2008年4~6月のひとり言

2008年6月

2008年6月30日(月)

先週、三瀬と富士で移動市長室を開き
住民の方々の声を聞きました。

いずれも65歳以上の高齢者が半数を越えて
地域の共同生活を維持するのが難しいとされる
いわゆる限界集落に不安を抱えておられました。
限界どころか消滅するのではないかという不安です。

この問題、市議会の特別委員会でも対応を研究しておられますが、
特効薬はありません。
特産品を育てるなどして農林業で生活できればいいのですが、
難しいのが現実です。

山あいの集落から若い人たちが通勤できる範囲に
雇用の場を作るために、大和と鍋島を候補地にして
新しい工業団地を作ることを検討しています。
又、都会の人を呼び込む観光の振興を図る必要があると思っています。

学校の統廃合が進んでいますが、
子どもの教育のために統廃合するのならともかく
財政の効率化のためにのみ安易に統廃合をすすめて、
地域が消滅するという事態はさけなくてはなりません。
地域に住むみなさんと市が知恵を出し合って集落を守りましょう。

6月24日に、表彰の伝達など嬉しいことが3つありました。

まず、長年更生保護活動をしてこられた
古賀常次郎さんが、紺綬褒章を受章され褒章を伝達しました。
古賀さんは母校の巨勢小学校に、
毎年のように多額の寄附をして下さっています。

新栄小学校校区の高齢者の方で作るフラワークラブが、
環境大臣賞を受けられ、報告にこられました。
校区内の公園の花壇の手入れを長い間続けてこられました。

また神野小学校の子どもたちは
神野公園の花壇のお世話を続けたことから
日本善行会から表彰され、表彰状の伝達をしました。

報告を聞き、また表彰状を伝達しながら、
高齢者と小学生という世代の違う佐賀市民が、
いずれも、多くの人の目を休める花壇の手入れに
長年取り組んでこられたことに心が暖かくなりました。

政治や行政を行う人たちの中にも
失敗は他人のせいにして、成果は自分のものという心寂しい人がいます。
それだけに、公園を訪れる人のために黙って花の手入れをする人の
感性豊かな思いやりの心が輝いて見えます。

有明海の諫早干拓の水門を開いて宝の海を取り戻せという裁判で
原告の訴えを認める判決がありました。
漁民に希望の光を灯してくれる判決です。

判決にあるように、
すみやかに中長期的な開門調査を行い、
その結果に基づいた適切な施策を
国にお願いしたいと思います。

佐賀大学と佐賀市は、共同で
佐賀環境フォーラムを開いていますが、
今年は化学物質の人体汚染についてをテーマに
佐賀大学で開かれ、私も出席しました。

この中で、NPO法人次世代環境健康学センターの
立石光敏さんの講演が強く印象に残りました。

立石さんは、
「石油製品で生活は便利になったが、
生活環境は石油化学物質による汚染が進んでいる。
化学物質の影響は時間をかけて忍び込み
子どもや孫の世代に健康被害をもたらす。
環境ホルモンは人の生殖、免疫、神経に影響をおよぼしていて
人の脳にも影響して突然キレル人が増えている」などと話されました。

食べ物は煮たり焼いたりしたほうが良い。
化学物質が集まるハラワタや脂身は食べないなどで、
ある程度守ることが出来るそうですが、
地球に住む一員として
汚染されていない環境を
後の世代に残す努力をしなくてはなりません。

2008年6月23日(月)

筑後川下流土地改良事業の関係者は
毎年、久留米の水天宮に参拝して
「農業用水が不足しないように」とお願いします。
今年も6月1日に参拝して、
「最近は集中豪雨が多いので、程よい雨をお願いします」と
お祈りしましたが、
19日の朝、心配していた集中豪雨になりました。

地球の温暖化の影響でしょうか、
それは激しい雨で、私は早朝大きな雨音に目を覚ましました。
家の前の水路や、近所の大井手幹線水路があふれそうだったので
役所に電話すると、水防警戒体制はすでに出来ていました。

雨量は1時間の最大が69ミリ、3時間が144ミリで
私が建設部にいて水防の指揮をとった
平成2年7月2日の雨の降り方とそっくりでした。

平成2年は床上浸水が800戸、床下浸水は1万戸を越えましたが
今回は床上浸水8ヶ所、床下浸水50ヶ所でした。
被害は少なかったものの、実際に被災した人は大変です。
多くの苦情が寄せられました。

田植え時期の今は農業用水を溜めなくてはなりませんが、
平成2年の教訓から、
大雨注意報が出た段階で、樋門を開いて排水を行うことにしています。
しかし今回は
注意報から警報までの時間が1時間25分しかなく、
満潮が近かった事等により市街地の冠水を招きました。
農業用水路が佐賀市街地を通っている宿命があり、
樋門の操作は綱渡り的な対応をしていますが、
さらに、研究、検討をする必要があるようです。

おととい(21日)の土曜日に
農協の役員の方が我が家を訪ねて来られ、
本庄町末次の水路に
「大量の麦わらが詰まっているので何とかしてほしい」と言われました。

水路には1メートル位の深さに推定で100トンの麦わらが溜まっていました。

土曜日で役所は休みでしたが、農業や河川担当者に電話して対応を指示しました。
近くの水田には、植えたばかりの稲の苗の上に麦わらがかぶさっていたそうです。
苗を傷めないように麦わらを取り除く農家の人の作業は大変だったろうなと思いました。
農家でないと分からない苦労です。

 

あまり人目に触れない所で、さまざまな人が被害にあって苦労されています。
これ以上の被害が出ないことを願いますが、
天候が不順なときですので、体調には充分お気をつけ下さい。

市議会は、先週で一般質問が終わり
今週は委員会審議で、
26日の木曜日に議案の採決が行われる予定です。

2008年6月16日(月)

出勤のためにバス停に向かっていると
自宅近くの公園のアジサイが満開でした。アジサイのそばのクチナシに似た花も満開でした。
白い花に鼻を近づけると、甘すぎるほどの甘い香りがしていました。
この花が咲くと梅雨本番です。

 

佐賀市議会は先週の火曜日から
毎日5人の議員の質問に答弁しています。
今回は、農業振興や基盤整備に関する質問が目立ちます。
一般質問は19日までです。誠実に答弁します。

佐賀市の中心部のビルの購入は断念しました。
価格が高すぎて、市民の税金をそこまで使えないと思ったからです。
民間で何とかしようという動きがありますので、見守りたいと思います。

きのう(15日)の日曜日、あちこちに足を運びました。
まず身体障がい者の福祉大会に出席しました。
皆さんの話に出てくる
「思いやりと感謝の気持ちを持って共生してゆこう」という言葉が
たくましく、美しいと思いました。
障がいがあるゆえに、気配りを受ける立場になりやすい人が
思いやりの気持ちを持つということは堂々と生きるということです。

障がい者の自立支援法は、個人負担の増を招き評判が悪く
改正が求められています。
私は、障がいのある人の言葉に耳を傾け
改善すべきことは、市長会などを通じて国に求めて行きます。

佐賀市の中心部にある ギャラリー憩ひ(やすらい)に
陶板壁画の原画展を見に行きました。
このほど開通した東京メトロ副都心線の北参道駅の
高さ2・7メートル、幅10メートルの陶板壁画は
佐賀市出身の吉武研司さんの作品でその原画が展示されています。
「晴のち雨のち晴 ー宇宙樹ー」という作品で
山から海までが描かれ、トンボやメダカなどが登場しています。
原画展は29日までですが、
東京に行かれたときは、北参道駅の壁画をご覧下さい。

作者の吉武さんは佐賀西高校の1期生で
お父さんは佐賀市立勧興小学校の校章をデザインされたそうです。
息子の吉武大地さんはバリトン歌手で、4人で歌う「エスコルタ」のメンバーです。
紅白出場を目指しているそうです。
素晴らしい芸術一家ですね。

絵のあと音楽を楽しみました。
アルモニア管弦楽団の第7回定期演奏会を聞きに行きました。
代表の久原興民さんは、
東京都交響楽団で活躍されたバイオリン奏者で
ふるさと佐賀に帰って音楽家やオーケストラを育てておられます。

私からは、久原さんは佐賀高校の先輩、吉武さんは後輩です。
同じ高校の先輩、後輩が活躍されている姿に接して、
私も頑張ろうと思いました。

次は中学の恩師の話です。
このほど、恩師の遺族から佐賀市に500万円の寄附をいただきました。
恩師は晩年目が不自由になり多くの方のお世話になったので
視覚障がい者のために使って欲しいと言い残されてそうです。
寄附は視覚障がいのある人の団体に引継ぎ
目が不自由な人への奨学金などとして使われます。

もうひとつありがたい寄附の申し出を受けました。
この方は佐賀市に緑を増やすのに使ってほしいと
毎年、年金の大部分を寄附して下さっています。
公園や学校などに緑を増やすのに使わせていただきます。

東北の地震は自然の力の物凄さを見せ付けられました。
これから大雨の季節です。
自然の力が大きくても、力いっぱい災害には立ち向かって行きます。

2008年6月9日(月)

6月3日から4日にかけて全国市長会が東京で開かれましたが、
3日の会議がはじまる前に、
佐賀海苔をPRするキャラバン隊に合流してメディアを回ってきました。

私は夕刊紙の日刊ゲンダイなどを訪ねました。
日刊ゲンダイは早速、
入札で1枚300円の高値がついた、
超高級海苔の「佐賀のり有明海一番」を記事にしました。
またその記事をKBCが取り上げて全国に放送し、
ワイドショーの出演者が番組の中で試食して
「おいしい」と言って下さいました。
PR活動の効果が販売に反映して欲しいと願っています。

7日の土曜日、
大和のショッピングタウンで開かれた水道フェアに出かけました。
水道局の職員が、水道水は安全で安い上に美味しいことをPRしていました。
利き酒ならぬ利き水をした若いお父さんお母さんの評価はまちまちで、
水道水もミネラルウオーターに劣らない味であることが証明されていました。
水道水の値段はミネラルウオーターの500分の1です。
効率化で職員の数が減っている中、
企業意識を持って頑張っている水道局職員を激励しました。

 

同じ土曜日の午後、私の自宅近くの馬洗川で、
近くの団地に住む、子どもたちや若いお母さんが歓声を上げていました。
近寄ってみると網を持った子どもたちが
大きな白いエビのシラエビやドンコを獲っていました。

2ヶ月前に地元の人たちがみんなで掃除した川が
子どもの遊び場になっていました。
昔はこの川で馬を洗っていたことや、
今でも夜になるとホタルが舞うことを話しました。

田植えの時期を迎えて川にはたくさんの水が流れ
水深が40~50センチあって、水遊びに丁度いい深さです。
水の絶対量は不足していますが、
田植えの時期以外でも、ある程度の水を流せるように工夫したいと思います。

日曜日の朝、
久しぶりに時間がとれたので、犬のマックスを連れて遠出の散歩をしました。
城西中学の南は、前回訪れてときは菜の花が咲いていましたが、
今は田植えの準備で水が張られている田んぼもあり、
シラサギの集団が土から出てくる虫を食べていました。

麦刈りを終えたばかりの田んぼから、ヒバリが飛び立っていました。
ヒバリはこれからしばらく身を隠すところがなくなります。
クリークのそばの草むらには蛇がいます。
ちょっと気になるヒバリたちです。

以前、ゴミがたくさん捨てられていた所に行って見ると
古いゴミは地元の人によって片付けられていましたが、
新しいゴミが捨てられていました。

悲しい気持ちで歩いていると、
城西中学の近くの市営住宅団地の人たちが
早朝の一斉清掃をしておられました。
みんなで汗を流しておられる姿を見て、今度は嬉しくなりました。

城西中学西の集落では、
婦人消防団の人たちが、消防ポンプの点検と試運転をしておられました。
さりげなく地域を守っている人たちがおられます。

競売に出される佐賀市の中心部のビルが問題になっています。
このビルは、地元の有志の方が買い取って、中心商店街の活性化に
役立てて下さるのが最もいいのですが、
場合によっては佐賀市が買収することを議会に相談することになるかもしれません。

これに対して批判があることも承知していますが、
最近、佐賀市の中心部の不動産価格が下がっていることで
暴力団の手が伸びていることに地元の不安が大きくなっています。
すぐ近くには、暴力団の抗争事件のたびに警察が警戒する建物もあります。
市が動いても動かなくても批判が出るでしょう。
私は「動く」と判断しました。
ただ、市民の税金を使うのですから買収価格が高くなるようでは買いません。

あす(10日)から市議会の一般質問が始まります。
34人の方が質問に立たれます。
誠実にお答えする準備をすすめています。

2008年6月2日(月)

きょうも雨模様になりました。
佐賀平野のビール麦は刈り入れがすすんでいますが、
小麦はこれからです。
長雨にならないといいのですが。

5月27日の火曜日に
知事や有明海漁協の組合長などと共に
東京日本橋の三越に佐賀のりの宣伝に出かけました。

声を張り上げて佐賀のりを宣伝して
選び抜かれた「佐賀のり有明海1番」の八つ切りを食べてもらいました。
足を止めて食べて下さった人は「おいしい」と言って下さいました。

佐賀県の有明海のりは
収穫量、販売金額とも日本一です。
佐賀市で生産されるのりは、全国ののりの12%余りを占めています。
日本一の、のり産地と言っても過言ではないでしょう。
今週は全国市長会に出席しますので、帰りに
メディアを回って佐賀のりの素晴らしさを訴えてきます。

5月29日の木曜日に
久留米市で、九州国道協会の総会が開かれました。
その席で大牟田から鹿島までの
有明海沿岸道路の整備問題が出されました。

有明海沿岸道路は大牟田市から大川市までの福岡県側はほぼ完成しましたが、
佐賀県側は一部ではじまったばかりです。
大牟田市長が、
「大川市から佐賀市までが結ばれると
福岡県南部の人たちが佐賀空港を利用しやすくなるので
早期完成を国に働きかけよう」と言ってくれました。
筑後川、早津江川に橋を架けなくてはなりませんが、
福岡県南部地域と手を携えて国などへの要望活動を強めたいと思います。

31日の土曜日は
川副で開かれた、龍造寺隆信公まつりに行きました。
龍造寺隆信は家臣の裏切りにあって、一時大川に逃れ
2-3年後に川副に再上陸しました。
龍造寺隆信の足跡は、
旧佐賀市や大和町などに多く残されていますが、川副にもありました。
史跡を点から線にして、歴史に興味のある人たちの訪れを待ちたいものです。

龍造寺隆信が逃れた大川の「一ツ木村」は
アスタラビスタの大型店があるところ付近です。
アスタラビスタは、佐賀市のエスプラッツに出店して
佐賀市中心部の復活に協力して下さっています。
大川には昔も今もお世話になっています。

合併した佐賀市は
大都市福岡市との連携を強めなくてはなりませんが、
一方で、昔から縁のある筑後地方との結びつきも
強める必要があることを実感した先週でした。

きのうの6月1日の日曜日
元気を感じることが出来たことがふたつありました。

午前中
富士町の小中一貫校北山の、新しい校舎の落成式がありました。
嘉瀬川ダムに沈む北山小学校と北山中学校がひとつになり
小中一貫校北山に生まれ変わりました。
新しい校舎は、地元の木材がふんだんに使われ、
机や椅子も地元の木材を利用して
合併して同じ佐賀市になった諸富の木工工場で作られました。
みずみずしい木の香りのする学校です。

小学生から中学生までの児童生徒73人が、
元の北山小学校の校歌と北山中学校の校歌、
それに北山校のシンボル歌を歌いました。
小学1年生も中学の校歌を歌っていました。
随分練習したのでしょうが、
200人、300人が歌っているような
元気で、それにとても上手な歌声でした。

午後から、佐賀市の松原神社の参道に開設された
野菜などの直売所に出かけました。
かつて、たいへんな賑わいを見せていた参道は
今は人通りがほとんどありませんが、町屋の並ぶ面影は残っています。

そのひとつの、旧井徳屋旅館を改築して
「佐賀ん町屋ば甦らす会」が開設しました。
障害者福祉施設の人たちが栽培した野菜や
自然食品などの直売が行われています。

 

街の賑わいを取り戻そうという人たちが
陳列棚や暖簾、バンコなどを、手作りしたそうです。
多くの人が、持っている力を提供する姿に頭が下がりました。

今週も大会や総会が続き
6月5日からは定例の6月市議会が開かれます。
梅雨入りも近そうで、気の抜けない日が続きます。

2008年5月

2008年5月26日(月)

各地の地方自治体病院の経営が
非常に厳しい状況にあります。

佐賀市も富士大和温泉病院を抱えていますので、
市議会の市立病院等調査特別委員会が
今月20日に、
徳島県立病院の塩谷泰一事業管理者(院長)を招いて
勉強会を開きました。

私は水防の現地調査を終えたあと
少し遅れて駆けつけ塩谷氏の話を聞くことができました。

塩谷氏は、
「佐賀市立富士大和温泉病院は採算性を発揮しにくい場所にあるが、
赤字を出さない工夫が必要だし、
もし赤字になったとしても
民間病院と違う公の病院として地域に貢献していると、
胸を張って説明できる赤字でなくてはならない。
職員は目標を持って努力しなくてはならないし、
市長は、病院勤務は市職員のエリートコース王道であるという、
人事を行うべきだ」などと話されました。

21日の水曜日から
市議会や、佐賀県徐福会、佐賀市国際交流協会の人たちなどと48人で
徐福を通じて交流のある中国各地を訪れました。
徐福のふるさとの連雲港市では
佐賀市と連雲港市とが友好都市になって10年になる記念式が開かれ、
今後、経済、文化、観光の各分野で交流を深め
両市の友好をさらに発展させるという覚書を交わしました。

また、今度の訪問団の人たちや佐賀市民の寄附で、
徐福公園に105本の桜が植えられ
桜の植樹を記念する碑の除幕式もありました。

徐福公園には徐福廟がありますが
1年前には無かった 新しい大きな廟が完成していました。
工事のスピードの速さに驚きました。

徐福が不老長寿の薬草を求めて旅立ったと言われる
慈渓市には、
1300年前に彫られたという徐福の石像が
山の岩盤に彫られていますが、
今、広大な徐福文化公園が建設されていました。
スケールの大きさに驚きました。

 

さらに、青島のロウヤタイ公園には
秦の始皇帝が徐福に
「東の国に行き不老長寿の薬草を求めよ」
と命じる様子を彫った巨大な石像群がありました。

中国の方々から熱烈な歓迎を受け、
今後さらに深い友好、交流をはかることになりましたが、
これは、徐福会会長の村岡央麻さんが
民間レベルで、長年培ってこられた
中国の人たちとの友情があったからこそです。

中国に降り立った上海上空から
街がスモッグに覆われているのが見えました。
また地方都市も空気が汚れていました。
慈渓市と上海を結ぶ杭州湾大橋は長さ36キロもありました。
中国の開発のスピード、スケールの大きさは驚きですが、
環境破壊は心配です。
私の不安が杞憂に終わればいいのですが。

訪問前に中国内陸部の四川大地震があり
大勢の犠牲者が出たことから、
佐賀市職員と市議会からの義援金を連雲港市を通じて贈りました。

2008年5月19日(月)

5月11日の日曜日、
佐賀県の水防と総合防災訓練が嘉瀬川河川敷でありました。
消防などの関係機関による救助や水防工法の訓練の他、
市民も参加しての、土のう作りや避難訓練もありました。
避難所は設置するだけでなく運営を手際よくするにはどうすればいいか、
担当者は心の準備ができたはずです。

訓練の翌日、中国の四川大地震が発生しました。
中国の被災者の方に心からお悔やみを申し上げるとともに、
最大級の地震が発生したとき、地方自治体はどう動くべきか
学ばなくてはなりません。
一刻を争う生存者の救助はもとより、
想定したくもありませんが、
多くの遺体の身元確認や保存をどうするかなども考えておく必要もあります。

早くも台風が接近してきていますが、
これから災害の多いシーズンを迎えます。
地方自治体の力量が問われます。
手抜かりなく、心して準備します。

先週、沖縄県の石垣市で九州市長会の総会が開かれ、
国への要望事項などを決めました。

沖縄では、
「ようこそいらっしゃいました」という歓迎の言葉は
「めんそーれ」と思っていましたが、
石垣島では、「おーりとーり」と言うそうです。
セミが鳴いて稲穂が出ていました。
同じ沖縄県でも季節や言葉が違うのに驚きました。
私は佐賀ののりを宣伝しました。

私たちを歓迎して、島の若い人や、お年寄りが
伝統芸能の踊りなどを披露して下さいました。
島の人たちは元気で、体から出てくるオーラを感じました。

 

公民館に
「子どもに財産を残すな、一芸を身に付けさせなさい」という意味の
標語が掛けてありました。
こどもに与えるのは、お金や土地ではなく、
生きてゆくための芸、技術、力を身に付けさせよとう意味でしょうか。

10日の土曜日に
佐賀大学医学部の設立30周年記念式で
聖路加国際病院理事長の日野原先生の講演を聞きました。

日野原先生は、健康に生きるために、生きがい、目標を持つこと、
食べ物に注意して高齢者は腹七分目にする。
エレベーターを使わずに階段を上り
動く歩道は使わないこと、などと話しておられました。
96歳の日野原先生は年齢を感じさせない怪物に見えました。

佐賀市は、市政の重点目標のひとつに健康つくりを掲げています。
17日の土曜日に、佐賀城本丸歴史館広場で
「がばい健康ラジ&ウオーク」のキックオフ宣言をしました。

ラジオ体操とウオーキングで健康つくりをしようという企画です。
この日は、ラジオ体操のあと、大隈重信ゆかりの地などの
史跡を巡りながら5キロ歩きました。
600人が参加しましたが、私もカアチャンと完歩しました。

 

佐賀市には「健康ひろげ隊」が11グループあります。
こういう人たちを中心に
ラジオ体操やウオーキングが各地に広がってほしいと願っています。

昨夜、わが家の近くの水路で、
2匹の蛍がほのかに光っていました。
麦の穂も白く輝き、刈り入れの時期になりました。
このころ雨が降ると農家が丹精込めて育てた麦の品質が落ちます。
きょうは雨模様ですが、長雨にならないことを祈っています。

2008年5月7日(水)

筑後川のエツ漁が解禁になりました。
先月末開かれた諸富町の筑後川観光川開きは、
新幹線に伴う公務のために出席できませんでしたが、
お隣の大川の市長が出席して下さいました。

そこで、今月1日の
大川エツ観光川開きに、お礼の意味もこめて出席しました。
遊覧船の上で獲れたてのエツをいただきながら、
福岡県南部の首長や議会関係者と意見交換しました。

その中で、佐賀空港を国際空港にしようという意見が出ました。
「新しい国際空港を福岡県沖の玄海灘に作る必要はない、
今の福岡空港を残しながら、佐賀空港を国際空港にしよう」
という意見でした。

大川の花火大会に佐賀市側も参加して
筑後川を挟んだ花火大会にしようという声も出ました。

佐賀市はお隣になった福岡市との連携と共に、
有明海、筑後川に接する福岡県南部との連携も大切です。

4日間の連休は、初日の5月3日だけ公務が入りました。
佐賀市母子寡婦福祉研究大会と
市民文化祭に出席しました。

佐賀市のさまざまな文化団体は
4月から9月にかけてそれぞれが発表会を開きますが、
この日は、生花の7つの流派が一堂に会しての発表会でした。
若葉と次々に咲く花がみずみずしい季節ですが、
今の季節を素材にした作品が多く、
会場内も初夏の香りが漂い、うるおいを感じました。

4日から6日までの3日間は公務がなく、
娘夫婦に連れられて横浜から里帰りした2人の孫を中心に
家族団らんのときを過ごすことが出来ました。

幼稚園の年長組の上の孫は
私が今年のはじめに横浜を訪ねたとき、自転車乗りを教えて
自転車の後の荷台を持ってスタートさせると
何とか乗れるようになっていました。

わが家に置いてある子供用自転車の補助輪をはずして待ち構えて
3日間自転車乗りを教えると
帰る前には自分でスタートさせて乗りこなすようになりました。
腰をかがめて荷台を持つ辛さからは解放されましたが、
スピードを上げて自転車を走らせる孫を走って追いかけるのも息が切れました。
この連休最高の喜びでした。

2ヶ月前に花を咲かせたサクランボが実りました。
この桜は、彼岸桜と思っていましたがどうやら違うようです。
サクランボが実る桜ということでご勘弁下さい。
例年サクランボはあっという間に鳥に食べられるのですが、
今年は、鳥たちが遠慮してくれたのでしょうか、
孫と一緒にサクランボを摘んで食べることが出来ました。

 

孫たちはきのう(6日)の夜の飛行機で帰って行きました。
娘婿は昨夜遅く帰って、きょうは朝早くから仕事でしょう。
自分を鞭打って、私たち夫婦に孫との時間をたっぷりくれたことを
ありがたいと思います。

連休の間、大好きな畑仕事も出来ました。
草に覆われた畑を耕し、トマトやミニトマトの苗を植え
オクラとトウガラシの種をまきました。

張り切りすぎたので、肩こりが残りました。
カミサンは、孫たちの世話で座る時間もない忙しさでした。
疲れが出なければいいがと思っています。

大型連休も終わって、さあ仕事です。
人事異動から1ヶ月、新しい体制も動き出しています。
佐賀市の重点事業の進み具合について
部課長から聞き取りをします。

2008年4月

2008年4月28日(月)

昨夜(27日)依頼されていた原稿書きと、
衆議院の山口2区の補欠選挙の報道を見ていて寝るのが遅くなり
今朝目覚めたのはいつもより40分遅い6時10分でした。

毎朝する気功はやめ、犬のマックスとの散歩も
いつもは3つの神社を回るのを、近くの2社だけにしました。

マックスの不平そうな顔に見送られて出勤するとき、
玄関脇の木に線香花火のような白い花が咲いているのに気がつきました。
カミサンに、「何の木かな」と聞くと
「ナンジャモンジャの木」ということでした。
ナンジャモンジャという木があるのを知らなかったので
「ナンジャそれは」と駄洒落を言うと、マックスの機嫌がなおりました。

通勤で乗ったバスが、佐賀駅南にさしかかったとき、
交番のそばのポケットパークに
同じような花が咲いているのに気がつきました。
きっとナンジャモンジャの木でしょう。
朝から思わぬ出会いがありました。

24日(木)にどんぐり村がオープンして20周年と
どんぐり村の中にある知的障がい者の自立支援施設の
開園3周年を記念する式に出席しました。

はじめ、施設になじめなかった障がいのある人も
どんぐり村を訪れる健常者と接しながら働くうちに
働く喜びから次第に笑顔が増えてきたそうです。
そんな姿を見て、子どもの将来を心配しておられる家族も
次第に明るくなられたそうです。

佐賀市の観光の宝でもあり、
障がい者と健常者のふれあいの場でもある「どんぐり村」の健闘に
声援を贈りたいと思います。

26日の土曜日は忙しい1日でした。
気功健康クラブの総会に出席したあと
どんどんどんの森で開かれた働く人の祭典、メーデーに参列しました。

私が組合の役員をしていた頃の30年前のメーデーは
今は駐車場になっている佐嘉神社南の中央公園で開かれていました。
赤旗と大勢の人が公園を埋め尽くしていましたが、
今のメーデーは家族連れが目立つお祭りムードで
参加者もかつてほどではありません。

30年前公園を埋めた人たちは定年の時期を迎え、
高齢者を支える若い人たちは少なくなりました。
メーデーを見ながらも少子高齢化社会を実感しました。

労働組合の組織率は落ちて
メーデーにもかつての勢いはありませんが、
労働者の団結の灯は消してはなりません。

メーデーのあと、
佐賀市地域婦人連絡協議会の総会に出席しました。
かつて婦人会は、小学校校区ごとにあって活発な活動をしていましたが、
最近は会員が少なくなっています。
それでも婦人の灯を消すなと頑張っておられる地域も多くあります。

婦人会は、子育て支援、男女共同参画社会の実現、
ゴミの減量活動などに取組んでおられます。
目標は行政と同じ方向にありますので、
協働のパートナーとして手を携えて行きたいと思います。

2008年4月21日(月)

野山の草木が萌えて柔らかい緑につつまれています。
この緑の優しさが佐賀市の美しさのような気がします。

新年度に入って、大会や総会が続いています。
市長、副市長、部長、支所長だけでなく課長まで動員して出席していますが、
「合併前は顔を出してくれていたのに」と苦情を聞く事もあります。
日常の仕事をしながらですので、手が足りずに出席出来ないこともあります。
お許し下さい。

2月14日のバレンタインデー、3月14日のホワイトデーに続いて
佐賀市は独自に4月14日をパートナーデーと定めています。

今年のパートナーデーには、
日頃地域の世話をして下さっている自治会長と民生委員で
市政功労賞を受けられた現職の方のパートナー53人に
感謝状を贈りました。

社会の表に出て活動しておられる人のそばには、
妻や夫、そのほかの家族など支える方がおられます。
こうした方々に感謝の気持ちをお伝えしました。

私も市長を務められるのは多くの人の支えがあるからです。
最も身近なパートナーは妻ですが、
妻に感謝の品や言葉を贈ったことはありません。
私の気持ちは伝わっていると思っていたからです。
しかし友人にアドバイスされたので、
感謝の気持ちを表す何かをしようと思っています。

きのう(4月20日)の日曜日に
佐賀市富士町に建設中の嘉瀬川ダムの定礎式に参列しました。

 

予備調査がはじまった昭和41年から40年もたっての定礎式でした。
ダムに反対する人、説得をする人など
多くの人が苦労して来られました。
式に参列しながら、関係者の長年のご苦労に思いをはせました。

コンクリートを28%まで打ち込んだという堰堤の上は
野球ができるくらい広いところでしたが
ダムが完成すると、農業用水などで潤う地域は
佐賀市をはじめ、小城、多久、武雄、江北、大町、白石まで広大で
最後には有明海に流れ出ます。

このダムのために、200世帯近くの人が移転します。
何の落ち度もなく生活してきた人が
長年に渡って築いてきた故郷を失うのです。
下流域のために犠牲になる、この人たちへの思いを忘れてはなりません。

ダムの完成は3年後ですが、
ダムを活かした観光による街づくりなどは行政の仕事です。

佐賀市の中心市街地の活性化対策を検討する
50人委員会から17日に提案を受けました。
提案は、エスプラッツと玉屋を結んだゾーンを中心に
街づくりをすすめるというもので、
佐賀市のプロジェクトチームで具体化に向けて検討をはじめます。

2008年4月14日(月)

先週、国への要望活動を終えての帰り、
東京は大荒れの天気で、
羽田空港を離発着する便はダイヤが大きく乱れていました。

各地への便の出発が遅れるアナウンスがある中で
佐賀行きの便はアナウンスがないので、
定刻どおり出るのだろうと思っていました。
しかし出発予定時刻になって30分遅れのアナウンスがあり、
結局1時間遅れて出発しました。

数人がカウンターに聞きに行っていましたので
全体に知らせるアナウンスが必要とわかるはずです。
お客さんの立場に立ったサービスができていません。
全日空にしてこれですから、驚きました。

市役所でも必要な情報を
市民に素早く、きちんと伝えるよう
心がけなくてはならないと思いました。

西与賀での市長と語る会には
仕事を終えたあとの人たちが多数集まって下さいました。
多くの要望やご意見をいただきましたが、
心して受け止めなくてはならない声もありました。

そのひとつに、
川掃除のとき、水位が高くて掃除がしにくかったという指摘がありました。
多布施川からの流入量は抑えているのですが、
排水が充分でなかったようです。

樋門の操作をお願いしている
自治会や生産組合の役員の方は交代されますので、
川掃除への参加の呼びかけや道具の貸し出しをするだけでなく、
水位を下げる樋門の操作の呼びかけも必要なようです。

川掃除はきのうの日曜日も各地で行われました。
各地で一斉に川掃除が行われたので、
希望どおりの数の掃除道具を届けられない地域もあり
事務局は150ヶ所にお詫びの電話をしました。

私は、日新、高木瀬、開成、赤松の地域を回って
川掃除に参加して下さっている人たちをねぎらいました。
男性の姿が少ないのが気になりました。

男女を区別する気はありませんが、
胴長を着ての川掃除には男性の力が必要です。
地域によっては男性が多かったり、
女性が胴長を着て川に入っていたり、さまざまですが、
日頃、近所と交流の少ない男性は
こんなとき、地域の人と一緒に汗を流して欲しいと思います。

土曜日に
大和町今山の、チューリップ・桜まつりに出かけました。
地元の老人クラブの人たちが
休耕田に植えて手入れをしたチューリップが今満開でした。
春を楽しみ、元気なお年寄りに会えて楽しいひと時でした。
初モノのタケノコとワラビをいただきました。

 

友人夫妻と1泊の人間ドックに入りました。
以前から持ち続けている腎臓の石がまだ残っているだけで、
メタボな体型の改善を指導されただけで、問題はありませんでした。

私が入った人間ドックは富士大和温泉病院です。
夜は古湯温泉に一泊して、温泉でくつろぎ、おいしい料理をいただきました。
佐賀市立の病院ですので、経営に協力しようと選んだのですが、
思わぬ休養になりました。
人間ドックは佐賀市立富士大和温泉病院をご利用下さい。
脳ドックもできます。

年度はじめは、会合や大会が続きますが、
丈夫な体で頑張ります。

2008年4月7日(月)

花、花、花、春爛漫です。
木に咲く花も路地の草花もみんな満開、
ウグイスも上手に鳴き、人々も心が華やぐ季節です。

今朝、家の近所の、ちやのき川の川面を
桜の花びらが埋めていました。
昨夜来の雨で桜が散り、上流の多布施川から
流れてきたのでしょう。

ふと思い出したのは
私の住む地域の先輩の華道家、金子三伸先生です。
ちやのき川のそばに実家のある金子先生は、
随筆の中で次のように書かれています。

「春の終わり、家の前の川を桜の花びらが帯になって流れた。
朝、その花びらを押し分けながら顔を洗う」

昭和20年代の戦後間もないころを思い出して書かれています。
当時上水道はなく、飲料水も川の水でした。
川の水は随分きれいだったのでしょう。

その、佐賀の川の美しい流れを守る
春の川掃除が今行われています。
私の住む、本庄の西寺小路の川掃除はきのうでした。

川掃除の日程は4週に分散させていますが、
きのう川掃除をした地域が多く、
佐賀市が貸し出す掃除用具が足らず
申し出た数の60%しか届きませんでした。
私の地域では農家から1輪車を借りるなどしてやりくりしましたが、
日程の調整などひと工夫いるようです。

私はいつものように、胴長を着て川に入り草刈機で草を刈りましたが、
86歳の方が半長をはいて、鎌をもって川に入って掃除をしておられました。
お手伝いをする子どもも多く、一番幼い子は小学3年生でした。
小学生から86歳までが、
自分たちが住む地域の環境を守るために
一緒に汗を流すのを見て、嬉しくなりました。

 

春の川掃除のあと、
5月6月には草がぐんぐん伸びて蚊が発生するので、
もう一度川掃除をしたいので、
そのときも掃除道具を貸して欲しいという申し出が
一部の地区からありました。
嬉しい申し出です。もちろんお貸しします。

川掃除をしている頃、
市の中心部の呉服元町で6棟が焼ける火事がありました。
出動した消防の人たちをねぎらいに出かけたころ、
桜マラソンを走っていた人たちがミツバチの集団に刺されました。
被災された人たちにお見舞いを申し上げます。

大変な日曜の午前中でしたが、
午後、今年は花見をしていないことを思い出して、
阿蘇の麓の千本桜を見に行きました。
佐賀の桜は満開でしたが、千本桜はチラホラ咲いているだけで、
1週間から10日くらい早すぎたようです。

新年度に入り、
後期高齢者医療制度への不満や抗議が
市民から寄せられています。

国が制度を確立するのが遅くなり、
充分な説明をする時間がありませんでした。
国に押し付けられて地方は迷惑しています。

人事異動で新しい仕事に慣れていない職員もいますが、
それで、市民に迷惑をかけることは許されません。
一日も早く、新しい仕事を習熟することと
引継ぎはもれなくするよう、職員に呼びかけました。

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