2007年4~6月のひとり言

2007年6月

2007年6月26日(火)

佐賀市が産んだ画家で、
大正2年に佐賀美術協会を設立した
山口亮一画伯が撮影した写真展を見てきました。
画家が描いた絵画ではなく撮影した写真です。

モノクロの小さな写真を
写真家の大塚清吾さんが、パソコンなどを使って
大きく引き伸ばして展示されていました。
大塚さんは、
「山口画伯は写真家としても高い技術を持っておられた」と
話していましたが、心に響く写真が多くありました。

昭和のはじめから戦後までの家族の写真がほとんどで
一番印象に残ったのは
火鉢に10本の手が伸びている写真でした。
人の手が8本と猫の手が2本です。
4人と1匹が、ひとつの火鉢で仲良く暖をとる
ほのぼのとした温かい写真です。

子どもたちが駕籠かき遊びをしている写真は
思わず吹き出しそうな可愛らしい様子が写されていました。

山口画伯は男の子3人と、女の子2人の
5人の子どもがいましたが、
写真に兄弟の温かさがにじみ出ていました。

今、親子や兄弟間の争いが増えました。
こんな家族でありたい、そんな山口画伯の写真です。
ぜひご覧下さい。
会場は佐賀市与賀町の山口亮一旧宅で、
27日までです。

 

ときおり三瀬の温泉に入ります。
この日曜日に湯につかっていると、
地元の人が、「久しぶりですね」と声をかけて下さいました。
月に1回程度通っていると思っていましたが
前回はドテラを着たくなる寒さでしたが、今はもう夏、
本当に久しぶりの温泉でした。

この夜、背振でホタルを見ました。
わが家の近くの水路のホタルは小さな平家ボタルですが、
背振のホタルは大きな源氏ボタルでした。
夕暮れどき、ポツンとひとつ見えた光が次第に数を増して
木立の上に上って行きました。
幻想的な立ち去りがたい風景でした。

ホタルの季節ももう終わりで、間もなく蝉が鳴き始めますが
生き物たちの厳しい生存競争を見ました。

今朝犬と散歩していると、
スズメが自分の体の半分もありそうな青虫をくわえていましたが、
重いのでしょう、ポトンと落としました。
青虫はスズメたちの餌になったのか、カラスに横取りされたか
ひょっとして青虫は逃げて、アゲハチョウになるかなと
いろいろ想像しました。

数日前は、2羽のハシブトガラスが
1メートル以上もある蛇を攻撃していました。
カラスが尻尾をくわえて飛び立とうとし、
蛇は鎌首を上げて反撃の構えを見せていました。

トンビが蛇を襲うのは見たことがありますが、
カラスが蛇を攻撃するとは驚きました。
カラスも獰猛になってきたのでしょうか、
私が見たことがなかっただけなのでしょうか。

人間の世界も格差が大きくなり、
強いものが弱いものを食いつくすような
恐ろしい社会になる心配もあります。
しかし人間には知恵があります。
強い人が弱い人の手助けをして、
強い人がいつか弱くなったときには、
今度は助けてもらえるような社会を作らなくてはなりません。

国会の会期延長で
参議院選挙の投開票日が1週間後になりました。
佐賀だけ嫌だと言えません。
高校総体と重なって大変ですが
職員の配置をどうするか、役所は今大わらわです。

2007年6月19日(火)

朝の出勤途中、
道路沿いの近所の家のアジサイを見るのが楽しみですが、
今朝(19日)はいちだんと美しくなっていました。
ウグイスもまだ鳴いていました。
花と小鳥に気分がなごみました。

我が家の田んぼにも稲の苗が植えられました。
やわらかい緑が次第に色濃くなってゆくでしょう。
去年は順調に育った稲が台風で大きな被害を受け
一年の努力が一夜で打ち砕かれた農家もありました。
今年は天候に恵まれて欲しいと考えながらバス停まで歩きました。

 

16日の土曜日、
総務省主催の「頑張る地方応援懇談会イン佐賀」が開かれました。
地方分権による地方の自主性が問われていて、
頑張る所に、国が特別に助成しようというものです。

5市5町の首長が出席して自己PRをしました。
私は、合併で佐賀市が大きくなり
福岡市と隣接したことをふまえて
福岡の人々を呼び込む観光の振興と
市の中心部と比べて遅れている山間地の
情報インフラの整備などをはかりたいと述べました。

全国一律ではなく、頑張る地方に多くの補助金を配分する制度は
地方を刺激するという効果もありますが、問題もあります。
国から交付される地方交付税は、地方自治体が自由に使えるものです。
一方補助金は国が認めた事業にだけ出ます。
この制度は地方交付税を補助金化して
国が補助金によって地方をあやつることにつながる恐れもあります。
懇談会の最後に総務省にきちんと申し上げました。

佐賀市は合併によって
人件費だけでも10年間に110億円の節減できます。
しかし、国の制度が今のままであれば
人口が増えたということで、病院への特別交付税が減額され
下水道事業への国庫補助も減らされます。
その額は10年間で数十億の巨額になり
人件費の節約分を飲み込んでしまいそうです。
市が大きくなって人口が増えても地方の実情は同じです。
制度を変えるように総務省に要望しました。

国会の会期延長が伝えられています。
これは佐賀市にとって困ったことになります。
参議院選挙の投票日は7月22日の予定ですが
会期が延長されると7月29日になりそうです。
高校総体は28日からで、佐賀市では多くの競技が行われます。
投票日が29日となれば職員の配置に支障をきたします。
市町村会を通じて、国に会期延長をしないで下さいと
お願いすることになるかもしれません。

きのう(18日)の午後土砂降りの雨になりました。
ちょうど福祉施設の視察に向かっているときだったので、
防災体制をとるように担当に指示しました。
去年は集中豪雨で道路が冠水しましたが、
急激な大雨のとき、樋門の開閉などが遅れると
被害が大きくなります。
防災は後手に回ることは許されません。

きのうは幸い1時間で雨はやみました。
雷による被害はありましたが、雨は恵みの雨にもなりました。
田植えが出来なかった山間部の農家のほっとした声が聞こえてきます。
筑後川下流では水をめぐる小さな争いが心配されていましたが、
取りあえず回避されました。

集中豪雨ではなく
ほどほどに雨が降ってほしいと願うばかりですが
今年は少雨傾向のようです。水を大切にして下さい。

 

花も牛乳も佐賀の大事な産物ですよ。
きれいな骨太の佐賀になりましょう。

2007年6月12日(火)

5月末から6月はじめにかけて
九州各地の街づくりを見てきましたが、
先週は佐賀市で街づくり、街おこしに頑張っている人たちに出会いました。

先週の末、恵比須さん巡りに参加しました。
嘉瀬の高橋から佐賀市の中心部までの長崎街道の西ルートを歩きました。
この間の通りに面したところだけで52体の恵比須さんがありました。
これまで恵比須さんを見ながら何となく通り過ぎていましたが、
笑顔の恵比須さんや風化して表情がよく分からないものなど
それぞれが個性豊かなことに気がつきました。

佐賀は恵比須さんの多いところで
恵比須さん巡りが観光の目玉になろうとしています。
この日20人の市民を案内して下さった
恵比須会の村井さんや山内さんなどの
街おこしにかける情熱が育ててきたものです。
こういう人たちが居られるかぎり
中心商店街の再生に期待が持てます。

9日の土曜日は
勧興小学校校区の「かんこうまちの駅」の1周年行事に参加しました。
「かんこうまちの駅」は
小さな子どもたちの遊ぶ場になっているほか
手作りのお菓子の販売なども行われていて
人々の親睦を深め、地域に元気を与えています。

私が訪ねたとき、
小さな小さな音楽会が開かれていました。
若い人たちの歌やオカリナ、尺八の笛の合奏、
昔から歌いつがれてきた「桃太郎」や「シャボン玉」などの唱歌の合唱がありました。

最後にリーダーがみんなで歌いましょうと声をかけ、
その場に集まっていた70人ばかりが、
「瀬戸の花嫁」「千の風になって」「茶摘」などを歌いました。
私も大きな声を出して歌うと
心や胸につかえていたものが吐き出されて爽快な気分になりました。
まちの駅を支えておられる
公民館や各種団体の人たちに感謝します。

久保泉工業団地の最後まで残っていた区画に
17社目として自動車関連の企業が入ることになり
工業団地は完売となりました。

造成したもののバブルの崩壊でなかなか進出企業が決まらず
佐賀市も大きな負担をせざるを得ませんでしたが
大勢の市民の雇用の場が出来ました。
進出された企業の業績が上がり、
働く人たちの生活が安定することを願っています。

田んぼに水が張られカエルの声が聞こえるようになりました。
ゲロゲロと元気な声を出していますが、よく見るとカエルも大変です。
数羽のサギが田んぼに舞い降りる数十匹のカエルが食べられています。
天敵から身を守りながら繁殖期を乗り切ろうとしていると思うと
ゲロゲロとうるさい声に、「頑張れよ」と声をかけたくなります。

私の家の近所でもホタルが舞い始めました。
小さな水路に10数匹舞っていて去年より多いようです。
また去年居なかった所でも見ることができます。

ホタルを1匹手の平に包んで持ち帰り娘に見せると
娘もホタルを見に出かけました。
ホタルが舞う風景が娘から孫へと伝わって欲しいし、
後々の時代にもこの風景を残さなくてはなりません。
持ち帰ったホタルは、もちろん水路に放しました。

6月15日からは定例の佐賀市議会が始まり忙しくなります。
農家も田植えの季節になって忙しくなりますが
体調を整えて怪我などのないよう気をつけてください。

2007年6月5日(火)

5月末から6月はじめにかけて
各地で開かれた大会に出席しながら、
それぞれの街づくりを見てきました。

5月23日から24日にかけて
宮崎市で、九州市長会が開かれました。
宮崎市は「九州一の景観都市」を目指していて街中花いっぱいでした。
道路沿いの植え込みだけでなく
道沿いに住む人々が庭に花を植えて
通りを行く人に足をとめてもらうオープンガーデンにしておられました。

屋外広告の規制も徹底していました。
立て看板だけでなく、のぼり旗も規制していました。
建物の色も不快感のある色は
所有者に協力を求めて塗り替えてもらうそうです。

九州市長会は今年の秋佐賀市で開かれます。
九州各地から訪れる市長に
「どうだこの佐賀市の街づくりは」と胸をはれるようにしたいものです。

5月31日に、熊本市で九州国道協会の総会が開かれました。
これからの国道整備は
ばらまきでなく、選択と集中型になるでしょう。
佐賀の要望をきちんと国に伝える責任を感じました。

夜、熊本市の街づくりを見ようと
アーケード街の裏通りの上之裏(かみのうら)通りを歩きました。
この通りはかつては空き店舗と駐車場の多い殺伐とした通りになっていましたが、
今は古着屋、ブティック、食べ物屋、チャレンジショップなどが並んで
人通りが増えています。

古い建物や解体された家の材木などを使って
しっとりとした街並みが復活していました。
一流のレストランなどはなくても心の安らぐ街でした。

大分県の豊後高田市の昭和の町も見てきました。
ただ物を売るのではなく、
お客さんと対話をしながら、商人の気持ちを伝える
昭和の店つくりを目指していました。

ただ、食事に入った店では、この料理でこの値段はと思いました。
ほとんどの店が頑張っていても、
印象の悪い店があると、街全体の印象が悪くなります。
街づくりの難しさも見ました。

自治労の50周年記念大会に招かれて出席しました。
自治体で働く人たちは団結があるから、
市民サービス向上のために筋の通った発言ができました。
意見を言ったら左遷されるような職場にしないためにも
団結の場としての労働組合を大切にして下さい。

6月3日の日曜日の午前中、久しぶりに時間がとれたので
トラクターで田起こしをして田植えに備えました。
張り切ってトラクターを運転したためか
午後は肩こりに苦しみました。
日頃の運動不足で体がなまっているのでしょう。

気功や体操をして体調を整えようと思います。
これから梅雨に入ります。
出きるだけ体を動かして、元気におすごし下さい。

2007年5月

2007年5月22日(火)

早朝、犬のマックスを連れて散歩します。
田んぼ沿いの道に落ちている、いや誰かが落としたタバコの吸殻などを
近所の数人の方が拾っておられ、私も見習っています。

昨日は、あぜ道に空き缶や紙くずなどが捨てられていました。
今朝は公園の真ん中に犬のウンチが落ちていました。
公園には「犬のウンチを持ち帰らないと罰金です」という
看板が立てられています。
マックスのウンチと一緒に持ち帰っていると
ゴミ袋を持って公園内のゴミを拾っている女性のSさんに出会いました。
憤慨していた心が和みました。

全国の腎臓病患者の人たちの大会が20日に佐賀市文化会館で開かれました。
2日に1度4時間の透析をしながら頑張っておられる人がほとんどです。
「透析を始めたときは悩んだが、今は生活のリズムとして受け入れている」と
発表された人もおられました。
病気とそれに伴うさまざま障害を克服して、懸命に生きておられる姿に
感動しました。

一方で人の命を奪う事件も続発しています。
命の尊さが分からない人もいます。恐ろしいことです。

佐賀女子短大と交流している
中国、連雲港市の職業技術学院の関係者6人が
佐賀女子短大に来られて、市役所にも顔を出されました。
10日前に連雲港市を訪ねたばかりでしたので、懐かしい気持ちがしました。
こうした交流が、役所だけでなく民間や学校に広がっています。

毎年、自分の誕生日に
佐賀市に多額の寄附をして下さる古賀常次郎さんが
今年も教育に役立ててほしいと寄附をしてくださいました。
古賀さんは子どもたちに
▽ 時間に遅れない
▽ うそをつかない
ことの大切さを訴えておられます。

麦刈りの季節になりました。
春のおそ霜の影響が心配ですが、見たところ
まずまずの出来ではないでしょうか。

麦刈りのあとの麦わらを、私の野菜畑に敷きたいのですが、
きょう(22日)午後から
宮崎市で開かれる九州市長会に出かけます。
帰ってくるまで、麦わらが燃やされないことを願っています。

2007年5月15日(火)

中国から帰ってきました。
佐賀の緑の美しさと澄んだ空気のありがたさを感じます。

中国は、8日から12日まで4泊5日で
佐賀市の友好都市の連雲港市などを訪ねました。
連雲港は不老不死の薬を求めて日本に来た徐福が生まれたところで、
徐福の上陸地とも云われる佐賀市と友好都市になっています。

中国は猛烈な勢いで発展しています。
私は連雲港市を訪ねるのは初めてでしたが、
以前訪ねたことのある同行の人に聞くと
昔の面影がないくらいに、街づくりが進んでいるということでした。

人口470万ですが、さらに100万人増えることを想定して
海を埋め立てるなどして、新しい街づくりをしようとしています。
人口が減る中で、高齢者など弱者にも優しい街づくりを考える
佐賀市とは方向が大きく違いますが、発展する勢いは感じました。

私達は徐福の結びつきを活かした文化交流を望んでいますが
連雲港市は、工業団地を用意するので日本の企業に来て欲しいと
産業の交流を求めていました。
有明海の海産物や佐賀の農産物の加工技術も求めているようでした。
立場の違いはありますが、友好都市としての交流のあり方を考えます。

徐福記念館を訪ねたところ、
「日本」とだけ書いて都市の名前が入ってない日本地図がありました。
そこで、記念館の人の了解をもらって、
有明海沿いの佐賀市のところに○をして、佐賀市と書き込みました。
徐福に関わる都市は、日本に30ヶ所あると云われていますが、
佐賀市がお先に一本取らせていただきました。
徐福公園では桜の木を8本、記念植樹しました。

南京を訪ねましたが、
街路樹が大きく育って枝が道路にはみ出して
車高の高い車は街路樹の枝をよけながら走っていました。
日本では、交通の邪魔になると枝を切り落としてしまいます。
どちらがいいと、決め付けることはできませんが
街路樹を大切にする南京の考え方は参考になります。

上海は空気が悪く、すぐ喉がいがらっぽくなりました。
工業化によって環境汚染が進んでいます。
北九州市で光化学スモッグが出て原因は
中国からの汚れた空気と云われていますが、
中国の環境破壊は心配です。
それだけに、佐賀の緑と空気に感激したのです。

帰国した翌日、大隈祭に参列しました。
鉄道の敷設や日本の通貨の円を産んだ
大隈候について学べば学ぶほど、その偉大さを知ります。
幕末から維新にかけて活躍した郷土の先輩について
もっと勉強しなくてはと思いました。

きのう(14日)
市役所の各課から、今年の重点施策の進捗状況を聞きました。
みんな努力していますが、それは当然のことです。
市民の理解と協力がないと前に進まない難しい問題もあります。
市民と協働して切り開くことを求めています。

2007年5月8日(火)

大型連休は、
前半1日、後半は2日間休ませていただきました。
4月28日の連合メーデーに、案内をいただき参加しました。
以前と比べてメーデーへの参加者が少なくなりました。

労働者の組織率が落ちてきていることもあるでしょうが、
まとまって行動することより、個々を大切にする人々が
増えていることもあるでしょう。

今、8時間労働は当たり前のことになっていますが、
世界の労働者が団結して、血と汗を流して勝ち取った8時間労働ということを
若い人たちに知ってもらいたいと思います。

不正規雇用が増え、
働いても働いても貧しい人たち、ワーキングプアという言葉が
多く使われています。
格差をこれ以上大きくしてはなりません。

自分の庭を開放するオープンガーデンを行う人が増えています。
いつも議会で厳しい追及を受ける市会議員の方から
招待状をいただきましたので、
バラ園のある庭をのぞかさせていただきました。
満開にはまだ早かったのですが、
バラの香りに、ほんのり酔った気分になりました。

4月30日はシャクナゲ三昧で、3つのシャクナゲ園を訪ねました。
前回訪ねたとき、花が充分咲いていなかった
三瀬村平松のシャクナゲ園では
満開のシャクナゲを楽しむことができました。

神埼市脊振町のシャクナゲ寺の浄徳寺では
「佐賀市長に似ておられますね。お若いようなので弟さんですか」と
声をかけられました。
休みでしたので、ラフな服装でしたが、
人の目への配慮を怠ってはいけないと思いました。

 

佐賀市金立の大小野地区のシャクナゲ園は花は盛りを過ぎていました。
シャクナゲ園のお世話をする人たちは
1~2週間の花の時期が終わるとすぐ、
次の年に花を咲かせる準備をするそうです。大木のシャクナゲは
花の芽を摘むのに、脚立に乗る必要があります。
こうした人たちの影の努力があって、私達は花を楽しむことが出来ます。

5月4日は、友人に誘われて馬渡島沖で魚釣りをしました。
波が高かったですが、クロやメバルなどが釣れました。
翌5日は、1日読書をして過ごしました。
ゆっくり本を読むことが出来る日は多くありません。
至福のひと時でした。

三瀬や富士などの山あいを訪ねると田植がはじまっていました。
水の張られた田んぼを見ると私は心が騒ぎます。
3時間ばかり時間があった日に田植えに備えての田起しをしました。
「市長になって忙しいのだから人に頼め」と忠告してくれる人もいますが、
1枚の田んぼを耕し終えたときの達成感、
耕運機の周りに集まってくる鳥たちの姿を見るときの
やすらいだ気持ちを思うと、田んぼ仕事はやめられません。

佐賀市の57才の職員が亡くなりました。
あまりにも若くしての死に、ことばもありません。
きょう(5月8日)は、その職員の葬儀に参列したあと、
中国の友好都市連雲港市に向かいます。
友好親善や産業分野での交流をどう図ってゆくか
話し合ってきます。

2007年4月

2007年4月24日(火)

長崎市長が銃撃された事件は
あってはならない、許せない事件です。
後ろから撃たれて志半ばに亡くなるとは、さぞ無念なことでしょう。
事件の一週間前に全国市長会でお会いしたばかりでした。

長崎市民のために力を尽くされ
被爆地長崎の平和への願いを世界に訴え続けられた
伊藤一長長崎市長のご冥福を心からお祈りいたします。

行政への暴力にひるんではなりません。
私も職員時代、不当な要求を受けたり
大声を出されたりしましたが、断固としてはねつけました。
そのために、
映画やドラマの世界の言葉と思っていた
「月夜ばかりではないぞ、闇夜もあるぞ、
年頃の子どももいるだろう」などと脅されたことがあります。
警察に相談すると、きちんと動いてくれました。
大手企業や官公庁は、警察に相談するのを遠慮する傾向があるようですが、
相談することをためらいません。

職員には、不当な要求には強気で対応するように指示しています。
困っている市民には手を差し伸べますが、暴力や理不尽な要求には屈しません。

20日(金)に、エスプラッツの2階に、
子育て支援センター「ゆめぽけっと」を開設しました。
育児の相談、情報交換などをする場です。どうぞ活用して下さい。
街の真ん中にあるエスプラッツには、これから多くの施設が開かれます。
ご期待下さい。

同じ日に大和町で市長と語る会が開かれ
多くの意見や要望をお聞きしました。
お金が欲しいなと思います。
財源があれば、要望にお応えできるものもあるのですが。

あまりお金をかけなくてできることは素早く取組みます。
法無乱橋(ホームランバシ)の説明板は見つかりました。
どこに掛ければいいのか、検討しています。

佐賀市立の、富士大和温泉病院で人間ドックを受けました。
運動不足と肥満で高脂血症を指摘されましたが、大きな病気はありませんでした。
一緒に人間ドックを受けた人は
脳の抹消血管が狭くなっているのが見つかりました。
早期発見できてよかったと思います。
富士大和温泉病院には脳ドックがあります。

人間ドックの検査の合間に、
富士町の大桂や脱藩した江藤新平が身を隠した北山の地など
日頃訪ねることのない場に足を運びました。
都会の子どもの山村留学を受け入れている
北山東部小学校も訪ねました。

 

先生たちと話したり
山村留学してきた都会の子どもたちと地元の子どもたちが
大自然の中で伸び伸び学んでいる姿を見たりしました。
クラスも少人数学級で、あるべき小学校の姿が、そこにありました。

22日(日)土砂降りの雨の中、
松原川で「ひやあらんさん祭」が開かれました。
河童さんをダシにして、水難の防止を祈りました。
子どもたちには、自然の中で遊んで欲しいのですが、
自然には危険もあります。
これから水のシーズンです。細心の注意をして下さい。

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