2007年10~12月のひとり言

2007年12月

2007年12月25日(火)

今朝、いつものように6時に起きて犬のマックスと散歩に出かけました。
途中、知り合いの佐賀市職員OBの方と出会い
500mほど一緒に歩きながら話をしました。
その方は朝4時に起きて2万歩歩いているとおっしゃいました。
私は犬の世話、お宮さんへのお参りをしながら1時間くらい歩きます。
せいぜい5千歩でしょうか。

途中公園で気功をしました。
公園の隣に病院がありますが、
病室に明かりが灯るのは外が明るくなってからです。
その内カーテンが開きます。外の風景を見ておられるのでしょう。
病気が治って外に出てこられるといいな、などと考えながら
気功をしていると、
カラスの集団が西のほうに飛んで行きました。カラスは早起きです。

今朝は満月の丸いお月様が西の空に明るく輝いていました。
家に帰る7時ごろ東の空が明るくなり、お日様が顔を出します。
西にお月様、東のお日様、
こんな風景は早起きした人だけが見ることが出来ます。

先週は悲しいできごとがありました。
佐賀市議会の元議長の御厨さんが亡くなりました。
2ヶ月前、町民体育大会で元気なお姿を見ましたが、
その後入院されました。
固辞されたので、お見舞いに行きませんでしたが、
その後退院されたと聞き安心していました。

その内お元気な顔を見に行こうと思っていた矢先に
突然旅立たれました。
なぜ早くお会いしなかったのかと反省しきりです。

御厨さんも私も本庄に住んでいます。
若いころ、県議会議員選挙で
御厨さんは自民党、私は社会党の候補を応援して
激論を闘わせたことを思い出します。

しかし市長選挙では私を応援して下さり、
後援会の顧問をしていただいています。
あまりに早い逝去に呆然としています。
ご冥福を心からお祈りします。

21日の金曜日に、
飲酒運転撲滅の街頭キャンペーンに参加しました。
冷たい小雨が、私の薄くなった頭に降りかかる夜でした。

交通安全対策協議会や交通指導員、警察、佐賀市の関係者などが
チラシを配って、飲酒運転をしないよう呼びかけましたが、
キャンペーンに参加した人の半数は顔見知りの人でした。
消防団、PTA、体育協会、自治会などさまざまな分野で活動しておられる方々です。
中には81歳の女性も居られました。頭が下がります。

佐賀市の中心部の午後7時ごろでしたが、道行く人は少なく、
チラシを配る人のほうが受け取る人より多いという状態でした。
佐賀市の中心部に人通りを多くする対策が必要だと
つくづく感じました。

今度の3連休は、丸々休めました。
休めると思っていなかったので、約束していませんでしたが、
急きょ知り合いに声をかけ伊万里湾に魚釣りに出かけました。
波が高かったので、希望の釣り場まで行けませんでしたが
小さなカワハギやアジが釣れました。

今週は今年最後の週です。
水関係の対策で国土交通省九州整備局への要請活動、
広域の議会、市長会、庁議などが続くあわただしい年末です。

 今年1年を振り返り、大きな出来ごとを3つあげると
まず、若者が活躍した年でした。
高校総体では、選手だけでなく、全ての高校生が
何らかの役割を果たしてくれました。
佐賀北高校の甲子園優勝は、全国に佐賀の存在感を示してくれました。

次に南部3町の川副、東与賀、久保田との合併です。
合併の促進は私の公約でした。
それぞれの町長や、議会、住民の皆さんの理解と協力の賜物です。
合併の効果を生かした市政を行います。

中心商店街活性化に欠かせないエスプラッツの
リニューアルオープンも実現することが出来ました。
これで安心というわけにはいきません。
商店街の人たちと市が手を携えて、
中心商店街の活性化に取組みますが、
ぜひ市民の皆さんもエスプラッツを利用して下さい。

おやじがひとり言をつぶやくのも今年はきょうが最後です。
1年間のご愛読を感謝します。
来年もよろしくお願いします。
みなさま、良いお年を。

2007年12月17日(月)

先週末の土曜日は、久しぶりに1日丸々休むことができました。
朝はゆっくりした気分で目覚め
犬のマックスと、いつもより遠くまで3キロを散歩しました。

建立されて600年になる神社にも足をのばしました。
鍋島家にゆかりのある神社で
竹林が神社に向かって広がり、神社は竹やぶの中に隠れるようにあります。

マックスと家内安全や健康を祈っていると
近所の人が花を手向けたのでしょうか、菊の花が生けてあるのが目に入りました。
お手水の鉢のそばの手ぬぐいが、ひっそり初冬の風に揺れていました。

散歩から帰っての朝食は、庭のテーブルで食べました。
木の葉が、さらさらと落ちてくる中、
CDで、吾亦紅(われもこう)の歌を聴きながらの食事に
心が安らぎました。

コーヒーにパン、サラダというのが似合いそうですが
いつものように、ご飯、味噌汁、納豆、漬物などの純和食です。
カミさんも一緒に食べようと誘ったのですが、外は寒いからと断られてしまいました。

目を少し遠くにやりますと、畑の上をモンシロチョウが飛んでいました。
12月の中ごろになって、チョウが飛んでいるのを見るのは初めてです。
地球温暖化の影響でしょう。
日本もですが、特にアメリカや中国は温暖化防止に真剣に取組んで欲しいものです。

昼は富士町に出かけたので蕎麦を食べました。
島原そうめんのような細い蕎麦を
カミさんと、たわいのない話をしながら味わいました。
大勢のお客さんで賑わっていましたが、
中には私のことを佐賀市長と知っておられる方もありました。
外で食事をするときは緊張が求められます。

最近肩こりがひどいことをお医者さんに話したら
首からきているかも知れないと言われました。
市の財政が厳しく首が回らないので肩がこるのかも知れません。

嘉瀬川ダムの建設に伴う市道の付け替え道路は
地元の意向を最大限取り入れる方向で
国土交通省との協議がほぼまとまりました。
ご心配をおかけしました。

今週は、FM放送の収録や講演、移動市長室などで
地域の人たちに市政についてお話しする機会が多くあります。
お話しするだけでなく、皆様の声を聞きたいと思っています。

市議会は一般質問が終わって委員会審議に入りました。
今週の金曜日(21日)までです。

議会が終わる21日には、飲酒運転撲滅のキャンペーンに参加します。
最近佐賀市の若手職員が、酒を飲んだ帰りには、
自転車に乗らずに押して帰っているという話を聞きました。
心がけを嬉しく思います。
みなさん、これからお酒を飲む機会が多くなりますが、
飲酒運転だけは、絶対しないで下さい。

2007年12月11日(火)

師走に入りましたが、
各地でスポーツや地域の祭りなどが開かれています。
週末は西に東に駆け巡るように
さまざまな行事に参加させていただきました。

8日の土曜日は、
市長籏少年サッカー大会が開かれました。
新しく合併した川副や東与賀など20チームの少年少女が
寒さをものともせずにグランドを走る元気な姿を見る事ができました。

ただ少し残念だったのは、国旗や大会籏の掲揚のとき
子ども達がざわついていたことです。
挨拶の中で触れようかなと思いましたが触れませんでした。
それを反省しています。

同じ日、神埼市脊振のゴミ処理施設の新しい設備の落成式がありました。
三瀬と諸富のゴミを焼いた灰を処理していただいているので式に出席しました。
めでたい落成式ですが、
ここで去年作業員の方が事故で亡くなっているので複雑な気持ちでした。
安全運転を心から願っています。

午後から、
兵庫町のひょうたん島公園で開かれていた収穫祭に参加しました。
農産物の販売などが行われていましたが、
市議会の福井議長と一緒に餅つきをさせていただきました。

私は餅つきは大好きで得意です。
遅れて行ったので最後の仕上げしか出来なくて、
腕をふるえなかったのが残念です。
会場では門松作りも行われていて、正月への足音が聞こえてきます。

 

9日の日曜日の朝は川副町の弓道大会をのぞきました。
お年寄りが多いかと思って弓道場に行きますと
中学生や高校生などの若い人の姿も多く、
福岡県や熊本県の選手もいました。

手作りのプログラムの表紙に
来年の干支のネズミが弓を引いている様子が描かれていました。
可愛らしい絵で、おそらく女の子が描いたのでしょう。
日本古来の武道大会を若い感覚の少女がお手伝いしていると思うと
楽しく、嬉しくなりました。

午後は消費者大会を見させていただきました。
たくさんの団体が消費者活動をしておられる様子が伺えました。
神野の人たちは、多重債務について寸劇を披露しておられました。
さがにわか風の寸劇で笑いを誘いながら、
消費者保護活動をしておられるのが印象的でした。

佐賀市の体育指導員の方たちの研究大会にも
顔を出させていただきました。
体育指導員の方は地域のスポーツ活動に取組んでおられ
土曜日曜の休日のほとんどを地域のために使っておられます。

私も土曜、日曜も休めることは稀ですが、
たまの休みにも研究活動をしておられる体育指導員の方を見て
愚痴は言うまいと思いました。

12月市議会は33人の議員の方が一般質問をします。
これまでに半分の方から質問を受けました。
議場に座っていると、エコノミー症候群になりそうですが
地域の実情や市民の思いが伝わってきますので勉強になります。

「子どもへのまなざし条例」が出来ました。
子どもが健やかに育つように
学校だけでなく、地域で子どもに目を向けようという条例です。
これから、いろいろな活動への誘いがあると思います。
お力を貸して下さい。

有明海の海苔はきのう初セリがあり大変高い評価を受けました。
例年以上に、いい海苔が出来ました。

佐賀県は海苔の日本一の産地で
その内の三分の二を佐賀市が占めますので
市町村単位では佐賀市がおそらく日本一の海苔の産地です。
佐賀市の大きな産業だけに気になっていましたが
好調な滑り出しにほっとしています。

これから寒さが一段と厳しくなります。
体調に気をつけて年末の忙しさを乗り切り
元気な正月を目指して下さい。

2007年12月3日(月)

晩秋の色が日ごとに濃くなり、
美しく色づいていたナンキンハゼも落葉をはじめました。
ふと気がつくと街行く人々もコートを着てマフラーをしています。
もう冬と言ったほうがいいのかも知れません。

クリークのコモの間をカイツブリがせわしく出入りしていました。
人の社会も師匠も走る師走です。
クリスマス、忘年会、正月へと続きますが
全ての人が温かい正月を迎えられればいいのですが・・・・。

先週は佐賀市の話題がテレビや新聞に多く取り上げられました。

(その1)
諸富でメロンつくりをしている農家が
佐賀市役所でメロンの試食会をしました。
8戸の農家が30数年メロン栽培に取組んでこられ
大変評判のいいメロンです。
佐賀市の特産品の目玉にならないものかと思っています。

(その2)
大和中学のマーチングバンドが全国コンクールで金賞に選ばれました。
50人のメンバーの笑顔が素敵に輝いていました。
努力の賜物です。後輩に伝統を引き継いで下さい。

(その3)
佐賀大学と佐賀市が相互協力協定を結びました。
教職員、学生9000人の知的集団の力を借りて
佐賀の街を発展させる第1歩です。

(その4)
不名誉のことでもニュースになりました。
万引きした職員を懲戒免職にしました。
お子さんもいて、
これからどのように生活してゆくのかを考えると心が痛みましたが、
市民の信頼を裏切った行為を見逃すことは許されず処分しました。
市民の皆様には深くお詫びします。
職員一同、信頼回復に向けて頑張ってゆきます。

きょう(12月3日)から12月佐賀市議会です。
富士、大和、三瀬地区の
地上デジタル放送の難視聴対策や高速インターネット網の整備の
補正予算案など52議案を提案しました。
6日からの一般質問には33人の議員が質問に立ち
熱い議論が交わされます。

きのう開かれた
佐賀県選出国会議員の副大臣就任を祝う会の帰りに
佐賀城西濠を泳ぐ300羽のカモが目に入り足を止めました。

夫婦と思われるひと組のカモを見ていると
メスが先を泳ぎ、オスが後ろからメスを見守るように泳いでいました。
2羽を温かいものが包んでいるように見えました。
私は妻と散歩するとき、さっさと先を歩きますが、
これからは
並んで歩くように努めることにしました。

2007年11月

2007年11月26日(月)

山の紅葉はもう終わったようですが、平野部は今秋の盛りです。
出勤するときのバスの車窓から見える街路樹は赤や黄色に色づいています。
日当たりによって色づきの程度が微妙に違います。
早く色づいた木は落葉をはじめていて、
ほうきやちり取りを手に落ち葉を集める人の姿も見られます。

もうひとつの秋の風景を国の政治の中心に見る事が出来ます。
今、全国から来年度予算に向けて要望活動をする人が
政府の建物を行き交っています。
秋の終わりに繰り広げられる昔ながらの風景です。

省庁の担当者の前に山と積まれる名刺を見ながら
これがどれほどの効果があるのかとも思いますが
要望活動をしないと取り残されるという不安からか恒例の行事になっています。

私も先週は2度東京を往復しました。
農林水産省と国土交通省を訪ねて
筑後川下流土地改良事業や嘉瀬川ダム、治水事業、国道の整備、
それに地方と都市の格差是正などを要望してきました。

先週の週末、
佐賀消防団中央分団の創立30周年の祝賀会がありました。
佐賀市の中心部の5つの分団が
ひとつの分団になって30年を迎えたことを祝う会です。

古い写真や30年使われた纏を見ると30年の年月の長さや重みを感じます。
後継者不足で消防団の人たちの年齢が高くなっていますが
消防団活動をして下さる人は
消防だけでなく、さまざまな立場で地域の活動をしておられます。
30年を支えて下さった方たちに感謝すると共に
これからの時代も支えて下さるようお願いします。

土曜日、姉妹縁組をしている
韓国プサンのヨンジェグと佐賀市の
文化芸術人交流会が佐賀市立図書館でありました。
言葉は違っていても顔かたちは私たちと全く同じで、
文明や文化の交流ははるか昔から続いていて、親しみをおぼえました。

ヨンジェグの区長から招待の親書をいただきました。
前にも招待されていますが、
日程がとれなくて延び延びになっています。

韓国の人たちは、市立図書館前の広場で
250枚のタコを連ねた長さ500メートルもある連ダコを揚げておられました。
秋の青空に伸びる連ダコを見ながら
民間の文化交流が大きく伸びているのを象徴しているように思いました。

財政が厳しい今、
この文化芸術交流を佐賀市が援助することは難しく
佐賀の文化関係者は自費で交流をしておられます。
心より感謝します。

土曜日に少し時間がとれたので、
友人知人におすそ分けしようと畑で芋掘りをしました。
少ない時間に急いで掘ったので肩が凝り、
妻にまた叱られました。

2007年11月19日(月)

先週、中国慈渓市の経済界の50人が佐賀市を訪れました。
慈渓市は上海の南にあり、
徐福が不老不死の薬を求めて日本に向けて出発した港があります。

佐賀市諸富が徐福の上陸地点とされることから
佐賀市と慈渓市の文化、観光、経済の交流をはかろうというもので、
民間レベルの交流が発展する兆しがみえます。

上海と慈渓市の間にある杭州湾をまたぐ
長さ36キロの往復6車線の高速道路の橋が建設されていて
来年春に開通するそうです。
完成すれば世界最長の橋ということです。
中国は途方もないことができる力をつけていますが
環境問題にも取組んでほしいものです。

先週1日休みをいただいて
広島県の安芸の宮島で開かれた消防大学校の同窓会に出席しました。
4年ぶりの同窓会でしたが、欠席された方もありました。
体調がすぐれない人、家族の介護をしている人、
それに亡くなった人などさまざまですが、
出席できた人は、健康の有難さをかみしめていました。

宮島の紅葉谷(もみじだに)のイチョウやモミジの紅葉は見事でした。
私たちを案内した広島のバスガイドさんは
翌日佐賀の九年庵に行くとおっしゃっていましたが、
九年庵のモミジは、全国的に知られる宮島のモミジに
決して劣ることはありません。

 

きのう(18日)の日曜日、天山で
唐津、多久、小城、佐賀の各市の消防署や消防団が参加しての
山火事の消防訓練がありました。

標高500メートル近い所に置かれた見学席は
震え上がる寒さでした。
4市の市長の中には防寒コートを持ってこなかった方もいて
寒さが応えたようです。

訓練に参加した人は
汗を流して頑張っておられました。
佐賀市からは消防本部の他、富士町の消防団が
参加されました。ご苦労さまでした。

午後からは西与賀のふれあい祭りに出席しました。
ここの祭りは地域と学校が一緒になって開いていて
子どもたちや若いお父さん、お母さんも参加して楽しいまつりでした。
いい方法かなと思いました。
暖かい、うどんとおにぎりをご馳走になりました。

夜は妻と一緒に三瀬温泉に行きました。
ボイラーの調子が悪く、
室内は熱すぎて入れず、露天風呂に入りました。

風呂上りに体重を量ると76キロありました。
お腹がぽっこりと膨らんだ若い人も同じ76キロでした。
身長は同じくらいなので、
私も外から見るとあんなにお腹が膨らんでいるメタボなのだ、
これは大変だと思いました。

原因はこのところの食べすぎです。
減量しようと、今朝は犬との散歩を長くしました。
犬と歩きながら、初霜が降りたことに気がつきました。
急に寒くなりました。
風邪などひかないよう気をつけて下さい。

2007年11月12日(月)

自宅近くの公園でタンポポが咲いていました。
10日ほど前には、城西中学の近くの稲刈りを終えたあとのたんぼで、
ヒバリが「ピーチク」と鳴いていました。
タンポポやヒバリは春に咲いたり鳴いたりするものと思っていました。
季節感がおかしくなりましたが、
異常な地球に、花や鳥もとまどっているのでしょう。

秋の週末はいろいろな行事があって、あわただしく右往左往しました。
土曜日に、佐賀商業高校の100年祭に出かけました。
記念誌の写真を見ていると、
これまで見た事もない佐賀の風景に出会いました。
100年という年月の長さを感じました。

土曜日の午後は職場の課内旅行に参加しました。
職場の旅行は温泉に入ったあと宴会というのが普通ですが、
今回はハウステンボスでした。
樹木が紅葉し、絵に描いたような
美しい秋のハウステンボスを見る事ができましたが、
家族やカップルで訪れるところで、
男の大人には、なじめないところでもありました。

翌朝、暗い内におきて、薄暗い木立の中で気功をしました。
さわやかな朝を迎えることが出来ましたが、
すぐ列車に飛び乗って佐賀に帰り
多くの行事に参加させていただきました。

川副の佐野常民記念館では
合併と記念館の開館3年を祝って講演会がありました。
岩手出身の直木賞作家の
高橋克彦さんの講演を聞きました。
高橋さんは
「歴史は勝者のもので、戦に負けることの多かった東北には
歴史を飾るものが少ないが九州は凄い」とおっしゃっていました。

高橋さんの歴史小説「火城」は佐野常民が主人公です。
佐野常民は日本赤十字の創設者として知られていますが、
若い頃は、蒸気船を作る努力をしました。
高橋さんは
「佐賀藩には男は人前で涙を見せないという気風があったと思うが
佐野常民は涙もろく、人の前で号泣した。
人の心を知る暖かい人で、
名前の通り、常に大衆に思いを寄せながら生き抜いた」と
講演されました。

「火城」は新たに装丁しなおして再発売されていて、
川副の前町長の江口さんから佐賀市に1000冊贈られました。
学校や団体などに配布しますので、郷土の偉人に学んで下さい。

日曜日はそのあと、
蓮池のパークフェスタ、
かたりべの里本庄祭り、
北川副の文化祭などをのぞかせていただきました。
秋の週末はあわただしいです。

 

そんな中でも、土曜日に孫と1時間遊ぶ時間がとれました。
仕舞いこんである子ども用自転車を出して補助の付いた自転車に乗った孫と
近所を回りました。
2年前は自転車をこげなかった孫の成長に驚きました。
その孫はきのう横浜に帰りました。

2007年11月5日(月)

朝晩冷え込み、少しずつ樹木が色づいてきました。
地球の温暖化を心配していますが、
秋の訪れにほっとしています。

毎朝犬を散歩させています。
強烈な香りを漂わせていたキンモクセイは
香りを失って花が散ろうとしています。
今朝はキンモクセイに代わってギンモクセイ?の甘い香りがしてきました。
クチナシに似た甘い香りで、すがすがしい朝でした。

先週はバルーン一色でした。
午後の競技が強風のため4日連続で中止になったのが残念でした。
私は「風風吹くな」とシャボン玉の歌を歌い続けましたが
願いは届きませんでした。
ただ最終日の夜間係留が出来たのは幸いでした。

運営委員の1人の町田さんが、
「佐賀のバルーンは凄い」と話しておられました。
会場を回ると大勢の方がボランティアとして活躍されていました。

バルーンや選手のクルーだけでなく、
会場の案内や掃除まで、ボランティアのすそ野が大きく広がっていました。
女性や高校生のボランティアだけでなく
高齢の男性が、火バサミでそっとゴミを拾っておられる姿をみて
バルーンと大会を支える人たちは佐賀の宝と思いました。

 

バルーン大会の期間中に開かれた
東与賀海岸のシチメンソウ祭りは
去年より一段と多くの人が訪れて下さいました。
広い駐車場に車が入りきらず堤防まで車が並んでいました。
嬉しいかったですが、駐車場やアクセス対策を
検討する必要がありそうです。

 

同じバルーン期間中、
佐賀市の中心部では、骨董市や骨董品の展示会などが開かれました。
こうした行事でも
ボランティアの人たちが活躍しておられます。
協働の姿を見る事のできた1週間でした。

多忙な日々ですが、今夜は日新校区の市長と語る会です。
ゆっくり市民の皆さんの声に耳を傾けたいと思います。

2007年10月

2007年10月30日(火)

先週はNHKテレビ、NBCラジオ、
ぶんぶんテレビとテレビやラジオの収録が続きました。
南部3町との合併、10月31日からのバルーン大会を
テーマにしたものでした。

この他、職員の不適切行為もあったので、
それをわびる姿が報道されたり、
定例記者会見などもあったので
メディアへの露出度が増えました。

23日は市役所職員OBと本庄町の市長を囲む会がありました。
2年前の投票日と同じ日の開催です。
「もう、1週間過ぎたか・・・」と、このところ1週間の過ぎるのがとても
早く感じられますが、2年前を振り返れば「まだ2年か・・・」と
これまでの期間を随分長く感じたりもします。
読書の秋です。じっくり本を読む時間が欲しい、この頃です。

25日は有明海に海苔の採苗作業を見に行きました。
朝4時半起床で戸ヶ里漁港から出発し20分ほどの漁場でした。
途中、東の空に見事な「日の出」を拝みました。
朝起きたときには西の空に煌々と照る、まん丸のお月さんも見えました。
船の上で「採苗期の2週間遅れを取り戻し、今年も海苔の豊作を・・・」と
念じつつ、牡丹餅を海に流し、酒を注ぎました。牡丹餅を流す所以は
「牡丹餅のあんのような色よい海苔ができますように」ということです。

その日は自動車関連企業である
小糸製作所の関連企業・美光九州(株)の起工式も
久保泉工業団地でありました。
建築工事の安全と会社の発展を祈願しました。

27日は三瀬村と富士町でそれぞれ地域の方々が
手づくりの「ふれあい祭り」を楽しみました。
地元はもちろんのこと、佐賀市南部や福岡方面の
お客さんも多く、賑わっていました。
私は富士町で同時開催されていた古湯映画祭も楽しませていただきました。
佐々部清監督の映画「カーテンコール」には涙で目が洗われました。
昔の町議会議場が映画館に見事に変身していました。
楽しい祭りを準備していただいた方に感謝します。

28日は多久聖廟の秋季釈菜を見学しました。同時開催の多久まつりでは
気持ちよさそうに舞われていた太極拳に見とれました。

先週もイベントの多い週末でしたが、
今週はいよいよ30日からバルーン関連の
イベントが登場し、11月3日には東与賀町で
シチメンソウまつりも開催されます。
多くのお客さんをお待ちしています。
関係者のみなさん頑張ってください。

2007年10月22日(月)

朝の空気が冷たくなりました。
窓を開けると、涼しいを通り越して寒さを感じます。
2~3週間前の暑さが信じられないほどで、
役所もやっと快適に仕事ができる温度になりました。

先週は16日から18日にかけて九州市長会が佐賀市で開かれました。
総会で国への要望事項をまとめました。
その結果都市財政の拡充強化など22項目を国に要請することを決めました。

最終日の18日の行政視察では、
バルーンのPRの為に
バルーン会場の嘉瀬川河川敷で体験搭乗をしてもらいました。
その効果があってか、早速
大分市のホームページの市長の日記にバルーンのことが書き込まれていました。
九州各地の市長が口コミでバルーンの宣伝をしてくださることを期待しています。

各市の市長夫妻が佐賀に宿泊され、
ある市長夫妻は、旧佐賀城の濠の周辺を散歩されたときの印象を
次のように話されました。

  • 樹齢300年の大楠をはじめ、緑が多くて楽しく歩けた。
  • ゴミが落ちていない。たとえ落ちていても拾う人がいる。
  • 散歩する人たちは知らない人にも
    「おはようございます」と挨拶され、とても気持ちがいい。
  • 佐賀の美しい環境と豊かな人情は佐賀の宝です。

私たちが、当然と思って気付かない宝物が周辺にあるようです。
美しい宝をみんなで守り育てたいものです。

秋祭りの季節です。
各地の祭を見せていただいていますが、
久保泉の白髭神社の秋の大祭では
子どもたちが舞う「田楽」が奉納されていました。
富士町市川の秋祭りでは
伝統のある「天衝舞浮立」を青年が踊っていました。

 

伝統芸能は私たちの貴重な財産、宝ですが、
若い人が減って、後継者不足が心配されています。
若い人たちが地域に残ることのできる街づくりをしていかなくてはなりません。
市として、せめて装束の購入などでいくらかの支援ができないか検討します。

富士町の祭のあとの懇親会で
スズメバチの子の「ハチンコ」をご馳走になりました。
ハチの子でも、成虫の姿になっているものもあり、ゲテモノの部類ですが、
地元の人が命がけで捕ったということなので、
こわごわ、成虫2匹と幼虫1匹を食べました。

ハチンコを食べた午後、
早稲田大学創立125周年記念式に出席するために、
東京に向かう飛行機に乗りました。
体の調子が、妙に元気なような、そうでもないような
おかしな気分になって鼻血が出ました。
原因はハチンコだと思いました。

早稲田大学創立125周年記念式は
世界中から3000人が出席し
卒業生の福田首相も挨拶されていました。

早稲田大学は125という数字にこだわります。
早稲田大学を創設した、佐賀出身の大隈重信候が
人生125年説を唱えたからです。
大隈講堂は高さが125尺(約38メートル)で
今度新しく完成した会館は125×2=250尺の高さだそうです。
ちなみに、大隈候は85歳で亡くなっています。

記念式のあと、大隈候の資料館を訪ねましたが、
いたるところに、佐賀との関わりが記載されていて嬉しくなりました。

昼食に入った、ラーメンと餃子の店で
早稲田の卒業生の人たちが酒を酌み交わしておられました。
その輪の中に入ると、皆さんの多くが
佐賀を訪ねたことがあると話されていました。
私が佐賀市長と気付く方もおられ、世界は広いようで狭いと思いました。

その中の1人が、
125周年記念の銘入りの1合枡を持っておられたので
「そがんとばうんよんさったとですか」と言うとキョトンとしておられました。
世界はやっぱり広いようです。

美しい佐賀の自然に秋の風が吹き、秋は次第に色濃くなっています。
素晴らしい季節ですが、気候の変わり目は体調を崩すこともあります。
どうぞ風邪などひかないように気をつけて秋を楽しんでください。

2007年10月15日(月)

2週間延長したクールビズも終わり、
きょう(10月15日)からネクタイを着けての仕事です。

朝夕は涼しくなりましたが、なにせ古い建物ですので
市長の執務室の窓は、半分は開閉がきかず、
朝の10時ごろから猛烈な暑さです。
窓のない酷な部屋で仕事をしている職員もいますので、
我慢我慢です。

先週は、仕事の合間に充電する時間がありました。
富士と大和に出かけたとき、
自然や文化、歴史に触れる機会がありました。

戦国時代の山城の古湯城跡に雨の中登りました。
地元の人しか知らない場所ですが、
城跡からの見晴らしは素晴らしく、
もし景観100選というものがあれば、そのひとつに入るでしょう。

戦国時代の龍造寺一族、神代一族のゆかりの地や
江戸時代の葉隠れゆかりの地、
それに松梅の通天寺、川上の実相院などを訪ねました。

歴史的な遺産は旧佐賀市内に残るものしか知識がありませんでしたが、
北部の旧2町を訪ねただけで、多くのことを知りました。
戦国時代、国境は入り乱れていました。
歴史を作った昔の人たちは、
最近作られた市や町の境を意識することなく往来しました。
視野が広がったような気がしました。

建築関係の設計事務所の協会の
九州ブロックの大会に出ました。
大会誌の表紙で、
甲子園で優勝した佐賀北高校の活躍やサガン鳥栖が
ほほ笑ましい漫画で紹介されていました。
民間団体が佐賀の情報を発信して下さっていて
まさに「協働」です。ありがたいことです。

13日の土曜日「がばいよか佐賀市シンポジュウム」に出席しました。
白石美帆さんが主演した
盲導犬と視覚障害のある人との交流を描いた映画を見たあと
白石さんと、サガン鳥栖の井川社長、松本ゼネラルマネージャー、
それに私の4人でパネルディスカッションをしました。

スポーツは人の心や体を充実させ、
明るい街づくりに大きな役割を果たします。
松本さんが感謝の気持ちが大切だと言われたことが
印象に残りました。

シンポジウムの後、県運動公園で行われた
サガン鳥栖の試合を観戦しました。
始球式でサガン鳥栖の勝利を願ってボールを蹴りましたが、
残念ながら3-0で負けました。

 

日曜日に、金立地域のふれ合い祭の
葉がくれの里まつりに出かけました。
徐福と恋人のお辰のパレードなどを見ました。

このまつりの実行委員会には
自治会や消防団など29団体が名を連ね
それぞれの団体がテントを張ってバザーなどをしていました。
地域の力の凄さを感じました。
薬草園のお茶のコーナーで
目に効くお茶と、ボケ防止のお茶を飲みました。
妻には、ボケ防止のお茶を、たくさん飲んでもらいました。

同じ金立でコスモス祭が開かれました。
コスモスは今満開です。
コスモスは秋桜と書くように春の桜と共に
可憐ながらも華やかな美しさを見せていました。
コスモス祭では
造園業組合の「緑進会」が野草などのテンプラをふるまい、
花の種を配っておられました。

会場には南部3町から訪れた人もいました。
また、障害のある人を乗せた車椅子を押す人の姿も見られました。
花の美しさと、人の優しさがただよう公園に心がなごみました。

 

あすから佐賀市で九州市長会が開かれます。
開催地として、
会議がスムーズに運ぶよう万全の体制をとらなくてはなりません。
忙しい3日間になりそうです。

2007年10月9日(火)

今朝(9日)バスに乗って日新校区を通っているとき、
バス停の近くに川掃除で出たゴミが積まれているのが見えました。
そばの、東西に流れる川はすっかりきれいになっていました。
住民のみなさんの汗が佐賀の川の美しい流れを守っています。
ご苦労さまです。

全国市長会が東京で開いた
地方の交通を守る勉強会に参加してきました。
高齢化が進むと、お年寄りが家に引きこもるのではなく
外に出て元気に活躍してもらうために、
公共交通機関の充実が求められます。
それなのに、地方のバスは、路線を維持するのが難しく
1日に数本しか走らないところもあります。

国も地方の高齢者の足を守る必要性を認識し始めたようで、
国土交通省は、さまざまな支援策を検討しています。
今すぐ飛びつくような支援策は見当たりませんでしたが
国が地方の悩みや訴えを聞こうとする姿は、
ありがたいと思いました。

東京に出かけた機会に
バルーン大会を支援して下さっている企業を訪ねました。
ホンダやパイオニアは、長年支援して下さっています。
経費削減が求められる企業が、ずっと支援してくださるのは、
バルーン大会の素晴らしさも、さることながら、
担当の方の努力と、幹部の方の理解があるからです。
感謝しています。

10月に入って、各地でスポーツ大会が開かれています。
この日曜日には5ヶ所の大会を訪ねました。
久保田町の大会は、午前8時半から開かれた開会式で
1000人近くが入場行進をしておられました。
人数の多さに驚きました。
地域がまとまっているからだろうと思いました。

スポーツや祭は地域の結束力を強めます。
佐賀市と合併したばかりの久保田町の皆さんのまとまった力は
新しい佐賀市の街作りに生きてくるものと頼もしく思いました。

佐賀市高齢者スポーツ大会の参加者の
最高齢は、男子、女子とも90歳で、かくしゃくとしておられました。
スポーツを通じて健康な体を維持してください。

諸富町にある味の素九州工場が開いた
ふれあいフェスタをのぞきました。
この工場は昭和18年に操業を開始し、
味の素の生産をはじめたのは、昭和37年だそうです。
私が生まれたころ誕生し、
高校を卒業したころ味の素の生産を開始したということで
私の人生と重なるようで、親しみを感じました。

今は調味料だけでなく、
冷凍食品や、医薬品、化粧品の原料などを生産し
70人の頭脳集団が医薬品と化粧品の研究開発に
当たっているそうです。

味の素のふれあいフェスタは
地域のお祭にもなっているようです。
地域と共に歩もうという企業に共感を覚えます。

週末にテノール歌手の勝田友彰さんの
チャリティーコンサートに行きました。
勝田さんは、視覚障害のある人たちを支援するコンサートを
たびたび開いている方です。
今回は地元のミュージックグループと一緒に
童謡を中心に歌われました。
童謡を聞きながら、ゆったりとして時間をすごして
あすからの活力をいただきました。

2007年10月2日(火)

私が市長選挙で南部3町との合併を公約して以来2年、
きのう10月1日、新しい佐賀市が誕生しました。

それぞれ歴史と文化を育んでこられた3つの町が加わって
有明海の水産物、シチメンソウなど
新たな魅力を持つ大きな佐賀市がスタートしました。

きのうは、
川副、東与賀、久保田の旧3町の庁舎で
新たな佐賀市支所の開所式を行い、職員に挨拶しました。
この中で私は
「遅れて合併したということで、取り残されたような思いが
住民にも職員にもあるかもしれませんが、
職員が一丸となって不安を払拭していこう。
そして合併効果を生かして、財政の健全化をすすめ市民の負託に応えよう」
と話しました。

旧町から佐賀市の本庁に異動になった職員は
緊張感が大きく、ストレスがたまる恐れもあります。
周辺の職員は気を配って欲しいと思います。

合併で佐賀市の職員は1958人になりました。
1人が1歩踏み出せば1958歩です。
私1人くらいはと思う職員がいてはなりません。
全員が全力を出して新しい佐賀市を前進させてください。

10月に入って朝の内はすずしいのですが
日中の残暑は厳しいものがあります。
職員が軽装で仕事をする期間を2週間延ばしましたが
10月1日からエアコンを切ったので
窓のない職場は猛烈な暑さで、仕事の能率が心配です。
エアコンの運転は弾力的にできないか検討を指示しました。

福岡のマスコミ各社を廻りました。
高校総体や高校野球への支援のお礼を言い、
新しい佐賀市やバルーン大会への応援をお願いしました。

マスコミのみなさんは、
「最近九州で元気なのは、宮崎県と佐賀県です」と言われました。
宮崎は東国原知事の誕生、
佐賀は総体と野球での高校生の活躍がその源です。
若い高校生の力にあらためてお礼を申し上げます。

移動市長室などで各地を回り、住民の方々の声を聞いています。
大和や諸富地区でちょっとした雨が降ると道路が冠水して
家に帰るのに苦労する地域があることを知りました。
住民の方は長年苦しみながら地域の宿命としてあきらめておられたようです。
優先課題として対策に取組むよう、検討委員会を設けたいと思います。

水害対策は重要です。
職員は地域の課題を掌握するよう努め、
住民の方は我慢するのではなく問題を職員に訴えて下さい。

北部の地域を訪ねて、田んぼを見ていたとき
ヒエがたくさんはえているのに気付きました。
今どきヒエの栽培とは珍しいと、よく見ると下のほうに稲穂も見えました。

田植えのあと手入れが出来ない状況になったのでしょう。
田んぼは世話をしないと短期間に荒れてしまいます。
ヒエが生えた田んぼを見て、お百姓さんの苦労がしのばれました。

私の家の田んぼは親戚が稲刈りをしてくれました。
減農薬栽培の「夢しずく」を植えましたので
少し虫にやられましたが、稲刈りが終わるとほっとします。

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