の午後、
佐賀市民会館で開かれた、旧佐賀市の成人式に出席しました。
このところ佐賀市の成人式は混乱もなく行われていて
今年も大きな混乱はありませんでしたが、
1人の青年がボディペイントをした裸姿で奇声を発していました。
また、式典の間に私語をする青年も多く、
15分間くらい、人の話が聞けないのかと、腹立たしく情けない思いをしました。

しかし夜になって考えていると、
不安ばかりが多くて、若者が希望の持てない社会を作った大人にも
責任があるような気がしました。
怒りの気持ちと、若者への温かいまなざしの気持ちが交錯しました。

若者たちが、もっともっと大人になったとき、
住んでいる地域の安全を守るために、
自らの生活を犠牲にして、整然と訓練する消防団の一員のように
成長してくれていることを願います。

新年になって、さまざまな団体の新年会に出席させていただいています。
出きるだけ多くの人の声に耳を傾けようと出かけていますが、
腹回りが大きくなるのが、気になっています。

医師会の方に聞くと佐賀市でもインフルエンザが流行り始めているそうです。
寒さが一段と厳しくなっています。
皆さん、体調管理には充分気をつけて下さい。

2009年1月6日(火)

新年おめでとうございます。

東京の「年越し派遣村」を見ていると
おめでとうという言葉を使うのにとまどうような
不安に包まれた新しい年です。
普通でいいから安心して暮らせる佐賀であってほしいと
思っています。

私の年末年始は穏やかに過ぎました。
27日は役所に出て、やり残した仕事を済ませ、
28日から休みました。

新年を迎えるための私の恒例の仕事は
ガラス窓の掃除と家の外回りの片付けです。
汚水升の掃除は早めにすませたので、
28日に窓掃除をしただけでした。
それも私が家の外から窓を洗うと、
内側は娘がしてくれたので、助かりました。

孫が帰ってくる年は庭に臼を出して、杵で餅つきをしますが、
今回は臼を出さないで、8キロの餅をつきました。
そうです、あの機械を使っての餅つきです。

28日と29日の夜は消防団の年末警戒を激励して回りました。
28日は久保田、大和、東与賀、諸富を回り
29日は佐賀、川副、富士、三瀬を回りました。
川副は海からの風が冷たく
富士、三瀬は、山の冷気に身震いする寒さを覚えました。
正月前の忙しい時期に
地域を見回り、火災予防を呼びかける団員の皆様の
努力に頭が下がります。ありがとうございます。

わが家は毎年、新年を迎える午前0時に
正月飾りを恵方に向けて合掌して、お屠蘇をいただきます。
今年も紅白を見たあと、風呂に入って身を清め
北北東の恵方に向かって、新年の決意を新にしました。

 

元旦は、佐賀走ろう会が開いた新春5社参りに参加しました。
まだ暗い空から雪がちらちら舞い落ちるなか県庁前に集まり
野球少年などの若い人と一緒にラジオ体操をしたあと、
歩いて、佐嘉、松原、八幡、護国、輿賀の5社にお参りしました。
娘たちの幸せと共に、景気の回復を祈りました。

 

今年は参加者が400人と多く、
県庁周辺をねぐらにしているカラスが驚いて
明るくなったばかりの空を舞っていました。
最近カラスの悪戯がひどくなっています。
わが家でもウコッケイの卵を取られました。

5社参りの帰りに近所の氏神さんや寺を回り、
午後は金刀比羅神社に初詣に行きました。
結局元日には11社寺を回って祈りました。

金刀比羅神社の宮司さんは
去年は水害に気をつけるようにと言われ、
言葉どおり6月に市街地が水に浸かる被害がありました。
今年は火事に気をつけるようにと言われました。

昨日から仕事はじめでした。
厳しい1年になりそうです。
みんなで少しずつ我慢して助け合い、共生の道を求めましょう。
行政は公正公平を貫きます。

今年の重点課題のトップに
地場産業の振興と雇用の創出をかかげます。
国や県の雇用対策にくわえて
佐賀市独自の雇用の発掘を試みています。
手を差し伸べる必要のある新たな人が居られないかチェックします。

論語からの引用ですが、
「寡(すくな)きを患(うれ)えずして均しからざるを患う。
貧しきを患えずして安からざるを患う」という言葉があります。
お互い、乏しきを分かち合い、助け合って、頑張りましょう。

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