2006年10~12月のひとり言

2006年12月

2006年12月25日(月)

今年1年間あっという間にすぎました。
難題をひとつ解決したかと思うと次の難題が現れてきました。
急ぐ問題から取組みましたが
市民の皆さんに満足していただけるように解決できたか
振り返り、考えています。

順調にいったのは南部3町との合併です。
新年早々の1月に、3町に合併を呼びかけ、
年末の12月に調印しました。
話し合いに快く応じて下さった3町や
理解していただいた、市民、議会、審議会の方々に
お礼を申し上げます。

新年は合併メリットを最大限生かせるように取組みます。
下水処理はバラバラに行うのでなく一緒に行えるように
関係者の理解をお願いしたいと思っています。

新しい市の行政の指針となる総合計画も
12月議会で可決していただきました。
行政改革も提言をいただきましたので、
具体的な実施計画を作ります。
そして財政を確立した上で、
市民の皆さんの要望に応えたいと思っています。

豊かな海つくり大会も
市民、県民のみなさまのご協力で無事終えることができました。

気がかりなのは、中心商店街の活性化で、
厳しい評価を承知しています。
エスプラッツは
来年春一部オープンさせたあとその後も充実をはかり
地域のみなさまと共に、活性化に向けて努力します。

先週末も黒いネクタイをしなくてはなりませんでした。
高校時代の同級生の親友と土を愛した従兄弟です。
がっくりしました。
みなさん健康に注意してください。

この1年間、私も体調をこわしたこともありましたが、
なんとか、元気に市政を担当することができました。
市民、議会、職員、友人、などの他
後援会、事務局、それに支えてくれた妻に感謝します。
来年もよろしくお願いします。

2006年12月19日(火)

佐賀市議会の一般質問が終わりました。
議員のみなさんは、いじめの問題を心配されておられ、
いじめに関する質問が多く出されました。
佐賀市教育委員会は、
毎月、月初めに、それぞれの学校でいじめについて考える日を設けて
学習する取り組みをしています。
学校、家庭、地域の総参加で、いじめをなくし、命を大切にする運動を
すすめなくてはなりません。

少年野球チームの指導者の方と話す機会がありましたが、
みなさん、子どもたちの健全育成に汗を流しておられることを知りました。
評論家ではなく、この人たちのように実践する人が求められています。

諸富の婦人会や、漁協、農協などの各種団体の役員が
横のつながりを持つ
「女性ネットワーク会」は、子どもやお年寄りに目を向ける活動をしておられます。
みんなで支えあって地域が守られています。

先週の週末は黒いネクタイをしなくてはならない悲しいことが続きました。
事故に遭われた人もいます。大変お気の毒です。
何ごとも基本が大切です。安全対策を徹底して事故を防いで下さい。

きのう(18日)佐賀工業のラグビー部の選手が来られました。
たくましい選手ばかりですが、
猛威をふるっているノロウイルスに気をつけて
体調万全で花園で活躍して下さい。

ノロウイルスだけでなく、インフルエンザが流行る季節になりました。
うがい、手洗いをして、冬を乗り切って下さい。

2006年12月11日(月)

12月に入って酒の席が増えました。
そのたびに、さまざまな提言をいただきます。
忘れては申し訳ありませんので、
箸の袋などにメモして、翌日目を通すという日が続いています。

週末は地域や団体の行事に参加しました。
兵庫町のクリーク公園収穫祭は
地域のたくさんのボランティアの方が
焼き芋や餅をついて訪れた人をもてなしていました。

正月を前に門松作りの指導も行われていましたが、
私はポン菓子作りのお手伝いをしました。
ポン菓子を子どもに配りながら、学校の様子を聞くことができました。

訪れた人のみんなが、にこやかな笑顔だったのが
印象的でした。

10日の日曜日に行われた
グランドゴルフ大会には600人が参加され、
中には90歳を越える方もおられました。
この人たちの多くが、子ども守り隊などで
地域を支えておられ、いい顔がいっぱいでした。

川上峡ロードレースには
小学生から70代の人までの老若男女が
体力の限界に挑戦しておられました。

私も以前ジョギングをしていましたが、
腹の出た今は、一緒に走るのはちょっと無理なようです。
10キロレースのスターターをさせてもらい、
楽しそうに走ってゆく人たちをうらやましそうに見送りました。

昼は地元産の米のおにぎりと豚汁をご馳走になりました。
こうした催しには、必ずボランティアの姿が見られます。
お礼を申し上げます。

佐賀市の体育指導員の研修会にも出席させていただきました。
長年、無報酬で地域のリーダーを務める人を見て、
私も市民のために頑張ろうと思いました。

議会中です。体調を整えて
議員の質問に丁寧にお答えしようと思っています。

2006年12月4日(月)

寒くなりました。
地球が異常で寒くならないのではないかと心配していましたので、
ほっとしています。

きのう(3日)の日曜日、
久しぶりに、出席する行事がありませんでしたので、のんびりできました。
午前中は田んぼに出て、トラクターで耕しました。
寒に耕すと、土がホクホクします。
サギやチドリがやってきて、土の中で眠っていたカエルや虫を
ついばんでいました。
辺りに土の香りが漂い、自然とひとつになることができました

午後はエスプラッツで開かれた
「2006年消費者生活フェスタSAGA」に出かけました。
市の職員が頑張ってくれているので、激励を兼ねてのぞきましたが、
ボランティアの人たちも催しを盛り上げていました。
いろいろな催しでボランティアの方が頑張って下さっています。
ありがとうございます。 

知り合いの方が
総理大臣や大蔵大臣を務めた
高橋是清の直筆の書を貸してくださいました。
「立志生知恥」と書かれています。
志を立てて生きる者は恥を知る、という意味でしょう。

書を執務室の背中の壁に掛けました。
天の声など、自治体のトップの不正が明らかになっています。
恥という言葉を肝に銘じて頑張ります。

2006年11月

2006年11月28日(火)

先週も国交省や農水省へ出向き
嘉瀬川ダムや、筑後川下流域の利水についての要請活動に追われました。

23日の祝日は久しぶりに休めたので横浜の娘と孫のところに行きました。
孫が公園の遊具で遊ぶそばで気功をしました。
至福のひとときでした。
幼稚園をのぞくと、餅つきをしていました。
若いお父さんたちは、餅つきを取りまくだけで
杵を持つのをためらっていたので、私が2臼ほどつきあげました。

横浜駅の人の多さに驚きました。
人をぶっとばすように急いで歩いておられる人々の姿に、
都会で生きる厳しさが漂っていました。
穏やかな佐賀で生きるありがたさを思いましたが、
この人たちを、そのまま佐賀の中心商店街に
ポンと移動させることができたらいいなと思ってしまいました。

帰りの飛行機で鹿島の人から声をかけられました。
人の名前と、顔をきちんと憶えておられる方でした。
見習いたいと思います。

26日の日曜日に腎臓病患者の人々の集いに出席しました。
みなさん、職場の仲間の理解や協力で
週3回くらい人工透析をしておられるようですが、
若いころ病気になった人は就職も難しいようです。
学生時代に発病して就職できなかった若い女性は
「手に技術をもって、細々と生活していますが、
病気と付き合いながら、せっかくの命を大切に生きてゆきます」と
話しておられました。

いじめなどにあい、自ら命を絶つ若い人もいますが、
ハンディを背負いながら命を大切に生きる人もいます。
あすは、いい日になると信じて、頑張ってください。

2006年11月20日(月)

忙しい日々が続いています。
先週の中ごろ東京に出張しました。
国の予算編成期を前に国への要請をするためです。
川副町と議会の人たちと共に
主に筑後川下流域の高潮対策を要請しました。

衆参両院の議員会館や各省庁周辺は、
国に要請する人たちであふれていました。
省庁の課長クラスの机の上は、全国から持ち込まれる要請書の山ができていました。
要請するほうも懸命ですが、受ける側も仕事が手につかないでしょう。

要請活動に合わせて全国市長会が開かれ地方分権推進の議論をしました。
地方分権が確立されれば、
地方の関係者が、ぞろぞろと国に要請活動をする姿もなくなるでしょう。

11月17日の将棋の日に合わせて
将棋の日イン佐賀が17日から19日まで開かれました。
日本将棋連盟の米長会長や中原副会長など
17人の棋士が佐賀にこられて
市民会館などで子ども将棋フェスタなどが開かれました。

私は将棋ができませんので、
羽生3冠や谷川9段などと握手して、若い気をいただきました。

若いといえば、文部科学大臣政務官の
小渕優子代議士にお会いしましたが、
こちらも私の娘と同じくらいの若さなのに驚きました。
若い人が活躍する社会になりました。

東京に行ったとき、
高校時代の友人たちと酒を飲みました。
これまで忙しくトンボ帰りをしていましたので
市長になってはじめてのことです。
みんな頭が白くなったり薄くなったりしていましたが、
気持ちは昔と変わらなく、楽しいひとときをすごしました。

最近、本を読む時間がなくて悩んでいましたが、
東京への飛行機の往復の間に本を読むことができてました。
ほっとしました。

佐賀市職員の訃報が相次ぎました。
健康に気をつけるとともに、事故にも気をつけて下さい。
これから忘年会のシーズンです。
酒を飲んだら、もちろん運転してはいけませんが、
歩いて帰る途中、水辺で用を足すのも危険です。
気をつけましょう。

2006年11月14日(火)

14日に開かれた臨時佐賀市議会で
南部3町との合併関連議案が可決されました。
3町の議会はすでに可決していますので、
来年10月1日の合併が決まりました。

今年の1月に、川副、東与賀、久保田の3町の町長に
合併の話し合いを申し入れて快く応じていただき、
以後10ヶ月間のみなさまの苦労が実りました。

合併しても財政状況は厳しく、手放しで喜ぶことはできませんが、
これから先、奪い合うのではなく、分かち合う気持ちを大切にしながら
行政をすすめてゆきます。

スケールメリットを生かすとともに、
小さなサービス、地域のよさも失わないようにしたいと思います。
市民の融和、交流、によって、
観光、産業などを、点から線、面へと広げて大きく育てて行きましょう。

来年10月1日に向けて、職員のほか
組織の統合を行う団体の方々は大変忙しくなると思います。
よろしくお願いします。

週末の土日に、各地のふれあい祭り、収穫祭などに参加しました。
金立の収穫祭では、大人や子ども100人くらいが、クワやスコップで
芋掘りをされました。
私も芋掘りを行い「上手ですね」とほめられました。
子どもたちが汗をかき、服を汚しながら土に触れる体験は
机の上ではできない、貴重な勉強と思います。

日曜の午後は、サガン鳥栖のサッカーを見に行きました
スタンドは1万8300人で埋まっていました。
鳥栖の子どもたちが、スタンドを満員にしようと
ビラを配って観戦を呼びかけたそうです。

いじめや自殺など子どもをめぐる悲しい現実に胸が痛みます。
子どもたちが集中できるものを持ち、
楽しい日々を送る世の中にしなくてはなりません。

2006年11月7日(火)

 

バルーンはきのう(6日)の表彰式で無事終わりました。
選手、クルー、競技関係者、ボランティアグループの方々の力が
大会を支えました。
大会期間中、好天に恵まれました。大会を成功させたいという
大会関係者や20万市民の思いが通じたのでしょう。
去年より大幅に多い、87万7千人がバルーンを楽しんで下さいました。

バルーン大会の会場で
85歳になられる浅井薫さんとお会いしました。
浅井さんは東京で小型機のパイロットや教官をしておられましたが、
佐賀に帰ってこられてスカイスポーツの楽しさを説いて回られました。
浅井さんの熱意が多くの人を動かし
今年で27回になるバルーン大会の成功へとつながりました。
浅井さんをはじめとする関係者の方々に感謝します。

5日の日曜日、
佐賀高校を昭和36年に卒業した仲間の
45周年の同窓会が福岡で開かれました。
1000人の同窓生の内200人が集まりました。
頭は白くなったり、薄くなったりしていましたが、
気持ちは若いころと変わらず、話はつきませんでした。
1年前にお世話になったのでお礼を述べさせていただきました。

あわただしかったバルーンを終わって
今朝(7日)久しぶりに、自宅近くのクリークのそばで気功をしました。
クリークの水面に目をやると、カイツブリの夫婦が仲良く遊び、
小さなフナがヒシの葉をつついていました。
ウグイスと思われる小鳥たちがヨシの茂みで戯れ
空をスズメの群が覆っていました。
晩秋の朝、美しいふるさとを見ました。

冬はもうすぐです。寒くなります。
風邪などをひかないよう気をつけて下さい。

2006年10月

2006年10月30日(月)

29日に開かれた「全国豊かな海つくり大会」に
天皇皇后両陛下をお迎えしました。

28日に佐賀入りされた両陛下は
まず佐賀県庁に向かわれましたが、
途中日の丸の小旗を振る人々の間から 万歳の声があがっていました。
国民の象徴を迎えて県民の心がひとつにまとまった瞬間で
思わずジンとしました。

夜の歓迎レセプションでお話する機会がありましたが、
両陛下は台風13号の被害を心配されていました。
私は佐賀特産の餅米も被害を受けたことをお話しました。

29日は東与賀町役場で
宮内庁主催の昼食会が開かれました。
私は緊張していましたが
陛下は場の雰囲気を和らげる話術を持っておられました。
陛下は皇居に住む動物の話をされ、
私はカササギやカラスの話をしました。
この席では海のことより、陸の話題が中心でした。

私ははじめての体験で緊張しましたが、
全国各地に出かけられる両陛下も
お疲れになるだろうと思いました。

大会前後好天に恵まれましたが
有明海の海苔養殖には気温が下がって雨もほしいところです。

11月1日からのバルーン大会中は雨が降っては困ります。
バルーン大会の前後に雨が降り、
大会期間中は晴れてほしいものです。
しばらく天気が気になる日々が続きます。

2006年10月26日(木)

佐賀市長に就任して1年になりました。
市職員のOBや本庄町後援会など
支援して下さった方々の会合が相次いでいます。
1年前を振り返って、
「秀島と心中するつもりだった」と話して下さる方もいらっしゃいました。
感激しました。

去年は厳しい選挙戦を終えて10月23日に投票と開票、
翌日の24日、息つく時間もなく役所に入りました。
そのあわただしさが今も続いています。
満足していただけるカジ取り役が勤まっているか、
辛口の批判をお願いします。

支援して下さった方はもとより
20万人、将来は25万人になる市民の皆さんとの絆を強めて
新しい佐賀市を暮らしやすい街にするよう努力します。

21日の土曜日に、三瀬、富士、大和で、ふるさと祭りが開かれました。
三瀬の会場を歩いていると、
80歳代と思われる4人連れの女性に呼び止められました。
この方たちは、私の両親の友人で、西与賀から来られていました。
佐賀市で最も南、有明海に近い西与賀から
最も北の山間部の三瀬まで足を運ばれたそうです。
山間部と海岸部、それに中心部の市民の交流が
深くなっていることを知り、嬉しかったです。

全国豊かな海つくり大会の式典と関連行事が
28日、29日に開かれます。
31日からは市の中心部を10万個の豆電球で彩る
ライトファンタジーがはじまります。
11月1日からは114機のバルーンが
佐賀平野の秋空を舞うバルーンフェスタが開かれます。

全国や世界各地から大勢の方が佐賀を訪ねてこられます。
天気に恵まれることを願いながら、
体調を整えて、息つくひまもない日々を乗り越えたいと
思っています。

2006年10月17日(火)

私の家の鶏小屋のそばにある梅の木が
6輪の花をつけました。
台風の風で痛めつけられたので
季節はずれの花を咲かせたのでしょう。
近づくと、わずかに春の香りがします。

佐賀市と佐賀郡の1市3町の第2回法定合併協議会が
14日(土)開かれ、49の協定項目全てで合意に達しました。
舞台はそれぞれの市と町が11月に開く臨時議会に移ります。

充分な審議を経て合併関連議案が可決されますと、
来年10月1日に合併して
人口25万の新しい佐賀市が誕生します。

厳しい財政の中で
「奪いあえば憎しみ、分かちあえばやすらぐ」という気持ちで、
みんなで喜びを分かち合いたいと思います。

秋の川を愛する週間に
地域の河川清掃に参加された方に
感謝の気持ちを表そうと、清掃の様子を見て回りました。

いつものように、水路を流れる水が少ないという話を
多くの方から聞きました。
嘉瀬川ダムの建設に伴う水利用の調整が行われていますが
多布施川や嘉瀬川の本流の水を確保できるよう
国や県に働きかけます。

地域の衛生環境の改善でもさまざまな声を聞きました。
地元の調整が必要で、解決が難しいものもありますが、
出きるものから、スピードを上げて解決を図ります。

私が訪れた県営団地では、大勢の方が
河川や護岸の清掃に励んでおられました。うれしい光景でした。
しかし、佐賀市全体では、
若い人の姿が少なく、一抹の不安を感じました。

秋が深まりコスモスが色鮮やかに咲いています。
金立公園のコスモス園は今が盛りです。
どうぞ足を運んで下さい。

2006年10月10日(火)

先週の週末、中秋の名月に月見をしました。
少しのはだ寒さが心地よく、
流れる雲の間からのぞく月を見ながら
親しい友人と酒を酌み交わし、
楽しい語らいのひと時をすごしました。

昔、といっても昭和の40年代前半ごろまでのことですが、
月明かりで稲小積みをしていました。
秋の月を見ると、刈り取った稲の香りを思い出します。

佐賀県陶芸協会の展示場が
佐賀市の呉服元町に開設されました。
商店街の衣料品店を改装した展示場です。
文化勲章を受けた人や人間国宝の人たち、
中堅の現役の作家の方たちの作品が一堂に展示されています。
ここを訪れると、佐賀の焼物を堪能できます。
近くのエスプラッツも来春には一部オープンします。
商店街の賑わいに一役買ってくれることでしょう。

この展示場の開設に
佐賀市の街づくり課の職員がボランティアで協力しました。
最近休日を返上して、街おこしに取組む職員が増えています。
感謝しています。

今、運動会、体育祭、秋祭りの季節です。
こうした地域で行われる行事に取組む人たちの「協動」こそが地域力です。
1人1人の横のつながりが大きな力となって街を元気にしてくれます。

2006年10月2日(月)

10月は秋祭りの月です。
1日の日曜日に各地の秋祭り、おくんちに出かけました。
私の住む本庄神社のおくんちは、五穀豊穣を願う秋祭りですが
雨のため、例年ほどの賑わいはありませんでした。
台風の被害にあった農家の涙雨だったかもしれませんが、
来年に向けて、前向きに元気にがんばりましょう。

掘江神社では450年の伝統のある玄蕃一流浮立が奉納されました。
室町時代から伝わる雨乞いの浮立を地元の人が受け継いでこられ
見事な舞を見せていただきました。
掘江神社の秋祭りは例年11月3日ですが、
今年は佐賀市と周辺の町村が合併して1年になるのを記念して
10月1日に奉納されました。
佐賀市ばかりでなく、県内7つの天衝舞浮立も合わせて奉納されました。

富士町の市川では、
重要無形文化財の浮立も奉納されました。
それぞれの地域で、先人から受けついだ伝統文化を守っておられる方の
情熱を感じました。
郷土の伝統文化が息づく街は活気と深みがあります。

テノール歌手勝田友彰さんと視覚障害のある音楽家による
「君にとどけたい愛のコンサート」が9月30日に開かれ
妻と2人で出かけました。
目の不自由な人は楽譜を覚えておられるそうです。
演奏と歌を聴きながら、胸を打たれ、目頭が熱くなりました。
心の洗われる2時間30分でした。

先月末閉会した佐賀市議会で
南部3町との合併に向けた法定合併協議会設立の議案と
エスプラッツ再生に向けた議案を可決していただきました。
これを受けて法定合併協議会が9月末設立され、
第1回の協議会が10月6日に開かれます。
来年10月1日の合併に向けて協議が本格化します。

エスプラッツは3階は文化の振興に、
2階は公共のスペースとして各種の相談窓口などを置くほか
医療機関の入るメディカルセンターに変身します。
1階は商業スペースになります。
来年4月から夏にかけて順次オープンさせて
市の中心街に活気を取り戻したいと思います。

サッカーのサガン鳥栖が1日
佐賀市にある県総合グランドで
柏レイソルと対戦し、2対1で逆転勝ちしました。
大声で声援し、勝ったときは立ち上がって叫びました。
気分よく、今週も頑張ります。

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