2007年7~9月のひとり言

2007年9月

2007年9月25日(火)

天山を囲む、唐津、小城、多久、それに佐賀市の
4市の市長や議長など100人が9月19日に、天山山頂に集まって
天山祈念碑祭が開かれました。
久しぶりの天山登山でしたが天気に恵まれ爽快でした。
北は壱岐が見えました。
南は阿蘇が見えるかと思ったのですが、雲がかかってそこまでは見えませんでした。

五穀豊穣や無病息災を祈り、
天山周辺で災害がないことを念じたあと、
小城市三日月女相撲甚句保存会の女性10数人が
相撲甚句や土俵入り、弓取りを披露しました。
その中のお1人は小学、中学時代からの友人で
高校卒業のときの同窓会以来の再会でした。
他にも3人の方と久しぶりに再会しました。
天山の神様の導きと受けとめています。

同じ19日に
中国徐福会の劉会長夫妻が佐賀に来られお会いしました。
徐福に関する言い伝えは
佐賀だけでなく、30くらいの市や地域にありますが、
劉会長は
「日本の徐福の地を訪ねるなら、まず佐賀を訪ねるべきだ」と
会員に話しておられるそうで、意を強くしました。
連雲港市など徐福と縁のある中国の各地と親善を深め
貿易の振興などにも結びつけて行きたいと思っています。

佐賀市と川副町、東与賀町、久保田町が10月1日に合併します。
町を閉じる閉町式が
川副町は9月21日、
東与賀町は24日に開かれ、
久保田町は29日に開かれます。

閉町式の式辞を述べる町長は
感極まったといった様子でした。
無理もありません。川副は50年、東与賀と久保田は118年の
町の歴史を閉じることになるのですから。

合併後は新しい佐賀市民が仲良く、
和をもって歩んでゆけるよう、私も職員も努力しますが、
関係者の方の力をお借りしなくてはなりません。

佐賀市の一斉川掃除は今月末からですが、
ひと足早く、今月22日に、
佐賀市の庁舎の集まっている高木町、柳町などを流れる川の掃除を
市の職員100人と共に行いました。

川掃除には、東京在住で佐賀に勤務したことのある人や
佐賀市民で東京に勤務したことのある人などで作る
「佐賀を愛する会」の10人ほどが加わって下さいました。
中には東京から駆けつけた人もおられ感激しました。
お礼申し上げます。

川掃除では、例年川のゴミや川の周辺が気になりますが、
今年は、アメリカで橋が落ちたこともあって、橋を下から見上げました。
橋は上から見るとしっかりして見えても、
裏側から見上げると、コンクリートが剥がれて
鉄筋がむき出しになって劣化が進んでいるようでした。

その橋は、県が管理する橋でしたので
佐賀県に連絡するように指示しましたが、
佐賀市が管理する橋についても
道路管理者として対応を検討します。

 

秋野菜を植えるにはまだ暑さが厳しいと思ったのですが
22日の土曜日に、少し時間がとれたので、
大根、人参、チンゲン菜など6種類の種を撒きました。
いつもですと、芽がでるのに1週間くらいかかるのに、
きょう(25日)の早朝、水をやりに畑にでると、
もう芽が出ていました。

「少し涼しくなりましたね」という朝の挨拶が聞こえるようになりましたが、
まだまだ日中は暑さが続きます。
体力が弱っているときだけに、充分健康に気をつけてお暮らし下さい。

2007年9月19日(水)

政局の混乱は予想していましたが、
安倍首相の突然の退陣表明には驚きました。

トップの孤独感は分からないではありません。
判断に苦しむとき、
自分の意見を吐露して、相談できる人が必要です。
安倍さんは相談する人がいなかったようです。
私はありがたいことに、多くの友人に囲まれています。

もうひとつは健康です。
健康でなければ積極的に仕事ができません。
私の健康に気を配ってくれる妻に感謝しています。

16日と17日は
各地の敬老会に出向きました。
高齢者の方が増えたという実感があります。

私の地元の本庄地区の敬老会は
会場があふれんばかりでした。
私が子どもの頃、30才前後で
青年団などでバリバリ活動された方の姿を見ると
ほほ笑ましい思いがしました。
ただ名簿にあるのに
体調を壊されて出席されていない方もあり、
お1人お1人の昔の思い出もたどりました。

挨拶では、
平和で繁栄した社会を築かれた先輩に敬意を表すとともに
元気で長生きして欲しいという願いを込めて
万歳三唱に代えて、大笑い3回をしました。

 

老人施設も訪ねましたが
こちらは圧倒的に女性が多かったです。
体の自由が利かない人と元気な人の差が大きいことを感じました。
中には、103才で身の回りのことを自分でこなす方も居られました。
趣味を持つこと、毎日歩き、友達と話すことなど
それぞれの健康法をこつこつ積み重ねて、
元気で長生きしてください。

諸富町の産業祭を見ることができました。
木工、漁業、農業などの産物が並ぶ会場で
産業振興への取り組みが紹介されていました。
産業祭は多くは秋に開かれますが、
諸富ではノリのシーズンが来るので、早めに開かれます。
今年はあいにくの猛暑の中の産業祭でしたが
関係者の方の奮闘に敬意を表します。

中学時代の恩師が亡くなりました。
奥様に先立たれておられ、さびしいお見送りでした。

天山の山頂に「天山祈念碑」があります。
天下泰平などを願って建てられたもので、
毎年9月19日に、天山山頂に、周辺の町長などが集まって
天山祈念碑祭が開かれます。

これまでは富士町長が出席しておられましたが、
合併で佐賀市になったので、
これから(9月19日午前9時) 久ぶりに天山に登ります。

天山山頂には
南北朝時代の忠臣、阿蘇大宮司惟直の墓があります。
戦いに敗れた惟直は
阿蘇の見える天山山頂に墓を作るように言い残したそうですが、
きょう、はたして阿蘇山が見えるか楽しみです。
では行ってきます。

2007年9月10日(月)

今朝(9月10日)佐賀駅バスセンターで出会った
佐賀市職員との挨拶は、
「涼しくなりましたね」でした。
市役所の執務室は、土日に締め切っていてるので
いつもなら入った瞬間むっとする暑さを感じますが、
今朝は冷たい空気に包まれていました。

9月定例市議会の一般質問が
先週の金曜日からはじまりました。
私が市長に就任して間もなく2年です。
1期の折り返し点ですので、
これまでの足跡や今後の抱負を議員から聞かれます。

「遅い、何をしているんだ。合併しなかったほうがよかった」などという
意見も出されます。
こうした厳しい声は、謙虚にうけとめますが、
華々しくはなくても、1歩1歩着実に進んでいると確信しています。

中心商店街の活性化に向けてのエスプラッツの再開、
空き地が広がっていた久保和泉工業団地の完売
財政改革につながる、市税、国保税の収納率のアップなど
職員の努力と市民の協力によって
佐賀市政は着実に前進しています。

今後は有明海に面した南部3町との合併に伴って
佐賀市ののりの生産高は佐賀県の三分の二を占めることになります。
産業の振興に力を入れる必要がありますが、
合併後発組と先発組の間に
不公平がないようにして
お互いの融和を図りたいと考えています。

先週、富士町の古湯温泉の旅館の
「おかみの会」の皆さんとお会いしました。
自分たちの手で街おこしをはかり
お客さんを呼び込もうと努力している人たちです。

 

古湯の通りを一緒に歩いて
遊歩道、吾妻屋、水車小屋などを見て回りました。
水車小屋は壊れて修理も行われていませんでした。
モノを作るときは、維持管理まで、計画していかなくてはなりません。

8日の土曜日に
佐賀市と大分県中津市の少年野球の親善大会が行われ
開会式に出席しました。

この大会は今年で9回目ですが、
佐賀市は早稲田大学を創設した大隈重信
中津市は慶応義塾大学を作った福沢諭吉の出身地ですので
少年早慶戦と呼ばれています。
子どもたちの整然とした入場行進を見ながら
伝統的な親善大会に育てあげた関係者の努力に
心の中で敬意を表しました。

 

この夏甲子園で優勝した佐賀北高校の選手のうち3人が
この大会への出場経験があるということです。
佐賀と中津の少年たちが、
高校生になると甲子園で
大学生になると、神宮の早慶戦で
試合をすることがあるかもしれません。
若者たちが夢を見ることの出来る
社会を作るのは私たちの責任です。

佐賀県の古川知事は記者会見で
このままでは佐賀県が財政再建団体になると
厳しい財政事情を説明しておられました。
交付税が削減される中、
佐賀市も財政が厳しいことに変わりはありません。
堅実な財政運営を心がけます。

政局は波乱含みです。
気にはなりますが、右往左往することなく
堅実な佐賀市政を行います。

2007年9月6日(木)

猛暑のころ、盛んに鳴いていたクマゼミの声も
はるか遠くから聞こえてくるだけになりました。
いつもならツクツクボウシの声が秋が近いことを伝えますが、
厳しい残暑のせいでしょうか
ツクツクボウシの声も多くありません。
ただ、先日富士町を訪ねたとき
ツクツクボウシが元気に鳴いているのを聞きました。
秋は山から平野へと移ってきます。あと少しです。

久しぶりに交通局の職員と話す機会がありました。
給料の削減など厳しい環境にある中で
市民の足を守るために何をなすべきか
懸命に考えている職員の姿を見ました。

高校総体では、100円バスの運行を提案し
家庭からウチワを持ち寄ってPR活動をしていました。
「ありがとうございます」という挨拶も心がこもっています。
私は通勤にバスを利用していますが、
バスは気分よく利用することができ、思ったより便利です。
市民の足のバスを守るためにもぜひバスを利用して下さい。

2日の日曜日、
佐賀県障害者スポーツ大会の開会式に出席しました。
雨が降ってきてびしょ濡れになりながら、
元気に入場行進される障害者の方々の姿から
スポーツを通じて充実した日々を送っておられることがうかがえました。

毎年3万人が自ら命を断っておられます。
それぞれ事情があってのことですが、
ちょっとひと休みすると、また元気に歩くことが出来るかもしれません。
家族に悲しい思いをさせないためにも、ひと休みして下さい。
悩んでいる人の相談相手になる行政が
今のままでいいのか、考えています。

まもなく敬老の日です。
佐賀市の100歳以上の方は、去年は96人でしたが、
今年は一気に100人を越えて114人になりました。
この内男性は10%、女性90%で断然女性のほうが長寿です。

100歳以上の方に市の幹部が手分けしてお祝いにうかがいました。
105歳で女性の最高齢者の富士町の西リサさんは
私がおうかがいしました。
リサさんは昭和のはじめ、諸富から富士にお嫁に来らたそうです。
海辺の生活から山あいの生活になり
食べ物をはじめ生活習慣が違う中を元気に生き抜いてこられました。
リサさんと握手をして、長寿の気を頂きました。

老人施設に入っておられる人もお祝いにうかがいました。
高齢者のみなさん、
それぞれの健康方法を守って長生きをして
楽しい日々を送って下さい。

2007年8月

2007年8月27日(月)

わが家の水田の稲は10日前ごろから
米粒が稔りはじめましたが、
今朝(27日)出勤でバス停に向かうとき田んぼを見ますと
30度くらい頭をたれていました。
順調に育っているようで、
あと1ヶ月もすれば稲刈りの時期です。
台風などの被害がないことを願っています。

高校総体の成功を引き継ぐかのように
甲子園は、佐賀県民をわかしてくれました。
高校生たちのひたむきな姿に心を打たれました。

佐賀北高校はスーパースターではなく
全員野球で頂点に立ちました。
私のモットーは「1人の100歩より100人の1歩」です。
職員一丸となって市政に当たりますが、
最後まで勝負を捨てない佐賀北に学びたいと思います。

佐賀北は佐賀市内にある高校なので、
決勝戦は甲子園に駆けつけ
女子高校生たちと一緒に大きな声で応援しました。
8回、9回は甲子園が地響きをたてて、どよめいていました。
高校生の喜びの涙を見ながら、私も感激しました。

選手たちは、佐賀に帰っても歓迎行事などに追われているようですが、
早く、普通の高校生に戻って
目指す道に向けて歩んで欲しいと思います。

国への要望活動で
東京などに出張することが多くなっています。
遠くに出かけると、生活のリズムが狂って体調管理に苦労しますが、
先週は出張帰りが週末になったので
横浜の娘のところに立ち寄り、
久しぶりに孫の顔をみて元気を貰いました。

消防団は今夏の訓練をしておられます。
きのうの日曜日の朝、
久保泉と金立の分団と富士町消防団の訓練を見ました。
住民の負託に応えようと
猛暑の中で整然と訓練をしておられる姿に頼もしさを感じました。
ご苦労さまです。

 
 

きのうはまた、嘉瀬川の遣唐使船レースを見ました。
最近は県外からの参加者、見物者もあり
夏の風物詩として定着してきたようです。
中心になっておられる夕刊新佐賀などの皆さんの
長年の努力が実りました。

福岡では又市職員の飲酒運転がありました。
悲惨な事故から1年、
飲酒運転追放運動が繰り広げられている中での飲酒運転です。
佐賀市では絶対ないよう引き締めます。

蝉時雨が小さくなりました。
季節は秋に向かっていますが残暑は相変わらずです。
どうぞ、体調にはお気をつけ下さい。

2007年8月20日(月)

お盆前は東京で国への要望活動をしました。
以前は陳情という言葉を使いましたが最近は提案活動といいます。

下水道、河川、道路など、さまざまな要望活動を行い、
いろんな立場の人に事業計画の説明に次ぐ説明で
最後には口がまめらなくなりました。

下水道は合併によって人口が増えることで補助の基準が厳しくなりますので、
尾身財務大臣に制度の改正を要望したところ
今の制度が不合理なことを理解していただきました。
改正に向けて努力してもらえると期待しています。

盆前の11日の土曜日には
毎年のわが家の恒例の墓参りをしました。
妻と私の家の4ヵ所の墓に参り、
先祖に家族の健康をお守り下さいとお願いしました。

翌日の12日は、初盆参りをしました。
知人や親戚など11軒を回りました。
2人は高校の同級生です。
青春時代、佐賀で一緒に学んだ友人の冥福を祈ると共に、
生かしてもらっていることに感謝して、
社会のためにも充実した日々を送ることを誓いました。

盆休みは3日間休みをいただき
13日~14日、妻と久住に行きました。
温泉に入りながら流れ星を見たかったのですが
残念ながら空は雲に覆われていました。
しかし涼しい高原の木立を歩き気功をすると
久しぶりに仕事を忘れることができてました。
ゆったりできたひと時でした。

高校総体は20日で終わりましたが
17日は水泳の開会式に出席しました。
ネクタイをしてスーツを着てプールサイドに座っていると
まるでサウナに入っているような40分間でした。

開会式のあと汗にまみれたスーツを脱いで甲子園に行きました。
佐賀北高校と前橋商業の試合を
高校生と一緒に大きな声を出して応援しました。
高校総体と高校野球で接した高校生の
純粋さに感動しました。

帝京との試合は感動を覚えました
一戦一戦強くなった佐賀北高校は
ピンチを招いてもあすを信じて頑張れば
チャンスが来ることを教えてくれました。

エスプラッツの再開は中心商店街再生へのチャンスです。
みなさんで利用してチャンスを得点に結び付けて下さい。

各地で夏祭りが開かれています。
祭を成功させようと頑張る人たちを見ると元気が出てきます。
こうした努力が佐賀の活性化につながると信じています。

ツクツクボウシが鳴き始めました。
猛暑の夏もあと少しです。
体調の維持に気をつけて下さい。

2007年8月6日(月)

高校総体、選挙、エスプラッツオープン、栄の国まつり、
色合いの異なる催しが相次いで
頭や気持ちの切替に追われています。
汗だくになりながら、その場その場で服装を変えなくてはならず
妻の協力がなかったらどうなることやらです。感謝しています。

高校総体は総合開会式のほか
競技ごとに開会式、表彰、閉会式が行われ
市の三役が手分けして出席しています。

開会式では北海道から沖縄までの選手入場に
20分くらいかかりました。
スーツにネクタイの正装で手拍子をし
汗びっしょりになります。

しかし、競技会場ごとに違う雰囲気を楽しむことができます。
レスリングは、ごっつい体に汗の匂い、
新体操は優雅な雰囲気が漂います。

新体操は男女ともに優勝、
他の競技も佐賀県選手の活躍が目立ち嬉しくなりました。
会場の設備は満足できるものではないかもしれませんが、
選手の方々に力いっぱい競技してもらえるよう
大会を支える人たちへの感謝の気持ちで一杯です。

8月1日にエスプラッツがオープンしました。
オープンの日は大勢の買い物客が訪れて下さいました。
この賑わいが続くよう、末永く可愛がって下さい。

佐賀市もエスプラッツ2階で
多くの人が集まる行事を企画して
中心商店街の人通りが増えるよう努めます。
商店街の品揃いが豊富になり、
お客さんが増えることを願っています。

8月4日は栄の国まつりの
よさこい佐賀と花火大会が行われました。
ものすごい人出で
佐賀にこんなに人が居るのかと驚きました。

白山通りや呉服元町は
浴衣姿の娘さんなどで賑わって活気にあふれていました。
日頃さびしい商店街を見ている
街路樹やアーケードも驚いたことでしょう。

8月5日は栄の国まつりの、
「こども総おどり」と「総おどり」などがありました。
夕立があり、天然の打ち水かと思ったのですが
そのあと大変な蒸し暑さになりました。

今年の栄の国まつりは、去年より6000人多い
19万人の人出がありました。
高校総体やエスプラッツのオープンなどの相乗効果でしょうが、
嬉しいことです。

多くの人出に誘われるように災害まで飛び込んできました。
強風、大雨に加えて、竜巻まで起きました。
現地を見ると、川の水と共に水草まで巻き上げられていて
自然の猛威に驚きました。
被害があまり大きくなかったことが幸いでした。

高校総体、栄の国まつり、花火大会など
どこでもボランティアが活躍され、
人知れずそっとゴミを集める人などが見受けられました。
こうした人たちの力が行政を支えてくれています。
この場を借りてお礼を申しあげます。

そろそろお盆です。
役所の中では補正予算の査定の時期で忙しくなりますが、
力いっぱい働いて暑さを乗り越えてゆこうと思っています。

2007年7月

2007年7月31日(火)

先週は高校総体の準備や選挙などで大変忙しい日々でした。
私はひと息ついた感じもしますが、
猛暑の中で頑張っておられる高校総体の関係者の方は
暑さ対策を充分とって下さい。

高校総体の開会式は青空に恵まれましたが
大変な暑さの中で開かれました。
ネクタイなしのスーツ姿でステージに座ると
まるでサウナに入ったような1時間15分でした。

しかし選手が入場してくると、はつらつとした姿に暑さを忘れました。
選手と青春を共有しようと、入場行進が行われた30分間は
歩調に合わせて休むことなく手拍子をしました。
手を叩く振動で、時計のベルトが動いたのでしょう。
ベルトを巻いた手の甲が擦れて傷つきヒリヒリしました。
傷つきやすかった青春時代を、ふと思い出しました。

日頃だらしない姿の高校生が目につきますが、
大会運営に積極的に関わる高校生を見て
頼もしさをおぼえました。

開会式のあと皇太子さまと昼食を共にしました。
周囲は厳重な警備で、
「あれするな、これするな」と言われ私は緊張しましたが、
殿下は大変気さくな方でした。

石井樋では他の方々と一緒に殿下への説明役をしました。
殿下は真剣な表情で、
「この水だけで20万市民の水道をまかなえるのですか」と質問され、
市民のことを考えて下さる方だなと思いました。

29日は鍋島地区の栄の国まつりの行事の嘉瀬川下りに参加しました。
川面の涼しい風を受けながら、
川幅の狭いところや、まるで湖のような川幅の広いところなど
日頃見ることのない、川の表情を見ることができました。

穏やかな流れでしたが、
目線から3メートルも高いヨシの葉に スーパーの袋などのゴミがかかっていて
大雨のときは大量の水が流れる川の姿も想像できました。

嘉瀬川下りは
鍋島地区のPTA、婦人会、消防団など
たくさんの団体が取組んでおられました。
誰かがやるのではなく、みんなで取組む姿に頭が下がりました。

7月もきょうで終わりです。
国際交流員としてアメリカから佐賀市に来ていた、ニラブさんが、
1年間の任期を終えたので、きのう(30日)感謝状を贈りました。

大変な好青年で、任期中の休みに、日本の各地を見てまわり、
まだ行っていない県は16だけで、帰国までに行くそうです。
また日本の文化に興味をもち、三味線を覚えました。
60余年日本で暮らしながら三味線の弾けない私は
ニラブさんの好奇心に脱帽しました。

猛暑、酷暑が続きますが
この暑さもあと1ヶ月と思って気合を入れて頑張りますが、
どうぞ市民の皆さん、
休養と水分を充分とって夏を乗り切って下さい。

2007年7月24日(火)

きのう(23日)は気象庁が梅雨明けを発表する前から、
セミの鳴き声が、梅雨明けを告げるように大きくなっていました。
きょうも朝早くから、ワシャワシャと元気に鳴いています。

昔はニイニイゼミがたくさん鳴いていましたが、
今はクマゼミの大きな声にかき消されるのでしょうか
ニイニイゼミの鳴き声はほとんど聞かれません。
地球の温暖化で、クマゼミの生息地が次第に北に広がっているようです。

ホタルの季節は終わりましたが、
先週の末、夜散歩しているとホタルに出会いました。
ただ1匹、仲間を求めて飛んでいましたが
お尻の光も元気がなく、さびしそうでした。

選挙の掲示板が1枚立て忘れられていました。
郵便入札では、一部の郵便が開封されないまま
引き出しの奥に忘れられていたことがわかりました。
市民の信頼を裏切り、申し訳ありません。

議会を代表して議長から「たるんでいる」と厳しいお叱りを受けました。
確認を怠るという、イロハのイを忘れた仕事ぶりに、言い訳はありません。
職員に厳しさを求めるとともに管理者として反省しています。
再発防止に向けて、業務の見直しをします。

一方で、職員を讃えたいケースもあります。
市税、国民健康保険税の収納率が上がりました。

この内国保税は、平成18年度の収納率が94・64%で
17年度より、0・85ポイント
16年度より、1・37ポイント上がりました。
16年度と比べて2億2800万円余りの増収です。
全国の県庁所在都市の中で
トップの収納率になる可能性が大きいと見ています。

市民の協力があったからこその成果ですが、
日頃は見えない職員の仕事ぶりを紹介します。

担当職員たちは、やみくもに税を集めるのではなく
払えない人の相談にのりました。
例えば多重債務を抱えている人から税を取り立てると、
税のためにさらに借金を重ねることになります。
そこで、多重債務を整理する方法を指導して債務の処理がすむまで待ち、
自立した生活が出来るようになって、税を納めてもらいました。
国保税担当者の反省会に同席して、
血のかよった仕事をする職員の労をねぎらいました。

28日に高校総体が開幕、
8月1日にエスプラッツの1階がオープン、
8月4日、5日は、栄の国まつり、
猛暑の中、体力勝負の忙しさになります。

梅雨が明けて暑さが厳しくなりました。
市民の皆さんも、熱中症などに気をつけながら
夏を乗り切ってください。

2007年7月20日(金)

セミの大合唱がはじまりました。
セミが鳴き始めるころ梅雨が明けるのに
きょう(7月20日)もまだ梅雨空です。

今朝出かけるとき、妻が「傘を持っていったら」と言うのに
「いらん」と言って家を出たところ、5分もしない内に雨になりました。
公園の吾妻屋で雨宿りをしていると
妻が傘を持ってきてくれました。
反省の朝でした。これからは妻の声に耳を傾けます。

もうすぐ梅雨明けでしょうが、
今のところ雨による大きな被害もなくほっとしています。

台風も大きな被害はありませんでしたが、
農家の人に聞くと、風で稲の葉がこすられて傷ついたので、
そこから病気が入るのが心配ということです。
農作物の病気が広がらないことを願っています。

台風の日、大潮だったので有明海の高潮が心配でしたが
幸い南風でなかったので被害はありませんでした。

台風のあと、有明海を見に行きましたが、
アシや竹、流木などの自然界のゴミのほか、
ペットボトルなどの家庭や事業所から出るゴミがたくさん流れ着いていました。
佐賀市は合併によって有明海の海岸が長くなります。
沿岸の清掃は機械力だけには頼れません。
市民にボランティアをお願いするなどの対応が必要のようです。

台風はこれからで、気を引き締めますが
新潟のような地震が起きたときの対応も整えなくてはなりません。
万一地震があったとき、ライフラインを素早く復旧させるための体制作りを
それぞれの担当が行っていますが、
今までの体制で充分なのか、急いで検討します。

15日の日曜日、早稲田大学創立125周年を記念して
大隈重信候の法要が、佐賀市の龍泰寺でありました。
早稲田大学の総長や卒業生などが集まり
大隈候の遺徳をしのびました。

早稲田大学の設立のほか 鉄道の建設、通貨を国際的に通用する円を作るなど 大隈候が日本の近代化を果たした役割の大きさを あらためて知りました。

地方の時代といいながら、
国に頼らなくてはならない地方の現状があります。
国の予算編成前に、国への要望活動を
以前は陳情と言っていましたが、今は提案活動と言います。

今は国の出先機関に要望する時期です。
福岡にある国土交通省の出先機関、
熊本の農林水産省の出先機関などに提案活動をしています。

秋になると国の本省に提案活動をしますが、
合併で人口が増えたということで
下水道事業などへ補助を受けるハードルが高くなっています。
大きな市になっても旧町村地域の事情は同じです。
制度の改正を国に強く求めてゆきます。

2007年7月9日(月)

65歳になりました。
誕生日の7月4日、妻が赤飯を炊いて祝ってくれました。
誕生日の早朝、いつものように、嘉瀬町にある両親の墓参りをしました。

私は小学校3年生の夏、肋膜炎にかかり
2ヶ月病床に臥していました。
いつまでたっても回復せず、このままでは危ないと思った親が
ストレプトマイシンを持つお医者さんを見つけて
ストマイを注射すると、すぐ熱が下がりました。

母親は10年前亡くなり
半年後に父親が後を追うように亡くなりました。
墓前にたたずんで、
私を救うために懸命に駆け回ってくれた両親に
感謝する気持ちを伝えました。

週末、神戸の有馬温泉で開かれた自治大学の同窓会に参加しました。
自治大学は、全国の市町村の主に課長クラスが
1ヵ月間、同じ寮で生活しながら地方自治を学びます。

14年前のことですが、
同じ釜の飯を食いながら強めた友情の絆は今も変わらず
配偶者を含めて50人で近況を語り合って盛り上がりました。

翌朝、ウグイスの鳴き声で目を覚まし、ホテル近くの公園を散策しました。
木立の中を歩いていると、頭上から滴が落ちてきましたが、
よく見るとウグイスのフンでした。
気功をしていると、蚊に刺されました。
大都市の神戸に居ることを忘れた朝でしたが、
心安らぐ週末でした。

市議会が終わり、移動市長室で市民の方の声を伺っています。
合併に伴って
旧市町村間でのサービス水準の差をどのように調整するかなど
問題が残されていることを実感します。

一方で合併以前から抱えていた問題が解決に向かっているものもあります。
道路のほとんどが完成したのに、
一部の用地買収が出来ずに開通できなかった道路が
開通できる見通しになったところもあります。
トンネルの向こうに明かりが見えてきました。

梅雨末期の大雨の季節になりました。
警戒を怠ることなく、雨の季節を乗り切りたいと思っています。

2007年7月3日(火)

きのう(2日)の大雨は
佐賀市の最大時間雨量が57ミリ、
午前5時から8時までの3時間には102ミリでした。

道路があちこちで冠水したほか、
床下浸水も7戸ありました。
私の自宅近くでも床下まで水がきた家がありました。

以前は水に浸からなかった所も水をかぶるようになりました。
水田が宅地化して水を貯める能力が落ちてきていることと
水路に泥がたまって浅くなっているためでしょう。
宅地開発では水の調整池を念頭におかなくてはなりません。

最近は雨の降り方も異常で集中豪雨が多くなっています。
雨が心配な季節を迎えています。
油断せず、気を引き締めてゆきます。

佐賀市職員の酒気帯び運転がありました。
市民の信頼を裏切ることで、言葉もありません。
「何を考えているのだ」と張り倒してやりたい思いです。
停職5ヶ月の処分にしました。

前夜酒を飲んだあと、朝まで車の中で寝て
翌日の午前9時半に
もう大丈夫だろうと思って車を運転したようです。

酒を飲んだ翌日、アルコールが残っていないかどうか調べる
アルコール検知器の購入を職員に勧めているという報道を見て
抗議のメールが10件ばかり来ました。
酒を飲んだすぐ後に検知器を使うと誤解されたようです。
飲んだ翌日、車を運転する前に、念のため
アルコールが残っていないか調べるために購入を勧めているのです。

田んぼの緑が日ごとに濃くなっています。
田植えをしてまだ2週間です。生物の成長の早さに驚いています。

田んぼではジャンボタニシが年を追って増えています。
菜園では、これまで見たこともないような虫が増えています。
私たちの身の回りに地球温暖化の影響がおよんできています。
心配です。

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