2008年1~3月のひとり言

2008年3月

2008年3月31日(月)

今朝、いつものように犬のマックスと散歩して帰り、
気功をしていると、庭の花が満開になっているのに気がつきました。
忙しくて、花見をする時間がとれませんので、
しばらく、庭の花を楽しませてもらいます。

 

先週、諸富と大和で移動市長室が開かれました。
合併で佐賀市が広くなり、人口が増えると
市長をはじめ、市の幹部と住民の方々との接触が少なくなり
取り残されたという思いをする地域も出てきます。
それだけに移動市長室は、
住民の方々の意見に耳を傾ける重要な集まりです。

さまざまな問題が出されますが、
庁舎の土地の一部が借地のままとか、
使わなくなったゴミ処理施設や水道施設が取り壊さないまま残されているなど
合併前に処理しておくべき問題も積み残されています。
新しい佐賀市がひとつひとつ解決に向けて努力しています。

大和の移動市長室は
中学の生徒会の子どもたちの話を聞きました。
中学2年生なのに、地方財政が厳しいことをわきまえた上で
中学生として何が出来るか質問されました。

物を大切にして無駄をなくす事や
お母さんのお手伝いをして、
台所の生ゴミを畑に埋めて、
ゴミを出す量を減らすことなどをお願いしました。
また若い人が働く場を作る努力をするので、
将来は、佐賀で活躍して欲しいとお願いしました。

古湯や熊の川温泉の活性化をどう図るか、
古湯温泉の「おかみの会」の人たちと対談しました。
おかみの会は、もてなしの心や料理の研究、旅館の雰囲気作り、
散策道の案内板、建物の屋根や壁の色あいを統一するなどに取組んでおられます。
佐賀市としては、140万人の福岡市民でけでなく、
まず足元の佐賀市の平野部の人に
山間部に足を運んでもらう努力をします。

古湯温泉は「おかみの会」が元気な上、
若手の後継者が育っているようです。
また、佐賀商工会議所に50数人の青年部が出来ました。
温泉の女将さん、若手後継者、それに中学生など
若い人から元気をもらった1週間でした。

年度の終わりのきょう、
定年で71人、結婚など個人の事情で6人が退職され、
きょう退職の辞令をお渡ししました。
長い間、苦労を共にした仲間との辛い別れです。

あすから新年度です。
新しい若い人たちを迎えて生き生きとスタートします。

2008年3月24日(月)

年度末のあわただしい日々に、さまざまな行事が続いています。
佐賀大学医学部に夜間も子どもをあずかる保育園ができて
17日に開園式がありました。

夜勤の多い看護師には、夜間の保育は切実な願いで、
定員30人はたちまち予約で埋まったそうです。
当面は夜10時までの保育ですが、次第に延長するそうです。
子どもたちは、夜はお母さんやお父さんと過ごすのが理想の姿ですが
社会の要請に応えて夜も働く人が居る以上、
夜間保育園は増やしていかなくてはなりません。

19日に、あいにくの雨の中、小学校の卒業式があり、
私は新栄小学校にお邪魔しました。
涙の別れになる中学と違って、
卒業生1人1人が、中学に進んでからの希望を発表していました。

卒業生に涙はありませんでしたが、
お母さんなど、保護者の方は
幼かった子どもが大きく育って小学校を卒業していく姿は
胸にジンと来るものがあったようです。

佐賀市内の全小学校に祝辞を贈りましたが、
その中に、幼いときに小児ガンを患い、23歳で亡くなった人の
お母さんからのメッセージをおり込みました。
亡くなった方は、闘病生活から最後まで
周囲の人々への感謝の気持ちを持ち続けておられたそうです。
メッセージを読んでいると、声が出なくなりました。

20日の祝日に、鍋島公民館の60周年記念式に出席しました。
戦後の物資のないとき、街の人たちが一丸となって
復興を目指したことが報告されていました。
頑張れば、向こうに光が見える時代でした。

今は、物資は豊でも、人々の心は荒み、カサカサです。
点取り虫、勝ち組負け組み、いやな時代です。
若い人が希望を持てる社会にしなくてはなりません。

きのうの日曜日、久保田の婦人会総会で
佐賀新聞の論説委員長の富吉賢太郎さんの講演を聞きました。
富吉さんはハンセン氏病に罹った人たちが差別と人権侵害を受けたことと、
有名大学を卒業した20代の青年が
差別に苦しんだハンセン氏病の元患者に
「お前たちは人間ではない」などと、
ひどい攻撃を繰り返したことを話されました。

夕方家に帰ると、やはり20代の青年が、
「誰でもよいから殺したかった」と
包丁で多くの人を殺傷した事件が報道されていました。
青年が挫折しても、人としての心を失わない、
希望のある社会にしなくてはなりません。

不正規雇用で青年が苦しんでいることが社会問題になっていますが、
市役所の中にも不正規雇用はあります。
民間の手法を取り入れて職員を減らすのが行政改革という
風潮が広まっていますが、考え込んでしまいます。

今週は人事異動の内示、
来週は退職者を送る会があります。
新しい年度を迎える準備に追われます。

2008年3月17日(月)

わが家の庭の彼岸桜が、
このところの暖かさで一気に満開になりました。
きのうの日曜日、メジロが6羽やってきて花の蜜をついばんでいました。
気功をしながら見ていたのですが、
ツィツィと賑やかに囀る姿が可愛く、気はメジロに向いていました。
5月になるとこの桜の木にサクランボが実ります。

足早にやってきた春に浮かれてはおれません。
卒業の季節ですが、
若者が将来に明るい展望を持てるのか心配な社会情勢です。
今佐賀市議会の最中ですが、
議員の要望に、全て応えることは出来ない財政状況です。
「検討します」などというあいまいな表現はせず、
出来ないものは出来ないと、お答えしています。

先週の金曜日、佐賀市立の全ての中学校で卒業式がありました。
私は昭栄中学に伺いましたが、
厳粛な雰囲気の中で卒業式が行われていました。
涙を流す生徒はあまりいませんでしたが、
卒業生が答辞で、校長先生への気持ちを述べると
今年定年を迎えられる校長先生は、
涙がとまらなくなり、ハンカチを使っておられました。
見ている私も目頭が熱くなり、目の中の涙の粒が大きくふくらみました。

きのうの日曜日、自衛隊の入校激励会に参列しました。
若者はこの組織の中で鍛えられていくのでしょうが、
不祥事が続く自衛隊の幹部に、まずエリを正してもらいたいと思いました。

同じ日曜日、大和町の観光桃園を訪ねました。
ビニールハウスの中は、桃の花と菜の花が満開で、春爛漫でした。
200人ばかりの人が、ビール片手に春を楽しんでおられました。
私は仕事帰りに立ち寄ったのですが、妻を連れてきてやればよかったと思いました。
この観光桃園はあまり知られていません。
佐賀市の山間部にはバナナ園、観光栗園やリンゴ園があります。
こうした農園を組み合わせて福岡の人たちに紹介すると面白いと思います。

桃園から帰ると、半長靴に着替えて
研いだ鎌を手に自宅近くの水路に入りました。
このところの暖かさで、水路のセリがぐんぐん伸びて
今の内に刈っておかないと、来月の川掃除のとき難儀するからです。
肩こりが心配でしたが、ついでに泥揚げもしました。
こうした仕事は1人ですると疲れますが、
大好きなセリご飯が私へのご褒美です。

 

今週は小学校の卒業式があります。
3月末に退職する人の送別会もあります。
春は別れの季節でもあります。

2008年3月10日(月)

3週間前、韓国の済州島でウグイスの鳴き声を聞きましたが
一昨日、3月8日の土曜日の朝、
自宅近くのたんぼの畦道で気功をしていると、
佐賀大学のキャンパスから
「ホーホケキョ」というウグイスの見事な鳴き声が聞こえてきました。
きのうはケキョ、ケキョというウグイスの声が聞こえてきました。
鳴き方を修行中の若いウグイスでしょう。

今朝、朝食用に畑のサニーレタスを採って水につけて置くと、
テントウムシが泳いでいました。
娘が外に逃がしてやっていました。
隣の家のシャクヤクの赤い新芽も伸びはじめています。
いよいよ春です。

土曜日の午前中
エスプラッツで開かれている「ものづくり博覧会イン佐賀」に出かけました。
昔から佐賀を拠点にしている「味の素」「王子板紙」「戸上電機」などのほか
久保泉やクレオパーク鍋島などの工業団地で操業している
新しい企業の15社の製品が展示されていました。

佐賀はお菓子作りが盛んですが、
そのお菓子を作る製造機械を製造している企業が
佐賀にあることを知りました。

子どもたちが見学していましたが、
こんな素晴らしいものが、佐賀で作られていることを知って
優秀な人材が跡を継いで欲しいものです。

午後、サガン鳥栖の開幕戦を見に行きました。
対戦相手はモンテディオ山形で
前半押しまくられながら耐えて
後半の終盤のわずかなチャンスに得点して勝ちました。
開幕戦は3年連続で見ましたが、勝ったのは初めてです。
最後まであきらめずに耐え抜くことの大切さと、
ちょっとした油断が痛手になる事は
スポーツだけでなく、あらゆる世界に通じます。

日曜日は朝から雨模様でしたが
佐賀城下ひなまつりにちなんだ、ジョグ&ウオークに参加しました。
ウオーキングの部に参加する予定でしたが
ジョギングのスターターをしましたので
皆さんとは別に、ひなまつり会場周辺を歩きました。

 

妻と友人と3人で歩きましたが、
雨だったせいか、ひなまつり会場を訪れた人は多くありませんでした。
ジョギングやウオーキングの参加者は、30%くらいは福岡の方のようでした。
もっともっと、県外の方に佐賀城下ひなまつりを宣伝する必要がありそうです。

 

午後南阿蘇の地獄温泉に行きました。
3つの風呂に入れるのですが、その内のひとつは混浴でした。
ちょっと冒険をしてみました。

混浴ではない風呂で、高千穂から来られた男性と出会いました。
握手すると、百姓の手をしている私よりも、ごっつい手でした。
80歳近い方で、林業をしておられるそうです。
それぞれ故郷の自慢話をしましたが、手のたくましさでは、負けました。

今週も市議会の一般質問で議場にカンヅメです。
議員から、いろんな要望が出されますが、
財源との兼ね合いがあって、取捨選択しなくてはなりません。
議員の方には冷たいと思われる答弁をせざるを得ないこともあります。
辛いところです。

今週末は、中学の卒業式が予定されています。
希望に満ちた15歳の春であることを願っていますし、
若者が希望の持てる社会にする責任が我々大人にあります。

2008年3月3日(月)

きょうは3月3日、ひなまつりです。
世界中の女の子たちの幸せを願っています。

「佐賀城下ひなまつり」のお膝元で4年前はじまった、
「じゅんゆうおひなさま文芸賞」の表彰式がきのうありました。
年を追って応募作品が増えていて、
今年は、俳句、川柳、一行詩に750点の応募がありました。

応募作品は、短冊に書いて
佐賀城下ひなまつりの順路に下げられます。
書道教室の人が短冊に文字を書き、
絵手紙教室の人が絵を添えます。
道筋に短冊を下げるのは中学生です。
多くの人の支えで佐賀城下ひなまつりが開かれているのです。

私が気に入った作品を紹介します。
江頭由希子さんの
「おひなさま 箱から出られてうれしそう」
お雛様は普段は押入れなどに入っています。
ひなまつりの季節になって
箱から出て飾られたおひなさまを見て、
江頭さんも嬉しかったのでしょう。

吉田勝信さんの
「温暖化 十二単衣は 暑かろう」
地球環境の深刻さを笑いを誘いながら訴えておられます。
笑っていいのか、いけないのか、考えました。

わが家も娘が3人います。
お雛様を3月3日を過ぎて遅くまで飾っておくと、
縁遠くなると言われていますので、
早めに押入れに戻ってもらいましょう。

佐賀錦作家の、長瀬正子さんから、
42点の作品が佐賀市に寄贈されています。
今年も3点いただきました。
もし値段を付けると、総額では6千万円近くなるそうです。

きのうまでSプラッツ交流プラザに展示して公開しましたが、
美術品の管理は専門家にお願いしたほうがいいので、
県立美術館に預けました。
佐賀市民だけではなく、多くの県民に見てもらいたいと思います。

今月1日から一週間、春の火災予防週間です。
きのうの早朝、佐賀消防団の放水競技大会がありました。
制服に身を包んだ600人の方に
防災服を着て敬礼をすると身が引き締まります。
民間の団体なのに号令に従って整然と行動する消防団は頼もしい存在です。

午後は大和の防災の集いに出席しました。
幼稚園児や保護者などが体育館いっぱいに集まっておられました。
春になると、携帯メールに火災情報が次々と入ってきます。
野焼きや枯れ草を焼いた火が延焼する火事が増えるからです。
どうぞ、充分注意して下さい。

週末、2つのフォーラムがありました。
「佐賀市の男女共同参画を推進する条例制定記念フォーラム」には
私も発表者の1人として参加しました。

 

この中で、教育関係者の人が
「自分のことしか考えない子どもたちが増えている」と発言しておられました。
勉強に追われて、親子のふれあいの場が少なくなり
親の苦労や他人の痛みが分からない子どもが多くなっているようです。

私は以前パートナーデーのとき知った
「あなたがいるから頑張れる。あなたといるから輝ける」
という作品を紹介しながら、
男女、家族、地域が支えあう社会にしたいと話しました。

東与賀で開かれた「有明海沿岸地域食のフォーラム」は
有明海沿岸地域のおいしいものを出しあおうという集いでした。
あるは、あるは、おいしいものが、と思いました。

米やノリ、早稲タマネギ、イチゴだけでなく、
クチゾコ、ハシクイ、イソギンチャク(ハナワキャー)
カケヤー(イカや小魚と使った酢味噌和え)
小エビのかき揚げ、ウミタケ飯、ワラスボ酒、
話を聞いていると、よだれが出てきそうでした。
有明海沿岸のおいしいものを、
福岡の人に紹介していきたいものです。

 

フォーラムでは、
こうした郷土の味を、子どもたちに引き継げるか心配する声も出ていました。
ファーストフードではなく、手作りの料理を食卓に並べたいものです。

きょうから来年度予算案などを審議する佐賀市議会です。
30人の議員の方が一般質問に立たれます。
しばらく議場に詰めます。

2008年2月

2008年2月25日(月)

この週末、いろんな行事に顔を出させていただき、
多くの人たちとの出会いがありました。

23日の土曜日、佐賀市少年剣道基本錬成大会を
見させていただきました。
勝つための技術ではなく基本を磨く大会です。

大会プログラムに「感謝」という文字が大きく書かれ、
「お父さん、お母さん、先生、友達にありがとう、
という気持ちを持ちましょう」と言葉が続いていました。

開会式では、女の子を含む小中学生が素足で正座して、
私語をする子は全くいなくて、凛とした空気に包まれていました。
剣道の基本だけでなく、人としての基本も鍛錬され、
日本の伝統が、深みのある子どもを育てていると思いました。

少年剣道大会のあと、諸富で開かれた、
おばあちゃん発表会に出かけました。
公民館で踊りや歌を次々と発表しておられましたが、
みなさん、見た目より10歳は若く見えて
おばあちゃんと呼ぶのは気の毒なくらいでした。

 

諸富は高齢者の文化活動が盛んです。
みなさん元気なので、高齢者の医療費の支出が
他の地域と比べて少ないのではないかと思います。
女性が元気ですと、家庭も地域も元気です。

同じ土曜日の午後、
同志社大学の狩野教授の
「伊藤若冲と売茶翁」についての講演を聴きました。

売茶翁は佐賀出身で、煎茶の祖といわれ、
茶道具を持って各地を回り、煎茶の普及に努めた人です。
狩野教授によりますと、
売茶翁の周辺には、江戸絵画の鬼才と言われた
伊藤若冲などの文化人が集まり
売茶翁なくしては京文化は語れないということです。

佐賀市の近くには日本最古のお茶の木があり、
佐賀県はお茶の産地です。
300年前佐賀が生んだ文化人が、
京文化を育てたと聞くと嬉しくなります。
佐賀を訪れた人に、知ってもらいたいと思います。

きのうの日曜日「ごみくい」が巨勢町でありました。
「ごみくい」はクリークの泥を田んぼに揚げるもので、
養分を含んだ泥が田んぼの肥料になり
クリークは深くなって、水をたくさん貯めることができるようになります。

佐賀平野に伝わる伝統行事は50年位前に廃れましたが
民間の団体が復活させ私も参加しました。
佐賀大学の学生など100人近くが集まり
胴長を付けた人がクリークに入り
川底に溜まった泥をバケツリレーなどで田んぼに入れました。
私も半長で川べりに立って泥を運びました。
久しぶりに泥の香りを楽しみました。

 

昔は「ごみくい」のあと、
クリークで獲れたフナの昆布巻きを食べて酒を飲みました。
地域がひとつになる行事で、
子どもたちは地域の人たちが助け合う姿を見て育ちました。

こうした行事が無くなったので、
役所が音頭を取って
地域ぐるみで子どもを見守る運動を起こす時代になりました。
佐賀市は地域と子どものふれあいをはかる
「まなざし運動」をこの4月から行います。

佐賀市の社会福祉大会と環境保健推進大会が
相次いで開かれました。
こうした大会に出席すると
地域や団体の人たちに支えられて行政が成り立っていることを
つくづく感じます。感謝しています。

暖かい日と寒い日が交互にやってきます。
インフルエンザも流行ってきています。
どうぞ体調に気をつけて下さい。

2008年2月18日(月)

佐賀城下ひなまつりが、先週の土曜日16日から
3月末までの日程ではじまりました。

今年は、鍋島家から四国宇和島の伊達家に嫁いだ
観姫(みよひめ)様の嫁入り道具のひとつのおひな様が
200年ぶりに里帰りして、徴古館に展示されています。

歴史民俗資料館には
14代今泉今右衛門さんが作られた祝膳の5つの皿や、
人形作家の福岡伊佐美さんの鍋島小紋のひな人形など
見ごたえのある作品がたくさん展示されています。

佐賀城下ひなまつりは、今年8回目で、
佐賀市の中心部では、家々の通りに面した場所に
ひな人形が飾られますが
きょう通勤途中のバスの中から
日新校区の惣菜屋さんのショーケースに
小さなおひな様が飾られているのを見ました。
佐賀のひなまつりを盛り立てようという気持ちが
市民全体に広がっているように思いました。

日曜日に東与賀と本庄の公民館で文化祭が開かれ、
見学させていただきました。
日頃の公民館活動の成果が発表されていましたが
たくさんのグループが公民館を利用して
文化活動をしておられることが分かりました。

東与賀では30を越えるグループが発表しておられました。
中には小学1年生の生花もありました。
高齢者から子どもまで、みんなが、
公民館で仲間を作って、元気に活動しておられます。
嬉しくなりました。

13日(水)~15日(金)まで韓国に行ってきました。
佐賀市とプサン広域市の連堤区との姉妹都市10周年記念で招かれ、
区長や議員などから歓待されました。

連堤区とは文化やスポーツ、小中学生などの
交流が活発に行われてきましたが、
今後は産業や観光などでも交流をはかるために、
担当者どうしが検討することになりました。

プサンは初めての訪問で緑が少ないなと思いました。
ただ連堤区を流れている温泉川の河川敷に
空き缶やビニール袋などのゴミが全くないのに関心しました。
以前、この温泉川は、
工場や家庭からの汚水で悪臭が漂っていたそうですが、
今は美しい流れをとりもどして河川敷は公園として整備されています。

プサンを訪れた翌日は
済州島の西帰浦(ソキポ)市を訪ねました。
ここは中国の連雲港を出た徐福が
日本に来る前に立ち寄ったとされるところです。
徐福関連の公園や資料館などがよく整備されていました。

佐賀は徐福関連の史跡がいくつかありますが、
点として整備されているものの、線や面になっていません。
徐福の出発地の連雲港、立ち寄った西帰浦、
到着した佐賀を線で結んだ資料を作る必要があるかなと
思っています。

済州島のホテル近くで散歩と気功をしていると、
ウグイスの声を聞きました。
春が近いと思いましたが、
佐賀に帰ると寒波に見舞われていて、
きのうの日曜日は川に氷が張っていました。

春はまだ先のようですが、
2月は逃げる、3月は去るといいます。
あっという間に新年度を迎えます。
忙しい年度末、風邪をひかないよう注意しながら
頑張ります。

2008年2月12日(火)

きのう(11日)の早朝、
いつものように犬のマックスと散歩していると
東の空が次第に明るくなり、美しい日の出を見ることができました。
間もなく、西の空にバルーンが11機上がってきました。
バルーンは晩秋の佐賀平野の風物詩ですが、
凛とした空気の中の早春のバルーンもいいものです。

先週の月曜日、
福岡、大川、佐賀の市長が意見を交わす
3都市連携フォーラムが開かれました。
三瀬と隣接する福岡市早良区に、この夏ごろループ橋が完成して
福岡と佐賀がさらに近づきます。
140万都市の福岡の人たちに、
三瀬から佐賀市の中心部、有明海、大川まで足を伸ばしてもらうよう
連携を強めたいと思います。
3市の市報に、お互いの催しを掲載することになりました。

佐賀農業まつりが先週から今週はじめにかけて
佐賀空港公園で開かれました。
JAが主催したものですが、規模の大きさに驚きました。
農業県佐賀を実感しました。
1400万円のコンバインなど高額な農業機械が展示されていて
規模拡大が求められる農業の現状がうかがえました。
こうした機械を使ってみたい、とも思いましたが
鍬や鎌を使って、土と心を通わせながら行う農作業も
捨て難いものがあります。

妻と一緒に
山田洋次監督の映画「母(かあ)べえ」を見ました。
思想弾圧されて検挙された夫の留守を守る
「母(かあ)べえ」と子どもたちが
激動の昭和を生き抜いた家族の物語です。

映画の中で、家族がちゃぶ台を囲んで食事をする光景が
何度か出てきます。
ちゃぶ台のドンブリの中の、わずかなおかずをみんなで分け合って食べます。
山田監督は月刊誌に載った談話の中で、
「ちゃぶ台を囲む人数によって
自分がどのくらい食べていいか考え、他の人を思いやる心が育つ。
台所からちゃぶ台が消えたころから、
相手を思いやる気持ちが失われたのではないか」と話しています。

山田監督の弱者への優しいまなざしは
どこから生まれたのかと思っていましたが
月刊誌によりますと、
戦後満州から引き揚げて貧しかった山田少年は、
アルバイトで竹輪を売っていたとき、
売れ残った竹輪を草競馬場のおでん屋のおばさんに全部買ってもらい、
「これからも売れ残ったら持っておいで」と言われたそうです。
それが、山田監督の弱者への心配りの原点のようです。

特高の目が光り、自由にものが言えないあのような時代が
再びきてはなりません。
行政にたずさわる者として、
意見が違っても、その言葉に耳を傾けたいと思います。

青森県の浪岡からトラック一杯のリンゴをいただきました。
浪岡は青森県で2番目のリンゴの産地ですが、
浪岡リンゴの最大の消費地は佐賀だそうです。
リンゴは佐賀市の幼稚園と保育園に届けました。
子どもたちはリンゴをたくさん食べて、
ほっぺをリンゴのように真っ赤にしながら
元気に駆け回ってくれたことでしょう。

2008年2月4日(月)

いつもは暗い内に愛犬のマックスと散歩に出ますが、
2日の土曜日は、出席しなくてはならない会合や行事が無かったので、
明るくなって城西中学周辺を散歩しました。

農村公園で、いつもの2倍の時間をかけて気功をしたあと、
家から離れた所まで足を伸ばしました。
いつもは車か自転車で通り過ぎる集落を歩いていると、
お地蔵さんや
「大神宮」とか「三夜待祭神」と書かれた石作りの神様に気がつきました。
集落の人たちがお守りとして祭っている神様でしょう。
私もひとつひとつ手を合わせて、集落の安寧を祈りました。

西与賀まで足を伸ばすと、
水路にゴミがたくさん浮いていました。
よく見ると、道路脇も空き缶や弁当ガラがたくさん捨てられていました。
車からポイ捨てされたものがたまったのでしょう。
すがすがしい気分が一気にさめてしまいました。
「ポイ捨てはやめましょう」と声を大にして言いたいのですが、
残念なことに、平気でポイ捨てする人の耳には届かないでしょう。

金曜日から日曜日まで
旧古賀銀行などの歴史民俗資料館で
「佐賀ものづくりミュージアム」が開かれました。

手仕事で物作りをする作家や職人たちの
藍染や木工のイス、タンス、和紙で作った行灯、子どもの遊び道具などが展示され、
糸紡ぎや時計やカメラの修理の実演が行われていました。

大量生産される安い品物があふれる中でも
こだわりを持って手作りの品々を作りだす人々の執念を感じました。
また値段は高くても、ぬくもりのある作品を求める人が、たくさん訪れていました。

帰りに近くの呉服元町商店街のアーケード街を通りました。
アーケードは古くなっていて、改修か取り壊しが必要な時期が来ているようです。
事故が起きる前に対策が必要ですが、中心商店街は今力を失っています。
改修や解体に誰がどう取組むのか、考え込んでしまいました。

昼食のために食堂に入ると、
県庁職員5人が食事をしておられました。
県庁の人たちも中心商店街の活性化に協力して下さっているようです。
お礼を言いました。

3日の日曜日は諸富の「太田城下ひなまつり」に出かけました。
会場の表に竹やササで作った門、足元にはボンボリがあしらわれて
風情のある会場になっていました。
会場には手作りのお雛様や、
各家庭に古くから伝わるお雛様が並んでいました。

 

裏方では、女性たちがお茶やお寿司を用意して
男性は案内や受付をしていました。
みんなで作るお祭りはいいものです。

2月16日から3月末までは「佐賀城下ひなまつり」です。
それに合わせて、早稲田大学創設125周年を記念して
大隈記念館で「江戸、明治の広告展」が開かれます。
市外や県外から大勢のお客さんが佐賀市を訪れて下さいます。
心をこめておもてなしをしたいと思います。

寒空でヒバリが鳴いていました。
ヒバリの鳴き声は春の暖かい日にふさわしく、春は遠いのになと思いましたが、
庭の梅も次第に開いています。
きょうは立春です。もうすぐ春なのですね。

2008年1月

2008年1月28日(月)

先週は特別交付税の要望と、
佐賀出身の財界人に職員研修の講師をお願いしに
東京に行きました。

仕事を終えた翌日が土曜日だったので
帰りに横浜の孫に会ってきました。
5歳の男の子の自転車の補助輪をはずして
自転車乗りの練習を助けました。
次第にバランスがとれてきて1人で乗れるようになるまであと1歩です。

幼い子の成長の早さを実感しますが、
私は子どもの自転車を持って一緒に走ると息切れがして歳を感じました。
公園でブランコやシーソー遊びをしている間に息を整えて
再び自転車の練習をするなど、おじいちゃん役を楽しみました。

日曜の朝午前4時半に起きて第1便の飛行機で佐賀に帰り
川副町大詫間のひな祭りに出かけました。
地元の趣味の会の人たちの、手作りのお雛様が
公民館一杯に並んでいてお客さんを待っていました。

お雛さまのほか、本物そっくりの紙で作った花や
竹細工の籠なども並んでいました。
80歳を越える方も雛人形つくりをしておられるそうです。
大詫間のお年寄り総出で開かれたひな祭りでしたが、
お年寄りが熱中して打ち込むものがあることは素晴らしいことです。

 

ひな祭りで地元の産物で作った、ぜんざいをごちそうになりました。
一緒に漬物も出てきました。
私は漬物が大好きです。お代わりまでいただきました。

先週は川副町で市長と語る会も開かれ
地元の声を聞く事ができました。
川副と縁のある週でした。

わが家の畑の野菜に花芽が付き始めました。
最初に植えた白菜は暑かったので虫の被害を受けて植えなおしましたが、
今度は植えるのが遅かったのでしょう、巻かないまま花が付きました。
私の栽培技術が下手なのかもしれませんが、
地球温暖化の影響もありそうです。

チンゲンサイも花を付け始めました。
畑を見ていると、春が近いことを感じます。
最も寒い今を、元気にのりきりましょう。

2008年1月21日(月)

きのう(20日)の日曜日、
佐賀市の総合防災訓練が予定されていたので、
天気が気になって早朝庭に出ると隣の家の梅が咲き始めていました。
白い小さな花が三分咲きでした。
春が近いことを伝えていますが、地球の温暖化が気になります。

阪神淡路大地震を教訓にはじめた
佐賀市の総合防災訓練は雨で中止になりました。
地震は雨の日でもおきますので、
雨の中の訓練も必要という思いが脳裏をかすめましたが、
冷たい雨の中で集まった人が風邪をひくのを避けようと
雨なら中止と事前に決めていたのでやむを得ませんでした。

先週は来年度予算の査定をしました。
地方交付税の減額を一時的に止める是正措置で
何とか予算編成をすることが出来ました。
しかし予断を許さない状況は変わりありません。
国に地方交付税を見直してもらわないと地方はやっていけません。

予算案は義務的経費を入れるのがやっとでしたが、
市民の健康づくりへの取り組みに
ちょっぴり予算を付けることが出来ました。

新春の集いが続いていますが、
ある集いの余興のくじ引きで一等が当たって喜んだのもつかの間、
別の集いで財布を落としました。
世の中いいことばかりではありません。

さらに別の集いに、上下が不ぞろいのスーツで出席してしまいました。
妻が「どの服にする」と聞いたので「紺」とだけ答えて渡された上着を着ました。
会場に着いて、よく似た紺色でもズボンと上着が違うのに気がつきました。
夫婦の会話が充分ではありませんでした。

もうひとつ失敗談です。
新聞でお世話になった人のお父さんが亡くなられたことを知り
弔電を打とうと思いましたが、犬を散歩させている間に忘れました。

失敗続きで心配しましたが、
昨夜NHKの番組で放送した認知症の自己診断方法で
私はまだ大丈夫とわかりました。ほっとしました。

あす(22日)冷凍網で養殖されたノリの初入札が行われます。
秋芽網のノリは最高1枚300円という高値が付きました。
いい値段が付くと港が活気づきます。期待しています。

きょうは大寒です。一年で最も寒い頃です。
どうぞ風邪などひかないよう気をつけて下さい。

2008年1月15日(火)

新年に入って2週目の先週は
各種団体の新年の会合が相次ぎました。
新年宴会はお酒は控えめにしていますが、
どうしても料理をたくさん食べてしまい体重の増加が気になっています。

会合では今年の抱負を述べさせていただいています。
その中で、
▽大合併で大きくなった佐賀市民の心がひとつになること
▽ゴミの減量
▽市民ひとりひとりの健康
▽子どもへのまなざし運動などを推進したいので
その運動の柱になって下さいとお願いしました。

9日に開かれた福岡市早良区の新春の集いに出席して、
佐賀市を売り込ませていただきました。
早良区と三瀬村は三瀬トンネルで結ばれており
以前から早良区と三瀬の人々はお隣りどうしの交流をしていました。
三瀬村は合併して佐賀市になりましたので、
三瀬の山の幸や温泉、自然にふれていただいた上に
さらに足を南に伸ばして、
富士町の温泉、佐賀の城下町と歴史、有明海などにも
親しんで下さいとお願いしました。
三瀬トンネルを越えた福岡側に、この夏か秋にループ橋が完成する予定で
早良区と佐賀市はさらに近くなります。

13日の日曜日に
北川副町のふれあい冬まつりがありました。
冬まつりの中心の「ほんげんぎょう」では
富士大和森林組合からいただいた風倒木でやぐらを組み
やぐらの周辺に青竹をめぐらせて火が放たれました。

 

冬まつりは、地元のさまざまな団体の人たちが
準備をして下さいましたが、
佐賀東高校、城南中学、北川副小学校の児童や生徒が
お手伝いをしていました。
伝統行事を大人から子どもに引き継ぐ地域の力を感じました。
子どもたちには思い出になるでしょう。

行事を運営している人々の中に佐賀市の職員も目につきました。
職員には一人二役をはたすよう求めていますが、
呼びかけに応えている職員を見て心強く思いました。

成人の日のきのう(14日)の早朝、
犬のマックスと自宅近くに散歩に出ました。
いつもは本庄神社はお参りして通り過ぎますが
少し時間があったので、神社の周辺を周りました。

神社に寄附した人の名前が銅版に書かれていました。
私が小さい頃に見た、おじいちゃんの名前が多く、
みなさん亡くなられています。
樹齢600年の大きなクスの木の下に立って、
昭和はもとより、大正、明治、江戸時代へと思いを巡らせ
私達は先祖の遺産を受け継いで今あるのだと思いました。

本庄神社の近くに寺の本庄院があります。
そこの境内に、タイを抱いた恵比寿さんが2体ありました。
恵比寿さんは長崎街道周辺にあるものと思っていたので
新しい発見でした。

いにしえに思いをはせる私の傍で
マックスも何かを考えているのでしょうか、おとなしくしていました。
すがすがしい朝の散歩でした。

今週はきょう(15日)
地域審議会の新しい委員に委員をお願いする式がありました。
佐賀市と合併した以前の7つの町と村の、それぞれ15人の委員に
佐賀市政への意見を述べていただくことにしています。
またきょうは、佐賀市立の学校と保育園の校長と園長会議もありました。

週末の土曜日は、食育推進公開サミット
日曜日は、佐賀市の総合防災訓練があり休んではおられません。
お屠蘇気分を振り払って仕事をします。

2008年1月7日(月)

新年おめでとうございます。
皆さまのお正月はいかがだったでしょうか。
私はあっという間の正月でした。

年末は消防団の年末警戒の激励訪問をしました。
誰もが忙しい年末の寒い夜に活動しておられる消防団の方々に
いつもの事ながら頭が下がります。

年末休みに東京から佐賀に帰ってこられた方から
佐賀市政のあり方について助言をいただきました。
国の制度を活用して、国のお金を上手に引き出す方法を
教えていただきました。
佐賀市民のために知恵を働かせます。

元旦は5時に起きて、犬のマックスと一緒に
近所の妙見神社と権現神社にお参りしました。
このあと県庁に集合しての5社参りに妻と一緒に参加して
佐嘉、松原、八幡、護国、伊勢、与賀の神社にお参りしました。
5社参りということになっていますが、実際には6社参りでした。
朝から横なぐりの雪が降り、主催者の方は苦労しておられましたが、
地球温暖化が進んでいるだけに元日に雪が降ったのは
喜ばしいことかも知れません。

 

雪は家に帰る頃ひどくなりました。
家を出るとき妻が重いナップサックを持っていたので
「歩くのにそんなものは邪魔になる」と言いましたが
ナップサックには折りたたみ傘が2本入っていました。
おかげで雪に濡れなくてすみました。
正月の神様参りでカミさんに助けられました。
今年もまた、妻に頭の上がらない1年になりそうです。

家に帰ったあと、本庄神社と大神宮に、
午後は金立の金刀比羅神社にお参りしました。
結局元日に11の神社にお参りしましたが、
佐賀市は合併で広くなりましたので、お願いすることがたくさんあります。

2日は大和の道路工事現場を見に行き、
そのあと川上の与止日女神社にお参りしました。
午後伊万里の友人の家に泊めてもらい
翌日3日は伊万里湾で魚釣りをしました。
風が強くて、釣果はいまいちでしたが、のんびりできた初釣りでした。

4日から仕事です。執務はじめ式で
▽ 合併後の佐賀市の一体化の促進と合併効果の実現
▽ ゴミ減らしに市民と共に取組む
▽ 高齢者への声かけや子どもへのまなざし運動などで、
市民にもう一役かっていただく呼びかけをする
など6項目の重点課題を職員に訴えました。

5日の土曜日は知人の厄払いで熊本の幣立神宮にお参りしました。
近くに世界平和道場があり、立ち寄ると
佐賀市の生んだ有名な書家の土肥春嶽さんの書がありました。
「天意現成」と書いてありました。
土肥先生は私の住む本庄の方で親戚が親しくしていただいていました。
熊本の山あいのひっそりした道場で
今は亡き土肥先生の書に出会い、先生に出会ったような喜びを感じました。

6日の日曜日、消防団の出初式がありました。
新しく合併した旧町村の消防団が、文化会館に一堂に会しました。
佐賀市の消防団は4000人です。
災害があったとき、これだけの動ける部隊があると思うと心強いものです。

同じ6日には富士町で開かれた七草粥を食べる会に行きました。
古湯と熊の川温泉の旅館の有志が開いた会で、
キャンセル待ちをしていましたが、
古湯の旅館でキャンセルが出たので出席させていただきました。
七草粥を食べて健康を願い、お湯に入って英気を養いました。

今、品格という言葉が良く使われます。
国家も企業も人々も品格を失っているからでしょう。
子どもたちに背中を見せることのできる
大人の品格を佐賀から育てていこうではありませんか。

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